ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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賢者の贈り物

 オスカーは自分の家に帰った後も、みんなでクリスマスの飾りつけをしても、ウィーズリー家の人たちやトンクスの両親がやってきても、エストにどうやって謝ればいいのかを考えて続けていた。

 そして、その事と間近に迫っていたクリスマスでいったい何をエストに渡すのかという問題がオスカーの頭の中でほどくことができないほど有機的に結びついていた。

 クリスマスプレゼントに何を渡したらいいのか分からないという事実が、エストがオスカーに言ったように、オスカー自身が彼女のことを分かっていないという事実に他ならないとオスカーは思い続けていた。

 

「エストは多分、オスカーから貰えるものだったらなんでも喜ぶと思うけどね」

 

 結局オスカーは一人で考え続けていても答えが出ないと考え、ちょうどいつもご飯を食べるドロホフ邸の広間で座っていたチャーリーとレアにエストに何を渡したらいいのかを聞いてみた。

 しかし、チャーリーもレアも笑いながらなんでもよいのではないかと言うだけだった。

 

「ボクもそう思います。そんなに考えなくてもいいんじゃないでしょうか? それこそ新しい羽ペンだとか、変身術の本とかそういうのでいいんじゃないですか?」

「そうなのか? でも、それがエストが欲しいものなのか分からないしな……」

 

 オスカーがそう言うと、チャーリーとレアはお互いに顔を見合わせて笑った。オスカーには自分が今言ったことのどこがおかしいのかさっぱりわからなかった。

 

「何かおかしなこと言ったのか?」

「いや、最近同じようなこと聞いたからちょっとデジャヴだっただけだよ」

「ボクもそうです、プレゼントは本当に何でも大丈夫だと思います」

 

 オスカーは二人があんまりニコニコしながらそう言うので、すっかり困惑してしまった。休みに入ってからクラーナとは会っていないので分からなかったが、どうもオスカーが真剣に考えていることをチャーリー、トンクス、レアの三人はずっと楽観的に考えているようだった。

 オスカーは暖炉の傍に座って、これまでのクリスマスプレゼントとエストの好きなモノを考えていた。百味ビーンズ、箒磨きセット、魔法のかかった道具、クィディッチ、チャドリー・キャノンズ、変身術…… オスカーはどれもピンと来なかった。

 すると暖炉の火がエメラルド色になり始めた。誰かが暖炉飛行でやってくるようだ。

 

「クラーナ先輩ですか?」

「分からないな、あと来てないのはクラーナとキングズリーと……」

 

 暖炉の中から回転する人影が現れる。オスカーは中から現れる人影を見て、少し気後れした。ピンク色の帽子に鉤鼻、嫌でもエストの眼を思い出させるその眼、暖炉の中から現れたのはミュリエルおばさんだ。

 

「何だい、見たこと無い子がいるね、チャールズ、この子は誰だい?」

 

 ミュリエルおばさんはオスカーの隣の椅子をひっつかんで座り、レアの顔をじろじろ見始めた。チャーリーはちょっと嫌そうな顔で答えた。

 

「レア・マッキノンだよ、僕とエストより一学年下のレイブンクローだけど」

「ああ、あんたがマッキノンの家の子かい、日刊預言者新聞に載ってたから名前は知ってるよ」

 

 ミュリエルおばさんの返答を聞いてチャーリーはだから言いたくないんだという顔をした。レアの方は日刊預言者新聞を読んだと聞いて、ビクッと体を震わした。

 

「ええ? 別に取って食べやしないんだから、そんなにビクビクすることはないかぇ。私やアルバスが子供の頃ならまだしも、今は別にリータ・スキータが書いたようなことはないだろう? だいたい日刊預言者新聞で喋るような人間がアルバスより賢いと思うのかぇ?」

 

 オスカーも確かに、ダンブルドア先生より賢い人物があの怪しい記事を書く、リータ・スキータのインタビューに答えるとは思えなかった。

 

「この家は客人の荷物を運んでくれないのかい?」

「ペンス」

「はい、お荷物は客室の方へお運びさせていただきます」

 

 オスカーがペンスを呼び出すと、ミュリエルおばさんと一緒に暖炉から吐き出された巨大なトランクを持って消えた。

 

「だいたい劇をやるなんて、エストレヤは全く教えてくれなかったよ、ちょっと前の日刊預言者新聞でやっとあの娘が出るって知ったんだからね、劇に出るマッキノンの娘もここにいるんだから、あんた達も一枚かんでいるんだろう?」

 

 ミュリエルおばさんはエストによく似たその眼で、責めるようにオスカーとチャーリーを見た。オスカーはやっぱりこのおばあさんが苦手だった。

 

