ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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闇の魔術に対する防衛術

「それで? トンクスは私に何を言いたいんですか?」

「何って……」

 

 オスカーはドア越しにクラーナとトンクスの会話を聞いていた。

ホッグズ・ヘッドでリータ・スキータとの一件があった次の日、朝刊に劇のことが掲載された。

 これまでの記事と同様に、わずか一日の間で記事の内容はホグワーツ中に広まったようだった。

 しかし、クラーナは一見これまでと変わらないように見え、いつもと同じ様にオスカー達に一言告げて、ドージ先生のところへ行こうとしていた。それをトンクスが追いかけて、途中の教室に連れ込んだのだった。

 オスカーは後ろから二人の後を追いかけたが、教室に入ろうとして二人の会話のトーンを聞き、入るのを少し戸惑っていた。

 

「良くわかりませんけど、私を追いかけて話があるって言ってここに連れてきたんですから、何か話があるんでしょう?」

「それは…… アレよ、わかるでしょう?」

「アレじゃ何も分かりませんよ、あほが進行して語彙力まで無くなったんですか?」

 

 オスカーはエストと喧嘩した後のクラーナと同じくらいクラーナの声色がとげとげしく聞こえた。

 

「なってないわよ、つまり、あれよ、最近様子がおかしいじゃないの」

「様子がおかしい? 何の話ですか? 私の目の前に髪の毛の色がおかしい魔女ならいますけど……」

 

 クリスマスのエストや、ホッグズ・ヘッドでのリータと同じで、オスカーはクラーナがわざとトンクスを怒らせようとしているように聞こえた。

 オスカーには扉についていた窓から、トンクスが髪の毛をかきみだしているのが見えた。

 

「だから! あのクソ記者を瓶詰めにした時から、クラーナは様子がおかしいって言ってるのよ!」

「良くわからないですね、様子がおかしいってなんですか?」

 

 トンクスの髪色は赤色になった。オスカーにはクラーナがちゃんと答える気が無いように聞こえた。

 

「ドージ先生と一体何をやっているのよ、私たちには何も言って無いじゃない」

「ああ、私が守護霊の呪文を使えないと不味いでしょう? 実際に劇で使うのは私なんですから、だからちょっとコツを聞きに行ってるだけですよ」

 

 クラーナはそんなことかというような口調だった。トンクスの髪色がさらに濃い赤になったようだった。

 

「ウソよ、じゃあなんでオスカーを連れて行かないのよ」

「別にオスカーは使えなくても劇には問題ないでしょう? マグルの騎士役なんですから、それにオスカーを連れていったらまたエストがうるさくなるでしょう」

 

 オスカーはクラーナがそんなことを気にするとは思えなかった。むしろこれまでのクラーナなら嬉々としてやりそうなものだと思ったのだ。

 

「クラーナがそんなこと気にすると思えないわ、それに守護霊の呪文の練習をしてたんなら、オスカーにそのヒントくらいあげてもいいんじゃないの?」

「別に、ヒントをあげられないくらい練習が芳しくないだけですよ」

 

 トンクスはクラーナが全く取り合う気が無いようなので、歯がゆいようだった。

 

「もういいわよ、だからクラーナは大丈夫なのかって言ってるのよ」

「はあ? 大丈夫って何がですか? 私がトンクスに心配されるようなことはないと思いますけど、私としてはあなたのドジが進行しないのかの方が心配ですね」

 

 オスカーはそろそろ入った方がいいと思い始めた。もし喧嘩をし始めたら、いつものような喧嘩ではなく、クラーナがエストとしていた喧嘩の様に止めれなくなる気がしたのだ。

 それにここはホグワーツで二人共杖を持っているはずだった。

 

「明らかにあのでぶちんのコガネムシを見て、様子がおかしくなってたじゃないの!」

「あの時は気分が悪くなったって言ったでしょう」

「ウソよ! あの後エストが言ってたわよ、クラーナは動物もどきの話になるとちゃんと取り合ってくれないって」

「エストに話すような知識がないだけですよ」

 

 二人の口調がさらに激しくなっているようだった。オスカーは入るタイミングが掴めなった。

 

