今年の闇の魔術に対する防衛術の先生は一味違う。そんな噂が他の寮とはあまり情報伝達の無いスリザリンにも流れてきた。
これまでもトンクス先生の評判や、ポドモア先生がエストをやたらえこひいきしている等の噂は流れてきたが、今回の噂はちょっと違う様だった。
いわく、流石は実戦を見てきた人がやる授業だ。いわく、これまでの座学偏重の魔法省の指導要領とは一味違う。そんな話が流れてきており、一番授業が始まるのが遅かった四年生、特にスリザリン生もスクリームジョール先生の授業を受けるのが楽しみな様だった。
オスカーもエストに連れられて、昼食を済ませるなり、闇の魔術に対する防衛術の教室へ向かっていた。すでに教室の前には列ができ始めていたが、なんとか二人も一番最前列に座れそうだった。二人の机の前には闇の魔術に対する防衛術にもかかわらず、魔法薬が入っていると思わしき大鍋があった。エストが大鍋を見て、なんだか不思議な顔をしていた。
「確かになんかいつもの授業とは違う感じだよね」
「そうだな、良く分からないものが一杯あるしな」
教科書、闇の力・護身術入門を机の上に取り出しながら、オスカーは教室を見回した。オスカー達は教室の左翼に位置していて、そこには大鍋があったが、もう片方の右翼にはつがいらしきふくろうが檻に入れられていた。
スクリームジョール先生がやっと教壇に立った。オスカーはやっぱりこの人物は明らかに色んな点で迫力があり、力強さを印象づける動きをしていると思った。その黄みがかった鋭い眼も、少し足を引きづってはいるが軽やかで力強い歩き方もだ。
「初めまして、ルーファス・スクリームジョールだ」
教壇の上で生徒達に一礼し、スリザリンのクラスをスクリームジョール先生は見回した。
「さて、今年一年間、闇の魔術に対する防衛術を担当するわけになったわけだが…… 前任の先生方…… ポドモア先生、トンクス先生、ドージ先生からの手紙によると、君たちはどうも魔法省の指導要領よりも進んだ場所まで勉強しているようだ」
ニコリとも笑わずにスクリームジョール先生は言い切った。
「これは喜ばしいことだ。私は魔法省から来たわけだが、残念ながら魔法省の学習指導要領は少し甘さがあると言わざるを得ない。もちろん、魔法省は伝統的にホグワーツの校長と校長が任命する先生方に裁量権を渡しているわけだから、その裁量権に期待しているともとれるが」
オスカーにはスクリームジョール先生は自分の発言に自信を持っている様に見えた。なんというか、百パーセント信じ切っているというのか、とにかく妙な説得力があったのだ。エストがオスカーの耳元でささやいた。
「すっごくはっきり言う先生だね、やっぱり」
「そうだな」
オスカーと同じく、エストも同じ様な印象をスクリームジョール先生に抱いている様だった。確かに、キングズリーやムーディ、目の前のスクリームジョール先生といい、喋り方や見た目ですら闇祓い局の人間には雰囲気が備わっていた。
「その為、今年度も学習指導要領はキチンと遂行する。しかし君たち四年生にはそれに追加して、これまでどんな魔法に我々が悩まされてきたのかを勉強し、理解し、その対応策を学んでもらう。さらに校長先生との協議の結果、決闘、すなわち実践的な戦いにおける魔法の使い方も授業時間外で見学、体験してもらうことになる」
あの決闘クラブの話はスクリームジョール先生から持ち出したと言う事なのだろうか? 授業のために授業以外の場所まで仕組みを変えたと言う事なら、恐るべき行動力だった。
スクリームジョール先生は自分が何をするのかの宣言を終え、次に出席簿を持ってスリザリンの全学生の名前を読み上げた。
「さて、一回目の授業では魔法使い、魔女が行う最も重要で制御不能な事項について予備知識を学ぶ。このクラスでアダルバート・ワッフルリングが提唱した基本魔法法則の第一法則が分かるものは?」
