ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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ゴーントの指輪

 ガーゴイル像を合言葉でぴょんとどかして、オスカーは螺旋階段を登っていた。毎回、来るたびにガーゴイル像の表情が変わっている気がしたので、案外あのガーゴイル像も突然喋り出したり、気にいらない人間は絶対に入れなかったりするのだろうかと少し考えながら校長室についた。

 ノックをするとダンブルドアのどうぞという声が聞こえる。オスカーが校長室に入ると、憂いの篩の上に現れている銀色の影が何かを喋っているのをダンブルドアは見ていた。

 

「やあオスカー、久しぶりじゃのう。クリスマスはどうだったかの?」

「お久しぶりです。クリスマスは…… そうですね…… ちょっと去年よりも滅茶苦茶だったかもしれないですけど、セーターを二つ貰ったので暖かかったと思います」

「なんと!! それは羨ましいのう。わしはいつもクリスマスには厚手のウールの靴下やセーターが欲しいと思っておるのじゃが、わしにプレゼントをくれる人は本ばっかり贈りたがるんじゃ」

 

 そう言いながら、ダンブルドアは憂いの篩に透明なガラスの瓶を近づけて、記憶をそこに入れている。オスカーはダンブルドアから目を離して、後ろの肖像画達を見た。今日の肖像画達はオスカーとダンブルドアの方を向いたり、寝ていたり、隣の肖像画と喋ったりと様々だった。

 

「さて、オスカー。スネイプ先生に一度、憂いの篩と一緒に君の事をお願いしたがその時はどうだったかの?」

「どう? ですか?」

「そうじゃのう。スネイプ先生は余り生徒達についてわしに話してくれることは少ないのじゃが、君の事は特に余り話してくれないのじゃ」

「俺の事をですか? 確かに魔法薬学だと他の学生のテーブルよりもスネイプ先生は近づいてこないかもしれないですね」

 

 魔法薬学の時の話と同じく、ダンブルドアもスネイプが余りオスカーについて触れない様にしていると考えているのか? オスカーは頭の中でスネイプが何を考えているのか想像したが、正確な答えが出る程オスカーはスネイプの事を知ってはいなかった。

 

「なるほどのう。君はグリフィンドールの生徒達とよく一緒におるから、近づきにくいのかもしれぬ。スネイプ先生は学生時代、良くグリフィンドールの生徒達と競い合っておった」

 

 ダンブルドアはそう言ったが、オスカーから見ても、スネイプのグリフィンドール嫌いは少々異常なレベルではあったので、競い合っていたで済まされるレベルでは無かったのだろうと考えた。

 

「さて? では始めるかの? 今日はフィニアスはどこかへ行っておる様じゃし、トロールの居ぬ間に洗濯と行こうかの」

「はい。」

 

 確かにいつもオスカーに喋りかけてくるフィニアス・ナイジェラスは額縁の中にはいなかった。オスカーは三回目になる作業を憂いの篩の前で始めた。ダンブルドアがいる前だったので、今回は何の記憶を入れるのかは決めていた。こめかみに杖をあてて、何かが消えていくような感覚と共に銀色のもやを取り出し、それを憂いの篩に入れた。

 

「今日はオスカー一人で記憶に入って貰えるかの? わしは君が良い収穫を得れることをここで待っているとしよう」

「分かりました。」

 

 てっきりダンブルドアも一緒に入るモノだと思い、オスカーは記憶を選んだのだが少しあてがはずれた様だった。

 オスカーは少し心を落ち着けてから、憂いの篩に頭を入れた。また、一瞬の暗闇と冷たい感覚があって、今年度何度も見ているドロホフ邸の中にいた。

 オスカーは広間でペンスと小さいオスカーが何かを話している横にいた。二人は何か色んなごちゃごちゃしたものをテーブルの上に出しながら喋っている様だった。

 

「前のカードは正解だったし…… ペンス、何かマグルの世界に無いのはないの?」

「今日お渡ししたお菓子はどうでしたか? ハニーデュークスでオスカーお坊ちゃまくらいの年齢の方には人気だとお聞きしたのですが……」

 

 ペンスに聞かれて、小さいオスカーは眉を寄せ、ちょっと難しい表情をした。

 

