髪飾りに関連した大騒動が終わって、オスカー達はホグワーツの日常に戻った。
クィディッチはグリフィンドールの優勝で終わり、後の日々はただ気温が上がっていき、オスカー達の流す汗の量と一緒に期末試験へのストレスだけが増えていった。
少しだけ変わったことと言えば、オスカーがホグワーツ特別功労賞を貰ったことで、スリザリンに二百点入ったおかげで、少しだけスリザリン生のオスカーに対するあたりが弱くなったことだろうか?
前のように寝室のルームメイトに無視されることもなく、授業中の教室や朝食の大広間でオスカーの周りを避けて座るといったことはされなくなった。
それはレアも同じ様で、オスカーとエストと廊下ですれ違う時は、いつもレイブンクローの同級生と笑い合っていて、最後に二人に会釈をしてくるのだった。
レイブンクロー生にとってはスリザリンとグリフィンドールの生徒だけで髪飾りを見つけたのではなく、レアも一緒に見つけたということでなんとか体面が保たれたらしい。
オスカーはいつも通りかそれ以上のホグワーツの日々が戻ってきてこれ以上なく嬉しかった。
「ねえ? 髪飾りがあったんだから、秘密の部屋もやっぱりあるのかな?」
学期末の試験の午前の部が終わって、五人は黒い湖のほとりにあるブナの木陰で話をしていた。この場所は湖の涼しさと木陰の恩恵を得られる場所で、オスカーとエストのお気に入りの場所だった。
「秘密の部屋とか、髪飾りより例のあの人が出てきそうな案件じゃないですか」
「いいわね、今度はハッフルパフが功労賞を貰えば、ハッフルパフが二位まで上がるわ」
オスカーは期末試験の問題用紙をもう一度読みながら三人の会話に嘆息した。正直、これ以上例のあの人に今学期は会いたくはなかった。可能ならば一生自分の周りには近づいて欲しくないと思った。
「秘密の部屋って怪物が封印されてるんだよね? どんな怪物なのか気になるね」
「スリザリンだし、闇の魔法生物じゃないのか? コカトリスとかバジリスクとかアクロマンチュラとか? 少なくとも、例のあの人と同じくらいに会いたくないな」
「スリザリンはパーセルマウスだと言いますし、バジリスクじゃないんですかね? その中だと」
オスカーは去年クラーナが言っていた首が三つあるバジリスクを思い出した。
「うええ、ちょっとそれはごめんね、トイレしてたらパイプを通ってきたバジリスクに丸呑みにされそうじゃないの」
「トンクス、バジリスクは眼で殺すから多分いきなり丸呑みにはしないの」
「トイレの配管を通るスリザリンの怪物とか、威厳が全くありませんね」
「うーん、ケトルバーン先生ならなんか知ってるのかな」
オスカーはトイレの中を通る怪物ならまだなんとかなりそうだと思ったが、そもそもこれ以上危険なモノ探しはしたくなかった。クラーナの言う通りに、例のあの人は絶対に秘密の部屋を探したであろうことがオスカーには容易に想像できた。
「それより、午後も闇の魔術に対する防衛術の試験があるだろ? なんかテストしてくれよ」
オスカーはそう言って闇の魔術に対する防衛術の本を四人に差し出した。
「ちょっと、オスカーに闇の魔術に対する防衛術の試験が必要なの? 普通にもう教える側なんじゃない? ママが今回の事を聞いて、クラーナちゃんとオスカー君には私の授業は必要ないかもって言ってたわよ」
「確かに二人は試験を免除でも良かったかもね」
「油断大敵‼‼ ですよ、二人とも、基礎を固めないといざという時にどうにもなりませんからね、そこの茂みからいきなり死喰い人が一ダース現れたらどうするんですか?」
クラーナが傍にあるつつじの茂みを指でさしながら言った。
「ダンブルドア先生を呼ぶの」
「そうね、クラーナとオスカーを盾にして、校長先生かマクゴナガル先生あたりを呼びにいくわ」
「なんで俺が盾にされてるんだ」
そう言って、また四人はギャーギャーと騒ぎ始めた為、オスカーはもう一度本に目を落とそうとしたが、先ほどクラーナが指した茂みが少し揺れているのに気付いた。誰かいたのだろうか?
