クリスマスが終わって、決闘トーナメントの本選が行われる日になったが、オスカーとレアの練習は上手くいってはいなかった。相変わらず、レアはオスカーのレジリメンスを自分の意思で弾くことができなかったし、むしろ段々と悪化しているようにさえ思えるほどだった。
スクリムジョール先生の話では下級生を優先的にシードにするはずだったので、エントリーした中で一番学年の低いレアがいるというだけで、ほとんど確実に一回戦は決闘しなくてもいいはずではあった。
「オスカーとレアでシードが一つ埋まっても、人数的には私とエストかトンクスとチャーリーのどっちかの組がシードになるはずですね」
「十四組だとそうなるはずだな、シードだと三回、そうじゃないと四回勝たないと優勝まではいけないはずだしな」
オスカー達は完全に様相を変えた大広間に用意されたベンチに座っていた。今や大広間はいつもの大広間の数倍の大きさがあるように見えたし、真ん中の何も無い空間を取り囲むようにベンチが設置されていたのだ。
クィディッチの競技場とまではいかないにしろ、ホグワーツの全校生徒が座れて、なおかつどの位置からも決闘場らしき何も無い空間を見ることできていたので、十分豪華な決闘場、スタジアムだと言えた。
「それでは組み合わせを発表する。事前に連絡した様に下級生を優先した組み合わせになるように配置させて貰った」
スクリムジョール先生が杖を振ると、大広間の真ん中にタペストリーが四枚、どの方向からも見える様に現れた。白地の布にトーナメントの組み合わせとそれぞれの名前が、赤、緑、黄、青色で示されていた。
「エストとクラーナがシードじゃないのね、て言うかシード枠同士を二回戦でぶつけるってどうなのよこれ」
「まあ下級生を優先って言ってたから、下級生同士ぶつけた方が体力的に楽なんじゃないかって考えたんじゃないのかな?」
トンクスとチャーリーの言う通り、オスカーとレア、チャーリーとトンクスの組がシード枠かつ、二回戦でぶつかるような組み合わせになっており、エストとクラーナに関しては一回戦から試合があり、オスカーやチャーリー達とは決勝戦までは当たらない構成になっていたのだ。
「クラーナの言ってたトンクスをボコボコにするって言うのは決勝まで行かないとできないの」
「今日はエスト先輩とクラーナ先輩たちだけ試合なんですね…… あれ? 先輩たちの相手って、レイブンクローとスリザリンの監督生なんじゃ……」
レアの言葉を聞いてオスカーももう一度タペストリーを見ると、確かにスリザリンの女の監督生とレイブンクローの男の監督生らしき名前がエスト達の一回戦の相手だった。
「確かにそうだな、監督生は一学年に八人だけのはずなのにな」
「どこが下級生を優先した組み合せなんですかコレ、むしろ難易度が上がってませんか?」
「サイコーね、ハッフルパフ以外で潰し合うのが一番戦略的よ」
「ハッフルパフ生のエントリーが一番少ないから、そうなるのは必然なの」
タペストリーに示されたトーナメント表を見て、広間の生徒達にはざわざわが広がっていた。実際、自分の寮の有力株が潰し合っていたりと言う事もあったし、それにどの試合に全力を賭けるのかと言うのも結構な問題であるはずだった。
「それでは一回戦を始める。まずは第一試合からだ。ステージはここだ」
スクリムジョール先生がそう言ったのと同時に、広間の何もない部分にまるで生えてきた様に険しい、ごつごつとした岩山らしき風景が現れた。ところどころにサボテンの様な植物、それに小さな洞窟の様なモノまで見え、オスカーはすぐにでもレッドキャップなんかがそこから飛び出してきそうだと考えた。
「これステージにあたり外れがあるな」
「そうだよね、どのくらいの種類のステージがあるのか分からないけど、場所に合わした戦い方をした方が断然有利だよね」
「そう言う練習もしないとダメなのに……」
