ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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憂いの篩

 決闘トーナメントの一回目が終わって、オスカー達はそれぞれの寮の帰路につこうとしていた。すでにオスカーはダンブルドア先生の部屋に行くとエストには言っていたので、一人で寮に帰らずにそのまま校長室へ向かうつもりだった。

 

「あれ? オスカーは地下じゃないの」

「オスカーはなんかダンブルドア先生に呼ばれたらしいの」

 

 城の上層階に寮があるグリフィンドールの二人と離れた後、オスカーは地下牢と厨房傍に寮のあるエストとトンクスとは別の道を行こうとしていた。

 

「ついにキャビネット棚を燃やしたことがばれて退学になるの?」

「ならないだろ、というかその話は組み分けの時の話からして、もうばれてるだろうしな」

「あの時ちょっとダンブルドア先生がこっち見てたもんね」

 

 恐らくホグワーツで何かをダンブルドア先生に秘密にして行うのは、ほぼ不可能ではないのかとオスカーは思っていた。それに、髪飾りの時のダンブルドア先生のイメージや皆が言うイメージから、オスカーの中でもダンブルドア先生という存在がどこか伝説的になっているのは確かだった。

 

「まあちょっと早いけど行ってくるよ」

「退学になったらパパに言ってマグルの学校を紹介してあげるわ」

「縁起でもないの」

「じゃあまた」

 

 そう言って、オスカーはダンブルドア先生の部屋へと向かい始めた。オスカーは良く考えると、ダンブルドア先生の部屋に一人で行くのは初めてだと気付いた。前回行った時はクラーナと一緒だったし、その前はクラーナ、レア、マクゴナガル先生と一緒だったのだ。

 いくつか仕掛け階段や通路を通って、校長室に向かっていたが、どうも時間が余り過ぎている様に感じた。空き教室の時計を見ると、約束の時間へはまだ一時間ほどあるようだった。これはちょっとつくのが早すぎると考えていると、何か大きな物音が聞こえてきた。

 

「ミス・ファーレイがお前の悪口を言っていたよぅ……」

「そんなことは言って無いわ」

「抜かしたよぅ…… とんでもないあばた面だって」

 

 オレンジ色の帽子が見えた。それに一年生らしき女の子に、ずんぐりした女の子のゴーストも一緒だった。

 

「だから言って無いってば!!」

「ウソ言っても駄目よ、みんなが私のことどう言ってるか知ってるもの」

「そうだ、可哀想なマートルにひどいことを言ってたじゃないか、聞いたぞ」

 

 女子トイレの前の廊下で騒いでいるのはポルターガイストのピーブズ、ジェマ、それに…… オスカーはそのゴーストと喋ったことは無かったが、存在は知っていた。彼女は確か嘆きのマートルと言われているゴーストのはずだった。

 

「みんながどんな陰口を言ってるのか、知らないと思ってる? 嘆きのマートル、どブスのマートル、デブのマートル……」

「だから言っていないって言ってるでしょ!!」

「にきび面に涙が映えるよぅ……」

 

 マートルの瞳からは涙が流れていて、困った顔のジェマに、酷薄な笑い声をあげるピーブズと、見るだけでオスカーは頭が痛くなってくる気がした。

 

「ピーブズ、ジェマ、何やってるんだ?」

 

 オスカーが話しかけると、ピーブズの動きが完全に止まって、その眼だけがオスカーの周りを見回していた。どうも、エストがいないかどうかを判断しているらしかった。

 

「ピーブズは他に用ができたので失礼します」

「え?」

 

 ピーブズは血みどろ男爵やエストが出てくる前に退散したい様で、あっという間に廊下へと消えていった。ジェマがその様子を目を点にして見ていた。

 

「それで? どうしたんだこれ?」

「えっと、私がトイレから出たところでピーブズに捕まって、そしたらそこにマートルもいて……」

 

 ジェマが説明している間も、マートルは何か自分を蔑むことを呟きながら泣いていた。ちょっとオスカーにはどうしたらいいのか分からない状況だった。

 

「ええっと、マートルでいいのか?」

「何よ…… あんた…… 知ってるわ、あんたはゴーストの間でも有名だもの。スリザリンのお姫様と一緒にいる男の子でしょ」

 