「お、オスカー先輩はラックレス卿役なんです……」

 

 レアがおどおどしながら答えた。オスカーは余計なことを言うなという視線をレアに送るのを必死に我慢した。

 

「あんたがかい? 確かに幸が薄そうなところは合ってるかもねぇ」

 

 ミュリエルおばさんは本当にゆかいそうに笑った。オスカーはミュリエルおばさんにまでついてなさそうだと思われていることに結構なショックを受けた。

 

「それより、あの記事は色々へんなこと書いてあったけど大丈夫だったの?」

 

 チャーリーがミュリエルおばさんにそう聞いたが、ミュリエルおばさんは全く意に介していないようだった。

 

「あの記事かい? リータ・スキータが色々と大げさに書くのはいつものことだろう? 私もいつも楽しんでるよ、それにエストレヤがうちの子なんてことは目を見れば分かることだろう?」

 

 オスカーはミュリエルおばさんのことをエストが距離を取りながらも、嫌っていないのがなぜかわかる気がした。

 

「有名になって良かったくらいだよ、あの娘はどうせアルバスと同じくらい賢くなるかもしれないんだ。むしろ、あの娘が有名になってどっしり構えないといけないのは私やあんた達の方じゃないかぇ? 特にあんたはしっかりするんだよ」

 

 ミュリエルおばさんは笑いながらオスカーの背中をバンバン叩いた。オスカーは衝撃で椅子から落ちそうになった。

 しかし、オスカーはミュリエルおばさんの言葉でミュリエルおばさんがエストやダンブルドア先生に言っていたことを思い出し、それに加えて、アバーフォースが言っていたことを思い出した。

 アバーフォースはダンブルドア先生のことをなんと言っていたのか、ミュリエルおばさんと同じことを言ってはいなかったか? 今世紀で一番偉大な魔法使いでさえ理解者がいなかったらどうなったと思うのか? そう言ってはいなかっただろうか。

 ミュリエルおばさんやアバーフォースがダンブルドア先生について言っていたこと、エストが泣きながら出て行った時に言っていたこと、オスカーはそれらが繋がっていくような気がした。そして、オスカーはやっぱり自分が情けなくなった。きっと一番一緒にいるはずなのに、色んな人がどうすればいいのか教えてくれている気がするのに、それをできないからだ。

 

「それで、エストレヤとウィリアムはどこにいるんだい? だいたいアーサーとモリーも挨拶にすらこないじゃないか」

 

 相変わらず、すぐに興味が移るのがミュリエルおばさんらしいとオスカーは思った。

 

 

 

 結局、オスカーはクリスマスプレゼントを考えつかなかった。クリスマスイブの朝になっても、昼食を食べ終わっても、夕食を食べてイブの夜になっても考えつかなかった。

 オスカーとエストがあんまり暗いのでフレッド・ジョージは無理やり明るくしようとして、ミュリエルおばさんの椅子の下でクソ爆弾を爆発させた。残念ながらミュリエルおばさんは遺言書から双子の名前を外すことになりそうだった。

 

 オスカーはみんなが明日のクリスマスを楽しみにして寝ている間もずっと寝れずに考え続けていた。

 どうやったらエストに謝ることができるのか、どうやったらエストの欲しいものが、エストのことが分かるのか考えていた。

 そして、どうして自分はエストに謝ることができないのか、どうしてエストのことが分からないのか考えていた。

 

 オスカーは考えた。どうしてアバーフォースはレアを励ますことができたのだろう。オスカーはあの時、自分が見たことのある大人の中で彼が一番辛そうに見えたと思った。

 どうして辛いのか、レアが妹に重なって見えたから、妹を死なせてしまった自分が許せなかったからだとオスカーは思った。

 だがオスカーはレアにホグワーツに帰れと言った時のアバーフォースを思い出した。あの時彼の声や表情は怒りでも悲しさでもなく、レアにすがっているようではなかったのか? あれはそう言うものではなくて、怖がっているようだったとオスカーは思った。

 どうして怖いのだろう、オスカーは何故か考えたく無くなってきた。考えれば考えるほど、自分のことが嫌になってくる気がした。考えるのが、それが分かるのが怖い気がした。

 なんで怖いのか、オスカーは簡単だと思った。アバーフォースはきっと、そうレアが壊れてしまいそうで怖かったのだ。いつか妹を救えなかったように、兄に言葉が届かなかったように、自分の言葉が届かなかったら、言葉が彼女を傷つけてしまったら、そう考えると怖かったと思ったのだ。

 

