舞台の下手にある楽屋にオスカーは急いでいた。時間通りに戻らないと色々と問題があったからだった。地図を表示したままだった忍びの地図を白紙に戻してオスカーは楽屋に走る。
ステージの上にはダンブルドア先生がいて、何かを観客に向かって喋っているのがステージの後ろから見えた。すでに劇は終わっているようだった。
楽屋裏の暗幕まで来て、オスカーは様子がおかしいことに気付いた。
「おおおお、オスカー……」
「お、オスカー先輩……」
「やっぱりオスカーはビルよりやる時はやるんだね」
暗幕の間からオスカーは楽屋の中の様子をうかがったが、明らかに様子がおかしかった。
チャーリーは面白そうに笑っていたが、レアの顔は赤かったし、クラーナにいたってはゆでだこのような状態だった。そんな状況なのにエストが何も喋らないのもおかしいとオスカーは思った。
オスカーは暗幕の裏で待っていて、ここで誰にも見られずに入れ替わる予定だったが、四人の状況からして大問題が発生しているのは明白だった。
明らかにオスカーが考えていたことの外側を行くようなことが起こったと見て取れたのだった。
「ちょっと鎧を脱いでくる」
「オスカー、待つの」
これはばれたとオスカーは思った。オスカーの経験からして、エストの声のトーンが何かを問い詰める時のモノだと分かったからだ。
オスカーは暗幕をくぐって楽屋の中に入った。五人は入ってきたオスカーの姿を見て、一瞬固まった。オスカーはエストまで目を丸くしたので少し予想と違う反応だと思った。
「え? オスカー先輩が二人……? え? ああ!! ああ!!」
「は? ど、どういう……」
レアは完全に気付いた様子で、クラーナは何か色々一杯一杯のようだった。
「出てくるのが早すぎよ」
「何をやらかしたんだ」
「そういうことだったの……」
鎧を着たオスカーはオスカーにニヤッと笑ったが、エストは何か安心した様子だった。鎧を着た方のオスカーが兜を脱いで、顔を少ししかめるといつものショッキングピンクの髪の毛が見えた。
「何があったかはクラーナに聞いた方がいいんじゃないかしら?」
トンクスはオスカーが見たことがないくらいニヤニヤして笑った。オスカーがクラーナの方を見るとこれもまた見たことがないほど赤い顔で目をまん丸にしていた。
「ごめん…… 我慢できないかも……」
チャーリーは何か笑いをこらえているようだった。オスカーはらちが明かないので、クラーナに何があったか聞くために距離をつめた。
オスカーが近づくとクラーナはまるで怖がっているかのように後ろに飛びのいた。
「わ、わっわっわ、ちょっと、そ、それ以上近づかないでください」
「クラーナ?」
クラーナが顔を真っ赤にして、オスカーの方に手を出してこっちに来るなとジェスチャーしたので、オスカーはかなりショックだった。
「オスカー今の見た? いけるわ、このまま本物が上書きすれば一発よ」
「何言ってるんだ? クラーナ、何があったんだ?」
オスカーはクラーナに聞いたが、クラーナは心ここにあらずという感じで、自分の唇に手をやり、その後にオスカーの方を見てさらに顔が真っ赤になった。
「いけるわ、本物がキスすれば世界一強力な守護霊が創れるわよ」
オスカーはやっとトンクスが何をしでかしたのか分かった。オスカーはこれ以上クラーナが赤くならないと思っていたが、さっきよりもさらに赤くなっていて、こんなに人が赤くなれるのかと思った。
クラーナがどうしようもなさそうだったので、エストとレアの方へオスカーは視線を移した。エストはまだ何かに安心しているようだったが、レアは明らかに怒っていた。
「なんでオスカー先輩が出なかったんですか? みんなでやれるって楽しみにしてたのに……」
「そ、そうなの、なんで入れ替わってたの?」
「え…… ちょっとオスカー、説明しなさいよ」
「トンクス先輩にも聞いてるんです!!」
レアがなぜかテーブルの上に置いてあったバタービールの瓶を持ったのでオスカーは嫌な予感がした。なぜいつもレアが感情をあらわにしている時に限ってバタービールの瓶があるのかは分からなかったが、さっきのピーブズのフルスイングから、レアのリータに対するフルスイングを思いだしたのだ。
