オスカー達プルウェット邸へ滞在していた一団はミュリエルおばさんとWADA(魔法演劇アカデミー)へと向かった。
トンクス曰く、WADAはマグル世界のRADA(王立演劇アカデミー)と呼ばれる超一流の演劇学校に相当するものらしいのだが、オスカーはそもそもマグル世界のことを知らないし、演劇の世界のことも知らなかった。
とにかく凄い劇を見られるくらいの印象しかオスカーは持っていなかった。
「あのね、WADAの先生は昔ホグワーツで教えてた先生なんだって」
WADAはロンドンの中心部に位置しているらしく、オスカー達は魔法使いらしくない移動手段、地下鉄を使って移動していた。
エストとウィーズリーおじさんは地下鉄に興味しんしんだったが、モリーおばさんが咎めるような目で見てくるので二人は余り目立った行動をできていなかった。
「ホグワーツの先生? どの教科なんだ?」
ウィーズリーおじさんは始め、ウィーズリー家に置いてあるフォードアングリアという車種での移動を提案したのだが、全員乗れないのでミュリエルおばさんに却下された。
その後、ミュリエルおばさんは姿現しでの移動と決まったのだが、何せ子供の数が多く、オスカー達をロンドンに運ぶには相当な回数行わねばならず、近くに暖炉もないので地下鉄での移動に決まった。
「ヘルベルト・ビーリーって名前で、スプラウト先生の前の薬草学の先生なんだって」
「そうなの? じゃあハッフルパフの先生なのかしら?」
「確かに薬草学の先生はハッフルパフのイメージがあるよね」
地下鉄で話しながら移動している間もオスカー達は周りのマグルから奇異の視線を受けていた。トンクス曰く、オスカー達の恰好はマグルの中では浮いている恰好らしい。
「ビーリー先生と言えば、昔クリスマスに演劇をしてたらしい先生だったね、モリー?」
「そうね、私たちが入学するころには大講堂がケトルバーン先生のせいで燃えてしまってもうやってなかったわね」
なにやら物騒な話がウィーズリー夫妻の方から聞こえてきた。なぜ演劇の話で大講堂が燃えるのだろうか?
「大講堂が燃えたってなんなの? アーサーおじさん?」
「ああ、どうも劇の見世物の一つとしてアッシュワインダーに肥らせ呪文を使って巨大化させたって聞いたね」
「アッシュワインダーに肥らせ呪文? それを大講堂でやったの? パパ?」
「私がやったわけじゃないけどね」
オスカーにはいまいちアッシュワインダーが何なのか理解できなかったが、なにか物騒なモノをケトルバーン先生が大講堂に持ち込んだことは分かった。
「ちょっと、チャーリー、アッシュワインダーってなんなのよ」
「アッシュワインダーは魔法の火から生まれる蛇で、生まれてすぐに凄い高熱の卵を産むことで知られているんだ」
確かにそんな記述をオスカーは幻の動物とその生息地で読んだ記憶があった。
「愛の妙薬の材料だよね? アッシュワインダーの卵って?」
「そうだよ、でも凄く危険なんだ、普通の木造の家でやったら間違いなく火事になるくらいにはね」
「大講堂って木造だよな?」
オスカーにはケトルバーン先生の行動が正気の沙汰とは思えなかった。
「つまり、木造の大講堂に肥らせ呪文で大きくなったアッシュワインダーの卵を持ち込んだってこと?」
流石のトンクスもやばいだろそれ、みたいな顔をしていた。
「それで私やアーサーのいたころにはホグワーツでは演劇は禁止されてしまったのよ、なんでも大講堂はまる焼け、医務室は負傷者でいっぱいのクリスマスだったらしいわ」
オスカーは医務室が一杯になるような状況になったら、マダム・ポンフリーが事件の首謀者を消失させてしまう気がした。そうこう話している間に地下鉄のスピードが下がるのをオスカーは感じた。
「ああ、そろそろ着くみたいだね」
ウィーズリーおじさんがうずうずしながら、電動の扉の前に立った。確かに地下鉄はWADAの最寄り駅についたようだ。
「トンクス、この扉もあー、機電の力で動いているんだったね?」
「そうです、ウィーズリーおじさん、機電じゃなくて電気ですけど」
「ああ、マグルの技術は素晴らしい、ホグワーツ特急だって自動では扉は開かないよ」
いつも人の話を聞かないトンクスの話がウィーズリーおじさんに無視されているのはオスカーにとって新鮮だった。それにチャーリーやエストの性格は幾分かウィーズリーおじさんから来ている気がした。
