夏休みはいつもあっという間に過ぎるとオスカーは思っていた。毎年一緒に過ごす人の数が増えていて、その数が増えるほど時間も早く過ぎる気がしたのだ。
しかし、多くなればなるほどキングズ・クロス駅への交通手段が問題だった。オスカーへの監視はもう無いも同然だったので魔法省から車を借りることも出来なかったし、闇祓い局の車も最近コストカットだとかで余り数が無いようだった。
そのためにアーサーとテッドの発案でマグルのレンタカーを借りに行くということになった。アーサー、テッド、キングズリー、オスカー、チャーリーと何故か全員男で借りに行くことになっていた。
「キングズリーはなんでマグルの格好がそんなに上手いんだ?」
オスカーがキングズリーの服装を見てそう言った。街を歩くマグルやテッドと変わらない格好にオスカーには見えた。この五人の中だとアーサー、チャーリー、オスカーの格好がマグルからは少し浮いて見える気がした。
「私は仕事で時々マグルの重鎮を護衛しないといけない。その為に違和感の無い服装も大事なのだ」
「なるほど…… 僕はマグル出身だからマグル学は取らなかったけど、そういう意味ではマグル学も大事なのかもしれないな」
オスカーは闇祓いの仕事と言えば魔法界の中枢に位置する仕事だと思っていたので、マグル学が重要かもしれないというのは意外だった。マグル学を設けているダンブルドア先生や教えているクィレル先生はそういうことを意識して教えているのだろうか?
「おおあれが、れんたかーなるものを貸してくれる場所なのかな?」
アーサーはオスカー達より一足先にレンタカーの貸し出し店まで行っている様だった。
「パパのマグル好きはどうにもならないよね」
オスカーは無理やり話題に魔法生物を入れてきたり、魔法生物やクィディッチの話になると饒舌になるチャーリーが言えることではないと考えていたが、ここはノーコメントにすることにした。
全員が店に入ると店員に大人たち三人が何やらカードの様なモノを出している様だった。オスカーはちょっとそれが気になったので先に帰ってきたテッドに聞いてみた。
「テッドさん、あれは何を出したんですか?」
「ん? ああ…… あれは免許証ってやつだよ、車の運転って魔法使いの姿現しや姿くらましと同じで、結構危ないんだ。それで許可を得た人はその証拠にあのカードを持ってるのさ。魔法使いなら許可されてない魔法使いが使えば分かるけど、マグルだとそうはいかないだろ?」
「そういう意味があったんですね」
オスカーからすると全く新しい概念だった。箒にもし免許証なるものがあれば自分は発行されないだろうとオスカーが考えていると、何故かテッドがオスカーの肩に腕を回して耳元で話かける。チャーリーはやたら時間のかかっているレジの二人の所に向かって行ってしまった。
「ところでオスカー君、結局クラーナちゃんに決めたのかい?」
「クラーナ? 何の話ですか?」
「週間魔女を僕も読んだよ、やるときはやるじゃないかオスカー君」
またオスカーは頭が痛くなってきた。そもそもドロホフ邸に帰った時も何故かペンスが宝物の様に週間魔女のオスカーが載っているページを飾っていたり、フレッド・ジョージが着いた瞬間にそのページを拡大コピーしたものを広間に張り付けたりしていたからだ。この話題をされるのは夏休みで四回目だった。
「あれは俺ではなくてトンクスなんです」
「トンクス? ドーラのことかい?」
「そうです、諸事情で俺が出れなくて代役をして貰ったら、トンクスが最後にあんなことして大騒ぎになりました」
テッドはそれを聞いて少し考える顔になった。
「じゃあオスカー君はまだフリーってわけかい?」
「フリー……? そうだと思います?」
オスカーにはテッドが何が言いたいのか分からなかった。そもそもオスカーは余り年上の男の人と仲良く喋ったことは無かったし、キングズリーとテッドは随分とタイプが違う様に見えた。
