ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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勇気と誠実と

「オスカーは何か戦術を考えて来たんですか?」

「戦術? 透明になったり、本を鳥に変えたりってことか?」

「目くらまし呪文はともかく、あんなのはエストだからできる芸当ですよ……」

 

 決闘トーナメントの試合当日、また午前の授業は魔法生物飼育学だった。今日の授業内容はヒッポグリフで、クラスの最初の方の生贄に選ばれたオスカーとクラーナは一足早くヒッポグリフにお辞儀をして、その首やくちばしを撫でることに成功していた。

 

「正直、戦い方みたいな練習はレアとほとんどしてないな」

「そうなんですか? エストは中々オスカーが帰って来ないって言ってましたけど……」

 

 クラーナはオスカーの方を見上げる様に見た。その黒い眼が少しだけ心配の色を帯びている気がオスカーはした。ヒッポグリフのくちばしを撫でながら、オスカーはしばらく無言でクラーナの眼を見つめていた。

 

「な…… なんですか? 何か私の顔についてますか?」

「いや…… なんか、レアとの練習のせいで……」

 

 どうもレアとの閉心術の練習のせいか、オスカーは人と目が合った時にしばらく目を見つめてしまう癖がついてしまった気がした。クラーナはヒッポグリフを撫でようとして、手を動かしたが少しずれてヒッポグリフの目に当たりそうになった。ヒッポグリフは飛び退きながらいなないた。

 

「一体何の練習…… まさか…… オスカー、レアを相手に開心術の練習をしてたんじゃないですよね?」

 

 オスカーは何か図体のわりにオドオドしているヒッポグリフのくちばしを撫でて、クラーナからの質問に無言を貫いた。正直、オスカーはエストとクラーナに何か隠し事をして上手くいく気はほとんどしていなかった。

 

「ちょっと聞いてますか? オスカー?」

 

 さっきは少し動揺したにも関わらず、クラーナはヒッポグリフを挟んでオスカーに向かい合った。なぜか腕を組んでオスカーを睨みつけていた。

 

「ほんとは開心術の練習じゃなくて、閉心術の練習だけどな」

「どっちでも変わりませんよ。言わないでも分かると思いますけど、どれだけ危ないか分かってますか?」

 

 こんな風に語気を強めた言い方をクラーナがしてくるのはオスカーにとって久しぶりだった。劇が終わってからは一年生の時のような強い言い方で話してくることは、ほとんど無かったはずだったからだ。

 

「クラーナもエストと同じ様な事をしてたんじゃないのか?」

「それは一時間もやって無いです。なんとなくですけど…… これまでの練習全部それに充ててたんじゃないんですか?」

 

 何も言っていないのに、オスカーは心を読まれている気すらした。話すのに詰まって、髪の毛をオスカーがかき乱すとクラーナは思いっきりため息をついた。

 

「やっぱり…… 本当に危ないんですよオスカー。少し間違えば最悪の方向に行くかもしれないんですよ?」

「まあレアはもう大丈夫みたいだから。むしろ朝喋った感じだと元気になったくらいだ」

 

 オスカーが目を逸らして、またヒッポグリフのくちばしを熱心に撫でようとすると、クラーナは一回足をドンと踏み鳴らした。ヒッポグリフがまた驚いて少し飛びあがり、オスカーの手にくちばしが当たった。

 

「ちょっと、ほんとに聞いてるんですか? あれはやる側も滅茶苦茶消耗するんですよ? どうせ、オスカーの事だからやれるだけ付き合うとか言ってやってたんじゃないんですか?」

 

 オスカーは怖くなってきた。クラーナの推測はほとんど合っていたからだ。本当に自分は閉心術をマスターしたのか怪しくなってきていた。

ヒッポグリフは足踏みにビビり、クラーナに怒るどころか、ハグリッドが生徒達とヒッポグリフにお辞儀をし合わせている方へ走って行ってしまった。

 

「レジリメンスを食らってるみたいな気分なんだが」

「トンクスじゃないですけど、オスカーはバカなんですか?」

「いや…… 俺にはそんなに影響無かったと思うんだけどな」

「エストが…… エストが言ってましたよ。最近、オスカーの口数が少なかったり、朝いつも起きてくる時間とずれてるって」

 

 クラーナはオスカーから見て、なんだか不思議な顔をしていた。怒っているのか、心配しているのか…… それともどこか悔しがっているのか、オスカーはクラーナが心配して言ってくれていると思っていたが、どうも不思議な表情だった。

