ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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百味ビーンズ

 失神したチャーリーをエネルベートで意識を戻してから、チャーリーとトンクスを連れ、オスカーは自分達が出てきた方の入り口に戻った。

 オスカー達が戻るとスリザリンとレイブンクロー生は総立ちで迎えてくれたが、スネイプ先生とフリットウィック先生がオスカー達を待ち受ける様にその前に立っていた。

 それにマクゴナガル先生とスプラウト先生、ケトルバーン先生、スクリムジョール先生もこっちに向かってくるのが見えた。

 生徒達は盛り上がっていたが、明らかに雲行きが怪しかった。

 

「ミスター・ドロホフ、その魔法のトランクはケトルバーン先生に渡すように、それと一通りの試合が済み次第、我輩の研究室に来たまえ。もしマダム・ポンフリーに医務室に行くように言われた場合は、先にそちらに行きたまえ」

「分かりました。スネイプ先生」

 

 オスカーがスネイプ先生に言われているのと同じ様に、他の三人も寮監に何かを言われている様だった。スネイプ先生と入れ替わりにケトルバーン先生がオスカーの方へやってくる。

 

「魔法のトランクとは見事じゃったな」

「ケトルバーン先生、お渡しします」

「知っておるか? ミスター・ドロホフ、かのニュート・スキャマンダーは魔法のトランクに様々な魔法生物を入れて旅をしたと言う…… もしかしたら君もそういう仕事に向いておるかもな」

 

 無言でケトルバーン先生にオスカーはトランクを渡した。正直、二度と魔法生物をトランクに入れることはしたく無かった。もし、こんな事を仕事にした日には、自分の手足がそれこそ十ダースは必要だと思ったからだ。オスカーには魔法生物飼育学の教科書は書けそうに無かった。

 みんなが寮監からのお小言が終わったのと同時位に、向こう側の観客席からクラーナがやって来たようだった。

 

「いっぺん死んでみたら良かったんですよ!!」

 

 クラーナがチャーリーとトンクスを思いっきり殴り飛ばした。ホッグズ・ヘッドでのレアのフルスイングばりの力の入りようだった。

 

「おい、クラーナ、チャーリーは失神呪文を食らったばっかり……」

「オスカーは今は黙ってて下さい!! なんであんなコントロールできないモノを持ち込んだんですか!!」

 

 チャーリーとトンクスは何が起こっているのか分からないといった顔で、叩かれて赤くなっている頬を手で触りながら目を丸くしていた。

 

「チャールズ・ウィーズリー!! あなたに聞いてるんですよ?」

「えっと…… 箒で練習してたらキメラをちょうど見つけたし……」

「はあ? 幻の生物とその生息地を読まなかったんですか? キメラの魔法省分類はなんて書いてありましたか? ケトルバーン先生がコントロールできない生き物を自分がコントロールできるって思ったんですか? 聞こえてますか?」

「いや、聞こえているけど……」

 

 トンクスとクラーナが喧嘩していた時もクラーナは相当怒っていたが、今回は怒りの種類が違うようにオスカーは感じた。それに比しても本気で怒っている様だった。

 

「ニンファドーラ・トンクス!! なんでこんなことしたんですか?」

「普通にやったら勝てないかもって思ってたし、ちょうど箒で飛んでたらキメラがいたのよ…… それにチャーリーがニュート・スキャマンダーみたいに魔法のトランクがあれば捕まえれるのになあって言ってたし…… 私がトランクを劇の後預かってたから……」

 

 オスカーはてっきりあのトランクは劇の後に、ダンブルドア先生かドージ先生に返したモノだと思っていた。どうもチャーリー、トンクスとキメラにトランクと最悪の組み合わせが重なったとしかオスカーは思えなかった。

 

「生徒だけで捕まえるのも論外ですけど、あれを対戦相手に放ったらどうなるかわかんなかったんですか?」

「流石にキメラを出したらオスカーでも降参すると思ってたんだよ。あと、先生が止めに入るかと思ってたし……」

「バカなんですか? 止めない先生方も、逃がしたどっかの先生も、降参しないオスカーもバカですけど、なんでこうなるかもしれないって分かってたのにやめなかったんですか?」

 

 オスカー達の近くに先生方がまだ数人いるのに、クラーナはお構いなしだった。今のクラーナはスネイプ先生が茶々を入れに来ても、杖で殴り飛ばしそうな勢いだった。唖然として突っ立っていたオスカーの足に、さっきからずっとシベリアンハスキーがすり寄っていた。仏頂面だったが、何だが褒めてくれとでも言いたげな眼をしている気がオスカーはした。

