学校の中は静まり返っていた。オスカー達三人は八階の必要の部屋に向けて歩き出していた。途中でゴーストや肖像画達が動いているのが見える。その誰もがエストがどのような状態になっているかなど知らず、ましてやホグワーツの他の生徒達は各々の寮の談話室で語り合い、柔らかいベッドで眠ろうとしているのだ。
オスカーにはそれがどこか信じられなかった。はたして、彼らが日常を送っているホグワーツとオスカーが今歩いているホグワーツは同じ世界なのか? これから世界で最も邪悪な魔法使いと再び対面すると言うのに、その事実がどこか信じられないのだった。
オスカーの頭の中には緑色のランプで照らされたスリザリンの談話室が浮かんだ。時折、湖の中を水中人や大イカが通り過ぎるのが見える場所だ。地下牢の冷たい石壁に包まれているのにオスカーはその場所がとても暖かい場所だと感じていた。
それが何故なのか? その理由はオスカーには分かり切っていた。エストと一緒にいたからだ。窓の傍の二人のお気に入りの場所で、ゴブストーンをしたり、教科書や図書館から借りてきた本を読んだり、他の三人のことを話して笑ったり、オスカーにはそれがとても遠い昔のことのように思えた。オスカーはクラーナの開心術を破った時のように自分の記憶と意思で自分を満たしていることを感じた。
オスカーの目の前にはこれまで見たこともないような扉があった。必要の部屋に入るとき、いつも扉の形は変わっていたがこんな形ではなかった。
扉には銅の色をした大鷲が銀色の蛇に絡めとられている彫刻が彫られている。大鷲は苦悶の表情を見せ、蛇はその赤い目を光らせながら舌なめずりをしている。
明確に部屋の中の人物の心を表わしているのだろう。オスカーは隣の二人の顔を見た。クラーナの顔はいつも見ている強気な表情で、レアは恐怖の色が残っているがどこか決意を決めたような顔だった。
三人は顔を見合わせ、頷くと部屋の中へと入った。
部屋の中は緑色の光に満たされ、銀色と青色に壁は塗られていた。蛇が絡み合う彫刻が施された柱が沢山立ち並んでいて、天井は遥か高く見えなかった。
レアを扉の傍に残して二人は進んだ。部屋の奥、巨大な蛇の像にもたれかかるようにエストが立っている。エストの赤い目と黒色の髪、そして頭につけられた銀色の髪飾りが妖しく光っている。
「お前たちは勇敢だ…… 力の差が分かる程に賢いのに逃げなかった……」
エストの口を借りてヴォルデモートが喋る。いつもの声のトーンと高さなのに、それはどこか身震いするような邪悪さに満ちていた。
ヴォルデモートは真っすぐにオスカーを見つめて近づいてきた。
「なんと! この短時間で閉心術をマスターしたのか? 素晴らしいぞオスカー」
ヴォルデモートはオスカーを舐め回すような視線で見つめたが、何も読めない様だった。ヴォルデモートはさらに笑顔になった。
「本当に特別だ…… 魔法と強い意志が運命を結び付けている…… 魔法族の全てがお前たちの様な者たちならばどれだけ素晴らしいのか……」
そう言うとヴォルデモートは突然杖を振った。オスカーはとっさに盾の呪文を唱えたが、紅い光線はオスカーとクラーナではなく、後方のレアに命中した。
ヴォルデモートの手にレアの杖が収まった。武装解除呪文だ。
「それがどうだ? 魔法族には純血だと言うのに自分の力すら操れない愚か者がいるのだ…… あのようなものに杖は必要なかろう?」
ヴォルデモートは高笑いをあげながらレアの杖を弄ぶと、ローブのポケットにしまった。レアは呪文で吹き飛ばされたのか床に跪いている。
「どうだ? 若く賢い二人よ…… 私についてはこないか? 私はこの学校にいるおいぼれとは違う…… お前たちにより深い魔法の知識を与えることができる……」
オスカーは心を閉じているはずなのにヴォルデモートの声が自分を甘く誘惑しているのが分かった。エストの口から紡がれる言葉は酷く魅力的でいて、身の毛のよだつ邪悪さを併せ持っていた。
「お前たちにとっては学校の教えなど酷く遅れているだろう? なぜ遅れたものに合わせる必要があるのだ? すでに六年生よりも進んだ魔法を使えるお前たちが? おかしいと思わないのか?」
ヴォルデモートはエストの記憶に沿って、エストの声でオスカーを誘惑した。オスカーはそれがたまらなく腹立たしく、穢わらしいと感じた。
