ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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三本の箒

 オスカー達は雪が溶けだしたホグズミードに休暇で来ていた。劇の公演前の最後の休暇だった。今回はエストの強い希望もあって、三本の箒にみんなで行くことになっていた。

 ホグズミードの表通りにあるほとんどの店にはいつの間にか劇のポスターが張ってあった。オスカーはそれをハグリッドが配って回ったことを知っていた。前に小屋に行った時にハグリッドが自慢していたからだ。

 ポスターにはエストのかけた魔法がかかっていて、劇の公演までの残り日数が日替わりで変わったり、幸運の泉が水を延々と噴き出す絵が描かれていた。

 

「それで? エストはなんで三本の箒に行きたいのよ?」

「みんなが会いたい人がいるはずなの」

 

 目の前にはもう三本の箒の看板があった。そう言えばオスカーは結局三本の箒に入ったことがなかった。前回はトンクスに連れられてカップルご用達の店について行かれてしまったからだ。

 

「会いたい人って誰だい? エスト?」

「チャーリーとクラーナとエストは会ったことのない人なの」

「良くわからない人選ですね、だいたいエストが会ったことが無いんですか?」

「会えばわかるの」

 

 オスカー達は三本の箒のドアを開けて中に入った。中は人でごった返していて、アルコールの匂いとお菓子の甘い匂いが混ざり合ったような独特の匂いがした。

 エストはごった返している人込みの中を迷わずに進んでいるようだった。オスカー達は店の奥にある少し大きなテーブルにたどり着いた。そこには忘れもしない人間が座っていた。

 宝石縁の眼鏡にカールした髪型。今日はけばけばしい緑色の服を着ていて、爪はどうもつけ爪に変わっているようだった。どう見てもそこに座っているのはリータ・スキータだった。

 オスカーの隣にいたトンクスの髪色が真っ赤に染まった。エストがリータ・スキータの正面にある席に座って、ローブのポケットから何か羊皮紙を取り出した。オスカーは杖を取り出してエストの隣に座った。ほかのメンバーも席についた。

 

「それで? ミス優等生は何をお望みざんすか? そもそもあんたたちとの約束は終わったはずざんす」

「エストはスキータさんと何も約束してないの」

 

 リータは臭液を飲まされた様な顔になった。リータが何か言い返そうとする前にハイヒールを履いた女の人がテーブルにやってきた。

 

「劇に出る皆さんは注文はどうするのかしら?」

「バタービールを六本お願いするの」

「劇に出る前の取材なのかしら? バタービールはサービスしておくわ」

「マダム・ロスメルタ。ありがとうなの」

 

 エストがそう言ったことでオスカーはやっとその人物が三本の箒のマダム・ロスメルタだと分かった。マダム・ロスメルタは小粋な笑みを浮かべてカウンターへと消えていった。

 

「こいつがリータ・スキータなんですか?」

「そうよ、このセンスのない眼鏡かけてるクソ女がリータ・スキータよ」

「死喰い人の姪っ子さ……」

「へんな口を叩くんならすぐにダンブルドア先生かクラーナのおじさんにふくろうを送るの」

 

 リータは今度はにが虫をかみつぶした様な顔になった。チャーリーがやれやれという顔でオスカーの方を見た。オスカーはやっぱりあの時、エストをホッグズ・ヘッドに連れて行くべきだったと思った。

 

「それで? ミス優等生はあたくしに何をお望みざんすか?」

「簡単なの、ちゃんとした約束をした上で、ちゃんとした記事を書いてくれればいいの」

 

 エストが羊皮紙をずいっとリータの方へ突き出した。何の変哲もないただの羊皮紙のようだった。

 

「あれ以上なんの約束をしろと? あたくしは何もあんた達についてあの後書いていないざんす」

「どうせ劇が迫ったらまた書くの、誰がスキータさんに書かせてるかしらないけど、今度はエストたち個人のことじゃなくて、家族のこととか、あとはケトルバーン先生とかドージ先生の事を掘り起こして書くに決まってるの」