レアは少し険しい顔をして、始まろうとする試合を見ていた。一回戦はビルとハッフルパフの監督生のペア、それに相手はスリザリンの監督生にハッフルパフの六年生のペアだった。
「ちょっといきなりハッフルパフ同士じゃないの。何よこれ、トーナメント表に悪意を感じるわ」
「取りあえずビルでどんな感じなのか見るの」
「そうですね、他の学生がどんな感じで戦うのかは見ものですし、どんなステージなのかも確認しないと不味いですね」
一回戦に出る四人が岩山の様な場所に移ると、レイブンクロー生が固まって座ってる場所以外から歓声があがった。それに他の学生が座っているベンチが、試合を見やすくするためか少し浮き上がっている様だった。オスカーがステージと試合をする四人の位置を見た感じだと、初めの位置からは相手のペアの姿を見ることができない様に思えた。
「試合のルールはこれまで通知してきた通りだ。それでは始め!!」
開始の合図と同時にビルのペアは移動を始めた様だった。オスカーは万眼鏡をポケットから取り出して、チャーリーに貰ったレンズをはめてから試合を見ようとしたのだが、隣のトンクスにひったくられた。
「クリスマスの本代として貸してもらうわ」
「あの本全く読む気が起こらないんだが」
「人生損してるわよ。オスカー」
オスカーがトンクスの相手をしている間に試合が進んでおり、ビルのペアはあっという間に岩山の一番高い場所に陣取ったようで、そこから対戦相手のペアを見つけようとしている様だったが、高い場所に上ったせいで逆に場所が対戦相手にばれていた。
「姿くらましが使えないとやっぱり戦い方は限られますね」
「あの術を使える様にしちゃうと試合時間内に終わらないんじゃないのかなあ」
「高い場所の方が有利なんでしょうか?」
「そうとは限らないの……」
スリザリンとハッフルパフのペアは、ビルたちが登った岩山をモノを掘る呪文であるデイフォディオで遠くから掘り始めた様だった。一人では相当な時間がかかりそうな量を二人であっという間に掘りつくそうとしており、ビルのペアは岩山が崩れる前に離れざるを得なかった。
「うーん…… どっちを応援したらいいのか分からないわ」
「そうだな、何かみんなの応援もクィディッチの時とは違う気がする」
クィディッチだと明確にどっちの寮の応援かが分かれるのだが、この試合では三寮の学生が戦っているせいで、応援のしどころが微妙になりあんまり盛り上がってはいなかった。
「やっぱりなんだかんだビルは凄いですね」
「まあママもミュリエルおばさんもビルはお気に入りだしね」
今度はビルの方が積極的に攻勢にでていて、ペアの盾の呪文で守られながら、相手の足元を泥沼にへと変え始めていた。スリザリンとハッフルパフのペアは足元を取られて、上手く呪文を撃つことも避けることも難しくなっている様だった。
「ビルがオスカーにやられたのと同じ感じだよね」
「俺のも他の人の真似だけどな」
「よっぽど変身術が得意な人と決闘したんだね、オスカー?」
エストがオスカーの方を向いたが、オスカーは上手く返す事が出来なかった。オスカーがそれを思いついたのは、ヴォルデモートに操られていた時のエストの相手をしたからだったからだ。少なくとも、オスカーはそれ以上の使い手を相手にしたことは無かった。
「エストがそれを言うんですか? 変身術ってだけなら、私はマクゴナガル先生やダンブルドア先生…… それに…… ねえ…… そうですね、とにかくそれくらいしかエストより使える人を見たこと無いですよ」
「もう終わっちゃいました…… 障害物があんまり無いと決闘の腕だけで決まっちゃうんでしょうか」
オスカーがエストに気を取られている間に、ビルのペアが勝利していた。グリフィンドール生とハッフルパフ生から大きな歓声があがる。
競技者全員がステージから退場すると、ごつごつとした岩山は消えて、いつもの大広間の床に戻った。
「まあエストとクラーナにあたるのは運が良くて何試合も後だし、対策はバッチリできそうね」