「なんでそんなに話そうとしないのよ」

「だから何の話ですか? トンクスに心配されるようなことは思い当たらないって言ってるんです」

 

 トンクスの髪色は今や燃えるような赤毛だった。チャーリーやウィーズリー家のみんなよりもその赤が赤く見えるとオスカーは思った。

 

「今日の新聞を読んだからよ……」

「今日の新聞ですか? 今日の新聞に私が心配されるような内容は無かったと思いますけど」

 

 クラーナの口調がやっと取り合う気のない口調から、少しだけ変わったようにオスカーには聞こえた。

 

「だって、クラーナのお姉さんのことが載ってたじゃないの、それもあのリータ・スキータが書いていたし……」

「だから何ですか? 私の姉のことが新聞記事に載ったからなんだと?」

 

 まるでできるだけ感情を押し殺そうとしている様に、できるだけ冷静を保とうとしているようにその声は聞こえた。

 

「だって…… あんなに酷いことがあったなんて知らなかったし…… それにあの記者は動物もどきだったし……」

「つまり、私が可哀そうだとでも? あの記事を見て、可哀そうな私に情けをかけに来たってことですか?」

「そうじゃないわよ! だって、あんなことがあったら誰だって触れられたくないだろう……」

「それはどういう意味ですか?」

 

 オスカーはこれまでの二人の会話を聞いて、クラーナがトンクスの言葉を聞き、できるだけ言葉を選んで回答しているように聞こえていた。だが、今回はクラーナからトンクスの言葉を遮り、その言葉には明確な感情の色がのっていると感じた。

 

「ど…… どういう意味って何よ」

「触れられたくないと思っているというのはどういう意味だと聞いているんです」

 

 嫌な予感がするとオスカーは思った。何かに火がつく前のようだった。

 

「だ…… だって、あんな事が…… あんな酷いことがあったら触れられたくないのは当たり前だし、みんなに知られたら嫌じゃない……」

「そんなのはあなたが決めることじゃない!」

 

 クラーナの大声がドア越しのオスカーにまで響いてきた。

 

「いいですか、ニンファドーラ・トンクス。私がいつ姉のことを触れられなくないなんて言いましたか? いつ私がそんなことを言いましたか?」

「え…… だって、動物もど……」

「私は…… 私の姉は…… 誰かに言うのを! 誰かに知られるのを恥じるようなことをしたことは一度だってない!!」

 

 トンクスはクラーナの逆鱗に完全に触れてしまったようだった。オスカーはどうやって二人の間に入ったらいいのか分からなかった。

 

「他の誰がなんと言ったって!! 私は誇りに思ってます!!」

「そ…… そんなつもりじゃ……」

「じゃあどういうつもりで言ったんですか!!」

 

 クラーナがこれほど怒っているのをオスカーは見たことがなかった。エストと取っ組み合いをしている時でもこんな声をしていなかったとオスカーは思った。

 クラーナの声には言い訳を許さない力があった。

 

「だって、クラーナが辛いんじゃないかって……」

「トンクスに何が分かるんですか!!」

 

 オスカーはクラーナの言葉が自分にも刺さった気がした。トンクスの髪色がクィディッチの試合の後に見たような黒色になっていた。

 

「父親も母親もいて、クリスマスだって一緒にいられるじゃないですか! ダイアゴン横丁だって家族といけるじゃないですか! 何が分かるんですか!!」

「わ…… 私…… ほんとうにそんな……」

 

 クラーナの言葉はトンクスにもオスカーにも刺さっていたが、喋っている本人を一番深く刺し貫いているようだった。

 

「いいですか! これでわかったでしょう! 私はふさわしくない!! あの記事が書いている様なアマータにふさわしい人間じゃないんです!!」

「そんなこと……」

「そんなもこんなもない!! だから私のことなんか放っておいてください!!」

 

 クラーナはトンクスにそう言い切ると、扉に向かって走ってきた。オスカーは慌てて扉の前からどいた。扉から出るなりそこにいたオスカーに目もくれず、ドージ先生の部屋がある方へクラーナは駆けだしていった。

 オスカーは教室に入った。オスカーはトンクスが泣いているのを初めて見た。

 