やはりエストの手が真っすぐに挙がった。オスカーにはワッフルリングが美味しそうな名前だなあという、トンクス並みの感想しか思いつかなかった。
「ではミス・プルウェット」
「はい、最も深い神秘、命の源、自己の精髄を弄ぶ者は、通常では考えられない危険な結果を覚悟すべしです」
「よろしい。スリザリンに十点。ではこの自己の精髄とはなんなのか?」
スクリームジョール先生が杖を振るとふくろうをのせたテーブルが真ん中へとやってきた。
「あらゆる魔法薬の中で、最も危険と言われている魔法薬を知っている者はいるか?」
またエストの手が真っすぐに挙がった。スクリームジョール先生は一度クラスを見回してから、エストの方を向いた。
「では続けて、ミス・プルウェット」
「多分…… アモルテンシア、魅惑万能薬です」
エストが目の前の大鍋を見ながら言った。大鍋は三つあって、一つは色が無い液体であり、一つは何か生理的な嫌悪を感じさせる臭いと見ための液体で、最後の一つは湯気がらせん状を描いていて、真珠の様な色をしていた。
「スリザリンに十五点。あらゆる魔法薬の中で最も危険であり、悲惨極まりない事故を引き起こしてきたと言われているのが、アモルテンシア、世界一強力な愛の妙薬だ」
またスクリームジョール先生が杖を振ると、大鍋がオスカーの前を通り過ぎてスクリームジョール先生のいる真ん中まで運ばれていった。真珠色の大鍋が通り過ぎるときにオスカーは不思議な匂いをかいだ。リンゴの様な香り、オレンジの様な香り、ミントの様な香り、甘いお菓子の様な香りが順番にした気がしたのだ。
愛の妙薬だと聞いて、クラスにはちょっと不思議な笑いが伝搬したが、スクリームジョール先生の顔は厳しいままだった。
「さて、では魔法省に最も打撃を与えた魔法が何か知っている者は?」
またまたエストの手が挙がった。スクリームジョール先生はまたクラスを見回して、何故かオスカーの方を見てきた。
「このクラスでやる気があるのはミス・プルウェットだけか? 最初は誰でも間違うモノだ、千の考えは一つの行動に及ばない。ではミスター・ドロホフ。何か分かるかね?」
オスカーにはそれが何か分かっている気がしていた。恐らくスクリームジョール先生はオスカーが答えられるからあてたのだった。
「服従の呪文……」
「その通りだ。スリザリンに十点。かつて魔法省が闇の魔法使いと戦争状態にあった時代。最も体制側を悩ませたのがこの服従の呪文だ」
スクリームジョール先生が何を言いたいのか? 自己の精髄とは何か? オスカーは何となくそれの予想はついていた。その種の呪文や技術を練習する際にいつもクラーナがなんと言っていたのか、初めて聞いたのは……
「これだけ例が出れば、ワッフルリングの言う自己の精髄とは何を指しているか分かるだろう? 精髄、物事の一番大事な場所、恐らく我々魔法使いが足を踏み込む一番深い場所。すなわち人の心や魂、記憶と言った要素のことだ」
そう、開心術の練習をした時にクラーナが同じことを言っていたのだ。今のスクリームジョール先生と全く同じことをオスカーは聞いたことがあった。
「有名な死の呪文でもなく、残虐な磔の呪文でもない。直接的な暴力よりも、服従の呪文の様な人の心を悪戯に捻じ曲げる力の方が魔法界に暗い影を落としてきた」
仲良くつがいで寄り添っているふくろうの片方にスクリームジョール先生が杖を向けた。
「インペリオ!! 服従せよ!!」
オスカーにはそのふくろうの目が焦点を合わさなくなったように見えた。ふくろうは寄り添っていたつがいの片方を無視して、檻の中で一番スクリームジョール先生の近い位置へと動いた。
「この呪文をかけられれば耐性の無いものは完全に支配される。術者が強力な魔法力を持っていればいるほど強力な支配となる。かつて、多くの魔法使いがこのふくろうと同じ状態になった。自分の伴侶すら自分にいつ杖を向けてくるか分からない時代だ」
