ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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オーラー

 WADAでの公演が終わって、オスカー達は隠れ穴へと移動した。案の定、ミュリエルおばさんがエストを留めおきたがったが、エストはなにやら交換条件を結んで脱出した。

 もう余り夏休みは残されていなかったが、オスカーは去年と同じ様にウィーズリー兄弟と箒で遊んだり、パーシーの予習につき合わされたり、トンクスがジニーにへんなことを教えるのを止めたりした。

 隠れ穴に滞在してしばらくたつとホグワーツからのふくろう便がやってきて、オスカー達に必要な教科書や物品が書かれた手紙が届いた。

 ただ、今年は他にも重要なニュースが届けられた。ビルが監督生に選ばれたのだ。

 ウィーズリーおばさんの喜びようは見ているオスカー達でさえちょっと幸せになるくらいだった。

 

「今夜はパーティーにしないとね」

 

 そう言って、ウィーズリーおばさんは隠れ穴をパーティー仕様に変えようとし、オスカー達もそれを手伝った。

 フレッド・ジョージがケーキの中にクソ爆弾を隠そうとしているのをオスカーとチャーリーが発見して止めたり、ビルの監督生のバッチが無くなったと思ったら、パーシーが磨いていただけだったり、ロンがグールお化けを発見したりと色々騒がしかった。

 ただ、その日の夕食はオスカーがドロホフ邸でペンスに作ってもらった夕飯に負けないくらい素晴らしいものだった。

 

「ねえエスト、ミュリエルおばさんになんて言って解放してもらったの?」

 

 チャーリーがチキンをほおばりながらエストに聞いた。確かにその条件はオスカーも気になっていた。

 

「簡単なの、オスカーのお家でやるクリスマスパーティーにミュリエルおばさんも呼ぶって言ったの」

 

 オスカーはバタービールをむせ込んだ。隣のロンがオスカーの背中を叩いてくれた。

 

「やったじゃないオスカー、ミュリエルおばさんも攻略完了よ」

 

 オスカーは涙目になりながらトンクスを睨んだ。そしていつの間にかクリスマスはドロホフ邸で過ごすことが前提になっている事実に気付いた。

 

「色々突っ込みどころしかないんだけど」

「ごめんねオスカー、でもクリスマスにミュリエルおばさんを連れてこないとふくろうの嵐に会っちゃうの」

 

 エストは手を合わしてオスカーに謝ってきたが、確かに去年のクリスマス前にエストは大量の手紙を受け取っていたのを覚えていた。オスカーはため息をついた。

 

「まあペンスが全部やってくれるから、俺はトンクスが糖蜜パイでデブにならないか心配するだけだけどな」

「だからデブにならないって言ってるでしょ、クラーナがいないからって、オスカーが言わなくても良いのよ」

 

 トンクスの言動を受けて、結局クラーナは夏休みが終わりかけているのに来ることはなかったなと思った。

 

「ねえ、みんなは今年どの教科をとるの?」

「僕は魔法生物飼育学は絶対とるよ、あとは占い学とかルーン文字とか?」

 

 そう言えば、ふくろう便には新しくどの教科を履修するのか決めろとのことが書かれていた。新しく増えたのは、魔法生物飼育学、数占い、古代ルーン文字、占い学、マグル学だったはずだ。

 

「俺はなんも決めてないな、チャーリーと同じでもいいかな」

「私も決めてないわね、ママが占い学はやめときなさいって言ってたけど」

「そうなの? 全部取れば良いのかな? ビルも全部取ってるみたいだし」

 

 オスカーは全部履修するというのはよくわからなかった。そもそもこの量の授業を今やっている授業に加えてやると言うのは、一日では時間が足らなくなると思ったからだ。

 

「ちょっと、エストと同じ教科を取ったら絶対トップになれないのに、そのエストが全教科取ったら地獄絵図よ」

「そんなこと無いもん、去年の学期末はオスカーが闇の魔術に対する防衛術ではトップだよ?」

「一点だけだけどな」

 

 そうエストとオスカーが言うと、トンクスは意外そうな顔をした。

 

「え? そうなの? てっきり全教科エストがトップだと思ってたわ」

「確かに僕もそうだと思ってたよ、グリフィンドールはクラーナが実技と魔法薬学とかは寮トップだったけど、エストに負けました!! とか言ってたからね」

 