「それより、オスカー達の対策をしないといけないけどね」
「クィディッチの練習に関わるといけないから棄権とかはないのか?」
「ダメよ。カード全部を真っ赤にするまで戦うのをやめないわ」
「そんなことしたらトンクスは多分退学なの」
オスカー達は他の生徒の決闘をさかなにして、色んな事を言い合ったり、話しあったりしていた。試合があるはずのエストとクラーナは相手が七年生の監督生のはずだと言うのに特に緊張してはいなさそうだった。
「そう言えば、オスカー先輩、今日は緑のセーターなんですね」
「まあ一応寮の対抗戦でもあるから、緑の服を着てた方がいいと思ったんだけどな」
オスカーはできるだけ、エストとクラーナとトンクスの方を見ない様にして言った。正直なところ、オスカーはクリスマスの喧嘩が毎年大きくなっている気がして、少しトラウマになりかけていた。もし、杖があるホグワーツで喧嘩をされたら止めれる気が全くしなかったのだ。
「呪文で黄色か青色に変えて欲しい?」
「色が変わるのはトンクスの髪色だけで十分だな」
「そうですよ、そんなマグルが一杯設置している信号機みたいな…… そろそろ行ってきますね」
「行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
「頑張ってください」
「じゃあ頑張れよ」
「同士討ちで頼むわ」
何か言い合いになる前に、エストとクラーナの試合の時間が迫っていた。二人はベンチを降りて、真ん中のステージへと向かって行った。またスクリムジョール先生がステージに近づいて開始の合図をするようだった。
「競技者は初期位置に立つように…… 今回のステージはここだ」
これまで数試合あって、森や荒野、市街地の様な場所があったが今回はもっと別の場所だった。文字通り、大広間の床から何本もの高い本棚が生えてきた。ホグワーツの図書室よりもさらに高い本棚が延々と続いている様で、それに加えてホグワーツの図書室と同じ木の机や椅子があるようだった。
「マダム・ピンスがいないとなんか違うわね」
「いたら真っ先にスクリムジョール先生があぶないだろうな」
「これじゃ本棚が高すぎて何も見えないんじゃ…… どうやって戦うんだろう?」
「良く燃えそうだよね? オスカーが相手の時はこのステージじゃないといいなあ」
チャーリーに失礼なことを言われた気がしたが、オスカーは試合の行方に注目していた。さっきトンクスから取り返した万眼鏡を取り出して、エストとクラーナをアップで見ていた。二人はお互いに何かを喋っているようだった。
「それでは始め!!」
試合開始と同時にオスカーは自分の眼を少し疑った。さっきまで万眼鏡で見ていた二人がもう片方の主席ペアを見ている間に消えていたからだ。もう一度万眼鏡で二人がいた辺りを確認すると、何も無いはずの場所で本棚から本が取り出されたり、椅子が動いたりしていた。
「目くらまし呪文か?」
「先輩たちはそれで見えないってことですか?」
「ちょっとせこすぎない? グリフィンドールのやることなの?」
「クラーナだけならあんまりしないかもしれないけど、エストと一緒だからね。なんだかんだエストはクィディッチの時も手段をあんまり選ばないし」
相手のペアはまだ戦略の練っている様で最初の位置から動いてはいなかったが、見えない二人は動き始めていた。二人がいるであろう一番近い位置の本棚から本が一斉に取り出され、空中に浮いたと思うとそれらが移動して本棚の上へと続く階段になった。
二人がその上を歩いているのが空中に浮いている本が微妙に浮き沈みしていることで分かる。その浮き沈みが終わったと思うと、浮いていた本が全て鳥に変わった。
「完全にあの二人を組ましたのは失敗でしょ。これ」
「距離があったらエストの変身術があるし、詰めたらクラーナが出てくるんだろうな……」
「ホントにオスカーが燃やすしかないんじゃないのかなあ」
「あ、相手も七年生の二人ですし…… まだ何か決まったわけじゃ……」
