「オスカー…… これ……」
「少なくとも、俺たちが髪飾りを探してることを知ってる人だろうな」
手紙には失われた髪飾りについて知りたいなら先生を抜きで叫びの屋敷に来いと書かれている。少なくとも、オスカー達が髪飾りを探していて、さらに叫びの屋敷への行き方についても知っていることを向こう側は把握しているということだ。オスカーの頭の中に浮かんだのはいつもの五人となんでも知ってそうなダンブルドア校長を除けば二人だけだった。
「トンクス先生かマッキノンが怪しいけど、普通に考えるとトンクス先生が怪しい気がする」
「トンクス先生?」
「ああ、俺たちにゴーストに聞けばいいってヒントを与えたのも、暴れ柳について話したのもトンクス先生だろ?」
そう、今年に入って色んなヒントをオスカーはトンクス先生から貰っていると思った。少し怖いほどだ。
「確かにそうなの、でも創設者の後継者ってなんなんだろう?」
「さあな、トンクス先生がレイブンクローの子孫でずっと髪飾りを持ってたとかか?」
「うーん、取りあえず、先生には言っちゃダメって書いてあるからクラーナを呼びに行ってみる?」
「他の二人は試合だしな」
二人は忍びの地図を取り出してクラーナの居場所を探した。クラーナは朝食をすでに終えて、グリフィンドール寮にいったん戻ってから、競技場に向かっているようだった。オスカーはクラーナに会いに行く道中、トンクス先生とレアの居場所を探したが二人の名前は見つからなかった。昨日の決闘クラブといい、どうもこの二人が怪しいとオスカーはさらに思った。
「あっクラーナ‼ ちょっと来てほしいの」
「なんですか? どうせクィディッチの試合を見に行くんじゃないですか?」
「ちょっとおかしな感じなんだ」
二人はクラーナに手紙を見せ、トンクス先生とレアが怪しいのではないかと話した。
「確かに、状況としてはその二人が怪しいと思いますね、髪飾りと叫びの屋敷両方に当てはまるのはトンクス先生ですし」
「髪飾りが必要そうだったのはマッキノンの気はするけどな」
「決闘クラブだとレアはレディの時とは違って、凄い自信満々だったの」
エストの言う通り、あの時のレアの様子は明らかにおかしかった。ただオスカーはダイアゴン横丁でのレアを覚えていたので、彼女が決闘を望むような性格でもおかしくはないとは思った。
「まあ両方怪しいですね、確かトンクス先生の実家は純血で有名なブラック家だってトンクスが言ってましたし、マッキノンもそれと同じくらい古い一族のはずです」
「創設者の後継者を名乗ることくらいはできるってことなの?」
「まあその言葉が何を指しているのかはわからないですけどね」
三人はチャーリーとトンクスに悪いと思いながらも、叫びの屋敷に向かうため、暴れ柳までやってきた。二回目なので、暴れ柳をスマートに切り抜け、三人は地下のトンネルへと潜っていった。
「何が目的なんでしょうね?」
「あの手紙か?」
「ええ、私たちそれもエストをピンポイントで呼び出した理由ですよ」
「トンクス先生が昨日の決闘クラブでエストに感心したから、髪飾りを見せる気になったとかか?」
「うーん、見せるだけなら叫びの屋敷にする意味がわからないの」
三人は傾斜の激しいトンネルを進みながらも、一体だれが何の目的で呼び出したのかを話し合っていたが、一向に答えは出そうになかった。
「学校の中で見せると何か不味いんですかね?」
「ホグワーツの中だとなんか制限があるとか?」
「確かに姿現しとかはできないけど、魔法の道具にまで制限をかけれるのかな?」
「髪飾りの力は伝承の通りならちょっと頭が良くなるだけのはずですけど」
トンネルは上向きの傾斜を持ち始めていた、あとは何回か蛇行すれば叫びの屋敷に着くはずだ。
「じゃあレアなのかな? 髪飾りを見つけたから見せたいとか?」
「確かにあの塔であった時とは別人のような自信でしたね、無言呪文を唱える一年生の成績が悪かったら、今年の五年生は誰もふくろう試験で単位をとれませんよ」