「さあ最後の勧誘だ…… 私は優秀なものには寛容なのだ…… 私と一緒に魔法の裾野を広げ、より深い魔法の真髄を見に行こうではないか……」
オスカーはこれまでにないくらいはっきりとした声で言った。
「地獄の釜の火が凍ったらまた誘ってくれ」
オスカーはヴォルデモートに向けて杖を向けた。隣のクラーナも同様に杖を向けるのが見えた。
ヴォルデモートはまた邪悪に満ちた笑い声をあげた。
「この闇の帝王に勝負を挑むか? 絶対的な死ですらとらえることができない存在に……」
オスカーとクラーナは問答無用で呪文を撃ちこんだ。失神光線を雨あられと打ち込むが、ヴォルデモートは杖を一振りするだけでそれらを防いだ。だが、杖を振らねば避けられないということはヴォルデモートが二人の心を読めないことを意味していた。
「さあ死そのものと踊って見せろ‼」
ヴォルデモートは緑色の光線を打ち始めた。間違いなく死の呪文だ。通常の魔法では防ぐことのできない絶対的な呪文…… しかし、オスカーは盾の呪文でそれを弾いてみせた。
ヴォルデモートの顔に困惑が浮かんだ。クラーナが爆破呪文と失神光線を撃ちこんだがヴォルデモートは柱を蛇に変えてそれを受け止めた。ヴォルデモートはオスカーを見つめている。
「トム・リドル、お前の呪文は俺に通用しない」
オスカーがそうヴォルデモートを呼んで、髪飾りのある頭を狙って、粉々呪文や粉砕呪文といった吹き飛ばす効能のある光線を浴びせるがヴォルデモートは銀色の光線でそれらを弾いた。ヴォルデモートの顔は困惑から驚愕に変わった。
クラーナとオスカーがヴォルデモートの髪飾りを狙って猛攻を仕掛けるがヴォルデモートはその度に変身術や盾の呪文でそれらを防いだ。オスカーは魔法使いとしての差が二人がかりでも存在することを感じた。
「俺がお前の名前を知っていることがそんなに意外なのか? トム?」
オスカーはできるだけヴォルデモートの興味をオスカーに集中させる必要があった。ヴォルデモートを正面から打倒することは不可能だ…… 出し抜かねばならない。オスカーはそれを明確に理解していた。
「貴様…… その名前をいったいどこで……」
ヴォルデモートはオスカーの顔を一心に見つめ、名前を知った記憶を探ろうとしていたがそれを読むことはできない様だった。
ヴォルデモートがオスカーに集中している間に髪飾りを狙って、ひたすらに攻撃をしかけるが、攻撃が頭に集中しているということは相手にとっても守る場所が決まっているということだった。ヴォルデモートは銀色の盾のようなものを頭の近くに展開して、呪文を防ぎ始めた。
「ヴォルデモートとか闇の帝王とか、トムって名前がそんなに嫌だったのか? なあトム?」
ヴォルデモートが激高した。緑色の光線がクラーナを狙ったがオスカーはまたそれを弾き飛ばした。しかしその直後に銀色の閃光がクラーナを弾き飛ばし、ヴォルデモートは飛ばされたクラーナの顔をまじまじと見つめた。そして、疑問が解けたという顔で舌なめずりした。
「分かった。分かったぞ、灰色のレディだろう? お前たちはあの死に敗北した残りカスに教えを請うたのだろう? 確かに、あの愚かな女なら私の名前を知っている……」
「オスカー、ごめんなさい、少し読まれたみたいです……」
「大丈夫だ」
少し、足を引きずってクラーナが立ち上がった。ヴォルデモートは不安要素が無くなったとばかりに笑ったが、まだオスカーは諦めてはいなかった。ヴォルデモートに隙ができるその一瞬を狙い定め、心を集中していた。
「いいぞ、オスカー、確かに私は何人にも言ってはならないとは言ったが、あのような残りカスどもなど人の範疇には入らないわけだ。本当に賢いぞオスカー」
ヴォルデモートは明らかにこの決闘を楽しんでいた。オスカー達が抵抗するのが本当に楽しいのだろう。アリの巣に水を入れて楽しんでいる子供のような、無邪気な邪悪さがエストの顔で見事に表現されていた。
「髪飾りを持った私に、髪飾りを失った愚か者の知恵を借りて戦う…… 素晴らしい、千年にも及ぶ因縁が巡り廻っているわけだ……」
二人はその間も呪文を撃ちこみ続けるが、銀色の盾はオスカー達の呪文全てを封殺していた。オスカーはヴォルデモートの注意を惹き、銀色の盾を打ち破り、髪飾りをヴォルデモートの頭から奪わねばならなかった。
「俺にトムの呪文が効かない理由を教えてほしいか? なあトム?」
オスカーはできるだけ侮蔑の感情を込めてトムと呼んだ。
