ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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合同授業

 ダンブルドアやフィニアス・ナイジェラス、エストと話をした次の日。オスカーは朝の時間の間にレアを捕まえようと考えていた。

 夜の間に頭の中でなんとか形にまとめようとしていた閉心術についての話を今日の間にしておきたかったからだ。

 それに大広間の掲示が確かなら、決闘トーナメントでのチャーリーとトンクスとの試合はすぐそこまで迫っていた。

 

「今日の闇の魔術に対する防衛術ってハッフルパフと合同だよね?」

「って前の授業の時に言ってたな。防衛術の授業で合同って初めてだけどな」

 

 今日は朝から昼まで闇の魔術に対する防衛術の授業が入っている予定だったが、スクリムジョールの意向で、クラス同士を合わした合同の授業になる予定だった。

 相変わらず、エストはゆっくりスクランブルエッグをオスカーからするとあほだとしか思えないほど口に入れていた。

 そのエストの後ろにハッフルパフの集団に何か言ってからこっちに向かってくるトンクスの姿が見えた。

 

「今日は学年トップの闇の魔術に対する防衛術が見れるわけね」

「できればトンクスと一緒に危ない動物の授業は受けたくないの」

「インカーセラスとイモビラスは使えるから大丈夫だろ…… 多分」

 

 エストとオスカーがトンクスの事をからかったにもかかわらず、トンクスの髪色は相変わらずのショッキングピンクだった。

 

「何よ。朝から二人の時間を邪魔したから怒ってるわけ? 別に私が二人にディフェンドをかけてるわけじゃないんだから、そんなに邪険にしなくてもいいじゃないの」

「そういうわけじゃないの。だいたい去年だって、薬草学の授業で、耳当ての代わりにナメクジゼリーを耳に詰めてマンドレイクの授業を受けてたんでしょ? それで外れかけて失神寸前だったってチャーリーが言ってたもん」

「命に関わるドジは流石にしないだろ…… 多分…… 俺は信じてるぞ」

「何なのよ。多分信じてるって」

 

 オスカーはできる限りの脳みそをフル回転して、トンクスがそういった状況で信じられる証拠や前例を思い出そうとしたが、かなり厳しかった。

 

「だいたい信じてるってことだ。じゃあ、俺はレアと話してくるから、先に行っててくれ」

「へえ…… 何か私たちの前だと喋れないことってわけね」

「次の試合相手の前で喋らないのは当たり前なの」

 

 このままだと際限無く話が続きそうだとオスカーは感じたので、早々に切り上げることにした。別にエストやトンクスに聞かれて困る話をしに行くわけでは無かったが、余り閉心術の練習の事は周りに話す事ではないと考えてもいた。

 青い服を着たレイブンクロー生が沢山いるテーブルに近づくとオスカーはジロジロ見られていると感じた。このレイブンクロー生達は他の寮よりも『優秀』だと言われるという事実に結構な誇りを持っているとオスカーも考えていたし、期末試験等でもそう感じることは多々あった。だから、オスカーはちょっと決闘トーナメントで目立ったせいで視線が飛んでくるのだろうと考えた。

 レアの短い金髪は大広間の入り口の方にあった。いつも通り、去年スネイプ先生が探しに来た後にやってきた集団と一緒にいる様だった。

 

「レアって髪を伸ばさないの?」

「そうそう、いっつも男の子みたいに短いじゃない? せっかく綺麗な金髪なんだし伸ばしてみたら?」

「手入れもしないといけないし…… それに魔法の練習には邪魔になっちゃうから……」

 

 オスカーが色んな魔法の原理やエストのチャドリー・キャノンズ好きと同じくらい不思議に思っている事の一つが、どうして女の子は群れを作るのかと言う事だった。そう考えると、エストやクラーナはあんまりそういう集団の中にはいない気がしてちょっと不思議になったが、目の前にある問題はレアに声をかけにくいと言う事だった。

 

「プルウェット先輩は髪が長いし、レアも長くすればワンチャンかも」

「他の二人はあんまり長く無いよね? でもいきなり雰囲気変えるのって、私が男なら結構ぐっと来そう」

「いいなあ、ちょっと影のある先輩と二人きりって…… 凄いチャンスじゃん?」

「なんで毎回そういう話になるの……」

 

