ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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姉弟杖

 オスカーは医務室で目を覚ました。魔法睡眠薬で一日眠ることになるとマダム・ポンフリーからオスカーは聞いていた。まだ早朝のようで、医務室には薄い朝の陽ざしが差し込んでいて、まだ誰も起きていないのか、物音は聞こえなかった。

 オスカーは医務室から出て、顔を洗いに行くことにした。確か今日はハッフルパフがあの日に圧勝していなければ、グリフィンドールとスリザリンがクィディッチの優勝杯を賭けて戦う日のはずだと思った。

 オスカーはそういう日常のことを考えることができるのがことさらに嬉しかった。

 マダム・ポンフリーに言わずに抜け出していたのがばれると厄介なことになるとオスカーは思い、医務室へと戻ろうとした、その道中でこの前日に良く見るようになった金髪が空き教室の方へと歩いていくのが見えた、彼女も起きたところなのだろうか? オスカーはなんとなく彼女の後についていった。

 

 彼女は空き教室で魔法を試しているようだった。妖精の呪文で一番最初に習う呪文、浮遊呪文を何度も唱えて、自分の羽ペンを浮かせようとしているようだが、あの決闘クラブで無言呪文を使用した彼女と同じとは思えないほど、羽ペンは動かなかった。

 時折、杖からは火花が噴き出たり、なにか不可視の魔法の力が机や椅子を揺すっていた。

 

「発音は間違ってないのにな」

 

 オスカーがそう言うと、レアはやっと気付いたのかオスカーの方を振り向いた。レアは練習をしているところを見られたのが恥ずかしいのか頬を赤く染めた。

 

「ドロホフ先輩…… ボク、髪飾りが無くなったら魔法が使えなくなると思って…… それで……」

 

 オスカーはレアの杖をヒョイと取り上げ呪文を唱えた。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ 浮遊せよ」

 

 羽ペンは高く上がってそこで止まった。オスカーが杖を下ろすと羽ペンはゆっくりと机の上に降りてきた。

 

「杖の問題じゃないみたいだな」

「やっぱり、髪飾りがないと…… オブスキュリアルのボクじゃ……」

 

レアは下を向いてぶつぶつ言っていたが、オスカーは構わず、レアの手に杖を戻し、その状態で呪文を唱えた。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ 浮遊せよ」

「え? ちょっと先輩?」

 

 もう一度、羽ペンは高く上がった。そしてオスカーがレアの杖から手を離しても羽ペンは落ちては来なかった。

 

「え? え? なんで? 浮いてる……」

 

 そして杖を下ろすと、それに従って羽ペンは戻ってきた。

 

「もう一回唱えてくれ、さっき浮いてたのと同じ杖への感覚で」

「はい…… ウィンガーディアム・レヴィオーサ 浮遊せよ」

 

 今度は高く飛びこそしなかったが少しだけ浮き、ユラユラと空気の抵抗を受けながら羽ペンは落ちていった。

 

「浮いた? どうして……」

 

 オスカーはまたレアの杖を上から握った。

 

「今度は一緒に唱えてくれ」

「ええっ!? はい…… 「「ウィンガーディアム・レヴィオーサ 浮遊せよ」」

 

 また羽ペンは高く上がって、オスカーが手を離してもコントロールできていた。

 

「浮いてる……」

 

 レアは浮いている羽ペンを信じられないという顔で見ている。

 

「マッキノンは自分の杖と力が怖いのか?」

 

 オスカーはそうレアに聞いた。オスカーにも自分の魔法の力が恐ろしく、その力を使いたくないと思った時、全く力をコントロールできなかった記憶があった。

 

「あの日言いましたけど…… ボクはオブスキュリアルだから…… 魔力をコントロールできないんです…… だから時々力が暴れて…… みんなや家を壊してしまう……」

「杖と魔法力は信じないと使えないんだ。灰色のレディが言ってただろ?」

 

 そう、灰色のレディに杖について聞いた際にそのようなことを言っていた。杖は魔法使いに信じられないと力を発揮しないのだ。そして杖自身が魔法使いを信じないとやはり力を発揮しない。オスカーは無言呪文を覚えた際に無言で呪文を発動できると信じることが必要だった為、それが真実だと思っていた。

 

「聞きましたけど…… 自分の力なんて……」

「少なくとも、あの部屋で俺とクラーナはレアの力を信じてたけどな、それで助かったわけだし」

 

 レアはオスカーのその言葉を聞いて、ショックを受けたような、すぐにでも泣きそうな顔をした。

 

