「魔法薬学に使う材料の整理?」
「ああ、スネイプ先生に魔法薬学の後にやって欲しいってちょっと前に言われたんだ。結構時間かかるらしいから先に寮に戻っといてくれ」
「それはいいけど…… ふーん…… オスカーが? なんか意外かも、スネイプ先生ってオスカーの事ちょっと苦手だと思ってたから」
「苦手?」
決闘トーナメントの説明があった翌日。大広間で朝食を食べながら、オスカーはダンブルドア先生から届いた手紙に書かれていた、憂いの篩をスネイプ先生の居室に動かしたので、魔法薬学の手伝いに行くと言ってくれば良いと言う内容に従ってエストに話していた。
エストに本当の事を言わずに行くと言うのがオスカーの中でどうしても引っかかっていたが、まだ踏ん切りがオスカーの中ではついていなかった。しかし、エストは全く別の要素が気になったようだった。
「うん。苦手だと思うの。スリザリン生だからオスカーが何かやったらかばったり、授業中は加点するけど、あんまりオスカーの方に自分からは来ようとはしないよね?」
「ああ、確かにそれは俺も思ったことあるかもしれないな」
オスカーはスリザリン生だったので、一年生の頃からスネイプ先生と関わる機会も多かったはずだったが、確かに余りスネイプ先生の方から何か注意されたり、特別関わる様な機会は無かった。むしろ、グリフィンドール生の方が嫌がらせをされているという意味では関わってるはずだった。
「一番分かるのは…… 今日も魔法薬学でグリフィンドール生と一緒だけど、オスカーがいるとよっぽどの事がないとそのテーブルの傍でいつもみたいな事を言わないよね?」
「クラーナとなんか鍋の混ぜ方でバトルしたり、チャーリーの魔法薬にはセンスが全く見られないみたいなあれだよな?」
「そう、そもそもなんか余り近づいてこないって言うか、明らかにそう言うこと言う回数が減ってると思うな」
去年度にクラーナが手紙の束を持ってスリザリン生のテーブルにやって来た時もそうだったが、確かにスネイプ先生はオスカーとエストがグリフィンドール生と一緒にいる時は余り近寄ってこない気がした。
オスカーはあくまで自分とエストがグリフィンドール生と一緒の時だけそんな感じがすると思っていたのだが、エストからはオスカーがいるときに近づきたくないと思っているように見えているらしかった。
「それって苦手なのは俺なのか? エストじゃなくて?」
「うん。だって、一年生の最初の方とか、その…… 去年あんまり喋らなかった時とか、オスカーと一緒にいないときはスネイプ先生はエストの方に来るし、グリフィンドール生にもこれでもかって言うくらい嫌がらせしてたの」
オスカーは普通に意外だった。スネイプ先生はそんなに明確にオスカーの事を苦手と考えているのだろうか? オスカーにはその理由がいまいち分からなかったのだ。それにそれならなぜダンブルドアからの頼みを受けて今日、憂いの篩を使うオスカーの様子を見ていてくれるのだろうと考えたのだ。
「なんなんだろうな? 何もスネイプ先生にしたことは無いはずなんだけど」
「そうだよね? それにスネイプ先生ってなんか嫌いな学生にはもっと容赦ない感じだもん。この前も膨れ薬を爆発させたグリフィンドール生に一晩かけて地下牢を磨かせたらしいの」
「まああれはクラスの半分がマダム・ポンフリーの世話になって、マダム・ポンフリーも怒ってたしな」
いまいち、オスカーにはスネイプ先生が何を考えてそうしているのか分からなかったが、とりあえず授業に向かうことにした。朝食もそろそろ終わりの時間に近づいていたからだ。
「そう言えばこの料理ってやっぱり、ペンスさんみたいな屋敷しもべが作ってるのかな?」
「そうなんじゃないか? ペンスがホグワーツにはイギリスのどの屋敷よりも沢山の屋敷しもべがいるって言って…… あれ? ペンスに聞いたんだったかな……」
「そうなんだ。でもあんまり見たことないかも」
「とりあえずいつまでスクランブルエッグ食べてるんだ。それ何個目だよ」
「そろそろ行かないとダメかな?」
オスカーも見たことが無かったが、ホグワーツには凄い数の屋敷しもべがいると聞いたことはあった。二人がカバンを持って大広間から出ると、今度はレアに捕まったのだった。