 

「だって…… クリスマスの後はクラーナ達の鼻をあかしてやろうと思ってたのよ…… そこにキメラとトランクがあったから……」

「分かってるんですか? キメラに食べられなくても、キメラが傷跡を付けたらマダム・ポンフリーや聖マンゴの癒者だって治せないかもしれないんですよ? トンクスが落ちた時にオスカーが降りてこなかったら……」

 

 これまで怒っていたクラーナが押し黙ってしまって、みんなに沈黙が流れた。オスカーはできることが無いのですり寄ってくるハスキーを撫でてやった。

 

「クラーナ、次の試合が終わったらもう出番なの。みんなお疲れ様」

「試合が終わったらマクゴナガル先生やスプラウト先生の話をちゃんと聞いて下さいよ。絶対ですよ? 分かってますよね?」

「わ、分かったよ」

「分かったわ」

 

 エストが出てくることでクラーナの話が終わる。それにレイブンクローの友達に囲まれていたレアもオスカー達の方へ来るようだった。

 

「オスカー…… おめでとうなの…… あのね?」

「ああ、ありがとう。どうかしたのか?」

「あの…… ううん。エストの試合が終わったら…… オスカーとスネイプ先生との話が終わったら話すの」

「分かったけど……」

 

 オスカーはまたちょっと嫌な予感がした。いつものエストなら言いたいことがある時は特に場所に関係無く喋るはずだったからだ。ここでは場所が悪いという事は…… 何か喋りにくいことのはずだった。エストに連れられて、クラーナはステージの入り口の方へ行ってしまった。

 

「フリットウィック先生にちょっと怒られちゃいましたけど、点数も貰いました」

「俺はスネイプ先生にこの後来いって言われたな」

「そうなんですか? なんか不味い事が?」

「なんだろうな? 心当たりがありすぎてどれか分からないな」

「オスカー先輩がそう言うと、何かシャレにならないので止めて下さい……」

 

 レアと喋りながら、オスカーはエストに何を言われるのだろうと考えた。何か試合でしでかしたのか? それとも最近何かあったのか? オスカーには思い当たる節が無かった。

 次の試合がもう始まっていて、場所は湿原だった。湿原に人の高さよりも高い葦が生えており、恐らく出場している生徒はお互いに相手の姿が見えないはずだった。

 上から見ている観客たちには生徒達の姿が見えており、片方のグループが何やら魔法薬が入っているらしき瓶を何本も取り出していた。

 

「ちょっとオスカー、試合前に言っておきますけど……」

「クラーナ? 試合の準備しなくていいのか?」

「それはまあなんとかなりますけど…… あれは不味いですよ……」

 

 レアと次の試合を観戦し始めていたオスカーの所にクラーナがやってきていた。てっきり試合前の準備をエストとしに行ったとオスカーは思っていたので、少し意外だった。クラーナは準備を怠らないタイプに見えたからだ。クラーナが来ると近くに座っていたトンクスとチャーリーがちょっと気まずそうな顔色になった。

 

「不味いって?」

「何って、例の炎の鞭みたいなアレですよ。そりゃ、アレじゃないとキメラに効かなかったかもしれないですけど…… 先生方にはアレがどんな魔法かばれてますし…… それに……」

「それに?」

 

 クラーナはかなり言いにくそうだった。一度クラーナは決闘トーナメントのステージ入り口近くにいるエストの方を見た。

 

「あの魔法…… エストの前で使ったの初めてじゃないんですか? というか私も二年生のあの時以来ですけど…… その、とにかくそういうことですよ」

 

 そう言うなり、クラーナはエストの方へ走って行ってしまった。オスカーは嫌な予感がした。オスカーが使った魔法は、元々、オスカーの父親が好んで使っていた魔法だと聞いたことがあった。

 

「何か不味いんですか? オスカー先輩?」

「いや……」

 

 オスカーにはレアが何を言っているのか余り聞こえていなかった。どんどん頭の中で想像が膨らみ始めていた。エストはトンクス先生の授業で悪霊の火を見ても何も反応しなかったのでは無いのか? 