オスカーの周りには無言呪文を使える人間が沢山いるが、本来あれはイモリレベルの学生が持つ技能なのだ。一年生でそれが使えるのは明らかにおかしかった。
「それも髪飾りの力なのか?」
「だったら凄い力なの、みんなで貸し合いすればみんな無言呪文を使えるようになっちゃうよ?」
「まあ会えばわかるでしょう」
クラーナがそう言うともう前に、埃っぽい屋敷の内部が見えていた。オスカーは以前来た時よりも何か屋敷の中が張り詰めているような、そんな感じがした。
何かが大暴れして、めちゃめちゃに壊されている一階には誰もいなかった。オスカー達は杖灯りを頼りにしながら、二階へと上がった。
推定できない力で壊された跡がある二階の足が一本ないテーブルの上でバタービールを飲みながら、彼女は座っていた。
「先輩達、来てくれたんですね」
そう、オスカー達に話かけてきたのは、レア・マッキノンだった。男と見まがうような短い金髪に加えて、杖灯りとどこからか漏れてくる日の光にあてられて、レアの両目は赤く、煌々と光っていた。
「ボク、レディに聞いた後のクリスマスに八階を歩いていたら見覚えのない扉を見つけたんです」
レアは机の上から降りて、バタービールを置くとこちらに歩きながら、ローブの中から何かを取り出した。
「その中は大広間よりも大きな場所だったんです。でもあてもなく歩いていたら、これを見つけたんです」
レアが取り出したのは黒色にくすんだ銀色の髪飾りだった。髪飾りには計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なりと彫られている。オスカー達は息を呑んだ。
「多分あそこは色んな人達が色んなものを隠す場所だったと思うんです。ああ先輩達ならもう知ってるのかもしれないですね、この屋敷にも迷わずこれたみたいですし」
レアの口調はオスカー達全員に向けられていたが、その視線はオスカーとクラーナの方には一切向いておらず、ただエストの方に向けられていた。
「確かにこの髪飾りを持った時から、ボクの力がコントロールできるようになったんです、髪飾りの力は本物でした。それでも、プルウェット先輩には負けちゃいましたけどね」
レアはそう言って笑ったが、オスカーにはその眼が全く笑っていないように見えた。まるで獲物を捕まえる寸前の蛇のようだった。オスカーはそんな視線をどこかでみたことがある気がした。
「だから、一度プルウェット先輩に見て貰おうと思ったんです。レディが話してくれたのはプルウェット先輩のおかげですし、レディも先輩なら髪飾りがふさわしいって言ってましたから」
なぜ叫びの屋敷でそれをやる必要性があるのかは分からなかったが、レアの話していることには矛盾はなく、筋が通っているように思えた。実際にエストが気づいたように必要の部屋にそれは置かれていて、それが必要だったレアの手に渡ったのだろう。オスカーにはその流れるような説明がなぜか空恐ろしかった。
「ほら、手に取って見てください。多分、本物だと思います」
そう言って、レアは髪飾りをエストに手渡そうとした。オスカーはいつか経験した最悪の記憶と同じくらい、その行為に不安を覚えた。
バタっ。
髪飾りをエストに渡した瞬間、レアは床に倒れ伏して、ピクピクと痙攣し始めた。さっきまで自信にあふれていた顔は恐怖そのものに変わり、ぶつぶつと何かに謝っている。
「それを離せ‼‼」
オスカーは直観的にエストから髪飾りを取り上げようとした。しかし、目もくらむような銀色の光線がエストの杖から現れて、オスカー、クラーナ、レアの三人は部屋の端まで吹き飛ばされた。
オスカーは壁に叩きつけられ、もうろうとする意識の中で、いつも聞いているエストの声そのものにも関わらず、絶対に別人だと思われる声を聞いた。
「素晴らしい‼ 同じ純血とは言え、魔力をコントロールできないまがいものとはモノが違う…… 魔法力も、杖への力の流れ方も、下手をすれば私の体以上か?」
エストは、オスカーがいつもそばで見ているエストと寸分も違わないその存在は、自分の手を開いて握って、自分の体を眺めていた。
