ホッグズ・ヘッドからレアを連れ帰ってから数日たった。オスカーは日刊預言者新聞がなぜレアのことや劇の配役について知ることができたのかが気になっていた。
リータ・スキータなる人物がどういう人物なのかオスカーは知らなかったが、エストやトンクスいわく、日刊預言者新聞の飛ばし記事やスキャンダルなどをよく拾ってくる記者だとウィーズリーおばさんやトンクス先生が言っていたとのことだった。
オスカーは自分について書かれるのは正直どうでも良かったが、他のメンバーがレアのようにやり玉に挙げられるのではないかと心配していたのだ。
しかし、守護霊の呪文や劇の練習が始まり、みんな忙しくなっていたし、11月が終わりクィディッチの年内最後の試合が近づいてくるとクィディッチチームに入っているメンバーはそれどころではなくなってしまうほど忙しそうだった。
そしてその中でも特にエストの過密スケジュールっぷりはオスカーから見ても心配だった。オスカーはエストの言っていた特別措置が何なのかだいたい予想はついていた。エストはオスカーと同じ授業にはいつも一緒の机で受けており、それと同じ時間の授業にも休まず出席しているようだったので、エストが首からさげているものが何であれ、どういう効果を持つものなのかはだいたい分かりつつあったのだ。
しかし、その道具が何であってもエストの疲れを癒すような効果はなさそうだとオスカーはエストに元気が出る呪文を唱えながら思った。呪文を唱えると確かにエストは元気そうな顔になったが、目の下のクマは消えていなかったし、オスカーは隣のペアが呪文をかけすぎて笑いが止まらなくなっているのを見ると、この呪文に頼りきるのは良くない気がした。
「はい、そこまで、クィディッチの試合も近いようだから今日の宿題は無し、以上!」
フリットウィック先生がキーキー声でそう言って呪文学の授業が終わった。今日は呪文学の後に闇の魔術に対する防衛術の授業がある予定だった。
「ドージ先生は次の授業は実地授業だって言ってたよね?」
「ああ、グリンデローとレッドキャップはやったからそれ以外なんだろうけどな」
二人は次の教室に向かいながらいったい何の魔法生物が出てくるのか話していた。闇の魔術に対する防衛術の三年生の授業では比較的身近にいるような魔法生物の実地授業がメインだった。ドージ先生はフリットウィック先生と同じくらい優しい先生だったので、授業はすぐに評判になっていた。
オスカーが教室に入るとすでにスリザリン生が何人か並んでいた。中心にある洋服ダンスのようなものを囲んで並んでいる。オスカーたちもその洋服ダンスを囲む列に加わった。
「ああ、みんな揃ったかな?」
ドージ先生が洋服ダンスの隣に立って、いつものぜえぜえとした苦しそうな声で話すと、洋服ダンスが突然ぶるぶる震えだし、バーンという大きな音を立てて、少しだけ床から飛びあがった。
洋服ダンスの近くにいた生徒が何人か飛び上がった。
「心配しなくていい、これはボガート、まね妖怪だ」
ドージ先生がそう言うと今度は洋服ダンスの蝶番の部分がガタガタいいはじめた。
「さて、ボガート、まね妖怪がどんな生き物なのかわかる人はいるかな?」
オスカーの隣で手が真っすぐに上がった。
「ミス・プルウェットお願いできるかな」
「はい、ボガートは暗くて狭い場所を好みます、そしてその姿を見た人は誰もいません。一番の特徴は人の前に出るとその人が一番恐ろしいと思っている何かに変身することです」
「うん、素晴らしい説明だ。スリザリンに五点」
まね妖怪、たしかにオスカーもその存在を二年生の授業で聞いたことがあった。魔法使いの家にいつの間にか住み着いている生き物だったはずだ。
「さて、今ボガートは非常に怖がっている。他でもない私たちにだ。なぜかわかるかね?」
スリザリン生にドージ先生がそう尋ねるともっと大きな音をたてて洋服ダンスが震え始めた。近くにいる生徒達は不安そうな目でそれを見ていた。またオスカーの横でエストの手が挙がった。