 

「試合はそこまでだ!!」

 

 違う事でオスカーの頭が一杯になっている間に試合が終わってしまった。どうも、魔法薬を使って相手を倒そうとした結果。両チーム共に魔法薬にやられてしまったようだった。

 

「あれって生ける屍の水薬でしょうか……?」

「睡眠薬を霧にして撒こうとしたら自爆しちゃったのね」

「というか、観客席の方まであの霧流れてるけど大丈夫なのかな?」

 

 他の三人が話している間も、オスカーは頭の中に試合の状況は入ってこなかった。オスカー達のいる向こう側のスタンドは、魔法薬の霧が流れてきて大混乱になっている様だった。先生方がステージに入って、生徒を回収したり、魔法で霧を押しとどめたりしていた。

 

「トーナメント表だと、この試合の勝った方がオスカーとレアの相手よね?」

「そのはずです」

「もしかすると、両方負けになるのかな? それだと一気に決勝までオスカー達が上がっちゃうね」

 

 次の試合が無くなるかもしれないというのに、やっぱりオスカーは別の事を考えていた。確かにオスカーが使う炎の色と悪霊の火の色は違うし、悪霊の火の様に、バジリスクやキメラ、ドラゴンの様な姿を取ったりはしなかった。むしろクラーナの言うように炎の鞭の様な外見だった。

 そうこうしている間に、観客席の倒れている生徒達も運び出されて、次のステージが現れていた。今度のステージは小川の流れる森の様な場所だった。

 

「オスカー、そういやあんたエストが決闘してるのに大丈夫なの?」

「え…… なんだってトンクス?」

 

 オスカーが聞き返すとトンクスは訝しい顔をした。何かがおかしいといった感じで、あごに手をあててオスカーの方を見ていた。

 

「キメラってなんか人をおかしくする能力とかあったりするの?」

「いや、そんなの無いはずだけど」

「じゃあオスカーがエストの出る試合で、ステージの方を見ないで上の空って理にかなってないわ」

「確かに……」

 

 トンクスが柄にもなく理にかなっていないなどと言ったので、オスカーはやっと周りを見ることができた。確かにもう試合は始まっていて、エストとクラーナはまた目くらまし呪文で透明になっているようで見えなかったし、もう一方のペアは小川の上流の方へと迷いなく進んでいる。

 

「理にかなってないって何なんだよ」

「オスカーの法則に反してるわよ。レア、オスカーがエストに呪文が当たって暴れ出したらいけないから、二年生の時の決闘クラブのクラーナみたいに、手を繋いであげるといいわ」

「ええっ、手…… 手を繋いでたんですか?」

「そう言えばあの時のエストの相手はレアだったよね」

 

 オスカーはトンクスが何の話をしているのかが分かった。今の状況は二年生の決闘クラブの時と一緒だったし、あの時、オスカーはエストがけがをするのではないかと思って怖かったのだ。ただ、あの時とは違ってエストの隣にはクラーナがいるはずだったし、それにそうそう杖比べでエストが負けるとはオスカーも思っていなかった。

 あの時よりも、オスカーが考えているのはもっと自分本位な事だった。

 

「今度はオスカーの法則って何なんだ……」

「その一、エスト第一。その二、相手を決めずにバカな事を言う。その三、自分の事を考えない。どう? だいたい合ってるでしょ?」

「じゃあ今は第一法則なわけだね」

「と言うより法則に反してるって話なんじゃ……」

 

 その二は何の事を言っているのかオスカーには分からなかったが、一と三はだいたい何が言いたいのかは分かった。だが、一番問題なのは、恐らく今、その二つをオスカー自身が守れていないと感じていることだった。

 

「意味わからないだろ…… 結局レアとトンクスはキメラの炎は大丈夫だったのか?」

「僕が寝てる間だから何があったのか分からないんだけど、大丈夫だったの?」

「キメラと一緒に炎はトランクに入っちゃいました」

「これ完全に法則の通りじゃないの」

 

 トンクスはやれやれと椅子の手すりに肘をついて、オスカーの方を見た。レアとトンクスは大丈夫そうだったので、オスカーはまた試合の方へと視線を移した。

 エスト達の相手のペアは小川の上流で木を切り倒していた。どうも、その木を変身術で石に変えて、簡易なダムの様なモノを作っている。エストとクラーナの姿は相変わらず、見ることはできなかった。

 

「取りあえず、今回は私とチャーリーが悪かったわよ。クラーナとエストの石でできた鳥の雨とか、本棚の爆破とかも危険度ではいい勝負だと思うけど…… キメラはクラーナの言う通り、やりすぎだったわ」

「うん。僕も初めて女子に殴られたかもしれない…… ほんとはオスカーだったらキメラもどうにかするかなってちょっと思ってたんだけど…… よく考えなくてもやりすぎだったよ」