「ええ…… オスカーなんとかしなさいよ」
「どういうことですか? 理由も聞かないで引き受けたんですか?」
「そうなの、おかしいの」
相当にレアは怒っているようだった。しかし、オスカーはここではみんなに説明できる気がしなかった。一人一人になら説明できる気がしたが、全員一度に説明するのは難しいと思っていたのだ。
「オスカー先輩も答えられないんですか? ちょっと今回はボクも頭に来ました」
「そうなの、頭にきたの」
エストはレアに追従しているだけな気がオスカーはしたが、レアにこの場で納得のいく回答をオスカーはできる気がしなかった。
「決闘です。決闘で勝ったら何があったのか言って貰います」
「そう、決闘なの、決闘……?」
レアは本気のようだった。なぜか杖ではなくバタービールの瓶をオスカーとトンクスに向けていたが、その眼は本気だった。オスカーとトンクスはホッグズ・ヘッドでのリータの姿を思いだして体を震わせた。
そして、ドージ先生が劇をやる前に言っていたことを思いだした。確か劇が禁止になった理由は三人の魔女がラックレス卿を巡って決闘をしたことだったはずと言っていた。レアのバタービールの瓶にならって杖を向けているエストを見てから、まだ後ろで赤くなっているクラーナをオスカーは見た。
クラーナが赤くなっている理由が怒りへと変わるのは、いつものクラーナとトンクスの事を考えると時間の問題だと思えた。オスカーはルシウス・マルフォイと決闘をするより、三人の魔女と戦う方がはるかに難しいと考えた。
それにまだステージの上ではダンブルドア先生が喋っているのが聞こえていて、観客もまだいるようだった。ここで大騒動を引き起こすわけにはいかなかった。せっかく劇を平穏無事に終わらせたのに、リータやマルフォイのつけ入る隙を与えるわけにはいかなかったのだ。チャーリーは腹を抱えて爆笑していて使い物になりそうになかった。
「トンクス」
「何よ」
「逃げるぞ」
「は? ちょっと!? オスカー!」
オスカーは盾の呪文を使ってみんなの体勢を崩し、その間にトンクスの手を引いて逃げだした。少なくともこの場さえ凌げればどうにかなると思ったのだ。
「なんで逃げるんですか!! 戻って来てください!!」
「せこいの!!」
二人の声を後ろにしながらとにかく城へと逃げだした。忍びの地図はオスカーが持っていたので、城の中に入れば見つけるのはほとんど不可能なはずだった。
「オスカー、いったいどこまで逃げるのよ」
「劇が終わるまで、あの二人から見つからない場所までだろ」
とにかく劇が完全に終わって、観客がいなくなるまでは騒動を起こすわけにいかなかった。すでに十分騒動になっている気がオスカーはしたが、それについては考えるのをやめた。
「絶対見つからない場所にいけばいいのよね?」
「そうだけど……」
鎧をガシャガシャと鳴らしながらトンクスが笑う。オスカーはよくここまでトンクスがこけずに走ってこれたと思った。
「千年の禁忌を破る時が来たようね」
「はあ?」
「ちょっとこれかぶってなさいよ」
トンクスはオスカーの頭に兜をかぶせると迷いなく城を進み始めた。
ハッフルパフ寮の入り口は厨房へつながる廊下にあった。山積みになったたるをトンクスがどこかで聞いたことのあるリズムで叩くと入り口が開いたのだ。
「これ間違えるとあっついお酢が降ってくるのよ、私はもう十回くらいくらってるわ」
たるが開いた入り口はトンネルの様になっていて、少し進むとまるでアナグマの巣のような、暖かで居心地の良い円形の部屋が現れた。ハチを思わせる黄色と黒の内装に加えて、オスカーが薬草学でしか見たことのない植物がそこら中にあった。
「今は劇を見に行ってるから誰もいないけど、流石に連れ込んだのを見られるのは不味いわよね、オスカーこっちよ」
トンクスに連れられて、オスカーは談話室の壁にあった丸いドアの方へ進んだ。談話室を歩くと上から垂れているつたやシダがオスカーの肩を優しく撫でた。それに壁にかかっているヘルガ・ハッフルパフらしき肖像画が、金色のカップをかかげてオスカーとトンクスに微笑みかけていた。