「あの時は必死だったんです‼ 髪飾りを見つけたのはボクだし、二人とエスト先輩を助けないとって、そればっかりで頭が一杯になって……」

「じゃあその時のレアを信じたらいいんじゃないか? 俺たちはあの時レアを信じてたし、レアも自分を信じてたんだろ? だからあいつをぶっ飛ばすことができたわけだ」

「あのときの自分を信じる……?」

 

 オスカーは閉心術を覚えた際に、いつかどこかの自分を信じること、誰かが信じる自分を信じることが大事だと経験していた。そしてそれは初めて魔法を使った後に誰かがそれを見て笑顔になったのを見た後、さらに上手く使えるようになったのと同じことだと思っていた。

 

「じゃあもっかい唱えてくれるか? レアがすぐ使えるのを信じないと、俺はマダム・ポンフリーに黙って出てきたからそろそろ不味いんだ」

「ええっ!? わ、分かりました。 ウィンガーディアム・レヴィオーサ 浮遊せよ」

 

 今度は羽ペンはオスカーが唱えた時と同じくらい高く上がった。すぐに落ちてくることもなく、羽ペンは上がったままだ。

 

「できました‼‼ オスカー先輩見ましたか!? できました‼‼ あっ、ボク、その……」

「まあなんでもいいけど、俺は医務室に戻る」

「あの…… ありがとうございました」

 

 オスカーはそれを聞いた後、空き教室を後にして、医務室へと向かった。

 医務室に帰る途中で誰かに背中を叩かれた。

 

「ちょっとオスカー、貴方が医務室から消えるから、マダム・ポンフリーとクラーナ、エストが怒ってたわよ」

「マダム・ポンフリーはまだしも、なんで二人が怒るんだ? どうせ嘘だろ?」

「そりゃあれよ、恐ろしい目に会って怖かった二人を、起きた真っ先に慰めにいかなかったからよ」

 

 オスカーはあの二人が恐怖で震えるような相手なら、オスカーもそもそも五体満足では帰ってこれないだろうと思った。

 

「マダム・ポンフリーが怒ってたのはほんとだけどね」

 

 トンクスとチャーリーは早朝だというのに三人を見舞いに来てくれたらしい、チャーリーに至っては今日も試合のはずなのに。

 

「試合なのにこんなとこにきていいのか?」

「大丈夫だよ、スリザリンにはエストがいないからね、エストがクィディッチに出たら、マダム・ポンフリーがスリザリンのチームを殺しちゃうよ」

「校医が殺してどうするんだ」

 

 オスカーにはその様子が容易に想像できた。マダム・ポンフリーに逆らってはいけないのだ。

 

「まあ、あれよ、私たちの見舞いに感謝して、二人の顔を早急に見に行くべきね」

「早朝からうるさいと思ったら、トンクスですか? クィディッチでも負け、特別功労賞を取り逃したので、騒いでるんですか?」

 

 オスカー達の後ろからクラーナの声が聞えた。彼女も起きたのだろう。

 

「ちょっと余計なお世話よ、せっかくオスカーとの感動的な目覚めを提供してあげようと思ってたのに」

「それこそ要らぬお世話でしょう、あほが来る前に起きて正解でした」

 

 二人の言い合いやときどき茶々を入れるチャーリーの姿を見て、オスカーは本当に日常が戻ってきたことを実感した。

 オスカーにはそれがたまらなく嬉しかった。

 

「あれ? なにオスカーはニヤニヤしてるのよ、アレね、多大なる試練を乗り越え、クラーナと特別な絆ができて、私たちが知らないからニヤニヤしてるわけね」

「なにあほなこと言ってるんですか、こいつはほんとに必要の部屋に捨てとくべきでしたね」

 

 そう言えば、クラーナは閉心術を修めているはずなのに、みんなの中でも一番表情が分かりやすいなとオスカーは思った。そして、閉心術の練習に付き合ってくれた礼を言うのを忘れていたことを思い出した。

 オスカーはみぞの鏡のクリスマスの一件から、クラーナに助けて貰ってばかりだと思ったし、クラーナとはできるだけ対等で正直にいたいと思っていた。

 

「クラーナ」

「なんですかオスカー? 忘れない間に例のあの人の戦い方でも研究しますか?」

 

 オスカーはいつもと同じ挑戦的な口調と表情でそう言ったクラーナを見て、自分をかばって立ってくれたこと、閉心術の練習で泣いていたことを思い出した。オスカーの心の中にたまらない感謝の感情が湧き出てきた。

 そして、閉心術を習得しているクラーナの表情をちょっとだけ崩してやりたいと思った。

 

「クラーナ、ありがとう」

「えっ? ちょっとオスカー……?」

 