「でも、次の試合も生ける屍の水薬だったですし、本棚の爆破とかキメラとか、なんかどんどん危なくなってる気が……」

「まあ誰も死ななかったしいいだろ。流石に今回のだったらカードが赤くなってたかもな」

 

 オスカーがそう言うと、チャーリーの顔色は変わらなかったがトンクスの方は珍しく渋い顔をした。オスカーは最近、色んな人がいつもとは違う顔をする様になっている気がしていた。

 試合の方では何かベルの様な音が森に響いていた。これがオスカーが知ってる魔法ならば、恐らく人が何かの範囲内に入ったことを示していた。相手のペアが呪文を唱えるとエストとクラーナの姿が現れた。

 

「試合が動きますね…… 相手のペアはあんなの作ってどうするんでしょう?」

「だいぶ水が溜まってるよね?」

 

 レアとチャーリーは試合の方に意識が行っている様だったが、オスカーはトンクスが小声で話しているのが聞こえた。

 

「悪かったわよ。クリスマスにはあんなこと言ったのに、自分で一番できて無かったんだから。いつの間にかやろうとしてた事がすり替わってたし…… あの時言いたかったことと逆の事をしちゃったし…… 劇の時と一緒で周りが見えてなかったのよ」

 

 ぼそぼそ言っているトンクスの言葉を聞いて、オスカーはまたハッとなった。オスカーも周りが見えなくなっている気がしたのだ。今年に入って、ずっと自分の記憶の事を考え続け、今日、試合前にクラーナからエストが自分の様子がおかしいと言っていたと聞かされるまで、周りがどんな風に自分を見ているかなどと考えてはいなかったのだ。

 

「エクソパルソ? ボンバーダ?」

「鉄砲水ってやつかな?」

 

 相手のペアはダムを爆破呪文で吹き飛ばし、エストとクラーナに向かって噴き出させた。二人は相手がダムを決壊させた瞬間に移動しながら、自分達の前に壁を土で作り、元あった川の方へ誘導するように地面を掘った。水は元の川の方へ流れて、二人には当たらなかったようだった。

 だが、オスカーは試合の方が動いているのに、自分の事を考えていた。あんなに悪霊の火は恐ろしかったはずなのに、今や咄嗟に躊躇することも無く使っていた。一年生の時、あんなに一緒にいるのが怖かったはずなのに、エストからどう見られているかなどと最近考えたことがあったのか?

 

「うわ。凄い…… 一瞬で……」

「ホントにエストは周りの状況を変えちゃうのが上手いよね…… クィディッチもそうだけど……」

「あのペアはやっぱりヤバイじゃないの…… どうせクラーナがとどめをさすに決まってるわ」

 

 鉄砲水が終わり、小川は普通に走れるくらいの水高になった。小川を越えて相手のペアは追い打ちをかけようとしたが、エストが杖を振ると小川は凍り付いてしまい、相手のペアは動けなくなった。ペアが足を動かそうと杖を氷に向けている間に、クラーナが失神させて試合は終わった。

 

「そこまで!! 試合は終了だ!!」

 

 エストとクラーナが引き上げてくるのを見ながら、オスカーはエストに何を話したらいいのかが分からなかった。結局、エストが何について話したいのかも分かっていないのだ。

 

「あっ!! そう言えば、何で試合の最後で私が偽物だって分かったのよ? あと、あの時、レアがオスカーの事をオスカーって読んでたわよね? 先輩付けした私の方がなんで偽物って分かるのよ? それにそのオスカーみたいな顔した犬どうするのよ」

「確かにオスカーみたいな顔してるかもしれない…… ハスキーって笑ってるのか泣いてるのか分かりにくいし」

「なんなんだそれ。レアが先輩を抜いた理由は俺も知らないぞ」

「あの時は何か言わないとダメだと思ったから……」

 

 ハスキーはやっと構ってもらって嬉しいのか、何かハアハア言っていた。もちろん、顔は相変わらず、仏頂面で何を考えているのかはチャーリーの言う通り、分かりにくかった。オスカーは自分もこんな感じに見えるのかと考えた。

「ちょっと全然なんで分かったのかの理由になってないじゃないの。あとその犬はそうね…… オスカー・ジュニアとかでいいんじゃない?」

「この子、女の子だけどね」

「第二法則に関連しているわね」

「もとに戻すのもアレですし、ハグリッドに預けた方が……」

「その名前は却下だ」

 