丸いドアの向こう側はまたアナグマの巣穴の様にトンネルになっていて、いくつかの部屋があるようだった。トンクスはその部屋の一つにオスカーを案内した。
部屋の中は寝室だった。スリザリンの緑色の光で満たされ、湖の音が聞こえる寝室と違って、銅のランプが暖かい光で満たしていて、静かな部屋だった。
「ここ女子寮じゃないのか?」
「そうよ? オスカーも兜を脱いだら?」
トンクスは鎧を脱ぎながらそう言ったがオスカーは色々疑問だった。
「スリザリンの寮は男子は女子寮に入れないって聞いたんだけどな」
「それは根暗なスリザリンだからでしょ? ハッフルパフは善良だからそんな間違いは起こらないのよ」
オスカーはグリフィンドール寮にもスリザリンと同じ機能がありそうな気がしたが、突っ込んでも何も出てきそうにないので他の事を聞くことにした。
「ルームメイトがいるんじゃないのか?」
「大丈夫よ、みんな劇を見に行ってるし、多分連れ込んだことがばれても黙っててくれるわ、流石に監督生とかただの顔見知りくらいの人にばれたらヤバイけどね」
オスカーは反論できそうになかった。少なくともレアやエストがこの場所を見つけることは不可能だと思えたし、これ以上に見つかりにくい場所があるとは思えなかったからだ。
「それで? なんで逃げたのよ? 説得すれば良かったんじゃないの?」
「あそこで決闘されたらまた問題だって言われるだろ」
トンクスがベットに座ってニヤニヤしながらオスカーの方を見る。オスカーは勢いでトンクスと出てきてしまったが、一番トンクスに理由を話すのが難しいと考えていた。
「じゃあそれはそれでいいわよ、なんで入れ替わる必要があったの? そのエストのプレゼントを使えば良かったんじゃないの?」
「なんでトンクスがこいつの効果を知ってるんだ?」
「なんでって、私も使うかどうかスプラウト先生と話してたからよ、まあエストでもあんなに疲れてたんだから私じゃ無理だったと思うけどね、で? なんで使わなかったの?」
ローブの中の逆転時計をオスカーは常に意識していたが、それを自分が使うわけにはいかないと思っていた。
「エストは自分が使わないために俺に渡したんだ。俺が使うわけにはいかない」
「ひゅー、相変わらずエストのことになると熱いのね」
トンクスの髪の毛のショッキングピンクがさらに鮮やかになったようだった。
「そうね、なら誰と会いに行ってたの? 劇より大切な用事なくらいだから大物なんでしょうね」
トンクスは相変わらず上機嫌だったが、オスカーはトンクスの言い方からすでに誰に会いに行ったのかばれていると考えた。
「なんで分かったんだ?」
「あれ? 失われた髪飾りを見つけて、千年も破れなかった防御を通り抜けたオスカーにも分からないことがあるのね」
トンクスはローブから焼け焦げた台本を取り出した。その台本は以前の劇で使われた台本でトンクスはそれを自分用の台本として使っているとオスカーは知っていた。トンクスは台本の中の一ページをオスカーに見せた。そのページだけ焼け焦げた跡がない。
「オスカー、あれは特に危険なのよ? フィルチですら分かってたのよ?」
「そういうことか…… 写しか」
オスカーはすっかり忘れていたが忍びの地図を使うと写しに地図も写ってしまうのだ。つまり、オスカーがマルフォイの位置を確認しようとして地図を使ってから、さっき消すまでずっと地図は台本に現れていたのだ。オスカーは自分が誰と会ったのかトンクスは理解していると考えた。少し力が抜けたとオスカーは感じた。
「それで? 私の叔父さんに会いに行ってたのはなんでなのよ、それも誰にもそれを言うつもりがなかったみたいじゃないの」
オスカーは誰にも話さなかったわけではなく、血みどろ男爵とピーブズには話したと思っていたが、それよりもどうトンクスに自分が考えていたことを伝えたらいいのか分からなかった。
「トンクスだって見ただろ? マルフォイさんがWADAで豊かな幸運の泉が始まったら怒って帰ったとこ」