 

「まあほんとに大丈夫だって、もう練習も終わったしな。今日勝てるんなら、これからは別の練習をするつもりだし」

「ホントですか? と言うかそもそも閉心術の練習に問題があるんじゃなく……」

「ミスター・ドロホフ、ミス・ムーディ。最近わしのキメラを見なかったか?」

 

 いつの間にか二人の傍にケトルバーン先生が立っていた。オスカーはクラーナの口が止まったので少しホッとした。このままだと何でもかんでもばれてしまう気がしたからだ。

 

「キメラってケトルバーン先生が学期の初めに逃げ出したって言ってたキメラのことですか?」

「そうじゃ。ちょっと前までは校庭をうろついていると良く連絡があったんじゃが、最近それすら無くなってきたんじゃ」

 

 控えめに言って、ドラゴンやバジリスクといった危険生物と同じレベルの生物が校庭をうろついているのはとてもいい事とは言えなかった。

 

「禁じられた森に逃げ込んだとか?」

「それならハグリッドかケンタウルス達が見つけておるじゃろう」

「じゃあ誰かが捕まえたとかなんですか?」

「キメラを捕らえる檻は相当な魔法使いでないと作れん。専門の魔法使いか…… それこそ、ダンブルドアの様な魔法使いでないとな」

 

 オスカーとクラーナはお互いに顔を見合わせた。そんな芸当ができる魔法使いはいくらホグワーツでもそうはいないはずだったし、生徒でやりそうなのはエストくらいだったが、クラーナの反応を見る限り、それも違うようだとオスカーは思った。

 

「と言うかどうして私たちに聞いたんですか? ケトルバーン先生?」

「それは君たちが一番やりそうだからじゃ。特に…… 君たちが一緒にいる二人なら、ハグリッドの様にばれることも無くできるだろう。しかし、どうも違う様じゃ」

「キメラを捕まえてどうしようって言うんですか?」

 

 そもそもオスカーにはキメラを捕まえる意味が分からなかった。チャーリーのいつもの勝手に始まる解説を思い出しても、退治できたのはペガサスに乗ってなんとか退治したギリシャの一件だけだとか、どこかのクィディッチ選手が休暇中に食べられたみたいな血なまぐさい話しか話してなかったはずだったからだ。

 

「キメラは素晴らしい生き物じゃ。一つの生物でありながら、たくさんの生き物の特性を表わしておる。わしならキメラを傍で見れるなら腕や足の一本や二本を渡しても大丈夫じゃ。それに動物と向き合う時は自分が傷つくのを恐れてはいかん。相手の方が怖がっておることの方が多いんじゃからな」

「ケトルバーン先生、キメラの素晴らしさではなく…… いや、分かりました。もし見たら先生にすぐ連絡します」

「おお。ミスター・ドロホフ。いい返事が聞けて嬉しい。それでは放課後のアレもほどほどに頑張りたまえ」

 

 ケトルバーン先生はキメラの素晴らしさを語る満足げな顔でハグリッドや生徒達がいる方へ行ってしまった。多分、単にキメラについて喋りたいだけだったのだろうとオスカーは無理やり自分を納得させた。

 

「魔法生物バカは一人で十分だと思いませんか? だいたい、ケトルバーン先生には手足のストックが一ダースもあるわけじゃないじゃないですか……」

「俺たちは全部合わせても四本しかないし、キメラの素晴らしさを語られてもな……」

 

 オスカーはキメラの素晴らしさを喋られても全くもって理解できなかったし、目の前のクラーナも同じようだった。

 

「キメラ…… まあ、どの姿が本当の姿か分からないって意味ではトンクスみたいな生き物ですね」

「去年のまね妖怪よりだいぶレベルアップしたな。グリフィンドールにトンクスポイントが入るんじゃないか?」

 

 そもそもキメラは変身しているのでは無く、色んな要素が入っているというだけだった。変わるのと色んなモノを持っているのでは、大きく違うのではないかとオスカーは思った。

 

「ポイントはオスカーにあげますよ。それにそんな風に余裕こいてオスカーがレアと見つめ合っていた間に、チャーリーとトンクスはなんか色々してたみたいですから、気を付けた方がいいですよ」