 マートルは泣くのを止めて、オスカーの方を見てきた。そして何かを思いだすように、首を傾けた。

 

「あんた…… こんなに近くでみるのは初めてだったけど、凄く似てるわね。私の同級生に」

「同級生?」

 

 今度のマートルは何か不思議な顔をしていた。オスカーはマートルがどれだけ昔のゴーストか知らなかったが、オスカーの先祖に似た人間でもいたというのだろうかと考えた。

 

「あんたの評判とは逆のスリザリンの男の子だった。マグル生まれを嫌ってて、穢れた血って何回か言われたのを覚えてるわ。まあオリーブ・ホーンピーに眼鏡を笑われたことの方がむかついたけど」

「俺がそいつに似てるって言うのか?」

「なんの話ですか? オスカー先輩?」

 

 マートルはまだ何か思いだす顔だった。オスカーとジェマのスリザリンのローブを見て、何かを思い出そうとしていた。それにオスカーはマートルはマグル生まれだという事実を初めて知った。

 

「あんたのゴーストでの評判は、どっちかというと、あの監督生に近い。あんたにそっくりな男の子がついて歩いてたイケメンの監督生。まああの人には色んな人がついて歩いてたの覚えてるけど」

「その監督生と俺に似てる奴の名前は?」

「オスカー先輩? 何の話なんです?」

 

 オスカーは嫌な想像しかできなかった。スリザリン生で自分にそっくりな顔、マグルが嫌い、スリザリンの監督生について歩いていた……

 

「監督生はリドルで、男の子はドロホフだったわ」

「ドロホフ? オスカー先輩の家族の人ですか?」

 

 やはりオスカーの嫌な予感は的中した。つまり、目の前のマートルはオスカーの父親と同級生で、当時の監督生というのがヴォルデモート卿なのだと。

 それにオスカーは何か嫌な気分だった。自分と同じ年頃の父親とヴォルデモート、それに目の前のマグル生まれの魔女だったマートル、繋がってはいないはずなのにどこかで色んなモノが繋がっている気がしたのだ。オスカーは自分がこういう気分になる時は大抵、信じられない様な何かで色んなモノが繋がっているとこれまでの経験から考えていた。

 

「マートルはなんでゴーストになったんだ?」

 

 オスカーがそう聞くと、マートルの顔はこれまでの自信の無い顔ではなく、誇らしく、聞きたいことを聞いてくれたという顔だった。

 

「オォォォゥ…… それは私が死んだときのことを聞いてるの? それとも戻ってきた理由?」

「両方だ」

「死んだときのこと?」

 

 ジェマはオスカーの隣で少しビビっているようであったし、オスカーにはこの後、ダンブルドア先生との用事があったが、オスカーは周りの事を完全に忘れていた。マートルに話を聞くのはそれらよりも重要なことであると考えていたのだ。

 

「怖かったわ、さっき私とそこの女の子がいたトイレだったのよ。オリーブ・ホーンピーが眼鏡をからかったから、小部屋で泣いてたら、男の子の声が聞こえて…… それで文句いってやろうとしたら死んだのよ」

「死んだ?」

「どうやって?」

 

 マートルはまるでウィゼンガモットの議長が裁判をするときの様に、偉そうに座っている振りを空中でした。

 

「覚えてるのは、目玉が二つあっただけよ、それから体が金縛りみたいになって、ふっと浮いて、気付いたら、オリーブ・ホーンピーに取りついてやろうとして戻ってきたわ」

「目玉……?」

 

 ジェマは疑問に思っているようだったが、オスカーはそれよりも他の事が気になっていた。ヴォルデモートが学生時代に彼女が死んだという事実だった。どうしてもオスカーにはヴォルデモートとマグルの女の子の死が繋がって見えた。

 

「ホーンピーってやつに取り憑くためにゴーストになったのか?」

「そうよ、あいつの人生を台無しにしてやりたかったし、それに死んだのに忘れられるなんて嫌だったわ」

「なんか後ろ向きな理由……」

 

 オスカーには、どうしても、マートルの話が自分と繋がって見えた。スクリームジョール先生のふくろうもそうだったが、色んなモノがまるで自分が考えてることと繋がっている様で、少し、気味が悪いくらいだった。

 