 オスカーはトンクスとチャーリーの目の前でクラーナに抱き着いて感謝を述べた。

 

「えええ!! オスカー、ちょっとほんとにどうしたの!!」

「ほんとに仲良くなったんだね」

「あいつからかばって立ってくれてありがとう。クラーナがいなかったらあそこで終わってたと思う」

「お、オスカー? どうしちゃったんですか……」

 

 クラーナはしばらく体をばたばたさせていたが、しばらくすると静かになった。少しだけペパーミントの様な香りがクラーナの髪の毛からした。オスカーはウィーズリーおばさんのセーターを着たのと同じくらい、あの記憶から帰ってきた時と同じくらい、体が暖かくなっていくのを感じた。

 

「閉心術の練習の時、相手がクラーナで良かった。記憶から帰ってきた時にクラーナが居てくれてなかったら、あそこで終わってた…… ありがとう」

「そ…… それは…… 闇の魔法使いの心を理解するのは…… 闇祓いの基本ですから……」

「あいつと戦ってる間も、クラーナがいたからなんとか心がもったと思う。ありがとう」

「え…… それは私も……」

 

 オスカーがクラーナを離すと、クラーナはオスカーが見たことが無いくらい真っ赤になっていた。いつもはすぐにからかってくるトンクスも何故か赤くなっていた。

 

「オスカーは結構積極的なんだね、ビルより凄いかもしれない」

「これは…… 私が茶々いれなくても全然よさそうじゃない……」

 

 オスカーは三人が静まり返っている間に医務室へと向かうことにした。この静けさが嵐の前の静けさのように感じていたからだ。事実、医務室に入った後で何か大声で喋っているクラーナとトンクスの声が聞こえてきた。

 

「ちょっと二人の仲がそんなに進んでたら言ってくれてもいいじゃないの」

「な…… なんですか!? 進んでいるって」

「だって二人でなんか二人にしかわからないこと言って抱き合ってたじゃないの、一体何の話してたのよ」

「そ…… それは開心術の内容だから言うわけには……」

「あら、やっぱり言えないような内容なのね」

「なんですかそれ!! く、口が裂けても言いませんよ!!」

「へ~、そんなに大事な二人の秘密なんだ、ますます気になるわ」

「もう~!! なんなんですか二人の秘密って!! オスカーもおかしいし、トンクスはいつもより数倍うざったいし……」

 

 マダム・ポンフリーは二人の大声を聞いて注意しようと向かって行ったので、オスカーはその間に医務室の中を歩き、エストのベッドへと向かった。

 エストはいつも通りの表情でオスカーに挨拶した。

 

「オスカー、おはようなの」

「ああおはよう」

 

 二人はしばらく無言だった。オスカーはエストが目の前で普通に喋って、座っているという事実を嚙みしめていた。オスカーは日常というものがどれだけ大事で失い難いものなのか理解し始めていた。

 ホグワーツでみんなと会って、食事して、授業を受けて、クィディッチを見て、テストを受けて、遊んで…… またそれが帰ってくるのを感じた。

 

「何も覚えてないのか?」

「そうだよ、叫びの屋敷でレアに髪飾りを渡して貰ってからは覚えてないの」

「髪飾りはエストが考えたところにあった」

「そうなの? じゃあレアは必要の部屋で見つけたんだね? じゃあやっぱり、髪飾りを見つけた人はホグワーツのことが大好きだったんだね」

 

 オスカーはそうやって笑うエストを見て、嫌でもヴォルデモートを思い出さずにはいられなかった。事実、オスカーはヴォルデモートがどう行動して、どう考えるのかを考えた時に、できるだけエストならどう考えるかを考えていた。

 オスカーはエストとヴォルデモートは似ていると考えていた。しかし、二人は絶対的に違うとも思っていた。

 

「まあある意味ではそうだろうな、それと俺とエストの杖なんだけど……」

 

 オスカーが杖について喋ろうとするとエストは何か、隠し事がばれたような表情をしていた。オスカーはやっぱりと思った。恐らくヴォルデモートはエストの記憶から姉弟杖のことを知ったのだろう。

 

「オスカーの杖…… ナナカマドにセストラルの尻尾の毛でしょ?」

 

 オスカーはエストに自分の杖について喋った記憶はなかった。確かに今言った内容は間違いなく、オリバンダーがオスカーに言った杖の内容と同じだった。

 

「そうだけど…… いったいどうやって……」

「エストがオリバンダーさんのお店に行った時に教えて貰ったの……」

 

 そう言ってエストは自分の杖を取り出した。

 

