ダンブルドアが自分の耳に杖をやると、水盆の中にある銀色のもやと同じものが出てきた。オスカーにはそれが記憶なのだろうと直観的に分かった。
今度は水盆の中にダンブルドアは指を入れてかき混ぜ始めた。オスカーはその動作をじっと見ていた。
「君の記憶を呼び覚ますような記憶がわしにあればよかったのじゃが、しかし、この記憶は随分と君の興味を引くじゃろうと思う。それに、わしには分からないことも君なら分かるのかもしれない。オスカー、この憂いの篩に顔をつけるのじゃ」
「はい……」
水盆に渦巻く、銀色の記憶に首を突っ込むと、オスカーは一瞬顔がひやりとした。少しの間、暗闇の中を落ちて行く感覚があり、気づくと賑やかな街角に立っていた。
石畳で覆われた道路の上を道を行く馬車が隣を通りすぎて行った。オスカーはマグルの服装に詳しくなかったが、どう見ても街行く人の服装や風景自体が相当に昔のモノに見えた。
「さて、オスカー、もう記憶の中のわしはだいぶ先にいってしまっている様じゃ、少し歩くかの」
「分かりました、先生。ここはロンドンですか?」
「そうじゃ、それももう何十年も前のマグル達が住むロンドンじゃ」
オスカーの予想はあたっていたようだった。ダンブルドアは覚えているのか、迷いなく進み、鉄の門を通って、みすぼらしい中庭に入った。その一番奥まった場所に、石造りの雰囲気の悪い建物が鉄柵に囲まれて建っていた。
ダンブルドアはその建物の入り口へと歩いて行った。ドアは開いていて、オスカーもダンブルドアに続いた。
「トム・リドルの生い立ちについて、何かお話いただけませんでしょうか? この孤児院で生まれたのだと思いますが?」
オスカーがさっき聞いたダンブルドアの声よりも、少し違う、若さがある声が聞こえてきた。
「そうですよ。あのことは、何よりはっきり憶えていますとも。なにしろわたしが、ここで仕事を始めたばかりでしたからね。大晦日の夜、そりゃ、あなた、身を切るような冷たい雪でしたよ。ひどい夜で。その女性は、当時のわたしとあまり変わらない年頃で、玄関の石段をよろめきながら上がってきました。まあ、何も珍しいことじゃありませんけどね。中に入れてやり、一時間後に赤ん坊が産まれました。それで、それから一時間後に、その人は亡くなりました」
若い頃のダンブルドアらしき、ビロードのスーツを着た人物と、何か不安でもあるのか、気難しげな顔をした、手に酒をもった女の人が話していた。
「これは、ヴォルデモートのことを言っているんですか?」
「そうじゃ、ここはトムの生まれ育った場所じゃ」
老いたダンブルドアがそう言って、オスカーは少し信じられない気分だった。この建物は清潔ではあったが、明らかにオスカーから見て、みすぼらしい外見かつ内装だったからだ。それはスリザリンの末裔だと自分で言っていたヴォルデモートが育った場所としては、なんとも考え難い場所だった。
「わたしにこう言いましたよ。『この子がパパに似ますように』。正直な話、その願いは正解でしたね。なにせ、その女性は美人とは言えませんでしてね――それから、その子の名前は、父親のトムと、自分の父親のマールヴォロを取ってつけてくれと言いました――ええ、わかってますとも、おかしな名前ですよね? わたしたちは、その女性がサーカス出身ではないかと思ったくらいでしたよ――それから、その男の子の姓はリドルだと言いました。そして、それ以上は一言も言わずに、まもなく亡くなりました」
「さて、わたしたちは言われたとおりの名前をつけました。あのかわいそうな女性にとっては、それがとても大切なことのようでしたからね。しかし、トムだろうが、マールヴォロだろうが、リドルの一族だろうが、誰もあの子を探しにきませんでしたし、親戚も来やしませんでした。それで、あの子はこの孤児院に残り、それからずっと、ここにいるんですよ」
その女性が言っていることがオスカーにはさっき聞いた、ここがヴォルデモートの出生地だと言う事よりも信じ難かった。ヴォルデモートが、トム・リドルが孤児だった?
