ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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割と残酷描写注意です。長いです


開心術

 

 クラーナを抱き起こしたオスカーの心臓はこれまでにないくらい早鐘を打っていた。どうしたらいいのか、何をしたらエストを取り戻すことができるのか、暗い部屋の中でオスカーの頭の中はそれだけで一杯になっていた。

 

「ダンブルドアです、ダンブルドアに言うしかありません」

「ダメだ‼ 誰かに言ったら本当にエストが……」

 

 オスカーの口から考える前に言葉が出ていた。クラーナの考えは正しいとオスカーも思ったが、誰かに言った時点でエストが失われる。その恐怖がオスカーの頭の中を駆け巡っていた。

 

「例のあの人はダンブルドア以外には止められない、アラスターおじさんもそう言ってました…… 本当にあれが例の…… ヴォルデモート卿ならですけど……」

「あいつは髪飾りを取り上げようとしたら俺たちを吹っ飛ばした。髪飾りさえどうにかできればなんとかならないのか?」

「確かに、エストの体を壊すわけにはいかないですから、髪飾りを狙うのがいいでしょうけど……」

 

 オスカーはいつの間にか座り込んでいたレアに視線を移した。さっきまで髪飾りを持っていたのはレアなのだ、オスカーはエストを取り戻すヒントがなんとしても欲しかった。

 レアはオスカーの視線を受けただけで体をビクッと震わした。

 

「マッキノン、話はできるのか?」

「ヒッ…… ごめんなさい、ごめんなさい、ボクが髪飾りを見つけてしまったから……」

「マッキノン‼ 話はできるかって聞いてるんだ‼」

「ヒっ…… できます、できます」

 

 レアは心底怯えた青い顔でオスカーを見ていたが、オスカーにはレアを気遣う余裕が全く残されていなかった。エストを取り戻すためには今日の夜までに方法を考えないといけない、オスカーにはほとんど時間が残されていなかった。

 

「オスカー! 貴方が冷静にならないといけません。奴が貴方の心に入り込んだように恐怖は貴方の眼を曇らせているんです。落ち着いてください」

 

 クラーナがオスカーのローブを掴んで引き寄せ、オスカーの真正面から言い放った。オスカーはクラーナの埃にまみれた顔を見て、クラーナの瞳の中に写る己の情けない姿を見て、少しだけ自分の心の中が落ち着くのを感じた。

 

「すまん、マッキノン。なんでもいい、なんでもいいからあいつについて教えてくれ」

「は…… はい…… あの髪飾りはなにをしても壊れなかったんです…… ボクあの髪飾りを手に入れてから、成績は良くなったんですけど…… 時々記憶がなくなることがあって…… それで怖くなって、あの髪飾りをどこかに置いたりしたんですけど、その度にいつの間にか手元に戻ってきて…… それで叩いたり、暖炉の中に入れたりしたのに、壊れなかったんです……」

 

 火の中にいれても壊れない? 一瞬またオスカーの心は恐怖に支配されそうになったが、オスカーはいつの間にか手元に戻ってきたりする時点でやはり、エストに乗り移ったヴォルデモートと自称する何かの本体はやはりあの髪飾りなのだと冷静に考えた。

 

「何か強力な闇の魔法で守られているということでしょうか? まあ触れただけで人間を支配するような代物ですから、推して知るべきですね」

「ただ、触れないと支配できないってことだろ? エストから引き離せばなんとかなるかもしれない……」

「そうですね、エストから髪飾りを取り上げて、ダンブルドア校長や先生方に渡すことができればなんとかなるのかもしれません」

 

 しかし、それはとんでもなく難しいとオスカーは思った。いくら同年代のエストの体に乗り移ったとはいえ、奴の言動が本物ならばオスカーは今世紀最悪の魔法使いを出し抜かなければならないのだ。数々の力ある成人の魔法使い、闇払いを葬り、ダンブルドア以外には止められないと言われた最強の魔法使いをたかだか無言呪文が使えるくらいの二年生にどうこうできるのか? オスカーは絶望的だと思った。

 それに奴はオスカーの心を読むのだ。もし何かオスカーに考えがあるとしても、オスカーが奴の眼の前に立った時点ですべては筒抜けになってしまう。

 そこで、オスカーはなぜクラーナが奴の眼の前に立てたのか疑問に思った。いくらクラーナが勇敢とは言え、奴と目線を合わしてしまえば心を読まれてしまうのではないのか?

