ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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ワンドレス・マジック

 まだ入れた記憶を全て見てもいないのに、オスカーはスネイプ先生の研究室へと戻って来た。冷たい石畳の感触と薬の様な匂いがオスカーにも感じられたが、それ以上に自分の体を血が巡っている気がした、それなのに、オスカーの頭の中には何か悪い血が溜まっていて、出ていかない気がするのだ。

 

「まだ、時間ではないが、もういいのかね?」

 

 セブルス・スネイプがオスカーの方を向いてそう言った。相変わらずオスカーの目には合わせようとしなかったし、土気色の顔からは何も感じられなかった。

 その顔を見て、オスカーの中に果たして目の前の感情の無さそうな人物にも、今の自分と同じような自分の中にある何かが、自分の中をえぐり取ったり、自分の中から外への動きをがんじがらめに固めている様な感覚を感じるのか? そんな疑問が巻き起こっていた。

 

「スネイプ先生…… スネイプ先生は……」

「何かね? ミスター・ドロホフ?」

 

 何と言えばいいのか? スネイプ先生、あなたは私の様な経験や感覚をしたことがありますか? とでも聞けばいいのか? オスカーには言葉が出てこなかった。

 

「いえ…… なんでもありません」

「ふむ…… ではここまででいいかね? やる前に言ったかもしれないが、我輩も暇ではないのだ」

「はい……」

 

 オスカーはスネイプ先生に挨拶して研究室から出ようとした。まだ、頭の中ではずっとモヤモヤしたものが回っている気がしたが、少なくともこの少し陰気染みた場所にいるよりはいい気がしたのだ。

 

「ああ、それにミスター・ドロホフ。君とミス・マッキノンの次の相手だが…… あの生ける屍の水薬は少し期限が過ぎていたようだ。ほぼ確実に彼らは次までにベッドから起きることはできないだろう。それを考慮に入れておきたまえ」

「分かりました。失礼します……」

 

 スネイプ先生からすればいい情報としてオスカーに与えたのかもしれなかったが、オスカーの頭の中には全然入っていなかった。オスカーの頭の中に浮かんでいるのは、スネイプ先生の研究室の中にあった沢山のガラス瓶から連想される、さっき見たばかりのガラス瓶とその中の花だった。

 レアと練習するのは午後だったし、大広間で昼食を食べるにもまだ時間があった。ただ、座っていても、オスカーは気分が晴れそうなわけでも無かったので、とにかく城の中を歩いていた。

 授業の無い日なので、学生たちが行く場所は各寮の談話室や、クィディッチの練習場、暖かいころなら黒い湖、ふくろう小屋、それに中庭なんかに限られているはずなのに結構な数の生徒とオスカーはすれ違った。

 赤、緑、青、黄と色んなローブを着た生徒とすれ違う。ほとんどが同じ色のローブを着た集団だが、時々違う色の組み合わせもあった。

 

 

 ホグワーツ特急でやって来た時から、オスカーはできるだけ考えない様にしたつもりだったし、そもそもホグワーツでの生活は家の中と違って、目まぐるしく色んな人がいたので考える暇が与えられないのもあった。

 つまるところ、あの出来事がある前、オスカーがホグワーツについて考える時に一番心配だったのは寮のことだった。出来事の後はホグワーツ特急で考えていたように、どの寮でもどうでも良くなっていたが、出来事が起こる前は違ったはずだった。

 簡単な話彼女と話して、色んな事を知って世界が広がる度に、色んな違いがあるのが分かっていて、同じ寮になるのは難しいのではないかと思っていたのだ。

 それが実際にホグワーツに来て、違う寮の人と仲良くなればなるほど、そういったことが無ければ…… つまり…… オスカーはそれを認めるのも嫌だったし、考えたくなかったし、誰かと一緒に歩いている時にそんなことが頭に浮かんでくるのは、自分以外の誰に対しても失礼で、頭の中が最悪な状態になるのだった。

