ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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闇祓い

「先輩。スクリムジョール先生に謝りに行きます」

「俺もトンクスも、変身された三人も誰がやったかなんか分かってるし、もうやらないだろ?」

「やりません。やらないです。でも謝りには……」

「それより、トンクスに謝りに行った方がいいぞ。ただ、俺は今絶賛避けられ中だからこれは一人で行ってくれ、パーシーとウッドも連れて行った方がいいかもな」

「分かり…… ました」

 

 惚れ薬と七変化が化学反応して大爆発した事件から数日経ち、オスカーはスクリムジョール先生に呼び出されていた。簡単な話、ジェマが使った惚れ薬とは、スクリムジョール先生が授業で使っていたものが盗みだされたからだ。

 しかし、オスカーはジェマやパーシーが罰則を受けた所で何か変わるわけでは無かったし、それにできれば一人でスクリムジョール先生に会いに行きたかった。

 

「じゃあ、ちゃんと謝って来いよ。俺は近づいたら殺すって言われてるからほんとに手伝えないからな」

「はい」

 

 とぼとぼ歩いて談話室から出て行ったジェマを見送りながら、オスカーは横目で変身現代を暖炉の傍で読んでいるエストを見た。ここ一週間と一緒で、今日もエストに避けられている様だった。

 こんなに喋る気が無く、へそを曲げていると言うのか、拗ねていると言うのか、オスカーにはどう表現したらいいのかも分からなかったが、エストとオスカーは三年目の喧嘩の時と同じくらい喋っていなかった。

 さらにクラーナも同じくらい喋りかけてこない上、レアはブツブツ言っているし、チャーリーは最近オスカーの顔を見るたびに笑いだすわで、オスカーは散々だった。

 もっとオスカーがダメージを受けたのはトンクスの対応だった。ハッフルパフの寮での一件の後も普通に接してくれていたので、今回もそうなのではないかとオスカーは淡い期待を抱いていたが、他の三人どころか、しばらく近づいたら殺すとまで言われ、明確にオスカーに会わない様にトンクスは行動しているようだったからだ。ここ一週間の間、オスカーはハッフルパフの友達と一緒のトンクスしか見たことが無かった。

 

 

 すぐに爆笑するチャーリーとずっと謝ってくるジェマ以外、オスカーはこの一週間ほどの間、ほとんど喋ってはいなかったがそれは誰かに記憶の事を話すという想いが湧きがってくることが少なくなったことでもあったので、それはそれでいい事だったのかもしれなかった。

 しかし、スクリムジョール先生に会いに行くというイベントができた今、オスカーはそれについて聞かないわけにはいかない気がしていた。

 

「オスカー、うちのシーカーの機嫌が悪いから今度の試合は完勝だぞ」

「良くやった。今度の決勝ではお前の方に賭けとくよ」

 

 談話室を横切る途中でクィディッチのチームのメンバーに絡まれて、相変わらず、エストの機嫌を損ねたことをオスカーは褒められた。一瞬だけ、エストの視線がこっちを向いていた気がしたが、オスカーが談話室から出る時に見た際には、やっぱり変身現代に視線は戻っていた。

 東の塔の方向にあるスクリムジョール先生の研究室に向かいながら、オスカーは何を聞けば良いのかを考えていた。

 単純に聞けばいいのか? 母親はどうやって死んだ? 自分に誰かがかけた忘却術にそれは関わっている? 彼女の名前も魔法省なら調べられるのではないのか? そもそも、どうして誰かは自分に忘却術をかけたのか?

 色んな質問を考えると同時に、オスカーの頭の中では色んな疑問が浮かんでは消えていった。

 気づけばもう研究室は目の前にあり、オスカーは少し気後れした。結局、何を聞けば良いのかについて、何も考えがまとまっていなかったからだ。

 それでも目の前の扉をオスカーはノックした。

 

「入りたまえ」

「失礼します」

 

 オスカーは闇の魔術に対する防衛術の先生の部屋には毎年入っているはずだったが、スクリムジョール先生の部屋はなんと言うのか、はっきりと二分されていた。

 ごちゃごちゃになってる本や書類、メモが散乱している場所と、綺麗に整理整頓された場所で部屋が大きく二分されているように見えたのだ。

 

「そこのソファーに座っていたまえ。すぐに私も行く」

「はい。先生」

 

 オスカーが促されたのは整頓された方にあるソファーだった。座ったソファーやテーブル等は、ペンスでも褒めそうなくらいに清潔感があり、ごみやほこり一つついてはいなかった。