 

 リータの顔色はさらに悪くなった。リータはチェリーの入った蜂蜜酒を一気に飲み干した。マダム・ロスメルタがバタービールを持ってきたので、オスカーはみんなにそれを配った。

 

「だからここにサインしてくれればいいの、そしたら少なくとも劇のことやエストたちのことで悪いことを書かないって安心できるの」

「その紙にサインしろってことざんすか? いったいその紙には何の効果があるざんす?」

「スキータさんがそういうことをするとエストにすぐわかるようになってるの」

 

 エストがニコニコしながら紙をさらにリータの方へ突き出した。オスカーはやっぱりエストを敵に回したくないと思った。

 

「嫌と言ったら?」

「アズカバン送りなの、動物もどきの囚人は初めてだろうからきっと特別な牢屋が作られるの。杖を使わないで変身できる動物もどきならもしかしたら逃げれるかもしれないの、だからいい先例になると思うの」

 

 フレッド・ジョージがエストをあんまりからかわない理由がオスカーには良く分かった気がした。トンクスの赤い髪色がどんどん薄くなっていた。

 

「どうやら選択の余地はなさそうざんすね……」

 

 リータが少し震えながら羽ペンを取り出して、羊皮紙にサインした。リータはサインした羊皮紙をオスカー達のほうへ滑らせた。

 

「綴りが違うでしょう」

 

 クラーナがサインを見てリータの方へ杖を上げた。どうもリータは最後の抵抗をしたようだった。エストとチャーリー以外の三人が杖を向けていた。

 

「えーっと、スキータさん? この三人は平気で階段を爆破するってことで管理人のフィルチから目をつけられてるから、あんまり逆らわないほうがいいと僕は思いますけど」

「そうよ、今言ったチャーリーなんて、コガネムシのあんたをオスのコガネムシの群れに突っ込もうとしてたわよ」

 

 リータはそれを聞いてチャーリーをまるで人でなしを見るような目で見た。オスカーもやっぱりその発想は考えるのも嫌だと思った。

 リータはもう一度羊皮紙を手に取ってサインした。エストが日刊預言者新聞の切り抜きを取り出して、サインを見比べた。

 

「これで安心なの」

「エスト、もしこいつがそれでもやったらどうやってわかるんだ?」

「簡単なの、顔がパーになるの」

「は?」

 

 オスカーはエストが言ったことが良くわからなかった。どういう意味なのか分からなかったのだ。オスカーは他のみんなを見回したが、誰も理解できていなかったようだった。

 

「エ、エスト、パーってなんなんだ?」

「だからパーになるの」

 

 エストは笑顔だったがオスカーも含めて誰も笑っていなかった。

 

「パーとは…… 何ざんすか?」

「だからパーになるの、色々取れるの」

 

 リータがサインをした羊皮紙を杖で丸めてポケットにしまいながらエストはそう言った。オスカーは何が取れるのかチャーリーの発想と同じくらい想像したくなかった。

 

「エスト、こいつがそんなになっても聖マンゴにいけば直っちゃうんじゃないの?」

 

 トンクスは絶対に直ってほしくないという声色だった。

 

「大丈夫なの、ドージ先生にどんな魔法なら治しにくいか聞いたの、二十回位違う呪いを込めたから二十の二十通りの組み合わせを解かないと解けないの」

「何ですかそれ、解く前に一生が終わりますよ」

「間違えたらドン! っていくのもかけたの、だからスキータさんが聖マンゴに入院したら多分すぐわかるの」

 

 リータの顔色はどんどん悪くなっているようだった。反対にトンクスの髪色はどんどんショッキングピンクに近づいていた。

 

「ドン! ってなんなんだいエスト?」

 

 チャーリーの顔はひきつっていた。オスカーは自分の顔もああなっているんだろうと思った。

 