 奴はさっきなにについてクラーナを褒めていたのか?

 

「クラーナ、さっきあいつが言っていた閉心術ってなんなんだ?」

「その名前の通り、心を閉じることです。開心術の使い手と戦うには目をつぶるか閉心術を修めるしかありません」

「あいつの心を読む術に対抗することができるってことなのか?」

 

 オスカーにはそれが願ってもない武器に思えた。違う、オスカーは最低限戦うのに必要なものだと考えなおした。あいつの目の前に立つにはそれが必要だ、強くそう思った。

 

「そうです、卓越した魔法使いは対面しただけで相手の心を読めます。だからたとえ無言呪文であっても、相手に次に何をするのか筒抜けになってしまうんです」

 

 そうだ。エストがレアと決闘した際も、さっきオスカーがあいつに向けて呪文を撃った際もあいつは最低限の動きだけで呪文を避けていた。それは決闘をするには致命的な弱点になってしまう…… オスカーはそれを痛いほど理解していた。

 

「それを防ぐのが閉心術です。自分の心を無にするか、それか相手に理解できない何かで心を満たすんです。そうすれば読もうとする相手の心をはねのけることができる……」

「それはどうやって使うことができるんだ? 何か練習をすればいいのか?」

 

 オスカーはそれこそ、今まさに必要としているものだと思い、期待を込めてクラーナを見たがクラーナの顔は全くもって希望的とは言えなかった。

 

「開心術には呪文があります…… 開心術になれないものでもその呪文を使えば相手の心を開くことができます。だからその呪文に対抗できれば閉心術をマスターしたといえるでしょう、しかし……」

「しかしなんなんだ?」

 

 オスカーはその術を覚えることができるのならなんでもするつもりだった。

 

「閉心術は一朝一夕で覚えられるものではありません…… もちろん術者の素質によりますが、私もアラスターおじさんに付きっきりで二か月もかかりました」

 

 二か月…… オスカーに残されているのはあと六時間かそこらだろう。だがオスカーにはそれがどうしても必要だった。

 

「それを教えてくれ、今から練習を始めて欲しい」

「オスカー、貴方は分かっていない、開心術とは人の心の中を覗き見るのですよ? 貴方は精神的に今追い詰められている。そんな状態で心をのぞき見られて平常でいられるわけがない……」

 

 クラーナがオスカーを真剣な目つきで見た。オスカーは開心術を使えなかったが、クラーナがオスカーの為を思って言っていることは見ただけで分かった。

 

「やってくれ、そうしないと俺はあいつの目の前じゃただの人形になってしまう」

「しかし……」

「クラーナ、頼む」

 

 オスカーはクラーナを真正面から見て頼み込んだ。しばらく見つめ合って、クラーナは大きなため息をついた。

 

「わかりました。しかし、覚悟してください、今からやるのは人の心、恐らく魔法使いが踏み込む一番深い場所なんですから」

 

 オスカーは一番深い所だろうがどこだろうが、踏み込むつもりだった。

 

 

 オスカーとクラーナは叫びの屋敷で向かい合った。レアはさきほど修復された椅子に座っておどおどと二人を見ている。

 

「いいですか? 私が呪文を唱えます、そうしたら私は貴方の心に入り込もうとしますから抵抗してください」

「抵抗? どうすればいいんだ?」

 

 オスカーには心で抵抗しろと言われてもよくわからなかった。

 

「己の心をコントロールするんです。自分の感情に支配されず、己自身で己を満たさないといけません」

 

 クラーナにそう言われても、オスカーにはそれがイメージできなかった。己をコントロールする? いったいその言葉が何を示しているのか。

 

「いきますよ、オスカー‼ レジリメンス‼‼」

 

 クラーナが杖を向け、そう叫んだ瞬間、世界が回りだし、叫びの屋敷が目の前から消えた。音が遠くなり、現実の世界と違う何かが切れぎれに現れては消えていった。

 

 今より、ホグワーツ特急でエストやクラーナと出会った時よりも小さいオスカーが歩いている。ここは確か、ドロホフ邸の近くの森の中の小道だ。オスカーの記憶にそれは間違いなくあった。