こんどはスクリームジョール先生は服従の呪文にかかったふくろうの毛を一本抜いて、悪臭のする魔法薬に入れた。オスカーはいつの間にか自分の手が真っ白になるほど握りしめられているのに気づいた。
「ここにあるのは憎悪の魔法薬だ。一般に愛の妙薬に対する解毒薬として知られている。ただし、愛の妙薬も憎悪の魔法薬も本当に愛や憎しみをつくり出すわけではない。強烈な執着かその逆をつくり出すだけだ」
もう一度スクリームジョール先生が杖を振ると今度は操られたふくろうがもう片方のふくろうを檻の端に押さえつけた。抑えつけられたふくろうが悲しい声を上げた。操られていないふくろうにスクリームジョール先生が憎悪の魔法薬を飲ませた。
操られたふくろうが体を使って相手を傷つけないように抑えているのに対して、今度はもう片方が一方的に攻撃し始めた。服従の呪文の効果なのか、操られたふくろうはいくら嘴や爪で引っかかれ、羽が飛び、赤くその羽根が染まっても反撃しようとしなかった。
「服従の呪文や魔法薬を使えば人の感情や理性を無視した行動をさせることができる。今のふくろうと同様の状況を人間相手でも再現できると言う事だ。これがどれだけ恐るべき状況か分かるか? いくら杖の腕に自信があるものでも、自分の良く知る人間や仲間と思っていた人間に杖を向けることができるか? 闇の魔法と戦うとは、強力な呪文や逆呪いを覚えて戦うのが全てではない。むしろほとんどがこう言ったどうしようもない状況との戦いだ」
遂に力尽きたのか、服従の呪文で操られていたふくろうが檻の底に落ちた。弱弱しく痙攣している。オスカーは悪霊の火を見た時よりも、まね妖怪が何に変身するのか考えた時よりも、背中に嫌な汗が流れていて、自分の目が見開かれていると自分で感じ取った。
「そして我々魔法省の重要な仕事の一つでもあるが、非常に恐ろしい魔法がある」
またスクリームジョール先生が杖をふくろうに向けた。今度は憎悪の魔法薬を飲ませたふくろうにだ。
「オブリビエイト!! 忘れよ!!」
ふくろうの目の焦点が完全に合わなくなり、ふらふらとしている。スクリームジョール先生がその間に倒れているふくろうから毛をむしり、アモルテンシアの大鍋に入れ、まだふらふらしているふくろうに飲ませた。
「憎悪の魔法薬の解毒薬は愛の妙薬だ。つまりこのふくろうは元の状態に戻ったわけだ。記憶以外は」
愛の妙薬を飲まされたふくろうが、檻の下で血だまりをつくっていてまだピクピクと動いているふくろうを不思議そうな顔でのぞき、首を傾げた。
「忘却呪文は我々とマグル社会との関係を保つために非常に重要な呪文だ。しかし、悪意を持って使えば、悪事の全てをかき消すことができる。その上服従の呪文と組み合わせて使えば、手の付けられない様な悪事を行うことすらできるだろう」
またスクリームジョール先生が杖を一振りするとふくろうの檻は消え去った。教室には愛の妙薬の時の笑いなどこれっぽっちも残っていなかった。あるのは嫌な沈黙と緊張だった。オスカーはまだふくろうがいた場所を見続けていた。
「いいか? 君たちが戦うのは、自分と周りの人間を守る為の術が相手をするのはこう言った魔法だ。人の底知れぬ悪意と一時の欲望が、人の精髄をよこしまに捻じ曲げれば、考えられないほど悲惨な状況になる。だからこそ、闇の魔術に対する防衛術を受けるにあたって、君たちはきちんとこの魔法基本法則を守ってもらいたい。そうでなければ、魔法省があっても、闇祓いがいても、私が君たちに教えても何の意味もなくなるだろう」
