ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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この人、ベラトリックスと同級生


コガネムシ

 オスカーにとって、一年生と同じくらい色々なことがあったクリスマスが終わった。オスカーたちは相変わらず、守護霊の呪文と、劇の練習を行っていたが、練習をするにあたってドージ先生からプレゼントがあった。

 

「検知不可能拡大呪文なの」

「アラスターおじさんのトランクと一緒ですね」

 

 ドージ先生に渡されたトランクには、いくつもの部屋があり、それぞれ劇の進行に合わせた大道具が準備されていた。最後にでてくる幸運の泉であったり、渡れない川であったり、そのほとんどが驚くべき術で再現されていた。

 オスカーは、自分たちが習っているような変身術を習い続けたとしても、ここまでいろんなものを創り出すことが本当にできるのかと思った。

 それぐらい舞台のセットは素晴らしいものだった。

 

「ほんとに凄いね、流石はダンブルドア先生ってとこなのかな?」

「今世紀で一番偉大な魔法使いってやっぱり凄いのね」

 

 オスカーたちはトランクの中でセリフや演出であったりを練習したり、時々、巨大な鏡でWADAにいるはずのチョーリー先生からアドバイスを貰ったりしていた。

 

 先生方のプレゼントでオスカーたちの士気が上がったのは確かだった。しかし、誰も口に出すことはなかったが、劇を成功させるにあたって大きな問題があるのも確かだった。

 守護霊の呪文だった。この呪文が非常に難しい呪文だということはクラーナが最初に言っていたし、教えてくれているドージ先生の言葉からもオスカーは理解していた。

 しかし、これほど人によって難易度に差がでるとオスカーは思っていなかった。エストが中々成功させることができなかった時にオスカーは驚いたが、自分自身にとって、これほど難しい呪文があると思っていなかったのだ。

 今や、オスカーたちの中で有体の守護霊を創り出すことができないのは、オスカーとクラーナだけだった。

 

「ねえ、今日はもう切り上げない? 多分、この呪文はひたすらやり続けてもうまくいかないの」

「あと二、三回やったらやめる。先にトランクの中のみんなに言っといてくれ」

 

 オスカーがそう言うと、エストは頷いてトランクの中に消えていった。トランクの外で呪文を練習しているのはオスカーとクラーナだけだった。

 オスカーは守護霊の呪文を唱えるにあたって、色んな記憶を思い出した。エストに決闘で勝ったとき、自分の記憶から自分を取り戻して戻ってきたとき、必要の部屋からエストを取り戻した次の日の朝、少し前のクリスマス。色んな記憶を思い出して守護霊を創ろうとした。

 しかし、創ろうとするたびにオスカーはそれらが本当に一番幸福な記憶ではないのではないかという気持ちを抑えることができなかった。そう思う度に杖から出る銀色の何かは形を失っていった。

 オスカーは毎回、それを見るたびに森の中の風景が、りんごのような香りが、たくさん飛び交っているトンボの群れが、誰かの笑い声が聞こえる気がした。オスカーはその記憶を使えば守護霊の呪文を成功させることができるのではないかと思っていた。けれども、オスカーはそれをしたくなかった。

 それをするとオスカーは自分を許せなくなる気がしたのだ。そしてその記憶以外で守護霊の呪文を成功させないと、周りのみんなを裏切っているような気がして、どうしようもなく自分が嫌になる気がしたのだ。

 オスカーはまた杖の先から消えていった銀色の何かを見届け、まだ懸命に呪文を唱えているクラーナの方へ視線を移した。

 

「エクスペクトパトローナム! 守護霊よ来たれ!」

 

 クラーナは目をつぶって眉間にしわを寄せ、何かを思い出すように呪文を唱えたが、やはり銀色のもやはもやのまま、風に吹かれた煙の様に消えていった。

 オスカーは呪文を唱えている自分もあんな風に見えるのだろうかと思った。クラーナは呪文を唱え続けていた。

 

「エクスペクトパトローナム! 守護霊よ来たれ!」

 