 やっぱり、オスカーは女の子の集団に対して喋りかけにくかったが、どっちにしろ青いローブを着た集団の中ではオスカーが今日着ているセーターの色は目立っていた。

 

「嫌な人とは組まないだろうし絶対チャンスよね」

「マーリン…… いや、スクリムジョール先生が与えたチャンスに決まってるわ」

「だから…… そういうのじゃ……」

「レア、ちょっと話できるか?」

 

 オスカーが話しかけると、レアはちょっと飛び上がる様な反応をして、他の学生達も鎮まりかえったため、オスカーは何かやってしまったのかと心配せざるを得なかった。

 

「お、オスカー先輩? 今のはいつもみんなが言ってるだけで、ぼ…… ボクがどうこうって話じゃないですから……」

「レアは暇です」

「なんなら一日貸せます」

「あげます」

「そ、そうなのか…… あんまり時間はかからないと思うけど、ちょっと借りていく」

 

 無駄に口をヒューヒュー鳴らそうとするレアの友人たちから、目を白黒させているレアを連れ出して、オスカーは大広間の端の方に行った。人に聞かれないという意味では大広間の外の方が良かったが、なによりまだホグワーツは寒かった。

 

「マフリアート 耳塞ぎ」

「え? その呪文……?」

 

 オスカーが周りに向かって呪文を唱えるとレアはもう呪文の方に意識が移っている様だった。

 

「ああこの呪文は夏休みにトンクス先生に教えて貰ったんだ。先生やテッドさんが学生の頃に流行った呪文らしくて、他の人に話を盗み聞きされない様に雑音を流せるらしい」

「ボク、その呪文聞いたことがあります…… 確か、ママやその友達が使ってたかも…… でも呪文の本とかでは見たこと無いです」

 

 つまり、普通の呪文集とかには載っておらず、レアの両親やトンクスの両親が同世代なのなら、その辺りで発明された呪文だと言う事なのか? とオスカーは少し推理してみたが、今回は呪文の事を話しに来たわけではなく。閉心術の話をしに来たのだった。

 

「そうなのか…… まあなんか夏休みにいくつか呪文を教えてくれたし、後でレアにもそれが要りそうなら教えるけど…… 閉心術の練習を今日しないか?」

「そうですね…… 試合までもう全然日数が無いですし……」

「昨日、ダンブルドア先生と喋って、閉心術についてちょっと聞いて来たんだ。できればそれが頭の中にある間にやってみたい」

「ダンブルドア先生にですか?」

 

 閉心術と聞いた瞬間に険しい顔になったレアにも、ダンブルドア先生と言った瞬間に少し毛色の違う目の光ができた気がした。それにオスカー自身も、自分達だけでやるよりも、ダンブルドア先生の言葉を参考にしてやった方が、ちょっと自信が出てくる気がしたのだ。

 

「そうだ。だからもしかしたら上手くいくかもしれないだろ? 俺は授業が全部終わったらいつものとこにいるから、時間があったら来てくれるか?」

「わ、分かりました…… 行きます」

「じゃあ、何か入り口で待ってるみたいだから行くよ。放課後にまたな」

「はい……」

 

 レアはまた騒がしい集団に囲まれて、何か色々と聞かれている様だった。オスカーは入り口でこっちを見ている二人の方へと向かった、先に行ってくれと言っても、二人は先に行ってくれそうに無いのは最初から分かっていた。

 

「先に行ってくれって言っただろ」

「エストと一緒に歩いたら、スリザリンのクィディッチチームに袋叩きにされちゃうわ」

「トンクスと一緒に歩いたら、ホグワーツ中の鎧さんが足をかけられて倒れちゃうの」

「俺と一緒でも変わらないだろ」

 

 相変わらず、スリザリンのクィディッチチームが過保護なところも、トンクスが足を引っ掛けたり、仕掛け階段にはまるのも、オスカーにはどうしようも無かった。

 三人は闇の魔術に対する防衛術の教室に向けて歩きながら、闇祓いについての話をしていた。

 