「私…… 私…… 最低だわ……」

 

 トンクスの髪色はテッドの髪色そのものだった。オスカーはトンクスの本当の髪色はこの色なのだろうと思った。

 

「レアもエストもクラーナも、みんなのこと何も知らないで一人で騒いでたのよ」

 

 オスカーは少し前の自分を見ているようだと思った。オスカーはトンクスがみんなのことを考えていたと知っていた。

 

「私が一番意気地なしだわ。そのせいでクラーナを傷つけちゃった」

 

 そんなことはないとオスカーは強く思っていた。彼女に意気地がないのなら、勇気がないのならクラーナに話をすることなどできないと思っていた。心配だと、直接言うことができるとは思えなかった。オスカーはそれがどれだけ難しく、勇気がいることなのか知っていた。

 

「守護霊の呪文なんてなくて……」

「クラーナのとこに行くぞ」

「え……? オスカー? ちょっと!」

 

 

 オスカーはトンクスの手を取って立ち上がらせた。オスカーはトンクスがこんな顔をしているのが嫌だった。馬鹿なことを考えている顔の方が好きだった。

 自分を心配してくれて、奮い立たせてくれたトンクスがこんな顔になっていることに我慢ならなかった。リータ・スキータのような奴にひっかき回されていることに腹が立った。

 豊かな幸運の泉はみんな幸せになる話のはずだった。

オスカーは忍びの地図を取り出した。クラーナの名前はドージ先生の部屋の隣にあった。オスカーはトンクスを連れて歩き出した。

 

「ど…… どうしちゃったのよ、オスカー」

「傷つけたんなら謝ればいいだろ」

 

 トンクスを引っ張りながらオスカーはそう言った。

 

「けど…… もっかいやっても同じなんじゃ…… またクラーナが……」

「同じにはならない」

 

 オスカーが引っ張ってもトンクスは動こうとしなくなった。オスカーはトンクスの目を真っ直ぐに見た。

 

「そんなの分からないじゃない! だって私は全然クラーナのこと分かってなく……」

「分かってないなら、これから分かればいいだろ」

「えっ?」

「俺にはトンクスがクラーナのこと考えてないなんて思えないし、分からないでいいと思っているみたいには見えない」

 

 オスカーがそう言うとトンクスは目を丸くした。トンクスの髪色に少しずつ色が現れ始めた。

 

「ほら、行くぞ」

 

 もう一度トンクスを引っ張ると今度は抵抗しなかった。

 クラーナがいるはずの部屋はもうすぐそこのはずだった。その部屋の前にはドージ先生が優しい顔で立っていた。

 

「クラーナは中ですか?」

「ああ、この中だよ」

 

 オスカーはドージ先生の言葉を聞いてからトンクスの方を見た。トンクスの髪色は青色で顔には不安が浮かび上がっていた。

 

「トンクス、ここで待っててくれ、ちょっと経ったら呼ぶから」

「え?」

「クラーナが話せそうになったら呼ぶから」

 

 トンクスに言い残してからオスカーは部屋のドアに手をかけた。

 

「オスカー君、闇の魔術に対する防衛術で大切なのは何か覚えているかな?」

「大切なことですか?」

「ああ、ある闇の生物に対する防衛術は、闇の魔術に対する防衛術全体で最も大切なことだ。それができなければ、我々は絶対に闇の魔術に対抗することはできないだろう」

 

 オスカーはそれが何なのかすぐにわかった。そして、この部屋にもっと早く来るべきだったと思った。それが何なのかオスカーはクラーナから教えてもらったことがあったはずだったのだ。

 

「まあ私は全く心配していない。ここに来たということがそれを証明しているのだから」

 

 ドージ先生の声はぜいぜいとしんどそうな声だったが、オスカーにはそれが力強く聞こえた。オスカーは頷いて、ドアを開いた。

 

 部屋の中は闇の魔術に対する防衛術で使う教室だった。敵鏡、かくれん防止器、秘密発見器。いつか必要の部屋で見たような魔法の道具が並んでいた。

 部屋の真ん中にガタガタ動く洋服ダンスが置かれていて、クラーナはその前に立っていた。

 