「ならなおさら色々考えないとな…… そうだ、マダム・パディフィットのお店にはオスカー君は行ったことはあるのかな? あの店は僕たちの頃からずっとデートスポットなんだ」
「あのやたらピンクで埋め尽くされていて、でっかい女の人が店主のお店ですよね? それなら行ったことがあります」
トンクスに連れられて入った店をオスカーは覚えていた。オスカーとトンクス以外の客は全員いちゃついていたのだ。あの光景は割とオスカーからするとショッキングだった。
「へえやっぱりやるじゃないか、あそこに男一人でいけるとは思えないし君の周りの誰かと一緒だったんじゃないのかい? エストちゃんかクラーナちゃんかな?」
「トンクス…… 娘さん…… ニンファドーラに連れられて入りました」
オスカーは一瞬時間が止まった気がした。オスカーの首に回されていた腕がズルっと落ちてテッドの顔が固まり、しばらくテッドが喋らなかったからだ。
「あの…… テッドさん?」
「よし、みんな待ってるだろうからちょっと帰るのを急ごうか……」
再度オスカーの肩に手を回したテッドに連れられて、オスカーはアーサーが借りたやたらと大きい車に乗って帰ることになった。
家に戻るとすでにみんな荷造りの準備が終わっている様だった。オスカーは車から降りた瞬間、またテッドに連れられてトンクスの所へ連れて行かされた。
「ドーラ、オスカー君と一緒にマダム・パディフィットのお店に行ったっていうのはほんとなのか?」
テッドがそう言った瞬間にトンクスの首がオスカーの方を向いた。オスカーは最近トンクスの首が回るスピードが速くなっていて、もしアニメーガスになったらふくろうに変身するのではないかと思い初めていた。
「オスカーあんたね、大事なこととかは絶対喋らないくせになんでそんな余計なことは喋るのよ」
「じゃあ行ったっていうのはほんとなのか…… オスカー君はちょっと競争率高すぎると思うけどなあ……」
「パパがうるさいからあっち行きましょう」
今度はトンクスが服を引っ張って隣の部屋にオスカーは連れられた。この家の人間は勝手に人をどこかに連れて行く癖でもあるのかとオスカーは疑い始めていた。
「オスカーって入れ替わった時とかは誰にも何も喋らなかったくせに、最近余計なことは喋りすぎじゃないかしら?」
「あの時は誰にも喋らなかったわけじゃなくて…… ペンスと男しゃ……」
「オスカーお坊ちゃま、お呼びでしょうか?」
オスカーがペンスと言う言葉を放った瞬間にバチッと音がしてペンスが現れた。
「いや、ペンス、特に呼んだわけじゃ……」
「ペンス、オスカーって昔からこんな感じなの? なんて言うか、会ったころは全然喋らなかったくせに、最近見境なく余計なことを言ってる気がするわ」
ペンスはトンクスの発言を聞いて、ただでさえ大きな目をさらに見開いた様だった。
「僭越ながらペンスめがトンクス様に申し上げますと、オスカーお坊ちゃまは最近昔の様に良くおしゃべりされる様になりました」
「何よそれ、オスカーが静かだったのはここ最近ってことなの?」
ペンスはオスカーの方をちらりを向いた。オスカーはペンスがトンクスに知られて困ることを言うと思えなかったので頷いておいた。
「ペンスめはオスカーお坊ちゃまがトンクス様方と以前のお坊ちゃまの様にお喋りになられているのを見て、感激の極みであります」
ペンスの言葉を聞き、トンクスは片眉だけを上げて首を捻った。オスカーが聞いてもペンスの言う事はさっき言ったことを繰り返しているだけに聞こえた。
「まあとにかくオスカーお坊ちゃまは大事なことは言うべき時に言うようにしろってことよ、あと余計なことは口をチャックしてなさいよ」
「最近してると思うんだけどな、トンクスはいつもそんな事を言ってくるだろ?」
オスカーはトンクスの言っていることがちゃんと理解出来ていなかった。マダム・パディフィットの店でも、ハッフルパフの寮でもトンクスは誰かに伝えてみろと言ってくれている気がしていたのだ。それなのに最近、トンクスはオスカーの口をチャックしろと会うたびに言っている気がしたのだ。