「おお、じゃあもう一度ミス・プルウェットにお願いしよう」
「たくさん人がいるとボガートが何に変身したらいいのか分からないからです。なので誰の恐ろしいものに変身するのか混乱すると考えられます。そして、誰かにとって恐ろしいものが他の人にとって恐ろしいものだとは限りません」
ドージ先生はエストの返答を聞いてやさしい顔で笑った。
「本当に素晴らしい回答だ。スリザリンにもう五点。彼女の言う通り、我々がボガートに対抗する最も簡単な手段は複数人でいることだ。一人では耐えられない恐怖でも二人なら、三人ならもっとたくさんなら簡単に耐えることができる。そして、ボガートが一番嫌うものが笑いだ。ボガートは人が愉快だと思う感情を嫌う。なので呪文は簡単だ。リディクラス! ばかばかしい!」
いつものぜいぜい声ではあるがよく響く声でドージ先生が唱えると洋服ダンスがまたガタガタ震えた。
「さて、呪文は簡単だがボガートを退治するにはもう一工夫必要だ。それは君たちが一番怖いものをばかばかしくすることだ。バジリスクが怖いならかば焼きにしてしまえばいいし、バンシー妖怪が怖いなら声をだせなくしてやればいい。リディクラスの呪文とともに君たちの恐怖の存在をばかばかしいものに変えてしまうんだ」
恐怖の存在をばかばかしいものに変えてしまう。たしかにその方法ならば簡単に自分の恐怖と向き合うことができるのだろう。オスカーはそう思ったが、そもそも変えることができないほどの恐怖と出会ったことがあるのならそれは通用するのだろうか? オスカーは自分の中で嫌な予感がせりあがってくるのを感じた。
「さて、では君たちに順番にボガートと対峙してもらう。みんな自分の一番怖いものを思い浮かべてくれるかな? そしてその姿をばかばかしいものにどうやって変えることができるのか想像してみよう」
スリザリン生たちはみな目をつぶってぶつぶつ言ったり、うんうん言ったりしていた。
オスカーも嫌な予感がしていたが考えた。
この世で一番恐ろしいものは何なのか?
最初にヴォルデモート卿が頭に浮かんだ。ハリー・ポッターに打ち倒される前の完全なヴォルデモート卿。切れ込んだ赤い目を持ち、高笑いをする恐るべき魔法使い。オスカーがヴォルデモート卿を何かに変えることを考え始めたとき、ヴォルデモート卿の姿が銀の髪飾りをつけたエストの姿に変わった。
そして銀の髪飾りから、オスカーは炎を連想した。ヴォルデモート卿の高笑い…… 倒れている誰かの姿…… 自分の杖から吹き出ている炎…… オスカーは自分の動悸が早くなっていることが分かった。
オスカーはこの世で一番恐ろしいものが何なのか理解した。自分が一番耐えられないものが一体何なのかすぐにわかった。
そして、オスカーはそれを彼女をばかばかしいものに変えることなど自分にはできはしないことを理解した。オスカーは自分の背中に嫌な汗が流れていることがわかった。
オスカーは周りを見回した。周りの生徒たちはほとんどが目をつぶって自分の一番恐ろしいものが何なのか考えているようだった。しかし、オスカーのように動悸が早くなったり、嫌な汗をかいていそうな生徒はいなかった。
オスカーは隣のエストを見た。オスカーはエストを見た時に自分が考えたことが嫌だった。エストなら自分と同じくらい恐ろしいものを想像したのではないかと思ってしまったのだ。
しかし、エストは真っすぐに洋服ダンスを見つめていた。オスカーがほとんど見たことがないほど真剣な顔だった。オスカーはますます自分のことが恥ずかしくなった。
「さてみんな準備はできたかな? じゃあ前の人から順番にいこう」
みんなが頷いて杖を取り出す中、オスカーは焦っていた。オスカーは自分の一番恐ろしいものを何かに変えることなどできはしないと理解していた。おかしなものにばかばかしいものに変えることなどできはしないのだ。そんなことは許されない。オスカーには分かっていた。