「あの…… 先輩方、ちょっといいですか?」
茂みから遠慮がちに現れたのはレア・マッキノンだった。オスカーは彼女とは空き教室で会ったあと顔は何度も会わせているものの、会話は交わしていなかった。
「あれレアじゃない、久しぶりね、功労賞の自慢をしに来たの?」
「こいつは未だに功労賞のせいでハッフルパフが最下位になったのを根に持ってるので、気にしなくていいですよ」
「なんか、レアに対する態度が、トンクスとクラーナで前の時と逆になってるの」
「まあ二人はほっといていいから、どうしたんだ?」
「うん、二人に構ってると次の試験時間になっちゃうからね」
オスカーはあの出来事があって、少しはレアにも自信がついたのかと思っていたが、レアは今もどこか不安げだった。
「あの…… 来年、時々私に魔法を教えて貰えませんか?」
「魔法……? 浮遊呪文みたいな感じってことか?」
魔法を教えて欲しいと聞いて、オスカーの頭に思い浮かぶのは去年のクラーナとトンクスとの特訓と、あの朝にちょっとだけレアの浮遊呪文を手伝ったことだった。
「そうなんです、あの朝にオスカー先輩に浮遊呪文を教えて貰って、それから色々他の呪文もできるようになったんです、それで……」
「ちょっと、オスカー、いつの間にレアにまで手を出してたのよ」
「手を出したって、ちょっとレアが困ってたから浮遊呪文を手伝っただけだぞ」
「貴方に純血キラーの称号をあげるわ、私もパパがマグル生まれじゃなきゃ危ないとこだったわ」
トンクスが自分の肩を両手で触って震えている振りをしながら、新しい言葉を創り出していた。
「なんだよ純血キラーって」
「というか、いつの間にか二人は名前で呼び合ってるの、エストの時はあんなに長い間苗字で呼んでたのに」
「確かにオスカーは最初ずっとみんなのこと苗字で呼んでたね」
エストはオスカーが誰かを名前で呼ぶことに厳しいようにオスカーには思えた。去年クリスマスプレゼントを連呼したのが不味かったのだろうか?
「別にいいんじゃないですか? 上級生が五人いれば色んな呪文を教えられるでしょう」
「あら、流石に抱き合ってたクラーナは余裕ね、ライバルとしてすら見てないってことね」
「しばきますよ、人にモノを教えるっていうのは教える側にも自分を見直すっていうメリットがあるんですよ」
「抱き合ってたってなんなの?」
「まあOKってことみたいだぞ」
「それはね、あの出来事の朝……「オッケーですよ‼‼ レアは心配しなくても先輩に任せておけば万事問題ありません‼‼」」
「来年も面白くなりそうだね」
そう言って、さっきよりも大きな声で騒ぎ始めた五人を見て、レアは恥ずかしそうに礼をして、後ろの方でオスカー達を見ていたレイブンクローであろう集団に戻っていった。
オスカーはチャーリーの言う通り、来年も騒がしくなりそうだと、姦しい三人を見て思った。
結局、闇の魔術に対する防衛術はトンクスの言うようにオスカーにとっては問題ではなかった。正直なところ、実技が関連する授業、闇の魔術に対する防衛術、変身術、呪文学などはもはや、オスカーにとって問題になることはないのではないかと思い初めたのだった。
隣にはエストという優秀な教師がいたし、他の生徒達は自分の生死がかかるほど必死に呪文を覚える必要性がないのだから上達は当たり前だとオスカーは思った。
ただ、結局試験の結果でエストにオスカーが少しだけ勝てたのは闇の魔術に対する防衛術だけで、それも一点差でしかなかった。ダンブルドアがエストのことをトム・リドル以来の秀才だと呼ぶのも無理はないことだとオスカーは感じた。
寮対抗杯は今年は久しぶりのグリフィンドールの優勝だった。エストが優勝決定戦に出場できずにスリザリンがぼろ負けしたのが大きかったが、そもそも、それで失った点数を補って余るほど、エストはスリザリンに点数を日頃から与えていたので、スリザリンの生徒がそれに関して責めることはなかったし、むしろグリフィンドールの連中が何かエストに危害を加えたのではないのかという論調だった。
他にはやっぱり今年も闇の魔術に対する防衛術の先生は一年で辞めてしまうようだった。トンクス先生は寮の違いなく評判だったので、生徒達は皆残念がった。
トンクス先生曰く、
「私が一年いない間に、家がまるでヌンドゥが現れた後のような有様になっていたので、やっぱり家に帰ります」
らしい、トンクスが言うには、トンクスの父親、テッド・トンクスは全く片付けができないらしい。それで、一年放っておいたら家がとんでもないことになっていたらしいのだ。