 確かにクラーナは闇払いになるための教科は集中して勉強しているのに、エストに勝てないと嘆いていた気がした。わざわざスリザリンのテーブルまで来て成績を比べに来ていたのだ。

 

「いいことね、これなら我が家に来ている子供たちはみんな監督生や首席になれそうだわ」

 

 ウィーズリーおばさんがオスカー達の話を聞いていたのか上機嫌でしゃべりながら、ケーキを切り分けていた。

 オスカーは、廊下を爆破したり、ルーンスプールを勝手に飼ったり、フィルチの部屋から地図を盗んだりというオスカー達の行動をウィーズリーおばさんは知らないのでそう言っているのだと分かっていたが、ダンブルドア先生はそれらのいくつかを知っているので、果たしてオスカー達を監督生に選ぶのか疑問だった。

 

「ママ、かんとくせーにえらばれるのはそんなにいいことなの?」

 

 オスカーの隣で口をクリームまみれにしながらロンがウィーズリーおばさんに尋ねた。

 

「そうよロン、監督生や首席に選ばれればアーサーの様に魔法省に勤めやすくなるのよ」

「パパと同じ場所で働くの? ビルやエストも?」

「それはまだわからないのよ、ロン」

「でも、ケーキが食べられるんならぼくも監督生になろうかな」

 

 ウィーズリーおばさんは笑いながらロンの口を拭った。オスカーはその後ろでパーシーがこちらに聞き耳を立てているのが分かった。監督生云々や成績の話が気になるらしい。

 

「明日はダイアゴン横丁に買い物にいかないといけないから、チャーリーたちもどの教科を取るのか決めないとダメよ」

 

 ウィーズリーおばさんはそう言って違うテーブルにケーキを運びに行った。

 

「オスカーはエストと同じ寮だからエストと一緒にじゅぎょうをうけるの?」

 

 ロンがまた口をクリームまみれにしながらオスカーに聞いた。

 

「まあ寮が同じだとそうだな、魔法薬学とかはグリフィンドールと一緒だから、チャーリーやクラーナも一緒だけどな」

「いいな、ぼくも早くホグワーツに行きたい」

「残念ながら、ロンが入るころには私たちは卒業しちゃってるわね」

 

 ロンはトンクスがそう言うのを聞くと少し涙目になった。

 

「でもロンの同い年には凄い有名人がホグワーツに入ってくるんだよ?」

 

 エストがウィーズリーおばさんと同じ様にロンのクリームを拭いながら言った。

 

「有名人?」

 

 ロンは何を言っているのか分からないという顔でエストの方を見た。

 

「ロンも知ってるでしょ? ハリー・ポッターなの、多分計算するとロンはハリー・ポッターと同級生なの」

 

 ハリー・ポッター、恐らく魔法界で最も有名な名前の一つだろう。オスカーは自分より年下の、ロンと同い年の男の子がダンブルドア先生やヴォルデモートと同じくらい有名だということが何か不思議だった。

 いったいどんな生活をしているのだろうか?

 

「友達になれるかな?」

「ハリーのお父さんとお母さんは両方グリフィンドールだったって聞いたの、だからきっとロンとハリーは同じ寮の同級生だし、きっとお友達になれるの」

 

 確かに例のあの人を倒した男の子で、両親ともグリフィンドールなら、グリフィンドールに入る可能性が高いのだろう。

 オスカーはいつかその男の子に会ってみたいと思った。いったい家族を失って、自分だけが生き残り、その結果魔法界一有名になるというのがどういう心境なのか知りたかったのだ。

 

「確かに羨ましいわね、友達になったらサインを貰って日刊預言者新聞で売り出すとかできそうね」

「トンクス、あの良くわからない本を書いてるロックハートさんでもサインは売らないんじゃないかな」

 

 チャーリーがトンクスに突っ込んでいた。オスカーも流石にサインを売るハリー・ポッターは見たくないし、会いたくもなかった。

 

 

 

 隠れ穴での日々は矢のように過ぎ、キングスクロス駅からホグワーツ特急に乗る日が来た。去年は魔法省から車を借りたのだが、今年はオスカーの監視も消えたためどうなるのかと思っていると、キングズリーが一台車を借りて、もう一台はウィーズリーおじさんのフォードアングリアで行くらしい。