「エストの杖はね? オリバンダーさんが作ったんじゃないんだって、グレゴロビッチさんっていう遠い国の人が強い杖を真似してつくろうとした杖なんだって」

 

 確かにエストの杖の材質をオスカーは見たことが無かったし、オスカーが杖を買った時もオリバンダーは通常使わない珍しい材料を芯にしていると言っていた。

 

「でね? エストの杖…… ニワトコにセストラルの尻尾の毛が入ってるんだけど、オスカーも聞いたことあるよね? ニワトコの杖、永久に不幸…… ニワトコの杖をもった人は不幸になっちゃうの」

 

 確かにオスカーはそれを聞いたことがあった。魔法界では自分達のような子供でも知っているおとぎ話だ。ヒイラギの杖の人はカシの杖を持つ女の人と結婚しちゃいけないとか、トネリコの杖を持つ人は頑固者だとか、そういう杖にまつわる話の一つだ。

 

「オリバンダーさんはその話はうそだって言ってたんだけどね、ニワトコの杖はナナカマドの杖と対になるらしいの、だからグレゴロビッチさんって人は同じセストラルの尻尾の毛を使って、ナナカマドで杖を作れないかってオリバンダーさんに頼んだらしいの、オリバンダーさんの方がナナカマドの杖の作り方はうまかったらしいから、それでどっちがいい杖かわかるし、どっちの方が杖を作るのが上手いか分かるって言われたらしいの」

 

 なるほど? どうもこの二本の杖は杖作りの腕を競うために作られた杖らしい、オスカーがオリバンダーの店に行った時は、なんと珍しいとかなんとかしか言って無かった上に、死喰い人の息子がナナカマドの杖とは…… とか失礼なことを言われた記憶があった。

 

「でも、悪い魔法使いが大陸で暴れたせいでオリバンダーさんの店に二本とも残っちゃったんだって、で、先にオスカーがナナカマドの杖を買って行ったの、そのあとエストがニワトコの杖に選ばれて、オリバンダーさんは不思議じゃ不思議じゃって言い始めたの」

 

 オスカーはオリバンダーがそう言うのが容易に想像できた。あの人物もチャーリーやエストと同じく、一定範囲の物事に対して滅茶苦茶に集中するタイプだと思えたからだ。

 

「エストと因縁のある家の男の子が、さっきこの杖と姉弟の杖を買って行ったって言ってたの、姉弟の杖を持っている二人は不思議な絆で結ばれるって言ったの、それがニワトコとナナカマドなら最も強くなるだろうって言ったの、それがどこの家なのかなんてオリバンダーさんは言わなかったけど、エストにはすぐに分かったよ?」

 

 オスカーは自分の杖を見て、エストの杖を見て、最後にエストの顔を見た。

 エストは笑顔で言った。

 

「だからね、ホグワーツ特急で初めてオスカーに会った時、ドロホフの家の人? って聞いたよね? もう、絶対そうだと思ってたの、ギリギリに乗ってね、偶然空いてたコンパートメントだったけどね、絶対絶対そうだと思ったよ? それで、ほんとにそうだったの」

 

 エストはオスカーと初めて会った日、運命じゃないかと言っていた。確かに杖にそんなつながりがあったのなら、そう言いたくもなる気持ちが分かる。

 

「しかも、寮まで同じになって…… それにねナナカマドの杖はね? 闇の魔法には使われないし、防御の魔法を使う時に強くなるんだって、オスカーはエストを最初絶対攻撃しようとしなかったよね? オリバンダーさんの言う通りだったの、盾の呪文ばっかりだったもんね、だから絶対絶対この二本の杖は特別なの」

 

 エストは愛おしそうに杖を両手で包んだ。オスカーはどこかなにか大きな力が二人を包んでいたように感じた。ヴォルデモートからエストを取り戻せたのは偶然ではなかったと感じた。

 きっとこの二本の杖でなければヴォルデモートの死の呪文を防ぐことはできなかったのだろう。今こうして話すこともできなかったのだろう……

 

「エストは覚えてないけど、意識が無い間もこの二本の杖がオスカーと繋げてくれたのかな? オスカーごめんね、このことを話したらなんか、繋がりが切れちゃったり、特別じゃなくなる気がしたの」

「大丈夫だ。誰に話してもこれは特別だ。それに今回も杖がエストに会わせてくれたんだと思う」

「そうなの? でもこれは二人の秘密にしてね? その方が特別なの」

 

 エストは満面の笑みでそう言った。

 オスカーは特別な杖が無くても、特別な繋がりが無くても、エストの傍にいられるようになろうと思った。

 


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