ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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アザレア

「最近はスクリムジョール先生の授業で使う魔法薬の為に材料が少なくなっているため、我輩は魔法薬の整理に戻る。十分に気を付けて行うように」

「分かりました。スネイプ先生」

 

 相変わらずの土気色の顔色に、感情を感じさせない表情で、スネイプ先生は研究室の奥にある、材料の保管庫に去っていった。

 今日は授業の無い日であり、オスカーは午前中からスネイプ先生の研究室を訪れていた。朝から憂いの篩を使うと言うのは、オスカーにとって初めての経験だった。

 この練習を午前中してから、お昼の後にレアと練習する予定だった。翌日はホグズミード休暇だったし、それにレアとの開心術やエストと悪霊の火について喋ったこともあって、今の間に記憶を見たほうが何か感触をつかめる気がした。しかし、朝という事もあるのか、オスカーは何の記憶を見ればいいのか中々決心がつかなかった。

 しばらく、銀色のもやが入っていないただの水盆を眺めていた、しかし本当に何を見れば良いのかオスカーには見当がつかなくなっていた。またしばらく、肌寒い研究室で考えて、やっと思いついた。何も分からないのなら、最初の記憶を見れば良いのではないのかと考えたのだ。

 憂いの篩の前に立って、いつもやるようにこめかみから銀色のもや、記憶を引き出した。けれどいつもと違うのは、何度か憂いの篩に対して、その作業を繰り返した事だった。

 何個かのもやが憂いの篩の中で、最初はばらばらだったのに、混ざり合って一つの銀色になった。オスカーは見るのを躊躇する前に頭を突っ込んだ。毎回、記憶を見る前に躊躇する自分が何か嫌だったからだった。

 

 

 開心術で誰かの記憶を見るのと違う、一瞬の暗転と何か分からない冷たさを感じた後、立っていたのはドロホフ邸の玄関の前だ。

 オスカーが入れた記憶が正しいのなら、それは最初の最初の記憶だった。小さいオスカーが玄関から出て、森の中へと入っていく。館の前にある小道をきれいになぞるように通って。

 自分の家と目の前の小道、それに館の庭の一部である森だけが、そのころのオスカーにとっての世界の全部だった。

 母親と父親とそれにペンスから口が酸っぱくなるほど、オスカーはそこから出てはいけないと言い聞かされていたし、小さいオスカーはそれを守っていた。

 今考えれば、マグル避けの呪文に加えて、レアの家と同じ様に保護呪文がかけられていたのだろうとオスカーは思った。父親が死喰い人達と自分の家から少し出て喋っていたのがそれを示していると考えたのだ。

 

 

 もちろん、いまホグワーツで生活をして、色んな人と喋るようになったオスカーからすれば、森の中に面白いモノがあるわけではなかった。

 ただ、そのころのオスカーが時間を使えるのは、家によくいる母親かペンスと喋ることか、ドロホフ邸に置いてあった結構な量の本を読むことくらいだった。

 それにドロホフ邸にいる生き物と言えば、ペンスと家族三人にローガンというフクロウが一羽だけだったし、その点、森に行けば虫や花や草や、運が良ければウサギや鳥を見ることができた。

 

 

 だから、オスカーからすればチャーリーがあんなに魔法生物や生き物が好きなのが不思議だった。ウィーズリー家は人で一杯だったし、色んな人と喋れただろうからだ。

 よっぽど、自分の方が自然や生き物なんかを好きになってもおかしくないと考えたのだ。

 

 森の中で小さいオスカーは落ちている大きな枝を集めて、何か小さい小屋を作る真似事をしているようだった。木の上に引っかかっている、木から離れた枝を、手をかざして魔法で落として集めていた。

 オスカーはちょっと不思議な感覚だった。自分もあんな風にレアと同じく、手をかざしただけでモノを動かせたはずだった。それが杖を使うようになってからはいつしかできなくなっていたのだ。