「ハエ型ヌガーとヒキガエル型ペパーミントはダメだった。魔法使いは頭がおかしいって言われた」

「なんと…… 申し訳ありません。このペンス、この身をもってオスカーお坊ちゃまにお詫びを……」

「ペンス、そんなのどうでもいいからなんか新しいのを出してよ。今度はカメラと一緒に持っていきたいし…… 何か絶対驚くお菓子が無いかな?」

「ハッ、かしこまりました。このペンス、必ずやオスカーお坊ちゃまのご希望の品を手に入れて参ります」

 

 ペンスは直立不動の体勢になったかと思うと、小さいオスカーの方に深々と頭を下げ、バチッという音とともに消えていった。それを見届けた小さいオスカーの方は、まだ机の上に広がっているお菓子や魔法のかかったおもちゃ、それにホグワーツの一、二年生で使う教科書なんかを読んだり、手に取ったりしていた。

 オスカーはこれ以上ここにいても仕方ないと考えたため、次に過去の自分が足を運ぶ場所に行くことにした。今年の夏休みにクラーナとトンクス先生が何か、今考えれば恐らくセーターの事を話していたであろう広間の隣の部屋だった。

 

「エティ、お前もオスカーもできるだけ家から出ない様にしろ。買い物は全てペンスを通してやらせる様にこれからはするんだ」

「そんなに外は危ないんですか?」

 

 空いた扉から男と女の声が聞こえてくる。オスカーは母親を見た記憶はほとんど無かったが、父親の方は何度も何度も見たことがあった。日刊預言者新聞に毎日の様に載っていたり、最近になっても死喰い人や戦争の事が話題になるたびに載る顔だったからだ。

 

「それもあるが、あの方は最近非常に不機嫌だ。これもスネイプがあのお方に何かを吹き込んだ後、ポッターを探せと言われてから…… これほど機嫌が悪いのは、指輪をつけられて夏休みから帰って来られた以来だ……」

「でもオスカーは一人だし、家に籠っていてはホグワーツに入る前に魔法の練習もできないわ。あの子はあんなに才能があるのに……」

 

 指輪? オスカーも覚えていなかったが、明らかに父親はヴォルデモートの話を母親に漏らしていた。これはダンブルドアに報告するべき事に思えた。それにスネイプの名前とポッター夫妻の名前が出てきており、オスカーはそういった名前とこの頃から関わり合いがあったという事実に驚いた。

 

「絶対に出るなと言ってるわけじゃない。せめて外に出るときは一緒に出る様にしろと言ってる。それに何かあったらこの家から出て、お前の実家に帰れ」

「そんな……」

「お前のいとこは闇祓いだ。実家に帰れば魔法省も手出しできないだろう」

「でも……」

 

 オスカーはこんな会話を二人がしているのを聞いたことも見たことも無かった。しかし、オスカーの後ろでは小さいオスカーが近づいてくるのが見えていたので、これはあくまでオスカーが忘却呪文をかけられて消された記憶ではない為に再現ができてるのだと考えた。つまり、憂いの篩はオスカーが直接覚えていなくても、呪文で忘却されていなければその周辺の出来事も再現しているらしかった。

 

「オスカー、エティ、今日は家から絶対に出ない様にしろ。ペンスに今日の夕飯はいらないと言っておけ」

「え?」

「分かりました……」

 

 小さいオスカーは部屋に入っていきなり言われたため戸惑っていたが母親は頷いた。父親はそのまま玄関の方へと歩いていった。

 

「父さんはもう出かけるの?」

「そうよ。お仕事なんだから邪魔しちゃダメよ」

「でも最近はダイアゴン横丁にも行けないし、新聞もラジオも繋がらないし、外の話とか……」

「ダメよ。ホグワーツに入れば段々外の事は分かってくるわ」

 

 不満そうな顔の小さいオスカーだったが、何とか飲み込んだ様だった。オスカーは父親の方を追いかけた。すでに玄関を開けようとしている所だったので、オスカーはギリギリ父親が開けた扉に滑り込んだ。

 家の外の森に続く小道には二人の黒いローブに仮面をつけた男が立っていた。しかし、二人からは父親と家が見えていない様でキョロキョロとあたりを見回していた。

 

「カルカロフ、ロジエール、家の傍では無く森の中で話すと言ったはずだ」

「なんだ。ドロホフ、俺たちにワインの一杯でもないのか? マッキノンの祝い酒はまだやってないだろう? ボーンズやフェンウィックから連チャンだ」

 