 なんでも、ファッジ大臣に変わってからちょっと車を借りるのが難しかったが、闇払いの任務で使う捜査用という口実で借りてきたらしいのだ。

 オスカー達はキングズクロス駅の九と四分の三番線について、一台のコンパートメントをまるまる占領してから、ウィーズリー家やキングズリーのいる場所に戻った。

 

「オスカー、君にこれを渡しておく」

 

 キングズリーがポケットからなにやら羊皮紙を取り出して渡してきた。

 羊皮紙にはキングズリー・シャックルボルトはオスカー・ドロホフの法定後見人として、週末のホグズミード行きの許可を与えるものである。と書かれていた。

 オスカーはすっかり忘れていたが、ホグズミードに行くのは許可がいるのだった。

 

「ありがとうございます。キングズリー」

「君が行けなくなると、多分君の周りの子たちが悲しむだろうからね」

 

 キングズリーが深い人を安心させるような声で言った。確かにオスカーが行けないことでオスカーよりも、周りのみんなが悲しむかもしれない。忍び地図があればこっそり行くことも可能かもしれないが。

 

「キングズリー・シャックルボルトか? こんなとこで何をしてる?」

 

 オスカーとキングズリーの後ろからコツコツという音と一緒に、唸るような声が聞こえた。

 

「これはアラスター、今後見人を務めている少年の見送りの最中でして」

「後見人? じゃあこの坊主がドロホフのせがれか?」

「確かに僕はオスカー・ドロホフですけど……」

 

 その老人はオスカーを普通の眼とグルグル回る青い目の両方で見た。

オスカーもその老人を観察した。鼻は削がれ、顔は余すところなく傷だらけだ。さっきのコツコツという音の正体もわかった。この老人の片足は恐らく義足なのだ。

 しかし、オスカーはその老人にいくつか見覚えを感じた。WADAでルシウス・マルフォイの妻らしき人物を見た時と同じだ。

 恐らくダークグレイだったと思わしき白髪だらけの髪や、グルグル回る魔法の眼ではない方の眼、その黒い眼をオスカーは知っていた。

 

「ああ、オスカー久しぶりですね、この人が私のおじさんのアラスター・ムーディです」

 

 老人の後ろからクラーナがでてきた。オスカーは少しだけ、クラーナが前に見た時よりも目の下にクマができているように思えた。

 そして老人の正体もわかった。伝説の闇払い、マッドアイ・ムーディこと、アラスター・ムーディだ。

 

「ふん、確かに憎らしくなるほどアントニン・ドロホフに似ている」

 

 ムーディは魔法の眼でオスカーの体を舐め回すように見ながら、唸った。

 オスカーはダンブルドア先生やミュリエルおばさんと言った老人の眼を見てきたが、この人物の眼は油断も隙も無いように思えた。感情ではなくただ油断なく見定めているという感じだった。

 

「だが、髪の色が違うな、あいつの写真は眼に焼き付くほど見てきたからわかるぞ」

 

 オスカーは色んな人に会ってきたが髪色のことを言われたのは初めてだった。確かにオスカーの髪色は母のものだった。近い人よりも、恐らく長年父の敵だった人物からそれを指摘されるのは不思議な感覚だった。

 

「ちょっとクラーナじゃない、いつの間にオスカーと一緒にいるのよ」

 

 トンクスがこっちに走ってきた。ウィーズリー家やトンクスの家族もこっちに歩いてくるのが見える。

 

「なんですか一緒って、おじさんがキングズリーを見つけたから喋りかけてただけですよ」

「おじさん? この人がマッドアイ・ムーディ?」

 

 オスカーはこのマッドアイの風貌を見ながら、マッドアイと初見で呼び捨てるトンクスの精神は大したものだと思った。グリフィンドールの方が向いているのではないだろうか?