「色々って何なんだ?」

「クィディッチバカでもあるチャーリーがなんだかんだ時間をあっちの練習にさいてましたからね、それに何かここ最近はボロボロになって帰って来てましたし」

 

 それはかなり重大な情報だった。オスカーはチャーリーとエストにクィディッチの話を振ると永遠に話が終わらないので、よっぽど機嫌を取る時でないと話を振らなかったが、つまりチャーリーがクィディッチに賭けている情熱とはそれくらいのモノだった。

 それと同じくらいの練習をしているという事は警戒しないといけないのは間違いないのだ。

 

「ボロボロ? トンクスがハグリッドに変身してチャーリーを投げ飛ばしてるとかか?」

「いくらトンクスの頭にかぼちゃジュースが詰まってても流石にそれはしないでしょう」

 

 いったいボロボロになる練習とは何なのか? オスカーには全く想像できなかった。トンクスもチャーリーもそういう意味では面白いペアだった。これがエストとクラーナならもう少しは考えようがあるかもしれなかった、もちろん技量的にオスカーが対応できるかは別だったが。

 

「チャーリーは時々意味わからないこと言いますし、トンクスはそもそも意味わからないですけど、チャーリーは運動神経いいですし、トンクスもあれでハッフルパフで一番の魔女ですからね」

「守護霊の呪文もレアの次にできてたしな。まあ何が起きるのか楽しみにしとくよ」

 

 酷い言いようだったが、クラーナが二人を信用して信頼していることをオスカーは知っていた。前の闇の魔術に対する防衛術でトンクスが闇祓いについて言っていたことを思いだして、オスカーはちょっとおかしな気分になった。二人はなんだかんだ言って認め合っていたり、同じ方向を見ている気がしたからだ。

 

「クラーナはエストに誘われなかったら誰と組むつもりだったんだ?」

「誰とって…… お…… いやいや、何をいきなり聞いてるんですか!?」

「いや、トンクスはあの時、クラーナと組みに来たんじゃないかと思ったんだけど……」

「トンクスがですか……? 普通にエストじゃないんですか?」

 

 上手く説明はできなかったが、去年もクラーナに対して直接行動したのはトンクスが最初だったし、それに前回、トンクスが闇払いに対して興味があると言ったその理由が何となくクラーナに当てはまる気がオスカーはしたのだ。単に闇祓いの話からオスカーの頭の中で勝手にクラーナと結び付けられた気がしないでも無かったが。

 

「まあそんな気がしたってだけだけどな」

「うーん…… じゃ、じゃあ、オスカーは誰と組みたかったんですか?」

「俺が?」

「そうです…… なんか誰に誘われてもOKって言いそうですけど…… みんなに言われたらどうするつもりだったんですか?」

 

 みんなに言われたら? 組むことができないエストを除いて、オスカーは考えてみた。ハグリッドに言われていたからレア? それとも…… トンクス先生の言うように自分とは違う要素を持っている人物? 組み分けの時はスリザリンとグリフィンドールと言われたから、アンドロメダとテッドと同じ様にハッフルパフのトンクス? 単純に一番決闘トーナメントで頼りになりそうだし、叫びの屋敷や必要の部屋で戦ったクラーナ? それとも、チャーリーと男同士で組んだ方が気楽だった? オスカーはいまいち答えが出てくるとは思えなかった。

 

「ねえ、ずっと何の話をしてるの?」

「け、決闘トーナメントの話ですよ」

「そうなの? オスカー?」

「チャーリーとトンクスが何やってくるか分からないなって話だな」

 

 今度はケトルバーン先生ではなく、エストがやってきていた。チャーリーの方は何か夢中でヒッポグリフの相手をしているようで、とても他の事には目がいかない状況だった。オスカーは決闘トーナメントのことすらチャーリーは忘れているのじゃないかと、少し心配になった。

 

「確かにそれは分かんないかも。あ、でもチャーリーとトンクスが最近箒で校庭を飛んでるって話は聞いたかも」

「箒? 箒で飛んで決闘するってことか?」

「チャーリーならできなくもないかもしれませんね……」

 

 これはヒントになるのではないかとオスカーは思ったが、空を飛んでいる相手にどうやって呪文を当てれば良いのだろうか?