 それこそ、オスカーとレアが決闘トーナメントの練習としてやろうとしていることに違い無かった。

 ただ、あんまり、小さいオスカーの挙動を見ても、参考にはなりそうになかった。枝を落とすくらいの行動はほとんど集中せずに行えている様だったからだ。

 上を見ながら、小さいオスカーは時々手を振って枝を落とし、それを拾い集めて歩いていた。そして、上に視線が集中していたせいか、いつしか森の端、森と森の間の小さな小道のところまで出ていた。

 

 

 小さいオスカーは小道の方を見て、それまで大事そうに持っていた枝を取り落とした。枝は大きな音を立てて落ちたが、小さいオスカーは全く気付いていなかった。

 シルバーブロンドの少し長い髪をした女の子が、一人で平らな石の上に座って、顔をしかめながら、そばにあるツツジの花を手を触れずに開いたり閉じたりさせていた。

 小さいオスカーはそれを自分がいる森からは出ずに眺めていた。その眼には信じられないモノを見る色と憧れと期待が込められている様にオスカーには見えた。

 それから、女の子がツツジの花を魔法の力加減を間違えたのか、木からちぎって落としてしまい、小道にバラバラにしてしまって、ため息をついてどこかへ帰るまで、小さいオスカーは棒立ちでそれを見ていた。枝を拾うことも、動くこともその間ずっと小さいオスカーはしなかったのだ。

 

 

 女の子がいなくなったあと、小さいオスカーは手をかざしてバラバラになったツツジの花を浮かせた。その後、自分の方へ寄せながら、元あった形になるようにバラバラになった花びらとがくをくっつけて一つの花にした。

 浮いているその花を小さいオスカーはしばらく見ていた。そして、ゆっくりと壊さない様に、白いツツジの花を手に取った。

 

 

 記憶が暗転して、別の場所に変わった。暖炉が暖かに燃えている。ドロホフ邸の広間で小さいオスカーと母親が喋っているようだった。

 

「マグルは魔法を使えるの?」

「それは難しいお話なのよ。オスカー。オスカーはスクイブって呼ばれている人達を知ってる?」

「魔法族なのに魔法が使えない人?」

「そうよ。そういう人達はあんまりマグルと変わらないし、結構マグルと結婚したりするの。そのスクイブの人から何代も経った後、突然魔法を使えるマグルの子供が出てくるの」

 

 小さいオスカーは難しい顔をして、何とか母親が言っていることを理解しようとしているようだった。ただ、オスカーには分かっていた、何とかしてさっき見た女の子と会っていいという理由が小さいオスカーは欲しかったのだ。

 

「そういう人をマグル生まれの魔法使いや魔女って呼んでるの。もちろん、どこかで魔法族の血が混ざっているはずだから、その言い方が合っているかは分からないのよ」

「ホグワーツにもいるの? マグル生まれの人はホグワーツに行けるの?」

 

 今度は母親の方が難しい顔をした。確かに、今、オスカーが小さいオスカーくらいの子供にこういう事を聞かれたとして、どう答えればいいのかは難しい気がした。

 

「それも色んな考え方があるけれど、今の校長先生。アルバス・ダンブルドア先生はマグル生まれの魔法使いや魔女を受け入れているわ」

 

 母親の言葉を聞いて、小さいオスカーは何か期待を持った顔になった。その息子の反応を見て、母親はさらに難しい顔になった。

 

「けれど、それは難しいお話なのよ。中世より前の頃は、私達魔法族はマグルに傷つけれられていたし、私達もマグルを傷つけていたのよ。マグル生まれの子供や混血の子供が魔法はダメだって教えられて、むりやり魔法を封じ込めておかしくなってしまったり、お互いに傷つけ合っていたの。だから私たちはマグルの前から姿を消したのよ」