 

「貴方は…… こうして会うのは久しぶりですね。レアと貴方は決勝まで残れたようで、なによりです」

「灰色のレディ?」

 

 あてもなく歩いているうち、オスカーはタペストリーの裏にある秘密の通路にまできていた。いつぞやにトンクスを隠した通路と同じ場所には、それと同時期に喋った相手がいた。

 

「その通り。スリザリン寮の少年。しかし貴方は二年前よりも色んな場所で噂になっていますね。それはゴーストの間でも同じことです。本来なら私もレイブンクローの寮生としか基本的には喋らないのですが……」

 

 オスカーには灰色レディがこれ以上に無く、話をするにいい相手だと思えた。正確には血みどろ男爵の方が合っているかもしれなかったが、ゴーストになってしまい、謝る相手がもういない灰色のレディはまさに何かを聞いてもらうに一番いい相手だと思えたのだ。

 

「レディ、質問をしてもいいですか?」

「貴方は髪飾りを戻してくれました。二度と誰もが惑わされない形で。だから私に答えられることなら答えましょう。それは貴方はもちろん、レアやスリザリンの少女のためにもなります」

 

 目の前の真珠色で半透明のゴーストは、英知の代名詞として知られる偉大な魔女の娘だった。オスカーは一度、本当にどうしようもなくなる寸前で彼女の知識に助けてもらったのだった。

 

「凄く失礼なことかもしれないんだけど……」

「私は、ヘレナ・レイブンクローは一度や二度の非礼を許すほどには、貴方に感謝しています。オスカー・ドロホフ」

 

 まさにオスカーが聞きたいことは、目の前のレディが感謝しているモノと一緒に違いなかった。彼女の後悔の象徴こそ、あの髪飾りに違いなかった。

 

「えーと…… その、もう取返しがつかないけど…… 謝りたいとか、自分をどうにかしたいと思った時に…… いったいどうしたら良いのかを…… 俺は聞きたい」

 

 ヘレナ・レイブンクローの半透明の目がオスカーを捉えた。誰かに良く似たその顔には、隠しようのない賢さが表れているようにオスカーには見えた。

 

「賢さ…… いえ、頭の良さは必ずしも人を幸せにはしません。それは、忍耐、勇気、機智全てに同様に言えることです。それらを人よりも持つ者は、それらによって人とは違う何かを世界に見出すことでしょう」

 

 ヘレナが言うことは誰かと同じで、少し抽象的でわかりにくかった。しかし、オスカーは経験的に後になって、そういったことが一体どういう意味を持っていたのかが分かることを知っていた。

 

「私が言えることは、貴方の感性、感情、論理、痛みは貴方だけのモノであるという事です。全てが貴方を創り、貴方に影響を与え、貴方を変えていく。貴方が貴方の外の何かを感じるのも、貴方の中の何かを感じるのも、そして貴方が感じている何かに対する答えも、貴方が求めて、納得しなければならない」

 貴方、あなた、アナタ、貴方…… 何度も繰り返されるその言葉に、オスカーの頭の中は混乱していた。

 

「自明のことですが、確かに今の貴方の中に答えは無いのかもしれません。しかし、答えは貴方が見つけなければなりません。誰かに尋ねるのも答えを聞いているのではなく、貴方自身の中にあるモノに対して、貴方が見つけようとしている何よりの証でしょう。そして、それは私の様な現世に残った哀れで惨めな残光ではなく。今を強く生きている近い人に求めるべきでしょう」

 

 つまり、私に聞くなという事なのだろうか? 遠回しに聞くなと言われている? だが、目の前のヘレナがこの状況でそんなことを言うとはオスカーは思えなかった。

 

「もし、ゴーストや肖像画達に流れている噂が確かならば、貴方の傍には、英知、忍耐、機智、勇気のどれか、若しくはその全てが必要だったとしても、求めることができ、答えに近づくことができることだと思います。そして、それは互いを照らし、燃やすモノで、若ければ若いほど、強く働き、新しいモノを形作ることでしょう」

