ホグワーツでの日々が始まった。スリザリンの最初の授業は占い学だったので、オスカーとエストは去年灰色のレディに会った塔を登っていた。
「トレローニー先生は本物の予見者なのかな?」
「なんか有名な人のひ孫なんだろ? あれひひ孫だったか?」
確かオスカー達が指定された教科書の一つの著者がトレローニー先生と同じ苗字だったはずなのだ。しかし、オスカーはエストと一緒に教科書を読んでみたが、さっぱり意味が分からなかった。
エストでさえ理解できないようで、二人で読み合ってもオスカーは先週死んでいることになっていたり、ホグワーツに地下鉄が来週激突するなんて占いしか二人にはできなかった。
「予見者は予見するときはほとんど何も覚えてなかったりするって聞いたけど、そんなのを教えられるのかな?」
「百個くらい占っとけば一つくらい当たるんだろ」
正直オスカーはあんまり占い学に期待していなかった。これから来る未来が分かっていればなんとかできるかもしれないが、もし決まっていて、変えることができないのなら知る意味などない気がしたからだ。
「うーん…… 特別措置も神秘部だし…… 予見も神秘部って書いてあったし…… やっぱりほんとの予見もあるのかな……」
エストはなにやらぶつぶつ言って考え事モードだった。オスカーはこうなると人の話をエストが聞かなくなるのを知っていたので、取りあえず塔を登ることにした。
前回あったガドガン卿が前のスリザリン生に絡んでいたので、オスカーはエストをつれて横を通り抜けていくことにした。ガドガン卿の相手をするのは双子とトンクスの相手をすることの二倍くらい体力がいることだと知っていたからだ。
オスカーとエストが踊り場まで着くとスリザリンの生徒達がそこに集まっていた。踊り場の天井には跳ね扉があるようだった。あそこが占い学の教室なのだろうか? オスカーは他の教室と違い、なにやら雰囲気にこだわっている気がした。
「あの扉が教室なの? シビル・トレローニー先生って書いてあるね」
エストがそう言うやいなや、銀色のはしごがオスカーとエストの前に降りてきた。オスカーはしょうがないのでみんなに率先して登ることにした。
部屋の中に入って最初に感じたのはとにかく暑苦しいことだった。オスカーが部屋の中を見回すと暖炉の上に巨大なやかんが乗っていて、何か気分が悪くなるくらいの匂い、紅茶を無理やり濃くしたような匂いと蒸気が立ち上っていた。
それに部屋の中は何故か深紅の薄明りで満たされていて、窓は全てカーテンで閉め切られていた。オスカーは部屋の中の息苦しさからカーテンを開けて深呼吸したい衝動に駆られそうになっていた。
「この部屋暑いの、それにトレローニー先生はどこなの?」
エストがローブをパタパタしながら部屋の中を見回した。後ろのスリザリン生たちも二人の周りに集まって先生を探した。
「占い学へようこそ…… おかけなさい…… 子供たちよさあ」
教室の奥の暗い場所から消え失せてしまいそうな声がした。オスカーは最初にあったころのクラーナが油断大敵!! と言うときの、芝居がかっているようなそんな印象を声から受けた。
トレローニー先生はひょろひょろした痩身の女性だった。大きな眼鏡のせいで先生の眼が何倍も大きく見え、オスカーは昆虫のようだと思った。オスカーたちは小さな丸テーブルの周りに置いてあるクッション付きの丸椅子に座った。
「皆さまがお選びになった占い学は魔法の学問の中でも最も難しい学問です…… 初めにお断りしますと、内なる目の備わっていない人はこの学問を学んでも無駄だということです……」
相変わらずトレローニー先生が神秘がかった声、オスカーが座って冷静に聞くとやっぱり芝居がかって聞こえる声で授業の説明を始めた。
「書物はこの学問のある一定の場所までしか教えません…… 限られたものに与えられる天分が無ければ、どんなに優秀な魔法使い、魔女でも未来という神秘のベールを払うことはできないのです……」
正直なところオスカーはあんまりこの先生のことや占い学を本気にしていなかった。占い学が発達していれば、クィディッチでの賭けは一切成立しないだろうからだ。クィディッチの勝敗が占えるのならもっと多くの生徒が占い学を選択するだろうとオスカーは思った。
それに、目の前のエストの眼がいつもの授業中の楽しそうな眼ではなく、何か疑っているような眼になっていて、オスカーはあんまりいい予感はしなかった。