「そうね見たわ、でもそれがどうしたのよ、叔父さんが劇に反対してる理事だからってオスカーが一人で会いに行く理由にはならないんじゃないの?」
さらに力が体から抜けたようだとオスカーは思った。つまり、最初からトンクスは劇に反対している理事が誰なのかは分かっていたのだ。オスカーは結局自分がやっていたことは余り意味のあることではなく、周りの人を理解できているつもりで理解できていなかったと思った。
「マルフォイさんは俺が会った人の中でも多分一番用心深いと思う。トンクスの前で言うのもあれだけど、俺の父親と違ってアズカバン送りにならなかったのはそういうことだと思ってる」
「確かにそうかもね」
トンクスの髪色が少しだけ鈍ったような気がオスカーはした。
「でも俺はそれしか手がないんなら直接何かしてくるって思ってた。日刊預言者新聞に書かせて止めれないんなら、直接劇を止めに来るんじゃないかって思ってた」
「じゃあオスカーはそれを止めに行ってたってことなの?」
今度は気のせいではなく、確実に髪の色が青色をおびてきたのをオスカーは見た。
「ああ、なんて言うか最後の手段になったらマルフォイさん自身が出てくるって思ったから、マルフォイさんを油断させて、現場を見つけないといけないと思ったんだ」
「その現場を見つけたのね」
オスカーは知っていた。父親もヴォルデモート卿もこちら側に属する人間が最終的に自分自身で事を運びたがることを。
「そうなる。だからその現場に俺一人で行ってマルフォイさんを油断させる必要があった。それに俺をどうにかしないとどうにもならないって思わせないといけないって思ってた」
「どういうことよ、どうにかしないといけないって」
トンクスの髪色がまた青に近づいた。オスカーは全部話すのが嫌だった。
「俺がいるからって妨害を諦められたらダメだって思ってた。だってそうしたら捕まえられないだろ? だからこいつを使った」
オスカーは胸元から逆転時計を取り出した。砂がゆっくりとガラスの中を落ちていった。
「俺が未来から来たって思わせれば俺をどうにかしないといけなくなるだろ? 俺はマルフォイさんがどうやって妨害するか分からないけど、マルフォイさんが俺がそれを知ってるって思えば、俺をどうにかするしかなくなる」
「じゃあそのローブに穴が開いてるのも、顔が切れてるのも叔父さんと決闘してきたってからってことなの? オスカーをどうにかしないといけないって叔父さんに思わせて、決闘してきたってことなの?」
青い髪がゆれていた。今や完全に髪色は青色になって段々その色も黒に近付いているようだった。
「ああ。マルフォイさんの杖を取り上げて、吸魂鬼が出てきたキャビネット棚を燃やしてきた」
「きゅ、吸魂鬼!?」
「どうやったのかは分からないけど、キャビネット棚から吸魂鬼が出てきた。マルフォイさんがあそこにこだわったってことは、キャビネット棚がないと呼び出せないんじゃないかって思ったから、真っ二つにして燃やしてきた」
「何よそれ…… ワルなんてもんじゃないわね、オスカー」
トンクスは茫然としていたが突然目に力が戻った。
「オスカーが一人で行ったのは叔父さんの現場を捕まえたかったってことは分かったわ、でもなんでそんなことしたのよ、だって、ダンブルドア先生に話すとか、私とかクラーナとかでもいいけど、誰かに話したり、一緒に行けばそんな怪我することもなかったんじゃないの? 最初はオスカー一人でも誰かが後ろに隠れていれば良かったじゃないの」
オスカーは余り言いたくなかった。オスカーはなぜ自分が一人でやりたかったのか分かっていた。マルフォイに言ってやりたかったことがあったのに加えて、もう一つの理由もトンクスに言いにくかったからだった。
「劇はやり切らないとダメだったし……」
「じゃあダンブルドア先生とかマクゴナガル先生とか誰でもいいじゃないの、あの二人なら叔父さんが気付かないようなやり方も分かったんじゃないの?」
「それは…… だから…… トンクスに知られずに解決したかったんだ」
「へ?」
オスカーがそう言うとトンクスは眉を上げて、口をポカンと開けた。