「ドン! はドン! なの、バン! じゃなくてドン! なの」

「なんですかそれ、レダクトとボンバーダみたいなもんですか?」

「違うのレダクトとコンフリンゴなの」

 

 つまり粉々に砕くか、滅茶苦茶に爆破するかの違いらしかった。オスカーは聖マンゴの癒者のことが心配だった。

 リータはもはや目で見てわかるくらい震えていた。オスカーは絶対にエストが差し出す書類にサインをしないことを心に決めた。

 

「期限は…… いつまでざんすか……」

「そんなものはないの」

 

 震える声で言ったリータにエストが満面の笑みで言った。オスカーは以前クラーナと一緒に飛ばされたノクターン横丁の怪しい店で、あの羊皮紙が売られていても違和感がないのではないかと思った。

 

「エストが死んじゃっても解けないの、今見てた人たち全員が証人なの」

 

 オスカーはリータが死ぬのが一番手っ取り早い呪いを解く方法なのではないかと思った。

 トンクスはドン引きしているのかいつの間にか髪色が青色になっていた。

 

「それと後は劇の宣伝の記事を書いて欲しいの」

「これ以上、まだ要求するざんすか……」

「お願いなの」

 

 オスカーはエストに弱みを見せてはいけないのではないかと思った。それにエストがスリザリンだということの意味が良くわかりつつあった。

 

「スキータさんは週間魔女にも投稿してるの、スキータさんに書かせてるのは誰か聞かないけど、それは日刊預言者新聞に書けって言われてるだけじゃないの?」

 

 リータは無言だったが、答えないということは恐らく肯定を示しているとオスカーは思った。

 

「だから週間魔女でいいから劇のことを書いて欲しいの、別に劇が終わったあとでもいいから、ちゃんとやりましたって書いて欲しいの」

「ギャラは貰えるざんすか?」

「バタービールはただなの」

 

 そもそもそのバタービールはマダム・ロスメルタのおごりだったので、エストのふところは全く痛んでいないはずだった。

 

「何か意味があるんですか? 劇が終わった後に記事を載せて」

「よっぽどのことをしないと劇を反対している偉い人はしっぽをださないの、多分その人…… 一人かどうか分からないけどエストたちじゃどうにもならないだろうし、だからこそ劇が終わった後もちゃんと終わりましたってしないとダメだと思うの」

 

 オスカーはエストに質問したクラーナと目線を合わした。オスカーもクラーナも裏で糸を引いている人物が誰なのか見当はついていた。オスカーは一瞬トンクスの方を向いたが、彼女は何か考えているようだった。

 

「だからお願いしてるの。スキータさん」

「わかったざんす。少なくとも劇が終わった後の週間魔女なら問題ないはずざんす。どうせあんたたちの劇のことばっかり日刊預言者新聞に載せるわけにはいかないざんす。世間はあんたたちより魔法省や有名人の失態の方が好きざんす」

 

 そう言うとリータは立ち上がって、逃げるように三本の箒から出て行った。オスカーはリータが全くエストの方を見ようとしなかったのが少し面白かった。

 

「私、エストが出す書類にはこれから絶対サインしないわ」

 

 オスカーはトンクスと同じことを考えていたので、ちょっとショックだった。エストはそれを聞いてポケットからリータのサインがある羊皮紙を取り出した。

 

「これのこと? ただの羊皮紙なのに?」

「見た目はでしょ? 忍びの地図といい、これからは何にも書いてない羊皮紙の方が怪しいと思っちゃうわ」

「僕もそうだね、パパが脳みそがどこにあるか分からないものは信用するなって言ってたけど、今はそれより何も書いてない方が怪しい気がするよ」

 

 エストはニヤッと笑って取り出した羊皮紙に杖を振った。すると羊皮紙は燃えだして、小さな灰になりテーブルの上に降り積もった。オスカー達はあっと声を出した。

 

「ちょっとエスト! どうするのよ、あのクソ女を縛るものがなくなっちゃうじゃない!」

「そんなもの初めからないの」

 