鳥がステージ全体に広がって、一匹が相手のペアを見つけると全体がその場所に殺到する。恐らく、本棚の上にいるであろう二人には鳥の動きから相手のペアがどこにいるのかが分かったはずだった。
その上、殺到する鳥は相手に近づく直前で石化している様で、相手のペアがそれを打ち落とそうとすると石像はくだけ散ってかなり厄介な様だったし、そもそもあり得ない数だった。相手のペアは打ち落とすのを諦め、近くの机を肥大呪文で巨大化させ、鳥と同じ様に石化呪文で石に変えて簡易な盾にして凌いでいた。
「絶対あの二人と当たりたくないわ」
「先輩方と当たっても勝負になる自信が無くなってきました……」
全部の鳥が防がれると今度はずらっと並んでいる本棚のいくつかの下部分が爆破された様だった。順番に一列全て爆破されていっているのをオスカーは眺めながら、大体何をしようとしているのかの想像がついた。
「ちょっとえげつないな」
「マダム・ポンフリーで済むといいんだけどなあ」
鳥の嵐が終わってやっと前に進もうとしている主席のペアの下に、爆破されて支えを失って倒れた本棚が起点となり、ドミノの様に倒れていく本棚が襲い掛かった。大広間に本棚の倒れる音と舞い上がる埃が充満する。埃が晴れると、二人が上にいるであろう本棚の列だけが立っている状態で、他の本棚は全て倒れており、最初のステージの状態から様変わりしてしまっていた。
「これでグリフィンドールとスリザリンで中和されてるなら、エストとオスカーのスリザリン、スリザリンならどうなってたのよ」
「この後燃やすとか?」
「チャーリーはいい加減燃やすから離れろよ」
「むしろグリフィンドールとスリザリンで悪化してるんじゃ……」
主席のペアはなんとか無事な様だった。スリザリンの主席の方が少しフラフラしているようではあったが、何とか立つことはできていたのだ。しかし、本棚の上から赤い光線が放たれて、スリザリン生の胸に正確に突き刺さった。
倒れたスリザリン生にレイブンクロー生が近寄ろうとしたが、途中で足が止まった。目くらまし呪文が解かれて、赤いローブと小柄な体が見え、その杖はレイブンクロー生のあごに突きつけられていた。
二、三の言葉の応酬があった様だったがまた赤い光がちらついてレイブンクロー生が倒れた。観客の生徒達からどよめきがあり、しばらくしてからグリフィンドール生とスリザリン生から歓声があがった。
「完勝って感じだな」
「あのペアのオッズがまた下がるね」
「あんなのどうしろって言うのよ。ハグリッドにドラゴンかキメラでも貸してもらわないとダメだわ……」
「こ、こんなの閉心術なんてやってる場合じゃ……」
試合が終わってもざわめきは収まらない様だった。二人が完膚なきまでに破壊した図書館のステージは消えていたが、さっきの試合の衝撃は消えてはいなかった。涼しい顔で二人はベンチまで戻ってきた。
「わりと簡単に終わったの」
「不意を突けたのでなんとかなりましたね。長期戦だと年上の主席の二人の方が魔法力の分、有利になるでしょうし……」
「いや、不意も何も無いだろ」
「そうよ。ちょっとせこすぎるわよ。いきなり姿を消すなんて半分反則だわ」
まだざわめきが収まらないところを見ると、エストとクラーナが言っていることの方が間違っているとしかオスカーには思えなかった。
「なんですか? 戦いではセコイも何も無いですよ。だいたい目くらまし術は闇祓いはみんな使えるような術ですし、追跡には絶対必要な術です」
「クラーナの言う通りだし、ホメナムレベリオをかければすぐ見えちゃうの」
「そういう問題じゃない気が…… でもおめでとうございます」
「ああお疲れ」
「これで優勝候補筆頭なんじゃないかな?」
「ハッフルパフがヤバいわ……」
トンクスが衝撃に打ちのめされていたが、それは他のホグワーツの生徒も同じ様だったし、他の試合と比べて見ても別次元の試合だったのは確かだった。その後も何個か試合があったモノの、インパクトという意味でエストとクラーナのペア以上の試合は存在しなかった。