その後も、切符を自動で吸い込む機械や電気の力で光る掲示板を見てはウィーズリーおじさんは大騒ぎし、ウィーズリーおばさんが引っ張っていくまでそれは続いた。
「凄い立派な建物だな」
オスカーはWADAというものについていまいち理解できていなかったが、その巨大な演劇場を見て、トンクスやクラーナが色々言っていた意味が少し分かった。
少なくともオスカーはこんな巨大で立派な魔法関係の建造物をホグワーツ以外では見たことがなかった。
聖マンゴ魔法疾患傷害病院は巧みに隠されているし、魔法省は水洗トイレか公衆電話から入らねばならず、外見は見えないからだ。
オスカーはこんなに堂々とロンドンの街中に鎮座しているとは思っていなかった。少しだけこれなかったクラーナが可哀想だと思った。
「なんか昔マグルの人たちが頑張って作った劇場を強引に魔法で見えなくしたらしいの」
「ええ、WADAってそんな過去があったの?」
「まあ聖マンゴもマグルの建物を貰ってるしね」
魔法で隠されている敷地内に魔法使いや魔女たちが次々に姿現ししてくる。オスカー達のようなホグワーツに通っている子供は少なく、年配の人が多いように感じた。
「今日は演出のヘルベルト・ビーリー先生の最後の公演らしいわよ」
「あらそうなの? じゃあ演目はなんなのかしらね、長いことやってらっしゃったから色々考えられるけど……」
年配の魔女二人がオスカー達の横を通りながら喋っていた。どうもさっき地下鉄で話題になっていた先生の最後の公演らしい。
「エストレヤ、こっちだよ」
その声を聞いてオスカー達が上を見ると、明らかにランクの高そうな席へと向かう階段の傍でミュリエルおばさんが手招きしていた。
オスカーは先日の問答でちょっとミュリエルおばさんが苦手になっていたので、できるだけミュリエルおばさんから離れて座ろうと思った。
オスカー達が階段を上がって席のあるフロアに着くと、思った通り明らかに貴賓席と思われる席だった。どこか周りの人たちも旧家の魔法族と思われる人たちばかりだった。
「オスカーこっちに座りなさいよ」
トンクスがフレッド・ジョージと一緒に座っている席でオスカーを手招きした。ミュリエルおばさんはトンクス達の反対側で、お気に入りのエストとビルを両脇に配置していた。オスカーは二人の尊い犠牲に感謝して、トンクス達の方へ向かった。
「あれ? やっぱりエストの傍に座りたかったの?」
「いやミュリエルおばさんの横にならなくて安心してたことだ」
「オスカーもミュリエルは苦手なの?」
「純血キラーのオスカー兄貴が?」
オスカーの両サイドでフレッド・ジョージの声がやまびこのようにこだました。オスカーはこの席もこの席で災難な席な気がした。
「そもそも純血キラーってなんなんだ」
「そりゃオスカーが純血を次々に落としていくからでしょ」
「百発百中!!」
「魔法族は二世代後にはオスカーの子供で一杯になるって聞いたけど」
オスカーは頭が痛くなってきた。騒いでいるオスカー達の方を貴賓席にいる人たちが少し迷惑そうに見ていた。
その中でブロンドの髪を持った女性がトンクスの方を凝視していた。オスカーはその女性が少し気になり、そっちに目線をやると女性は目線をハッとそらした。
オスカーはその女性をどこかでみたような気がした。
「これは、これは、これは…… アーサー・ウィーズリー」
オスカー達の後ろで聞き覚えのない声がウィーズリーおじさんを呼んだ。
だが、オスカーはその男を知っていた。声こそ聞いたことがなかったが、そのプラチナブロンドの髪を持った男を知っていた。
「ルシウス」
ウィーズリーおじさんはほんの少しだけ会釈したように見えた。オスカーはウィーズリーおじさんが他の大人にそんなそっけない挨拶をしたのを見たことがなかった。
「ああ、マグルなんとか局は繁盛していますかな? 近頃はコーネリウス大臣に変わって、無駄な仕事の仕分けが進んでいるようですが…… この席を買うのに家でもお売りになりましたかな?」
ウィーズリーおじさんは一瞬で耳から首もとまで真っ赤になった。
「マルフォイ、君のような人間が大手を振って歩けるような時代になったことを感謝したほうがいいと思うが? 闇払い局は今暇をしてるらしいから喜んで仕事を引き受けるだろう」
ウィーズリーおじさんがそう言うとルシウス・マルフォイの顔にも赤みがさした。
「アーサー、辞めて、劇の前だし、子供達やオスカー達もいるのよ」