「そうか…… 話してくれてありがとう。マートルはほんとはなんて名前なんだ?」

「名前?」

「嘆きのマートルが本名じゃないだろ?」

 

 隣のジェマはこれでもかという驚いた顔でオスカーを見ていたし、当人のマートルも何を言われているのか分からないといった顔だった。

 

「マートル…… マートル・ウォーレン」

「じゃあ俺はオスカー・ドロホフだ。マートルがさっき言ってた、ドロホフの息子だ」

 

 オスカーが名乗っても、やっぱり信じられないという顔でマートルはオスカーの方を見ていた。

 

「あんた…… オスカーの噂って本当なのね、血みどろ男爵が喋るだけのことはあるわ」

「あの男爵は意外と余計なことを言うからな」

「えっ、鎖をガチャガチャするだけって思ってた」

 

 いったいゴーストの間でどんな噂が流れているのか、オスカーはちょっと想像したくもなかった。週間魔女の一件で、人の噂が独り歩きするのはちょっと恐ろしいモノだと感じていたからだ。

 

「じゃあ、俺はダンブルドア先生に呼ばれてるから」

「オスカーだったら、私のトイレに招待してもいいわ」

「オスカー先輩って、もしかして見境ないんですか?」

 

 ジェマが何か言っていたが、取りあえずオスカーは校長室へ向かうことにした。どうしても、さっきのヴォルデモートとマートルのつながりについてダンブルドア先生に聞きたかったのだ。マートルはトイレに戻ったようだったが、オスカーが足早に歩いても、ジェマはついてきた。

 

「スリザリン寮に戻れないのか?」

「違います。ちょっと聞きたいことがあって……」

 

 オスカーはジェマの質問に答えるために止まった。校長先生に聞きたいのは確かだったが、約束まではまだ時間があった。ジェマは時々、エストに授業について色々聞いている様だったし、オスカーはスリザリンの後輩に何かを聞かれたことが無かったので、相談に乗れるのなら、乗ってみたかったのだ。

 

「オスカー先輩は女の子が好きなんですか?」

「は? えーと、そうだな、普通に女の子が好きだと思うけど」

「どんな女の子でもいいんですか?」

「いや、そんなことはないと思う」

 

 オスカーはさっぱりジェマが何を言いたいのか分からなかった。しかし、どうもジェマの視線は真剣だった。

 

「じゃあ、ムーディ先輩と付き合ってるんですか?」

「クラーナ? いや違うと思うけど」

「ならトンクス先輩ですか?」

「トンクス? それも違うんじゃないか」

 

 ジェマの視線はもっと真剣になったようだった。

 

「あれですか? 女の子とは平等に付き合う的な? それともとっかえひっかえですか?」

「そんなことは考えてないし、したこともないんだけど……」

 

 いったいジェマの視点からは自分がどう見えているのかオスカーは心配になってきた。

 

「なら、大切にした方がいいと思います。スリザリンは身内を大事にするじゃないですか」

「え? ああそうだな」

「私がオスカー先輩だったら一択だと思います」

「一択?」

「それに、女性へのクリスマスプレゼントはちゃんと考えた方がいいと思います。特に今年は」

「わ、わかった」

 

 ジェマがあんまり強い口調で言うので、オスカーは思わず頷いてしまった。それを見て、ジェマは満足したようだった。

 

「じゃあ失礼します」

「ああ、ピーブズにあったら取りあえずエストの名前を出しとけばいいと思うぞ」

「分かりました。オスカー先輩もエスト先輩の名前を先に出すべきだと思いますけど」

 

 そう言って、ジェマはスリザリン寮へと向かったようだった。オスカーはそれを見届けてから、校長室へと足を進めた。

 

「ワッフル」

 

 校長室前のガーゴイル像にオスカーが合言葉を話すと、前回と同じく、うやうやしくガーゴイルは後ろに下がって、階段が現れた。

 オスカーは合言葉が毎回お菓子の名前だったので、正直、お菓子の辞典か何か名前の分かるものがあれば、あてずっぽうでもあたるのではないかと登りながら考えていた。

 校長室は相変わらず美しい円形の部屋であり、いつかダンブルドアに対してブーイングをしていた歴代の校長たちは寝ている様だった。

 入ってきた扉の脇には金色の止まり木があったが、そこには何もいなかった。オスカーは校長室を見回したが、ダンブルドアはまだいないようで、部屋にあった奇妙な時計も、まだ二十分ほど約束までは時間があることを示していた。