「ダンブルドア先生や他の先生に言ってマルフォイさんを捕まえたら嫌でもみんなに伝わるだろ、そうしたらトンクスにだってわかるだろ、あのクソみたいな記事を書かせたのが誰かって」
「は? 何なの、オスカー、あなたそんな理由で元死喰い人かもしれない人と吸魂鬼をぶっ飛ばしてきたの? 一人で?」
トンクスはさっき吸魂鬼と聞いた時よりも信じられないという顔だった。
「そうだよ、トンクスが元から知ってたんなら意味なかったけどな」
オスカーがそう言うと、トンクスの髪色が見たことがないほど色んな色に凄いスピードで変わって、最終的にショッキングピンクに戻った。
「プッ…… なによそれ…… オスカー、あなたラックレス卿とは別の意味でアレなんじゃないの」
トンクスは大声で笑っていた。オスカーはさっきの自分の発言にそんなに笑うことがあったのだろうかと思った。
「それに結局レア達を怒らせたし…… 俺一人で勝手に色々やったせいで、劇みたいにみんなが幸福にはならなかったな」
「そんなことないわよ」
オスカーの眼を真っ直ぐにとらえてトンクスが言った。
「謝ればいいんじゃないの? どうせクラーナとエストは別のことで怒ってるだけだし、レアだってちゃんと言えば分かってくれるわよ。大体、オスカーが私に言ったんでしょ、傷つけたんなら謝ればいいって」
今学期に入ってずっとトンクスに対して思っていることをオスカーは思いだした。
「それに私は意味ないなんて思ってないわよ、今の話を聞いて凄く嬉しいと思ったわよ?」
オスカーは素直にそれを聞いて嬉しかった。
トンクスはみんなに対してバカなことはやるがそれでも正直だった。オスカーはトンクスのみんなに対する誠実さがハッフルパフに相応しいと思っていた。
クラーナへの仕打ちはどうかと思ったが、トンクスとクラーナの前回のやり取りを考えるとトントンかもしれないとオスカーは思い直した。
トンクスの髪色はショッキングピンクと赤色が今や混ざり合っていた。
「トンクスはクラーナよりわかりやすいよな」
「はあ? なによそれ、どういう意味よ」
オスカーが突然言い出したことにトンクスはついていけない様だった。オスカーはクラーナの表情が一番分かりやすいと思っていたが、トンクスの髪色はそれ以上に分かりやすかった。
「髪の毛の色で何考えてるか大体わかると思ってるんだけど、気付いてるのか?」
「へ?」
するとトンクスは自分の髪色を見て、ショッキングピンクだということを確認しているようだった。
「それはちっちゃいころだけで、今はそんなに変わらないはずよ!!」
今度は意識しているのかトンクスの髪色はショッキングピンクのままだった。オスカーの経験上、焦ったり怒ったりするとトンクスの髪色は赤まじりになるはずだった。
「オスカーのくせになんでニヤニヤ笑ってるのよ!! いいわ、もし今私の髪色を変えられるんなら、ニンファドーラって呼んでもいいわよ」
「はあ? なんだそれトンクスの方がいいんじゃないのか?」
「うっさいわよ、どうせ変えれる自信がないんでしょ? ママにからかわれて練習したんだからそんなに勝手に変わらないはずよ」
オスカーは少し考えた。トンクスの名前を呼ぶことに興味はなかったが、髪色を変えるにはトンクスを驚かせるにはどうしたらいいのかを考えていた。それに正直、変身されて好き勝手やられたことに対して少し、仕返しをしたかった。
「なんでもやっていいのか?」
「魔法で色変えましたとかはダメよ」
トンクスが感情を表わしている場面をオスカーは考えた。オスカーはトンクスは髪色よりも表情の方が変化しにくいと思っていた。トンクスが激しく表情を変化させていたのは…… クラーナとトンクスと自分が何かをやってるときがオスカーの脳裏に浮かんだ。クラーナと喧嘩していた時ともう一つ何かあったはずだった。オスカーは思いだした。あの時のトンクスの反応が珍しいとオスカーは思っていたのだった。
「ほんとに魔法以外ならなんでもやっていいのか?」
「しつこいわね、いいわよ、キスでもなんでも来なさいよ、今ならクラーナと間接キスができるわよ」