ウィーズリーおばさんがウィーズリーおじさんを引っ張ったが、ウィーズリーおじさんは真っ正面からマルフォイ氏を睨みつけていた。
ルシウス・マルフォイはウィーズリーおじさんを一瞥して、オスカー達子供が座っている席に視線を移し、オスカーとトンクスがいる場所で一瞬、目を見開いた。
その後、さっきトンクスの方を見ていたブロンドの髪の女性の傍に座った。ブロンドの女性の傍にはロンと同じくらいの少年が座っているのが見えた。
「今の人ってルシウス・マルフォイ?」
「ああ、そうだと思う。俺も見たことがあるからな」
「パパのライバルなんだ」
「金をばらまいて死喰い人の疑惑をごまかした悪いやつだって言ってた」
フレッド・ジョージが口々に悪口を言って、マルフォイ氏が座っている方を睨みつけたが、トンクスは珍しい表情をしていた。
なにか悩んでいるような表情で、オスカーはそれがトンクスに似つかわしくないと思った。
「ルシウス・マルフォイがどうかしたのか?」
「うーんとね、ママの妹さんの夫なのよ、マルフォイさんって」
「ええ!! トンクスってマルフォイと親戚だったの?」
「全然似てないじゃん」
確かにトンクスの母親のアンドロメダはブラック家の出身だったと聞いたことがあった。それなら純血の一族はだいたい親戚だろう。
ブラックと聞いてもオスカーにはかの有名な死喰い人、シリウス・ブラックくらいしか思いつかなかったが。
「まあパパと結婚したせいで全然会わないらしいけどね、もう一人の姉妹はオスカーのパパと同じ場所にいるらしいしね」
「まあいいんじゃないか、マルフォイ家って言ったら純血主義の急先鋒だしな」
「そうだよ、純血はオスカーに任せておけば大丈夫ってトンクス言ってたでしょ?」
「純血キラー!!」
純血だからといって誰とでも仲良くできるとはオスカーには思えなかったが、双子はトンクスを元気付けようとしているようだった。
「まあ別に大丈夫よ、二人ともそろそろ静かにしないとダメよ」
オスカーはトンクスが双子を注意したので、明日は流星群が降るのではないかと思った。
そうこうしている間に、劇場の照明が消え、あたりは静かになった。
舞台に一人の老人が上がって、魔法のスポットライトを浴びているのが見えた。老人が一礼すると劇場中から拍手が沸いた。
「皆さま、この度はWADAの定期公演に起こしくださってありがとうございます」
老人が拡声呪文を使っているのかはわからなかったが、すさまじく良く通る声だった。
「このWADAの定期公演も数えるのが馬鹿らしくなるくらいの回数、私は演出を指導してまいりました」
なるほど、オスカーはこの老人が誰なのかがわかった。さっき魔女が噂をしていた、ヘルベルト・ビーリー先生なのだろう。
「しかし、この不肖ヘルベルト・ビーリーも引退ということで、今回の劇はこれまで絶対にやってこなかった演目を皆様にごらん頂こうと思っております」
絶対にやってこなかった劇? オスカーはWADAの常連ではなかったから、それが何を指しているのかわからなかったが、周りの大人達が息を呑んでいるのが分かった。
「それでは、どうぞご覧ください、豊かな幸運の泉」
スポットライトが消え、ビーリー先生の姿が見えなくなり、観客の拍手とともに舞台の幕が上がった。
それと同時にルシウス・マルフォイが憤った顔で席から立ち、子供とブロンドの女性を連れて退席していくのが見えた。
子供は何故退席するのか分からないという顔で両親らしき二人を見ていたが、マルフォイ氏の顔は怒りに染まっていて、ブロンドの女性も同様だった。
舞台上で演劇が始まった。オスカーは魔法の演劇を見るのは初めてだったが、なるほど、トンクスやクラーナが騒いでいた理由が良くわかった。それに恐らくマルフォイ氏が退席した理由もだ。
豊かな幸運の泉はオスカーでも知っている童話だ。
一年に一人だけ、不幸な人間が幸福を得ることのできる豊かな幸せの泉にたどり着くことができる。
その幸運の泉へ、三人の魔女とマグルの騎士が向かうのだ。
最初の魔女はアシャ。重い病にかかっていて、泉がその病気を癒し、自分を救ってくれることを望んでいる。
二番目の魔女はアルシーダ。悪い魔法使いに家も杖も奪われて、泉が不運な自分を救ってくれることを望んでいる。
最後の魔女はアマータ。恋人に捨てられ、その心の傷を泉が救ってくれることを望んでいる。