 

 近くに求めろ? 答えに近づく? いくらなんでも抽象的過ぎて、オスカーには分からなかった。オスカーが求めているのはもっと具体的で、直接的なモノだった。

 

「この様な問いを学生から貰えるのも、貴方の様な若い魔法使いがそういったことを他の魔法使いや魔女と探すことができるホグワーツであることも、私はとても嬉しい。一千年たっても、四人が形作ったモノが、貴方達を支えていることが私は嬉しい」

 

 四人? それがホグワーツの創始者の事を指しているのはいくらオスカーでも分かった。でもそれが支えている? オスカーの頭の中がクエスチョンで一杯なのに、ヘレナの顔はどこか嬉しそうだった。

 

「貴方が答えを見つけることも、トーナメントで活躍することも、私はレイブンクローの寮霊ですが、両方とも祈っています」

 

 レディは言うだけ言うとそのままどこかへ消えてしまった。オスカーは文字通り、霧に包まれた様な気分だった。さっきまでのまるで頭の中に悪い血が溜まっている様な感覚こそ無かったが、今度はまるであてもないどこかへ飛ばされた気分だった。

 

「あの…… オスカー先輩は女の人だったら、ゴーストでも人間でもなんでもいいんですか?」

「ジェマ? 聞いてたのか?」

「いや、最後のレディの応援してますしか聞いてないんですが、灰色のレディってレイブンクローの人としか喋らないって噂なのに……」

 

 今度はタペストリーをくぐってジェマがいつの間にか、オスカーの後ろにいた。オスカーは前回のマートルと言い、何かゴーストとジェマはセットになっているのだろうかと考えてしまった。

 

「そもそも、こう、キメラに勝ったんだからその勢いで一気に行っちゃったりしなかったんですか? 二人とも試合が終わったあといなくなっていて、二人で帰ってきたし……」

「キメラ? あのあとはスネイプ先生の研究室に呼ばれてたから……? そもそも何の話なんだ?」

 

 ジェマは相変わらず何かを考えているようだった。いつもオスカーとエストの間の様子を見ては、ジェマは何かを考えている様だったし、その様子が、トンクスがオスカーとクラーナが一緒にいる時にする雰囲気とどこか似ている気が、オスカーはしているのだった。

 

「やっぱり、一線を越えればもうどうにでもなるって、お母さんが言ってたので、私もそうなるように動こうと思うんですけど、どうですか?」

「はあ? 一体何の話なんだ?」

「どうせ向いてる方向が一緒なら、むりやり一回くっつければ、もう二度と離れないと思うんです」

 

 さっきのレディと話を同じくらい、ジェマが何を言っているのかオスカーには分からなかった。

 

「スリザリンはちょっと規則を破るって聞いたし…… 一回やってみます。そうしないとどんどん先輩以外のつながりが増えていく気がするので」

「そ、そうか……」

 

 ジェマは自分の手にもう一方の手をポンと置いて、何かを決意したようだったが、オスカーは何か気苦労が絶えないことが起こる前と、同じ雰囲気を感じてしまった。

 

「じゃあ、ちょっと仲間を募ってきます」

「そうか、頑張れ。ジェマなら監督生でもなれると思うぞ」

 

 そのまま、ジェマはどこかへ行ってしまった。オスカーは余り、ジェマに対してどう対応したらいいのかは良く分かっていなかった。そもそも年下の相手というのをウィーズリーの兄弟やレアくらいしか相手をしたことが無かったし、特にエストになつきつつある様子のジェマに対しては良く分かっていなかった。

 レディにジェマとどっちもまるでオスカーの話を聞かずにどこかへ行ってしまったようで、オスカーの頭の中は五里霧中という感じだったが、少なくとも、スネイプ先生の研究室を出た時よりはよっぽどマシな状態にはなっていた。