「カップとロケットを持っていたあのおいぼれも創設者の後継者をかたっていたが、この体と流れる血は本当に本物かもしれない……」
エストの赤い目が、オスカーの知らない光り方をしていた。いつもの優し気な光ではない、狂気が奥にあるような、見るだけで恐怖を覚えるようなそんな赤に見えるのだ。
エストが杖を振ると、驚くべきことにみるも無残に壊されていた部屋が、あるべき場所にあるべきものが戻るように修復されていった。破られたカーテンとカーペットが新品同様になり、椅子と机はあるべき足を取り戻した。
「オスカー…… あれはどうみてもヤバイです」
クラーナが体を痛そうに引きずりながらも近くまで歩いてきていた。オスカーはクラーナの肩を借りて、立ち上がった。レアは傍で倒れ伏し、まだ恐怖に震えていた。
「分かってる。髪飾りだ、髪飾りを取り上げよう」
オスカーはエストが杖腕でない方で持っている髪飾りを見つめた。明らかにエストの豹変は髪飾りが原因のように思えた。
「おや、アントニンの息子と偉大なオーラーの姪よ、もう立てるのか?」
そう言って、エストは髪飾りを自分の頭の上に乗せた。髪飾りはさっきの黒ずんだ色とは打って変わり、エストの黒色の髪の上で銀色に輝いていた。まさに髪飾りは完全にあるべき場所に戻ったのだとオスカーは思った。
エストの狂気を孕んだ眼はいつかみぞの鏡の前でダンブルドアと出会った時のようにオスカーのすべてを見通しているように見えた。
オスカーはエストに恐怖していることを感じた。魔法使いの前に立って恐怖すること、この経験をしたのは二度目だった。
「素晴らしい、この体もそうだがお前たちもだ。ホグワーツの最も深い秘密の一つ、必要の部屋を見つけ出し、この髪飾りのありかまで見つけ出すとは…… 私が学生のころにお前たちのようなものに出会いたかったものだ……」
その時、エストの顔に浮かんだ表情は、あのクリスマスで必要の部屋に髪飾りがあるかもしれないと語ったその時の顔をただただ邪悪にしたように思えた。
「オスカー、エストの…… やつの眼をみてはいけません」
「目を?」
そう言うクラーナを見て、エストはさらに感心したという顔をする。
「その年で、無言呪文を使える上に閉心術にも心得があるとは、本当に素晴らしいな、流石に闇払いの血統か」
エストがそう言うと、クラーナは懸念事項が真実になったとばかりに深刻な顔をした。
「お前はどう見ても、エストではない、一体だれなんですか?」
クラーナにそう尋ねられて、エストはゾッとするような大声で笑った。
「分からないのか? この私が? この体も、お前たち三人も、他の者よりもはるかに私の名を知っているはずだ。嫌と言うくらいにな」
そう、エストらしきものが言った瞬間にオスカーは最悪の想像が現実だったことを理解した。オスカーには最初から分かっていた。エストの前に立って恐怖した瞬間から、オスカーの父親をアントニンと言った際にもだ。今の魔法界に目の前にいる魔法使いを知らないものなどいない……
「レイブンクローの失われた髪飾りを礎に、レイブンクローの血族であろう体と魂を使って、私が復活する。このサラザール・スリザリン最後の後継者が」
倒れているレアも、隣でなんとか立っているクラーナも、実際に彼自身にあったことのあるオスカーもその名前を恐れていた。
「私こそが、ヴォルデモート卿だ。死を超越した魔法使いだ」
オスカーのよく知る唇で、オスカーの良く知る声でヴォルデモートはそう言った。
「お前たちは本当に優秀だ。だから私の配下にならないか? オスカー、お前ならアントニンと比べるべくもない魔法使いになれるだろう」
ヴォルデモートは優し気なエストの声でそう言った。
「エストはどうなるんだ。お前が体を侵しているエストはどうなる」
オスカーはなんとか口から言葉をひねりだした。まるで唇が凍り付いているようだった。その声は自分でも信じられないくらいに震えていた。またヴォルデモートは高笑いをした。
「大丈夫だ。くれてやるとも、私が完全に復活し、体も魂もぼろきれのようになったものをな」