「全然できてないわよ、いつできてたのか言ってみなさいよ」
「うーんと…… トンクスとハッフルパフ寮でニンファドーラ云々の賭けをしてた時とか?」
「あんたいい加減にしなさいよ、あれのどこが大事なことだってのよ」
「嬉しかったとかそう言うことを言うのが大事なんじゃないのか?」
そう言っているオスカーの方をこれはダメだとばかりに、片手で髪をかき乱しながらトンクスが呆れた眼で見た。
「ペンス、オスカーって昔からこんなことばっかり言ってるの?」
「オスカーお坊ちゃまは昔から変わらずお優しいお方です」
「昔からこれって…… 最近静かだからどうにかなってたってことね…… ほんとにいつかとんでもないことになるわよ……」
最近トンクスが言うようになったとんでもないことと言うのが果たして何を指しているのかオスカーはやっぱり良くわからなかった。
トンクスとのお喋りが終わって、その後のキングズ・クロス駅までの道中、テッドがオスカーに絡んできたがオスカーには参考にならない話ばかりだった。
だいたいテッドの学生時代の知り合いのハッフルパフの男子学生がスリザリンの女子学生にひどい目に遭わされるという内容で、要約すると誰か付き合う人は一人に決めないとひどい目に遭うということらしかった。
オスカーはテッドの話よりもトンクス先生のテッドを見る目線の方が段々怖くなっているのが気になっていた。
「いいかい、オスカー君、心配ないと思うけど、ここぞって時に心の内を見せると効果があるんだ。そうすれば凄い武器になるんだ」
「はあ…… わ、分かりました」
オスカーはテッドが物凄く良いことを言っている気がしていたが、どんどん強くなるトンクス先生の視線が怖かったので、早くテッドとの会話を切り上げたかった。
テッドがトンクス先生に回収されると入れ替わりでキングズリーがやってきた。
「オスカー、ダンブルドア先生と闇の魔術に対する防衛術の先生によろしく言っておいてくれるかな?」
「ダンブルドア先生と闇の魔術に対する防衛術の先生ですか? わかりました」
「ああ、じゃあホグワーツで頑張ってくれ」
オスカーはその後、ウィーズリーおばさんからお手製のサンドイッチを貰って、ホグワーツ特急へと乗り込んだ。オスカーが乗り込んだ瞬間、ホグワーツ特急は汽笛を上げて出発した。コンパートメントからエストが顔を出して手招きしていたので、なんとか満杯のホグワーツ特急で座ることができた。
コンパートメントにいたのはいつもの四人でレアやパーシーはいなかった。ビルは監督生なので専用のコンパートメントのはずだったが、その二人がいないとは少しオスカーからすると意外だった。
「レアとかパーシーはいないんだな」
「レアはレイブンクローの連中の方へ行くって言ってましたね」
「パースは一年生の女の子の所に放り込んできたの」
悪戯っぽく笑うエストを見ながらオスカーはちょっとだけパーシーの幸福を祈った。
「オスカーはテッドさんにやたら捕まってたよね」
「なんでだろうな、同じ男ならチャーリーでもいいのに」
「パパもオスカーもすぐ変なこと言うから気が合ったんでしょ」
オスカーはトンクスに変なことを言うとは言われたくなかった。
「でもトンクスのお母さんは美人ですし、トンクスのお父さんはよく捕まえれましたよね、ハッフルパフのマグルの男とスリザリンのブラック家の女って凄い組み合わせですよ」
「そうね、パパはロミオとジュリエットみたいとか、ママは豊かな幸運の泉みたいって言ってたわ」
「ロミオとジュリエットってなんなの?」
トンクスの口調からすると劇か物語の様だったがオスカーも聞いたことが無かった。トンクスはまたかという顔をして説明し始めた。
「お菓子といい結構通じないこと多いわね、ハッフルパフだと割と通じるんだけどね。ロミオとジュリエットって言う、なんか敵対する家の二人が恋愛する話がマグルの世界では有名なのよ」