 クラーナが呪文を続けて唱える度に、杖から出る銀色の何かはどんどん形を取ることはなくなり、よりもやは薄くなっているようだ。

 そして、それを見るたびにクラーナの顔は何かに失望しているような顔になっているようにオスカーには見えた。オスカーはそれを見るたびに、クリスマス前のエストを思い出してしまって不安になるのだった。

 

「おや、二人とも練習中かな? ちょっと悪いんだが、これをアルバスに届けてくれないかな?」

 

 二人の後ろから、ゼイゼイとした声が響いた。ドージ先生がいつの間にか二人の後ろに立っていて、ロウ付けされた封筒を二人に差し出していた。

 

「ちょっと私は四年生の子の補習があってね、私の足でふくろう小屋に行くのでは間に合わないからね、お願いできるかな?」

「大丈夫ですけど……」

 

 オスカーは練習を切り上げるにはちょうどいいタイミングだと思った。エストの言う通り、このままやっても守護霊が出てくる気は全くしなかったのだ。

 

「オスカー、校長室に行くのなら合言葉がいるんじゃないですか?」

 

 杖をしまい、いつもの強気な眼に戻ったクラーナがオスカーにそういった。オスカーも思い出した。ダンブルドア先生の部屋に入るには合言葉が必要なのだ。

 

「ああ、合言葉はポルボロンだね、よろしくお願いするよ」

 

 オスカーとクラーナは用事を頼まれた旨を羊皮紙に書置きして、校長室へと向かった。オスカーもクラーナもお互いに何か喋ることはなかった。オスカーはクラーナがこういう時に何か話を振ってこないのは珍しいと思った。

 二人は校長室の前にあるガーゴイル像にたどり着き、ポルボロンと唱えた。ガーゴイル像はうやうやしく飛びのいて、オスカーとクラーナの前に螺旋階段が現れた。

 二人が校長室のドアをノックすると、中からダンブルドア先生の声が聞こえた。

 

「お入り」

 

 ダンブルドア先生は二人の顔を見ると驚いた顔をした。オスカーはその青い目を見たことでアバーフォースを思い出した。オスカーはこうして改めてダンブルドア先生を見ると、アバーフォースが最初にダンブルドア先生の兄弟だとわからなかったのは不思議だと思った。

 

「なんと、オスカー、クラーナ、二人とは先学期ここで会った以来かな?」

 

 すぐにダンブルドア先生はいつもの優しい顔に戻った。オスカーはドージ先生から渡された封筒を差し出した。

 

「ドージ先生から渡すように言われました」

「なるほど、エルファイアスの届け物を渡しにきてくれたわけじゃな」

 

 ダンブルドア先生はオスカーから封筒を受け取ると、またニッコリとした。

 

「これから理事の一人と予定があってのう…… これが必要だったのじゃ」

 

 ロウ付けを外して、ダンブルドア先生は中の手紙を読み、ふんふんと頷くとまたオスカーとクラーナの方へ視線を移した。

 

「それで、劇の方は上手くいっておるかな? わしもあのセットを創るのに久しく使っていなかった腕を振るったので、少々期待しておるのじゃ」

「劇の練習は問題なく進んでいると思います」

 

 クラーナが間髪入れずにそういったが、オスカーはクラーナが少し目線をダンブルドア先生からずらした気がした。

 

「ダンブルドア先生、話を変えてしまって申し分けないんですが、守護霊の呪文のコツというのはあるんですか?」

 

 オスカーはダンブルドア先生に質問をしてみることにした。ダンブルドア先生は時々変身術を教える教室を開いているし、生徒が聞けば教えてくれる気がしたのだ。それにオスカーは自分一人では永遠にコツをつかめないのではないかと思っていた。

 クラーナの視線がまたダンブルドア先生の方に戻るのをオスカーは今度ははっきりと見た。

 

「なるほど、守護霊の呪文のコツとは…… そうじゃな、二人は自分が幸せな記憶を使っているのかね?」

「自分が? ですか?」

 

 ダンブルドア先生は優しく微笑みながらそういったが、オスカーはダンブルドア先生の言った意味があまりよくわからなかった。最も幸せな記憶を使っているのだから、自分が幸せなのは当たり前ではないのかと思ったのだ。