 オスカーは鼻歌を歌いながら笑顔で歩いている。ドロホフ邸では決して聞かして貰えないマグルのラジオから流れてくる歌だ……

 オスカーは小道を抜けて、森の中の開けた場所に出た。オスカーは鼻歌を辞めて歩き出した。オスカーの顔は鼻歌を歌っている最中よりも笑顔になっている……

 同い年くらいの女の子とオスカーが遊んでいる。オスカーが手をかざすと木から木の葉が散った。女の子がそれを見て笑っている…… オスカーはそれを見てさらに笑顔になった……

 オスカーはあの時の森の中に溢れていたリンゴのような花の匂いを思い出した。

 

 また場面が変わった。オスカーと同じ髪色の女性がオスカーと女の子が遊んでいるのを眺めている…… オスカーと女の子が杖を使わずに魔法を使って遊んでいる…… トンボが魔法の力に囚われたのか、オスカーと女の子の周りを回っている…… 女性に気付いたオスカーが女性の方にトンボを操って、トンボがブローチのように女性の胸元に止まった。

 女性は困った顔をしながら笑った…… オスカーと女の子も笑顔になった……

 

オスカーの頭の中で声が響いた。あり得ない、二人にはもう会えない、ここは自分の記憶の中だ…… エストの為に戻らないといけない…… 自分が幸せな記憶に浸ることは許されない。戻らないといけない……

 

オスカーが気づくと、叫びの屋敷の埃っぽい床が目の前にあった。片膝をついて、荒い呼吸でオスカーは床を見つめていた。いったいどれくらいの間、開心術にかかっていたのか。

 クラーナが心配そうな顔でオスカーを見つめている。

 

「いいですよ、オスカー、貴方は自分で戻ってこれました。私をはねのけて自分を取り戻したんです」

 

 しかし、オスカーは焦っていた。エストが危ないのに自分は自分すら支配できない…… 自分の記憶に浸り、ただただ床を見つめて、時間を浪費している。オスカーは自分に腹が立った。

 

「ちょっと休んでからまた始めましょう。心を整えるには時間がいるんです」

「ダメだ、すぐにやってくれ」

「オスカー、自分で戻ってこれただけでも十分です。人に心をのぞかれるというのはとんでもない負担なんです」

「クラーナ、時間がないんだ」

 

 そういうとまたクラーナは心配そうな顔でため息をついた。

 

「わかりました。やりますから、まずは深呼吸してください。体を心を平常に保つんです」

 

 オスカーは二度三度深く息を吸って吐いた。少しだけ、早鐘を打っていた心臓と首元の脈が落ち着いた気がした。オスカーはできるだけ平常でいるように心がけようとした。

 クラーナがオスカーの目の前に立ってもう一度杖を構えた。

 

「さあ、もう一度いきますよ、レジリメンス‼‼」

 

 またオスカーの目線からクラーナと叫びの屋敷が消えた。

 

 冷たい石畳の上に巨大なテーブルが置かれていて、そのテーブルの周りに沢山の黒いローブを被った人間が集まっている。だれもが鋭い眼光と不気味な雰囲気を漂わしていた。どうみても普通の人間たちではない。

 しかし、その人間たちもテーブルの真ん中に王様のごとく座っている人物に比べれば、ただの人間と言わざるを得なかった。

 鼻が裂け、怪しく光る赤い瞳は縦に切れており、まるでその顔は蛇のようだった。テーブルの周りの人間がその人物を恐れているのは誰が見てもよく分かった。

 

「皆、よく集まってくれた。今日は他でもない、我らが親愛なるアントニンのその息子に来てもらった」

 

 その声を聞いて、聴衆がまるで嘲るように笑った。

 真ん中に座っている男の傍に、髪の色は違うがオスカーと顔のパーツがよく似た色白の男が茫然とした顔で座っていた。

 

「純血の素晴らしい息子だな? アントニン?」

 

 そして、蛇のような男の傍に恐怖で色塗られた幼いオスカーが立っていた。瞳からは涙が流れ、ただテーブルの上を見つめている。

 

「そしてこのオスカーには非常に仲の良い友人がいるのだ。マグル生まれの、可愛らしい女の子だ」

 

 男が杖を振ると、先ほど森の中でオスカーと遊んでいた女の子が金切声を上げて机の上で暴れているのが見えるようになった。

 女の子からも周りが見えるようになったのか、オスカーの方を見て叫んだ。

 

「オスカー、助けて…… オスカー 怖い、怖い……」

 

 もう一度男が杖を振ると女の子はまるで言葉が失われたように喋れなくなった。

 