「なんか最近、周りに闇祓いの人が多いよね? キングズリー、クラーナの叔父さん、スクリムジョール先生……」

「こういうの軍…… 軍靴の足音がするって言うのよね。パパが言ってたわ」

「魔法使いはそんなの履くのか? 闇祓いだったら履いててもおかしくないけど……」

 

 オスカーはキングズリーが着ている服を意識して見たことは無かったが、戦闘用の格好として、服や靴がそれ用のモノだったとしてもおかしくは無かった。

 

「まあそんなの知らないけど、闇祓いなんてほんとはほとんど会えないレアキャラじゃないの? この機会に色々聞いといて損は無いわ」

「夏休みかクリスマスにオスカーのお家に行けば会えるの」

「トンクスは闇祓いに興味があるのか?」

 

 そう聞くと、トンクスはこれまでよりも壮大に鎧に足を引っ掛けた。ガシャンと大きな音が廊下に響いて、その後も起き上がれない鎧が悲しそうにカシャカシャ音を鳴らしていた。

 オスカーは鎧を魔法で元の状態に戻してやった。鎧はオスカーに向けてお礼の様に一度兜を鳴らした。

 

「あるわよ。クラーナが闇祓い、闇祓いってうるさいからあんまり言わないけど。自分で人を助けれる職業だし、かっこいいじゃない?」

「でも、人を助けるなら聖マンゴ病院の癒者とかでも同じなんじゃないの?」

「先に助けれるじゃないの。傷ができる前にそれを止めた方がいい気がしない?」

「そうかもしれないな…… それにトンクスに毒やけがの治療をしてもらうのは生きた心地があんまりしないしな……」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 クラーナの前では余り言わないというのがトンクスらしく、オスカーは思わず少し笑ってしまった。去年の事を考えれば、トンクスの自分で誰かを助けれるという、闇祓いに惹かれる理由は納得できるモノだったからだ。

 

「ふーん…… クラーナもトンクスもなんかいいね。なりたいものが決まってるかもしれないって…… そういうのって変わったりしないの?」

「そりゃあ、途中で何回か変わるんじゃないの? みんな小さい頃はシンデレラになりたいとか…… 二人にはシンデレラじゃダメね、アマータになりたいとかそういうこと言ってただろうし、この後も変わってくんじゃないの?」

「なりたいモノは変わっても、やりたいことはあんまり変わらないって事? 助けるためになるのが闇祓いってことでしょ?」

「まあそういう風にも言えるのかもしれないわね。自分のやりたいこととか、かっこいいことをできる人にみんななりたいんだから当たり前だとは思うけど」

 

 自分のやりたいことをできる人間になる…… オスカーはまだ自分のやりたい事が何なのかは良く分からなかった。自分の周りの人、例えばキングズリーが何をやりたくて闇祓いになったのかもオスカーは知らなかったし、昨日喋ったダンブルドア先生も何がやりたくてずっと先生を続けているのかもオスカーは知らなかった。

 

「トンクスが誰かを助けに行くと、なんかやらかす心配の方が大きい気がするけどな…… あんまり自分の事勘定に入れなさそうだし」

「あのね…… あんたにだけは言われたくないわ」

「なりたいモノがあるって凄いと思うの……」

 

 エストは何か考え続けていて、こういう状態になると相当の事をしないと戻ってこないことをオスカーは知っていたし、トンクスの方はこれ見よがしにため息をついていた。幸いな事に闇の魔術に対する防衛術の教室はすぐそこだった。

 

 闇の魔術に対する防衛術の教室は半分が机と椅子。もう半分はレッドキャップやグリンデローといった色んな闇の生き物が入った檻が配置されていた。すでに生徒達はほとんどが座っているようで、オスカー達は一番前まで行かざるを得なかった。