「おはようございます。お、オスカー先輩ちょっと時間いいですか?」
「レア? エストがずっと食べてたせいであんまり時間無いし、レアも授業があるんじゃないの……」
そこまで言いかけた所でオスカーはレアが大広間の外でずっと待っていたのではないかと思った。もうクリスマス休暇が間近でホグワーツも冷え込んでいたので、ホグワーツの廊下は相当に寒かったはずだったし、レアの両手はローブにさっきまで包まれてはいたが、ちょっと赤くなっているようだった。エストは少し離れた場所で二人の様子を見ているようだった。
「大丈夫だけど、どうしたんだ?」
「その…… 昨日はボクに付き合わせて迷惑をかけてしまったので、何かもう一度言おうと……」
「それは大丈夫だろ? また練習する時は言ってくれ、悪いけど今日は無理だけどな。それにこんな寒いとこで待たなくても、スリザリンのテーブルに来てくれればいいしな」
「それは…… エスト先輩と喋っている時は……」
レアがちょっと申し訳なさそうにエストの方を見た。エストは少しわざとらしそうにあくびをしているだけだった。
「クラーナは喋ってる時でも封筒の束を叩きつけてくるし、大丈夫だ」
「それはクラーナ先輩だからできることで…… わ、わかりました。またボクから連絡させて貰います」
「じゃあ授業に遅れるなよ」
「は、はい」
レアはカバンを持って、慌てて授業へと向かって行った。少し距離を取っていたエストがオスカーの方へ近づいてくる。オスカーは決闘トーナメントで当たるまではお互いの練習の事を聞かないというのを守ってくれているのだろうと思った。
「エスト達もそろそろ行かないと怒られちゃうの」
「そうだな、仕掛け階段に乗れないとちょっと不味い時間かもな」
だがオスカーは余り遅れる心配はしてはいなかった。この城をエストと一緒に歩く時とそれ以外の時を比べると、エストがいる時は何か城の色んなモノが好意的に動いているような気がしていたからだ。
魔法薬学の授業は今日最後の授業だった。まだ何も入っていない大鍋が置かれているテーブルに、オスカーはエスト、クラーナ、チャーリーと一緒に座っていた。
今日の授業内容は解毒薬らしく、スネイプ先生は授業の最後に解毒薬ができているかどうかを誰かに毒薬を飲ましてテストすると言った。
「さて、今日は解毒薬を煎じるわけだが…… あくまで今日は単一の毒薬に対する解毒薬だ。この中でゴルパロットの第三の法則を知っている者はいるか?」
スネイプ先生がそう言った途端、オスカーの両隣で手が挙がった。オスカーから見ると微妙にクラーナの方が少し早く手が挙がった様に見えた。しかしこの後どうなるのかはオスカーもスリザリン生もグリフィンドール生も全員が知っていた。
「ではミス・プルウェット答えたまえ」
「はい、ゴルパロットの第三の法則とは混合毒薬の解毒薬の成分についての法則で、その解毒薬の成分は、毒薬各々に対する解毒薬の成分の総和よりも大きいことを説明しています」
スネイプ先生はクラーナの方を一瞥もせずにエストをあてた。オスカーが受けてきた魔法薬学では毎年繰り返されてきた風景だった。
「よろしい、スリザリンに十点。さて、この法則はミス・プルウェットが説明した様に単一の解毒薬では無く……」
スネイプ先生が言っている事はオスカーには半分も分からなかった。こういう時にどうしたらいいのかもオスカーは良く知っていた。最初にクラーナに聞いて、その後エストに聞けば良いのだ。
エストが言うことはほとんど本質的で正鵠を得た回答なのは確かだったが、そう言ったことは基本的な事が分からないとそもそも理解できないのだ。エストが考えたり、言っている事が一緒にいるオスカーからすると話がまるで飛んでいるように感じることが良くあった。
その分、オスカーからすればクラーナの方がそう言ったことを感じることは少なかったし、いつもの会話でも大体、エストが言ったことをクラーナが筋道を立ててこうなのか? と聞くことでみんなが理解すると言ったことが多いと感じていた。トンクスが良く分からない方向へ話題を飛ばしたり、チャーリーが魔法動物に結び付けなければの話だったが。だから、とりあえずクラーナに聞いて、その後エストに聞けば大体の事は他の生徒達よりも理解できていると思っていたし、事実成績もそうなっていた。