 オスカーが気になったのは、前回は置いていなかった、底の浅い、何か銀色のモヤが入っている、噴水を受ける為の水盆に似たものだった。その銀色のモヤはどこか、守護霊の呪文で出てくる、守護霊を構成する霧に似ているとオスカーは思った。

 少し、その水盆に魅入られていたオスカーだったが、学期初めにやろうと思っていたことを思いだした。部屋に並んでいる棚を見回すと、黒い、つぎはぎだらけの三角帽子が目についた。その隣のガラスケースには、黒ずんで真っ二つになった、レイブンクローの髪飾りが収められている。

 オスカーはもう一度部屋を見回して、ダンブルドアがいないことや、校長たちが眠っているのを確認し、棚から帽子を取ってかぶった。帽子はいつかの時よりも小さく感じたが、それでも前が見えなくなった。

 帽子の小さな声がオスカーにささやいた。

 

「君はオスカー・ドロホフだ。そして理由を知りたがっている」

 

 オスカーは一瞬、思考が止まった。しかし、切り出した。

 

「そうだ。偉大になれるとか、守るべきものとか、いったい何なんだ?」

「わたしは君の中にあるものを見ているにすぎない。そして君が欲しいと思うモノや、君に足らないモノ、君に必要なモノが手に入る寮に組み分けした」

 

 オスカーは一年生の時に言われたことを一言一句違わずに覚えていた。組み分け帽子は守るべきものを手に入れれるなら、グリフィンドールより偉大になれるとオスカーに言ったのだ。

 

「さよう…… 君はもちろんグリフィンドールでも上手くやれる可能性がある」

 

 オスカーは自分の心が完全に読まれていると感じた。この帽子はオスカーが喋らなくても答えを返してくるのだ。

 

「むしろ、本来的には君はグリフィンドールに向いているかもしれない。しかし、君に必要なモノはスリザリンで手に入るものだ」

 

 スリザリンで手に入るモノ? オスカーにはそれがさっぱりわからなかった。

 

「もちろん、必要なモノが得られる寮に組み分けしたとしても、それが手に入るとは限らないし、すぐ手に入れる者もいれば、人生の終わりに差し掛かって手に入れる者もいる。そして、わたしは話さない。わたしは組み分け帽子、組み分けをする帽子だ。組み分けをして、そこから生徒を導くのはわたしの仕事ではない。そしてそれを見つけるのは君だ」

 

 自分で見つけろと言ってるのか? オスカーには組み分け帽子があえて答えを隠してる様にしか思えなかった。わざと抽象的な言葉を使って、自分に見つけさせようとしている。オスカーはそう感じた。

 

「分からないのなら、聞いてみればいいのではないかね? スリザリンの偉大な先達に」

 

 そう言ったきり、組み分け帽子は喋らなくなった。少しして、オスカーは帽子を脱いだ。手にあったのは物言わぬ、ぼろきれのような帽子だった。

 オスカーが帽子を棚に戻しても、ダンブルドアはまだこないようだった。校長たちの肖像画を見ると、何人かが目をぴくぴくさせたり、頬をかいたりしていて、その中で緑色に銀色のローブを着た賢そうな魔法使いが、オスカーの方をあくびの途中で驚いた顔をして見ていた。

 

「貴方は、確か……」

「いかにも、私はフィニアス・ナイジェラス・ブラック。ホグワーツの元校長で、君と同じ、スリザリン出身だ」

 

 オスカーが何も聞かない間に、待ちきれないとばかりにフィニアス・ナイジェラスは自分で名乗った。その名前を聞いたことで、オスカーの中でおぼろげに重なっていたトンクス先生と、目の前の肖像画のフィニアス・ナイジェラスがブラックという苗字で重なった。

 

「ダンブルドアに用事があるのかね? ミスター・ドロホフ」

「はい。あと…… 十分くらいで約束の時間なんですけど」

「なるほど、早く着くとは感心だし、君は他の生徒と違って、ホグワーツの校長に対する礼儀ができているというわけだ」

 