「今度はオスカーにバトンタッチですか?」

「そうだ。トンクスに謝ってもらう」

 

 クラーナがオスカーを真っ直ぐに見た。オスカーにはその視線がいつもより強気に見えた。ただ眼は泣きはらしたように赤かった。

 

「扉の前にいたってことは話を聞いてたんでしょう?」

「そうだ。最初から全部聞いてた」

 

 クラーナの目線がもっと強烈になったようだった。オスカーはその表情を最近何度も見ていた。レア、エスト、アバーフォース、三人が自分自身を嫌だと思っているときにする表情にそっくりだった。

 

「じゃあもう私のこいつが何に変わるのか分かりますよね?」

 

 クラーナががたがた揺れる洋服ダンスを指し示した。オスカーはクラーナのそれが何に変わるのか分かっていた。そして、どうしてドージ先生とまね妖怪の話を聞いていた時にあんな顔をしていたのかやっと分かった。

 

「なんかおかしな話ですね、オスカーは私のみぞの鏡に何が写るのか知ってますから、一番望むものと一番怖いものを知られているってわけですね」

 

 オスカーはクラーナの言う通り、両方分かっていた。そして両方分かっているが故にクラーナの表情が痛ましかった。クラーナは話続けた。話さないと言葉を出さないと辛い様だった。

 

「いつだったか、エストが杖について喋ってた事を覚えてますか?」

 

 クラーナが自分の長い杖をかかげるように持った。

 

「この杖はイトスギの杖なんです。オリバンダーの老人は私をこの杖が選んだ時に喜んでました。姉さんと同じだって」

 

 そうイトスギの杖。オスカーはエストがその話をした時に、まさにクラーナにふさわしい杖だと思ったのだ。

 

「イトスギの杖はエストの言う通り、英雄の杖って呼ばれてるらしいです。なんでも自分や人の心の闇に向き合うことを恐れない人が持つ杖らしいです」

 

 またクラーナは最初の表情に戻った。自分自身に憤っている顔だ。オスカーは誰かがその顔をするのが嫌だった。

 

「こんなに私にふさわしくない杖はありません。みぞの鏡に囚われる私が? まね妖怪すら退治できない私が? 笑える話ですね」

 

 クラーナは乾いた笑みを浮かべたが、オスカーはこんなに笑いとほど遠い表情を見たことがなかった。

 

「それに加えて、アマータなんてこんなにあってない配役も無いでしょう。トンクスに心配されて、逆に怒り出す私が? トンクスの言う通り、私は姉さんのことを知られるのが嫌だったんですよ、私は怖かったんです。トンクスやあなたやみんなにそうだって知られるのが怖かったんです。きっとだから怒ってごまかそうとしたんです」

 

 クラーナは歯を食いしばって言い切った。オスカーは黙って聞いていた。全部聞かないといけない気がしたのだ。

 

「分かりますか? 私には勇気がないんです! みぞの鏡に…… 自分と向き合う勇気が! 姉さんと向き合う勇気が! イトスギの杖にグリフィンドールにふさわしい勇気がないんです!! オスカー!! 私にはあなたみたいな勇気がないんです……」

 

 クラーナは全て言い切った様だった。オスカーは言い返したかった。オスカーはイトスギの杖にクラーナほどふさわしい魔女を知らなかった。グリフィンドールの金と赤が、獅子がそして勇気が、クラーナよりふさわしい人を知らなかった。

 

「俺はクラーナより勇気がある人に会ったことはない」

「そんなわけないでしょう! さっき言った通り、私には勇気がないんです!! あなたみたいに自分の記憶に…… 自分の怖いものに向き合うことすらできないんです!!」

 

 オスカーは思った。いったい誰が命をかけてヴォルデモート卿の前に立てるというのだろう? 一体誰がおぞましい他人の記憶と向き合えるというのだろう? オスカーはそんな人を一人しか知らなかった。

 

「勇気がないんならその人は苦しんだりしない。苦しんでそれでもやろうとしない」

 