「それで? このゴルバロットの第三法則って何なんだ?」
「はあ…… “ゴルパロットの第三の法則”ですよ。単純に毒薬って色んなのが混ざると他の効果が表れたり、より性質の悪い効果が出たりするんです。だからその効果を打ち消すためにも元々の毒薬を打ち消すための成分に加えて、新しい効果分を打ち消すための成分を解毒薬に加えないといけないって言ってるんです」
「でもこんな授業でやるような毒薬はベゾアール石で大体解毒できちゃうし、そうじゃない薬はスカーピンの暴露呪文を唱えるからこんなの考えてる暇は無いの」
ゴルパロットの第三法則は大体何を言っているのか理解できたが、エストの言っていることは、まずオスカーにはスカーピンの暴露呪文が何か分からなかったし、ベゾアール石が辛うじてだいたい何にでも効く解毒薬だと言うのしか分からなかった。クラーナの隣のチャーリーはクィディッチの練習で疲れているのか、スネイプ先生の授業だと言うのに半分寝ていた。
「本来のこの法則自体の使い方は緊急で解毒薬を作ることじゃないでしょう? 多分、最初に毒薬を作る人間があらかじめ解毒薬を作る場合とか、新しい効果を検証する時に使われるモノなんじゃないんですか? そりゃあエストが言うようにふくろうレベル以下の授業ならべゾアール石で大丈夫でしょうけど」
「法則自体はそうなの。でも、この授業でのスネイプ先生の言い方からすると効果があった後に解毒するのを想定している様に聞こえない?」
「ゴルパロットの第三法則は分かったからとりあえずチャーリーを起こしてくれ」
スネイプ先生がこっちに時々視線を送っている事にオスカーは気づいていた。こうして授業中に私語をしていたり、誰かが寝ていればすぐに飛んでくるのがスネイプ先生のはずだったので、朝、エストと話したようにスネイプ先生がオスカーの事を苦手だと思っていると言うのは正しいのかもしれなかった。
それから解毒薬を煎じるのが始まったため、ちょっとみんな喋る暇は無くなった。解毒薬が大体出来上がった位で、スネイプ先生はみんなの大鍋を見て歩いて回っており、エストの大鍋ではスリザリンに点を与え、オスカーとクラーナを素通りし、チャーリーの大鍋を見て意地の悪い顔をした。
「ふん、ドロドロ髪の闇の魔術に対する防衛術の教師になれない誰かはやっぱり根性がねじ曲がってますね。それにスクリムジョール先生が来たから大きく出れないんでしょう。あんまりでかい顔ができないからこうやって魔法薬学で憂さを晴らしてるんですよ。ほんと、あのコウモリみたいな魔法使いはそろそろ頭にスコージファイをぶちまけてやりたいです」
「なんでスクリムジョール先生がいるとスネイプ先生が大きく出られないんだ?」
完全に諦めたらしいチャーリーは意気消沈しており、エストは隣のテーブルのスリザリン生を助けていた。そしてクラーナは少しやってしまったと言う顔をしていた。
「えっと…… 言っていいのか分からないですけど…… スネイプは元死喰い人だったらしいんですよ」
オスカーはそれを聞いた途端にスネイプ先生の左腕をオスカーは凝視した。しかし、当たり前だが、長いローブのせいで腕を見ることはできなかった。クラーナの方に視線を移せば困った様な、心配している様な顔になっていた。
「ダンブルドア先生が保証人になって戦争の途中にこっち側に戻ってきたからアズカバン送りは無しになったって叔父さんが言ってました。でも叔父さんはいくらダンブルドアの保証があっても怪しい話だって、スネイプくらい頭が切れれば本当かどうか確かめることは難しいだろうって考えらしいです」
クラーナの話を聞きながらもまたオスカーはスネイプ先生の方に視線を移していた。スネイプ先生がオスカー自身の事が苦手だと言うのは、スネイプ先生が元死喰い人だったので合わす顔が無いからなのか? スネイプ先生はあの時、ヴォルデモートを取り囲んでいたフードの中にいたのか? そう言った考えに呑まれそうになったが、隣のエストやクラーナを見て、直接、死喰い人に手を下された家族に対してはスネイプ先生が、オスカーに似た対応を取っていないことを思いだした。