オスカーは正直に向き合うのが一番効果があるのではないかと思っていた。トンクスが照れていた状況を思いだして、それを再現するのが一番いいと思った。
オスカーはトンクスに近付いて肩を両手で持った。トンクスはオスカーの方を睨めつけるだけで全く髪色も表情も変化させなかった。
「トンクス、俺はトンクスのこと凄いと思ってる」
「なによそれ? 褒めたって髪色は変わらないわよ?」
トンクスの言う通り、髪色はショッキングピンクから全く変わらなかった。
「だって誰かに対して逃げないからだ。元気がなくなってたレアにだって、エストやクラーナのことにだって、ずっと心配そうにしてたし、色々やろうとしてただろ」
「は? はあ? な、なんなのよ」
顔の方は少し焦っているようだったが、髪色は変わらなかった。
「エストと仲直りできたのだって、トンクスのおかげだし、クラーナとまね妖怪を倒せたのもトンクスのおかげだって思ってる」
「それは勝手にオスカーがコマしただけじゃないの」
「トンクスに言われなかったらどうにもならなかったと思ってるし、あの時、トンクスがそう思ってるって言ったのを聞いて、俺はさっきトンクスが言ったみたいに嬉しかった」
「だ、だからなんなのよ」
トンクスは相変わらずベッドの上に座っていたが、目線をオスカーから離し始めた。
「だから、劇を最後までやりたかったし、横やりが入るのが許せなかった」
「オスカーが怒ることじゃないでしょ」
「だって、トンクスはずっと考えてたんだろ? 劇を見た時も楽しそうだったし、ドージ先生を連れてきた時も楽しそうだったろ?」
「私が楽しいのとオスカーが怒るのは関係ないでしょ」
ショッキングピンクの髪が先の方から少し濃くなっているような気がした。
「だから自分のしたことだから、あんなに辛そうな顔してたんじゃないのか? エストが落ちた時も、クラーナの様子がおかしくなった時も俺には辛そうに見えた」
「オスカー、一体何……」
「だから嫌だった。双子と一緒にマルフォイさんの話した時にトンクスは変な顔をしてた。フレッド・ジョージだって気付いてた」
「そりゃ微妙な顔くらいするわよ、姉妹で会わなくなるなんておかしいもの」
トンクスはもう完全にオスカーから目線を離していた。
「俺はそれが凄いって言ってるんだ。だってトンクスはいっつもみんなのこと考えてるだろ? レアだってリータを殴ってるときにそう言ってただろ?」
ついに言い返すことをトンクスはやめたようだった。
「なのにそれが通じないなんておかしいだろ? なんでよりによって劇を反対してるのが叔父さんなんだ? いくらトンクスがドジだってそんなのおかしいだろ? 俺はそう思ってた。だからトンクスが知る前に解決したかったし、マルフォイさんに言ってやりたかった。だっておかしいだろ? なんでそんな風になるんだ」
髪の色が色んな色に変わりつつあるようだった。
「意気地なしって言ったのはトンクスだろ? 劇は最後みんな幸せになるんだろ? なんで最後までトンクスが傷付かないといけないんだ? 俺はそう思ってた」
「意気地なしって言ったのは私に言ったわけで、オスカーに言ったんじゃ……」
トンクスが消え入るような声でそう言った瞬間、座っていたトンクスの力が抜けたようで、トンクスの肩を掴んでいたオスカーごとベッドに倒れ込んだ。何か甘いお菓子の様な香りがした気がした。
色とりどりに変わるトンクスの髪の毛がオスカーの手の下敷きになっていた。
「トンクス…… ニンファドーラ、俺はニンファドーラのみんなの事考えてるそういうとこが本当に……」
オスカーが続けて言おうとした瞬間にトンクスがオスカーを突き飛ばした。オスカーは向かい側にあるベッドまで飛ばされた。
「ああああああ、あんたね!! 女の子みんなにそんなこと言ってるんじゃないでしょうね!!」
「ニンファドーラだから言ってるんだ」
オスカーがそう言うと、トンクスは髪の毛どころか顔まで真っ赤になった。
「いったいその魔女に対する攻略術をどこで習ってきたのよ!! そのニンファドーラって呼ぶのやめなさいよ!!」
「髪の色を変えるには何してもいいんじゃないのか?」