 相変わらず、スクリムジョール先生は少し足を引きずってはいたものの、足取りは軽敏で姿勢はマクゴナガル先生と同じくらいピチっとしていた。

 スクリムジョール先生はハッフルパフとスリザリンの全員分の出席を取った後、いつもの様に授業を始めた。

 オスカーはこの先生がどんな風に授業をするのかにも慣れてきていた。最初に授業で何を教えたいのか、つまり授業の目的を話して、その後にここまでを理解することを望むと言うのだ。何を伝えたいのかを伝えて、ここまで理解せよと言うやり方は確かに非常に具体的で分かりやすかった。

 

「本日の授業は二寮の合同で行っている。これは決闘トーナメントと同じく、君たちに協力性を培って貰うのを目的としている。本日の授業では、君たち魔法使いや魔女が少し協力するだけで、どんな効果を生み出す事ができるのか、上辺だけでも掴んで帰って貰う事を望んでいる」

 

 そして、この次に何を始めるのかもオスカーを含めて、ほとんどの生徒がもう分かっていた。生徒に質問をするのだ。常に自分で考えて、意見を言わせるというのはこの授業で一貫している事でもあった。

 

「マグルと違って、我々魔法使いは組織性や協力性という点で劣っていると言わざるを得ない。これは色んな箇所に現れている。誰か、どうしてそうなったのか答えれる者はいるか?」

 

 オスカーの両隣で手が挙がった。オスカーは魔法薬学の授業を受けているようでちょっとだけおかしな気分になった。

 

「では、ミス・プルウェット」

「はい。魔法族は人数がいなくても、色んな事をできるからです。私たちは傷を癒すことも、傷をつけることも、移動することも、燃やすことも、水を出すことも一人で行う事が出来ます。でもマグルは…… 水を汲むのでさえ、ちゃんとした井戸や水道を複数人で造らないといけません」

 

 マグルと魔法族の違い…… 確かにエストの言うようにオスカーも含めた魔法族は、一人で色んな事ができるのかもしれなかった。それがゆえにマグルよりも協力することができていないというのだろうか?

 オスカーがちょっと真剣に考えようとしていると横のトンクスが羊皮紙にメモを書いて滑らせてきた。メモには『なんで私が手を挙げたら笑ったのよ』と書かれていた。

 

「よろしい。スリザリンに五点与える。我々魔法族はできることが多いために協力することに対するメリットを考え難い。これは我々の大きな欠点だ。誰か、マグルの協力性や組織性の産物として現れたモノの代表例が分かる者はいるか? これは非常に巨大なモノで、恐らく今後も魔法族が造ることは無いであろうモノだ」

 

 スクリムジョール先生がそう言うとしばらく教室が鎮まりかえった。隣のエストもまだ考え付かない様だった。そうしていると、いつも挙がるエストの方ではなく、もう一方から手が挙がった。今度はオスカーも笑わなかった。

 

「ではミス・トンクス」

「えっと…… 多分、街? 都市じゃないかなって。ロンドンとか」

 

 オスカーもその答えは正しそうだと思った。ロンドンの町をオスカーはそんなに歩いたことは無かったが、ホグワーツ城よりも高いマグルの建物がいくつも立ち並んでいることは知っていたし、恐らく魔法族は造ることをしないだろうからだ。

 

「その通りだ。ハッフルパフに五点。ロンドン、ニューヨーク、パリ、東京。こういった大都市を我々は必要としないし、造ることも無い、もちろん我々が造った建造物が少しあったり、我々も少しながら住んでいるだろう。しかし、我々は彼らの様に海を埋め立て、川の流れを変え、地面を埋め尽くすほど家を建てたりはしない」

 

 数という意味でも、協力するという意味でも確かにマグルに魔法族は負けているとオスカーも思った。だいたい買い物をする時でさえ、このイギリスで魔法族が魔法族の格好をして買い物ができるのは、ダイアゴン横丁とホグズミードくらいなのだ。

 

「我々は彼らよりも早く移動できるから固まって住む意味は無い、その上彼らの様な数はもともといない。しかし、だからと言って協力をしないと言う理由にはならない。かつてマグルからの迫害が強まった時代に、我々は各地のウィゼンガモットの様な議会や連盟を合わせて、国際魔法使い連盟を創り出した。ウィゼンガモットを元にして魔法省も生まれた。その結果として、我々はマグルと住み分け、お互いに傷つけること無く暮らしているわけだ」