 

 エストとオスカーがスリザリンのテーブルで昼食を食べ終わるころ、レアがスリザリンのテーブルまで近づいてくるのが見える。最初の頃に大広間の外でオスカーを待っていたことを考えると、オスカーは何となくレアが変わっている気がした。

 

 

「なんですか、レアってスリザリンのテーブルに来るような性格でしたか? やっぱり、オスカーなんかしたでしょう」

「クラーナ、来てもらって悪いけど、まだエストは食べてるの」

「エストはいっつも食べるのが遅いんじゃなくて、馬鹿みたいに食べてるだけですよね。トンクスにさんざんデブになるって言ってきましたけど、正直エストの方が……」

「クラーナ、練習ではあんまり消耗したくないけど、決闘なら受けて立つの」

 

 

 オスカーは何となく、エストとクラーナの関係も少し変わってきている気がしていた。もともとちょっとだけ間があった二人の空気が段々と埋まりつつあった気がしたのだ。

 

 

「だいたいクラーナはあんまり食べないから、ちょっと小さいままなの。もうちょっと食べないと」

「うるさいですよ。姉さんや母さんも小さかったんですから、これはどうしようも無いんです」

「まあ体が小さいと酒は不利だけど、決闘は有利だよな」

 

 

 そうオスカーが言うと、クラーナとエストがオスカーの方を見てきたので、オスカーはちょっと落ち着かなくなった。しかし多分、クラーナの酒に関して一番ダメージを受けているのはクラーナを除けばオスカーだった。

 

 

「オスカー先輩、あ…… 先輩方……」

「レアは身長がでかくていいですよね。さぞお酒も強いんでしょう」

「いきなり言ってもなんのことか全然わかんないの」

「お酒……??」

 

 

 オスカーとトンクスはレアとバタービールがなんとなくイメージでつながっていたが、エストとクラーナはそうではないはずだった。

 

 

「そうだ。明日のホグズミードは一回、ホッグズ・ヘッドに行かないか? アバーフォースさんに挨拶したいし、ああ、ファイア・ウィスキーは無しでだけど」

 

 

 オスカーがそう言うと、クラーナが頬を膨らまして睨んできた。そう言えば、クラーナとチャーリーのグリフィンドールの二人は、余りアバーフォースと喋ったことは無いはずだった。

 

 

「確かにいいかもしれないの。普通にバタービールを飲めばいいんだし」

「そうですよ。別にわざわざファイア・ウィスキーがどうとか言わなくても大丈夫です」

「ファイア・ウィスキー??」

「じゃあ、チャーリーとトンクスにも会ったら言っといてくれ」

 

 

 今日は授業が無い日だったが、オスカーは部屋から持ってきていたカバンを持って立ち上がった。このままだと延々とクラーナと酒に関する話が続きそうだったし、まだエストのスクランブルエッグは結構な量が皿に残っていた。

 オスカーがそのまま入り口の方へ足を進めると、レアは何やら沢山本が入ってそうなカバンを持って慌ててついてきた。青いローブを着た一団が座っているテーブルから、何人かが多分レアに向かって手を振っていた。

 

 

「どんだけ一杯本が入ってるんだ? 持つか?」

「いえ、自分で持ちます。図書館から、杖なし魔法。ワンドレス・マジックに関する本を借りられるだけ借りてきたんです」

 

 五階に続く階段を上りながら、レアはひいひい言っていた。見た目通り、そのカバンは随分と重そうだった。

 

「だから持つか?」

「自分で持ちます…… 上級生に言って、閲覧禁止の棚からもちょっと借りてきてもらったんです」

 

 閲覧禁止の棚…… 特にマダム・ピンスが神経質になっている棚の事だとオスカーは覚えていた。一年生の頃、ポドモア先生がエストに言われるままにサインして、普通に貸し出して貰っていたので、あんまりレアな感じはしなかった。