 オスカーは不思議だった。部屋というのは何となく、その人の個性が出てくる気がしたからだ。校長室はダンブルドア先生の様に、色んなモノや本が置いてあって飽きない部屋だったし、ハグリッドの小屋は物はごちゃごちゃしているが何か暖かかった。

 だから、このスクリムジョール先生の部屋は、余りにも整頓された領域と乱雑な領域が明確に分かれていて、オスカーは違和感を覚えたのだ。

 

「ミスター・ドロホフ。呼び出した内容はスネイプ先生から聞いているだろう?」

「はい。闇の魔術に対する防衛術の部屋にあった惚れ薬が使われたことだとお聞きしました」

「その通りだ。君も…… どちらかと言うと被害者だとは聞いているが、まあこういった出来事の事は…… 余り、女の子に聞くことでは無いだろう」

「聞くこと…… 先生は何を僕に聞きたいのでしょうか?」

 

 スクリムジョール先生の眼がオスカーの両目を捉えた。傷があり、確かに厳しい戦いを勝ち抜いてきただけのことはある鋭い眼光だったが、スクリムジョール先生はオスカーの顔や眼からは何も読み取ることができなかったように見えた。

 

「正直に話せば、惚れ薬について、君は恐らく私に話す気はないのだろう? スネイプ先生にもその犯人を言っていない時点でそれは分かっている」

「それは、どういう……?」

「もちろん、惚れ薬の管理ができていなかった私に今回は問題があるのだ。一年生がどうやって、開錠呪文が効かない扉を開けたのかは少し興味があるが…… 犯人が分かっているであろう君やその周りが言わないという事は、単純に君たちは君たちのグループとして、私に言うことは得では無いと考えているという事だ。まさにスリザリンらしいやり方だ」

 

 どうもスクリムジョール先生はジェマやパーシーが犯人だという事はすでに知っていたという事らしい。オスカーにはますますスクリムジョール先生がオスカーを呼んだ意味が分からなかった。

 

「惚れ薬は…… 非常にセンシティブな問題だ。私は戦闘や捜査の訓練は受けていても、残念ながら、君たちティーンエイジャーのそういった面をサポートできる様なスキルは持ち合わせていない。だから、今日君を呼んだのは別の事を聞きたかったからだ」

「別の事ですか?」

「そうだ。私が興味があるのは、校長についてだ。アルバス・ダンブルドアは非常に偉大で強力な魔法使いだ。しかし、私が在籍していたころから…… 彼は普通、一人の生徒にそんなに注目して自分で行動したりはしない。眼をかけていたとしても、自分では無く、別の教師に担当させるはずだ。その方が、教師の成長にも繋がる上、校長として誰かに肩入れせずに済み、中立性を保てるからだ」

 

 ダンブルドア? スクリムジョール先生はオスカーにダンブルドアについて聞いている様だった。オスカーには本当に何を聞きたいのかが分からなかった。

 

「君は確かに色々と目立つ存在ではある。指折りの死喰い人と魔法界でも結構な名前を持った家との間の子供な上、四年生としては…… 少々、異常なレベルの技能を持っていると言えるだろう。しかし、ダンブルドアはそんなに君に目をかけているのかね? 目をかけているにしても、少々、いつもの校長のやり方とは違うように見えたのだ」

「違う? ですか?」

「さっきも言ったが、彼はホグワーツの校長であり、これまでも校長としての責務を果たしている。それがゆえに、彼は余り直接に生徒を導く様な事はしないだろう。彼はどちらかと言えば、先生方を取りまとめ、指揮し、先生方を通して君たち生徒を導かないといけない。しかし、君に対しては少し違うようだ。現に…… 君は何回か校長室に行っているのだろう。そして、ダンブルドアは君と校長室で話してから、随分とホグワーツを空けることが多くなったようだ」

「ダンブルドア先生がいない……?」

 

 オスカーは記憶をたどってみた。確かに、最後にダンブルドア先生と会ってから、結構な時間が経っていた。それに、憂いの篩についても校長室に行くのでは無く、スネイプ先生の研究室で使う事が最近ではほとんどだった。

 大広間でのご飯の席においても、決闘トーナメントの席でも、ダンブルドア先生の顔を見ることが少なくなっている気がした。

 

「もちろん、私は今は闇祓いでは無く、ホグワーツの一教師だ。しかし、ダンブルドアがそれほどに動くとなれば、私も警戒するに越したことはないと考えている。彼は偉大な魔法使いだが、魔法省とは距離を置いていることでも知られている。そのために君に聞けないかと考えたのだ。魔法省を頼らないという事は、ダンブルドアは私が聞いても何も答えないだろう」

「僕…… 俺とダンブルドア先生がやっていたことを聞きたいのですか?」

 