「ダンブルドア先生…… ここはマグルの孤児院ですよね?」
「そうじゃ、ここはマグルの子供達が住む孤児院であり、ここでトムはマグルの子供や孤児院の職員に囲まれて育ったのじゃ」
スリザリンの末裔が、世界で一番恐れられている魔法使いがマグルの孤児院で育った? オスカーにはやっぱり信じられなかった。こんな自分の家よりも小さい家で、マグルの子供に囲まれて、魔法の事など一切教えられないだろう場所で育ったであろう事実が、オスカーには信じ難かったのだ。
オスカーが混乱している間にも、若いダンブルドアと女性の話は続いているようだった。
「オスカー、そろそろわしが移動するようじゃ、では会いにいくかの」
オスカーは無言で二人のダンブルドアについていった。女の人は若いダンブルドアを案内する途中で、灰色の服を着た孤児を叱ったりしていた。汚いと言うほどでは無かったが、オスカーはペンスがいればもっとましな服を子供に着せるだろうし、廊下や部屋の中も磨きあげられているだろうと考えていた。何より、オスカーはこの孤児院の雰囲気がほとんど光の入らない、スリザリンの談話室よりも遥かに暗く感じたのだ。
オスカーと老いたダンブルドアは若いダンブルドアに続いて、女の人が案内した部屋に入った。
「これがヴォルデモート? ホグワーツに入る前の?」
「その通りじゃ、十一歳のトム・リドルじゃ」
若いダンブルドアと少年のトム・リドルは何かを喋っている様だったが、オスカーには余り聞こえていなかった。こんな、他の孤児と同じ灰色の服を着て、ぼろ箪笥に椅子が一つ、他にはベッドしかない部屋にいるのが、あのおぞましい魔法使い? 人の不幸や恐怖を笑う不愉快な高笑いをする、赤く血走った眼を持つ魔法使い? オスカーはトム・リドルを凝視していた。
「きみが狂っていないことは知っておる。ホグワーツは狂った者の学校ではない。魔法学校なのだ」
若いダンブルドアがそう言うと、沈黙が流れていた。オスカーにはトム・リドルが内心でとんでもなく混乱しているであろうことが分かった。トムは動きを止め、目だけをダンブルドアの方へ何度も何度も動かしていた。
「魔法?」
「そのとおり」
「じゃあ…… じゃあ…… 僕ができるのは魔法?」
「きみは、どういったことができるのかね?」
「いろんなことさ……」
オスカーの眼から見ても、トムは興奮していた。興奮の渦がトムの体から首、そして顔へと昇っているのが見えるようだった。
「物を触らずに動かせる。訓練しなくとも、動物に僕の思いどおりのことをさせられる。僕を困らせるやつには嫌なことが起こるようにできる。そうしたければ、傷つけることだってできるんだ」
トムは興奮のあまり、立っていられなくなったのか、少し前のめりになって、ベッドの上に座った。まるで信じられないモノを見る目でトムは自分の両手を見ていた。
「僕はほかの人とは違うんだって、知っていた。僕は特別だって、わかっていた。何かあるって、ずっと知っていたんだ」
「ああ、きみの言うとおり」
若いダンブルドアの声よりも、オスカーにはそのリドルの動作、表情、声、そして、『僕は特別』、その言葉が耳に残って離れなかった。オスカーの中で強烈にクリスマスのエストと目の前のトム・リドルが関連づけられた。もはやオスカーが考えまいとしても、どうしても繋がって見えた。
そして、オスカーにはトム・リドルが自分の場所を初めて与えられたようにしか見えなかった。これから色んな人や世界を恐怖に陥れていく、その場所が、自分が特別だと肯定してくれる、最初の場所が与えられたようにしか見えなかった。
「きみは魔法使いだ」
明らかな喜びの表情がトムの顔に浮かんだ。十一歳という年齢にもかかわらず、十分に整っていると分かるその顔に浮かんだ喜びの色は、どこか本能的な衝動でそのハンサムな顔を上書きしていた。
オスカーには二年前のクリスマスで必要の部屋に髪飾りがあると確信した時のエストと、そのトムの顔が重なって見えた。オスカーはその顔をエストがするときは、エストが何か考えていたことが本当だと確信した時の顔だと経験的にわかっていた。
「これが…… これが…… トム・リドルですか? ヴォルデモートですか? 世界一邪悪な魔法使いがマグルの孤児院で生まれ育った?」
「そうじゃ、これがホグワーツに入る前にわしが出会ったトムじゃ」