 仮面の下から出てきたのは髭の男と短髪の男だった。恐らく髭の男がカルカロフで、短髪の男がロジエールだとオスカーには分かった。ロジエールは酷薄な笑みを浮かべていたし、カルカロフの方はどちらかと言えば不気味な笑みだった。それにオスカーは父親が何をしていたのかを今は知ってはいたが、こうして自分の住んでいた家のすぐ外でこういう会話が行われていたとは知らなかった。そして、出てきたマッキノンという名前もオスカーの頭の中にずっしりと重くのしかかった。

 

「そうだな。私たちに嫁さんや息子も紹介してくれないのか?」

「今日は、ポッターとプルウェットの話だろう」

 

 今度は父親の口から違う名前が出た。その名前もオスカーの頭の中で何度も何度も洞窟で発された音の様に響いていた。そして、その言葉の響きにはさっきまで母親と喋っていたのとは別の、ロジエールと同じく残酷かつある種の愉悦的な響きが含まれていた。

 

「そうだ。あの方は特にポッター夫妻を狙われているし、それに余り機嫌が良くない」

「だがあの兄弟を殺ることができればあの方もお喜びになるだろう。ロングボトムやポッターの二人、ムーディなんていう俺たちが世話になってる奴らの中でもとびっきりだからな」

「ムーディはどっちだ? 爺の方か? それとも若い女の方か? 伝説のオーラーをぶっ飛ばしても、女の方を組み伏せても楽しいだろうなあ。それにポッターの家は裏切り者が秘密の守り人になれば終わりだろう」

 

 もう、オスカーは吐き気すらしそうだった。どうして、さっきまで母親の心配をしていざとなったら実家に逃げろと言っていた人間がこんなことを言えるのかがオスカーには全く分からなかった。三人の顔も声も、オスカーにはこれまでになく邪悪に見え、その声はマンドレイクの鳴き声を耳当て無しで聞くよりも有害だった。

 

「まあ我々の勝利は最早揺るがないだろう。こっちについたのが正解だった」

 

 カルカロフがいかにももう終わりだという口調で言った。死喰い達は自分達の陣営が勝利することを確信している様だった。

 

「闇祓いの方はどうやって魔法省を切り崩すのかだな、まあ執行部長のお坊ちゃまがどうにかしてくれるだろう」

「今から楽しみだ…… 磔の呪文の悲鳴でも、服従の呪文を時々解きながら色んな事をやらせるのでもいい…… ドロホフ、お前の呪文で焼いてやるのもいいだろうな」

 

 限界だった。オスカーはどれくらいの時間の記憶を憂いの篩に入れたのかも、憂いの篩がどれくらいこの記憶のオスカーから離れても再現してくれるのかが分からなかった。オスカーが玄関の方を振り向くと扉の間から小さいオスカーがこちらを見ている様だった。この会話を聞いた記憶がないので、子供の頃は少なくとも聞いてはいないはずだったが、この会話を聞いていれば自分ももっと慎重になったのでは無いのか? という気持ちがどこから生まれてきたのだった。

 後ろからまだ死喰い達の会話が聞こえはしたが、オスカーは死喰い達を見ている小さい自分に近づいた。遠すぎて聞こえもしない会話をしている三人を小さいオスカーは興味深げな眼で見ていた。オスカーはその姿を見て、今の自分も何かを見ているだけで、何も聞いていないし理解できてないのではないかという疑念がふつふつと湧き上がってきた。

 これ以上ここにいるのが耐えられなくなってきたため、オスカーは憂いの篩から出ることにした。

 

「オスカー、今日は前回より少し早いようじゃな」

「はい…… ダンブルドア先生が言っていたことかは分かりませんが父親のことでいくつか思いだした? ことがあります」

 

 オスカーは早く誰かと会話をして、とにかくさっき見て聞いたモノを吐き出したかった。ダンブルドアは落ち着いた笑顔でオスカーの方を見ていた。

 

「それはありがたいのう。落ち着いて喋ってくれれば良い」

「はい、えっと…… 何から…… 父親はロジエールとカルカロフという男と家の前で喋っていました」

「ふむ…… オスカー、その記憶の日時を覚えておるかの?」

「はい、えっと…… 多分、七月が終わったくらいだと思います」

 

 ダンブルドアは何かを考え込んでいる様だった。そしてまたその青い眼がオスカーを見通す様に見つめた。

 