「うっさいわよ!! そういうのはエストとクラーナにだけしとけばいいのよ!! あんたほんといつか後ろからインペリオされるわよ!!」
そう言ってトンクスは枕やらなにやらをオスカーに投げつけた。オスカーは杖を取り出していなかったのでモロにそれを受けるしかなかった。
誰のモノかも分からないベッドでオスカーはそれをあまんじて受けていたが、トンクスはベッドまで歩いてきて、オスカーのローブの首元を引き寄せて叫んだ。
「いい? ニンファドーラって呼んじゃダメよ!!」
「髪の毛の色は変わって……」
「あんたホグワーツを火の海にしたいの!! 言っとくけど本気でエストとクラーナが喧嘩しても私は止めないわよ!!」
トンクスは大声で叫んでいたが未だに顔も髪も真っ赤だった。すると、ハッフルパフの生徒らしい女の子三人が部屋のドアを開けた。三人はベッドの二人を見て、目を大きく見開いた。トンクスがあんまり大声で叫んでいるせいで二人は三人が近づいて来る足音が聞こえなかったようだった。
「トンクス…… 私は応援してるわ……」
「グリフィンドールの子にキスしてた人をその日のうちに連れ込むなんて……」
「ちゃんとスコージファイかけといてね」
三人のハッフルパフ生はそのまま回れ右をして、消えていった。ご丁寧にコロポータスで鍵までかけていった。
「ど、どうしてくれるのよ!! あいつら噂好きだから一週間で広まるわよ!!」
「さっき黙っててくれるって言ってただろ……」
「あんたがベッドの上に倒れてるのが悪いのよ!!」
「それは俺を吹っ飛ばして枕とか兜とか投げたからだろ」
「何余裕の顔で言い訳してるのよ!! ああもうどうするのよ!!」
トンクスはその後しばらくシーツに顔をうずめて動かなかった。その間ずっと髪の毛の色は真っ赤だった。オスカーはどうしたらいいのかさっぱり分からなかった。
そもそもトンクスがこんなに取り乱しているのはクラーナと喧嘩した時くらいだった。
オスカーが色々考えているとトンクスがシーツから眼だけ出してオスカーの方を見ていた。髪の毛の色はやっぱり真っ赤だった。
「いい、ニンファドーラって言っちゃダメよ? パパみたいにドーラも駄目よ」
「わかった」
「今日のことはエストとクラーナには内緒よ、言ったらクルーシオした後にあんたの首を消失させるわよ」
「わかった」
「どこで何してたかちゃんとした言い訳を考えとくのよ、あの二人は無駄に勘がいいわよ」
「わかった」
エストとクラーナの勘がいいことをオスカーは良く知っていた。しかしいくら二人でもハッフルパフの寮にいたとは想像できないだろうとオスカーは思っていた。
トンクスはまた少し動かなくなった後、突然立ち上がって、姿見の前まで行き、髪の色をテッドと同じ様な色に戻してからオスカーの方へやってきた。
「はあ、もう疲れたわ」
「ああ俺も疲れた」
「あのねえ…… いやもういいわ」
トンクスは言った後にオスカーの心臓のある方の胸を指で突いた。
「で? オスカーはどうだったの?」
「どうって何が?」
「楽しかったの?」
オスカーはトンクスが何が言いたいのか分からなかった。
「あのね、あんたも言ってたでしょ? そう思ってることが大事だって」
トンクスはまたオスカーの胸を突いた。
「劇をやったのは楽しかったかって聞いてるの、オスカー、あんたが楽しいって思ってないと意味ないでしょ? 自分がそう思わないといけないんじゃないの? 人の事考える前にまず自分でしょ?」
オスカーはトンクスがそう言ったのを聞いて、突かれた部分から暖かくなっていくような気がした。
「言っとくけどまたニンファドーラとか言い出したらシレンシオするわ、あんたとクラーナにやられすぎてすっかり私も覚えたのよ」
ちょっと疲れた顔でトンクスはそう言った。髪の毛の先が少しピンク色になっていた。
「で? どうなのよ」
「楽しかったと思う」
「ならいいわ」
感想、お気に入り、評価、誤字報告、ありがとうございます。
感想返しをちょっとさぼっていますが、次話を投稿次第、闇の魔術の防衛術の先生を探しにいくので、それと同時に返信させていただきます。