「なんでそうなったの?」

「オスカー、オスカーはオスカーとちょっと違う人を見てどう思う? オスカーはまだ杖が無いけど、オスカーと同じ年で杖で魔法を使ってる人を見たらどう思う?」

 

 また小さいオスカーは難しい顔になった。それはやっぱり、母親がしていた顔によく似ていた。

 

「ずるい? 羨ましい? そう思わない?」

「うん」

「そういうことよ。マグルからしたら、私達はそう見えるの。でも、私達は魔法を捨てることなんてできないでしょう? 魔法は私達の道具じゃなくて、体の一部なんだから捨てることなんてできないし、そんなことをすればおかしくなってしまうわ」

「でも、じゃあ、魔法を使えるマグル生まれの魔法使いや魔女は違うんじゃ……」

 

 小さいオスカーが聞きたかったのはこの部分なのだろう。それに、母親はどうして小さいオスカーがこんなことを聞いているのかだいたい察している様にオスカーには見えた。

 

「オスカー、魔法が使えるから魔法使いなのかしら? 魔法族の子供だから魔法使いなのかしら? それとも、魔法が使えないからマグル? マグルの子供だからマグル? 魔法も誰から生まれたのかも、その人には選ぶことはできないわ」

「選べない……」

 

 それは今のオスカーにも分からない話だった。

 

「そうよね、お母さんも分からないわ。でも考えてないとダメなのよ。そうしないと傷つけあってしまうの。ずっとずっとそうだったの。違う人と違う人が会えばそうなるのよ。どっちがどっちではなくて、両方なの」

 

 小さいオスカーは黙り込んでしまった。多分、何を言っているのかちゃんとは理解できていないのだろう。そしてこれも、今のオスカーにもきちんと理解できているのか怪しかった。

 

「それに…… こういう話はお父さんには話してはダメよ?」

「なんで?」

「さっき言ったけれど、生まれや能力だけじゃなくて、考え方にも色々違いがあるの。お父さんはずっとマグルと関わってはダメって考えて生きてきたのよ。お母さんの元いた家でもそういう風に考える人もいたわ。だから、お父さんはこういう話は嫌いなのよ。でも、オスカーがどうするのかはオスカーが決めないとダメ」

「でも、さっき考えないとダメって……」

 

 本当に小さいオスカーは混乱しているようだった。オスカーも、今の話を聞いて疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「お父さんもお母さんも、他の色んな大人も色んな考え方をしてるんだけど、それは色んな事があってそういう風に考えているの。でも、オスカーはまだまだ色んな事がある前よね? まだこのお家と家の周りしかしらないわ。だから、お母さんやお父さんやペンスや、これから会う色んな人が色んな事を言うけど、その中で一番合う考え方を選べばいいの。それに嫌な話をされるのは誰だって嫌でしょう? お父さんだってそうなのよ」

「うん……」

 

 オスカーには分からなかった。嫌な話だからと言って、話さないのが正解なのだろうか? それとも黙っているのが正解? 傷つけ合わないように考えているのに?

 

「それにそういう考え方がどうしてそうなのかを自分で考えて、経験しないとダメなの。人に言われたからそうなのかじゃないの。人が経験して、考えたことが考え方になるけど、それをオスカーが自分で感じて、考えて自分のモノにしないとダメになってしまうの」

「難しそうだし…… そんなのできるの?」

 

 母親が言っていることは小さいオスカーにはあまりに難しいことのようにオスカーには思えた。

 

「オスカーは運がいいから大丈夫ね。スリザリンは前からある考え方とか、他の人の経験なんかを自分のモノにするのが得意なの。これはちょっと難しい言葉で既知って言うんだけどね。ただ、ちょっと新しいことに踏み出すのが苦手かもしれない。それにグリフィンドールは自分でやってみるのが得意だわ。でもこれは良く考えないってことでもあるの。でも両方あれば、さっき言ってたことが両方できるのよ」