 

「でも、大広間はそんなに高いわけでも広いわけでも無いよね? ちょっといつもより広がってる気がするけど。それに箒で飛んだらどこにいるか丸わかりだし、エストもそんなに箒で飛びながら呪文を相手に当てれる気がしないの」

「まあ複雑な呪文は難しいでしょうし、失神呪文や武装解除呪文が限度でしょうね」

 

 確かに隠れることはできそうに無いし、それに向こうはこっちに向けて呪文を唱えないといけないので、盾の呪文で冷静に弾くことは可能な気がした。

 

「でも楽しみかも、なんか面白いことしそうだよね。トンクスは何かクリスマスからやる気が上がったみたいだし」

「何かブチ切れてましたからね。大概空回りしてエライことになるんですけど……」

「俺やレアにはブチ切れてないだろ…… まあ緊張しても仕方ないし、楽しむ感じで行くよ」

 

 エストがやってきたせいで、クラーナの質問は流れてしまったようだが、オスカーは特に答えを出せそうに無かった。クラーナの言う通り誰でもOKしそうだったし、スクリムジョール先生が決めたルールが無ければ一番最初に言ってきたエストと組んでいたことは間違い無かった。

 ちょっとオスカーは考えることが増えたが、それは今の所、自分の記憶の事以上に考えたり、悩んだりすることでは無いと思った。太陽はもうオスカー達の真上まで昇っていて、決闘トーナメントまでの時間はほとんど残されていなかった。

 

 

 今日の大広間は前回よりも熱気がある気がオスカーはした。面白いことに学生たちが座っている席がいつもの様なそれぞれの色順では無く、ペアごとの色順になるように移動していた。

 オスカーとレア、チャーリーとトンクスの試合は最初だったので、オスカー側は緑色と青色で、相手側には赤色と黄色のローブで席が埋め尽くされていた。それにいつもクィディッチの試合で見るような横断幕や手持ちの旗なんかをみんなが持っていた。

 これは同じ寮同士だとどうなるのかオスカーは少し気になった。どっちも応援するのだろうかと思ったのだ。

 

「レア頑張ってね」

「勝てば一緒にいる時間が増えるわ」

「私たちの賭け金も増えて三本の箒でいっぱい飲めるわよ」

「優勝すればなんかトロフィーに名前を書いて貰えるらしいって聞いた」

「わ、分かったから……」

 

 オスカーの隣でレアはいつもの友達たちから激励の様なモノを受けていた。オスカーも前にビルと決闘した時の様にクィディッチのキャプテンや喋ったことも無い上級生から肩を叩かれたり、女と気軽に喋れるハッフルパフを潰せだとか、グリフィンドールの鼻っ面を殴り飛ばせだとか、グリフィンドールのシーカーをクィディッチシーズンが終わるまで面会謝絶にしろだとか言われたが、レアの方がよっぽど応援して貰っている気がして少し羨ましかった。

 

「ほら見てこれオスカー。なんかグリフィンドールの人たちが賭けをしてるらしくて、ちゃんとオスカーに賭けてきたの」

「なんだそれ。いったい誰が元締めしてるんだ?」

「さあ? わかんないの。でもほら、何か一試合ごととか、誰が優勝するかに賭けれるの。それで、今の間に優勝の人を選ぶと倍率が高いから、オスカーの名前でオスカーに賭けて来たの。試合に出てる人は相手には賭けれないらしいから…… なんかエストとクラーナは倍率が低かったし」

「ええ…… じゃあ俺もエストとクラーナに賭ければいいのか?」

「それだと何かわざと高い方になるように先に決めたみたいになっちゃうかも……」

 

 どっちにしろ試合に出ている人間が賭けれたらいくらでも悪いことをできそうな気がしたが、オスカーは試合に集中した方がいい気がした。

 

「じゃあまあ、勝てば百味ビーンズくらいなら食べれるってことだな」

「今日の試合には十ガリオンくらい賭けてきたからファイア・ウィスキーでも大丈夫だよ?」

「チャーリーを失神させなくても、俺が勝ったらチャーリーが卒倒しそうな額になりそうだな……」

「だから頑張ってきてね?」

「分かった」

 

 エストが観客席に戻るのを見ながら、オスカーは向こう側を見た。トンクスがハッフルパフの学生と何か喋っていたり、チャーリーがクラーナやパーシーといったグリフィンドールの学生達と何か喋っている様だった。

 

「お前のために勝ってくるって言った方がいいと思います」

「それだとエストと当たったらどうするんだ?」

「その時はその時考えればいいんじゃないんですか?」

「ドツボにはまるだけなんじゃないかそれ……」

「スリザリン生として応援してます」

「ありがとう。ジェマ」

 