トムと若いダンブルドアはしばらく喋っていて、箪笥を燃やしたり、何か言い合ったりしている様だったが、オスカーには分からなかった。なぜこんな場所で育った人間があんな魔法使いになったのかが分からなかった。
「オスカー、そろそろ一度戻ろうかの?」
「はい…… 先生」
ダンブルドアがオスカーの手をとると、二人はまた来た時の暗闇を登って、沢山の校長たちが興味深げに二人を眺める校長室へと戻っていた。
「憂いの篩がどういったものか分かってくれたじゃろうか?」
「はい…… リドル…… ヴォルデモートはマグルの孤児院で生まれた…… それにあいつは自分は特別だとすでに気づいていた…… 魔法に初めて会ったはずなのに」
オスカーはダンブルドアの質問にうわのそらで答え、少し不味いと思って、ダンブルドアの顔を見ると、その青い眼はオスカーの方を興味深げに眺めていた。
「そうじゃ、あやつはすでにあの年で魔法を行使し、自分が人と違うという意識を持っておった。魔法と言う言葉を知りもしないのにじゃ。オスカー、他に何か感じたことはあるかの?」
「俺には…… まるで、あいつが初めて…… なんていうのか…… 場所? 認識? そういう自分を認めてくれているモノが初めて与えられたように見えました」
ダンブルドアはオスカーの言葉にうんうんと頷いているようだった。オスカーはそれ以外に何も言いたくなかった。エストやミュリエルから聞いたダンブルドアの話と重なって見えたなどと目の前のダンブルドアには言いたくなかったのだ。
「ふむ…… やはり興味深い話じゃのう。ではもう一つ記憶に付き合って貰えるかの? これもまた、あやつに関わる記憶なのじゃ」
「わかりました……」
またダンブルドアが自分の頭から記憶を憂いの篩に入れ、かき混ぜた。ダンブルドアが先に入ったので、オスカーも続いた。
オスカーは目を開けて少し周りを見回した。なぜなら、少し様子は違うものの、そこはさっきまでいた校長室だったからだ。オスカーの知るダンブルドアと少しだけしわが少なく見えるダンブルドアが並んでいた。そして、その目の前に座っているのは……
オスカーは思わず目を見開いた。まるでひどく焼け爛れたようなその顔をオスカーは見たことがあった。血走っているその眼をオスカーは間近でみたことがあったのだ。
「わたくしは実験した。魔法の境界線を広げてきた。おそらく、これまでになかったほどに」
「ある種の魔法と言うべきじゃろう。ある種の、ということじゃ。ほかのことに関して、きみは…… 失礼ながら…… 嘆かわしいまでに無知じゃ」
ダンブルドアはまるでヴォルデモートを憐れむような口調で、そしてそれを聞いたヴォルデモートは笑っていた。その笑い顔はミュリエルやリータの笑い顔よりも遥かに邪悪で、いつか叫びの屋敷でオスカーが見た笑みにそっくりだった。
「古臭い議論だ。しかし、ダンブルドア、わたくしが見てきた世の中では、わたくし流の魔法より愛の方がはるかに強いものだという、あなたの有名な見解を支持する者は皆無だった」
「きみはおそらく、間違ったところを見てきたのであろう」
愛がヴォルデモートの言う魔法。闇の魔法よりも強い? オスカーにはヴォルデモートとダンブルドアが何を喋っているのか理解できなかった。
「それならば、わたくしが新たに研究を始める場として、ここ、ホグワーツほど適切な場所があるでしょうか? 戻ることをお許し願えませんか? わたくしの知識を、あなたの生徒たちに与えさせてくださいませんか? わたくし自身とわたくしの才能を、あなたの手に委ねます。あなたの指揮に従います」
ヴォルデモートはそう言ったが、オスカーにはヴォルデモートにそんな気があるとは全く思えなかった。それにダンブルドアはそれを聞いてさらに警戒の色を強めたようだった。
「すると、きみが指揮する者たちはどうなるのかね? 自ら名乗って、という噂ではあるが『死喰い人』と称する者たちはどうなるのかね?」
ヴォルデモートは痛いところを突かれた、言われたくないことを言われたようにオスカーには見えた。
「わたくしの友達は…… わたくしがいなくとも、きっとやっていけます」
「その者たちを、友達と考えておるのは喜ばしい」
ヴォルデモートの言葉にはさっきまでの余裕ぶり、見下すような響きが無くなっていた。明らかにダンブルドアに対して警戒していたのだ。
「むしろ、召使いの地位ではないかという印象を持っておったのじゃが」
「間違っています」