「面白そうですね」
「面白そうなの」
「パパは好きそうだね、マグルの話ってだけで」
みんなは興味を示した様だったが、トンクスはあんまり楽しそうな顔では無かった。
「でもあんまりいい終わり方の話じゃないわよ、最後は二人共死んじゃって、それでやっと二つの家が仲直りするって話だもの」
「へえ、なんか家の設定だけは毛だらけ心臓の魔法戦士と逆な感じですね」
「死んじゃってから気づいても意味ないの」
「マグルの話も結構悲劇とかがあるんだね、あっちの話の方が魔法のこと良くわかってないから魔法で全部解決しちゃうと思ってたんだけどなあ……」
この話もトンクス先生が言っていた話と同じなのだろうか? そのマグルの二人も違うから惹かれ合ったのか? みんなが喋る中、オスカーは一人で考えを巡らせていた。
「車内販売ですよ、何かいかがですか?」
「じゃあこの辺とこの辺を適当に下さい」
最後に入ったオスカーが一番ドアから近かったので、車内販売のおばさんに注文した。良く見ずに注文したので、カエルチョコやヌルヌルヌガーと言った、あんまりいつもオスカー達が注文しないお菓子もあった。エストはさっそく百味ビーンズを一気に口に入れていて、なんとも言えない顔をしていた。
「あの車内販売のおばさんって、凄い昔から同じ人がやってるらしいですよ、アラスターおじさんがホグワーツに通ってた頃もいたらしいですから」
「それ、ミュリエルおばさんも言ってたの、あのおばさんは私が子供の頃からずっとおばさんだって」
「そうなのか? 実は人間じゃなかったりするのか?」
「あんな人間らしい魔法生物は聞いたこと無いけどね」
車内販売のおばさんが実は魔法生物で、ホグワーツ特急から逃げ出す人をぶちのめしたりするのだろうか? オスカーはいくらなんでも想像しすぎだと考えた。
そもそもオスカーはホグワーツ特急から降りようとする理由が無いと考えていた。
ちょっとだけ曇り空の中を疾走するホグワーツ特急に揺られながらオスカー達はホグワーツへと向かっていた。今年は特にみんなでやることも無さそうだと考えながらオスカーは逃げようとするカエルチョコを食べていて、手持ち無沙汰だったので、カエルチョコについてきたカードを眺めていた。
「オスカー、何のカードだったんだ? アグリッパだったら何かと交換して欲しいんだけど、夏休みにアグリッパだけロンがどこかにやっちゃったんだ」
「ダンブルドア先生だな、どこかに出かけてるみたいだけど」
カエルチョコレートのカードにはアルバス・ダンブルドアと書かれていて、写真が写る部分には誰もいなかった。
トンクスがオスカーの横からダンブルドア先生のカードをひったくった。
「男子はこのカード好きよね、パパも一杯集めてたわ、えーと? アルバス・ダンブルドアは凄く悪い魔法使い、グリンデルバルドをやっつけて、凄い錬金術師のフラメルと一緒に錬金術を研究しました。やっぱりダンブルドア先生って凄い人ね、生きてる人でカードに乗っちゃうんだから」
「グリンデルバルドは大陸では並ぶものがいないくらいの闇の魔法使いですし、フラメルは賢者の石を造った人ですね、どっちも教科書の中の人物ですよ」
ゲラート・グリンデルバルド、確か魔法史ででてきた人物だとオスカーも知っていた。もう一人のフラメルはあまり覚えていなかったが、賢者の石はオスカーも聞いたことがあった。
「賢者の石ってえーと? 死んだ人を生き返らせる石? あれ? ずっと生きられる石だっけ?」
「後ろの方なの、賢者の石は金属を金に変えて、寿命を延ばせる命の水を造ることができる石のこと」
「もう一つはあれだよね? エストが好きな兄弟の話に出てくる石のことじゃないかな」
死んだ人を蘇らせる石、オスカーもその話は聞いたことがあった。魔法族の子供ならば誰でも知っている話ではないのかとオスカーは思った。