 

「そうじゃ、よく考えてみるといいかもしれないのう。君たちが、君たち自身が本当に幸福な記憶でないと真に強力な守護霊は作れぬ」

 

 オスカーはますます混乱した。つまり、オスカーが今まで使っていた、思い出していた記憶ではオスカー自身が幸福ではなかったというのだろうか? オスカーはそんなはずはないと思った。

 

「大切なのはどうして幸福なのかじゃよ、オスカー、クラーナ」

 

 ダンブルドア先生はいたずらっぽく笑って二人にウィンクしたが、オスカーにはさっぱり言葉の意味が分からなかった。どうして幸福なのか? オスカーはそんなことはわかりきっていると思っていた。みんなと一緒にいたり、遊んだり、そういうことが幸福なのに理由がいるのだろうか? オスカーはそれだけで十分幸福なはずだと思い、ダンブルドア先生の言っていることがさっぱり分からなかった。

 

「二人とおしゃべりしたいのは山々ではあるのじゃが、ああ歴代の校長たちも君たちと喋りたいようじゃが、さっきも言った通り、理事との約束があるのでのう」

 

 オスカーが後ろの肖像画を見ると、肖像画たちはなんとダンブルドア先生にブーイングしているようだった。

 

「あの理事と喋るのは時間の無駄ですぞダンブルドア!!」

「その通り、功労賞を貰った二人と話す方がよっぽど有意義だ」

「ダンブルドア、確かにあの十分に純血の尊さを理解している理事と話すのは有意義だが、二人と話す方がもっと有意義ではないかね?」

 

 口々に肖像画たちがダンブルドア先生に言葉を投げつけた。ダンブルドアはちょっとびっくりしている様だった。

 

「フィニアス、あなたと話が合う日がくるとはおもわなんだが、約束があるのでのう」

 

 ダンブルドアは肖像画にそう言った。オスカーは最後に喋りかけてきた肖像画が、去年、ダンブルドアの話に割り込んできた肖像画だと分かった。

 

「ああ、フィニアスはスリザリン出身の校長なので、オスカー、特に君のファンなのじゃ、去年もわしが、君の勇気をグリフィンドール向きじゃと言ったら割り込んできたじゃろう?」

 

 オスカーはダンブルドア先生の言葉を聞いて、去年、あの肖像画、フィニアスが言っていたことを思い出した。確か、私の寮の学生を他の寮の方が合っていると言うなというニュアンスのことを言っていたはずだった。

 

「その通りだダンブルドア。我らスリザリン生は選択の余地があれば常に自分自身を助けることを選ぶ。しかし、だからこそ彼の行いがより勇敢になるのだ。それをグリフィンドールの方が合っているなどと……」

「フィニアス、申し訳ないが理事と話さないと、校長たちが楽しみにしている劇に横やりがはいるかもしれないのでのう」

 

 ダンブルドア先生がそう言うと、フィニアスも含めて校長たちが静かになった。ダンブルドア先生はもう一度二人の方を見た。

 

「さて、では二人とも体や勉学に障らない程度に劇の方を頑張って貰いたい。それと、ホッグズ・ヘッドのバーテンに会ったら、わしがよろしく言っていたと伝えておくれ」

 

 オスカーとクラーナはダンブルドア先生の見送りを受けて校長室を後にした。

 オスカーとクラーナが校長室から出て、螺旋階段を下ると、珍しい人物に出会った。

 

「ムーディにドロホフか……」

 

 一年生の時にオスカーを追い回していた主犯、ファッジ先輩だった。

 

「お前たちがでてきたってことはまだ来られて無いってことか」

「どういう意味ですか? ファッジ先輩。ダンブルドア先生はこの後理事に会うって言ってましたけど」

 

 クラーナがファッジ先輩に聞くと、ファッジ先輩は嫌そうな顔をした。

 

「言っとくがお前らに用はないぞ、俺はおじさんに挨拶をしてこいって言われたからここにいるだけだからな」

「だから誰に用があるんですか?」

 