 相変わらず、ジェマはエストに何かしろと言ってくるのは変わらない様だった。最近、オスカーはそろそろジェマに第二のパーシーと言う名前を付けた方がいいのではないかと思うようになるくらい、エストと一緒に談話室にいると話しかけてくるのだった。パーシーがついてくるのは流石に寮が違うので夏休みの様な光景は見られなかったが、正直、パーシーがジェマに変わっただけの様な気がオスカーはした。

 

「それでは、二回戦を始める。最初の試合のステージはここだ」

 

 一回戦の時の様に、スクリムジョール先生が言うと同時に広間に街が現れた。文字通りの街で、漏れ鍋の外にあるロンドンの街並みに似ている気がオスカーはした。ホグズミードの様な村では無く、石畳で覆われ、石造りの家や集合住宅がいくつも並んでいる。それにオスカーが立っている場所からチャーリーたちが立っている場所まで一本大きな通りが伸びていた。その通りから、何本も小さい路地が色んな方向へと延びている様だった。

 

「どうしますか? オスカー先輩?」

「何か戦略があるわけじゃないけど…… 正面から行った方がいい気がする」

「正面から? ですか?」

「ああ、最初から相手が見えてるし、二人が何かする前に正面から決闘した方がいいと思う。エストとクラーナ以外の同級生なら…… 自分の事を過信してるわけじゃないけど、 正面から行ってもどうにかなると思う」

「確かに…… 去年の練習とかあのコガネムシ相手でも、オスカー先輩は反応が早いですし……」

 

 ヴォルデモートやマルフォイ、ビルの相手をどうにかすることがオスカーはできていたので、正直、油断さえしなければどうかできるとオスカーは思っていたのだ。

 それに、レアがリータ・スキータの事をコガネムシと呼んだので、思わずオスカーは少し笑ってしまった。別にチャーリーやトンクスと決闘して死ぬわけでは無いのに、それでもちょっと固くなっていたオスカーの体が、笑ったことで力が抜けて軽くなった気がした。

 

「試合のルールがこれまで説明した通りだ。もし危険な事態に陥った場合は即座に試合を中止し、先生方が止めに入る。それでは始め!!」

 

 オスカーとレアは真っ直ぐに街の中の大通りを進むことにした。どうも、どこかの街並みをそのままコピーしてきたのか、街中の看板にはクリーニングすぐできますだとか、フィッシュアンドチップス四ポンドなどとマグルの金銭でメニューが書かれていた。

 チャーリーとトンクスはオスカー達が真っすぐ進んでくるのを見ながら何か呪文を唱えた。二人は杖と…… オスカーからは遠くて良く見えなかったが、何かカバンの様なモノを観客席から呼び出したようだった。

 

「ここで箒に乗るのか?」

「箒ですか? でも…… エリアの外に出たら失格なんじゃ……」

「それにあれ何を持ってるんだ?」

「あれって…… 劇の時のトランクですか?」

 

 オスカーは何か嫌な予感がした。朝、ケトルバーン先生と喋った時なんと言っていた? 何かはダンブルドアの様な魔法使いで無いと作れないと…… あのトランクは誰が作った? オスカーの頭の中で言葉が再生された。『久しぶりに腕をふるった』他の誰でも無く、オスカーはダンブルドアからそう聞いたのではなかったのか?

 

「レア、路地に入るぞ」

「え? でも正面から……」

「いいから早く!!」

 

 オスカーは何本も伸びている路地にレアを引っ張って入れた。もし、オスカーの最悪の想像が当たっているなら、それこそ、大人の魔法使いと決闘した方がよほどマシな状況になるはずだった。

 

「オスカー!! 出てきなさいよ!! 言ったわよね? 絶対、カードを赤くしてやるって」

「僕は別にオスカーに恨みはないけど…… なんかグリフィンドールのみんながビルを倒したり、女の子を一杯侍らせているのが気にいらないって言ってたから伝えとくよ」

 

 二人は箒に乗って上空から喋っているらしかった。周りの建物を確認するとどうも中にも入れるらしかった。オスカーは二階と屋上に登れそうな階段がついている建物を探した。

 

「アロホモラ!! レア、登ってあいつらが何をするか見ないと」

「え? でも箒に乗ってるからすぐにばれちゃうんじゃ……」

「ばれても呪文自体は盾の呪文で防げるから」

「わ、わかりました」

 