「三人兄弟の話をしてるんですか? 杖と石とマントの話ですよね?」
「なんか死からは逃げれませんよバーカみたいな話ね」
確かに話の趣旨はあってそうなのだがいくらなんでもそれはないだろうとオスカーは思った。ただオスカーはあの話はあまり言いたいことが良くわからない話だと子供のころから感じていて、最後がみんなハッピーエンドで終わる豊かな幸運の泉の方がよっぽど好きだった。
「もう!! 確かに最後はそんな感じだけど、バーカなんて言う話じゃないの!!」
「昔々、曲がりくねった道を…… あれ? 夕方? 真夜中? に三人の兄弟が歩いていましただっけ?」
エストがトンクスの言いように怒っている横でチャーリーがなにやら三人兄弟の話を始めた様だった。
「多分夕方ですね、親とかは子供を怖がらせるために真夜中って言うんですよ、えっと、渡れない様な川があったので、三人は橋をかけて渡りました」
「この後おしゃべりな『死』が話しかけてくるのよね、三人が死ぬと思ってたから怒ってて、それで三人になんかあげようって言うわ」
そう、この話では『死』が直接登場人物に話かけてくるのだ。オスカーはそのイメージができなかったのだ。読み聞かせられたころもそうだったが、今もオスカーはイメージできなかった。
「長男は決闘するのが好きだったから『死』に一番強い杖を下さいって言ったの、『死』を克服した魔法使いにふさわしい杖をくださいって、そうしたら傍にあったニワトコの木から一本枝をとってきて長男に渡したの」
エストがオスカーの方を見て少し笑った。オスカーは頭の中でエストの言った『死』の克服とニワトコの杖がどこかで繋がっていたことがあった気がした。
「確か次男はもっと『死』を馬鹿にしようとして、死んだ人を呼び戻す力を寄越せって言うんだよな、それで『死』がその辺にあった石を持ってきて、これ使えば呼び戻せるって言って渡したんだったか」
死人を呼び戻す石、そんなものが本当にあるのだろうか? 賢者の石があるのだからこの石があってもおかしくない気がオスカーはしたが、教科書に書かれたりしていないことを考えるとやっぱりないのだろうと思い直した。
「三男がマントだよね? 確か三男が一番賢くて、謙虚だったから『死』を信用してなかったんだ」
「そうですね、それで『死』に見つからずにここから進むものが欲しいって言って、渋ってる『死』から透明マントを奪い取るんですね」
この話は三男が一番賢いと何度も言及されるのだ。オスカーはどうして一番賢いのか聞いてみたことがあったのを覚えていたが、どうして彼が一番賢いのか納得できたことがない気がしていた。
「その後、長男はアホだったから、俺は無敵の杖を手に入れたって言っちゃって、寝てる間に殺されちゃうのね」
「それでまず一人を『死』が自分のモノにしちゃうの」
次にオスカーの分からなかったのがこれだった。どうせ人間はみんな死ぬはずなのだから、『死』が絶対に勝つのではないのかと言うことなのだった。絶対に勝てる『死』が怒るというのもそもそも良くわからなかった。
「次男は…… 昔、死んじゃった結婚したい相手を呼び戻すんだよな、でも本当に戻ってくるわけじゃなくて…… 結局一緒になりたくて自分も死ぬんだよな」
「これで二人目も『死』のモノになっちゃうの」
オスカーは自分が使ったらどうなるのか考えてみた…… 自分も死にたくなるのだろうか? 自分は自分だけではないのに? それは余りにも傲慢な様にも思えた。ただ、オスカーは目の前にそれがあったら使わずにいられるかどうか、自信がなかった。
「でも三男は頭が良かったから、寿命で死ぬまで『死』に見つけられなかったんだよね、それで『死』と友達になって死にましたってお話だよね」
「そうなの、最後はお友達になって終わりなの」
『死』が友達になる? これもオスカーには良くわからない表現だった。長い間、見つからなかったから友達になったのだろうか?