「では続きを聞こうかの」

「それで…… ロジエールがマッキノン家と…… ボーンズ家、フェンウィック家でしょうか? それを連続で…… 殺したので祝杯をあげようと言っていました」

「なるほどのう。まあその後、ロジエールはアラスターと戦って亡くなるわけじゃが…… 他には何かあったかの?」

 

 あの後、ロジエールといういかにも邪悪な男が死んだという事実や、父親がアズカバン送りになったという事実はオスカーの中で、何か食べ合わせの悪いモノを食べた後の様に気持ち悪さとなって渦巻いていた。

 

「他には…… 次はプルウェットの兄弟だとか、ポッター夫妻は…… 裏切り者が秘密の守り人になれば終わりだと言っていました。それに闇祓いは執行部の息子がどうにかするだろうと」

「まさに一連の戦闘の真っ最中だという時じゃったようじゃの。事実あの半年で不死鳥の騎士団の大半が命を落としたわけじゃ」

 

 いつも喋っているみんなの肉親や知り合いが、オスカーが森の中で外の事も知らずに遊んでいる間に命を落としていて、自分がどれだけ無知で愚かだったのかをオスカーは思い知らされている気分だった。

 

「ダンブルドア先生、ロジエールが言っていた裏切り者というのは…… シリウス・ブラックの事ですか?」

「言葉の流れからすればそうじゃろう。それにポッター夫妻が秘密の守り人を選ぶのなら、シリウス・ブラックを選ぶじゃろうし、ピーター・ペティグリューの最後の言葉が本当ならば、彼がポッター夫妻を売ったのは事実じゃろう。状況的な証拠もそれを示しておる。加えて、それ以前の情報も彼から流れていたと考えるのが自然じゃ」

「それと…… 、秘密の守り人というのは何なのか聞いてもよろしいですか?」

「そうじゃの、秘密の守り人とは何かの秘密を誰かの頭の中に入れ込む呪文じゃ。この呪文は非常に強力な保護呪文で、拷問で口を割らせても効果が無い上、例えとして家をこの呪文で守れば、ヴォルデモートやわしであってもその家を見ることも壊すことも出来ぬ」

 

 つまり、絶対の信頼を置いたシリウス・ブラックにポッター夫妻は裏切られたという事だったし、レアとダンブルドアの言葉が事実なら、あのプレゼントを持って友人と共にレアの相手をしていた人物は、大人も子供も赤ん坊も関係なく、全て殺されると分かっていながら売り渡したという事だった。

 オスカーには果たしてそれで何が得られるというのかが分からなかった。

 

「さて、オスカー、他に思いだしたことが無いようなら……」

「ヴォルデモートの事を一つだけ、父親が母親に言っていました……」

 

 ダンブルドアの眼がこれまでに無い真剣さでオスカーの方を向いていた。

 

「それは何かの?」

「スネイプ先生が何かをヴォルデモートに伝えてから機嫌が悪いと…… こんなに機嫌が悪いのは指輪をつけて夏休みから戻ってきた以来だと言っていました……」

「それは…… それは本当じゃな? 君のお父上、アントニン・ドロホフがヴォルデモートことトム・リドルが、指輪をつけて夏休みに戻ってきた時に機嫌が悪かったと言ったのじゃな?」

「は…… はい、そうです」

 

 カッカッカと音を立ててダンブルドアはオスカーの目の前を歩いて行ったり来たりして、時々ブツブツ言いながら、何かを考えている様だった。その後、ダンブルドアはまたオスカーの眼を見た。ダンブルドアの眼はどこか勝利と何か僅かな希望がある様にオスカーには見えた。

 

「オスカー、君にわしは感謝せねばならない。これは間違いなく、ヴォルデモートが戻ってきた時の武器になるじゃろう」

「今言った事がですか?」

「そうじゃ、闇は形を持たないから闇なのじゃ。光にあてられて形が分かれば対処の仕様があるじゃろう? 君の言った事はヴォルデモート…… いや、トム・リドルの姿を確かにわしの前に浮かび上がらせたのじゃ」

 

 つまり、今の指輪を持って夏休みに帰ってきたことがヴォルデモートを倒すための重要な情報だと言うのだろうか? これだけではオスカーも考えようが無かったが、ダンブルドアならば有益な情報へと結び付けられるのだろうと考えた。

 