 二人が屋上まで登るとチャーリーとトンクスが円を描く様に空中を飛んでいるのが見えた。そして、二人はお互いに顔を見て頷くと、トンクスが持っていた魔法のトランクの口を開けて下に向けた。

 

「ガオオオオオオオオオオン!!」

 

 大きな唸り声と一緒に、何か重量のあるモノが地面に落ちた音がした。金のたてがみに痩せたヤギの様な胴体、そして恐らくドラゴンの様な尻尾、間違い無くあれはキメラだった。

 

「あ、あれって…… キメラですか?」

「ケトルバーン先生が逃がしたって言ってたやつだろ……」

「き、キメラを倒さないといけない?」

「俺たちがやってるのは相手を失神させるか杖を取り上げることだ。キメラを倒す事じゃない」

 

 キメラの唸り声が響いていた。オスカーは考えた。これは明らかに先生達による中止が入る危険な状態では無いかと思ったが、先生たちの助けはまだ入りそうに無かった。この状況をどうすればいいのか? キメラはオスカー達だけを狙っているわけではない。箒から落ちればチャーリーやトンクスを狙うだろうし、外に出れば生徒や先生を狙うだろう。つまり、さっきレアに言ったようにチャーリーとトンクスを戦闘不能にするか、キメラを先生方がいる方に誘導すればいいはずだった。

 

「オスカー、キメラはなんだかんだ言って猫なんだよ」

 

 レアとオスカーの二人がどうすればいいのか確認し合っている間にチャーリーとトンクスが箒に乗ってこっちに向かっていた。トンクスは杖を構えて、チャーリーは杖の代わりに何かを手に持っている様だった。

 

「ステューピファイ!!」

 

 レアが失神呪文をチャーリーに唱えたが、隣のトンクスが張ったであろう盾の呪文に弾かれた。手に持っていた何かをチャーリーがレアに向けて投げる。オスカーはそれをこっちも盾の呪文で防御したが、それは見えない盾に当たった瞬間に割れて、呪文が解けるとレアに何かがかかった様だった。

 

「臭い玉?」

 

 チャーリーとトンクスの二人はそのままオスカー達を通り過ぎて飛んでいった。オスカーはトンクスの箒に魔法のトランクが括りつけられているのを見た。それにレアの言う通り、チャーリーが投げた球から出た液体、それがかかったレアからは何か鼻につくようなツンとした臭いがした。

 次の瞬間、何かが壊れる音と一緒に砂ぼこりがオスカー達の後ろの方から立ち上った。明らかにキメラがオスカー達の方へ向かって、家々を叩き潰しながら進んできているのだ。

 

「冗談だろ…… レア、観客席の方へ行くぞ」

「これ…… もしかしてマタタビ? キメラはボクを狙っているんですか?」

「いいから行くぞ!!」

 

 オスカーはレアを思いっきり引っ張って、進ませた。あと一分もしない間にキメラはオスカー達が立っている建物を叩き潰すはずだった。石造りの街並みを身体能力だけで叩き潰すとは恐るべき力だった。オスカーはケトルバーン先生をとっとと退任させたくなった。

 二人は家の間を飛び越えながら最初に入ってきた入り口に向かった。路地が人一人しか入れない大きさなのと、コピーするのが面倒だったのか、ほとんどの家が同じ高さなのでなんとかなっていた。しばらく屋上を走り続けるオスカー達の後ろから破壊音が響き続いていた。

 

「ガオオオオオオオオオオン!!」

 

 また大きな唸り声が響くと破壊音が消えた。オスカーは大通りの方を見て驚愕した。キメラが障害物の無い大通りを全速力で走っているのだ。どう見ても、オスカー達を先回りするために障害物の無い走りやすい場所を進んでいる様だった。

 

「お、オスカー先輩…… キメラはボクを狙ってますから、ボクが囮になってその間に……」

「アホなこと言ってる場合か!!」

 

 とにかく、キメラをなんとかしてこの試合をしているフィールドからどこかにやらないといけなかった。正直、オスカー自身もレアもキメラと正面から戦って一分も持つとは思えなかったし、そんな状態でレアを囮にするのはできそうに無かった。

 チャーリーとトンクスの姿は見えず、あと少しで試合のエリアの外、観客や先生方がいる場所まで着きそうだったが、なんとキメラはオスカー達が入ってきた場所に座り込んでこっちを見ていた。