 始めてホグワーツに来たあの日、組み分け帽子に言われたことをオスカーは思い出した。勇気がないのならそのことを分かりすらしないのだ。気づきもしないのだ。苦しむこともできないのだ。クラーナは泣きそうな顔でオスカーの話を聞いていた。

 

「閉心術の訓練で制御を失って戻ってきたとき、クラーナがいてくれてよかった」

 

 オスカーは知っていた。他人を心配だと、傷つけたくないとそう伝えるだけのことにどれだけの勇気が必要なのか、この半年で嫌というほど思い知らされていたのだ。

 アバーフォースがトンクスがみんなの顔が浮かんだ。相手に伝わるのか? 相手に理解されるのか? 相手を傷つけないのか? それだけで不安になるのだ。そしてもし伝わらなかった時にいったいどれほど自分が傷つくのか、オスカーはその怖さを知っていた。

 

「それが一体なんの証明になるって言うんですか!」

「すごくうれしかった。安心した。俺はいてもいいんだってそう言ってもらえたみたいだった」

 

 では一体、人の記憶に入り込むのは、人の心に入り込むのはどれほどの恐怖なのだろう。オスカーは想像すらできなかった。それも、誰かの命がかかっている状態で、その恐怖を十分に理解した状態で、どれだけの勇気があればそんなことができるのだろう。オスカーはあの時、クラーナがいてくれて本当に良かったと思った。

 

「だ…… だからそんなのは何の……」

「俺は記憶を見たのが怖かった。エストもああなるんじゃないかって怖かった。でも、隣にクラーナがいて、あれを見たはずなのにいてくれて、やっと勇気がでたと思う」

 

 クラーナの瞳には涙が浮かんでいた。オスカーはクラーナが泣くのを見るのは三度目だと思った。オスカーは思った。どうしてあの時あんなに安心したのか、あんなに勇気がわいたのか。簡単だった。怖かったからあんなに安心したのだ。怖かったからクラーナの勇気が際立って見えたのだ。そしてそれを見て自分も勇気がでたのだ。オスカーはやっと色んなことが分かった気がした。

 

「だ…… だから……」

「クラーナがそう思わなくても俺はそう思ってる。クラーナに勇気があるって」

 

 オスカーは周囲を見回した。金色のくねくねしたアンテナ、秘密発見器。クラーナがクリスマスプレゼントにオスカーに贈ったのと同じものが部屋の隅に見えた。オスカーは歩いて傍までより、それを手でつかんだ。この魔法の道具は嘘を見つけると震えるはずだった。

 

「俺は世界で一番クラーナに勇気があると思ってる。勇気があるからそんなに悩んでるんだと思ってる。色んなことを正面から考える勇気があるって思ってる」

 

 秘密発見器は微動だにしなかった。代わりにクラーナが泣く声だけが空気を振るわしているようだった。

 

「勇気があるからみぞの鏡やまね妖怪が難しくなるんだと思う。ダンブルドア先生とフィニアスって校長がした話を覚えてないか?」

「ウウッ…… な…… なんで幸せなのかとオスカーがなんで勇敢に見えるかですか?」

 

 そう、オスカーはやっとわかった。あの校長たちはしっかりとコツを教えてくれていたのだ。どうして幸せだと思うのか、どうして勇気があるように見えるのか。簡単なことだった。

 

「多分、俺が守護霊の呪文を使えなかったのはなんで記憶が幸せなのかわからなかったからだと思う」

「なんで…… ですか?」

「俺が認めたくなかっただけで簡単なことだったんだと思う。不幸なことが嫌なことがあるから幸せだって、もう会えないからあの時は幸せだったって思ってるんだって、それを認めるのが嫌だったんだ」

 

 オスカーがそう言うのを聞いて、クラーナはショックを受けた顔になった。オスカーはエストがどうして守護霊の呪文を使えるようになったのか、レアがどうして最初に使えるようになったのか、きっと同じことなんだろうと思った。

 

「クラーナのまね妖怪が倒せないのも同じことだと思う。勇気があるから、正面から見てるからそいつは倒せないんだ」

 

 オスカーはクラーナの手を取って、洋服ダンスに向かった。クラーナは洋服ダンスに近づくと明確に歩くスピードが遅くなった。

 