 これ以上言ってもレアはオスカーにカバンを渡しそうには見えなかったので、二人はそのまま五階の大鏡まで歩いていった。

 もうオスカーは通路の中の燭台に火を灯すのにも慣れてしまった。鏡の裏の秘密の通路は、初めて来たときよりも、複製の呪文で作った燭台でより明るく、暖かくなっていたし、変身術で作った椅子にはいつの間にかクッションが置かれて、机の上にはアバーフォースが送って来たバタービールや、山盛りの百味ビーンズが置かれていた。

 二人はとりあえず、閉心術の練習を始めた時と同じ様にレアが持ってきた本を広げた。

 

「あんまり、ホグワーツにもワンドレス・マジックに関する本は無かったんですけど……」

「これだけ本があるのにか?」

「これは…… レイブンクローの先輩に何か昔、ワンドレス・マジックに関して論文を変身現代に投稿しようとした人がいて…… その人が参考にした本を借りてきたんです」

「凄いな、その人はワンドレス・マジックを使えたのか?」

 

 変身現代…… オスカーはその名前を見たことも聞いたこともあった。ときどきエストが面白い記事があったと聞いて、購読していたり、何より…… クラーナのことが新聞記事に載った時にもその雑誌の名前が載っていたからだ。

 

「うーん多分使えないと思うんですけど……」

「多分? 卒業生なのか?」

「はい、なんかザ・クィブラーっていう雑誌に今は色んなモノを発表しているらしくて……」

 

 レアはちょっと自信なさげに一冊の雑誌を机の上に乗せた。ザ・クィブラーと書かれたその雑誌には『コーネリウス・ファッジ大臣とグリンゴッツ上層部の小さな共謀。聖二十八の一族? 魔法族はどこから来たのか? ケンタウルスの雌はどこにいるのか?』など良く分からない見出しが大量に書かれていた。

 

「あの…… ボクもこの雑誌はちょっとなんていうか、適当と言うか、怪しい雑誌だとは思うんですけど。このラブグッドさんって言う女の人が書いてること自体は多分、そんなにはおかしく無くて……」

「俺たちの問題はワンドレス・マジックだし…… ケンタウルスの雌はまあいいだろ、チャーリーかケトルバーン先生に任しておこう」

「は、はい」

 

 二人はザ・クィブラーは放っておいて、図書館から借りてきた本に目を通し始めた。本の内容はそのほとんどが、杖や箒といった魔法使いや魔女が使う道具の必要性について書かれていた。

 

「魔法力は大抵の場合、荒れ狂う炎として表現される。我々の内にある混沌としたそれをコントロールし、世界に魔法として顕現させるのに我々は杖を使う。杖はヨーロッパで発明されたモノであり、魔法力をコントロールする道具として今では世界で受け入れられている」

 

 オスカーは本の一節を読んで、自分の杖を見た。確かに、幼少の頃に必死で集中して行った魔法よりも、よっぽど強力で複雑な魔法を使うことができていた。

 

「えっとこっちには…… 杖を使わぬ複雑な魔法の代表例は動物もどきと魔法薬である。また、杖を使わぬアフリカの魔法使いや魔女は、ヨーロッパの魔法使い以上に動物もどきに精通し、単純な魔法、呼び寄せ、衝撃、炎、水といった魔法程度ならば平均的な魔法使いでも杖なしで行うことが出来る。これらは彼らが機密維持法で訴えられた時の予防線として使われる…… アフリカの魔法使いは使えるって書いてあります」

 

 杖は必ずしも魔法使いに必要でないというのは、オスカーにとって新しい目線ではあった。ただ、オスカーは今自分の杖腕にある杖なしで、ここまで来ることができるとは思えなかった。

 