「さすれば、今夜ホッグズ・ヘッドを訪れても、そういう集団はおらんのじゃろうな、ノット、ロジエール、マルシベール、ドロホフが、きみの帰りを待っていたりはせぬじゃろうな?まさに献身的な友達じゃ。雪の夜を、きみとともにこれほどの長旅をするとは。きみが教職を得ようとする試みに成功するようにと願うためだけにのう」
オスカーはヴォルデモートのこのセリフを聞かすために、ダンブルドアがこの記憶に連れてきたのではないかと考えた。すでにこの時から、この時よりも前の学生時代から、オスカーの父親はヴォルデモートに付き従っていたはずだった。
「相変わらず博識ですね、ダンブルドア」
「いや、いや、あそこのバーテンと親しいだけじゃ。さて、トム……」
ダンブルドアは飲んでいたワインらしき飲み物を置いて、ヴォルデモートの方を見た。オスカーにはそのバーテンが誰で、なぜ死喰い人たちの正体がばれたのかがわかった。
「率直に話そうぞ。互いにわかっていることじゃが、望んでもおらぬ仕事を求めるために、腹心の部下を引き連れて、きみが今夜ここを訪れたのは、なぜなのじゃ?」
「わたくしが望まない仕事?とんでもない、ダンブルドア。わたしは強く望んでいます」
「ああ、きみはホグワーツに戻りたいと思っておるのじゃ。しかし、十八歳のときもいまも、きみは教えたいなどとは思っておらぬ。トム、何が狙いじゃ?一度ぐらい、正直に願い出てはどうじゃ?」
ヴォルデモートが教職を望んでいた? オスカーの頭の中でまた嫌な連想が浮かんだが、それよりも、ヴォルデモートがここ、ホグワーツに来た理由が気になった。
「あなたがわたしに仕事をくださるつもりがないなら――」
「もちろん、そのつもりはない、それに、わしが受け入れるという期待をきみが持ったとは、まったく考えられぬ。にもかかわらず、きみはやってきて、頼んだ。何か目的があるに違いない」
目的…… オスカーはその理由が何かピンときた。ヴォルデモートがホグワーツに来たかった理由。それも色んな場所を巡った後に……
「オスカー、記憶はここまでじゃ。一度戻ろうかの」
ダンブルドアがそう言って、オスカーの手を持つと再びの暗闇が一瞬あり、今現在の校長室へと戻っていた。
「一度座ろうかの? 少し話をわしもしたいのでの」
「はい」
オスカーとダンブルドアは向かい会って座った。赤と金色の鳥がオスカーの傍まできて、頭を差し出したので、オスカーはその頭を撫でた。鳥の頭からは不思議な温かさが伝わってきた。
「さて、わしが君に記憶を見せたのは憂いの篩の効果を説明するのに加えて、君に助言を貰いたかったのじゃ」
「俺にですか? ダンブルドア先生が? スネイプ先生やスクリムジョール先生、それにもっと色んな魔法使いや魔女と先生はお知り合いではないんですか?」
オスカーにはダンブルドアが何をもってそう言ったのか分からなかった。
「君にじゃ、オスカー、他でもない君に。確かに前の戦争の時代、ヴォルデモートの手を逃れた魔法使いは何人かいた。ポッター夫妻やロングボトム夫妻は三度もあやつの手を逃れたし、それ以外にも雄々しく戦った者達もいる。しかし、あやつを仮初の体とは言え、撃退したのは君じゃ」
「それは…… クラーナやレアや灰色のレディや…… それに単に運が良かっただけで……」
実際に賭けがはまっただけであり、細い線の上を、踏み外せば死ぬだけの線の上を運よく渡っただけだと、オスカーはそう思っていた。
「その運が良かったのが重要じゃよ、それに君はあやつのことをよく分かっておった。そうでなければ運がいいと言える状態まで持っていくことはできなかったじゃろう」
オスカーは何も言い返す気がしなかったし、ダンブルドアが自分に何を求めているのか分からなかった。
「そして…… 君は死喰い人の中でも最も古くからあやつに付き従っている人物の息子でもある」
それは確かに事実だったし、ヴォルデモートが孤児院で生まれ育ったのと同じく、オスカー自身には変えようのない事だった。
「ではオスカー、あやつはなぜホグワーツに来たと思うかね?」
「髪飾りを置きに来たのだと思います。レディはあいつがホグワーツには戻ってこなかったと言いましたが、あの時に来た事を知らなかったのだと思います」
ダンブルドアはこれまでよりも力強く頷いた。オスカーはやはり自分の想像は正しかったのだと考えた。