 オスカーには余り言っても問題がある風には感じなかった。すでにダンブルドア先生、スネイプ先生、キングズリーは何をやっているのかを手紙などで知っているはずだったし、同じ闇祓いのスクリムジョール先生に言っても問題はなさそうだと思ったのだ。

 それにオスカーは、暗に聞くのでは無く、理由を説明して真正面から聞いてくるスクリムジョール先生のやり方は嫌いでは無かった。

 

「そうだ」

「俺に…… 俺に忘却術がかけられていることはご存じですか?」

 

 スクリムジョール先生は意外な顔をした。まるでオスカーには驚いている様に見えたのだ。

 

「ああ、知っている。君の忘却術について、何がそこに隠されているのか、私の元上司は知りたがったのでね。しかし、結局、我々魔法省は君の記憶を暴くのは諦めたのだ」

「隠されている……? ですか?」

「そうだ。君の家に踏み込んだ段階で、我々はまだ君の父親、アントニン・ドロホフを逮捕することはできていなかった。当時は裁判も無いアズカバン送りがまかり通る程、敵対意識が強かった。それに…… 我々、魔法省魔法法執行部では、例のあの人が倒れた後もショッキングな事件が多発していた。ゆえに私の上司は君の頭の中の情報を欲しがったのだ。闇祓い局にも感情の向かう先が必要だった」

 

 多分、ショッキングな事件とは…… オスカーにはだいたい何をさしているのか分かったし、何がやりたくて、忘却術を破ろうとしたのかも分かった。

 

「なるほど…… 俺は自分の記憶を取り戻したかったんです。それでダンブルドア先生に相談していました」

「それで…… 戻ったのかね?」

「いえ…… 戻っていません。断片的に思いだすことはあっても、全部は戻っていません」

「ふむ…… 戻っていないのにか……」

 

 スクリムジョール先生は何かを考え込んでいる様だった。ただ、オスカーにはオスカー自身の記憶の中に、そんなにダンブルドア先生が重要視する記憶があるとは思えなかった。何せ、オスカーの記憶の中の登場人物はほとんど死んでいるか、アズカバンの牢獄の中だったからだ。

 

「先生、俺からも聞いていいですか?」

「ああ、構わない」

「俺は…… 最近になって、母親の記憶というか…… 母親が死んだときの記憶もおぼろげだったことが分かりました。というか、どうやって死んだかを聞かされたのかを覚えていないんです」

「なるほど…… しかし…… ああ……」

 

 スクリムジョール先生は何か分かった様な顔をした。

 

「私からそれも話すことはできる。しかし、これはあくまで私の視点からの話だ。それでもかまわないなら聞くといい」

「はい」

 

 ソファーに座り直し、スクリムジョール先生はオスカーと目の高さを同じくらいにした。

 

「簡単な話、ある日、闇祓い局と、恐らく不死鳥の騎士団にも保護して欲しいという内容が届いた。それも二人分。一人は闇祓い局の現役の闇祓いのいとこで、元々、聖二十八族と言う、魔法界では指折りの名家の出身だ。そして、もう一人は君というわけだ」

 

 オスカーは黙って聞いていた。どこかに何かフックの様に記憶に引っかかる言葉があるのかもしれないと思ったからだ。

 

「もちろん、罠の可能性もあった。当時は例のあの人と我々の戦争の真っ只中であり、恐らく一番激しい時期だっただろう。あちこちで力のある魔法使いや魔女たちが殺されていた。そこで、我々は慎重に数人の闇祓いで確認に行ったわけだ。待ち合わせの場所に」

 

 ここまでは、マンダンガス・フレッチャーが言ったことと何か変わるようにはオスカーには思えなかった。

 

「そこに彼女と君は現れた。そして、我々と恐らく何人かの騎士団が保護する予定だったのだが…… どうして分かったのか、死喰い人達が現れて戦闘になったわけだ。何人かの死喰い人が倒れ、我々にも死傷者がでた。我々には何が正解かは分からなかった。君と、君のお母上が味方なのかも敵なのかもだ。はっきり言って我々には、まるで君たちが釣り餌の様に見えたと言わざるを得ないだろう。そして、どうにも死喰い人の方も混乱しているように見えた」

 

 混乱している? 死喰い人が? それに餌の様にしか見えなかったという言い方に、オスカーは目の前のスクリムジョール先生が、悪意を持って言うような人では無いと思っているにも関わらず、怒りが湧いてくる様な、生理的に嫌悪を感じる気がした。

 