 

「そんな……」

 

 レアが走るのを止めてしまった横で、オスカーは屋根の上についていた彫像に変身術をかけた。屋根の上にあった三体の天使の彫像は三体のシベリアンハスキーに変わった。

 

「行け!!」

 

 シベリアンハスキーたちは器用に階段から下まで降りて、キメラの傍まで近づいた。しかし、ハスキーたちが吠えてもキメラは全く相手にすることも無く、真っすぐにオスカーの横にいるレアの方を見ていた。

 どうすればいい? レアを囮にして観客席にキメラを誘導する? レアが外に出た時点で試合はオスカー達の負けになる。それでも怪我をするよりはマシなのか? どうにかして、キメラを外に誘導するにはどうしたらいい?

 

「ほら、とっとと降参しなさいよ。あんたのカワイイハスキー達じゃ、私のカッコいいキメラには何もできないわ」

「別にトンクスのキメラじゃないけどね」

 

 大通りを挟んで向こう側にある建物の上にトンクスとチャーリーが立っていた。キメラの方は何度も吠えたり、キメラに噛みつこうとするハスキーが鬱陶しくなったのか大きな唸り声をあげた。

 

「とにかくけがをしない間に降参した方がいいわ」

「オスカー先輩、やっぱりボクがトンクス先輩たちが来た方の入り口まで逃げますから……」

 

 レアが言いかけた瞬間にオスカーの視界が少し赤くなった。大通りが火の海になっていた。キメラが火を噴いたのだ。文字通り、ハスキー達の内、二匹は黒焦げになったが、なぜか一体だけはキメラの後ろに陣取っていて無事だった。

 

「うん。流石に僕も降参した方がいいと思うよ。ほら、正直、キメラってドラゴンよりヤバイ生き物だと思うんだよね」

 

 チャーリーが何か楽しそうな表情で火を噴いたキメラを見ながら言った。その瞬間、火を噴いたキメラにみんなの視点が集まっていた。オスカーはトンクスの箒に括りつけられた魔法のトランクを見た。二人の箒は建物の屋上に浮かんでいて、手や鎖で固定されてはいなかった。

 

「アクシオ!! 魔法のトランク!!」

 

 オスカーがそう唱えた瞬間、トンクスの箒ごと魔法のトランクがこっちに向かってきた。火に見とれていた二人は一瞬動きが遅く、盾の呪文で防御することができなかった。

 しかし、屋根から飛び出そうとした瞬間にトンクスが箒を掴んだ。そしてそのまま箒の浮力とトンクスにかかっている重力に従って、ゆっくりと大通りに向かって落ちてくる。

 ずっとレアに視線が固定されていたキメラが動き出した。明らかに大通りに落ちてくるトンクスを狙っている。

 

「トンクス!! 逃げろ!!」

 

 屋上から飛び降りて、落ちる前にレビコーパスを自分に唱えながらオスカーは大通りに降り立った。キメラが凄まじい勢いでトンクスの方に迫っていた。屋上にいるレアとチャーリーは状況について行けないのか、二人ともキメラの方をただただ見ていた。

 

「ガオオオオオオオオオオン!!」

 

 キメラがトンクスのもとにつく前にオスカーは紫色の炎を鞭の様にキメラの前に叩きつけた。これまでほとんどのモノに見向きをしなかったキメラがそれを避ける様に飛び退いだ。

 オスカーの後ろでやっとトンクスがなんとか立てた様だった。しかし、この状態で火を噴かれればオスカーにはどうすることもできなかった。なんとかして、トンクスを守りつつ、キメラから逃げないと行けなかった。

 

「トンクス、魔法のトランクを開けろ」

「え? え? でも……」

「いいから開けろ!!」

 

 生き残ったシベリアンハスキーがキメラの尻尾にかみついていて、キメラはそれを鬱陶しがっている様だったし、さっきまではレアに視線を固定していたのに今度はオスカーの方から視線を外さなかった。どうもキメラは明確にオスカーの事を敵だと認識しているようだった。

 

「す、ステュービファイ!!」

 

 上からレアの声が聞こえると同時にドサッと人が倒れる音がした。レアがオスカーとトンクスに視線を集中しているチャーリーに呪文を唱えたようだった。レアはオスカーの言った試合を終わらせる方法を忘れてはいなかった。