「そうなのか、良く分からない立ち位置なんだな」
「そうなんです。まあ死喰い人に恥じないくらい性格はねじ曲がってるとは思いますけど……」
「何の話?」
エストが入ってきて、オスカーとクラーナは顔を見合わせた。スネイプ先生が元死喰い人だったと聞いた時のエストの反応が想像できなかったからだ。チャーリーはやけくそになったのか色んな材料を加えてさらに煮込んでいた。
「スネイプ先生の話だ。俺が苦手なんじゃないかって朝言ってただろ?」
「確かに言ってたけど…… でも、もしかするとオスカーじゃなくて、オスカーと誰かが一緒にいるのが苦手なのかもしれないかも」
「オスカーと誰か一緒にいるのがですか? 確かにオスカーがいるとあんまり下手なことをしない気がしますけど」
確かにそれも考えられる話ではあった。しかし、いったいそれはどういう理由なのか? オスカーにはさっぱり考え付かなかった。
「そう。ゴルパロットの第三の法則と一緒だよね? 一人ではそれだけだけど、組み合わすと変な効果が起こるのって人間でも一緒なの」
「うーん、言いたいことはわからないでもないですけど、私たちに暴露呪文をかけてもスネイプがオスカーと誰が苦手なのかはわからないでしょう? それに人間を組み合せれば違う特性がでるなんて当たり前じゃないですか、その為に魔法省とかホグワーツみたいな組織や学校があるんですから」
「なるほどな。俺とグリフィンドール生が一緒にいるのが嫌だとかか? 良く分からないけどそろそろチャーリーの大鍋をどうにかしないと、毒薬飲むのがチャーリーになった時にえらいことになるな」
オスカー達はスネイプ先生が少し生徒へ意地の悪いことをしている間に、アルマジロの胆汁の予備が入った瓶を呪文で動かして床に叩きつけた。そしてスネイプ先生がそれの対応をしている間にチャーリーの異臭のする魔法薬を消失させて、オスカーが作った解毒薬を入れ、補充呪文をかけた。スネイプ先生はアルマジロの胆汁が意図的にこぼされたことに気づいたようだったが、チャーリーの解毒薬については今度は素通りした。
魔法薬の授業がやっと終わった。相変わらずグリフィンドールの生徒には辛く、スリザリンの生徒には甘い授業だった。
「オスカー、今度なんかハニーデュークスでおごるよ」
「よろしく。まあスネイプ先生にはばれただろうけどな、あと俺はこれからスネイプ先生の手伝いだから」
「スネイプの?」
「そう。なんか意外だよね? オスカー以外でスネイプ先生にもっと気に入られている学生は一杯いるのに」
正直、オスカーはエストとクラーナに隠して、憂いの篩を使い続けられる気は余りしなかった。二人にウソをつくのは容易では無かったし、それに憂いの篩やレアとの開心術は何か、オスカー自身の感情をどんどん増幅していっているような気がしていたのだ。
「ダンブルドア先生と言い、オスカーは目をつけられているとかですか? と言うか前のダンブルドア先生の部屋に呼び出されたのは何だったんです?」
「ああ、あれは…… もし闇祓いがキングズリーやダンブルドア先生を通さずに何か聞きに来たらこう対応しろみたいな話だったな」
これは、夏休みにキングズリーに相談した時にいざと言う時の言い訳として提案されたモノの一つだった。ダンブルドア先生の所に行った夜、遅くまで待っていたエストにも同じことをオスカーは言ったのだ。しかし、オスカーは余りそれを言い訳に使いたくなかったし、みんなの良心につけこんでいる様で嫌だった。
「なんですかそれ!! 学生に戦争中でも無いのにそんな事聞くなんて」
「もう何年も前の話だし、捕まってない死喰い人も一杯いるけど、オスカーに聞いて捕まる死喰い人が残ってるとは思えないの」
「うん。パパがどうせ服従の呪文に従ってたって連中は言うし、それに自分で自分の記憶を消したりまでするんだって言ってたよ」
「自分の記憶を?」
オスカーは思わず、チャーリーの方を見てしまった。忘却呪文を使って自分の記憶を消す事にどういう意味があるのだろうと考えたのだ。
「記憶がなければ真実薬や開心術を使っても効果が無いからですよ。それに加えて服従の呪文でやらされたって言ったら、証明のしようが無いんです」