「単純な魔法くらいなら使えるってことか? うーん…… レアはその…… 小さい頃に杖なしでも魔法を使ってたよな? あれっていつの間にか使えなくなってたか? 俺もいつの間にか意識しない間に使えなくなってる気がするんだよな」

「そうですね…… ボクもいつの間にか使えなくなってる気がします。まだあんまり試してないんですけど……」

「とりあえずやってみるか」

 

 オスカーはとりあえず、小さい頃やった様に、何かを手を触れずに動かすことをやろうとした。テーブルの上に乗っているバタービールのビンを動かそうとしたのだ。

 レアもオスカーの様子を見ている様だった。オスカーがバタービールのビンに視線を集中して、フリペンド、衝撃呪文を使うイメージで吹っ飛ばそうとすると、なんとバタービールの中身が凍ってしまった。

 

「凍った? うーん、変身術の授業の時に水をワインに変えようとして沸騰させた奴なら知ってるんだけどな」

「何をしようとしたんですか?」

「吹っ飛ばそうと思ったんだけどな、頭の中で無言呪文みたいにフリペンドを唱えるイメージでやったんだけど……」

 

 こう見えても、オスカーはホグワーツで習う呪文や変身術に苦労したことはほとんど無かった。唯一の例外は守護霊の呪文くらいだったが、隣にいつもエストがいることもあって、習った呪文を授業中にできないなどという事はほとんど無かったし、覚えた呪文を失敗するという事もほとんどしたことが無かった。

 

「ボクもやって見ます。ちょっと呼び寄せるイメージで……」

 

 レアもさっきのオスカーと同じ様に、凍り付いたバタービールのビンに視線を集中させ、手をかざした。すると今度は粉々にビンが砕け散った。

 

「なるほどな…… 小さいころと何が変わったんだろうな?」

「変わったこと……」

 

 オスカーがレパロでビンを直しながら言った。何かがホグワーツに入る前とは変わっている様だった。昔なら、少し動かすくらいのことは簡単にできるはずだったし、今やったレパロの呪文でさえ、杖無しでやることだってできたのだ。

 

「オスカー先輩は…… ボクと違って、ホグワーツに入った後、多分苦労せずに杖で魔法を使えましたよね?」

「そうだな、エストやクラーナがいたから凄いできるって実感は無かったけど、大抵の呪文は使えたし、昔、杖を買って貰ってない時に習った呪文。盾とか爆発呪文みたいなのも一年生の時には使えたな」

 もとに戻ったバタービールのビンを見ながら、レアはまるでそこに無い髪をいじるようなしぐさを右手でしながら何かを考えているようだった。

「難しい呪文って…… なんか、ボク、イメージがしにくいんだと思ってるんですけど……」

「イメージがしにくい?」

 

 何かエストの様なことをレアが言い出した様にオスカーは感じた。一緒に授業を受けている時、オスカーは良くこんなことをエストから言われることがあった。大概、この後にエストは自分で勝手に納得してしまうのだ。

 

「モノを浮かばせる。灯りを灯す…… ボクはそういう一年生で習う呪文って、凄い分かりやすくて、想像しやすい魔法だと思うんです」

「確かにそうかもな」

「それで…… 難しい呪文、それこそ守護霊の呪文って、そもそも自分の守護霊が何かって分からないし、何をするものなのかも分かりにくいし、幸せの記憶ってなんなんだってボクは思ってたんだ」

 

 思わずオスカーはレアの顔をまじまじと見てしまった。レアはしばらく考え続けていてその視線にも気付かなかったが、ずっとオスカーがレアを見ていると、流石に気付いたのかちょっと赤くなった。

 

「い、今のは……」

「いや、そのまま続けてくれ、マッキノンのお姫様」

「や、やめてください……」

 

 多分、記憶や最初に出会った時の口調を考えると、レアはこっちが素なのだろうとオスカーは思った。本来はオスカーの周りにいる誰より強気な口調で喋っていたに違いなかった。