オスカーにはスクリームジョール先生の言っている言葉が四分の一も入ってこなかった。オスカーはこの三年で色んなことを経験して多少はストレスや自分の苦手とすることや向き合うのが辛いものとも向き合えるようになったと思っていた。しかし、今、頭の中を支配しているのは目を閉じたい、背けたいという考えと感情だけだった。その感情がなぜどうして巻き起こっているのかすら自分で理解できていなかった。どうしてこんなに見るのが辛いのかが分からなかった。
「それでは本来の闇の魔術に対する防衛術の授業に戻ろうと思うが、今の話で何か質問があるものは?」
さっき手を挙げろと言われたはずのスリザリン生は誰も手を挙げなかったが、ちょっとした沈黙の後、やはりオスカーの隣から手が挙がった。
「ではミス・プルウェット、何かね?」
「まだ、真ん中の魔法薬を説明してもらっていません」
クラスの視線が真ん中の魔法薬の入った大鍋に集まった。確かに両サイドの愛の妙薬と憎悪の魔法薬の説明はあったが、真ん中の透明な魔法薬の説明は無かった。
「ではこの魔法薬は何だと思う?」
「べリタセラム、真実薬です」
「その通り、スリザリンにもう十点与えよう」
はっきり言って、点数の大盤振る舞いだったが、スリザリン生の誰もが気にはしていなかった。スクリームジョール先生の授業や発言は気持ちのいいモノでは無かったが、力があったからだ。
「この透明な魔法薬はべリタセラム、たった三滴、かぼちゃジュースや蜂蜜酒に入れるだけで、飲んだ人間は聞かれたすべての事柄について答える。自分の好きな食べ物から、最悪の記憶まで自分の意思に関係無しにだ。飲んでみたいという人間はいないだろう?」
オスカーはその名前に聞き覚えがあった。いつか家にやってきた魔法使いがそれを自分に飲ませたはずだった。
「この魔法薬は作るのが非常に難しい上、使用は常に制限されている。人の記憶や心の内を明かす、数少ない技術であるからだ。この他には非常に卓越した開心術と呼ばれる技術の持ち主のみが、杖技でもって同様の事柄を行える。両方とも、閉心術と呼ばれる技術や耐性を持たせる魔法薬で防御は可能ではある。しかし、君たちがその二つの方法のどちらかを使える魔法使いと出会ったのなら、潔く抵抗は諦め、救助を待つことだ」
衝撃的な発言だった。諦めろとはどういうことなのか? オスカーには分からなかった。
「こう言っているのは、この二つを使えるような魔法使いは非常に卓越した魔法使いか、それを可能とする組織力を持っているからだ。しかし、この様な手段を取らない、取れない魔法使いなら対抗できると簡単に考えてはならない。そのような魔法使いには秘密を聞き出す別の方法がある。もっと原始的で簡単な方法だ。秘密を聞き出す本人か、親しい人を拷問すれば良いのだ」
つまり、戦うなと言う事なのだろうか? 理不尽は目の前にいつやってくのかも分からないのに? オスカーは理解しがたい様で、それが正しいとも感じていた。危うきに近付くのは愚か者のやることなのだ。しかし、自分ならまだしも、周りの親しい人が危険にさらされて黙っていられるのだろうか? オスカーはスクリームジョール先生が何を言いたいのか分からなかった。
「私の言っていることが分かるか? なぜ卓越した魔法や技術、暴力的で残虐な魔法を使ってまで人はそのようなことをするのか? 価値があるからだ。魔法基本法則の第一の法則で弄んではいけないと言っているモノはそれほどの価値があるのだ。君たちはそれを胸に刻み、守らなければならない。これは闇の魔術に対する防衛術の基本であって、名前の通り、あらゆる魔法使いと魔女にとっての基本事項だ。私の知る偉大なオーラーの言葉を借りるなら、油断大敵というところだ」
価値があるとは? 人の心や魂に価値があるのはオスカーにも分かっていた。しかし、基本法則を守るとはどういうことなのか、守っていない魔法使いはどうなるというのか。