「そうじゃな、わしもそう思っておる。恐らくあやつはあの時に必要の部屋に髪飾りを置いたのじゃろう。そしてそのためにホグワーツに来たのじゃ」
それを聞きながら、やはりオスカーは自分の父親とヴォルデモートの話が出たため、マートルのことを聞きたくなった。
「先生、少し…… 話が変わるのですが、嘆きのマートル…… マートル・ウォーレンはヴォルデモートや俺の父親が通っている時代に死んだと聞きました」
今度はダンブルドアが驚いているようだった。その驚きようは先ほどの記憶の中のダンブルドアよりも大きいようにオスカーには見えた。
「なんと、確かにマートルはトムや君のお父上が学生だったころに亡くなったのは確かじゃ」
「何か…… 関連があるのですか? マートルは何も言ってませんでしたが、俺には偶然には思えなかったので聞きました」
ダンブルドアにとってはそれが予想外の話題だったことがオスカーには分かった。珍しく、ダンブルドアが次に何を言うのか考えているように見えたからだ。
「そうじゃの、マートルが亡くなった原因も、それが人物であれ、動物であれ、呪いであれ理由は判明しなかったとだけ言っておこう」
「ダンブルドア先生がいたのに…… ですか?」
オスカーは信じられなかった。ダンブルドアのおひざ元で謎の死亡事件が起きたというのだろうか? どう考えても、ヴォルデモートとマートルの死は繋がっているようにしか思えなかった。
「そうじゃ、わしはそれを止めることができなかった。その上、その原因は公式上は突き止められた事になっており、非常に信憑性が低いが、一人の学生が退学になり、そして一人の学生はその原因を突き止めたとして、君と同じ特別功労賞を授与された」
特別功労賞のトロフィーを貰った時、前の特別功労賞が誰だったのかオスカーは見ていた。
「貰ったのは、学生時代のヴォルデモートだったはずですよね? 確かにトム・リドルとトロフィーに名前があったのを見ました」
「そうじゃの、君に隠しごとをしても仕方がないが…… 恐らくあやつが何らかの形でマートル・ウォーレンを殺害し、それを違う誰かに押し付けたのは間違いないとわしも思うておる」
学生時代にすでに殺人事件を起こしていた? あの小さな少年が数年も経たないうちに? オスカーはやはりヴォルデモートが理解できなかった。
「そうですか……」
「うむ、少し話しがずれてしまったが、君に意見を求めたのはやはり正解だったじゃろう。そして君にはもう少し、協力してもらいたいことがある」
「俺にですか?」
協力して貰う事? 自分に今から死喰い人になる準備をして、もしヴォルデモートが復活したらスパイにでもなれとでも言うのかとオスカーは一瞬考えた。しかし、ダンブルドアがそんな事を言うとは思えなかった。
「恐らく君にしかできないことじゃ…… 君の御父上、アントニン・ドロホフは最も古い死喰い人でもあり、あやつ、ヴォルデモートからも周りからも腹心と思われていた一人じゃ」
それを言われただけで、オスカーはなんとなく予想がついた。予想通りなら、記憶を取り戻すことと関連しているはずだった。
「もし、ヴォルデモートについて何かお父上が言っていたことを思いだしたのなら、わしに伝えて欲しいのじゃ」
「分かりました。それはどんなことでもという事ですか?」
「そうじゃ、あやつの学生時代を知る人物は少ない上、その中でもあちら側の人間の話を聞くことは余りにも困難なのでな」
「はい、何か思いだしたら先生にお伝えします」
いったいダンブルドアは自分に何を求めているのか? 何のためにヴォルデモートに関する記憶を集めているのか、オスカーは少し考えてみたがあまり見当はつかなかった。
オスカーがもう一度ダンブルドアの方を見ると、ダンブルドアはオスカーの方を見て、ニッコリと笑っていた。
「さて、では本題に入ろうかの。憂いの篩の効果はわかったじゃろう? 記憶を取り出す魔法は困難な魔法ではあるが…… 君は似たことをしたことがあるのではないかな?」
「守護霊の呪文のことをおっしゃっているんでしょうか?」
これまでにオスカーが少しでもかかわったことのある記憶に関する魔法や技術は、魔法薬でやった忘れ薬、トンクスがこけて粉々に割ったホグズミードに売られていた思い出し玉、それに開心術に閉心術、そして守護霊の呪文だった。
「その通りじゃ、自分の取り出したい記憶をイメージして、頭…… こめかみの部分に杖をやって記憶を取り出すのじゃ、さっきのわしのようにの」