 控えめに見積もって、ファッジ先輩はクラーナの三倍くらいの体積があったが、クラーナはファッジ先輩に対して強気だった。

 

「お前らに関係はないけどな、マルフォイさんが来るから挨拶しにきただけだよ、あの人は魔法省はもちろん、魔法界のいろんなところに顔が利くからな」

「マルフォイ…… ルシウス・マルフォイですか……」

 

 クラーナはその名前を聞いて何か考えているようだった。オスカーはその名前を聞いてピンと来た。ダンブルドア先生がさっき校長たちに言っていたことの意味が分かったのだ。

 

「ああそうだ。あの人はまだお若いのにホグワーツの理事をしてらっしゃるんだよ、ほら聞いたんならあっちいけ」

 

 ファッジ先輩はしっしと追い払うしぐさをした。オスカーはとりあえずファッジ先輩に従って、空き教室に戻ることにした。

 

「劇に反対してる理事っていうのはルシウス・マルフォイなんだな」

「ええそうみたいですね、トンクスが提案した劇に反対してるのがトンクスのおじさんっていうのはなんかアレですね……」

 

 オスカーはクラーナに言われて初めてその事実に気付いた。確かに、それはずいぶんと皮肉な話だとオスカーは思った。

 オスカーがそのことをちょっと考えながら歩いていると、不意にクラーナが歩みを止めた。

 

「オスカー、なんで私たちが守護霊の呪文をつかえないんだと思いますか?」

 

 クラーナは真剣な声色でオスカーにそう聞いた。オスカーはクラーナに応えることができなかった。さっきのダンブルドア先生の話をオスカーはさっぱり分かっていなかったからだ。

 

「そうですね、控えめに言って、私たちは優秀なほうだと思います。なにせあの闇の帝王が褒めていたくらいですから、普通の呪文ならこんなに苦労しないと思います」

 

 オスカーはクラーナが本気で話をしているのが分かった。クラーナが自分自身のことを言うのに、ヴォルデモート卿や死喰い人の言葉を簡単に借りるとは思えなかったからだ。

 

「多分、私たちには共通点があると思います。なんだかわかりますか?」

 

 オスカーは考えた。クラーナとの間にあって、他のみんなとの間にない共通点…… オスカーはすぐに思い立った。自分が守護霊の呪文を失敗して、気を紛らわすために周りを見回して、クラーナの姿を見るたびに思い出していたことだったからだ。

 

「閉心術?」

「そうです、私はそこにヒントがあるんじゃないかと思っています」

 

 クラーナにそう言われてオスカーも守護霊の呪文と閉心術の関係を考えてみた。閉心術を使うことで自分の幸せな記憶が何かわからなくなっているとでも言うのだろうか? オスカーはそんなはずはないと思った。閉心術を使って、ヴォルデモート卿に対抗した時、考えたのは自分の意志で自分を満たすことだったからだ。それはむしろ守護霊の呪文と相性が良さそうに思えたのだ。

 

「良く分からないな、むしろ相性が良さそうに思えるんだけど……」

「そうですね、確かに自分を自分でコントロールできる閉心術士の方が相性が良さそうだと最初は思いました。でも、何か考え違いをしてるんじゃないかって思うんです」

 

 オスカーは最初に守護霊の呪文を成功したレアを思い浮かべた。確かに彼女は一番オスカーたちの中で感情を制御できないように思えた。つまり、感情をそのまま表せる方が守護霊の呪文と相性が良いのだろうか? オスカーはますます良く分からなくなってきた。

 

「まあ、考えても分からなかったからオスカーに聞いてみたんですけどね」

「俺もダンブルドア先生の話を聞いても分からなかったからな」

 

 オスカーはクラーナが守護霊の呪文のことを自分に相談してくれたことが少し嬉しかった。エストの様に自分だけで傷ついているわけではなさそうだったからだ。そして、オスカーはエストがクラーナについて言っていたことを思い出した。たしか、守護霊の呪文の相談と…… 動物もどきのことでほんとのことを言ってくれないと言っていたはずだった。オスカーは少し考えてみたが、そもそもエストが言っていたことの意味が分からなかったし、クラーナがそうそう嘘をつくとは思えなかった。