 

「なんだ、肝の据わった娘っ子だな、顔からして、ブラックの家の子か?」

「それを言われるのは夏休みで二回目よ、クラーナのおじさん、私はニンファドーラ・トンクスです」

 

 オスカーはクラーナとトンクスがなんだかんだ一緒にいるのと同じで、このマッドアイとトンクスも案外相性がいいのではないかと思った。

 

「アラスター、お久しぶりです」

「アーサー・ウィーズリーか、その子はギデオンの子か?」

 

 今度はウィーズリーおじさんがマッドアイに挨拶をしており、マッドアイの眼はエストの方を向いていた。

 

「そうだよ? エストはエストレヤ・プルウェットだよ、貴方はクラーナのおじさん?」

「なるほど、死喰い人の子供より周りの娘っ子の方が肝が据わっているようだ」

 

 そう言ってまたムーディの眼が一瞬オスカーの方を向いた気がした。

 しかし、マッドアイの言動を完全に無視して、ウィーズリーおばさんが今度はみんなにサンドイッチを配り始めた。

 

「さあ、オスカーたちの分もありますからね、大丈夫よ、クラーナちゃんの分も作ってきたわ」

 

 そう言って、ウィーズリー兄弟やオスカー達にサンドイッチを配った後にみんなを一回ずつ抱きしめた。オスカーはセーターと同じくらい体が温かくなった気がした。

 ウィーズリーおばさんがこうしてサンドイッチを配っているということは出発の時間が近いのだろうと思い、オスカーが時計を見ると出発まであと五分しかなかった。

 

「クラーナはトランクをまだ載せてないんじゃないのか? そろそろ出発だぞ」

「そうですね、じゃあアラスターおじさん、多分クリスマスにお願いします」

「ああ、クラーナ、気を付けてな」

 

 オスカー達は列車に乗り込んで、コンパートメントの窓から見えなくなるまで手を振った。

 オスカーはコンパートメントに自分以外のいつもの四人がいるのを見て、これからホグワーツにいくのだという気分が自分の中で高まっているのを感じた。

 

「クラーナのおじさんはやっぱり雰囲気のある人だったよね?」

 

 チャーリーがクラーナの方を見ながらそう言った。チャーリーの言う通り、オスカーもあれほど雰囲気のある人物にはそう会ったこともなかった。ダンブルドア先生くらいだろうか?

 

「確かにアズカバンの半分を埋めたって感じの雰囲気はあったわよね、あのグルグル回る眼のせいもあるかもしれないけど」

「それにオスカーへの態度が最初の頃のクラーナそっくりだったの」

 

 確かに最初の頃のクラーナはもっとオスカーに辛らつで、口を開けば闇の魔法使いとか、アズカバンだのヌルメンガードだの言われた記憶がオスカーにはあった。

 

「まあおじさんだし似てるのはしょうがないんじゃないのか?」

「つまりちょっと一緒にいれば、オスカーは伝説の闇払いであるマッドアイも攻略できるってことね」

「相変わらず、トンクスは意味の分からないことを言いますね」

 

 トンクスは夏休みから引き続き、オスカーのことを純血キラーだと言い張りたいらしい。オスカーはよっぽどトンクスの方がマッドアイとの相性が良さそうに見えた。

 

「クラーナがいない夏休みの間にオスカーは着々と純血を攻略してたのよ、ドアの外にいるレアみたいにね」

 

 トンクスが喋りながらコンパートメントのドアを指すと、ドアの向こう側に短い金髪が見えた。

 

「レアと夏休みには会ってないだろ」

 

 オスカーはそう言いながらコンパートメントのドアを開けた。レアは突然ドアが開いたのにびっくりしたのか、眼を丸くしてオスカー達の方を見ていた。オスカーは少しだけ、去年見たよりもレアの髪の毛が伸びている気がした。

 

「あっ、あの…… 先輩方……」

「魔法の練習が云々じゃないのか? 入ればいいだろ」

「あ…… 失礼します……」

 

 レアはおどおどとオスカーの向かい側、トンクスの隣に座った。オスカーはトンクスがニヤニヤ笑っているのを見て、先手を取って黙らせ呪文を唱えた方がいい気がした。

 

「魔法の練習は必要の部屋でやるの?」

 

 エストが期待を込めてオスカーとクラーナの顔を交互にみた。そう言えば一年生の頃の魔法の練習にはエストは参加しておらず、いつも羨ましそうな顔をしていたのをオスカーは思い出した。しかし、オスカーは去年の記憶から余り必要の部屋を使いたくなかった。

 必要の部屋という言葉が出ると、レアは少しビクッと反応し、クラーナは何か考え込んでいるようだった。

 

「なんの魔法を練習するのかによるけど空き教室で十分なんじゃないか?」

「まあ確かに毎回八階に集まるのも面倒ですし、四寮から一番近い位置の空き教室とか、スペースでいいんじゃないですか?」

 