「さて…… それではどうするかね? 少し微妙な時間になってしもうた様じゃ…… もう一度記憶に潜るには少々時間が無いようじゃ」

「はい。ダンブルドア先生、残りの時間、閉心術についてお聞きしてもいいですか?」

「ほう? それはこれの時間を決める手紙に書かれていたレアとの練習じゃな? 弟からの贈り物は届いておるかの?」

「はい。アバーフォースさんからのプレゼントは毎週俺の部屋に届いています。届くたびにルームメイトがスコージファイをかけた上で泡頭呪文を自分自身にかけてますが…… それで、閉心術のコツと言うか…… 理論みたいなのを教えていただけないかと……」

 

 ダンブルドアは少し悪戯っぽい顔をした。それにダンブルドアの後ろの肖像画達もオスカー達のやり取りに今回も注目しているようだった。

 

「閉心術…… そうじゃの、感情や心を操るというのは大の大人でも非常に難しい技術なのじゃ。しかし、わしが思うに大人になるにつれて覚えやすくなる技術じゃとは思う」

「大人になるにつれてですか?」

「うむ。子供の頃は分からなくとも、いずれ目の前の事実よりも、大事なモノがあることや、何かに直面した時に思い直させてくれるモノができるのじゃ」

「思い直させてくれるモノ……」

 

 オスカーは考えた。どうして怒りや悲しみや憎しみに溢れている時に違う考え方ができるのか、自分自身が大変なのに、それでも何かを考えないといけないと思う事ができるのか。初めてできた時にどうしてそう思ったのかだ。

 

「それにこういうことは大体スリザリン生の方が得意なのじゃ」

「当たり前だ。そんなことはスリザリン生の特徴が如実に示している」

 

 肖像画から偉ぶった声がした。案の定、フィニアス・ナイジェラスが肖像画に戻っていて、オスカーとダンブルドアに声をかけていた。

 

「ここは君の大先輩の話を聞くとしよう」

「当然だダンブルドア。後輩の学生に道を示すのは当然のこと、そしてスリザリン生が己を律する技術について聞くのは必然だ。いいかね? ミスター・ドロホフ。前にも言ったが、自己のプライドが高く、気高い自己犠牲をして自分の感情に酔うグリフィンドールには分からないだろうが……」

 

 相変わらず、相当にスリザリンが好きで、グリフィンドールが大嫌いな所は変わってはいなかったが、少なくともこのフィニアス・ナイジェラスという人物は自分自身の事を全く偽らず喋っているであろうことがオスカーには分かっていた。

 

「自分自身を勘定に入れて、目的を達成できる可能性が我々にはある。そのために自己を律することが必要なのだ。純血にふさわしい行動が、家にふさわしい、寮にふさわしい行動が求められるのだ。もし真のスリザリン生がいるならば、それを重く受け止め、何か行動する際にそれがふさわしい行動か考えることができるだろう? それがあれば感情に酔うことなく、自らを見つめて、自らの感情を理解する余裕が生まれ、本当の目的を果たす行動をとることができる」

 

 フィニアス・ナイジェラスらしい言い方ではあったが、それは先ほどのダンブルドアが言っていたことと同じことを言っているとオスカーは感じた。何か自分の感情を度外視できるほどの何かがあれば、その余裕を持って感情を理解できると言っているのだ。

 

「ミスター・ドロホフ。君がその様に自らを律する方法を学ぶのなら……」

「オスカー、学びたいのは君ではなくレアじゃったの?」

「はい。そうです」

 

 フィニアス・ナイジェラスは自分の言葉が遮られたのが頭に来たのか、ダンブルドアの方を思いっきり睨んでいた。

 

「そういうことじゃからフィニアス、教え方をオスカーは求めている様じゃ」

「そんなことは分かっている。簡単な話だ。閉心術の練習を自らしているという事は、すでに自分で自分を理解しようとしているという事だ。然り、ならば簡単な事、その娘に自らが一体何にふさわしい行動をとろうとしているのか教えてやれば良いのだ。そういった行動をとるという事自体が、何かにふさわしい行動をとろうとしている事なのだから簡単な事だろう」

 

 一体何のためにそんな事をしているのかを教えろとフィニアス・ナイジェラスは言っていた。すでにそういうことをすること自体が何かのために動いているのだから、それを教えれば良いとそう言っていた。オスカーは自分に当てはめて一度考えた。どうして恐怖に震えていては、自らに対する怒りに震えていてはいけないと思ったのか、何のためにそうしたのかを考えたのだ。

 理由はいくつかあったかもしれないが答えは簡単に出たのだった。

 