 

 住み分けができてないと傷つけあうのだろうか? オスカーは毎回、スクリムジョール先生が言っていることはほとんど事実で正しいはずなのに、疑問が浮かんでくるのだった。真剣に考えているオスカーにまた隣から羊皮紙がやってきていた。『なんで答えないのよ。しかも今度は笑わないし』と書かれていた。

 

「つまり、我々が協力すれば、もともとマグル達よりも個々でできることが多いのだから、より大きな事を実現できる。例えば、クィディッチのワールドカップの場合、マグルなら何年もかけて競技場を作らねばならないが、我々なら最短で半年あれば作製することもできる」

 

 オスカーはちょっとめんどうくさくなったので、トンクスに返信を書こうとしたが、書く前にもう片方から羊皮紙がやってきた。『トンクスと何してるの?』オスカーは本当にめんどうくさくなったので、もう書かないで真面目にスクリムジョール先生の話を聞くことにした。

 

「だから我々も協力し、組織を作ることで色んな事が可能になる。その上、色んな事態に対応することもできる。魔法省なら、危険生物の管理、闇の魔法使いへの対応、魔法法の適用や運営等がそれにあたる」

 

 スクリムジョール先生はこの学校に来てからずっとこれに関して言っている様だった。誰かと協力しろと、色んな事に備えろとそう言っているのだった。

 

「ではこのクラスで全身金縛り呪文が使える者は手を挙げたまえ」

 

 突然の問いだったが、クラスのほとんどが手を挙げた様だった。全身金縛り呪文自体は一年生でも使える呪文だったので、クラスのほとんどが手を挙げるのは普通の事ではあった。

 

「いいか、使えると手を挙げる者にはこの後にチェックを行う可能性がある。では妨害呪文を使える者は?」

 

 手がだいぶ少なくなった。妨害呪文自体は四年生から五年生に覚える呪文だったので無理は無かった。

 

「武装解除呪文」

「失神呪文」

「爆発呪文」

 

 その後も十種類以上の呪文について、スクリムジョール先生は聞いていた。最後まで手を挙げれていたのはオスカー達を含めて数人だけだった。

 

「これでこのクラスがどんな呪文を使えるか分かったわけだが、いいか? 君たち一人一人ではない。このクラスだ。このクラスは私が今質問した色んな呪文、あれだけの呪文があれば成人の魔法使いとでも決闘をできる様な種類の呪文だ。それを使えるわけだ。それに呪文が使える人間でも、箒に乗れない、魔法薬を作れない、魔法生物の知識が無い、そういった人もいるだろう。しかし、これだけの数がいれば恐らく四年生でも成人の優秀な魔法使い一人よりもよほど色んな状況に対応できるだろう」

 

 これだけの人間がいれば、色んな状況に対応できると言う。それは呪文が唱えられるであるとか、魔法薬を作れるといった単純な事だけを指しているのだろうか? オスカーはもっと破滅的で、悲惨な状況でも人がいれば対応できるのかどうかを聞きたかった。

 

「これがイギリス魔法界全体ならもっとだ。魔法省はマグルと魔法使いを闇の魔法使いや闇の魔法生物から守ることができる。聖マンゴ魔法疾患傷害病院は龍痘といった病気から我々を守っている。ホグワーツでは、君たち魔法を学ぶ事を望む生徒に魔法の知識を渡す事ができる。これで協力することや組織を作ることの意味が分かっただろう?」

 

 スクリムジョール先生が杖を振ると、グリンデローやレッドキャップが入っている檻の向こうに巨体の入った檻が見えた。恐らくトロールが入っている様だった。

 

「それでは実践してもらう。君たちは何人かでグループを作り、あのトロールを失神させてもらう。もちろんあのトロールたちにはすでに失神してもらう契約を結んでいるから、一方的に攻撃しているわけではない。数人でできないのならば、もっと複数人で挑みたまえ。挑戦する時は私に言ってからすること、その他分からないことはすぐに質問する様に。では始めだ」

 