「クラーナは俺の一番怖いものが何かわかるんじゃないのか?」

 

 クラーナは何も言わず、泣きそうな顔で唇を噛みながらオスカーを見つめていた。

 

「まね妖怪の授業の時、まね妖怪が何に変身するか分かって、俺は怖かった。どうやって倒したらいいのか分からなかった。笑いを誘うような馬鹿馬鹿しいものに変えるなんて絶対できないと思った」

 

 クラーナは黙って聞いていた。その表情は恐ろしいものを見るようだった。

 

「だって、そんなこと許されないと思った。俺はそんなことするくらいなら逃げた方がいいって思ってた。きっとあの時、エストがまね妖怪を退治しないで、ドージ先生が前に出なかったら、きっと逃げてた。クラーナみたいに何度も向き合ったり、そんなこと絶対できなかった」

 

 オスカーはそれを言うのが怖かった。エストにもクラーナにもトンクスにもチャーリーにも、キングズリーやペンスにだって言うのが怖かった。自分が臆病だと、恐怖の記憶と向き合うのが怖いと認めるのが怖かったのだ。

 

「だから、記憶に向き合えるクラーナは俺より勇気があるし、あの時、記憶に向き合えたのはクラーナのおかげだって思ってる」

 

 オスカーはクラーナに言うのが怖かった。クラーナに拒絶されるのが怖かった。それでも言わないといけないとオスカーは思った。クラーナが向けてくれた勇気に返さないといけなかった。そう思ったのだ。

 

「今度は俺の番だろ? ドージ先生だって言ってただろ? 二人でやればいいって」

「オスカー……」

 

 クラーナはオスカーが握っていた手を握り返した。オスカーは杖を取り出した。

 

 オスカーが杖を振ると洋服ダンスの扉が開き、中からまね妖怪が現れた。オスカーは先に前に出た。まね妖怪が形を取り始めた。ホグワーツでは見ることのないマグルが着る服を着た女の子の体だった。胸のところには焼き焦げた跡があり、どこかその服が、肉が、何かが焼ける匂いすらするようだった。オスカーはクラーナと繋いでいる手を握りしめた。クラーナはその手を握り返した。

 

「リディクラス!!」

 

 まね妖怪の姿が変わった。今度はホグワーツのローブだった。スリザリン生が着るローブ。黒い髪に光のない紅い目、それはエストの体だった。

 今度はクラーナが前に出た。杖を振った。

 

「リディクラス!!」

 

 カシャ、カシャとハサミが床をする音がした。何メートルもある巨大な体に巨大なハサミ、黒い巨体が教室に現れた。しかし、何よりもそれを怪物としているのは本来八つの目があるはずの場所にあるのが人の顔だという事だった。

 

「クラーナ…… どこにいるの…… 見えない… 何も見えない……」

 

 クラーナがオスカーの手を強く握った。オスカーはできるだけ優しく握り返した。クラーナに似た黒い瞳とダークグレーの髪を振りかざしてその顔はいろんな方向を見ていた。見当違いの方向を見ながらクラーナの名前を呼んでいた。顔が動くたびにハサミと爪が一緒に動き、床や天井を擦って、カシャ、カシャと音をたてた。よく見ると足のいくつかは人の足だった。爪の先に人の手のようなものが見えた。

 

「リディクラス!!」

 

 クラーナが叫ぶと、クモの怪物の顔が変わった。オスカーにはそれが誰なのかわかった。アラスター・ムーディだ。魔法の目がクモの目があるべき場所でグルグルと回っていた。

 オスカーが前にでた。オスカーはまね妖怪を混乱させないといけない、そう思っていた。

 

「リディクラス!!」

 

 今度はグリフィンドールのローブを着た女の子だった。ダークグレーの髪、黒い瞳、どう見てもクラーナの体だった。だがなぜか体からクモのハサミが飛び出していた。オスカーはクラーナの方を見た。クラーナは少し笑っている様だった。

 

「死ぬ前に自分の死体を見るとは思いませんでしたよ、リディクラス!!」

 

 また大きなクモの化け物だった。しかし体にはいくつも焼き焦げた跡があった。そして極めつけにその顔は八つの目がある男の子の顔だった。クラーナがオスカーの方を見た。

 