「オスカー、私をあまり怒らせない方がいいぞ? ホグワーツの格言をしらないのか? 眠れるドラゴンをくすぐるべからずだ……」
そうヴォルデモートが言って杖を振ると足元の地面そのものが変化しだした。オスカーはとっさに爆破呪文で床を吹き飛ばした。
「そうか? たかが二年生風情にご自慢の魔法が通用してないぞ? スリザリンの後継者とか言ってたが、本当のところはどうなんだトム? ほんとは純血ですらないんじゃないのか? リドルなんて苗字は聞いたこともないぞ」
オスカーがヴォルデモートに真正面からそう言った。
ヴォルデモートの怒りが爆発した。ヴォルデモートはめちゃめちゃに死の呪文を乱射したが、オスカーはそれら全てを弾き飛ばした。死の呪文が部屋のあちこちに当たって彫像や壁が破壊された。
しかし、オスカーとクラーナは生きていた。ヴォルデモートは怒りで上気した顔で二人を見つめていた。オスカーはここにきて初めてヴォルデモートの余裕を取り払うことができたと思った。
「オスカー、私は寛大だが、私に血を語るとは…… このサラザール・スリザリン最後の後継者に……」
ヴォルデモートはそう言って銀色の閃光でオスカー達を攻撃した。銀色の閃光をオスカーは防ぐことができたがクラーナは完全に防ぐことができず、吹き飛ばされた。ヴォルデモートは連続で銀色の閃光を放ちながら、うねるように杖を振った。
クラーナの足元が変化して、まる蛇のような植物のつるになりクラーナを吊り上げた。ヴォルデモートはオスカーに呪文を浴びせながら、クラーナに向かって呪文を叫んだ。
「クルーシオ!! 苦しめ!!」
クラーナの顔が苦悶に歪んだ。クラーナは必死に耐え、ヴォルデモートと目を合わせないようにしようとしたが、つるがそれを許さなかった。
ヴォルデモートは今度こそ勝ったとばかりに高笑いをあげた。ヴォルデモートが余裕の表情でオスカーを見た。
「なるほど、杖の所有権とは…… オスカー、本当に賢いな…… 私ですら知らない魔法の知識を使って私に対抗したわけだ。素晴らしい」
ヴォルデモートはクラーナに興味を失ったのか、磔の呪文を解き、オスカーだけを見つめた。本当に愉快だとその顔が言っていた。
「だが杖を変えればどうなるかな? 魔法力も制御できない愚か者を連れてきたのは失敗だったなオスカー、もしかしたら私相手に勝機があったかもしれぬと言うのに……」
そう言って、ヴォルデモートはレアの杖を取り出そうとした。オスカーはヴォルデモートに向けて爆破呪文を唱えながら後ろに向けて叫んだ。
「レア‼‼ やれ‼‼」
何か黒いもやをまとった不可視の力がオスカーの隣を通ってヴォルデモートに向かって行った。爆破呪文を防ごうとしていたヴォルデモートにそれは命中した。
オスカー達が何をしても効果が無かった銀色の盾がゴングのような低い音を、不思議に背筋が寒くなる音を立てて吹き飛ばされ、盾の中にいたヴォルデモートがエストの体から大きく吹き飛ばされた。
銀色の髪飾りがエストの頭から離れて吹き飛ばされ、オスカーとヴォルデモートのちょうど中間に落ちた。
オスカーは走り出した。ヴォルデモートも髪飾りに向かって来ようとしている。ヴォルデモートは杖を取り出そうとローブを触りながら叫んだ。
「出来損ないがよくも…… よくも……‼‼ だがお前たちの魔法程度でそれが壊せるものか‼‼」
しかし、オスカーは間違いなくそれを壊せると確信していた。闇の魔術に対する防衛術でトンクス先生が言っていたことがオスカーの脳裏に浮かんだ。
『あの炎は基本的にあらゆる魔法的な法則を破壊して、魔法使いやその他の生き物、闇の生き物、魔法具等を破壊するのよ、多くの魔法使いはあの炎を操ることができずにその代償を自らの体で支払ったわ』
オスカーはその炎を知っていた。他ならないヴォルデモート自身に教えて貰ったのだから。オスカーはその炎を出す魔法を覚えていた。忘れるはずがない、この先何十年生きてもその感触をその炎を忘れるはずがなかった。
オスカーの杖から赤とも紫ともつかない炎が鞭のように噴き出た。炎は髪飾りの中心部分を明確に打ち抜いた。レイブンクローの象徴である青い宝石が炎に溶けていく、銀色が黒くくすんでいく。何か邪悪なものが泣き叫んでいるのが聞こえる。何か救えないものが離れたくないと泣き叫んでいる。髪飾りが真っ二つに割れて、何かが天へと消えていった。
ちょっと炎の鞭=悪霊の火は独自設定