 間違いなく、オスカー・ジュニアという名前が付けば、オスカーは色んな災難を被るに決まっていた。オスカーあれ取ってこいだとか、オスカーが走ってるだとか色んな事を、この犬が何かするたびに言われると考えたのだ。

 

「ちょっと勝ったんですから何か言ってくれてもいいじゃないですか」

「あら、おめでとうクラーナ。オスカーがキスして祝福してくれるわよ。ジュニアの方だけど」

 

 トンクスはハスキーをクラーナの顔の前に持っていった。ハスキーはクラーナの顔をなめてベトベトにした。クラーナはスコージファイを自分の顔に唱えて、それからハスキーをトンクスから取り上げた。

 

「この犬、オスカーが変身術で出した犬でしょう? オスカーって名前なんですか?」

「何よ。オスカーを飼いたいの? エストみたいに? エストはどこ行ったのよ?」

「何ですか飼うって。エストはグリフィンドールの連中から賭け金を回収するって言ってましたよ」

「オスカー先輩を飼う…… なるほど……」

「キメラより危ないかもね」

「なんなんだ……」

 

 流石に犬の名前をオスカーにするのは、オスカーとして何としても避けたかった。今の会話だけでも、名前がオスカーになる危険性は示されていたからだ。それにオスカーはエストと寮は一緒だが別に飼われてはいなかった。

 

「ミスター・ドロホフ、スリザリン生は出番が終わったようだ。私の研究室に来たまえ」

「スネイプ先生? 分かりました」

 

 試合が全て終わったらと言っていたはずだったが、スネイプ先生がエスト達の試合が終わるなりオスカーの所に来ていた。オスカーは何か早めた理由でもあるのかと考えた。このままだと、エストにおめでとうと言う事は出来無さそうだった。スネイプ先生はもう歩き出していた。

 

「言い忘れてたけど、おめでとうクラーナ。それにエストに寮に戻ってる様に言っておいてくれ、後、その犬の名前はオスカー・ジュニア以外でよろしく。ちゃんとその犬の名前をつけてあげてくれ」

「分かりました。ニンファドーラみたいに自分の名前を嫌がるようになると大変ですからね」

「私はオスカー・ジュニアでいいと思うんだけどね。クラーナもその名前だから自分で抱いてるんじゃないの?」

「ぶっ殺しますよ。ドーラ・Ⅱとかの方がいいんじゃないですかね」

「まね妖怪ならいい名前だね。ドーラ・Ⅱ」

「オスカー先輩、また練習は朝言って貰えれば……」

「分かった。じゃあよろしくな」

 

 スネイプ先生の後を追って、オスカーは大広間から出ようとした。その間、グリフィンドール生が集まっている席の方を見たが、オスカーはエストを見つけることは出来なかった。

 いつものスリザリン寮へ行くのと同じルートでオスカーはスネイプ先生の研究室へと向かった。どちらも地下牢にあるので、寮へ帰るのにはそんなに時間はかかりそうでは無かった。

 オスカーは憂いの篩を使う以外でスネイプ先生の研究室に入ったことは無かった。相変わらず、保存用なのかアルコールや薬品の臭いがする薄暗い部屋だった。

 

「ミスター・ドロホフ、そこに座ってすこし待ちたまえ」

「はい。スネイプ先生」

 

 オスカーには相変わらず、スネイプ先生の表情が分からなかった。いつ見ても、グリフィンドール生が失敗した時くらいしか笑わなかったし、オスカーと相対する時、スネイプ先生の表情が変わるのをオスカーは見たことが無かった。

 スネイプ先生はオスカーを座らせた後、部屋を出て、中々戻ってこなかった。オスカーは腕時計を持っていなかったので分からなかったが、体感で一時間くらいたってやっと戻ってきた。スネイプ先生は出し抜けに言った。

 

「なぜ呼ばれたのか分かっているかね?」

「自分が使った魔法のことでしょうか?」

 

 探るようにスネイプ先生の目線がオスカーを捉えたが、オスカーもスネイプ先生もお互いに何も読み取ることはできなかったようだった。

 

「そうだ。もちろん、キメラが現れたにも関わらず、試合を続けるという無謀な選択をしたことも、スリザリンの寮監として諫めなければならないことだが、それ以上に君が使った魔法は問題だ」

 

 座っているオスカーに対して、スネイプ先生は研究室をカツカツと音を立てて歩きながら喋った。

 

「我輩はあの魔法を見たことがある。それに恐らくあの場の先生方ならば…… ダンブルドア校長やスクリムジョール先生ならば、何の魔法なのか分かっていただろう。ミスター・ドロホフ、君は何の魔法か分かっていて使ったのかね?」