 しばらく、生徒達にはざわざわとしたどよめきが広がっていたが、スリザリンの何人かはすぐにグループを作って、トロールに挑みに行くようだった。トロールや巨人の説明を聞かれてもいないのにし始めたチャーリーが言っていたことをオスカーが思い出すと、トロールや巨人は失神呪文やその他の呪文に対して、抵抗力を持っていると言っていたはずだった。

 

「オスカーが燃やすのは禁止よね?」

「失神させろって言ってただろ、あとさっき笑ったのはなんか魔法薬学みたいだったからだ」

「何よ。魔法薬学って」

「いっつもエストとクラーナが隣で手を挙げるから、何かエストとトンクスが手を挙げるのを見て、思いだしただけだ」

「ふーん。魔法薬学はそんな感じなのね」

 

 他の学生達もグループを作って挑みに行ったり、他のグループがトロールに挑んでいるのを見たりしていた。

 

「ねえ、オスカー。一回二人で同時に同じ呪文を唱えてみない?」

「同時に?」

「そう、同時なの」

「あれ? 私は仲間外れってわけね」

「うん。一回だけやってみたいの」

 

 エストはトンクスを歯牙にもかけずにスクリムジョール先生の了解を貰った後に、オスカーをトロールの檻まで連れていった。

 檻の中のトロールは何かオスカーの方を指してブーブーと言っていたが、オスカーにはトロール語は分からなかったので何のことだか分からなかった。

 

「やっぱりエストの方が猪突猛進よね。こういうところをクラーナは見習った方がいいわ」

「ここにいないのに何言っているんだ」

 

 前のグループが四人ほどで何回か、呪文を撃っており、妨害呪文で止めた所で顔に失神呪文を撃ちこもうとしていたが、トロールは激しくブーブー言うようになっただけで、全くもってピンピンしていた。

 

「じゃあオスカー、三、二、一でやるね?」

「わかった」

 

 二人は檻の前に立って、トロールに杖を向けた。横でトンクスがニヤニヤした顔で、その後ろでは結構な数の生徒達がオスカー達を見ていた。まだ誰も成功していないのと、エストがいるせいで注目を集めている様だった。

 

「三、二、一…… ステューピファイ‼‼ 麻痺せよ‼‼」

「ステューピファイ‼‼ 麻痺せよ‼‼」

 

 二人の杖からは、オスカーがこれまで見たことが無いくらい強力な赤い光線が発射されて、トロールの左胸に命中した。その光線はこれまで生徒達が撃っていた光線の数倍の太さがありそうだったし、何より撃っているオスカーの髪の毛が逆立ち、ちょっと鳥肌が立つ位な上、杖も震えていた。

 失神呪文を受けたトロールは白目を剥いたと思うと、フラフラと檻の中で二、三歩前後に歩いてその後、背後にドスンと倒れた。

 生徒達にさっきのスクリムジョール先生の話が終わった時以上のどよめきが広がって行った。スクリムジョール先生はトロールの方へ歩いて行って、様子を見ている様だった。

 

「ちょっと!! 今の何なのよ!! ラブラブステューピファイとか言わないでしょうね!!」

「なんなんだよ。ラブラブステューピファイって。もうちょっとなんかネーミングがあるだろ…… エスト、何だったんだ? 今の?」

「二本の杖は特別なの。無理やり戦わせても戦わないし、一緒に使えば凄いってオリバンダーさんが言ってたの。夏休みに行ったら教えてくれたよ? 何かアメリカの魔法学校では有名なお話らしいし」

 

 さも当然の様に話すエストに唖然としたオスカーとトンクスは顔を見合わせた。正直なところ、人に向けて撃てばただでは済まない事になりそうな威力だったからだ。

 

「ラブラブ失神光線やばすぎるわ。組織も協力もあったもんじゃないじゃない」

「普通変えるのはラブラブの部分だろ…… つっても終わっちゃったな。スクリムジョール先生がトロールを起こそうとしてるし…… もうちょっと沢山の人で時間かけてやる予定だったんだろうな」

 

 スクリムジョール先生がトロールに向けてエネルベートやリナベイトを唱えている様だったのだが、トロールは相変わらず白目を剥いて倒れたままだった。

 