「お、おほん…… それで…… あんまりうまく説明はできないんですけど、杖を使ってもイメージがしにくい魔法は難しいんだと思うんです。無言呪文が有言の呪文より難しいのはイメージが不確かになる…… 口の動きと連動して記憶の中のイメージを引き出すのが無くなるんだから……」

 オスカーはなんでレアがレイブンクローなのかだいたい分かってきた。感情の振れやすさも、恐らく何かを考え始めると、とめどなく考え続けることから来ているのではないかと考えると納得できたのだ。

 

「何か言いたいのかと言うと…… ボクたちはもう、杖でのコントロールに慣れてしまっているから…… 杖でのサポートを前提とした魔法力の出し方が、頭の中のイメージと結びついてるんじゃないかと思うん…… です……」

 

 一通り言い切るとレアはちょっと眉を下げて、不安そうな顔でオスカーの方を見た。

 

「え、えっと…… ボクの話……」

「そうだな。エストとこういう感じで話をする時、よく例えて話をするんだけど」

「エスト先輩? たとえ?」

「うーん、例えば…… 杖を使ってる時はクラーナの体で、使ってない時はハグリッドの体だとすれば。ホグワーツからハグリッドの小屋まで歩くのに何歩歩くかのイメージって全然違うよな? それで、俺たちはこの場合はクラーナの歩幅に慣れてるから、突然ハグリッドの歩幅になったら、何歩歩くかのイメージが出来なくて、ハグリッドの小屋はとっくに通り越して、禁じられた森や、ホグズミードまで行ってしまうとかそういうことだよな?」

「そ、そうですね。だいたいあってると思います……」

 

 レアは話が通じたと思ったのか、ちょっと息を吐いて安心した顔だった。オスカーの方はレアの立てた仮説は結構正しいのではないかと思った。つまり、杖が無い時のイメージを取り戻さないとワンドレス・マジックは難しいのではないかという事だ。

 

「オスカー先輩は…… エスト先輩とこういう感じの話をよくしてるんですか?」

「こういう感じってのはあんまりよく分からないけど…… そうだな、だいたいエストがなんか考えてて、いきなりこれってこうこうだよね? みたいな感じで言ってくるな。それで何か勝手に納得したり、お互いに考え方とかが合ってるのかを確かめようとして、何かに例えて言ったりすると、そういう見方なんだ…… とか言ってる感じがするな」

「そういう見方…… なるほど…… 速さ?」

 

 レアはオスカーの言葉を聞いてぶつぶつと言っていた。オスカーはやっぱり、結構エストとレアは似たようなところがある気がしていた。言い出すと止まらないあたりはチャーリーも近いかもしれなかったが、何となくあっという間に何かに対して意識が深く潜っていってしまっているところに似た色を感じていた。

 

「ボク、結構、レイブンクローでも誰かと話すときに話が飛んでしまうと言うか、多分、最初の話題からそれに対する何かの答えまで一気に言ってしまって…… みんなでいる時は誰かがだいたい分かってくれるんですけど……」

「さっきの何々なんだ。って言う、昔のお姫様の口調が出たらそう思えばいいのか?」

 

 つまり、やっとレアはオスカーの前でちょっと慣れてきたという事なのかとオスカーは思った。やっぱり、初対面の時の対応から少し壁があったのだろうかとオスカーは思っていた。

 

「そ、そういうのじゃなくて…… その、オスカー先輩はすぐにちゃんと理解して返してくれるから…… ボク、ボクはどう言ったらいいのか…… そのなんか会話してて、安心というか、気持ちいいんですけど…… 考えがなんかストップしないから…… でも、その相手からするとどうなのかと思って……」

「そんなのは心配しなくていいと思うけどな。エストはもっと自分のペースで喋るし、チャーリーは何でも魔法生物の話に持っていくし、クラーナはなんか容赦が無いし、トンクスは意味の分からない方向へ飛んでいくし…… それに、レアがそういう風に考えてるときって、さっきのワンドレス・マジックの話もそうだけど、真剣に考えてるときなんだろ?」