「やっぱり良くわからない話よね? というかそもそも透明マントと比べて他の二つは強力過ぎないかしら? どう考えても釣り合ってないわ」
「別に釣り合っている必要はないんですよ、あれは教訓の例として出てるアイテムなんですから、それに透明マントもこの話みたいに何十年も使えるマントなんてないですよ、アラスターおじさんのマントだって、何年かごとに買い替えないとダメだって言ってましたし」
確かに三つのアイテムは釣り合っていない気がするし、マント以外は余り実際にあるとは思えないアイテムだった。
「確かにどれも凄いアイテムだけどほんとに無いわけじゃないと思うの、少なくとも杖はあったんだと思うの」
「ニワトコの杖がですか? もしかして極悪人エグバートとか、悪人エメリックの話にでてくるアレのことですか?」
「そう、だってニワトコの杖は相手を倒したらその人のモノになるの、だから三人兄弟の話にでてくる杖かは分からないけど、少なくともそういう杖があったのは確かなの」
オスカーとクラーナは思わずエストが持っている杖に視線が行った。確かにエストが持っている節くれだった杖はニワトコの杖だったし、倒した人のモノになるという特性をオスカーは身を持って知っていた。それにオスカーはエストの杖が有名な杖を真似て造られた杖だと言っていたのを覚えていた。
「じゃあ杖はあったかもしれないってことだよね? マントも似たようなのはあるし石もあるのかな?」
「良くわからないけどあるんじゃないの? だって、こういう話って元ネタがあると思うのよ、一から話を造るのって凄く難しいもの」
トンクスがそう言ったのを聞いて、エストが待ってましたと言わんばかりの顔になった。
「そうなの、ほんとは『死』が三つのアイテムを造ったんじゃないって言われてるらしいの」
「そりゃ、『死』がほんとにいるんなら私たち魔法族だけならまだしも、その何倍もいるマグルに会いに行くので忙しくて、三つもアイテムを造ってる暇なんてないでしょう」
「もう!! 三人兄弟の話はおとぎ話なの、でも三人兄弟は多分実在の人物なの」
三人兄弟? そう言えばオスカーはエストが三人兄弟の名前がどうのという話を一年生の頃にされたことがあったのを思いだした。
「ああ、ルーンスプールの頭につけてた名前の人か」
「そう!! そうなの!! 長男はアンチオク、次男はカドマス、三男はイグノタス、それで苗字はペベレル、この兄弟が多分ほんとにアイテムを作った人だって言われてるらしいの」
実際にいた? 最強の杖や死者を蘇らせる石を造った人物が? オスカーにはホグワーツの創始者やマーリンと同じくらい伝説的な人物の様に思えた。
それにエストは髪飾りの時と同じ様に魔法的なアイテムに興味があるようだった。むしろ興味をもった理由がこの話なのではないかとオスカーは考えた。
「それでこの三つのアイテム、死の秘宝って言われるらしいんだけど……」
エストはそう言いながら、羽ペンと羊皮紙をカバンから取り出した。
「死の秘宝ってなんか物騒な名前ね」
「それはそうなの、『死』が造って、死を克服するから死の秘宝なの」
みんなが見えるように机の真ん中に羊皮紙に置いて、エストは羽ペンを走らせた。
「ニワトコの杖」
エストは羊皮紙に一本の真っすぐな線を引いた。
「蘇りの石」
真っ直ぐな線の上に丸を描いた。
「透明マント」
二つの記号を囲むように三角形を書き足した。
オスカーはこんな記号には見覚えが無かったし、三人兄弟の話を聞いた時もこの話や記号を見たことは無かった。
「これが死の秘宝の印らしいの、イグノタスの墓にはこのマークが書いてあるんだって」
「これが死の秘宝の印? グリンデルバルドの印じゃないんですか?」
クラーナがそう言うと、エストはさらに顔がほころんだ様だった。
「そうなの、ミュリエルおばさんも言っていたの、これはグリンデルバルドの印だって、でもね? イグノタスのお墓はグリンデルバルドが生まれるより昔からあるんだよ? つまり、グリンデルバルドは死の秘宝を知ってたはずなの、むしろ知っててこの印を使ったんだと思うの」