「確かに私は厳しい口調で守れと言ったが、もっと希望的な話をしてもいい。この法則はできてから何年もたつが常に守られてきた。そうでなければ闇の魔法使いが魔法界を支配しているはずだからだ。現実は常に法則は守られ、闇の魔法使いは打ち破られている。であるから、君たちが守れるのも当然のことであるはずなのだ」
だから普通に生きろと言う事なのか? オスカーはさっきから頭の中が疑問で一杯だった。確かに闇の魔法使いは打ち破られてきたかもしれない。けれどそれは魔法基本法則が守られてきたためだと誰が証明できると言うのか? 当時も今も杖すら持たないだろうハリー・ポッターに聞けば教えてくれると言うのか? そもそも守ってきた人は悲惨な目に遭ってないと言うのか? エストやレアの両親は? クラーナの姉は? 彼女は? オスカーには分からなかった。
「さて、では本来の闇の魔術に対する防衛術の授業に戻る。君たちが今学期の終わりには魔法基本法則を守った上で、私の教える全ての項目を修めることを期待している」
その後は延々と通常の授業、攻撃呪文として考えられるあらゆる呪文の反対呪文についての講義が始まったが、オスカーはほとんど聞いていなかった。エストがオスカーの手をとって教室から連れ出すまで、ずっと頭の中で考えていたからだった。
自分は果たしてその基本法則を守れてきたのだろうか?
エストに手を引かれて教室からでた後も、オスカーは結局うわの空だった。何度かエストに何か言われても生返事で、エストの後をついて行った。次の授業は一コマ空いてから魔法薬学のはずだった。
「オスカー、ねえ? 聞いてるの?」
「ああ、なんだって?」
気づくと少し怒った顔のエストが目の前にいて、やっとオスカーは戻ってきた気がしたのだった。
「だから、なんであの時すぐに服従の呪文って思いついたの?」
「スクリームジョール先生に聞かれた時か?」
「それ以外に何があるの?」
やはりエストは怒っている様だった。オスカーは結構な間、エストに生返事をしたり、おざなりな対応を取っていたようだった。
「確か誰かから聞いたんだ」
「誰か? キングズリー? アーサー叔父さん? クラーナの叔父さん?」
「えっと…… その三人じゃなくて……」
オスカーはすぐに出てこなかった。確かに誰かと服従の呪文の話をした際に、魔法省にとって一番脅威な魔法こそが服従の呪文だと聞いたはずだったのだ。
「なんですか? 呼びましたか?」
「魔法薬学まで時間があるね」
オスカーとエストがいる中庭にクラーナとチャーリーがやってきたようだった。グリフィンドールとスリザリンは魔法薬学の授業を一緒に受けていたので、その日の時間割が近しいモノになるのは当然だった。
「クラーナの名前は出したけど、クラーナを呼んだわけじゃないの」
「なんかご立腹ですね、デートを邪魔しちゃいましたか?」
「クラーナまでトンクスに似てきたの」
「それは無いでしょう。怒りますよ」
オスカーはやっと思いだした。魔法省で出会ったリーダー的な人物がそれを言っていたのだ。
「クラウチ、クラウチって言う魔法省の偉い人が言ってたんだ。エストと医務室で話した時も名前が引っかかってたんだけど、あの時はそれどころじゃ無かったし……」
「クラウチ? バーテミウス・クラウチ、バーティ・クラウチですか? 魔法法執行部の元部長の?」
「僕もパパからその人のこと聞いたことがあるよ、凄いエリートで完璧な人だって」
オスカーはエストに回答したつもりだったが、良く分からない方向に話題が飛んでいる様だった。
「エストが知ってるクラウチさんは、クィディッチをやりながらNEWT試験で十二ふくろうを取った人なの、あれ? NEWT試験なのに十二ふくろうっておかしいかも」
「なんですかそれは…… 超人じゃないですか」
「そもそもなんの話なんだい?」