「分かりました。ありがとうございます。ダンブルドア先生、ブラック教授。明日…… レアと練習して、もう一度考えて見ようと思います」

「そうじゃの、そろそろ外出禁止の時間じゃ、次の時間と場所はわしからふくろうで送ることにしよう」

「うむ。今度こそ、スリザリン生と訪問してくれたまえ」

「では失礼します」

 

 何か満足そうに頷いているフィニアス・ナイジェラスを少し見ながら、オスカーは校長室を後にした。仕掛け階段や廊下を通って地下に向かいながら、オスカーはさっきのフィニアス・ナイジェラスの話を考えた。

 フィニアス・ナイジェラスの話は良い様に働けば、恐怖や怒りといった感情を制御できるという事だった。しかし、それは良心やいい意味での恐れでさえ無視することができる力の様にもオスカーには感じられたのだ。

何かを達成するために感情や心をコントロールする。それは目的を達成するためには正解かもしれないが、何かボタンを掛け違えばさっき憂いの篩で見た三人の様に、残虐な出来事でさえ笑ってできる様になるのかもしれなかった。

そうならない為にはどうすれば良いのかを考えながらオスカーは地下牢まで来ていた。

 

「オスカー、今帰りなの?」

 

 オスカーはちょっと飛び上がってしまった。エストの声が明らかに誰もいない場所から聞こえてきたからだ。それもオスカーのすぐ傍からだ。

 

「あ、そっか、ちょっと時間も不味かったし、フィルチに見つかるかもしれないからって呪文をかけてたの」

 

 声の出どころを良く見ると、まるでカメレオンの様に周りに色を合わせたエストが目の前にいた。エストが杖を自分に向けて上から下に下ろしていくと、エストの黒髪や紅い眼、スリザリンの緑のローブが順々に現れた。

 

「目くらまし呪文か?」

「そうなの。どうせ前の試合で使っちゃったから、あんまり隠してても意味ないよね?」

「そうかもな、談話室に入るか」

「うん。えっと…… なんだっけ? 今日変わったんだよね?」

「ルーンスプール」

 

 オスカーがそう言うと、石壁が消えてスリザリンの談話室への道が開いた。二人は連れ立って、相変わらず、緑色で暗い談話室へと入っていった。

 まだ談話室では数人が勉強したり、ゴブストーンをしたりしていた。いつも二人が座る場所は幸運な事に空いていたので二人は自然とそこに座った。

 

「二人で一緒に帰ってくるだけあって、オスカー先輩今日は緑のセーターなんですね」

「ジェマどっからでてきたんだ」

「そうなの。椅子の後ろ?」

「ちょっと、変身術の宿題で聞きたいところがあったんです。今週はスネイプ先生が羊皮紙十枚分の宿題を出したのに、今度はマクゴナガル先生が五枚分の宿題を出してきて……」

 

 どうもちょうど椅子の陰になっている部分で延々と宿題をジェマはやっていたらしい。恐らく二人のどちらかがもう少し早く帰ってくるのだろうと考えていたのか、テーブルの上の飲み物はもう空だった。

 

「まあバタービール余ってるし、飲むか」

「あ、三本の箒の奴ですよね? トンクス先輩がオスカー先輩はすぐ女の人に飲ますって言ってたのは本当だったんですね」

「三本の箒じゃなくて、ホッグズ・ヘッドのだし、トンクスの言ってることの八十パーセントは嘘だ」

「ほんとだ。ちょっとヤギ臭いの」

 

 結局レアに何本か渡したのにアバーフォースが何本も何本も送ってくるせいで、オスカーのカバンはバタービールが何本も入っていたのだった。ついでにチョコレートの方もオスカーはテーブルに広げた。

 二人は代わる代わるにジェマの宿題を見た。大体、エストの言っていることをオスカーがジェマに翻訳するという作業だった。ジェマは宿題をどうすれば良いのか分かったようで、必死に魔法薬の教科書から魔法薬のリストをピックアップして、羊皮紙に書き写していた。

 

「ねえ、今日はダンブルドア先生と何のお話をしたの?」

「今日は閉心術の話だな、どっちかと言うとフィニアス・ナイジェラスって人の方が喋ってたけど」

「フィニアス・ナイジェラス? 誰なの?」

「何代か前の校長先生で、スリザリン出身なんだ」

「スリザリン出身の校長先生がいるんだね」

 

 何か時々、聞き耳を立てているのかジェマの羽ペンが止まったり、耳がピクピク動いている気がオスカーはした。

 