「両方?」

「お父さんはスリザリンで、お母さんはグリフィンドールなのは知っているわよね? だから、オスカーは両方。自分や過去のことや、相手や新しいこと、その二つから色んなモノを感じて、自分のモノにできるはずなのよ」

 

 オスカーはこんなことを母親と喋ったのを覚えていなかった。覚えていれば、オスカーは学校に入学したときや、今年、夏休みにトンクス先生や、ウィーズリーおじさんと喋った時に思い出しただろうと思ったのだ。いくら小さい頃だったとしても。

 自分はいったい何を忘れていて、何を思い出しているのか? オスカーには段々、分からなくなっていた。もちろんこの会話で小さいオスカーが聞きたいと思っていたことは全然別の話で、それしか覚えていないのかもしれないし、オスカーは事実それを頼りにこの記憶を憂いの篩に入れたのだ。しかし、今になってもう一度聞けば、あのころ理解することもできなかった会話の方が、今のオスカーの心に深く残ったのだった。

 

「だからお母さんはオスカーにグリフィンドール生みたいなことを教えるわ。それをどうするのかはオスカーが決めないとダメよ?」

「グリフィンドール生みたいなこと?」

「そう。お家と外の間にかかっている魔法は、お家から誰かがその間を越えてしまっている間は働かないのよ。だからその間なら、誰かを入れることができるの。それにこのお家の周りは魔法力を持たない人には近づけなくなっているのよ」

 

 小さいオスカーはその話を聞くなり、大声でペンスを呼び出した。

 

「ペンス!! あれを持ってきてよ」

「オスカーお坊ちゃま、どうぞ」

 

 ペンスはバチッという音と一緒に現れて、小さいオスカーに小瓶に入った白いツツジの花を手渡した。それを貰うなり、小さいオスカーは走り出して、そのまま、玄関から外へと出ていってしまった。

 

「ペンス、家の敷地の中からは、あなたは誰かに呼び出されないと出れないけれど、家の敷地の中ならどこでも見張れるはずよね?」

「はい。ご主人様が、外にわたくしめが出ると情報が外に漏れるとおっしゃった為、わたくしめはご主人様の命令が無ければ出れません。ですがお屋敷の敷地の中ならばどこでもお任せください」

「オスカーを見てあげて頂戴。やっぱり、戦争中とは言え、一人ではダメなのよ。それと、この事を貴方の主人の命令以外に自発的に喋ることを禁じます。ごめんなさいね。ペンス」

「もったいないお言葉です。奥様。このペンスの命に代えましても、オスカーおぼっちゃまをお守りいたします」

 

 温かい会話のはずなのに、オスカーが感じているのは恐怖だった。みんなさっき言った誰かの事を考えた行動をしているはずなのに、オスカーには破滅へのピースが刻一刻と揃いつつあるようにしか見えなかった。

 母親が言ったグリフィンドールの特性の様な冒険は、文字通り、伝統的で保守的なスリザリンの特性が薄皮一枚で守っていた何かをいともあっさりと打ち砕くことになるのだ。そうなるとオスカーは知っていた。なのに、どうしてそうなったのか、オスカーは思い出すことができないのだ。母親の言ったように、考え続けたり、向き合うためにそれが必要なのに、オスカーにはそれが思い出せなかった。オスカーはその土俵にさえ立てていなかった。

 

 

 次の記憶は、オスカーにとって、一番世界が広がった記憶なのに、これまでの狭いけれども優しい世界が広がった世界と一緒に壊れる、始まりの記憶だった。オスカーにはそれが分かっていたし、それを見るのが言い訳ができないほど怖かった。

 きっと、それはホグワーツ特急での出会いより、叫びの屋敷や、必要の部屋や、クリスマスや、まね妖怪や、ハッフルパフの寮や、大鏡の裏よりもオスカーの世界が明確に広がった記憶だった。