バーテミウス・クラウチなる人物は、学生時代からよほどの怪物の様だった。やはり、魔法法執行部とはよほどの人物でないと所属できないらしい。
「俺が闇の魔術に対する防衛術で、魔法省に打撃を与えた魔法は何かって聞かれて、服従の呪文って答えたんだ。で、エストがなんで知ってたの? って聞いたんだよ」
「ああ、スクリームジョール先生の授業を受けたんですか」
クラーナは何か納得しているようだった。
「でも、オスカーがクラウチさんに会ったことがあるんだね? キングズリーと魔法省に行ってたの?」
「確かに、僕も何度かパパについて行ったことあるけど、会ったことないや」
オスカーは少し答えに詰まった。オスカーがクラウチに会ったのはオスカー自身の尋問の時だけだったからだ。そもそもオスカーの家に踏み込んできた人間こそ、バーティ・クラウチその人だった。オスカーはそのイメージが強すぎて、その人が他に何を言っていたのかを忘れていたのだった。
「まあ私も会ったことがありますし、とんでもない人ですよ。あの人は次の魔法大臣間違いなしって言われてましたし、実質的にバグーノルド前大臣に代わって魔法省を指揮して、闇の帝王と戦っていた人物ですから」
「えっ!? そんなに凄い人なの?」
「そうだよね、パパや近くに住んでるディゴリーさんも、クラウチさんに睨まれたら魔法省では終わりだって言ってたしね」
やはり、聞けば聞くほどとんでもない人物のようだった。しかし、オスカーはその人物と同じ名前を新聞で何度も読んだことがあった。父親の顔や名前と一緒くらい新聞に載っていたはずだった。
「じゃあ昔新聞に載ってた死喰い人って、あのクラウチさんの息子なのか? やっぱり?」
「そうですよ、クラウチは魔法界でも指折りの名家ですけど、有名な死喰い人のバーティ・クラウチは魔法法執行部のバーティ・クラウチの息子です」
「えっ? えっ? 何がなんだか分かんないの、じゃあスリザリンの超人はどっちなの?」
「さあ? 年代で考えればいいんじゃないですか?」
「クィディッチ優勝杯には僕らの七年か十年くらい前にクラウチって名前があったと思うよ」
つまり、エストの言うクラウチさんとは死喰い人の方の可能性が高い様だった。
「まあ結局、息子の方はアズカバンに収監されてあっという間に亡くなり、父親の方はそのスキャンダルで魔法法執行部は首になり、傍流の部署に島流しになったはずですよ」
「ええっ…… エストもちっちゃいころちょっと新聞読んでたけど全然知らなかったの……」
「僕も知らなかったな、パパはあんまり職場のそういう話をしないし」
オスカーはまた考えていた。さっきのスクリームジョール先生の話をだ。この二人のバーティ・クラウチなる人物は魔法基本法則を守れていなかったのだろうか? 二人の周りの人も? 二人共、魔法の才能という面ではこれ以上無い人物の様に聞こえると言うのにだ。
「まあオスカーはエストがそう言うふうにならないように気を付けた方がいいんじゃないですか? スリザリンでクィディッチ選手で主席は確定でしょう? まんまじゃないですか」
「そうよ、オスカーにもしもの事があったら、エストがダークサイドに落ちて、しゅこー、しゅこーって言うマスクを着けて現れて、クラーナとバトルすることになるわ」
「何を言ってるのか全然分からないんだが」
突然現れたトンクスはやっぱり何を言っているのか、さっぱりオスカーには分からなかった。スクリームジョール先生の言っていたこと以上に分からなかった。
「オスカー、あんたもマグル学とってるんだからそれくらい分かりなさいよ。マグルに変装できないわよ、特にアメリカとかでは」
「オスカーがマグルに変装ってなんかすごく違和感があるね」
「マグルの騎士の役をやってたのに…… 確かに考えるとなんかおかしいかも」
「うーん…… 確かに似合わないですね、甲冑ならともかく、マグルの服とか着たり、マグルが使ってる良くわからない機械とかを使ってる姿が思い浮かばないです」