「あれは悪霊の火だと聞きました」

 

 また視線がかち合って、スネイプ先生とオスカーはお互いの顔を見た。やはり、二人共お互いに何も見出すことはできなかった。オスカーは何の魔法かは分かってはいたが、その魔法を使う事の意味が分かっていたかは怪しかった。

 

「我輩の認識が正しければ、あの魔法を使用していた魔法使いは一人しか知られていない。そして、君がその魔法を使えば、その魔法使いとの関連性がことさらに強調されることだろう」

 

 スネイプ先生が左腕に右手で触りながら言った。無意識の行動だったかもしれなかったが、オスカーはその腕に何があるのかを知っていた。

 

「いいかね? ミスター・ドロホフ、闇の魔術とは…… 多種多様、千変万化、流動的にして永遠なるものだ。それと戦うだけでも、幾つもの首を持つ怪物と戦うとことに等しい。しかし…… 使うとなれば…… それは最早、自分自身が多種多様で流動的に、怪物に等しくなるという事だ。のまれぬ為には自分自身を完璧に掌握し、柔軟で創意的にならねばならない。それは君の年ならなおさら難しいだろう」

 

 オスカーにはスネイプ先生が闇の魔術に対してどう考えているのか分からなかった。闇の魔術に対する防衛術に志願しているというのは聞いていたし、今の言い方は…… 表情こそ無かったが、どこか憧れの様なモノがあるようにも感じられた。チャーリーやエストが好きなモノを喋る時と同じで、どんどん自分自身持っているイメージが言葉に表れているようだった。

 

「通常、この手の魔法について、ここホグワーツでは使う事はおろか、学ぶことさえNEWTレベル以上でなければ許されない。そのため君の魔法は……」

 

 スネイプ先生が言い切ろうとした瞬間、研究室のドアが叩かれた。スネイプ先生が答える前にドアが開いて人が入ってきた。片足を少し引きずる様な歩き方なのに、俊敏さを感じる動き、スクリムジョール先生だ。

 

「セブルス、試合が全て終わってから彼と面談するのでは無かったのかな?」

「スリザリン生の試合は全て終わったので……」

 

 オスカーは最初に言ったより早めにスネイプ先生がオスカーを呼び出した理由が分かった。恐らく、スクリムジョール先生の横やりを防ぐためだったのだ。スクリムジョール先生がここに来ていると言う事は試合は全て終わったのだろう。

 

「ふむ…… ダンブルドアの力添えがあるとしても、君の経歴でホグワーツの教授という職が許されているのは少々意外ではあるが…… さて、ミスター・ドロホフ、授業以外で君と話すのは随分久しぶりだな」

「はい、スクリムジョール先生。お久しぶりです。キングズリーがダンブルドア先生と闇の魔術に対する防衛術の先生によろしくと言っていました」

 

 スネイプ先生は表情を変化させなかったが、スクリムジョール先生の事が苦手であろうことは確かだった。他の先生ならこんな風に横やりを入れさせなかっただろうからだ、それもスリザリン生の前ならなおさらだった。

 

「ああ、シャックルボルトには私の穴を埋めるために動いてもらっている…… しかし、ミスター・ドロホフ。あれは問題だ。人は個人の人格よりも、印象で人を判断する」

「スクリムジョール先生、ミスター・ドロホフにはすでに我輩が……」

「全ての人間が君と喋れるわけではない。ホグワーツの生徒だけでも君が喋ったことのない人間は多いだろう。魔法界全体ならばなおさらだ。君を他の人間がどう見るか分かるか? アントニン・ドロホフの息子で、学生相手の決闘で、キメラが出てきたとは言え、父親と同じ魔法を使う魔法使いということだ」

 

 スクリムジョール先生はスネイプ先生の言葉を完全に無視して言い切った。真っすぐにスクリムジョール先生はオスカーを見た。尋問の時もオスカーはこんな感じで真っすぐに見てきたことを覚えていた。

 

「もちろん、シャックルボルトやスネイプ先生や、ダンブルドア校長から君が、ホグワーツに入ってから、多少のトラブルはあったとしても、何か自分から能動的に人を傷つけただとかそういう問題があったとは聞いていない。しかし、君は自覚しなければならないだろう。人からどう見られているかという事を。人は印象だけで人を判断するし、勝手に君に対して敵意を抱いたり、君を見るだけで痛みを抱いたり、怒りを感じるかもしれない。いいかね? 他の人とは違い自覚せねばならない」