「記憶をイメージ……」
どの記憶をイメージすれば良いのか? 彼女との記憶なのか、母親との記憶なのかそれとも…… オスカーはしばらく考えて、守護霊の呪文のことを考え、それを道しるべのようにして取り出そうとする記憶を決めた。
何故か、オスカーは自分の杖がいつも使う時よりも自分と繋がっていて、まるで体の一部に近づいている。そんな気がした。
オスカーは杖をこめかみにあてて、記憶をイメージし、ゆっくりと杖を離していった。何か自分の一部が離れて行くような、体ではないどこかの痛みがした気がして少し目をしかめた。眼を杖にやると銀色のもやが杖にまとわりついているのが見える。
「憂いの篩に入れるのじゃ」
銀色のもやをそのまま憂いの篩にやって、オスカーはさっきダンブルドアがやったように自分の手でそれを混ぜた。不思議な冷たさがオスカーの手にまとわりついてくる。
「さて、準備ができたようじゃの? では一人でいくかね? それともわしがついていった方がいいかの?」
ダンブルドアの言葉に驚いて、オスカーは少し口をポカンと開けていた。てっきり問答無用でついてくるのだろうとオスカーは思っていたのだ。
「ついてきて貰いたいです。戻り方もいまいち分からないですし」
「ふむ…… ではお邪魔するとしよう。わしも他の人の記憶に、その記憶の持ち主と一緒に入るのは久しぶりなのでのう」
そう言うダンブルドアに頷いて、オスカーは憂いの篩に頭を突っ込んだ。また冷たい感覚と、暗闇があり、いつの間にかオスカーはトンボの行きかう木立の中にいた。
ほとんど同じような風景が続く場所だったが、オスカーにはどこに行けばいいのかが分かった。後ろにダンブルドアがいるのを確認し、目的の場所へと迷いなく進んだ。
風が葉や木を揺らす音に加えて、子供の声が聞こえてくる。二人分の声で、男の子が女の子に質問しているようだった。
「●●●はマグルの学校に通ってるんだろ? マグルの学校って何を教えるんだ?」
「何って何だい?」
「ホグワーツでは呪文とか薬の作り方とかを習うって昨日僕が話しただろ? じゃあマグルの学校では何を習うのか気になったんだ。母さんやペンスはマグルの事なんかしらないし……」
「オスカーの言う、呪文とかそう言うのがほんとなのかは私も分からないけど、私の学校ではそんなの習わないよ」
ペンスが用意しただろうピカピカの服を着た、ホグワーツに入る前のオスカーと同じ年くらいの女の子が喋っていた。小さなオスカーは何か小包のようなものを手に提げている様だった。
「じゃあ何を習うんだ?」
「最近始まった授業は社会とか理科かな」
「社会? 理科? それは何をやるんだ?」
女の子はまるで小さいオスカーの方を何か面白いおもちゃを見るような目で見ているとオスカーは思った。それに対して小さいオスカーの方は、本当に色んな事を聞きたくて仕方がないように見えた。
「理科はその辺の草とか虫とかそう言うのの話かな」
「その辺の?」
二人は自分達のいる周りを見回していた。夏の木立の中を沢山のトンボが相変わらず行き交っていた。
「うーん…… オスカー、トンボを捕まえてよ、前やってたやつ」
「魔法がみたいの? やってもいいけど、●●●だってできるだろ? 僕ばっかりやってても練習にならないんじゃないか?」
「アレが魔法かどうか分からないし、私はオスカーみたいに上手くできないから」
「分かったよ」
気の無い返事だったが、小さいオスカーにとっては彼女からお願いされたのが嬉しいようだった。小包を下において、腕をまくりトンボの方を真剣に見つめた。
すると幾匹も飛んでいた内の一匹が二人の方へ来て、女の子が手を合わせて水をすくう時のようなかっこうをしている中にとまった。オスカーはそれを見て得意気だった。
「ほら、オスカー、これみてよ」
「これって?」
「トンボの眼って、いっぱい小さいのがあつまってできてるのが見えるだろう?」
「うわ…… なんか一杯あって気持ち悪いな」
「もう…… せっかく私が習ったことを教えようとしてるのに」
微妙な顔をしているオスカーを見て、女の子は少し怒っているようだった。今度はそれを見た小さいオスカーがちょっと不味いと思った様だった。自分で自分を見ているオスカーからしても、この頃の自分は両親とペンス以外の人間にほとんど会ったことが無く、同世代の人間とのコミュニケーションの取り方がわからないのだろうと思わざるを得なかった。