オスカーは皆の自分のイメージがいったいどうなっているのか、運が無さそうと言われた時と同じくらい気になった。
「みんなはスクリームジョール先生の闇の魔術に対する防衛術は受けたの?」
「ええ、受けましたよ」
「うん、多分スリザリンが最後のはずなの」
スクリームジョール先生はどのクラスでもあの内容を話したり、ふくろうで実演したのだろうか? オスカーは他のみんながどう思ったのかが気になった。というのも、みんなと喋って、やっと他の人の事を気にする余裕ができてきた気がしたのだった。
「じゃああの最初の脅しみたいなのをみんな受けたのね? なんかふくろうが可哀想だったわ」
「でもあれは凄くためになることを言っているはずですよ」
「そうだよね、なんかもっと直接的って言うか、実務的なことをする先生だと思ってたから、ああいう心構えみたいなことを言うのは意外だったかな」
みんなはやっぱり自分ほどあの内容を重く受け止めていないのだろうか? オスカーはみんなの顔を順番に見てみて、余り真剣な顔ではないのを確認した。クラーナが自分を見ていたので一瞬目が合った。
「守護霊の呪文の時のクラーナと似たことを言ってたよね」
「まあ私もアラスターおじさんに言われたことを言ってただけですけどね」
「そうなの? でも良く分からないと思ったわ。だって普通の事しか言って無いじゃないの、あんなふくろうを血まみれにして言う必要あったのかしら?」
「ふくろうが可哀想なのは僕も思ったけど……」
トンクスにとっては普通の事だったのか? オスカーは結局、まだ良く分かっていなかった。スクリームジョール先生の言いたいことがだ。
「普通って何が普通なんだ?」
「へ? だって、心とかそう言うのを大事にしましょうってことなんじゃないの? 相手とか自分とか、そんなのみんなできてるでしょ?」
「それを意識してやれって言ってるんですよ、それに追い詰められた時にそれができるかってことですよ」
オスカーにはトンクスの言っていることも、クラーナの言っていることも両方正解だと思えた。
「みんながそう言う状況に追い詰められないようにするのがスクリームジョール先生の仕事じゃないの? 闇祓いってそういう仕事だと私は思ってたんだけど」
「そりゃそうでしょうけど、みんながそういう心構えを持つのはいいことでしょう?」
「スクリームジョール先生は、今は先生として来てるからああやって言うのは正解なのかも」
先生だからああいったことを言ったのか? しかし、オスカーにスクリームジョール先生が闇祓いとしての経験からあのようなことを言っているのではないかと思わざるを得なかった。
「僕はそんなに深く考えなくてもいいと思うんだけどね、だってそれこそ魔法使いとしてちゃんとやってればいいって言ってたし、単に最初だから気合を入れただけだと思うけど」
オスカーはそのちゃんとした魔法使いだという自信が無かった。
「ちゃんとした魔法使いって、みんなそうなのか?」
「少なくともオスカーは違うわね、ちゃんとした魔法使いは学校の棚を焼き切ったりしないわ」
「そうなの、一人で何も言わずにどっか行ったりしないの」
「そうですね、違う寮の寝室に行って誰かを押し倒したりしないです」
トンクスが無言で呪文をクラーナに放ったが、クラーナは杖を一振りしただけでそれを逸らした。段々と二人の戦いは高度になっている様だった。
「まあこう言われてる間はオスカーは大丈夫だよ」
「まあそうかもな」
また半笑いになっているチャーリーを横目で見ながら、オスカーは闇の魔術に対する防衛術での緊張がすっかりほぐれていることに気づいた。
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