ドージ先生が洋服ダンスを開けて、まね妖怪が飛び出してきた。
パチン! 最初にまね妖怪は三本の頭がある蛇に変わった。ルーンプスールだ。
「リディクラス!」
生徒が唱えると三本の頭がリボン結びになった。教室に笑い声が響く。次の生徒が前にでた。パチン! 今度は巨大なナメクジだった。
「リディクラス!」
叫ぶように生徒が唱えるとナメクジの上から大量の塩が振ってきたように見え、どんどんその体が小さくなった。
その後も生徒たちが前にでるとボガートは色々な姿に変わり、生徒たちの笑い声に困惑した。巨大なゴキブリ、ミイラ男、しゃべるゾンビ、中にはなぜかマクゴナガル先生の姿もあった。そして段々とボガートは混乱しているようだった。今やボガートの姿は安定せず、マクゴナガル先生の杖がミイラ男の足になっていたり、バンシー妖怪がミイラの包帯を巻いていたりした。
一番後ろの方にいたオスカーとエストまで順番が回ってくるところで、ドージ先生が生徒たちの前に出ようとした。
しかし、ドージ先生が前にでるよりも早く、エストがまね妖怪の前に立っていた。
パチン! まね妖怪の姿が変わった。オスカーはその姿に見覚えがあった。スリザリン生全員が見覚えがあった。
誰がどう見てもまね妖怪が変身したのはエストレヤ・プルウェットその人だった。
黒い髪、紅い眼、オスカーより少し低い身長。どれを見てもエストにしか見えない。服装と持ち物だけが違う。まね妖怪が変身したエストはプルウェット邸でエストが着ていた服を着ていて、いつも肌身離さず持っているニワトコの杖を持っていなかった。
それにどこかその目や表情が何かを諦めているような、やる気のない顔をしているようだった。
「リディクラス!」
エストがはっきりとそう唱えるとまね妖怪のエストの姿が変わった。なぜかまね妖怪のエストの服装がゴシック風のひらひらした黒いドレスのようなものになって、頭の上には銀色のティアラが乗っていた。黒い髪と合わさってまるで人形のようだった。まね妖怪のエストが顔を赤くして、それを見た本物のエストも顔を赤くした。スリザリン生が本物と偽物のやり取りを見て笑うと、まね妖怪は破裂して、幾千もの煙の筋になって消えていった。
「みんなよくできた!」
ドージ先生が今度こそ前に出てきてそう言った。ドージ先生の目線はエストに向かっていて、本当に感心している顔だった。
「まね妖怪と対決したスリザリン生一人につき五点をあげよう」
オスカーは内心、自分の順番が回ってこなかったことに安堵していた。さっきのエストのやり取りを見ても、スリザリン生がみんな笑っているのを聞いても、自分の順番が回ってくるのが不安で仕方なかったからだ。
「さて、授業はこれで終わりだ。みんな次の授業までに二年生で習ったボガートについての記述をまとめて、今日見た本物と比べてどうだったか考察してレポートにまとめること」
スリザリン生はみんな興奮しながら、まね妖怪との対決を口々に喋りながら教室を出た。
そしてオスカーは授業を思い返し、自分がまね妖怪と対峙しなかったのは偶然ではないのではないかと思った。さっきドージ先生が前に出ようとしたのはエストや自分にまね妖怪と対峙させたくなかったからではないのか?
「なあエスト、さっきドージ先生がエストの順番の時にボガートの方へいこうとしてたのって……」
「うん、エストとオスカーの順番が来る前に退治しちゃおうとしてたんだと思うの」
エストは少し疲れた顔でオスカーの方を見て頷いた。
「だから今から聞きに行かない? ドージ先生なら教えてくれると思うの」
オスカーは先日のホッグズ・ヘッドの一件といい、今日のまね妖怪といい、自分よりエストの心がはるかに強いことを感じていて、自分がさらに情けなく感じられた。
そしてそれゆえにエストのことが少し心配だった。いくらエストが優れているとしても授業を全て受けて、魔法や劇そしてクィディッチの練習を同時にやっても大丈夫なのだろうか?