「なあアントニン? お前は息子に雑種を作らせたいのか? このヴォルデモート卿の腹心であるお前の息子とそこの穢れた血とでだ……」

「我が君…… そのようなことは決して…… 我が君…… お許しを……」

 

 アントニンと呼ばれた男は必死にヴォルデモートに許しを請い、その隣に座っているオスカーによく似た髪色の女性はショックで何も言えないようだった。

 ヴォルデモートが高笑いをした。

 

「ならば簡単だ。血が腐る前に切り捨てねばならない、当然、オスカー自身にやってもらおうではないか?」

 

 ヴォルデモートはそう言うとオスカーに向けて杖を振った。

 

「インペリオ 服従せよ」

 

 オスカーの表情が先ほどまでの恐怖に彩られた表情ではなく、何も考えていないような気の抜けた顔になった。

 

「アントニン、お前の杖を貸せ」

 

 ヴォルデモートはアントニンと呼ばれた男から杖を受け取ると、オスカーの手にその杖を添えた。

 

「オスカー、こうするのだ…… 私がアントニンに教えたのと同じ術だ…… 全てを焼く炎をコントロールするのだ……」

 

 ヴォルデモートがオスカーに渡した杖から、赤とも紫とも言える炎が鞭のように噴き出た。

 

「アントニン…… お前の息子は素晴らしいな? お前があれだけ苦労した術をいとも簡単にやってのけたぞ?」

 

 オスカーの何の感情も見られない表情が炎に揺られて映し出されていた。テーブルの上では女の子が声にならない声で叫び続けている。

 

「さあオスカー、穢れた血を自分の手で焼きつくすのだ」

 

 オスカーが炎の吹き出す杖を持ってテーブルへと進んだ。

 ヴォルデモートがもう一度杖を振るとまた女の子の声が聞こえるようになった。

 

「オスカー、やめて、やめて、やめて、お願い、オスカー、オスカー‼‼」

 

 女の子が恐怖の表情でオスカーに向けて泣き叫ぶ。オスカーはまったく動じずにテーブルへの距離を詰めた。女の子の声がどんどん大きくなる……

 女の子に炎があたる直前でオスカーの足が止まった。オスカーの顔はもう一度、さっきよりも大きな恐怖で色塗られた。オスカーは女の子の前で立ち尽くした。

 

「オスカー、お願い、お願い、助けて、怖いよ……」

「ほう、服従の呪文を撃ち破るとは…… アントニン、お前の息子は優秀なオーラーになれそうだな?」

 

 しかし、オスカーはまるで石になったように体を動かすことができない様だった。女の子の前で炎の鞭を持ち、彫像のように固まっていた。

 

「アントニン? 私は息子ができないときは父がその手を動かしてやるべきだと思うが?」

 

 そう言われると、アントニンと呼ばれた男がオスカーの後ろに立ち、オスカーによく似た手でオスカーの手を動かそうとした。

 オスカーは無茶苦茶な言葉を吐いて、手を動かして抵抗しようとしていた。

 しかし、自分の何周りもある大人に手を動かされ、ヴォルデモートの魔法で固められた体を動かすことはできず、炎の鞭は確実に女の子に近づいていた。

 

「オスカー、やめて、やめて、熱い、熱いよ……」

 

 炎の鞭が女の子の胸を焼いた。女の子の末期の叫びがオスカーの脳裏を駆け巡った。服が、人が焼ける匂いがした。押し付けられた杖から人の感触がした。必死にあがらい生きようとする最後の力が伝わってきた。

 やがて声も、感触も、匂いも消えた。ヴォルデモートの高笑いが聞える。オスカーは自分の心が壊れていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…スカー‼‼ オスカー‼‼ 起きてください、しっかりしてください‼‼」

 

 誰かが自分を呼ぶ声がオスカーには聞こえた。オスカーの心臓は恐怖で鳴り響いていて、その手には先の記憶の感触が残っている気がした。全身で冷たい汗をかいていて凍えるように寒かった。それなのにオスカーにはまるで自分の体が自分のものでないようにも感じられた。

 

「やっぱり、こんな状態で閉心術の練習なんてするべきじゃなかったんです。起きてくださいオスカー‼‼」

 

 眼を開けるとクラーナが泣きながらオスカーを揺さぶって、呼びかけていた。クラーナが泣いているのをみるのは二回目だとオスカーは思った。

 