「はい…… スクリムジョール先生」

 

 それはエストとのやり取りがあって、やっとオスカーが思うようになったことだった。一年生の時、エストと一緒にいるのが怖かったり、グリフィンドール生に追われていた時は感じていたはずなのに、いつの間にか忘れていたことなのだ。

 

「では行きたまえ。キメラに対して、自分の持つ知識や経験。つまり、スリザリン生の言うところの機智を使って対応したのは見事だった。スリザリンに五十点与える」

「そんな……」

「行きたまえ、すでに生徒達はそれぞれの寮に戻っているだろう。それに生きる屍の水薬の効力次第では君は決勝戦にいくことになるだろう。私はスネイプ先生と話がある」

「分かりました……」

 

 オスカーはスクリムジョール先生とスネイプ先生が話しているのをよそに、研究室から出て行った。何か、オスカーの胸の中が釈然としなかった。

 あの魔法を使う事を禁じられると思っていたし、スネイプ先生は事実そう言おうとしていたはずだった。しかし、スクリムジョール先生に逆に点数を与えられて、オスカーはもっと魔法が使いにくくなった気がした。あの魔法を使って、褒められたり、点数を与えられた方がオスカーとして何か納得できないし、何かに対して裏切りをしている気がしたのだ。

 もう生徒達は寮に帰ったのか、あまり廊下はひと気が無かった。オスカーは少し重い足取りでスリザリンの寮へと向かった。

 

「オスカー、もう終わったの?」

「エスト?」

 

 いつかと同じ様に、エストがオスカーの後ろにいた。なぜかハニーデュークスの袋に入った大量の百味ビーンズを持っていた。

 

「これね? 今日の掛け金で買ってきたの。それと…… オスカーってレアと鏡の裏で練習してるんだよね? なんか凄い数の燭台と椅子二つがあったし……」

「あの通路からホグズミードに行ったのか?」

「そうだよ? でもあそこなんかあんまり爆破呪文とか使っちゃダメかもね。ちょっと崩れそうだったし…… そうだ、多分談話室にいると人に囲まれちゃうし、あそこいかない? 燭台に火をつければあったかいよね?」

「いいけど……」

 

 まだ外出禁止の時間では無かったが、忍びの地図を開いて、オスカーとエストは五階の鏡の裏に向かった。ハニーデュークスの袋を見られると少し不味い気がしたのだ。地図を見ると、トンクス、クラーナ、チャーリー、レアがちょうど自分達の寮に戻っているところだった。フィルチはピーブズを二階で追いかけているようだった。

 

「他のみんなと行ったのか?」

「そうだよ? 一応本屋さんも行ったんだけどね、トンクスがロックハートって怪しい人の本をオスカーにプレゼントしたから、もしオスカーがおかしくなったらその本を読むように言っといてって言ってたの」

「怪しい人の本をおかしい時に読んでどうするんだ。それにあの本…… 値段は高かったけど全く役に立たなさそうだったぞ」

「そうだよね? モリーおばさんもファンだけど…… なんかイケメンなだけだよね」

 

 相変わらず、トンクスの言う事は良く分からなかった。しかし、五階までの道中でエストと話すための種にはなったのだった。

 ハスキーは何かミディルという名前になって、ハグリッドに預けられたが、どうもミディルという名前でも、オスカーという名前でも反応するようになっただとか、ちょっとレアの髪の毛が伸びた気がするだとかとりとめのない話をした。

 五階の鏡の裏は、燭台に火をつけると、スリザリンの談話室とは違った暖かさがあった。

 

「それで…… 何の話なんだ?」

「取りあえず、百味ビーンズあげるね」

「ああ…… なんだこれ…… 胡椒か?」

「うーん…… エストのは…… なんだろ、豆板醬?」

「豆板醬ってなんだ?」

「東洋の調味料らしいってミュリエルおばさんが言ってたの。なんか旅先で食べたやつを屋敷しもべに作らせてたときがあるとかないとか」

 

 百味ビーンズ、オスカーとエストが初めてのクリスマスにお互いに贈ったものだった。その時はあまり喋れていなかったし、お互いに何が好きなのかも知らなかったのだ。

 

「うんとね、あの魔法の話なの。鞭みたいなやつ」

 

 やっぱり、クラーナとオスカーがそれの事だろうと予想した通りだった。オスカーはあんまりにもエストが事も無さげに言ったので返す言葉が無かった。

 