「これって小さい眼が一杯集まってるらしいんだ」
「眼が一杯? なんの意味があるんだ?」
「それぞれ別の場所を見れるらしいよ、だからトンボは後ろも前も全部一緒に見えるんだよ」
「へえ、便利だな何でも見えるって」
今度は女の子の方が得意気に見える。女の子からすると、常識のようなことを知らないオスカーは話して面白い存在なのかもしれない。オスカーは自分が体験したときとは違う見方ができるようになっている気がした。
「何でもは見えないんじゃないかな?」
「え? でも今、前も後ろも見えるって言ったじゃないか」
小さいオスカーは何を言っているのか分からないという顔で、それを見た女の子はもっと得意気に口角を上げた。
「だって、こいつは自分は見えないだろう?」
「はあ? そんなの当たり前だろ…… 確かに見えないけどさ」
「ほら、オスカーも答えられなかった。私も先生に問題を出されて答えられなかったから一緒だね」
「そんな一緒いらないよ。マグルの先生って言うのは意地悪なんだな」
余り納得していないと言う顔を小さいオスカーはしていた。そして、さっき置いた小包を取り出そうとした。するとそこでまるで擦り切れたローブの様に辺りの景色がぼやけ、銀色のもやがあたりに現れたようだった。チャンネルの合わない魔法ラジオのように遠くで二人の声が聞こえている気がした。
「ここは記憶があやふやなのじゃろう」
後ろからダンブルドアの声が聞こえて、思わずオスカーは飛び上がった。オスカーは完全にダンブルドアが一緒に記憶に入っていたことを忘れていた。
「俺の記憶がないから再現できないってことなんでしょうか?」
「そうじゃ、ほれ、そろそろ戻ってきたようじゃ」
また二人の姿と声が戻ってきた。小包は明けられていて、小さいオスカーの口には何か黒っぽいものがついているようだった。
「オスカー、チョコが口についてるよ」
「え? あっ」
オスカーはそれを見て、夏休みのペンスの話を思いだし、おぼろげに記憶が蘇ってきた。この時、前日にマグルのお菓子を貰い、それを少し持って帰ってペンスに作ってもらったのだ。そしてお菓子を渡して、女の子にペンスや家の事を自慢したかったのだ…… それに、この時の女の子の反応が良かったので、それからドロホフ邸にいた頃も、オスカーは何度もペンスに言って作って貰っていたのだ。
「トンボの話でもいいけど、もっと話をしてくれよ」
「トンボの話を聞きたいのかい? えっと、先生はトンボは生き物だけど、色んな意味があるんだって言ってたかな」
「色んな意味?」
オスカーは二人の会話を聞きながら、必死に何か思いだせないかと考え続けていた。さっきお菓子の話を思いだしたことを受けて、とにかく思いだせないことが、忘れていたことが、そのまま何もしなかったことが許されざることだった気がして仕方が無かったのだ。
「イギリスだとドラゴンとか悪い意味のことが多いらしいんだけど、他の国では違うんだって」
「ドラゴンの何が悪いのかは分からないけど、違うって何が違うんだ?」
ダンブルドアはオスカーの後ろで、じっと成り行きを見守っているようだった。
「トンボってどいつを見ても前にしか飛ばないだろう?」
「まあそうかも」
「だから、前に何があっても進み続ける勇気の意味があるんだって」
「そう考えるとかっこいいかもな、さっきは気持ち悪いと思ったけど」
「ほんとは空中で止まったりバックしたりもできるらしいけどね」
「なんなんだよ…… それ」
小さいオスカーは女の子にいいように弄ばれているように見えた。しかし、今のオスカーから見ても二人共楽しそうに見えたのだった。
「ねえ、魔法って空を飛ぶこともできるんだよね?」
「うん。呪文で浮かしたり、箒とか絨毯に乗って飛ぶんだよ。僕も一回絨毯には乗せて貰ったことがあるし、●●●は空を飛びたいのか?」
質問を聞いた女の子は視線を飛んでいるトンボに移し、手を伸ばしてちょっと集中する顔をすると、トンボの群れがこれまでの軌道を変えて、高く飛んで行った。
「やっぱりオスカーみたいに上手くできないね。うーんと、私はどっちかと言うと高い所に行ってみたいかな、ここは田舎だし、私は山に登ったことも無いし、ロンドンに行ったことも絨毯や箒に乗ったこともないから」
「箒にはホグワーツで乗れるらしいし、それにホグワーツは何本も高い塔がある城だって母さんが言ってたよ」