 オスカーはベッドで仰向けになって目をつぶっていたが、ハッと目を開けた。

 怖かったのだ。オスカーはそう思った。自分はエストが落ちて傷つくのが怖かった。だからあんなに怒っていて、腹がたったのだ。そしてそれを言って泣かしてしまったのが、傷つけてしまったのが怖かったのだ。これ以上エストに嫌われてしまうのが、彼女が遠くに行ってしまうのが怖かったのだ。オスカーはそう思った。

 

 オスカーはまた自分が情けなくなった。あの時、もっときっと別の言い方があったはずなのだ。エストは誰よりも頑張っているのに、オスカーは自分が一番それを見ているのに、何も言わずにそれを否定してしまったと思った。またエストが落ちたり傷つくのが怖くて、自分がそれを見るのが怖いせいで何も考えずに彼女を傷つけてしまったと思った。オスカーは自分の頭が後悔で沸騰しそうだと感じた。

 

 オスカーはエストが医務室から出て行ったあの時、自分は自分のことをずっと考えていると言っていたのを思い出した。

オスカーは思い出した。エストのまね妖怪はいったい何に変身した? エストは守護霊の呪文を失敗するたびにどんな顔をしていた? オスカーは血が出そうなほど自分の手を握りしめた。

 

 最後にエストは何と言って医務室から出て行ったのか、オスカーはもう一度思い出した。エストは彼女はオスカーならわかってくれていると思ったのにと言ったのだ。

 オスカーは自分がエストに渡すクリスマスプレゼントが分からないのは当たり前だと思った。オスカーは自分の部屋から出た。

 オスカーは今すぐエストに謝りたかった。トンクスが言っていたことは全く持って正しかった。オスカーは今考えていることをエストに言って謝りたかった。

 オスカーは広間を抜けて、客室の方へ行こうとした。

 

「オスカー?」

「エスト?」

 

 暖炉もついていない広間でエストが一人、椅子に座っていた。

 

「オスカー、ごめんね、クリスマスプレゼント、何も思いつかなかったの」

 

 オスカーは謝りたいのは自分なのに、先に謝られてしまったと思った。エストの眼は一年生のいつかの時の様に、くまで縁どられていた。

 

「おかしいよね、オスカーにあんなこと言ったのに、オスカーが欲しいモノが分かんないの、オスカーのこと分かってないの」

 

 オスカーはいつもこうだと思った。会った時から、いつもエストは自分より強くて勇気があると思った。自分が勝手に離れていった時も、今も、そしてオスカー自身が何度繰り返しても何も変わっていないことを感じた。

 

「だからね、オスカーの言う通り、逆転時計は返して普通の授業に戻ろうと思うの、オスカーやみんなを心配させるなら、特別措置も意味ないの」

「それじゃダメだ……」

「え?」

 

 エストはローブから金の鎖でつながれた砂時計を取り出していた。オスカーはこれでは駄目だと思った。自分は謝っていないし、どうしてエストが魔法の道具を使ってでも、頑張っていたのかすらわかっていない。オスカーは一年生の勝手に離れた時にエストがあそこまでしてくれたのに、オスカーはどうしてエストがそうしたのかすらわかっていなかった。今回も同じことをしても何の意味もない、オスカーはそう思った。

 

「なんでエストはそんなに頑張るんだ? その時計も、守護霊の呪文も、劇の練習も、クィディッチもなんでやりたいんだ? なんでクィディッチで落ちても、守護霊の呪文を失敗して辛そうでも、人より一杯授業を受けて眠そうでも、どうしてやりたいんだ?」

「え? え? オスカー?」

 

 エストは完全に混乱した顔だった。

 

「俺はエストに渡すクリスマスプレゼントが分からないくらい、エストのことが分からないんだ。教えてくれ」

 

 オスカーが改めて、エストの眼を真っすぐ見ながらそう言うと、エストは一瞬、視線を下げた後、オスカーを見つめ直した。

 

「エストが色んなことをやる理由? それを言えばいいの? オスカー?」

「そう、教えてくれ」

 

 エストは胸に手をあてて息を吸った。

「エストはね、特別になりたいし、特別なの、特別じゃないといけないの」

「特別?」

 

 オスカーは特別という言葉に引っかかりを覚えた。エストは何度かこの言葉を使っていなかっただろうか? レアの時…… 占い学の時…… 杖の話の時…… オスカーはエストがひときわ感情を出す時にこの言葉を使っていたような気がした。

 

「そう、だって、エストが特別じゃないと、エストが生まれる時に死んじゃったお母さんの意味がないでしょ?」

 

 オスカーは自分がエストのことを何も理解せずに色んなことをこれまで言ってきたと思った。

 