「取りあえず私たちは練習に行くけど、エストとクラーナはこれ以上練習しなくていいわ」
「どういう論理なんですか? 錯乱呪文でもかけられましたか? まあトンクスはいっつもこんな感じですけど」
「良く分からないのはいつもの事なの」
言っていることはおかしかったが、言っている意味はオスカーにも良く分かった。これ以上練習されて、隠し札やとんでもない切り札を持たれればそれこそどうしようも無くなるからだ。もちろん、今のままでも十分にどうしようもなかったが。
「オスカー先輩…… 行きましょう」
「ああ、じゃあみんなまたな」
エストとクラーナの試合がオスカー達も含めて、ホグワーツの生徒達に危機感を覚えさせたのは確かだった。なにせ百五十点の点数がかかっていたし、いくら並外れているとは言ってもまだ二人は四年生だったからだ。それこそ、オスカーの知っている主席や監督生は大体プライドが高かったし、そういう意味で、今日負けた監督生の二人は結構なショックを受けたはずだった。それに決闘トーナメントにエントリーしている人間は、主席や監督生でなくとも、少なからずそういうプライドなんかの要素を持つ人間が多いはずだった。
「先輩…… 閉心術の訓練にこれ以上時間を使っても大丈夫なんでしょうか……」
「レア?」
五階の大鏡の裏へと向かういつもの道を行く途中で、レアはオスカーに話かけてきた。その顔はいかにも深刻という感じで、眉が寄せられていた。
「エスト先輩やクラーナ先輩が相手だとすれば…… 閉心術の訓練をしても……」
「まあとりあえずいつもの場所まで行ってから考えるか」
「え? はい……」
オスカーは落ち着いて話した方がいいと考えたので、とりあえずは五階の鏡の裏までの道を急ぐことにした。廊下は少なくとも寒かったし、誰かに聞かれる可能性も、落ち着いて喋れる椅子も無かったからだ。
いつも通り、オスカーは鏡の後ろに来て燭台にインセンディオを灯りを灯した。
「ジェミニオ そっくり」
そして燭台を複製の呪文でいくつかコピーして、それにも灯りを灯した。
「もうここも寒いし、それにちょっと暗かっただろ? そんなに持たないだろうけど、俺たちが練習している間くらいは呪いで複製した燭台も持つと思うんだけどな」
「そうですね…… これだけあれば結構暖かいです」
いつもより多くなった燭台に照らされたレアの顔は深刻さと言うよりも、申し訳なさが現れているように見えた。
「それで、閉心術の訓練をやめるのか?」
「はい…… これ以上時間を使っても…… それにもっと実用的な呪いとか逆呪いとか…… そう言うのをしないと…… エスト先輩達や他の先輩方の対策とかもしないと、勝ち目がないんじゃ無いかって…… 閉心術の訓練はボクの時間だけじゃなくて、オスカー先輩の時間も全部使ってしまいますし……」
オスカーは何をレアに言えばいいのかを考えた。確かにレアの言う通り、エストやクラーナの試合を見て、オスカーも危機感を感じ無かったとは言えなかった。ただ、ここで閉心術の訓練をやめるのが果たして本当にいい選択なのかと言う事がオスカーの頭の中で引っかかっていた。
少なくともレアは相当覚悟を決めてこの練習をやりたいと言ったはずだったし、相当に辛い行為を成果がほとんど出ないのに、もう何か月も繰り返しているのはオスカーが一番知っていた。
「えっと…… そう…… 一回、俺の事は置いといて、レアは試合に勝ちたいのか? それとも閉心術を覚えたいのか? どっちなんだ?」
「え……? ボクがどっちをしたいのか…… ですか?」
「ああ、レアはどっちをしたいんだ?」
閉心術の訓練をするにあたって、オスカーは始めた時から、自分がクラーナにやって貰った様にできるだけの事をしようと思っていたし、それに今は叫びの屋敷の時の様に時間が制限されているわけでも、誰かの命がかかっているわけでは無かった。