なぜエストはそんなに全部を頑張れるのだろうか? オスカーはさっきみたまね妖怪のエストの様に、もう少しやる気のない顔をする時があってもいいのではないかと思った。
二人がドージ先生の居室を訪ねるとまだドージ先生は帰ってきておらず、中にはなぜかクラーナがいて、空いている窓から外を眺めているようだった。
「あれ? クラーナどうしたの?」
「いや、それはこっちのセリフでもあるんですけど…… 二人こそどうしたんですか?」
「俺たちはさっき闇の魔術に対する防衛術だったんだけど、それでちょっとドージ先生に質問があったから来たんだけど……」
オスカーにはエストの元気が少しないのと対比でそう見えるのか、クラーナがちょっといつもより強気に見えた。
「もしかして、スリザリンもまね妖怪の授業だったんですか? グリフィンドールは午前中にやったんですけど」
「そうなの、そのことでドージ先生に質問しようと思ってきたの」
クラーナはオスカー達がまね妖怪の授業を受けたところだと聞いて、ちょっとまゆをあげてニヤッと笑った。
「へえ、ちなみになにに変わったんですか? まあオスカーのはどうでもいいですけど、エストのは気になりますね」
オスカーはクラーナがニヤニヤしながらそう言うのを聞いて、クラーナにはオスカーのまね妖怪が何に変わるのかばれている気がした。
「なんなのそれ、オスカー言っちゃだめだからね?」
「エストのまね妖怪はエストに変身したけど」
「ちょっと!? オスカー!」
オスカーはスリザリン生がさっき興奮気味にまね妖怪について喋っていたので、エストのまね妖怪がエストになることはすぐに噂になると思っていた。
なので、クラーナに話したのだがどうもエストの不興をかってしまったようだった。
「は? エストですか? 自分自身? 自分が一番怖いってことですか?」
「もう…… そうだよ? なんかダメなの?」
「いやダメってことは無いですけど……」
クラーナは本当に驚いているようだった。オスカーも自分自身が一番怖いというのはなんだか不思議な話だと思った。
「ちなみにそのエストは本物とどこか違ったんですか?」
「ああ、なんかミュリエルおばさんのとこで着てた服を着てて、やる気なさそうな顔で…… あとは杖を持ってなかったかな」
「なんでオスカーはそんなに色々覚えてるの!?」
さっき見たからとしかオスカーには言いようがなかったが、今日は珍しいエストが顔を赤くする日なのだと思った。
「杖ですか? ああオスカーとの特別な杖ですもんね」
「えっ? なんでクラーナが杖のことを知ってるの?」
ニヤニヤしながら言ったクラーナだったが、エストが一転して真顔でそう言ったのを聞いて、今度は地雷を踏んづけた感じの顔になって、オスカーの方を見た。
エストも困惑した顔でオスカーの方を見た。
オスカーはそういえば、杖のことをクラーナ、レア、そして灰色のレディと話あって知ったことをエストに話していなかったことを思い出した。
「えっと、あの朝は言わなかったけど、姉弟杖だって気付いたのがクラーナとレアと一緒に灰色のレディに聞きにいったからなんだ」
「そうだったんだ……」
エストはそれを聞くとうつむいて何かをかみしめているような顔をしていた。オスカーにはエストが杖を強く握りしめているのが見えた。
クラーナがオスカーの方に近づいてきて耳元でささやいた。
「ちょっと、すごいショック受けてるじゃないですか、どうにかしてくださいよ、エストの担当はオスカーでしょう、すごい気まずいです」
エストの担当というのはオスカーには良くわからなかったが、クラーナの言う通りにエストがショックを受けているのは本当のようだった。オスカーはエストが杖に対して何度も特別だと言っていたことを思い出していた。しかし、ここは話題を変えた方が良さそうだった。
「リディクラスで変わった服装ってなんだったんだ?」
「えっ? 服装?」
オスカーが苦し紛れにそう聞くと、エストは一瞬ぽかんという顔をして、その後顔をさっきよりも赤くした。
「ちょっとオスカーなに聞いたんですか? 怒らせたんじゃないですよね」