その後、トレローニー先生は数人の生徒になにか不穏な予言、ペットは大丈夫かだとか、おじいさんは元気なのかとか聞いていた。オスカーはやっぱりこの先生は怪しいと思った。そもそも不穏な予言が当たるのなら、もっと慎重に喋ると思ったからだ。
「さあ皆さん、未来の霧を晴らすの五ページ、六ページを開いてお茶の模様を見てみましょう…… わたしも皆さんにまじって未来の霧を晴らすお手つだいをして回りましょう……」
オスカーとエストは教科書、未来の霧を晴らすの指定されたページをめくって、書いてある通りに紅茶を飲んだり回したりして、その後のお茶っぱを見てみた。
残念ながらオスカーの未来の霧は一向に晴れそうになかった。
「オスカー、エストのお茶になんか見える?」
「エストの顔が見える」
「それは写ってるだけなの」
オスカーは暑苦しい教室の空気と紅茶の甘ったるい匂いで頭がぼうっとなりながら、紅茶に写るエストの眼が、やっぱりミュリエルおばさんに似ているなと思っていた。
「じゃあ今度はオスカーのお茶を見てみるの」
エストがじっとオスカーの前に置いてある紅茶を見つめた。エストのローブの間から鎖につながれたガラス細工のようなものが一瞬、教室の紅い光を反射した。
「うーん…… 黒い服に山高帽みたいに見えるの…… あと杖みたいなのも見える気がするの……」
オスカーも紅茶を見てみたが、せいぜいおっきいどんぐりとでかい棒のようにしか見えなかった。オスカーが見ている間にお茶っぱは動き、今度はどこかブラッジャーに落とされて主を無くした箒のように見えた。
「うーん、クラーナになんか起こるのかな?」
「黒い服と杖からしか連想してないだろそれ」
するといつの間にかトレローニー先生が二人の傍にきて、紅茶をのぞき込んでいた。オスカーには紅茶に写ったトレローニー先生の眼鏡とお茶っぱが合わさって、黒いコガネムシの様に見えた。
「斧…… 攻撃…… 余り幸せなカップではないようね……」
トレローニー先生がさっきよりもさらに芝居がかった、霞むような声でそう言った。オスカーは最近幸せとか幸福なんて単語をよく聞く気がした。
オスカーはトレローニー先生が何を言うかよりも、疑いというよりかはちょっと攻撃的にすら見えるエストの眼の方が心配だった。
「別にそんな物騒なモノには見えないの、トレローニー先生の眼鏡が映ってるだけなの」
「おやこれは羽? おお…… 不幸な現実から逃げられる可能性があるかもしれない……」
エストの言動を完全に無視してトレローニー先生は予言を続けた。オスカーはちょっとだけ希望を持たすのは一気に絶望へ叩き落とす前振りのような気がした。
トレローニー先生は紅茶のカップを二回回してもう一度お茶っぱを見て、目をつむり、息を呑んだ後に悲鳴を上げた。
「ああ、なんてこと…… 可哀想な子ね…… 聞かないほうがよろしいわ……」
トレローニー先生が心底気の毒そうにオスカーの方を見た。クラス中の視線がオスカーに集まっているのがオスカー自身にもわかった。エストの眼がますます冷めて攻撃的になっている気がした。
「もったいぶらないで言えばいいの」
エストが冷たく言い放っている間に他のスリザリン生がオスカーの紅茶をのぞき込んで、なにやら何か見えるとか談義し始めた。残念ながらオスカーにはせいぜい翼がないトンボくらいにしか見えなかった。トンボの眼の部分はトレローニー先生の眼鏡だ。
「あなた、これはセストラルですよ…… セストラル…… 死の象徴です……」
なるほど、オスカーは納得した。さっきの羽はやっぱりあげて落とすためのふりだったようなのだ。トレローニー先生は今にも死にそうな病人を見るような眼でオスカーを見つめていたが、オスカーは隣のエストの方が怖かった。クラスの皆はオスカーを気の毒そうな眼で見ていた。
「セストラルなんかホグワーツに一杯いるの」
「これは死の予告ですよ…… 気をつけることね……」
トレローニー先生はオスカーとエスト以外のスリザリン生の反応に満足したようだった。しかし、エストは納得が行かない様だった。
「どう見たってセストラルには見えないの」
今度はトレローニー先生の目の前に立ってそう言い放った。オスカーはしばらく忘れていたが、エストはやる時はクラーナより過激な行動にでるのだ。
トレローニー先生はエストを眼鏡で大きく見える目でじろっと見た。先生はせっかく作った神秘的な雰囲気を壊されて機嫌を損ねたように見えた。
「こんなことを言ってごめんあそばせ。あなたにはほとんど特別な天分と言うものを感じませんのよ」