 

「とりあえず帰るか、みんなを待たせてもあれだしな」

「そうですね、またエストに喧嘩を売られるのは勘弁して欲しいです」

 

 オスカーはクラーナがそう言って笑ったので少し安心した。二人は練習をしていた空き教室に戻ろうと足を再び進め始めた。

 しかし、二人が空き教室に近付くと、どうも様子がおかしいことに気づいた。他の四人のずいぶんと興奮した声が聞こえるのだ。

 

「じゃあこのコガネムシがあのくそ野郎ってことなのね? エスト」

「トンクス、多分このクソ記者は女の人だから野郎じゃないの」

 

 トンクスの声も、エストの声もどこか勝ち誇ったような声だった。

 

「ええ!? ほ… ほんとですか? 確かに、なんか触角とか目のあたりとかがあの記者のメガネっぽいかもしれません……」

「レアはこいつに色々やられたんだから、仕返ししないとダメよ、ちょっとチャーリー、なんかコガネムシに良く効くお仕置きとかないの?」

「コガネムシにお仕置き? う~ん…… オスのコガネムシの群れの中に突っ込むとか?」

「ええ…… 私前から思ってたんだけど、チャーリーが一番えげつない考え方するわよね、ちょっと引いたわ……」

 

 みんな興奮して何かについて喋っているようだった。オスカーはクラーナと目線を合わしてから空き教室に入った。

 オスカーが教室に入ると、何やらガラス瓶のようなものをみんながのぞき込んでいるのが見えた。

 

「あら、手紙を届けに行ってただけにしては随分と長かったわね」

「ダンブルドア先生と歴代の校長に捕まってたんですよ、で? 何に騒いでいるんですか?」

 

 トンクスは相変わらずの口調だったが、オスカーは彼女の髪が真っ赤だったので相当興奮していることが分かった。

 

「ねえ、オスカー、クラーナ、これなんだと思う?」

 

 エストはニヤニヤしながら、オスカーとクラーナの前にガラス瓶を差し出した。ガラス瓶の中には太ったコガネムシが一匹、枝や葉っぱとともに入っていた。オスカーはこの冬の時期にこんなに太ったコガネムシがいるのかと思った。エストが変身術で出したのだろうか?

 

「なんですか? コガネムシ?」

 

 クラーナも分からないようで、頭をひねっていた。

 

「ここにね、忍びの地図があるの」

 

 エストは待ちきれないとばかりに忍びの地図をオスカーとクラーナに見せた。忍びの地図のエストが指し示す場所には空き教室があり、オスカーやクラーナ達の名前があった。

 

「リータ・スキータ……?」

 

 クラーナがそうつぶやいた。オスカーがもう一度、忍びの地図を見てみると確かにリータ・スキータの名前がオスカーたちと重なるように表示されていた。

 オスカーは周りを見回したが、どこにも人の姿はなかった。エストたちが興奮していることを考えると、答えは一つしかなさそうだった。

 

「このコガネムシがリータ・スキータ?」

「そうなの! 忍びの地図が嘘をついてないなら、このコガネムシはリータ・スキータなの! これでエストとオスカーの杖のことが新聞に載ったのがなんでなのか分かったの、クラーナとドージ先生の部屋で喋ったとき窓が開いてたでしょ?」

 

 確かに、オスカーとエスト、クラーナがドージ先生の部屋にいた時、窓が開いていたはずだった。

 

「多分ね、コイツは窓枠にでもとまってたんだと思うの、どうやってホグワーツに入ったのかは分からないけど、時々入ってきてはこの姿で飛び回ってたんだと思うの」

「でも、コガネムシに変身なんてできるのか? 虫に変身したら人間の考えなんてできなくなるんじゃ……」

 

 確かに、エストの言う通りなら杖の話が漏れた理由は説明できそうだった。しかし、オスカーはそれでもこのコガネムシが人間だとは信じがたかった。それにマクゴナガル先生の話では動物に変身した場合、通常は人の心を保てなくなるはずだった。

 