「それに…… 多分、トンクスのひいひいおじいさん? だぞ、多分」

「えええええええ!? トンクスのひいひいひいおじいさんがホグワーツの校長なの? やっぱり髪の色が変わったり、変な悪戯したり、廊下を歩くだけで甲冑を全部足に引っ掛けて倒したりするの?」

「多分ひいが多いし、そんなドジじゃないと思う。まあ名前がフィニアス・ナイジェラス・ブラックってだけだから、もしかしたらただの親戚かもしれないけどな」

「ちょっと待ってね……」

 

 エストがポシェットを何度か開けたり閉めたりしながら本を取り出した。『生粋の貴族―魔法界家系図』と書かれている。

 

「ほら、ペベレル家を調べた時に使った本なの。この本、呪文がかかってて、多分色んな家の家系図? が更新されるとそれに合わせて動くの。多分ブラック家だったら載ってる……」

 

 確かに本の中にはブラック家の名前がまるまる一章さかれて記載されていた。そこにはフィニアス・ナイジェラス・ブラックの名前はあったが、トンクスの名前が見つからない様だった。

 

「おかしいの。シリウス・ブラックの名前も無いし…… フィニアス・ナイジェラスさんの兄弟とか息子だと年がおかしいの。あれ? でもベラトリックス・ブラックってベラトリックス・レストレンジの事だよね? じゃあ……」

「このナルシッサ・ブラックとベラトリックス・ブラックの間がトンクス先生なんだろうな、消されてるけどな」

 

 何か乱暴な消され方でアンドロメダ・ブラックと書かれているはずの場所は消されていた。良く見ると家系図にはいくつもいくつもそういう場所があるようだった。

 

「確か、トンクス先生はシリウス・ブラックがいとこだって言ってたな」

「じゃあ、このフィニアス・ナイジェラスさんから直系で繋がってる最後の…… レギュラス・ブラックって書いてある人の横がシリウス・ブラックかな?」

「そうだろうし、とりあえずトンクスのやつがブラック教授の子孫なのは確かだな」

「驚愕の事実なの」

 

 ジェマは相変わらず、オスカー達の話を盗み聞きしているようで、余り宿題は進んでいないようだった。十枚分の羊皮紙の宿題なのに一枚もまだ書き写せていなかったからそれは良く分かった。

 

「まああの部屋にいくと多分スリザリン生は大体ブラック教授に話しかけられるんじゃないか? 俺もほんとは俺がダンブルドア先生に閉心術のことを聞いたのに、後ろからいきなり話し始めたしな」

「へえ、あっ!! でもエストも今、その練習してるよ? もう閉心術は使える様になったの。オスカーとクラーナはお互いに使えるから言ってもいいよね? どうせ決勝戦まであたらないし」

「は? 閉心術?」

「うん。なんか割と簡単だったの。クラーナは怒ってたもん。普通は!! もっと!! 時間がかかるモノなんですよ!! ってなんか怒ってたの」

 

 オスカーは至極簡単にクラーナがそう言っている様子が想像できた。そして、やっぱりエストとクラーナのペアが順当に一番上まで上がるのではないかとこれも簡単に想像できた。オスカーとレアが苦労している間に二人はドンドン進んでいる様だった。

 

「な、なるほどな。じゃあ、エストに聞くけど。ダンブルドア先生が閉心術はスリザリン向きだって言ってて、それがなんでなのかをブラック教授が言ってたんだけど、何か分かるか?」

「スリザリンが閉心術に向いてる理由?」

 

 エストは口と鼻に手をあてて、いかにも考えているというポーズをした。そしてその後、ちょっと笑いながらオスカーに答えた。

 

「うーんとね、あんまり自分に自信が無いからじゃないかな?」

「自分に自信が無い?」

「エスト先輩がですか?」

 

 ジェマはもう宿題をするのを諦めたのか、完全に羽ペンを置いてこっちの話に交ざってきた。

 

「エストだけじゃないけど、スリザリンのみんなかな? だって、自分に自信があったら純血とか家とかスリザリンの歴史とか言う必要が無いでしょ?」

「確かにそうかもしれないです」

 

 ジェマは最近大体エストの言うことに同意するので参考になるか難しかったが、エストの言っていることはさっき校長室で聞いたことと繋がっている気がオスカーはした。

 