「そのせいで沢山の連中を逃したって言ってたよ」
「自分の記憶を否定してまで生き残りたいなら、最初からやらなければいいのに」
エストが最後にボソッと言った言葉がさっきまで使っていたアルマジロの胆汁の様に、オスカーの耳にべたべたと引っ付いて離れなかった。
オスカーは手紙に書かれていた通りに、先に魔法薬の教室から出てスネイプ先生の研究室の前で待っていた。しばらくしてスネイプ先生がやってきたが、スネイプ先生は余りオスカーの方を見ようとしなかった。
スネイプ先生について研究室に入ると、部屋はかなり暗く、棚には魔法薬やその材料となる植物や動物の標本らしきモノが並んでいた。まさに魔法薬の教授の研究室という感じではあった。
そして、オスカーも知っているアルマジロの胆汁やドクツルヘビの皮と言った魔法薬の材料がぎっしりと詰まった棚の上に、ルーン文字が刻まれた石の水盆が置かれていた。
「ミスター・ドロホフ、ドアを閉めたまえ。鍵もだ」
オスカーは言われたとおりにドアとそのカギをしめた。少なくとも誰かに自分の記憶を見られたくは無かったからだ。
オスカーがドアを閉めて戻ると、部屋は蝋燭の灯りで少し明かるくなっている場所があり、そこに憂いの篩と椅子が二つ置かれていた。
「座りたまえ、ミスター・ドロホフ」
「はい」
二人は椅子に座ってお互いに向かい合った。オスカーはスネイプ先生の冷徹で暗い目から何も読み取ることはできなかった。嫌悪も好奇心も何もだ。
「さて、ミスター・ドロホフ。我輩はダンブルドア校長から君が憂いの篩を使うのを見守っていれば良いと言われている。しかし、我輩は君がどれほどこの行為についてダンブルドア校長と話をしたのかを知らない」
未だオスカーはスネイプ先生からなんの表情の変化を読み取れはしなかった。まるでその顔は能面の様で、ダンブルドア校長から言われてやっていることについて、何の感慨も持っていない様に見える。
「君は閉心術をすでに習得していると聞いている。しかし今やっていることは閉心術とは全く逆の行為に近い。憂いの篩を使い、自分の記憶を視覚的に感じ、感情を呼び起こす。それは非常に危険で無謀な行為だと言っていいだろう。特に君の様な年の魔法使いにとってはだ。これは理解しているか?」
「はい。先生」
あくまで事務的に自分の責務を果たそうとしている。オスカーにはそう見えた。
「よろしい。あくまで我輩は教授として、寮監として君が憂いの篩に入るのを見守るだけだ。君の記憶にダンブルドア校長の様に同行したりはしない。もし危険な状態になれば我輩やマダム・ポンフリーが対応するだろう。君はあくまで憂いの篩で向き合いたまえ、その方が感情を呼び起こすという意味では効率的だろう。では始めたまえ、時間は有限だ」
「分かりました。先生」
そう言うとスネイプ先生は立ち上がって、他の作業を始めた様だった。
オスカーは一旦憂いの篩の前で深呼吸した。そして目をつぶって何の記憶を見るのか考えた。彼女に関する記憶か? それともダンブルドア校長に言うべく、父親に関する記憶か? しかし、オスカーの中にはそれらの記憶と同じほどはっきりしないモノがあった。
それは彼女の事があった以降の母親に関する記憶だった。母親もすでに亡くなってはいたが、オスカーはどうして母親が死んだのか正確に覚えてはいなかった。魔法省で死喰い人と闇祓いの戦闘に巻き込まれて死んだとは聞かされていたが、その時、ドロホフ邸で父親やペンスと言った面々とどういった話をしていたのかを覚えてはいなかったのだ。
色んな記憶や想いが頭の中で流れる中、オスカーはどの記憶を見るのかを決めた。こめかみに杖をやり、奇妙な感覚が少しあって、杖には銀色の蜘蛛の糸の様なものがまとわりついていた。オスカーはそれを憂いの篩に落とし、銀色は渦を巻いた。
またゆっくりと深呼吸して、オスカーは頭をつけた。
いつもの感覚と暗闇の後にオスカーはドロホフ邸の中にいた。どこもかしこも磨き上げられた石の壁と床、真っ赤なカーペット、豪勢な机や椅子。今も変わらないペンスの管理の賜物だった。