どういうことだろうか? ヴォルデモートの前は最も危険だと言われていた魔法使いがこの印を使っていた? 以前の最も危険な魔法使い? オスカーはその言葉をどこかで聞いたことがあったはずだった。
「うーん? 例のあの人と同じくらいヤバイ人なのよね? そんな人なら最強の杖を欲しがってもおかしくないわね」
「でもそこのカードに書いてあるみたいにダンブルドア先生がやっつけたんだろ? 最強の杖を持ってたんなら負けないんじゃないのか?」
「ダンブルドア先生はニワトコの杖を持ってる人より強いのかもね」
オスカーはこの話があまりいい話ではない気がしていた。なぜかオスカーは直接的な繋がりがないはずなのに、エストとダンブルドア先生、そしてヴォルデモートが頭の中で奇妙につながっていくような気がしたからだ。
「だからね、ほんとにあるのかもしれないって思ってるの、髪飾りもあったでしょ? 死の秘宝だってあってもおかしくないの」
「そんな伝説のアイテムばっかり見つけてたら、グリンゴッツの呪い破りや魔法史家が私たちに授業をして欲しいって、何百ガリオンも持ってやってくるでしょう」
オスカー自身もあまりそういうアイテムに関わりたくは無かった。由緒あるアイテムであればあるほど、そこに周りや自分の身が危なくなるような因縁がついて回りそうだったからだ。
「ふーん、じゃあほんとにあったらどのアイテムが欲しいのよ、ちなみに私は優等生だから透明マントね」
「僕も透明マントでいいかな、あれがあれば禁じられた森にも入り放題だし」
トンクスとチャーリーが残りの三人を見回した。
三人は同時に答えた。
「杖なの」
「石」
「透明マントじゃないですか?」
三人は答えを聞いてお互いの顔を意外そうに見交わした。
「この童話は、『死』に何をしても無駄って話でしょう? 杖で力を持っても、石の魔法でなんとかしようとしてもどうにもならないから、受け入れろってことなんですよ、だからマントを選ぶのが正解なんじゃないですか?」
クラーナの言うように確かにそれは正解なのだろうとオスカーは思ったが、欲しいかどうかと言われればオスカーはやはり透明マントを選べるとは思えなかった。
「そうなのかな? お話だと透明マントが正解だって、三男の人だけが賢くて愚かじゃないって書いてあるけど、ほんとにそうなのかな?」
「どういうことですか? そりゃあ、本当に三人の兄弟が死の秘宝? を造ったんなら魔法使いとしては賢いでしょうけど……」
実際に三人兄弟が死の秘宝を造ったのなら、それは驚くべき技量であり、ホグワーツを造った四人にだって匹敵するだろうし、とても賢くないとはオスカーは言えないと思った。
「うーんとね、エスト、ペベレルの名前を家にあった『生粋の貴族―魔法界家系図』って本で調べたんだけど、石を造ったカドマスさんには子供がいるの」
「あれ? その人って結婚したい人と一緒になりたくて死んじゃった人だよね?」
「そうなの、なんかおかしいよね」
童話はあくまで童話ということなのだろうか? オスカーはまだエストの言いたいことが分からなかった。
「別に史実と伝説が違うなんてよくあることでしょう?」
「それはそうなの、でもね? カドマスさんはどんな気持ちで石を造ったのかな? 死者を呼び戻す石なんて並大抵な努力と才能じゃ造れないの、ダンブルドア先生だって多分造れないの」
つまり、三人兄弟の話にあるような死を貶める様な動機ではとても造れるようなモノではないとエストは言っているのだった。
「だから、きっとあったんじゃないのかな、造らないといけなかった理由が。多分、『死』を馬鹿にするんじゃなくて、もっと違う理由があったんじゃないかと思うの、ほんとに石があるか分からないし、造った理由ももうわからないと思うけどね」
もしそんな理由があったのなら果たして次男、カドマスは愚かで賢くなかったのだろうか? とてもオスカーはそう言い切れる自身が無かった。