「でも、その自信を純血とか歴史とかは埋めてくれるよね? 私は俺は僕は純血だから凄いんだぞって、思ったら最初は自信がなくてもやれるかもしれないの。別に家とか純血じゃなくても、家族とか大切な人でもいいけど……」

 

 エストはオスカーの方を見た。オスカーはいつもよりも視線が優し気な気がした。

 

「それで、自分に自信が無くて、周りのモノを使おうとするから閉心術に向いてるんじゃないかな? だってやっぱりこれが無いとダメだって思ってると、ほんとにエストのやってること合ってるかな? って思っちゃうよね? ほんとに自信が無かったら人に聞くけど、最初は自分で確かめちゃうもん。それが閉心術に向いてる理由なんじゃない?」

「どうなんですか? オスカー先輩?」

 

 二人の視線が集まって、オスカーはちょっとむずがゆかったが、答えざるを得なかった。

 

「まあジェマが閉心術の事知ってるか分からないけど、だいたいエストの言ってることはダンブルドア先生とブラック教授が言ってたことと一緒かもな」

「じゃあ、質問してもいいですか?」

「誰に?」

「エスト先輩とオスカー先輩にです」

「まあなんでもいいけど」

 

 最近ジェマはやたらとオスカーとエストの周りをウロチョロしたり、オスカーがクラーナやレアといると何か胡乱気な視線を送ってきたりするので、ちょっとオスカーは警戒していた。

 

「二人は、えっとさっきの自信が無くなった時? その時は誰に聞くんですか?」

「うーんとね、どんな時にかによると思うけど、学校だったらとりあえず横のオスカーに聞くし、あとはチャーリーとかビルとかクラーナにも聞くかな? お家なら…… ミュリエルおばさんに聞いても仕方ないから、モリーおばさんか、アーサーおじさんに聞くの」

「俺もとりあえず横のエストに聞くし、あとは周りのみんなにも聞くな、家ならキングズリーがいるはずだし……」

 

 ジェマは何かうんうんと頷いていた。そしてちょっと意を決する様に手をパンと鳴らして握った。

 

「じゃあお互いの事を聞くときはどうするんですか?」

「そのまま聞いたらいいだろ」

「そうなの」

「そ、そうじゃなくて聞けない時です」

「「聞けない時?」」

「そういう聞けないこともありませんか? ほら男と女なんですから」

 

 オスカーとエストはお互いに顔を見合して考えた。聞けない事? クリスマスのプレゼントとかだろうかとオスカーは考えて見たが、あんまりいい具体例は浮かばなかった。多分、人間関係に悩んでいる時だったら、取りあえずなんだかんだトンクスに聞きに行くのではないかとオスカーは思った。前のクリスマス前の喧嘩の時がそうだったからだ。

 

「うーん、分かんないの具体例が思いつかないし、オスカーの好きなモノを聞くんならペンスさんとか?」

「誰ですか? ペンスさんって?」

「オスカーのお家の屋敷しもべなの」

「うわ、やっぱりお金持ちなんですねオスカー先輩…… って屋敷しもべ妖精なんですか」

 

 何か一人でジェマはツッコミを入れていたが、正直、オスカーもエストもジェマが何を聞きたいのか良く分かっていなかった。

 

「じゃあ、もっとクローズな質問にします。恥ずかしくて言えない時とかどうするんですか?」

「恥ずかしくて言えないなら黙ってればいいの。だって、それは自分に自信が無いんじゃないの? 確信があったらそんなに恥ずかしくて言えないことなんてないと思うもん」

「まあ俺もそうかな、良く分からないけどな」

 

 ジェマは何かまた考えている様だったが、別に相手はトンクスやフレッド・ジョージではないので、オスカーは余り心配してはいなかった。

 

「なるほど…… 分かりました。参考にして、私も作戦を立ててみます」

「参考? 何かジェマは恥ずかしい事があるの? 実は一人で夜お手洗いに行けないとか? オスカーを連れて行けば、ピーブズくらいなら逃げてくの。あと吸魂鬼くらいなら大丈夫だよ?」

「エストでも変わらないだろ」

「分かりました。オスカー先輩たちのことは良く分かりました。私は一人でもトイレに行けます。でもマートルのトイレは嫌です」

 

 オスカーは正直、後輩のトイレ事情などどうでも良かったが、一応先輩としてそれくらいならするつもりだった。スリザリンはなんだかんだ寮ごとの結束が一番固いのだ。

 




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