 だから見るのがずっと怖かったのだ。けれども、他のみんなは周りのみんなはきっとオスカーの様になっても、向き合うのだろうとオスカーは思っていたし、鏡の裏で記憶を見た後に、やっぱりオスカーは自分がまた情けなくなったし、自分が許せないのだった。

 

 

 また、森の端まで小さいオスカーは歩いて行って、平たい石の傍で待っていた。今日もまた来るはずだ。そう小さいオスカーは思っているに違い無かった。

 ツツジの花や、小道の小石や落ちている枝を浮遊させたり、小さな蟻を操っていたりと、女の子は毎日の様にそこで魔法の力を試していたのをオスカーは知っていたのだ。

 だから、何度も、何度も喋りかけたかったのだ。自分なら、もっと大きな枝や石を浮かべることや、もっと自由自在に虫を操ることだってできたし、力の加減を教えて、花を傷つけずに開いたり閉じたりだってできるはずだった。

 家の敷地、この森から出れさえすれば喋ることができるのに。間には一本の木しか生えていないのに、小さいオスカーにはその禁を母親に背中を押されるまで破ることが出来なかったのだ。

 じっと木の間から、小さいオスカーは花の入った小瓶を握りしめて待っていた。オスカーにも、期待と不安で入り混じって、汗で滑りそうになっている手の感覚が伝わってきそうだった。

 

 

 やっと、マグルの学校で使うらしき手提げかばんを持って、女の子はこっちへと歩いて来る。ただ、小さいオスカーには気づけなかったのかもしれないが、今、オスカーが見れば、女の子の目はちょっと赤くなっていたし、少し、唇を噛んでいる様な表情だった。

 けれども、この時のオスカーにそれを気づけと言うのは無理な相談だっただろう。彼も彼で一杯、一杯だったし、やっと話せるという期待と不安で満たされていたのだ。

 

 

 女の子は平たい石に座るなり、思いっきりカバンを地面に叩きつけた。その衝撃でカバンの留め具の部分が壊れてしまい、女の子は自分でやったことなのに焦っている様だった。

 小さいオスカーの方も、何か機嫌が悪そうに見える女の子を相手にどうしたらいいのか分かっていないようだった。

 ガチャガチャと必死に留め具の部分をいじったりして、女の子は直そうとしていたが、それは全く上手くいきそうになかった。それを女の子も感じたのか、ますます泣きそうな顔になった。

 

「なんで魔法を使わないんだ?」

「誰?」

 

 女の子は突然声が聞こえてきたことにびっくりしている様だった。文字通り、座っているのに飛び上がりそうな勢いだった。しかし、小さいオスカーの方はそんなことなどお構いなしに木の間から出ていって、女の子のカバンを取ろうとした。

 

「ちょっと、これは私のカバンだよ。それにいったいどこから出てきたんだ?」

「いいから、直らないと不味いんじゃないのか?」

「それはそうなんだけど……」

 

 カバンを掴む女の子の力が緩むなり、オスカーはそれをひったくった。そして、少し集中した顔をして、手をカバンの留め具の部分にかざした。

 すると、ゆがんではまらなくなっていた部分がゆっくりと元の形になって、オスカーがはめようとすればぴったりとはまり、カバンを閉じることができた。

 

「ほら」

「これ…… これ…… これ…… いったいどうやったんだ!!」

 

 それを見た女の子はまさに驚天動地と言った顔で、何度も何度もカバンを閉じたり開けたりした後に、カバンを持って、小さいオスカーの方に迫った。

 

「何って、えっと…… お前…… 君? もやってたじゃないか、ここでずっと」

「ここでずっと……?? もしかして、私がここで、あの超能力を使うところを見てたってことなのかい?」

「超能力? なんだそれ、あれは魔法だ」

「魔法? あのちょっと浮かしたり、虫が行く方向を操るのが魔法?」

 

 信じられないという顔で女の子は自分の両手を見た。そしてその後に、小さいオスカーに近づいて、両手で肩を持った。

 