 なんだかオスカーはむずがゆくなってきた。ダンブルドアが言っていた、寮が同じなので自分を好いているというのは本当らしかった。確かに歴代の校長の肖像画を見ても、フィニアス・ナイジェラスやオスカーと同じ、緑と銀色のスリザリンのローブを着ている肖像画はあまりなかったので、無理がないことかもしれなかった。

 

「では、ダンブルドアが来るまでの間、何か聞きたいことがあるかね?」

 

 尖った顎髭を撫でながら、めったに見せたことが無さそうな笑顔でフィニアス・ナイジェラスは言った。

 

「ブラック教授にですか?」

「うむ。スリザリンの先達として、後輩の質問には答えねばなるまい」

 

 組み分け帽子が言っていたのはこう言う事かとオスカーは思った。確かに、ホグワーツの校長にもなった人物で、スリザリン出身となれば相談相手としては申し分ないかもしれなかった。

 

「スリザリン、スリザリンに入ったら何が手に入るんでしょうか?」

 

 オスカーがそう聞くと、フィニアス・ナイジェラスはちょっと目を見開いた。

 

「なるほど…… なるほど…… なるほど…… 君はその辺の若いやつらと違って、自分が正しいと思いあがっていないし、鼻持ちならない根拠の無い自信も持っていないわけだ。そしてホグワーツの校長に聞いたと…… では聞こう。スリザリンの特徴とは何かね?」

 

 オスカーはもう何度もその問いを聞いた気がしていた。特徴、確かにスリザリン寮には他の寮とは違う空気や色があるのはオスカーも感じていたが、果たして、それは自分とエスト、自分とさっき喋ったジェマ、自分とスネイプ先生やトンクス先生との違いほど大きなものなのか? オスカーはその辺りが分からないと感じていた。

 

「野心的、狡猾、純血主義…… そういったことですか?」

「まあ外の連中が言うのはそう言った要素だろう。君は二年生の時にダンブルドアが言ったことを覚えているだろう? 私は彼と色んな点で意見が合わないが、あれは良くスリザリンの特徴を表わしていた」

 

 オスカーは夏休みにパーシーやみんなに言ったことをもう一度思いだした。

 

「機智に富む才智、断固たる決意、規則を無視する傾向、周りを守る心だったと思います」

 

 フィニアス・ナイジェラスはオスカーが一言一言、言うたびに大げさに頷いてみせた。

 

「その通り、まさに偉大な創始者が求めた要素だ。そこに蛇語や純血という要素も入るだろうが、本質的にはそれらの要素だろう。では君はそれらが何のために必要で、いったいどこから出てきたと思うかね?」

 

 どこから出てきたのか? 寮の持つ特徴がどこからか発生したと言うのか? オスカーはまた考えて見た。目の前のフィニアス・ナイジェラス、トンクス先生、エスト…… もしかすると何かヒントを言っていたのかもしれないと考えたからだ。

 そして、クラーナと一緒に前回この部屋に来た時のことを思い出した。あの時、フィニアス・ナイジェラスはスリザリン生について何か言っていたはずだった。確か、スリザリン生は常に自分自身を救うことを選ぶと、だからこそいざという時の勇気は際立つのだと。

 

「自分のためだと言うことですか?」

 

 フィニアス・ナイジェラスは声を上げて笑った。ブラックという名前を聞いたせいか、トンクスの名前の話をしていた時に、声を上げて笑っていたトンクス先生と笑い方が似ているとオスカーは思った。

 

「いかにも、君がさっき言った素晴らしいスリザリン生の特性も、純血主義も全てそこから生まれているはずだ。然り…… 我らスリザリン生は選択の余地があれば、自分自身を救う事を選ぶ。だからこそ、偉大な魔法使いを何人も排出し、魔法史のページを埋めてきた。かのマーリンも、偉大という意味では闇の帝王も……」

「それは……」

 

 フィニアス・ナイジェラスが言ったことは、確かに事実だった。そもそもオスカーが記憶について思いだした方が良いと考えたのも、ハッフルパフの寮でトンクスに自分自身はどうなのかと問われたのが大きかった。

 