なんと叫びの屋敷に行くときにトンクス先生が忍びの地図にいなかったのも、グリフィンドール対ハッフルパフの試合にテッドを連れてこようとしたところ、家の惨状に気付き、それどころではなくなったかららしい。
オスカーはそのテッドの性質は間違いなく、トンクスに遺伝している気がしたが、それは言わないことにした。
一年の時と違い、五人はセストラルが曳く馬車に乗ってホグズミードの駅まで行くのだった。オスカーは以前乗った時に、セストラルが死んだ人にしか見えないと聞いて、静まり返ったことを思い出したが、オスカーとエストの杖の中身はセストラルの尻尾の毛で、それが二人を会わせてくれたことを考えると、そんなに不吉な生き物ではないように感じた。
オスカー、エスト、クラーナ、チャーリー、トンクスの五人はコンパートメントの一室を占領して、今年の思い出を話し合ったり、来年のことを語ったり、爆発ゲームをしたりした。
「あのね、今年も夏休みに隠れ穴にいこうと思うんだけどね、今年はWADA、魔法演劇アカデミーのチケットがあるの‼」
「えっ! エストそれほんとなの? WADAのチケットって中々とれないんじゃないの?」
「魔法演劇アカデミー?」
オスカーはWADAが何なのかさっぱり見当がつかなかった。ホグワーツでは確か長い間演劇が中止されているとか、ホグワーツの歴史とかいう本を髪飾りを探すために読んだ際に書いてあった気がするし、家でも演劇の話など聞いたことがなかったからだ。
「あんなでかい家に住んでるくせに知らないんですか? WADAと言えば魔法界では知らない人がいないような演劇の名門ですよ。オスカーお坊ちゃま」
「そうよ、チケットだって何ガリオンするか分からないわよ、まあオスカーお坊ちゃまにかかればホイっと出せるのかもしれないけどね」
WADAが何か知らないがオスカーはまたお坊ちゃまと連呼されるのは嫌だった。
「それってやっぱり、ミュリエルおばさんが送ってきたの?」
「そうなの、エストがクリスマスに行かなかったから、意地でも来てほしいみたいなの、それでみんなの分のチケットもあるから、ミュリエルおばさんの家にみんなでちょっとだけ来ないかってことなの」
「絶対ちょっとじゃ終わらないし、エストとビルが目当てだと思うけどね」
確かミュリエルおばさんというのは、ウィーズリーおばさんやエストの父親のおばに当たる人で、エストを猫可愛がりしているみたいな話をオスカーは聞いていた。
「まあなんでもいいんじゃないか? どうせ隠れ穴にいくんなら一緒だろうし」
「オスカーお坊ちゃまにはこれが凄いラッキーなことなのが分かってないわね、行くに決まってるわよ」
「どうせ僕もおばさんの家には連れていかれるからね」
「うーん、申し訳ないですけど、もしかするといけないかもしれないです」
「えっ? クラーナは何か用事があるの?」
確かにクラーナがこういった誘いに対してはっきりしないのは珍しいとオスカーは思った。夏休みもクリスマスもクラーナは真っ先に同意してくるからだ。それはオスカーと同じ様に家族がいないからであろうことも、薄々察しはついていた。
「ちょっと、アラスターおじさんといくとこがあるかもしれないので、いつ隠れ穴に行けるかは分からないんです」
「そうなの? じゃあ行けるようになったらすぐ来てね? モリーおばさんも待ってると思うの」
「ええ、用事が終わったらすぐに行きますよ」
クラーナはそう言って笑ったが、その裏にどんな感情があるのかはオスカーには読み取れなかった。
閉心術の練習の際も、マッド・アイと練習をして学んだと言っていたし、何か闇払い的なことを練習でもするのだろうか? オスカーは少しだけ考えをめぐらしたが、人の家族のことを詮索してもしかたがないので考えるのを止めた。
キングス・クロス駅が近づいてくるのがホグワーツ特急の速度が下がっていることから分かった。
オスカーは去年こうしてホグワーツ特急に乗って、駅に着こうとしているときよりも、自分の気持ちが明るいと思った。
夏休みに隠れ穴でどんな楽しい生活が待っているのか知っているし、去年より、ペンスやキングズリーと過ごす少しだけの間のドロホフ邸も楽しみだった。それはクリスマスに楽しい時間をドロホフ邸で過ごしたことで、あの家に対する印象が変わったせいでもあるだろうと思った。
オスカーは初めて九と四分の三番線の柵を通り過ぎた時より、柵を通り過ぎるたび、ホグワーツへ行って帰ってくるたびに、自分の心が明るくなっていくと感じた。