「あ…… はい……」

 

 レアは今度は口をぽかんを開けて、目を丸くしていた。オスカーの方は、レアだけでなく…… レアと同じようなプロセスで考えをしていそうな…… エストやさっき喋ったばかりの灰色のレディも、そういう風な感覚を喋っている時に感じているのだろうかと思った。それに、さっき言った他の三人もそれぞれが喋るときに違った感覚を得ているのだろうかと思ったのだ。

「ただ、とりあえずさっきの話が本当なら、俺たちは杖無しで魔法を使ってみて、感覚を取り戻すしかないかってことなのか?」

「そうだと思います…… 杖を使って魔法を使う感覚と、杖無しで魔法を使う感覚が両立するのかは分からないんですけど。小さい頃の…… モノを飛ばしたり、扉を開けたりくらいなら頑張ればできるんじゃないかと」

「やって見るか」

「はい」

 

 その後、オスカーとレアの二人は百味ビーンズをうんうんと言って動かしてみたり、燭台の炎を消そうとしてみたり、色々やってみた。

 しかし、結局、これにはかなりの時間がかかりそうだったのと、閉心術の練習も疲れたが、この練習も信じられないくらいの集中力が必要だった。

 それにオスカーは何か違和感と言うのか、これまで杖という自分の外にある、厳格で理性的なルールで実行していた魔法を、自分の中にある、荒れる感情的な生まれたままの魔法力で再現するというのは何か、一緒の事をしているはずなのに、根本的に何かが違う気がしていたのだ。

 自分の中のイメージと意識…… 論理だけでは魔法力をコントロールできない、そんな感触がオスカーにはあった。

 結局二人は、結構な遅くまでやっても、大してワンドレス・マジックの進展は無かった。

 

「とりあえず今日はこんなもんだろ。次の試合は多分俺らは無いだろうから、まだ時間はあるしな」

「はい…… ただ。もし不戦勝なら決勝に行っちゃいますよね? まだ一回しか試合をしてないのに……」

「まあどうにかなるだろ。キメラが出てくるわけじゃないしな」

「エスト先輩とクラーナ先輩が相手だと、キメラよりも勝ち目が無いかもしれない……」

 

 実際、オスカーもキメラの相手と、エストとクラーナのペアの相手、どちらもできるだけしたくは無かった。それにいくらシードとは言え、試合回数が少なすぎだった。戦闘の経験や勢いだって試合には影響するはずなのだ。

 帰るに当たって、レアが相変わらず大量の本をカバンに入れようとしているのを見て、オスカーは自分のカバンを差し出した。

 

「こっちにいくつか入れといてくれ。こっちならあんまり重さは関係無いから」

「え?」

「図書館の本で期限が決まってるなら俺が返しといてもいいし、時間があるなら練習の前に行ってもいいしな。ダメか?」

「い、いえ…… ボクもどれを読んだらいいのかあんまり分かってないので……」

「次の練習までに何冊レアなら読めるんだ?」

「えっと…… 今週は変身術と古代ルーン文字のレポートがあるから…… 二、三冊?」

 

 オスカーは三冊残して、他の十冊くらいの本をオスカーのカバンに放りこんだ。近いうちにオスカーはエストに検知不可能拡大呪文を教えて貰おうと思った。

 

「レイブンクローの英知を借りとくよ。あと、灰色のレディにあったらありがとうって言っといてくれ。午前中に会ってちょっと喋ったんだ」

「あ…… レディ? 分かりました……」

 

 確かに、灰色のレディの言う通り、オスカーは自分の周りに色んなモノがあるのかもしれないと思った。それと同時に、一体、オスカー自身は周りにとってはどんな色を持った存在に見えているのか、そういう考えもいつの間にか生まれていた。

 


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