「お父さんも叔父さんも、エストが特別じゃないと、エストが頑張らないと死んじゃった意味がないでしょ? それはエスト以外の誰も証明できないもん」

 

 二年間も一緒に過ごしていて、オスカーは本当に何もエストのことを分かっていなかった。オスカーはそう思った。さっき自分がどうして謝れないか気付いた時よりも、頭の中と心臓を血が駆け巡っている気がした。

「前にも言ったよね、オスカーと会ったのも二本の杖も特別だって。だってね、すごい大人の魔法使いだって、戦ったり、死んじゃったりしても止められなかったのに、最初からそんなことなかったみたいに繋げて、会わしてくれたんだよ、だからあの時すっごく嬉しかったの、きっとこれまでの全部よりずっとずっと特別なんだって」

 

 オスカーは杖腕、左腕に持っていた杖をきつく握りしめた。

 

「ニワトコの杖はね、不幸になっちゃうって言われてるけどウソなんだって、持ち主が特別な人じゃないと、すごい魔法使いじゃないということを聞かないからそう言われるんだって、だからね特別じゃないとダメなの、だってエストが特別ならみんな幸せだし、周りの人も杖も特別になるでしょ?」

 

 オスカーは違うと言いたかった。どうしてエストだけがそんなに頑張り続けないといけないのだろう? エストの家族はエストのために命を賭けたはずなのにどうしてそれがエストを縛り付けているように見えるのだろう? エストの杖は自分とエストを繋ぎとめてくれているのにどうしてそれがエストをがんじがらめに縛り付けているように感じるのだろう? オスカーはどうしようもないほど、それらをほどいて、かき分けたかった。

 

「でも、オスカーやみんなが心配するようなこ……」

「エストは、エストがレアに言ったこと覚えてるのか?」

「レアに…… 言ったこと?」

 

 オスカーは懸命に思いだした。オスカーはあの時のアバーフォースのような勇気が欲しかった。あの時のエストのような誰かを、自分の心を傷つけてでも誰かを助ける勇気が欲しかった。

 

「エストはこう言っただろ、どんなレアでも特別だって、レアの両親にとってどんなレアでも特別だって言っただろ」

 

 エストは目を丸くしてオスカーの顔を凝視した。オスカーにはエストが怖がっているように見えた。オスカーはエストがどんな顔をしても全部言い切ろうと思っていた。

 

「じゃあエストの家族だってそうなんじゃないのか? ケガするくらい頑張らなくたって、エストのことは特別なんじゃないのか?」

 

 エストは決して視線を外さなかったが、瞳には涙がたまっているように見えた。それでもオスカーはトンクスが言ったように、自分が今思っていることを全部、全部言い切ろうと思っていた。

 

「もし、そう思うんだったら、ちょっとでいいから、疲れたとかきついとかでいいから言ってくれよ、俺はクリスマスに何を渡したらいいのか分からないくらい、エストのことが分からないんだ」

 

 もうエストの瞳からは涙がこぼれ落ちていた。それでもオスカーは口から出てくる言葉が止まらなかった。

 

「それに、それに、俺にだって、俺にだって特別なんだ。別に杖がなくたって、どこの家だって、あの時会わなくたって、エストのことは特別だ!!」

 

 オスカーがそう言い切ると、エストはもう完全に号泣していて、泣きながらしゃっくりをあげていた。

 

「オスカー…… オスカー…… ごめんね、ごめんね、エスト……」

 

 それからしばらくエストは泣き止まなかった。しばらくたって、しゃっくりが落ち着き、目を真っ赤にしたエストは首から逆転時計を取り外して、オスカーの方へ近づいてきた。

 

「オスカー、ありがとうね、でも逆転時計はもう使わないことにするの」

 

 オスカーは少し不安になった。エストの言葉を借りて、なんとかエストに伝えたいことを伝えたと思っていた。それでも、また傷つけてしまったのではないかと思うと不安だった。

 エストはオスカーの傍まで寄って、すこしだけ背伸びをして、逆転時計の金の鎖をオスカーの首にかけた。

 

「だってね、オスカーとの時間の方が特別だもん」

 

 エストはそう言ってオスカーに抱き着いた。オスカーは時々匂う、オレンジのような柑橘系の匂いを感じた。自分より暖かい誰かの体温を感じた。自分とは違う誰かの鼓動を感じた。

 オスカーは体温が違っても、心臓の音のリズムが違っても、今、この時だけは、一緒の時間にいる。そう思った。

 

 

 




オー・ヘンリー
賢者の贈り物(The Gift of the Magi)

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