「貴方が灰色のレディなの?」
「そのとおり」
エストと灰色のレディは正面から向き合っていた。
似ている。オスカーはただそう思った。エスト以外の他のみんなもそう思っているだろう。もちろん、身長だとか年齢・髪質だとか、そういったことは違っていたが灰色のレディとエストは確かに似ていた。
印象として、灰色のレディの方が尊大で誇り高そうに見え、エストの方が優し気な雰囲気があるようには感じられたが、それ以上に似ていると万人は考えるだろうとオスカーは思った。
「やっぱり、思ってたけど、二人はそっくりなんだ……」
レアが二人の顔を交互に見て、そうつぶやいた。
「それは違うわね、彼女は私よりも私の母に似ている」
灰色のレディはエストを真っ直ぐに見つめてそう言った。
「貴方のお母さんって、ロウェナ・レイブンクローのことなの?」
灰色のレディは静かに夕暮れに染まる塔の中で静かに佇みながら頷いた。
「ええ、貴方はとても母に似ている。貴方が成長したなら、レイブンクローの寮生ならだれもがそれに気づいたでしょう。千年時が経っても、レイブンクロー寮にある像は変わらぬまま今も置かれているのだから」
妙な気分だった。半透明なゴーストと実体のある生徒は夕日の中、そっくりな顔で問答を続けていた。二人の他に誰も喋ろうとは思えなかった。
「男爵がエストのことを姫って呼ぶのは、エストが貴方やロウェナに似てるからなの?」
男爵という言葉を聞くと灰色のレディは少し、悲しそうな、苦々しいようなそんな顔をした。
「そうでしょうね、あの男爵は貴方のことをそう呼ぶでしょうし、貴方に初めてあった時にはさぞ驚いたでしょう」
オスカーはホグワーツに初めて足を踏み入れたあの日、組み分けを終えてエストが自分の隣に座った時、隣にいた血みどろ男爵がした顔を覚えていた。彼はこれでもかというくらいにエストを目を見開いて見ていたのだ。
「聞いていいのかわからないけど、貴方は男爵とどういう関係なの? ピーブズは二人が千年前からここにいるゴーストだって言ってたの」
そのことについて聞かれると灰色のレディの顔色が変わったようにオスカーには思えた。もちろんゴーストに血は通っていないのだから、真珠色の濃淡が変わったとしか言いようがないが、まるで彼女は恥じ入って、顔を赤くしているようにオスカーには思えたのだ。
「貴方達は母の髪飾りを探していたのでしょう? 男爵と私はあの髪飾りを巡って、このように現世を彷徨うことになったんです」
オスカーはあまりいい予感はしなかった。あの血みどろ男爵が血みどろになった理由こそがその髪飾りに関わっている気がしたのだ。
「それは…… 聞いてもいいことなの?」
エストは不安そうな顔になり、一瞬だけオスカーに目線を移してから灰色のレディにそう聞いた。
「スリザリン寮の優しい少女、貴方はとても城の者に好かれている。ゴーストも、肖像画も、鎧や彫像達も、母が作った階段や秘密の通路も、貴方が信頼に足る人間だといっている」
そう言った灰色のレディはエスト以外の四人を見回した。
「ここに四寮の学生が集まっているのもそう。私が城に生きていたころから、四寮はいがみ合い、それが原因の一つとなって私の母は体調を崩したのだから、それがどんなに素晴らしいことなのか私は知ってる」
またなにか悲しそうな顔で灰色のレディは塔から見えるホグワーツを見渡した。
「貴方なら、おろかだった私よりもよっぽどあの髪飾りにふさわしいかもしれません」
今度は間違いなく、灰色のレディがそのことを悔いていて、自分自身に腹を立てていることがオスカーにはわかった。オスカーは去年度に何度もその顔を自分がしていたことを覚えている。
「私は最初に恐ろしい裏切りをしました。母よりも、あの時代最も賢く偉大だといわれた魔女よりも、私は重要で賢く、偉大な人物になりたかった。だから、私はあの髪飾りを盗み出したのです」
隣にいるレアの顔が悲嘆に暮れていた。まるで灰色のレディの胸の痛みをそのまま受けているような顔だった。
「母は、私が髪飾りを持って逃げたことを絶対に認めなかった。同じ創始者の三人にさえそれを言わなかった。でもそのあと、母は病気になってしまった」