そんな館の中を小さいオスカーは歩いていた。手には何かが握り占められていた。オスカーにも見覚えがあるモノ、どう見てもカエルチョコレートのカードだった。
「オスカーお坊ちゃま、外套をお貸しください。夕食までは少し時間が……」
「分かったよペンス。母さんはどこにいるの?」
「奥様は広間にいらっしゃいます」
ペンスに上着を渡すなり、小さいオスカーは広間の方へ走りだした。何かを言いたくて仕方ないという顔だった。
広間にいたのは確かに母親だった。ドロホフ邸にはほとんど写真が残っていなかったので、オスカーも顔を見るのは久しぶりだった。オスカーと同じちょっと赤っぽい茶髪に人の好さそうな少し丸い顔をしている。
「母さん。マグルの写真は動かないんだって」
「オスカー、そんな事はお父様が戻られた時は言ってはダメよ?」
「分かってるよ。でも写真は動かないんだって、●●●はこのカードを見て驚いてたんだ。なんて言ってたかな…… そう、テレビみたいだって」
小さいオスカーは彼女から聞いたテレビについて必死に説明している様だったが、今聞くといまいち要領を得ない説明で良く分からなかった。しかし、母親は小さいオスカーの説明をゆっくりと相槌を打ちながら聞いている。
「じゃあ、写真みたいに動く絵をラジオみたいに受け取って見られる箱なのね?」
「そう、そう言ってたんだ。それになんか向こうにはクィディッチが無くて、その代わりのスポーツがあってそれが流れたりするんだって」
「それは良いわね。私たちもクィディッチワールドカップを家で見てみたいもの」
二人が話しているとペンスが現れて、テーブルにいくつかお菓子を置いていった。それには夏休みにペンスが出していたマグルのお菓子がいくつか入っている様だった。
「あと、豊かな幸運の泉とか三人兄弟の話も知らないんだって」
「あらそうなの? じゃあオスカーが教えてあげたの?」
「うん。でも毛だらけ心臓の魔法戦士の話は何か悲しいから嫌だって言ってたかな」
「オスカー、そんな悲しくて怖い話を女の子にしなくてもいいでしょ? 豊かな幸運の泉の話をしておけば良かったのよ」
「だって全部教えてくれって言うから……」
小さいオスカーは自分の善意で教えたのに、そういう態度を取られたのが少し嫌だったようだったし、母親にそう言われたのも納得がいっていないようだった。
「じゃあ代わりに何か教えて貰ったの?」
「うん。何かピーターパンって言うのと、何とかの国のアリスって言うのなんだけどどっちも魔法がもうあるって分かったからなんかおかしな感じだって言ってた」
「そうなのね、でもオスカー。絶対●●●ちゃん以外のマグルの人には言ってはダメよ? 魔法があることは。それに●●●ちゃんと会う時はあの森の中じゃないとダメよ?」
「分かってるよ。あの森は魔法使いじゃないと近寄れないんでしょ?」
「そうよ、お父様がそのように魔法をかけたから近寄ることはできないわ」
何度もそれを言われている様で小さいオスカーはいい加減うんざりしていると言う顔だった。
「あとペンスみたいな屋敷しもべはいないんだって」
「じゃあ家事をするのは大変ね」
「その代わりなんか掃除機とかそういうスコージファイの代わりになる道具とかがあるらしいんだけど…… そう、何か●●●はホグワーツにも屋敷しもべがいるのかって言ってたんだ」
そう小さいオスカーが言った途端に周りが薄い銀色のモヤに包まれた。記憶がはっきりしておらず再現出来ていない証拠だった。しかし、本物のオスカーにはそこでなんと言っていたのか思いだすことができた。そしてその先の記憶もだ。
オスカーは一度、憂いの篩から出てスネイプ先生の視線がある中、記憶を一度自分の頭に戻し、もう一度憂いの篩に入れ、頭を入れた。
「ホグワーツには沢山の屋敷しもべがいるわ。みんな普段は厨房で働いているの」
「厨房があるの?」
「そうよ。厨房はハッフルパフの寮の傍にあるのだけど、大きな果物の絵にあるなしをくすぐると入れるのよ。そこには沢山の屋敷しもべがいて、きっと入学してオスカーが●●●ちゃんと一緒に行けば、ペンスみたいに色んな世話を焼いてくれるはずよ」
「ふーん、じゃあそう言ってみる」