オスカーは気が付くとヴォルデモートに呪文を放っていた。赤い失神光線がエストの体に当たろうかというところで、ヴォルデモートは身をずらすだけで交わした。
「この私に恐怖しないとは、そんなにこの体が大事なのか? アントニンの息子よ」
「オスカー‼‼ 奴は心を読むんです、真正面から呪文を撃っても絶対に当たりません‼‼」
クラーナが叫んでいる声も聞こえず、オスカーは無茶苦茶に呪文を撃ちこんだが、一つとしてエストの体には届かなった。
「アントニンは息子に礼儀を教えるのを忘れたらしい」
ヴォルデモートはオスカーに杖ともう片方の手を向けた。するとオスカーの体がまるで金縛りにあったように動かなくなった。
「お辞儀をするのだ。オスカー、昨日先生に決闘の方法を教えてもらっただろう? それとも昔お前がやられたように服従の呪文がいいのか?」
オスカーの体がまるで巨大な手で曲げられるように曲がった。エストに向けてお辞儀をするように。
「よろしい、では杖を構えるのだ。礼儀に則り、勝者と敗者を決めようではないか? また何もできずに何もかも失いたくはないだろう?」
ヴォルデモートの眼が真っすぐにオスカーを見通した。クラーナの言っていたことが理解できた、決闘クラブでエストがレアに苦戦した理由もだ。ヴォルデモートはオスカーの心の中に入り込んでいる。怒りに溢れていたオスカーの心に恐怖が生まれた。勝てない、手の出しようがない、オスカーは負け、エストを永遠に失うことになる、オスカーはそう思った。
オスカーは中々杖をあげることができなかった。杖を上げ、決闘を始めることはエストが失われることを意味していた。
「私を忘れて貰っては困ります」
クラーナがその小さい体でオスカーとヴォルデモートの射線上に立っていた。クラーナの体は震えていた。またヴォルデモートは邪悪な笑い声を上げた。
「オスカー? それでいいのか? 小さい女に護られ、自分で戦うこともできずに後ろで震えているのか?」
ヴォルデモートに嘲られてもオスカーの体は動かなかった。目の前で震えながら立っているクラーナがいるのに。
「いいだろう。オスカー、見せてやろう、私に立ち向かうものがどうなるのか、破滅とはどのようなものなのか」
ヴォルデモートが杖を振った。クラーナが同時に盾の呪文を発動したが、そもそもヴォルデモートは呪文の光線を出さなかった。さきほどヴォルデモートが修復したカーペットの一部が蛇のようにうねり、クラーナの足を絡めとった。
「これがあらがうことのできない力だ。よく見るといい」
バランスを崩し、倒れたクラーナに向けてヴォルデモートが呪文を唱えようとしていた。オスカーの体がやっと動き出した。クラーナの前に立ってとっさに武装解除呪文を杖から発した。
「アバダケダブラ‼‼」
エストの口を借りて唱えられた、死を意味する緑の閃光と紅の閃光が叫びの屋敷を照らしながらぶつかった。
オスカーの予想に反して二つの光線は拮抗していた。緑と紅が倒れ伏すレアとクラーナを何が起きているのか理解できないオスカーを、そしてエストに取り付いたヴォルデモートの顔を、驚愕からとんでもない喜色にまみれたその顔を照らした。
ヴォルデモートが振り切るように杖を振ると二つの光線は消えた。
「素晴らしい因縁だ。兄弟杖とは…… お前たちはまさに強い力で結ばれているわけだ…… 特別だ……」
オスカーはカーペットを杖で切断し、クラーナを助け起こした。ヴォルデモートが楽しさと邪悪さが共存した顔でオスカーを眺めた。
「場所を変えよう、オスカー、今晩もう一度だけ、必要の部屋でお前からの挑戦を受けようではないか? レイブンクローの因縁深い場所で、この娘の運命を決めるわけだ、もちろん何人にも言ってはならんぞ? そうしなければ永遠に娘を失うことになるだろう」
ヴォルデモートはそう言うと一階の闇の中へ消えていこうとした。
「エスト‼‼」
オスカーはエストがヴォルデモートに完全に乗っ取られていると分かっているにも関わらず、エストに呼び掛けた。
「オスカー、必要の部屋で待ってるよ」
ヴォルデモートはエストそのものの声と表情でそう言った。