その場にいた生あるものはその話に夢中になっていた。千年前のおとぎ話、その生きた記憶が目の前で話されていたのだから。
「母は私が許されざる裏切りをしたにも関わらず、私を許して、私に会おうとした。死ぬまでになんとしても会いたいと、だから絶対に私を見つけ出すであろう男にそれを頼んだの」
オスカーにも、他の四人にもそれが誰なのかはもうわかっていた。
「血みどろ男爵、今はそう呼ばれている男は私のことを愛していたわ。だから長い間、彼は私を探し求めて、はるか遠くアルバニアの森まで探しに来たのよ。でも私は彼を受け入れず、帰るのを断ったの」
灰色のレディは大きく深呼吸して、はっきりとより大きな声で喋り続けた。
「彼は生前は短気で知られていたの、彼は私が断ると激高して、私を刺したわ。そしてそのあと、自分のしでかしたことに絶望して、私を刺した武器を使って自決した。それからずっと、何百年、千年近い時が経っても、彼は鎖を体に巻き付けて自分のしでかしたことを悔い続けているというわけよ」
もう日は沈みかけ、塔には夜のとばりがおりかけていたが誰も何もしゃべらなかった。
「だから、失われた髪飾りは失われたまま、ホグワーツに戻ることはなかったわ、母もその後、髪飾りを取り戻すことなく亡くなったのだから」
そう灰色のレディは締めくくった。レアの瞳には涙が浮かんでいたし、他の四人の表情も晴れないものだった。
「今の話は私たちにしたのが最初なのですか? 千年近い時間の中で?」
これまで喋らなかったクラーナが理路整然と質問した。確かに、千年近い時の中で他の人に灰色のレディが喋ったことはあるかもしれない。そうなると失われた髪飾りも二人の最後の場所にあるとは限らないのではないのかとオスカーは考えた。
しばらく、灰色のレディは沈黙していた。
そしてその後、灰色のレディが一瞬した表情はさっきの髪飾りを盗んだと告白したときの表情と同じくらい自分を恥じる表情だったとオスカーは思った。
「いえ、貴方達で二回目になります。その時話したのも貴方やその少年と同じスリザリンの寮の生徒でした。しかし、髪飾りがホグワーツにないことは間違いないでしょう。彼が死ぬまでにホグワーツに戻ったという話は聞きませんでしたから」
つまり、オスカー達以外にこの話を聞いた人物はホグワーツにその髪飾りを戻すこともなく、死んだ。だから、失われた髪飾りは今もアルバニアにあるかもしれないし、その人物の家で眠っているのかもしれない、どちらにしろオスカーはその髪飾りをホグワーツで見つけることはできないのだと思った。
「灰色のレディ、ありがとうなの」
そうエストが灰色のレディに礼を言うと、灰色のレディはその言葉と自分の言ったことを嚙みしめるような表情をしたあと、校舎の方へ消えていこうとした。
「待ってくれ、貴方はどう思っているんだ? 貴方は髪飾りは失われたままでいいと思っているのか?」
オスカーの口から言葉が飛び出た。髪飾りが原因で親子の不和が起き、その体と家族を失うことになったのなら、髪飾りをどうしたいのかは重要なことなのではないのか? 少なくとも、オスカーは自分がそうなったのなら、ホグワーツへ、本当の持ち主がいた場所へ戻したいと考えるだろうと思ったのだ。
呼びかけられ、こちらを振り向いた灰色のレディの顔はどこか泣いているようにも、衝撃を受けているようにも思えた。
「貴方は心優しいのね、でも心配は無用よ、あの髪飾りは誰にも使われずに、争いの元にならずに、失われた髪飾りであることが重要なの」
灰色のレディは優しく言うと、静かに暗いホグワーツへと消えていった。
オスカーには自分の罪の象徴が見つからないままでいたほうがいいと納得できるまで一体どれほどの時が必要だったのか、見当もつかなかった。
五人は静かに塔の階段を下りていた。上るときは騒がしかったカドガン卿も今回は何故か騒いでいなかった。
「私たちよりも先に灰色のレディから話を聞いた人ってだれだったんでしょうか?」
「スリザリン寮の人って言ってたわ、それに彼って」
「マーリンとかなのかな? スリザリンで一番有名な魔法使いだし」
「誰にしろ、失われた髪飾りは失われたままか」