「良かった…… 開心術なんて…… 誰かが人の心に入るなんて耐えられなくて当然なんです…… ひどい経験があればあるほど、心をコントロールするのは難しいんです」

 

 オスカーがクラーナを泣かせてしまったのだとオスカーはやっと気づいた。オスカーをかばってあのヴォルデモートの前に震えながらも立てるような女の子を泣かせてしまった。

 ヴォルデモートと父の力にあらがうこともできず彼女を殺してしまったオスカーを、今もエストがヴォルデモートの手にかかろうとしているのに、過去の恐怖におびえ自分を制御することもできないオスカーの為に泣いてくれているのだ。

 オスカーは記憶の中の恐怖に怯え、冷たくなった自分の体が少しだけ、それでも確実に暖かくなった気がした。

 

「もうやめましょう、こんなことをしても体力と時間を消耗するだけです……」

 

 クラーナがそう言うのを聞いて、オスカーは自分のことが生まれてから一番恥ずかしくなった。殺してやりたくなった。自分を制御できないことがこんなに情けないことだと知った。まるでクラーナの優しさがオスカーの心に火をつけた様だった。

 

「できるまでやってくれ」

 

 オスカーは自分でもびっくりするほどはっきりした声でそう言った。クラーナは本当に驚いた顔でオスカーを見た。オスカーはこれまでないほど自分の意識がはっきりしているのを感じた。

 

「時間がないんだクラーナ、俺が記憶に怯えている間にもエストの魂は削られている」

 

 オスカーはそう言うと、少しふら付きながらもクラーナの手を取って立ち上がった。

 

「オスカー‼ あんな記憶を見て、心を保てるわけがありません‼‼ 少なくとも、一度休むべきです」

 

 クラーナが泣きそうな顔でそう言ったがオスカーは首を振った。オスカーはエストの為にも、目の前のクラーナの為にも閉心術を覚えなければならないとはっきり自覚した。オスカーのあの記憶をクラーナも見ているのだ。

 

「大丈夫だ。生まれてから一番集中できてると思う」

 

 しっかりと真正面から見つめるオスカーをクラーナは見た。

 

「オスカー…… わかりました。ですが次に完全に制御を失ったら、もうやめますよ、いいですね?」

「大丈夫だ」

 

 オスカーは何故か次は大丈夫だという奇妙な自信があった。

 レアが怯えた表情で見つめる中で、またクラーナがオスカーに杖を上げた。

 

「いきます‼‼ レジリメンス‼‼」

 

 また世界が変わろうとしたが、オスカーは抵抗した。

自分を保たないといけない…… 自分は一人ではない…… 誰かに想われている。誰かが自分を認識している。そして誰かを想っている自分がいる…… オスカーは自分を想う誰かを通してはっきりと自分という存在を自覚しつつあった。

 

 まるで周波数の合わないラジオのように、遠くで声が聞こえる……

 

 

 

「オスカーお坊ちゃまに何をするのですか‼‼」

 

 騒ぐペンスを黒衣をまとった魔法使いが杖で吹き飛ばした。埃一つないドロホフ邸が荒らされ、家具や壁紙が散乱している……

 しかし、オスカーには同時に呪文を唱えているクラーナの姿も重なって見えた。

 

「真実薬を飲ませろ、このガキも何か知っているかもしれん」

 

 無色透明の薬を魔法使いの集団がオスカーに飲ませようとしているのが見えた。しかし、オスカーはこれが記憶だとはっきりと分かった。

 現実の叫びの屋敷に強く心を集中した。自分は自分だ。過去の記憶ではない、ここにいるのだ。囚われているエストと目の前のクラーナのことを深く考え、オスカーは遠くに記憶を締め出した。

 

 

 

 オスカーは現実の世界に戻ってきた。膝をついてもいないし、ましてや倒れ伏してもいなかった。

 オスカーは自分の意思で開心術を突破した。クラーナが信じられないという顔でオスカーを見ていた。

 

「大丈夫だったろ?」

「ダメです、そう言うのがダメなんです。油断大敵です」

 

 クラーナが瞳に涙をためてそう言った。

 

 オスカーはクラーナをもう泣かせるわけにはいかないと思った。そして、閉心術はオスカーの周りのすべてを客観的に見る視点をオスカーに与えていた。

 オスカーはエストを救うために、もう一度、自分の周りにある全てを、人を記憶を魔法を全てを思い出し始めた。

 

 

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