「分からないです…… せっかく出れたし、オスカー先輩も組んでくれるし、寮のみんなも応援してくれるから、出来るなら試合にも勝ちたいですし…… でも、ボクには閉心術の訓練が必要な気がするんです……」
「じゃあ…… どうして両方ともそう思うんだ? それに…… そう…… どうして自分はそう思うんだ? 他人がどうじゃなくて」
「どうして……」
口を真一文字にして、額にしわを作りながらレアは考えている様だった。オスカーも考えてみた。自分がレアの立場なら、どうしてそうしたいのか? どっちを優先するのか? それはどうしてなのか? 試合に勝ちたいのはみんなに認めて貰いたいから? 期待に応えたいから? それは何故なのか? 二人は鏡の裏で沢山の燭台に照らされながらしばらく考えていた。
「上手く考えがまとまらないんですけど…… 多分、両方とも自分って意味では一緒なのかもしれないです。ボクの中ではってことなんですけど……」
「どう一緒なんだ?」
「その…… 多分、試合の方は自信をつけたいんです。魔法をもう上手くコントロールできるって、みんなのために使えるって自信をつけたいし、それを認めて貰いたいのかな…… それで…… 閉心術の方は…… こっちは…… 心って言うのか頭って言うのか分からないですけど、それをコントロールしたいんだと思います。それで……」
「それで? どうしたんだ?」
唇を少し噛みながらレアは言葉をつむごうとしていた。オスカーはそれをゆっくり待った。
「やっぱり…… 試合の自信をつけたいとかそう言うのも、結局それをなんて言うのか…… 証拠にして…… ボクはレイブンクローですけど…… その…… 頭を納得させたいんだと思うんです。納得させて、コントロールしたいんです。だって、自分で思うだけじゃ納得できないから……」
「じゃあ両方とも同じことをしてて、閉心術の訓練の方が…… 直接的ってことなのか?」
オスカーにはレアの言っていることが非常に重要な事の様に思えた。閉心術の訓練を自分がやった時には、あまりにも他のプレッシャーが強すぎて今の様にゆっくりと考えたことは無かったからだ。
「そうだと思います…… だから、自分に、ボクにって言う意味なんだったら閉心術の訓練の方が重要なのかもしれないです」
「ならそれでいいんじゃないか? 閉心術の訓練をチャーリーとトンクスとの試合までに終わらせて、勝てばどっちも達成できるだろ?」
レアはオスカーのその言葉を聞いても、本当にそれが正しいのか未だ悩んでいる様だった。それにオスカー自身もそれが正しいのかどうかは断言はできなかった。
「そうですね…… ボクがそれまでに終わらせないと……」
「別にそんなに言う事はないだろ?」
「え?」
「試合に負けても、閉心術の訓練を続けない理由にはならないだろ? ここは叫びの屋敷じゃないし、誰かが時間を決めてるわけじゃないだろ」
レアは眼を丸くしてしばらくオスカーの方を見ていた。その後、ちょっと泣きそうな顔をしたがまた唇を噛むような表情をしていつもの顔に戻った。
「ありがとうございます…… オスカー先輩」
「じゃあちょっとだけ練習するか? 申し訳ないけど、この後ちょっとダンブルドア先生の部屋に行かないといけないんだ」
「わ、分かりました……」
何故いつも、決闘トーナメントの日とかぶるのかは良く分からなかったが、オスカーがダンブルドア先生の部屋で憂いの篩を使う日は今日だった。
二人はいつもの様にクッションを敷き詰めて準備を始めた。
「じゃあ行くぞ…… 三、二、一、レジリメンス‼‼」
真っすぐにこちらを見ているレアの眼を見ながらオスカーは呪文を唱えた。オスカーは開心術の呪文を使うたびに、段々と使い方が分かってくるような気がしていた。
この呪文…… この技術は非常に恐ろしいモノだと段々と分かってきたのだ。人の心はまるで大きな渦巻いている底なしの海の様だった。きちんと自分を意識していないと相手の心やイメージ、記憶にこちらが飲み込まれてしまうのだ。