「自分自身とその周りを勘定に入れて、それでも目的を達成する意思と能力があるからこそ、我らは自らの野心を満たす事を可能にし、強力な指導者になれる素質、偉大になれる素質があるのだ。分かるかね? ミスター・ドロホフ。これはグリフィンドールの勇敢で気高い自己犠牲ではできないことなのだ」

「スリザリンで手に入るのはそう言ったことなのですか?」

 

 自分自身も含めて全て導くような力が自分につくと、フィニアス・ナイジェラスが言っているようにオスカーには聞こえた。

 

「然り。しかし、臆病なグリフィンドール生や、性悪なハッフルパフ生がいる様に、ほとんどのスリザリン生は素晴らしい特性の一部だけを身に着けるに過ぎない。それは純血主義がなぜあるのかも理解していない生徒がいることからも分かる。いいかね? 純血主義は我らが我らの血を家族を、つまり自分自身とその周りを誇りに思って、守り、行動しているに過ぎない。もちろん、最初は分かっていなくても、そう言った場所に身を置いている間に身につく者もいるが…… しかし…… もし…… 本当の意味でスリザリン生の特性を全て満たせるような…… 真のスリザリン生に相応しい者がいるのなら……」

 

 フィニアス・ナイジェラスが言い淀んだので、オスカーは少し辺りを見回した。すると、歴代の校長たちがいつの間にか起きていて、オスカーとフィニアス・ナイジェラスの話に聞き耳をたてているのが分かった。中にはラッパ型の補聴器を出してまで聞こうとしている校長もいた。

 

「フィニアス、一人で全て満たさなくてもいいのではないかの? スリザリンは身内の結束が強いのじゃから、全ての特性を寮で満たすことは可能じゃろう?」

「ダンブルドアか…… もう少し、外出していればいいものを……」

 

 オスカーはその声を聞いて振り向くと、ダンブルドアと赤と金色の鳥がオスカーの後ろに立っていた。フィニアス・ナイジェラスはその声を聞いてあからさまに嫌そうな顔をした。

 

「さて、オスカー、遅れて申し訳ないが、フィニアスに礼を言ってから話を始めようかの」

「分かりました先生。ブラック教授、お話ありがとうございました」

「うむ。問題ない。今度は他のスリザリン生も連れてきたまえ。ダンブルドア、私の時間を奪ったのだから次の企画をしておいてくれたまえ」

 

 フィニアス・ナイジェラスは大様に頷いた。後ろの肖像画達がオスカー達のやり取りを見て、フィニアス・ナイジェラスの方を指で指したり、何かひそひそ言っていた。

 

「フィニアスありがとう。オスカー、あの水盆の方へいこうかの」

 

 オスカーはさっき気になった水盆の方へ、ダンブルドアに連れられてついて行った。オスカーはさっきフィニアス・ナイジェラスに言われたことも、マートルとヴォルデモートのことも、そして記憶のことも目の前の偉大な魔法使いに聞いて見たかった。

 

「オスカーから夏休みに手紙が届いた時は、肖像画の校長たちが随分と喜んだものじゃ」

「いえ、突然お願いの手紙を送ってしまって申し訳ありません」

 

 ダンブルドアは悪戯っぽく笑って言った。青い目がキラキラと光った。

 

「大丈夫じゃ、オスカーも知っているじゃろう? ニワトコの杖の持ち主はナナカマドの杖の持ち主に惹かれると言う」

 

 ダンブルドアがそう言ったので、オスカーは思わずダンブルドアの杖を見た。確かにそれはエストの杖とほとんど同じ形をしていた。しかし、その杖はオスカーが見たことのあるどの杖よりも古く見えた。

 

「ではまず、オスカーの記憶の話からしよう。他に話したいこともあるじゃろうが…… それはそこの話の後じゃ」

「はい…… 忘却術をかけられた記憶を戻すことは可能なのですか?」

 

 ダンブルドアの言った通りにオスカーは記憶の事から聞くことにした。

 

「非常に難しい話じゃ、聖マンゴにもそれ専用の治療病棟があるくらいには難しい話なのじゃ、しかし不可能ではない」

「どうやるのですか? 逆呪いか何かがあるんでしょうか?」

 

 単純に呪文や魔法薬で直るのなら、オスカーは今すぐにでもそれをした方がいいと考え始めていた。

 