「いや、エストがエストの偽物にリディクラスを唱えたら、なんか黒い…… なんて言うんだ? ゴシック? なんかひらひらしたやつがついた服に変わったからなんなのかなって思ったんだけど、あと頭の上にティアラが乗ってたな、レイブンクローのやつとは違う感じのやつ」
「だからなんでオスカーはそんなに覚えてるの!」
エストは顔を真っ赤にしてオスカーにつめよってきた。
「へえ、まあエストの家は旧家ですしそういう服装をすることもあるんじゃないですか? 私にはよく分からない趣味ですけど」
「エストの趣味じゃないの、あれはエストが小さいころにミュリエルおばさんが無理やり着せてた服なの、あのティアラもうちの家に昔からあるティアラらしいの、モリーおばさんの結婚式にも貸し出したらしいの、だからあの服のことはもういいの」
エストはオスカーが聞いたことがないくらい早口でまくしたてた。
「プルウェットの家に伝わるくらいだからゴブリン銀なんですかね? どんな感じだったんですか? オスカー?」
「ええ? 人形みたいで綺麗だと思ったけど、ああティアラは多分銀色だったな」
オスカーがそう言うと、エストはさらに顔を赤くして何も言わなくなった。すると扉が開いてドージ先生が帰ってきた。
「おや、何か用かな? 相変わらず仲がいいみたいでいいことだが」
ドージ先生は相変わらずぜいぜいと苦しそうな声だったが三人をみてニッコリしながらそう言った。
「なんで私をまね妖怪と対峙させなかったんですか?」
クラーナが相変わらずの勝気な声でそう言った。オスカーとエストはクラーナの用が二人と同じだったので顔を見合わせた。
「なるほど、二人も同じことを聞きに来たのかな?」
ドージ先生が二人の方を向いたので、オスカーとエストは頷いた。クラーナはそれを見て驚いた顔をした。ドージ先生は優し気な声でこう言った。
「君たちをまね妖怪と対峙させたら、教室が混乱するようなものが、三年生の生徒達では耐えられないようなものに変身するのではないかと思ったのだよ」
正直な返答だった。確かに去年の出来事といい、オスカーは自分や他の二人、クラーナの家族のことは分からなかったが、三人のまね妖怪がヴォルデモート卿やそれに匹敵するようなものに変身すれば教室が混乱することは間違いないと思った。
「まね妖怪や吸魂鬼と対峙するとき、ひどい心の傷を持っているほど、恐れるものが強くおぞましいほど、対峙するのは困難になる。君たち自身がどう思っているのかは別にして、前の戦争の産物が教室に現れるのは、三年生の生徒達の前に現れるのは早すぎると思ったのだ」
オスカーがクラーナの方を見るとエストがさっき杖を握りしめていたよりも強く、手が白くなるほど握りしめられているのが見えた。
「もちろん君たちの勇気を評価していないわけではない、それにエスト君のあのまね妖怪には本当に感心させられた」
オスカーは開心術をマスターしてはいなかったがドージ先生がウソを言っていないことや、オスカー達生徒のことを考えていることは分かった。
「正直なところ、最も恐ろしいものが明確な怪物になる場合のほうがよっぽど与しやすい。人が恐れるものはもっと複雑で戦いようのないものだったりもする。エスト君の自分自身というのはまさに典型かもしれない」
オスカーは自分が一番恐ろしいものを思い浮かべた。いったいどうやって戦えばいいと言うのだろうか? 今、ドージ先生から直接話を聞いている時でさえ、オスカーは戦いようがないと思っていた。
「しかし、君たちなら大丈夫だろう。まね妖怪と戦う時、なにをすれば有利になると言ったのか覚えているかな? 一人で立ち向かえないのなら、二人で立ち向かえばいい。恐怖そのものと一人で向かい合う必要はないのだ、ああ説教のようになってしまった。年を取るといかんなあ」
ドージ先生はそう言って笑った。エストは食いしばるような顔をして、クラーナの手は固く握りしめられていた。オスカーはドージ先生が言ったことをなんとか飲み込もうとしていた。しかし、オスカーは恐怖そのものと複数人で戦うには恐怖と戦うのと同じくらい困難で勇気が必要だと思った。