オスカーは今の今まで屋敷しもべがホグワーツに沢山いることも、厨房へどうやって入ればいいのかも忘れていた。ハッフルパフの寮に入った時にその傍を通ったはずなのに、それを忘れていたのだ。
「また会う約束はしてきたの?」
「うん。また来週会おうって。日曜日はマグルの学校が無いらしいんだ」
「じゃあ何かまた持って行かないとダメね。そうだ。ペンス」
バチっという音がしてペンスが二人の傍に現れた。ペンスは相変わらず見惚れるようなお辞儀をした。
「ペンス、これを持ってきてくれる?」
母親は指で何かを押すような動作をした。小さいオスカーにはその動作が何を示すのか分からないのか、首をかしげていた。
「かしこまりました」
ペンスはそれだけで何か分かったのか、また音を立てて消え、戻ってきた。その手にはちょっと古い感じのカメラが握られていた。
「どうぞ、奥様」
「ありがとうペンス。オスカー、●●●ちゃんは写真に驚いてたんでしょう? 今度会った時に写真を撮ってくれば家で動く写真にしてあげれるわ」
「使ってみたいけどいいの?」
カメラは年季は入ってそうではあったが、管理がいいのか動かすには問題無さそうに見えた。
「大丈夫。結婚の時にいとこのキングズリーに貰ったんだけど、お父様はあんまり写真に写るわけにはいかないから余り使えなかったの。オスカーに使って貰った方がカメラも嬉しいはずよ」
「じゃあ今度撮ってくる」
そこまでで、銀色のモヤが広がって記憶は終わった。オスカーはしばしの暗闇と謎の冷たさを感じながらスネイプ先生の研究室へと戻ってきた。
スネイプ先生がオスカーの方を相変わらず冷たい眼差しで見ていた。
「ミスター・ドロホフ。そろそろ外出禁止時間だ、今日は切り上げて貰う」
「はい。先生」
今日一日だけでも色んな収穫があったとオスカーは思った。同時に情けなくもあった。覚えていないといけないことをまだまだ忘れている気がしていたのだ。
「次はクリスマス休暇以降になるとダンブルドア校長は言っていた。ふくろう便を待ちたまえ」
「分かりました……」
オスカーはそこでクリスマスプレゼントの事を思いだした。ホムンクルスの術についてダンブルドア先生に会えたら聞こうと思っていたのだった。
「スネイプ先生、余り関係の無い質問なんですが、ホムンクルスの術というのはご存じですか?」
するとスネイプ先生はスリザリン生にはほとんどしないような顔をした。グリフィンドール生に見せるのと同じ、嫌悪感のある顔だ。しかしその顔は一瞬でまた能面の様な感情の感じられない顔に戻った。
「ああ知っている。我輩の学生時代にそれを悪用した産物をチラリと見たこともある」
オスカーはそんなモノをホグワーツで一度しか見たことは無かったため、忍びの地図のことではないのかと思ったが、それは今聞くことでは無かった。
「あの術というのは…… 変化させる対象というのは紙とか石板とかそういう変化が分かり易いモノの方がいいんでしょうか?」
「一概にそう言うことはできないだろう。魔法、特に変身術においてはイメージが重要になる。変身術の基礎において、針山に変える対象はヤマアラシだろう? あれと同じで変化させたいものと外見的か意味合い…… 象徴的につながっている方が魔法は上手くいく」
「なるほど…… ありがとうございます」
そう言ってオスカーはスネイプ先生の目を真っすぐに見ようとしたが、先にスネイプ先生は目を逸らした。まるでオスカーの目をのぞき込みたく無いようだった。
オスカーにはいまいちそれがピンとこなかった。スネイプ先生が人と目を合わせるのが怖いと言うような度胸がない人とは思えなかったし、それに仮にもしもオスカーが開心術の優れた使い手だったとしても、スネイプ先生が閉心術をマスターしていないとは思えなかったからだ。
死喰い人の事やオスカーへの対応等、オスカーにはスネイプ先生に聞きたいことがいくつかあったが、思いだしたことをまとめ直す時間がオスカーは欲しかった。
「失礼します」
「ああ最後に、魔法薬学でウィーズリーにおせっかいを焼いたりする前に、ミス・プルウェットとミス・ムーディを静かにさせたまえ」
やはり全部ばれているらしかった。オスカーにはなぜスネイプ先生がそう言った時に他の生徒と同じ対応をしないのかが分からなかった。