「オスカー、忘却術を破る一番簡単な方法は苦痛じゃ、磔の呪いやそれに匹敵する苦痛ならば忘却術を破ることができる。それも気が狂うほどのじゃ」

 

 オスカーは言葉が出なくなった。ダンブルドアがそんな許されざる呪文について生徒に話すということは、それ以外の解決法が本当に無いことを示していると分かったからだ。

 

「しかし、苦痛で破ることができるとはどういうことか分かるかの? 苦痛とは人間の何かね? オスカー?」

「苦痛……?」

 

 何なのか? 痛いと思うこと…… オスカーはまた考えて、気づいた。

 

「感情ですか?」

「素晴らしい、その通りじゃ、強い感情こそが忘却術を破る手立てになる」

 

 オスカーはそれを聞いて思いだした。彼女のことを思い出したのは魔法省で…… 聞かれたくないと思っていることを何度も聞かれて、段々と色んな事を思いだしたのだ。

 

「でもどうやって、感情? それは記憶に関して感情を持てばいいのですか?」

「そうじゃ、つまり、オスカーがその記憶に関して、嬉しかったり、辛かったりするのなら思いだせる確率は上がるじゃろう」

 

 オスカーはダンブルドアの言っていることは間違いない気がした。それに幸いなのか、それとも不幸なのか、オスカーが思い出したいそれには、開心術やまね妖怪等、つらく心が動く時が多いはずだった。

 

「そして、その為に使うのがこれじゃ、憂いの篩という」

「憂いの篩?」

 

 ダンブルドアが銀色のもやが入っている水盆を指した。相変わらず水盆にはもやが漂っていたが、オスカーはどこか人の顔が見えたり、声が聞こえてくる気がした。

 

「これは非常に貴重で古い魔法具なのじゃ、オスカーはホグワーツがなぜここに造られたのか知っておるかの?」

「なぜ? ですか? 魔法の力が強かったからではないのですか?」

 

 いったいどうこの水盆とホグワーツの話が繋がるのか、オスカーには見当もつかなかった。

 

「実は、ホグワーツがこの地に造られた理由の一つがこの憂いの篩じゃと言われておる」

「この水盆がですか?」

「そうじゃ、この憂いの篩はホグワーツができる前からここにあったと言われておる」

「ホグワーツができる前から?」

 

 だとすれば、この憂いの篩と呼ばれる魔法具は千年近く前からここにあることになるのだ。オスカーはちょっと灰色のレディにでも聞いてみたくなった。

 

「さて、では今の話を聞いて、この憂いの篩の力が何か分かったかの?」

 

 記憶を思いだすために感情を呼び起こす必要があり、そしてホグワーツよりも早くあり、ホグワーツをこの地に造る理由になったモノの力…… オスカーはそれらの情報に加えて、銀色のもやが、さっき何に似ていたと考えていたのかを思いだした。幸せの記憶、守護霊と似ていたのだ。

 

「記憶? 記憶がこの中には入っている?」

「そうじゃ、これは憂いの篩、またの名をペンシーブ。魔法使いの記憶をここにとどめることができる」

 

 ダンブルドアが憂いの篩に杖をやり、銀色のもやを一筋取り上げて、自分の頭に戻した。そして自分の頭に杖をやって、新たに一本、銀色のもやを憂いの篩へと入れた。

 

「ホグワーツの創始者は記憶をとどめるこの魔法具を見て、ここにホグワーツを創ろうと考えたのじゃ、なんとも素晴らしいことだと思わないかの? まさに記憶と思いと知識を伝えるのに、これ以上無い場所だと言う事なのじゃ」

「記憶……」

 

 オスカーは少し、恐ろしくなった。自分は自分の覚えていない記憶を見て、耐えられるのだろうか? そもそも失った記憶の中のオスカーは何をやっていたのかすら覚えていないのだ、もし、さらに取り返しのつかない記憶を取り戻したのなら、さっきのフィニアス・ナイジェラスのように、自分自身のことを考えることができるのか、自信が無かった。

 

「ではオスカー、少しだけわしの記憶の旅にいこうかの? 心配することは無い、ワシは君より長く生きている分、君より恥ずかしいことも沢山してきておるからのう」

「はい……」

 

 二人は銀色のもやが渦巻く水盆へと近づいていった。




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