「スクリムジョール先生のせいでオスカーと一緒に出れなかったし、ちょっと気分いいかも」

「スクリムジョール先生がいなかったら、決闘トーナメントも無いだろ……」

「これからはあんた達二人を一緒に相手にすることは絶対にしないわ。ラブラブ失神呪文で死んだなんて記録を魔法史に刻むのは嫌だもの。今度のオスカーのペアがレアで良かったわ」

 

 トンクスが恐らくこれから一週間位はラブラブ、ラブラブとうるさいのがオスカーには簡単に想像できたので、もうオスカーはげんなりとし始めていた。

 結局、トロールはそれからうんともすんとも言わなくなってしまったので、闇の魔術に対する防衛術の授業はそこまでで切上げになってしまった。その後、昼食までの時間も、昼食に行くまでの道中もトンクスはラブラブ、ラブラブとうるさかったし、トンクスがラブラブ、ラブラブと言うせいでホグワーツ中にトロールがラブラブ失神光線でノックアウトされたという、わけのわからない伝説が伝わっているようだった。

 オスカーはあんまりラブラブ、ラブラブとそこら中から聞こえてくるので、午後の授業が終わると足早にいつもの五階の鏡の裏に向かった。

 鏡の裏にはもう燭台に炎が灯っていて、レアが一人で本を読んでいる様だった。

 

「あ、オスカー先輩。お疲れ様です」

「ああ、早いな。俺も結構急いできたんだけど……」

「何か、クィレル先生の授業がトロールの面倒を見るってことで中止になっちゃったんです…… レイブンクローの友達は…… その…… オスカー先輩とエスト先輩のラブラブステューピファイでトロールが五十メートル吹っ飛んで失神したんだって言ってたんですけど……」

 

 やっぱり話はどんどん大きくなっている様だった。あれだけの巨体を五十メートル吹っ飛ばせるのなら闇の魔法使いもラブラブ失神呪文を覚えないといけなくなるはずだった。

 

「ラブラブと五十メートルは嘘だな。トロールを失神させたのは本当だけど」

「そうなんですか? なんかそれ以外にも普通の失神呪文よりピンク色だったとか……」

「そんなわけないだろ。赤色だったぞ」

 

 オスカーはちょっと疲れてきたが、閉心術の練習をする前なのにレアの顔色は良さそうだったので、やっとラブラブ失神呪文が効果的に作用しているようだと考えた。

 

「まあ失神呪文の事は取りあえず置いといて、閉心術の話をしてもいいか?」

「わ、分かりました……」

 

 オスカーは午前中の闇の魔術に対する防衛術のせいでごちゃごちゃになっている頭の中を整えて、閉心術の話を考えた。ダンブルドア先生、フィニアス・ナイジェラス、エストと話したことをまとめてレアに伝えないといけなかった。

 

「前話したコツとかの話とどれだけ違うのか分からないけど…… 取りあえず、何か自分の事を客観的に見ないといけないっていうモノがあればいいって言ってたな」

「見ないといけないモノですか?」

「そう。ブラック教授…… 何代か前の校長先生とエストは…… スリザリンだったらそういうのは例えば純血の誇りだとか、家や家族の事だって言ってたな。そういうのがあれば自分が凄く怒ってる時とか、悲しい時でも、そういうのにふさわしい行動をしているか確かめるだろうから、その時の感情を理解できるはずだって言っていた」

「いったん自分の感情を外から見れるくらい大事なモノ……」

 

 レアはまた考え込んでいる様だった。エストと同じでこういう時にはレアも話かけても全く反応しないだろう事をオスカーはこの半年くらいで分かり始めていたので、話しかけずに見守っていた。

 そしてしばらくたってから、レアは自分の何も髪が無いはずの場所でまるで髪を撫でつける様な動作をした。その後、オスカーの方を真っすぐに見た。

 

「何となく…… 何となく分かった気が…… オスカー先輩、開心術をお願いできますか?」

「いいけどいきなりでいいのか?」

「はい…… それと…… 申し訳ないんですけど、今回は…… 失敗したら…… その、オスカー先輩に凄い迷惑をかけるのかもしれないです……」

「迷惑?」

 