「あの魔法、エストは見たことあるの。悪霊の火だと思うけど…… あの鞭の形で思いだしたの。多分、どこで見たのか、オスカーには分かるんだと思うんだけど……」

「ああ、多分分かる」

 

 セストラルが見えるのはオスカーとエストだけだった。そして、父親の悪行の中で一番有名なのかを考えれば、それがどこで見たモノなのかは簡単に分かった。

 

「聞いていいのか分かんないけど…… オスカーはどうやってあれを使える様になったの?」

「それは……」

 

 オスカーは何と答えればいいのか分からなかった。エストからすれば、恐らくあの魔法は見ることすら嫌なはずなのだ。

 それに…… オスカーはあの魔法を初めて使った時の事を喋りたくなかった。自分自身のためにも、目の前のエストのためにも。オスカーは自分自身ですら重くて、つぶれそうな事を誰かに喋りたくなかった。精神的に自分よりはるかに強いダンブルドアやキングズリーならまだしも、特に目の前のエストには喋りたくなかった。

 

「俺はエストに喋りたくない」

「え?」

 

 エストは予想していなかったとばかりに顔を歪ませた。

 そういうモノをオスカーはエストに背負ってもらいたくなかった。そういうモノとできれば無縁のままでいて欲しかったのだ。エストもクラーナもレアも、これ以上何かを背負うべきでないとオスカーは思っていた。

 

「俺が使える様になった理由を話しても、多分、エストはいい気はしないと思う。俺の勝手な考えだけど……」

「そうなんだ…… それって…… うん、でもオスカーが喋りたくなったら喋ってくれるんでしょ?」

「え?」

「だって、クリスマスに言ってたもん。ちょっとでいいからオスカーに言ってって、それって逆もそうでしょ? エストに言いたくないのはエストのためなんでしょ? エストもあの時のオスカーみたいに思ってるし、ほんとにオスカーが危なくなったら言ってくれるんでしょ?」

「それは……」

 

 オスカーは何も言えなかった。確かにそういうことだった。限界になる前に言ってくれればいいと言っているのだ。エストは。オスカーは自分で勝手にエストを守っているつもりなのに、いつも勝手に守られているのだった。

 

「それに…… あれって闇の魔術に近いよね?」

「ああさっきスネイプ先生とスクリムジョール先生と話をしてたけど……」

「うん。でも闇の魔術って闇の魔術自体が悪いわけじゃないよね?」

「闇の魔術自体が?」

 

 さっきのスネイプ先生と言い、オスカーは余りエストの言っていることが良く分からなかった。闇の魔術は闇の魔術で、そのモノの存在こそが薄暗いモノのはずだった。

 

「だって、闇の魔術ってただあるだけだもん。今日のキメラも闇の魔術も別にあるのが悪いわけじゃないよね? 死の魔法や磔の魔法だって、禁止される様になったのは発明された時より、ずっとずっと後なんだよ?」

「死の呪文が……」

「だからどう使うかだよね? 今日、オスカーがあれを使わなかったら、トンクスはガブリっていかれてたかもしれないし…… ほんとにどう使うかだと思うの。別に普通の魔法でも人が死んじゃうことはよくあることなの」

「それはまあそうだけど」

 

 確かに、悪用しようと思えば悲惨な事態を簡単に作ることは普通の魔法でも可能だった。

 

「それにね? なんて言うか…… 理解しないとどうにもできないよね? 死の魔法も当たっちゃいけないって知ってなきゃいけないし、悪霊の火もどうやってとどめるのか知らないとダメなの。嫌いだからし~らないじゃ何も分かんないの」

「確かにそうだけど……」

「なんでもそうだけど、おいしい部分だけ見ても何にも見えないし、不味い部分だけ見てても不味いままなの。どっちも味わわないと何が良くて何がダメか分かんないよね? それに何が当たりかも分からないの」

 

 百味ビーンズをボリボリ食べながらエストが言った。今日、恐らく、エストはこれを言いたくてわざわざみんなを連れてハニーデュークスまで行ったのだろう。

 

「エストの中にも多分、おいしいとこと、不味いとこがあるの。でも、ほんとはどっちも無いとダメなのかなって。できればみんなにはおいしいとこばかり見せたいけどね?」

「俺は不味いとこばっかりかもな」

「だからね、もし、ほんとに不味いとこを食べないといけなくなったら…… クリスマスプレゼントでくれればいいかなって」

「ちょっと前に終わったばっかりだけどな」

 

 オスカーはそれがすぐに来る気がした。結局、オスカーは自分自身を守るのが一番下手だった。

 




起きてから感想まとめて返します……

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