自分が鏡の裏に立っていると意識していないと、完全にレアの記憶の中に引きこまれてしまい戻ってこれなくなってしまう。何度か練習を繰り返すことで、オスカーは現実の世界と同時に記憶やレアのイメージをなんとか立って見れる様になっていた。
しかし、今日は何かいつもと感覚が違っていた。いつもなら記憶が映像や声として先行するのに、今日は…… 直接、その記憶に対するレアの思考がそのまま伝わってくるのだ。
『嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。』
『七月がやってくる。七月がやってくる。ハリーの誕生日のプレゼントを選ぶ日が近づいてくる。キャビネット棚はもう設置されている。あの日が近づいてくる』
まるで薄められていない薬品の原液の様な強い感情が伝わってくる。オスカー自身もそれに引っ張られて、記憶の主がレアが恐れているモノが恐ろしくなってくる。
段々と記憶が映像と声になって現れ始める。レアはオスカーの侵入を防げてはいない。記憶が感情を揺さぶり、恐怖を増幅して混乱が大きくなっている。
「プレゼントを買いにダイアゴン横丁には行けるの?」
「今はダイアゴン横丁に行っても何も無いわ。ほとんどのお店は戦闘に巻き込まれるのを恐れて閉まっているもの」
「騎士団は何をしてるの? ダンブルドアは?」
「みんな必死で戦っているのよ。レアやハリーやこれからホグワーツに通うみんなのためにね」
レアの母親、マーリン・マッキノンに説得されても、レアは余り納得していない様だった。つまらなそうに机の上にあるナイフやフォークを操って、机の上でチャンバラの様なことをさせていた。
「ダイアゴン横丁に行くって約束だったのに……」
「レア、貴方のためなのよ。今はもう安全な場所なんて無いんだから。ほら、その遊びはやめなさいって言っているでしょう」
「ジェームズさんやシリウス達は俺たちが護衛すればダイアゴン横丁で買い物するくらい余裕だって言ってたのに……」
「それも状況が変わったのよ…… ドーカスやエドガーにまで…… とにかく今は家から絶対に出てはダメなの」
レアはチャンバラをしていたナイフとフォークを器用に操って食器棚に戻し、面白くなさそうな顔をして、食卓のある部屋から二階の自分の部屋に戻った。二階の部屋には最初に記憶に入った時とは違い、オスカーが実際に見たことのあるのとそっくりなキャビネット棚が置かれている。
またレアの感情が満ち引きする潮の様に、何度も打ち付ける波の様に伝わってくる。キャビネット棚に近づくと、強烈な恐怖と自責の感情が伝わってくるのだ。そして信じられないくらいの自分に対する怒りの感情が恐怖と代わり替わりに叩きつけられる。
『嫌だ。キャビネット棚には入りたくない。嫌だ。入ったらもう会えなくなる。嫌だ。嫌だ。自分のせいだ。嫌だ。嫌だ。恐ろしい。自分のせいだ。どうすればいいのか分からない。誰も助けてはくれない。嫌だ。自分が、自分が、嫌だ』
ベッドに寝転がりながら、ホグワーツの教科書をペラペラとめくり、片手をかざすとタンスの上から杖が飛んでくる。それは今のレアの杖とは形は違っていたので、レアの家族の誰かの杖なのだろうと想像できた。
そしてもはや、この年齢としては驚嘆に値するレベルの魔法のコントロールでレアは魔法を行っていた。杖なしでも、それは十分に分かってはいたが、自分に合っている杖では無いにも関わらず、浮遊呪文から、インセンディオやアグアメンティと言った一年生では使える魔法使いがほとんどいない魔法まで使いこなして見せていたし、さらにその痕跡も完全に消し去っていた。
一年生の時のレアを知っているオスカーからすれば、本当に同一の人物なのかと疑問を抱かないといけないほどの杖使いだった。
そして、それをしている最中も延々と感情が伝わってくるのだ。それは段々とレアが恐れている日がやってくることに対する恐怖一辺倒から、自分自身に対する怒りの割合が増えてきている気がした。