 エストが笑いながら言った。オスカー達は少しの間その意味を考えていた。最初にクラーナが分かったという顔をした。

 

「最初から…… はったりだったってことですか?」

「つまり、スキータが何か書いてもパーになったり、ドン! っていかないのか?」

「そうなの、パーもドン! もないの」

 

 リータもオスカー達も最初からエストに謀られていたらしかった。オスカー達はちょっと現実を受け入れるのに時間が必要だったが、トンクスがショッキングピンクの髪色で腹を抱えて笑い始めた。

 

「つまり、ぷぷっ、あのクソ女はただの羊皮紙に名前を書いてビビってたの?」

「そう、スキータさんにとってあれはすっごく怖い紙だったの」

「それ凄く皮肉がきいてるわ」

 

 オスカーもトンクスの言う通り皮肉がきいていると思った。何せいつも嘘八百の記事を書いて、他人を怖がらせたり、傷つけたりしている人物がなんの変哲もないただの紙を怖がっていたのだ。

 

「そうですね、確かに皮肉がきいてますね、私たちが気にしなければあの女の記事も意味がなかったはずだったんですから」

「なるほど、あの人に対しては一番きくのかもね、ある意味一番そういうものの怖さを分かってるわけだし」

 

 クラーナとチャーリーは思案している顔だった。みんなの反応を見て、エストは近くにあった劇のポスターを持ってきた。

 

「だからね、どう思ってるのかが重要だと思うの」

「どう思ってるのか? スキータがビビってるってことがか?」

「それもそうなの、あのね、エストは今日の事、劇の最後のシーンの練習をしてて思いついたの」

 

 エストは笑いながらポスターに描かれている幸運の泉を指した。オスカーは少し考えた。幸運の泉の最後のシーン…… どう思っているのかが重要…… オスカーはハッとなってエストの方を見た。

 

「幸運の泉もほんとはそんな力なんてないの、でもね、みんながそう思ってるから意味があるの、多分羊皮紙も新聞もいっしょなの」

 

 確かにその通りだとオスカーは思った。まね妖怪が形をとるのもオスカーが思っているから形をとるし、守護霊の呪文もオスカーが思っているからきっとあの形をとったのだ。つまりそう思ってないと意味がないのだ。たとえ違う意味だったとしても、その人がそう思えばそういう意味を持つのだ。オスカーは色んな思考が自分の頭の中で回っている気がした。

 

 オスカーはそれらのことがとても重要なことの様に思えた。そして、オスカーの胸の中で突っかかっている最後の問題を解決するにはどうしたらいいのか少し分かった気がした。

 エストがやったようにそう思わせないといけないのだ。エストを取り戻した時の様にそう思わせないといけないのだ。オスカーはそう思った。

 

 オスカーは絶対に最後まで劇をやり遂げるつもりだった。そしてオスカーは確信していた。このまま劇が普通に終わるはずがないはずだと。

 豊かな幸運の泉はみんな幸せになる話のはずだった。だからオスカーはこの話を初めて聞かして貰った時に好きになったのだ。

 

「だから、豊かな幸運の泉が終わればみんな幸せになるのかなって思うの、ダンブルドア先生、ドージ先生、ケトルバーン先生、ハグリッド…… 手伝ってくれた大人の人も多いし、最後までやれたらいいなって思うの」

「まあそうね、おじいちゃんたちの方が楽しみにしてるわね」

 

 オスカーはきっと知っていた。誰がこの劇を一番楽しみにしていたのかと言うことを。

 

「じゃあ乾杯ね、まあ私とチャーリーは出ないし、レアもいないけど乾杯よ」

 

 トンクスがショッキングピンクの髪を揺らしながらグラスをあげた。他のみんなもオスカーもグラスをあげた。

 

「「乾杯!!」」

 

 オスカーはいつか考えた時の様に、もう一度、自分の周りにある全てを、人を記憶を魔法を道具を全てを考え直し始めていた。

 

 


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