「じゃあ、じゃあ、じゃあ、あれはホントにある力で、嘘じゃない? 私が嫌な髪型にされたときに勝手に髪が戻るのも、迷子になって泣きそうなときにいつのまにか自分の部屋に戻ってたのも魔法? 私はおかしくない?」

「おかしいわけないだろ、まあマグルがどんな風に魔法を考えてるのなんか僕は知らないけど……」

 

 まだ女の子は夢心地の様だった。目の前に突然現れた小さいオスカーの存在も、魔法の存在も信じられないようだった。

 

「えっと…… じゃあ…… 何か見せてよ。さっきの直したのでもいいけど…… 何か魔法をもっと見せてよ」

「これ…… 僕が最初に…… 君を見た時に…… 魔法を失敗して、落として行ったんだ」

 

 小さいオスカーはおずおずとローブのポケットから、ツツジの花の入った小瓶を取り出した。女の子は信じられないモノを見る目でそれを見ていた。

 

「それ、私が失敗して、バラバラにしちゃったやつだ……」

「魔法を見たいんだろ? 僕はまだ、父さんや母さんみたいに杖が無いから、爆発呪文とか、姿くらましとかは使えないけど…… これくらいならできる」

 

 手に持っていた小瓶を小さいオスカーは思いっきり、地面に叩きつけた。小瓶は地面に当たって、バラバラになり、白いツツジもまたバラバラになった。

 

「こういうのは…… 結構、頑張らないとできないんだ。杖があれば簡単なんだろうけど……」

 

 難しい顔で小さいオスカーが手を小瓶を叩きつけた場所に向けると、まずバラバラのガラスの欠片になった小瓶が小道の色んな場所から浮かび上がって元の形を取り直した。

 バラバラになった白いツツジの花も、最初に円を描くように花びらだけが空中で回っていた。その後、がくの部分が下からやってきて、そこに回っていた花びらが順番にくっついていった。

 女の子は目を丸くして、その花が形を取り戻していくのを見ていた。最後に元の形になった花が女の子の手の上に落ちた。

 

「凄い!! 凄い!! ほんとだった。手品じゃない!! 私はおかしくなかった!! 先生やお父さんやクラスのみんなの方がおかしかったんだ!! ねえ、ねえ、君はなんて名前なんだい?」

「お、オスカー…… オスカー・ドロホフだけど……」

「じゃあ、オスカーでいいんだよね? 私は●●●●●●!! ねえ、いったいどこからでてきたんだい? それになんで私を見てたのに何も言ってくれなかったんだ? それに、それに、それに…… とにかく、一杯聞きたいことがあるんだ!!」

 

 女の子の剣幕に押されながら、小さいオスカーは色んな質問に答えていた。オスカーは知っていた。いつも母親に帰れと言われている時間を過ぎても帰らずに、日が落ちるまで、ずっと平たい石の上に座って二人で話込んでいたことを。

 オスカーは生まれて初めてその時、家族以外の誰かと喋ったのだ。生まれて初めて、自分と同じ年の子供と喋ったのだ。初めて、喋りたいと思った人間と喋ることができたのだ。初めて、大人や自分を見守る相手でない人から魔法を認めて貰ったのだ。

 家族以外の誰かに魔法を見せたのも、魔法で笑って貰ったのも、同じ年でこんなにも世界が違うことも、何もかも、全てが新しくて、何かが広がっていく気がしたのだ。

 それはオスカーが忘却術から一番最初に思い出した記憶だったはずなのだ。彼女に杖を向けた記憶よりも先に。なのに、オスカーはレアの記憶を見るまで、それを見る勇気が湧かなかった。それが何よりも、今のオスカーの世界を締め上げている様だった。




お盆とビックサイトで恐らく、更新が変則になりますので、感想返しも同様に変則又は遅れます。ご了承の程、よろしくお願いします。

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