 あとはキメラを何とかして、トンクスを戦闘不能にしないといけなかった。

 

「トンクス。どうやってキメラをトランクに入れたんだ?」

「と、トランクの口をキメラのどこかに当てればいいのよ」

 

 この状態でトンクスを戦闘不能にすればキメラのエサになることは間違い無かった。つまり、キメラをトランクの中か観客席に誘導してから、トンクスを倒さないといけない。

 キメラがオスカーの方を見て、息を吸い込もうとした。オスカーは直観的に分かった。火が来る。

 火が来る前にオスカーはキメラの眼を狙って紫の火を放った。当たった瞬間に、猫が良くするシャーという威嚇する声を出しながら一気に飛び退いた。その音はオスカーが聞いたことが無いほどの重低音だった。

 

「トンクス、俺がキメラの相手をするから、トランクを持って後ろに回れ。できればレアと合流してなんとかトランクを当てろ。それかキメラの後ろに設置できれば俺がアクシオでトランクを呼び出してキメラに当てる」

「わ、わかったわ」

 

 オスカーが杖を構えている後ろでトンクスがトランクを持って走って行った。それにレアが屋上から降りて、大通りにでてきていた。なんとかしてオスカーはこっちに視線を向かさないといけなかった。

 

「アグアメンティ!! 水よ!!」

 

 安直な発想だったが、オスカーは水をキメラにぶち当てた。それこそ、多少炎に巻かれても大丈夫な様に先に水を撒いておきたかったし、キメラの視線をオスカーの方に向けておきたかったのだ。もっとも普通に考えればキメラの炎は普通の炎では無く、何か魔法効果がある可能性があったので、水や炎凍結呪文でどうにかなるかは怪しかった。

 

「ガオオオオオオオオオオン!!」

 

 またキメラが吠えた。オスカーは吠えた瞬間に水では無く紫の炎で攻撃した。今度はキメラがオスカーの方へ進みながら左右に避けて炎を躱そうとしたが、オスカーは水平に炎の鞭をふるった。キメラのたてがみが焼かれて、苦しそうな鳴き声を上げてまた飛び退いた。

 その間にトンクスとレアがキメラの後ろへ回ったのをオスカーは確認した。しかし、キメラはずっと視線を固定していたオスカーでは無く、いきなり後ろを向いた、それも息を吸いながら。

 オスカーは時が遅くなった気がした。この距離では明らかに自分の攻撃は届かない。間違いなくキメラは炎を吐く。

 

「アクシオ!! 魔法のトランク!!」

 

 レアとトンクスがトランクを開いてキメラに向けるのと、キメラが炎を吐く瞬間、そしてオスカーが呪文を唱えた瞬間は一緒だった。

 炎がさっきオスカーが撒いた水に当たって水蒸気が発生する。白い蒸気で何も見えなくなる。一瞬の沈黙の後にオスカーの手元にトランクがやってきた。あの射線上にはオスカーとキメラしかいなかったはずなので、キメラは間違いなくトランクの中に入った様だった。

 オスカーは蒸気が収まるのを待った。いったい、二人が黒焦げになっていたらどうすればいいのか。蒸気が収まるまでの間、オスカーはさっき感じた様にまた時が遅くなっている気がした。

 

「オスカー!!」

「お、オスカー先輩!!」

 

 白い水蒸気が消えた後に見えたのは二人のレアだった。どっちも短い金髪でレイブンクローのローブを着ていた。左のレアがオスカーの事をオスカーと呼んだ。右のレアがオスカーの事をオスカー先輩と呼んだ。

 オスカーは二人の眼を見た。それだけでどっちに呪文をかければいいかは分かった。もちろん、どっちにも呪文をかけるのが一番だったかもしれないが。

 

「エクスペリアームス!! 武器よ去れ!!」

 

 オスカーは右のレア、オスカー先輩と言った方に呪文をかけた。杖と恐らくトランクの鍵がくるくると回りながらオスカーの方へと飛んできた。そして少し吹き飛ばされた右のレアの髪色や顔の形が変わった。

 

「そこまで!! 試合は終了だ!!」

 

 拡声呪文で大きくなったスクリムジョール先生の声が響いた。オスカーはトランクに鍵をかけながら、なぜか生き残っていたハスキーに顔をなめられながら、二度とキメラと戦う事がない事を願った。

 




チョビ

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