レアは四人の会話には混ざらずに黙ってついてきていた。
「エストが見つけたら、ホグワーツに戻しにくると思うの、レディの話を聞いた人ならみんなそうすると思うんだけどな」
「そうね、だって頭が良くなるだけのはずでしょ? 賢者の石みたいにずっと生きられるわけじゃないから、ずっとその人が持ってても意味ないと思うわね」
「まあ実はノクターン横丁とかで埃を被ってるだけかもしれませんね」
「魔法省が文化財として保護するレベルのものだと思うけどな」
確かに、クラーナの言う通りにノクターン横丁のような怪しい場所で取引されているのかもしれないし、誰かの家で保存されているのかもしれない。
しかし、オスカーは灰色のレディがああいったのだからそれでよいのかもしれないと思った。
「ホグワーツに戻しに来たんならレディに挨拶するはずだもんね…… やっぱり、お宝ってないのかな」
「グリフィンドールの剣はどうなんですか?」
「真のグリフィンドール生なら取り出せるってやつ?」
「いったい何から取り出せるんだ?」
グリフィンドール由来の壺やロッカーでもホグワーツにあるのだろうか? オスカーは一瞬、赤と金に装飾された壺を想像した。
「そもそも真のグリフィンドール生ってなんなんですか? 死喰い人を百人くらい捕まえたら認めて貰えるんですかね?」
「それだとクラーナのおじさんくらいしか認められないの」
もう一つのお宝をこれから見つけるのは容易ではないとオスカーは思った。そもそもこれ以上ゴーストと関わるのは勘弁して欲しかったのだ。ゴーストに近づくと物理的に寒さを感じるのだ、オスカーはクラーナに取られてしまったウィーズリーおばさんのセーターが恋しかった。
「ねえ、みんなはクリスマスどうするの?」
「クリスマスですか? 私はどうせホグワーツにいますけど」
「私はパパのとこに帰ろうかな、ママと私がいなくて寂しいだろうし」
「俺もホグワーツだな」
恐らくエストはレアも含めた全員に聞いたのだろうが、レアは何かを考えているのか何も反応を示さず、上の空だった。
「実はエストに考えがあるの、ちょっと前にふくろう便を内緒で送ったんだけどね」
エストはオスカーの方を悪戯っぽく見ながら羊皮紙を取り出した。羊皮紙はオスカーがどこかで見たことのある筆跡で文章が書かれていた。
「じゃん‼ オスカーのおうちでクリスマスを過ごす許可をキングズリーとアーサーおじさんに貰ってきたの」
「は?」
オスカーがエストから羊皮紙を取り上げると、確かにキングズリーの字でクリスマス休暇中にオスカーを含めた誰かを家に入れる場合は警備を引き受けると書かれていた。
「いつの間に……」
「だからね? みんなでオスカーのうちにいかない? 前行った時はせっかくペンスさんに用意して貰ったのに、中途半端に帰っちゃったでしょ?」
「まああの屋敷しもべ妖精は喜ぶでしょうね」
「クラーナそんなこと言って、ほんとは行きたくて仕方ないんでしょ?」
「うるさいですね、貴方こそ顔面が糖蜜パイとキスしたくて仕方ない顔をしてますよ」
「どんな顔よそれ」
「私の目の前にいる女みたいな顔です」
オスカーはしばらく羊皮紙を無言で見つめていた。ちょっとだけ羊皮紙が暖かく、さっき塔で灰色のレディと話していた時の寒さが和らいだ気がした。クリスマスにみんなで戻ればペンスは喜ぶだろうことが容易に想像できた。
「俺はキングズリーが問題ないならいいけどな」
「やった! じゃあ決まりなの」
「凄い騒がしいクリスマスになりそうですね」
「頬がにやけてるわよ、クラーナ、私も今年はパパに犠牲になってもらおうかな」
そう言えばレアの声が聞こえないと思い、オスカーは周りを見回すとすでにレアの姿はなかった。オスカー達がクリスマスの話で騒いでいる間にどこかに行ってしまったのだろうか?
「レアがいないの」
「ほんとですね、髪飾りでも探しにいきましたかね?」
「いや、さっきホグワーツにはないって聞いたことでしょ」
「大広間に飯でも食べにいったのか?」
「むぅ、レアも誘おうと思ってたのにな」
オスカーはクリスマスのことでほとんど頭がいっぱいになっていたが、灰色のレディの話を聞いていた時のレアの顔を少しだけ思い出した。