「俺も目が八つになるとは思ってなかったな、リディクラス!!」

 

 二人が呪文を唱えるたびにまね妖怪は混乱し、二人の恐怖が入り混じったような、何か変わらないものへと姿を変えていった。そして、ついに耐えられなくなり、幾千もの煙の筋になって消えていった。

 クラーナはそれを見届けると床に座り込んだ。オスカーも一緒に座り込んだ。

 

「オスカー、ありがとうございます」

「俺もまね妖怪は倒してなかったからな、これでやっとスリザリンに五点ってわけだ」

「オスカー…… ありがとう……」

 

 クラーナはそう言って泣いていた。オスカーはどうすればいいのか分からなかった。クラーナはオスカーの手を離さなかった。しばらくオスカーは泣いているクラーナの横に座っていた。

 

「オスカー…… もうちょっとだけ、手を握っていてもいいですか?」

「それはいいけど…… 油断大敵なんじゃないか?」

「えっ?」

 

 扉が開いて、トンクスとドージ先生が中に入ってきていた。トンクスの髪色は相変わらず青色だったがドージ先生は満面の笑みだった。

 

「素晴らしい、二人でまね妖怪を倒したわけだ。ただ、同じ変身能力を持っていても、ちょっとトンクス君は強敵かもしれないな」

「愛しのオスカーの話なら聞くってことなの?」

 

 トンクスは口を膨らませてクラーナにそういった。クラーナは杖をローブのポケットにしまって泣いていた目をぬぐった。

 

「そ、そんなわけじゃ……」

「じゃあなんで、手を繋ぎながらしゃべってるのよ」

 

 クラーナの顔が赤くなった。それでもクラーナは手を放そうとしなかった。

 

「な…… なんでもいいじゃないですか、それよりトンクスには謝ります」

「なんでも良くないわよ!! なんなのよ!! 私の時は怒って逃げていったくせに、オスカーがちょっと手を繋いだらコロッとしちゃってるじゃないの!! クラーナのことなんか分かるわけなかったわ!!」

 

 オスカーはトンクスがクラーナに怒っているのを見たことがなかった。いつも立場が反対だったからだ。

 

「別に手を繋いだから何かあったわけじゃないですけど……」

「じゃあなんで手を繋いだままなのよ!! 説得力がかけらもないわよ、クリスマスにクラーナがエストに言ってたことを言ってあげましょうか?」

 

 トンクスの髪色は一瞬で真っ赤になっていた。相当怒っているらしかった。

 

「オ…… オスカー……」

 

 クラーナはオスカーに助けを求めたが、オスカーには助けようがなかった。オスカーはとりあえず手を離せば解決すると思ったが、クラーナは放しそうになかった。

 

「何がオスカーよ、ちょっとこっち向きなさいよ!! だいたいオスカーもクラーナに甘すぎなのよ!!」

「いやそんなこと言われても」

 

 トンクスは烈火のごとく怒っていた。髪色と同じく顔も真っ赤だった。

 

「エストが言ってたのはほんとだったじゃないの、いつの間にか仲良くなっててずるいって」

「いつの間にかってわけじゃ……」

「あああああ!! ムカつくからその手を繋ぎながら答えるのやめなさいよ!! だいたいどうしていつもみたいに反論してこないのよ!! なんでクラーナのくせに顔赤くしてモジモジしながら返してくるのよ!! そういうのはレアの仕事でしょ!!」

 

 オスカーはトンクスの声で鼓膜が破れそうだった。

 

「何なのよ!! めちゃくちゃムカつくわ、オスカーもムカつくわ、何が傷つけたら謝ればいいよ!! 一人でコマしてんじゃないわよ!!」

 

 トンクスはとにかく怒っている様だった。謝る相手がいなくなったせいだろうかとオスカーは思った。

 

「だから、その手を繋いでこっち見るのやめなさいよ!!」

 

 まね妖怪の百倍くらいトンクスはうるさいとオスカーは思った。ただオスカーは怒っているトンクスでも、さっきの部屋に入る前の顔よりは百倍はマシだと思った。

 

 




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