 オスカーとクラーナが揃ってそう言うと、エストはちょっと期待が外れたという顔をした。トンクスはさらにニヤニヤしているようだった。

 

「レアにはオスカーやクラーナ達が一年生の時に練習してた魔法とかを教えるの? できれば僕も無言呪文を勉強したいんだけど」

 

 確かにエストはオスカーに変身術を教える代わりにとオスカーから無言呪文をマスターしていたし、三年生のメンバーではチャーリーが唯一無言呪文をマスターしていないのをオスカーは思い出した。

 

「そんな感じでいいんじゃないか? 少なくとも五年生までの覚える呪文と六年生の技術のはずだしな、ほんとは」

 

 正直、去年度色々あってオスカーの感覚は少しおかしくなっていたが、本来なら三年生でも持て余すような呪文と技術のはずなのだ。

 

「でもそれだけじゃ面白くないの、もっと面白い呪文を勉強しない?」

 

 エストが時折見せる、悪戯っぽい顔をしてそう言った。

 

「なんなのエスト? 面白い呪文って?」

 

 トンクスがさっきからしていたニヤニヤ顔を中断してエストに尋ねた。

 

「守護霊の呪文なの、すっごく古くて難しい魔法なんだけどね、色んな使い道があるし、すごく面白い魔法なの」

 

 守護霊の呪文? オスカーはその呪文を聞いたことがあった。確か一年生の時にお世話になった幻の動物とその生息地に書かれていたはずだ。

 

「守護霊の呪文なんて本気ですか? 昔はそれを使えるってだけでウィゼンガモットに選ばれたなんて言われてる呪文ですよ?」 

「そ…… そんなに凄い呪文なんですか?」

 

 クラーナがそう言うと言うことはそれほど高度な呪文なのだろう、少なくとも魔法界の最高法規を決めるウィゼンガモットに使えるだけで選ばれるというのは、尋常ではないとオスカーも思った。

 

「すごい呪文なの、吸魂鬼を唯一追い払える呪文だし、それに呪文を唱えるのに必要なモノがすごく面白いの」

「必要なモノ? エスト、呪文を唱えるのに必要なモノがあるの? 大抵杖を振るだけだと思うんだけど?」

 

 チャーリーがピンとこないという顔でエストに尋ねた。オスカーもいまいち想像ができなかった。

 

「幸せな記憶ですよ、有体の守護霊、つまりちゃんとした形を持っている守護霊を創り出すには魔法使いの持つ一番幸福な記憶が必要なんです」

 

 クラーナが真剣な顔でそう言った。幸せな記憶? オスカーはそれを聞いてもあまり頭の中にパッとはでてこなかった。

 

「クラーナの言う通りなの、すごく面白いよね? つまり守護霊は魔法使いの持っている幸せの記憶そのものなの」

「幸せの記憶…… いいわね…… それ…… すごく面白いわ⁉」

 

 クラーナとエストの話を聞いて、トンクスはさっきまでのニヤニヤ笑いではなく、何かを思いついた時のような顔をしているとオスカーは思った。

 

「幸せの記憶ですか? あんまりボクには想像できない呪文ですね……」

「トンクス、舞い上がっているところ悪いですけど、恐らく尋常な呪文ではないですよ、人の心や記憶を介在する魔法は他の魔法と比較にならないほど複雑で困難な魔法になるんです」

 

 レアはなにやら俯いて必死に何かを思い出すようにしながらそう言い、クラーナはいつもにまして真剣な表情でそう言った。

 オスカーはクラーナが同様のことを言っていたのを覚えていた。閉心術の練習前に、オスカーにクラーナが説明した時と一緒の表情と声のトーンなのだ。

 

「あら? クラーナは簡単に守護霊の呪文を使えそうだと思ったんだけど違うの?」

「はあ? どういう意味ですか? 人によって簡単に使えるなら高度な呪文なんて言われませんよ」

 

 オスカーはまた嫌な予感がした。トンクスの顔が夏休みで散々みたオスカーをからかうときの顔になっていたからだ。

 

「だって、幸せの記憶は簡単でしょ? オスカーに抱きつかれ……」

「いいでしょう!! 久しぶりに会ったから我慢してましたけど、二度とその口を開けなくしてやります!!」

 

 いつものようにトンクスとクラーナは取っ組み合いを始めてしまった。しかしオスカーはそれを見て、ホグワーツの日常が帰ってきつつあることを感じた。

 


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