オスカーは久しぶりにエストが怒っているのを見た気がした。それまでは冷めていた眼がギラギラと紅く光っている気がしたのだ。
「特別な天分を持ってるなら、本当に予見できるなら人が死ぬのなんて簡単にいうべきじゃないと思うの」
エストはトレローニー先生との距離を一歩詰めて、息の届きそうな距離でそう言い放った。トレローニー先生は嫌そうな顔をして、エストから目を逸らした。
「今日の授業はここまでにしましょう。皆さん、カップをここに返してくださるかしら」
トレローニー先生はエストをいないものとして扱って、クラスのみんなにさっき配った紅茶のカップを回収し始めた。オスカー達スリザリン生はみんな先生にカップを返して、教科書をカバンにしまったが、エストはその間もずっと、トレローニー先生を睨みつけていた。
「また会う時まで…… あなた方が幸運でありますように……」
オスカーはエストが動こうとしないので、無理やり引っ張ってはしごを降りることになった。オスカーにはエストが相当おかんむりなことが分かっていた。
次の授業はエストお得意の変身術だったので、オスカーはそれで機嫌が直らないかなと淡い期待を抱きながら、塔の階段を下りて行った。途中でガドガン卿がこっちに構おうとしてきたが、エストが睨むとガドガン卿のポニーが怯えて逃げてしまい、乗っていたガドガン卿もそのままどこかの肖像画へ消えていった。
「あの先生はクソなの」
オスカーはエストの口からそんな言葉が出るのは初めて聞いた。ほとんどの人間に対してエストが厳しいことや罵ることを言うのをオスカーは聞いたことがなかった。
まして、ホグワーツの先生に対してはどの先生に対してもエストが敬意を持っていることは言葉の節々からオスカーは感じていたので、オスカーにとって結構な驚きだった。
「まああれだろ、占い学は雰囲気を楽しむものなんだろ」
「オスカーは死なないし、多分あの先生はペテン野郎なの」
そりゃ自分もいつかは死ぬだろうと思ったし、そもそもトレローニー先生は野郎ではないとオスカーは思ったが、口を挟まないことにした。一通り吐き出してもらった方がいい気がしたのだ。
「自分が特別だって思ってるんならあんなふうに適当なことをいって……」
「痴話げんかですか? 廊下の端までエストの声が聞こえてますよ」
「エストが怒ってるのは珍しいね」
廊下の角から顔を出したのはクラーナとチャーリーだった。その後ろにはグリフィンドール生の姿が見えるので、今授業が終わったところなのだろう。
「もう…… 占い学の授業がひどかっただけなの」
「僕たちも今から占い学を受けに行くところなんだけど、そんなにひどいの?」
「取りあえず俺には死の予兆が見えてるらしいから、龍痘にかかった人と同じくらい思いやってくれ」
オスカーがそう言うと、三人は笑った。
「グリフィンドールはなんの授業だったんだ?」
「変身術だよ、マクゴナガル先生がすごいのを見せてくれたよ」
といってチャーリーが横目でクラーナの方を見ながら言った。オスカーはその目配せの意味は分からなかった。
「エスト達も今から変身術なの、すごいのってなんなの?」
「そうですね、見たらわかると思いますよ、ええ」
クラーナももったいつけて、それがなんなのか教えてはくれなかった。それにオスカーはクラーナの元気がいつもよりない気がした。エストが怒っていたのと対比してみているからなのか、それともチャーリーの目配せがあったからなのかはわからないが、そんな気がしたのだ。
「そうなの? じゃあ楽しみにしとくの」
「まあ二人とも死の宣告をされないように気を付けてくれ」
オスカーはエストの機嫌が変身術の授業で直ることを期待して、教室へと向かった。
変身術の教室に入ると、すでに座っていたスリザリン生達がオスカーとエストの方に視線を集めた。しかし、エストがもう怒っていないのを見て、スリザリン生の視線はオスカーに対する可哀想な目に変わったようだった。
はたしてその視線の意味が、死の予兆をトレローニー先生に予言されたことなのか、それとも怒れるエストの相手をさせられたことなのかはオスカーにはわからなかった。
マクゴナガル先生が入ってきて、授業が始まった。少なくとも、マクゴナガル先生はオスカーに死の予兆が見えると言って、宿題を免除してくれたりしなさそうなことはその顔をみただけでも分かった。