『嫌だ。魔法を使えたからどうだと言うのか。嫌だ。魔法がもっと使えなければ。嫌だ。もっと下手なら、使えなければ。嫌だ。魔法なんか使えなければ。嫌だ。調子に乗ることも無かった。嫌だ』
オスカーは鏡の後ろに立って、燭台に照らされている自分自身をもう一度強く認識した。感情の渦に巻き込まれて、オスカー自身の頭もズキズキと痛み始めていた。そして、オスカーはそれがレアが閉心術の訓練をする時に限界に近づいている時の兆候だと知っていた。
自分の意思でこの記憶と感情の渦から出ようとオスカーは思い始めた。自分は自分であって、他の誰かでは無い。確かにここに、鏡の裏に立っていると強く思い始めると、段々とレアの記憶に白いモヤがかかって、次第に音や映像に周波数が合わなくなってくる。
なんとか完全に現実に戻ってくると、オスカーの予想通り、やはりレアはクッションの上に倒れ伏していて、荒い息で汗だくだった。
「レア、大丈夫か?」
「また…… また…… できない…… あの日まで行くこともできない……」
目を開けずにクッションに倒れ込んで、苦痛に顔を歪めながらレアはブツブツと何かを呟いていた。オスカーはカバンからハニー・デュークスのチョコレートと三本の箒のバタービールを取り出した。
落ち着くにはバタービールがいいとオスカーは知っていたし、チョコレートの方は本来吸魂鬼用らしいがこういう時にも効くことをキングズリーに聞いていた。
「ほら、ここはホグワーツの五階の大鏡の裏だ。それにもう練習は終わったし、今はホグワーツの三年生だろ?」
「また…… 出来なかった。コントロールできてない…… ごめんなさい。ごめんなさい」
「時間はあるだろ。できるまでやればいい。ほら早く食べて飲むんだ」
「全然、進歩できてないです。ごめんなさい…… いただきます……」
レアは黙って、バタービールを飲んで、チョコレートを食べていた。そうすることが一番良いともう知っていたからだ。オスカーは毎回、レアの記憶に入りながらレアが恐れているモノを自分も恐れつつあることを自覚していた。それはレアの感情に引っ張られていることもあったし、自分自身がレアと同じ様にそう思わなければならないのに、それを忘れているのではないかと言う漠然とした恐怖が湧き上がってきているからだと考えていた。
「あの…… このバタービールとかのお金……」
「それは大丈夫だ。バタービールもチョコレートもタダで貰ったからな」
「タダ?」
「ちょっとヤギの臭いがしないか? そのバタービール」
レアは鼻をバタービールの瓶に近づけた。そして、ハッとした顔をしてオスカーの方を見た。
「アバーフォースさんですか?」
「ああ、ちょっと色々あってアバーフォースさんも俺たちがこう言う事をやってるって知ってるんだけど、そしたらふくろう便で俺の寮の部屋に送られて来たんだ」
「まだ何もできてないのに……」
レアはバタービールの瓶をきつく握っている様だった。本当はダンブルドア先生にオスカーがこの練習をしていると言った後に、ふくろう便が寮の部屋に送られてきたのだった。名前は無かったが、臭いだけで誰が送ってきたのかはすぐに分かった。そもそもふくろう便に気付いたのもルームメイトがヤギ臭いと言って騒いだせいだった。
「取りあえず、ダンブルドア先生との時間までここにいるから。レアも適当に落ち着いたら寮に戻ってくれ。ああ余ったのは適当に持って行ってくれ。それ毎週俺の部屋に届くから」
「わ、分かりました……」
「今度ホグズミードに行くときに会いに行けばいいだろ」
「そうします……」
次のホグズミード行きには絶対にホッグズ・ヘッドを行先として入れないといけないと、オスカーは自分の頭の中の予定帳に忘れない様にメモした。
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