三人はお互いを憐れみ、協力して泉にたどり着こうと誓い合う。泉にたどり着くのがたった一人だけだとしてもだ。
なのに、間違えてアマータはマグルの冴えない騎士を泉への道へ連れてきてしまう。
そこで、アマータ以外の二人はアマータを責める。泉にたどり着ける確率が下がってしまうからだ。
マグルの騎士はラックレス卿と言った。このヘタレの騎士は、アマータが責められているのを聞いて、自分が魔女に勝てるはずがないから、泉は諦めると言う。
これにアマータは怒った。
「意気地なし」
そう言って、騎士を叱りつけ、泉への道中、魔女たちを守るように言うのだ。
三人の魔女と騎士は泉へと向かった。
しかし、その道中に怪物が現れる。怪物は言う。
『苦しみの証を支払って行け』
四人が何をしても、怪物は動かなかった。しかし、アシャが絶望して泣き出すと怪物はその涙をなめとって消えた。
四人はさらに進んだ。今度は急な坂道で、地面にこう書かれていた。
『努力の証を支払って行け』
四人が坂道を登っても登っても、その坂道に終わりはなかった。みんながくじけかけたころ、アルシーダが汗水を垂らしながら、みんなを応援した。
すると垂れた汗を地面が受けると今度は進めるようになった。
四人がさらに進むと、今度は川が行く手を阻む。
川底にはこう書かれていた。
『過去の宝を支払って行け』
四人が何をしてもその川を渡ることはできなかった。
そこでアマータは恋人との幸せだった記憶を川へ流した。
すると、川の中に飛び石が現れて、川を渡れるようになった。
四人はついに幸運の泉の目の前までたどり着く。
しかし、体の弱いアシャが倒れてしまう。三人はアシャを泉に連れて行こうとするがアシャはもうだめだから放っておいてくれと言う。
ここで、アルシーダが傍にあった薬草を摘んで、アシャに薬として飲ませた。
アシャは瞬く間に元気になり、自分には泉は必要ないと言った。
そして、自分を助けてくれたアルシーダが浴びるべきだと言った。
しかし、アルシーダはこの薬草があれば自分はお金を稼ぐことができるからもう泉は必要ないと言う。
このやり取りを見て、騎士はアマータに浴びるように言う。
しかし、アマータはもう恋人との記憶を振り切ることができたから、私は幸福だ。だから騎士に浴びる様に言うのだ。
そして、騎士はその泉を浴び、アマータに結婚を申し込む。
騎士は自分を奮い立ててくれた優しいアマータが素晴らしい女性だと分かったからだ。
アマータも自分が手を取るにふさわしい騎士の手を取った。
そして四人は手を取り合い、ずっと幸福に暮らす。
本当は泉には幸運の力などないのに、それを知ることもなく。
これが豊かな幸運の泉だ。オスカーは変身術や拡声魔法、色んな魔法動物を使った劇を存分に楽しんだ。
幼いころに聞かされた童話が目の前で実際に繰り広げられるのは素晴らしいものだった。
ルシウス・マルフォイが帰ったのはこの童話のマグルの騎士と魔女の下りが気に入らないからだろう。
オスカーはこの童話を父や純血を誇る者たちが忌み嫌っているのを知っていたが、オスカーはこの童話が好きだった。
彼女たちは泉の力を借りずに幸せを掴み取るのだ。お互いの信頼の結果として。それは色んな魔法よりも素晴らしいことだと思った。
劇の幕が下りてしばらく経っても拍手は鳴り響いていた。オスカーも拍手を続けていた。
「私、この話をママがバカみたいにしてくるもんだから、あんまり好きじゃなかったんだけど、いい話ねこれ」
トンクスが拍手をしながらオスカーに言ってきた。確かにこの劇はマグルの男と魔女の話だから、テッドとアンドロメダにはぴったりの話かもしれない。
トンクス先生は確か駆け落ちしたと言っていたし、トンクスに読み聞かせたがるのも無理はないだろう。
「それにあのアマータって凄いクラーナに似てない? あの意気地なしとかヘタレとか、騎士に言うところが、初めて会ったころのクラーナとオスカーみたいだったわ」
確かにオスカーはクラーナにヘタレだの、アズカバンにいそうな顔だの、腰抜けだのと言われた記憶があった。よく考えなくてもクラーナの方がアマータよりボロクソに言っている気がした。
「クラーナがいたらからかえるのに残念ね」
オスカーはせっかく良い余韻に浸っているのに、二人の騒ぎに巻き込まれるのは嫌だと思ったが、確かにクラーナもここにいた方が良かったと思った。