「今日の授業は人の動物への変身を扱います、もちろん、あなた方が今日変身するわけではありません。変身術の一例として、それを知識に入れてもらいます」
マクゴナガル先生が板書を書きながら、どのような手段で人から動物への変身が可能なのかについて説明していった。そしてその中の一つが動物もどき、つまりアニメーガスだった。
「誰か動物もどきについて説明できる人はいますか?」
マクゴナガル先生が厳格そうな顔で教室を見回した。いつも通り隣のエストの手が挙げられる。
「ではミス・プルウェット、お願いします」
「はい、動物もどきは魔法使いや魔女が動物に変身する能力です。その特徴は変身術や魔法薬を使用した変身は杖や薬が必要なことに対して、動物もどきはそれらの必要性がないことです。それと動物もどきが変身できる動物はその人の内的要因で決定されていて、特定の動物にしか変身できないことです。そして非常に困難で珍しい能力として知られています。現に今世紀イギリス魔法省に登録された動物もどきは八人しかいません」
いつものエストの気の抜けた喋り方とは違う、理路整然とした説明が聞えた。オスカーはいつものエストの説明よりさらに力が入っている気がした。それは何かを期待しているようでもあった。
「ミス・プルウェット、完璧な説明です。スリザリンに五点与えます」
マクゴナガル先生が杖を振って教室の前の方の机や椅子をどけ、スペースをつくった。
「動物もどきは杖を使わない非常に希少な能力の一つです。非常に複雑な方法の変身なので、まかり間違えば使用者は非常に残酷で不可逆な状態に陥ります。そして、動物の能力を魔法使いの思考を保ったまま使用できる強力な能力です」
マクゴナガル先生が杖を教卓に置いてみんなの方を向いた。クラスの皆の視線がマクゴナガル先生に集まり、ポンという音がしたと思うと、教卓の上に先生の眼鏡と同じ模様が目の周りにあるトラ猫が教卓に鎮座していた。
トラ猫は前足で顔を洗う様な仕草をしたり、教卓の上を歩き回ったがその動作の一つ一つにどこかマクゴナガル先生の面影が感じられたし、その眼からはマクゴナガル先生の厳格な雰囲気がでていた。
またポンという音をしてトラ猫の姿が消え、マクゴナガル先生が現れた。スリザリン生たちもこれには拍手をしたし、オスカーも拍手した。
「みんな拍手をありがとう。これが魔法省が動物もどきを厳しく規制する理由です。私は猫ですが、最初の動物もどきはハヤブサに変身することができましたし、逃亡や潜入といったことにも悪用することが可能なのです」
確かに杖なしで動物に変身するというのは逃げるのに非常に役立ちそうだとオスカーも思った。それこそハヤブサに変身した魔法使いなんて捕まえるのはほぼ不可能だろう。
「凄いの、動物もどきはほんとに数えるくらいしかいないはずなの」
オスカーはエストが占い学のことをすっかり忘れているようだったので、少し安心した。
「では他手段での人から動物への変身へ戻りましょう。動物もどきにならなくても体の一部分を変身させるだけでも十分な効果を発揮する場合が……」
マクゴナガル先生の真面目な授業はその後も続いた。オスカーは多少厳しい授業でも、トレローニー先生のあの暑苦しい授業より何倍もマシだと思った。
変身術の授業が終わって、オスカー達は魔法の練習の予定を立てるため、空き教室へと向かっていた。朝食の時にみんなに声をかけていたのだ。
「動物もどきになる方法ってマクゴナガル先生に聞いたら教えてくれるのかな?」
「間違ったら大変なことになるんだろ? 高学年にならないとダメじゃないのか?」
「うーん…… 確かに…… クラーナに聞いてみようかな……」
クラーナはエストほど変身術に精通していなかったはずなので、あんまり聞いても無駄な気がオスカーはした。よくわからない反対呪文とか、闇の生物の殺し方とか、死喰い人の特徴とかなら聞かなくても教えてくれそうなものなのだが。
「忍び地図と教科書がどうのこうのはどうなったんだ?」
「あっそれはもうできてるの」
「じゃあ今日みんなに言うのか?」
「うん、これでみんなすぐに集まれるようになるはずなの」
今年の組み分け時に話をしていた忍びの地図を写して表示するとかなんとかは、もうどうにかなってしまったらしい。忍びの地図が増えるとフィルチの仕事量が大変なことになりそうだとオスカーは思った。
「クラーナがもう来てるといいんだけど……」
エストがそう言うのを聞いて、オスカーは少し元気がなさそうだったクラーナの顔を思い浮かべた。