「まあほんとにそんな理由あるんならそうかもね、じゃあ杖はどうなの? 杖にもそんな理由があるのかしら?」
トンクスの言葉を聞いてエストは一瞬だけ、自分の杖に目をやった。
「道具や力は悪くないの、大切なのはなんでそういうものが欲しいのかだと思うの」
去年のリータが嵌められた羊皮紙の話をオスカーは思いだした。どう思っているのかが重要だとエストは言っていたのだった。
「力が欲しい理由なんていくらでもあると思うの、自分が認められたいとか、誰かを守りたいとかそういう理由でもいいし、誰かに勝ちたいとか、凄い魔法を使いたいとかでもいいと思うの」
「それがダメなんじゃないかってこの童話は言ってるんじゃないですか? 過ぎた力が災いを呼び寄せるって感じでしょう? 死の杖なんて呼ばれてますけど、どっちかと言うと持ってる方が殺されてますからね」
確かに力が欲しい理由など色々あって、否定できないような崇高な理由だってあるだろう。オスカーはそう思ったが、クラーナの言っていることも正論だった。エストやクラーナの言う通りなら、歴史はその人物の力が目立った結果、その人の死を招いたことを示しているのだった。
「でもそういう杖なら逆に思い知ることができるんじゃないのかな? 特別な杖だからその人も特別になるんでしょ? 特別な杖だから自分の力とか自分の事を見るようになるんじゃないのかな? そうしたら、自分に相応しい力になるんじゃないのかな」
特別だから特別になる。オスカーは何度も何度もその特別という言葉を聞いている気がした。
「地位とかと一緒で求められているから、その水準まで能力を上げる様に努力したり、意識できるって言いたいんですか?」
「そう、それなの、先生って言われてたら先生みたいな行動をするでしょ? みんなに期待されたらそれをやらないといけないって思うでしょ? 杖もそれと一緒なんじゃないのかな? それに杖で強くなりたい、特別になりたいって認めることができてたら、間違うことなんてないと思うの」
求められることで自分がどの場所にいるのか理解できるということなのだろうか? 力を求める自分自身の理由が分かっていれば、間違わないですむということなのだろうか? オスカーはエストの言っていることが正しく理解できてる自信が無かった。
「じゃあエストはその為に杖が欲しいのか?」
「うーんそうかも、他にも理由はあるけどね」
また一瞬自分の杖を見たエストをオスカーはじっと眺めていた。オスカーはいつもこういう話の時にエストが何を考えているのか分からないのだった。
「じゃあ、オスカーはなんで石が欲しいのよ」
「そう言えばそうだったね、エストの話があんまり長いから忘れてたよ」
どうして石が欲しいのだろう? オスカーは返答することが出来なかった。彼女にあって自分は何をしたいのだろうか? オスカーにはそれが想像出来なかった。ただあるのは会えるのなら会わないといけないという気持ちだけだったからだ。
「死んだ人に会えるんなら会わないといけない気がするからか?」
「なんで疑問形なのよ」
トンクスに聞かれても返すことがやはりオスカーには出来なかった。
「どうして会いた……」
「まあいいじゃないですか? いい加減重い話ばっかりでうんざりですよ、ニンファドーラ、なんか面白い話をして下さい」
「はあ? 私に喧嘩を売る要素が今あったの? そんなにオスカーと他の女の子が喋るのが嫌なの?」
「ニンファドーラを面白い姿に変えて、面白い話と言うことにしましょう」
エストが何かを聞こうとしていたところをクラーナが無理やり遮り、トンクスとドタバタを始めてしまった。実際の所、話が中断されたことにオスカーは安心していた。本当に石があったらどうしたらいいのか、どうして石が三つの中で一番良いと思うのか分からなかったからだ。
騒がしいコンパートメントの扉を誰かが叩いたのがドアから近いオスカーには分かった。ドアの窓を見ると、ちょっと不安そうなパーシーが多分一年生だと思われる女の子と男の子を連れて、コンパートメントの中を見ていた。