「動物もどきなの、虫に変身して人の考え……」

「ありえません!! 動物もどきは今世紀に入って八人しかいないはずです!! リータ・スキータの名前は魔法省の名簿にはありません!!」

 

 エストが話している途中でクラーナが遮った。オスカーにはさっきまで落ち着いていたはずのクラーナの顔色がどこか青く見えた。

 

「そうだよね、エストも名簿を見たし、クラーナに聞いたから知ってるの。名簿の一番新しい登録者はクラーナのお姉さんのはずなの、それから誰も新しい動物もどきは登録されてないの、もちろんリータ・スキータの名前はどこにもないの」

 

 エストはそう説明して笑った。オスカーは登録されていないという事実がリータ・スキータにとって悪く働くためだろうと思った。しかし、エストの顔色とは反対にクラーナの顔色は刻々と青くなっていった。

 

「私、マクゴナガル先生に動物もどきの授業の時に聞いたんだけど、未登録で動物もどきの能力を悪用するとアズカバン行きらしいわよ」

 

 トンクスもニヤニヤしながらガラス瓶をちょっと傾けたりして、コガネムシが必死に枝にしがみついているのを見ながら言った。クラーナの顔色はそれを見てさらに青くなった。ほかのみんなはコガネムシに注意がいっていて気が付かないようだったが、オスカーは明らかにクラーナの様子がおかしいと思った。

 

「うーん、僕もあんまり信じられないけど、確かにそれならリータ・スキータが色んなスキャンダルをすっぱ抜けるわけだよね」

「動物もどきって、他の人の魔法で元の姿に戻せるんですか? というか、この状態で人間に戻られたらガラス瓶くらい割れちゃうんじゃ……」

 

 レアが恐る恐るという感じで、ガラス瓶をつつくとコガネムシはその衝撃で底まで落ちて、足を上にしてもがいていた。クラーナは大きく目を見開いてそれを見ていた。オスカーはクリスマスの時に見た表情、クラーナに一番似つかわしくない表情だと思った。クラーナは明らかに怖がっていた。

 

「大丈夫なの、このガラス瓶には割れない呪文がかけてあるから、もとに戻ったら大変なことになるの、それに動物もどきを人間に戻す呪文は七年生の教科書に書いてあるの」

「そうね、ちょっとこのデブチンのコガネムシには反省してもらわないとダメね、こっちの都合のいい時まで人間の姿には戻らないでいてもらいましょうよ」

 

 クラーナは本当に信じられないという顔でエストとトンクスの顔を見ていた。オスカーはクラーナにとって、エストとトンクスはおぞましいものに見えているようだと思った。オスカーは流石に見ていられなかった。

 

「クラーナ、大丈夫なのか?」

「私…… 私は……」

 

 みんなの視線がクラーナに集まった。クラーナは一瞬オスカーに視線を送った後、もう一度ガラス瓶の中のコガネムシに視線を移した。

 コガネムシはさっき落ちた時の衝撃で触角が少し折れていて、ガラス瓶がつるつるで足でつかむことができないからか、まだ体をひっくり返したままもがいていた。

 クラーナはそれを見て、また大きく目を見開いた。クラーナは杖を手が白くなるくらい握りしめていた。

 

「ちょっと、クラーナ、顔が真っ青だけど大丈夫なの?」

「クラーナ? どうしたの?」

 

 トンクスとエストがそう聞いたが、クラーナはまるで二人を怖がっているように目線を合わせようとしなかった。

 

「私は…… ごめんなさい。ごめんなさい…… き…… 気分が悪いので帰ります」

 

 クラーナはそう言うなり、耐えられないとばかりに飛び出していった。オスカーはこんなクラーナを見たことがなかった。みぞの鏡の前にいたクラーナでさえあんな表情をしてはいなかったと思った。彼女があんなに怖がっているのをオスカーは見たことがなかった。

 誰も喋らない空き教室の中、コガネムシが起き上がろうとして、足についた爪でガラス瓶をひっかく音が、カシャカシャという音が、オスカーにはひどく大きく聞こえた。

 

 

 




分割した方が良かった気がする
誤字報告感謝しております

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