 一体レアが何を言おうとしているのか、オスカーにはさっぱり分からなかった。分かるのはいつものレアよりもさらに何かを自分の中で決めた様に見えるという事だけだった。

 

「ボク…… これまで、閉心術の訓練だからできるだけ心を平常にしようと思って、一番考えたくないことは考えない様にしていたんです。でも、それが悪いんじゃないかなって思って…… だから、今回はあえてそれを考えようと思うんです…… でも、もし今までみたいに失敗したら、これまでより取り乱して…… オスカー先輩に凄い迷惑をかけると思うんです」

 

 一番考えたくない事…… オスカーは自分が閉心術の訓練をした時の事を思いだした。できる様になった時、一体何の記憶を見たのか? そこには大きなヒントがあったのかもしれなかった。

 

「レア、叫びの屋敷で俺がクラーナに無理を言って、閉心術の訓練して貰った時のこと覚えてるか?」

「はい…… あの時は全然想像もできなかったですけど……」

「できる様になる一回前の訓練で、俺は多分、一番考えたく無い事、吸魂鬼が来たら真っ先に思い浮かべる記憶を見たんだ。外から見たら分からないかもしれないけどな。でも、その後、閉心術を使える様になった。最初からそれがヒントだったのかもしれない。だから、レアもそうすればいいんじゃないか? あの時のクラーナみたいな感じになれるのか分からないけど、出来るだけはやってみるよ」

「ありがとう…… ございます……」

 

 レアは唇を嚙みしめている様だった。それでも、自分からクッションやいつも練習に使っている物品を用意して、練習の準備を始めた。

 オスカーは自分の準備をしないといけないと思った。もし、これまでの記憶よりもより深い記憶、感情に入るのだとすればこれまで以上にオスカー自身の負担も大きくなるはずだったからだ。それでも、オスカーは絶対にやると決めていた。あの時、自分がして貰ったことを他の人にもしたかったし、ここで逃げたりすれば自分の記憶と向き合うことなど一生かかってもできない気がしたからだ。

 二人はお互いに向かい合った。黄色の眼にオスカー自身の姿が映っていた。そして、レアの眼からもオスカーの眼の中にレアが映っているはずだった。

 

「お願いします!!」

「分かった。開心!! レジリメンス!!」

 

 いつもと何かが違う気がしていた。これまでと同じ様に世界が回り出して秘密の通路とレアが目の前から消える。音が遠くに消えていく。レアの感情がそのまま伝わってくる。

 目の前の人を失望させたくない。友達を失望させたくない。傷つけたくない。自分自身をコントロールしたい。もうこんな自分は嫌だ。恐らく記憶の感情ではなく、目の前にいるレア自身の感情がそのまま伝わってくるのは初めてだった。

 そして、幾重にも重なって、何度も打ちつける波の様に伝わってくる感情が段々と重く、強くなってくるにつれて、オスカー自身の頭もまるでそれをアンテナの様に拾って、レアの感情に引っ張られる。

 いつもならもうレアのいつかの記憶が見えるはずなのに、どんどんと奥へ、深くへと潜っていくようだった。さっきまで感じていた重い油の様な感情すら、まるで深い深い海の中のその一番上の表層の部分で起こっているただの小さな波の様に感じられた。

 目の前に見えるそれはきっと、今のレアが感じたり、レア自身の中で巻き起こっている全ての感情が生まれてくる源泉の様だった。

 オスカーは全く単純に恐ろしいと思った。そこに入れば二度と戻ってこれなくなる気がしたのだ。自分自身がかき消えてしまう気がしたのだ。弱い意思で入れば間違いなく、レアの感情のるつぼに巻き込まれて、自分自身すら分からなくなる気がしていた。

 それでも、オスカーは逃げないと決めていた。目の前のレアが開けた場所を見て、彼女を理解しないといけないと分かっていた。自分自身の事が分からない人がいるのなら、それで苦しんでいる誰かがいるのなら、誰かが伝えないといけないと分かっていた。そうしないと一人だけでは自分の姿が見えないのだ。

 

 


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