やはり、小さいオスカーは魔法界の話を女の子にするのが楽しいようだった。自分の世界の話をするのも、女の子が興味を持ってくれるのも両方楽しいのだろうとオスカーは思った。
「じゃあオスカー、私にもしオスカーが言うホグワーツに入学するための手紙が来て、ホグワーツに行けたんなら一番高いとこまで行こうよ」
「手紙は絶対くると思うけど…… いいよ。でも行ってどうするんだ?」
「だって……」
また、景色や声が乱れ始めた。オスカーが覚えておらず、憂いの篩が再現できないのだ。そして、オスカーはもう自分が入れた記憶が終わりであることを覚えていた。
自分は確かにどうして一番高い所まで行きたいのかを聞いたはずなのに、それを覚えていない。どうしてもそれが許されないことである、そんな気がオスカーはしたのだった。
「終わりのようじゃの?」
「はい、先生」
ダンブルドアに答えた瞬間、浮遊感と暗闇があり、いつの間にかオスカーは校長室へ戻っていた。静まり返った校長室で、ダンブルドアの青い眼と歴代の校長たちの視線がオスカーに突き刺さっていた。
「さて、どうだったかね? わしとしては外出禁止時間以外は君に天文台の塔に出入りする許可を与えたいところじゃが……」
「それは今の俺には必要ないと思います。それよりも…… 今日のようなことを何回かお願いできるんでしょうか?」
なぜ高い所まで行きたいのか思いだすことすらできず、そんな自分が一人でホグワーツで一番高い所までいく自信がオスカーには無かった。
「そうじゃったの、わしもできるだけ時間をつくりたいところなのじゃが…… 恐らく取れない状況もでてくると思うての。わしがいない時間はセブルスにお願いしておいた」
「スネイプ先生ですか?」
「そうじゃ、スネイプ先生は閉心術や開心術、真実薬のエキスパートであるし、なにより君の寮監じゃ。なので、今日と同じことをする時はわしが担当するかセブルスが担当するかを君にふくろうで送っておこう」
「ありがとうございます」
オスカーはダンブルドアの後ろ盾があるというのは心強いと考えた。果たして他の事を思いだすことができるのかは分からなかったが。
「では今日も大分時間が過ぎてしまったことじゃから、そろそろ時間にしたいと思うが、何か他に聞きたいことはあるかの?」
聞きたいこと…… オスカーが考えたのは、このダンブルドアの時間や記憶を思いだすという行為そのものについてだった。
「この…… 俺が思いだそうとしていることと言うのは、周りのみんなに言うべきなのでしょうか?」
「そうじゃの、君には頼りになる仲間がいるわけじゃ。話せば君を心配して助けてくれるじゃろう。これはチャドリー・キャノンズが最下位でシーズンを終えるのと同じくらい明白なことじゃ」
ダンブルドアの言う通りだった。だからオスカーは周りのみんなに話すのが嫌なのだ。もちろん自分がそういったことを過去にしでかしてしまったことが知られるのは怖かったが、それ以上にみんなを心配させることが嫌だった。
「しかし、こればかりは自分で決めねばならないじゃろう。自分の秘密を話すのはもちろんその人間を信頼していることの証拠でもある。しかし、親しいが故に言えないこともあるじゃろう。オスカー、君が決めるのじゃ、誰にいつ何を話すのか。全てを喋るのか一部を喋るのか、何も言わないのか。どれをとっても同じくらいの勇気がいることじゃろう」
どれをとっても同じくらいの勇気がいる? 黙っていることにも勇気がいるのだろうか? オスカーはまた分からないことが増えた気がした。
「最後は自分が決めねばならぬ。しかし、そう言ったことはスリザリンの得意とするところじゃ、ではオスカー、決闘トーナメントの方も期待しておる。もちろん、わしよりもフィニアスの方が期待しているようじゃが」
もう時間は終わりだとオスカーは感じた。フィニアス・ナイジェラスがダンブルドアの後ろで激しく頷いていた。それに他の校長たちもオスカーに向かって手を振っていた。
「分かりました。今日はありがとうございました」
「いや、わしの方が収穫は沢山あったのじゃ。ではおやすみ、オスカー」
「失礼します」
オスカーは螺旋階段を下りながら、また色んなことを考えていた。天文台や自分で決めるということや、スリザリン寮の話、トム・リドルの孤児院、色んなことが頭の中で回っていた。そして、結局、どれを見てもどれを考えても、一人では何も分からない気がしたのだった。