「結果としては…… 君のお母上は戦闘の中で、動けない君…… 君をかばって双方からの呪文を受けて亡くなった。君は恐らくその後、死喰い人側に回収された。お母上の御遺体はシャックルボルトの家が回収したはずだ」

 

 死んだ? 自分をかばって死んだ? オスカーはそんな戦闘の記憶も覚えてはいなかった。そしてどうしてそれを忘却させられたのかも覚えてはいなかった。オスカーは心のどこか見えない場所から、見えない恐怖という空気が、段々と吹き込まれている気がした。

 

「これを君に話して良かったのかが判断できない。しかし、君の保護者には伝えたと報告しておくがいいかな?」

「はい……」

 

 もう、オスカーには目の前のスクリムジョール先生も見えていない気がした。頭の中で考えても考えても、痛みがするだけで何も思いだせないのだ。

 

「ミスター・ドロホフ。人間は色んな人間がいるのは知っているか?」

「色んな人間…… ですか?」

「そうだ。君の様な純血の魔法使いも、混血やマグル生まれの魔法使いも、色々な考え方をする魔法使いもいる。しかし、魔法界や魔法省は一つとして動かないといけない」

「一つ?」

「我々は色んな考え方をして、ごちゃごちゃとした人間たちが集まっているが、それでも外から見れば、例えばマグルや他の国からみれば一つなのだ」

 

 突然、スクリムジョール先生が何の話を始めたのかオスカーにはついていけなかった。

 

「そうでなければ、我々はマグルからの迫害の時代から生き残れなかったかもしれない。それに魔法使いや魔女、魔法族という我々の姿すら分からないのだ。だが、これは我々全体では無く、我々一人一人にも言えることだ」

 

 本当に目の前先生が何を言いたかったのか、オスカーには分からなかった。魔法族? 一人一人? 何を指し示しているのか分からなかったのだ。

 

「私は、魔法省の人間でもあり、今はホグワーツの人間でもある。どちらも私だが、属している場所によって、君にかける言葉は違うだろう。魔法省の闇祓いとしてはダンブルドアの事を君に聞くべきだった。しかし、ホグワーツの教師としては、君にその様な魔法省とホグワーツの関係に立ち入る様な事を聞くべきでは無かった」

 

 確かにそれはその通りかもしれなかった。どちらの立場でものを言うのかは、人間誰しもが難しいと考えるだろうからだ。オスカー一人でも、例えばクィディッチの応援をする時に、スリザリンとしてチャーリーに負けて欲しいのか、友達としてチャーリーに勝ってほしいのかは難しいと思ったことがあるからだ。

 

「魔法省が大臣が変われば政策を変えるのは、大臣が持っている立場に合わせて魔法省全体が行動するからだ。人間が集まってできているのだから当然だが、人間も立場、頭の中が変われば行動も変わる。それは闇祓いでも、死喰い人でも同じことだ」

 

 結局、スクリムジョール先生は何を言いたいのか? オスカーには分からなかった。恐らくスクリムジョール先生が言っていることにたどり着くための情報が、オスカーには足りていなかった。

 

「最後に、一つ教えておこう。忘却術は色々な使い方をする。自分にとって害のある記憶を消す。例えば魔法を見たマグルに対して使うのが一番代表的だ。しかし、別の使い方もする。簡単な話…… 恐らく、私はこちらがこの呪文を開発した魔法使いの動機では無いかと考えているが…… 記憶に悩まされている自分や相手を守る為に使うモノだという事だ」

 

 最後と言ったので、恐らくスクリムジョール先生の話はこれで終わりのはずだった。しかし、オスカーには最後のスクリムジョール先生の言葉が、母親の最後の話よりも、耳に残っていた。一体、誰が何の意図で自分に忘却術をかけたのかをスクリムジョール先生は推測しているのだ。オスカーはそれを考えるのが恐ろしかった。

 

「ではすまなかった。ダンブルドアとの話を聞いたこと、惚れ薬の管理ができていなかったことを謝っておく」

「いえ…… そんな……」

 

 スクリムジョール先生が言ってることも、またオスカーには段々と聞こえなくなっていた。オスカーはどうしてそんなに怖いのかが分からなかった。

 

「では、失礼します」

「決闘トーナメントの決勝では期待している」

 

 スクリムジョール先生の部屋を出て、オスカーは考えながらまた歩いた、どうして、忘却術を使ったのか? オスカーはそれを考えるのが怖かった。それを考えるとどうしようも無く、怖いのだ。

 憂いの篩を使えるのは数日後のはずで、また場所はスネイプ先生の研究室のはずだった。オスカーはそれまでに記憶の手がかりを見つけたかった。だけれども、何か言いようの無い怖さが記憶の事を考えるとついてまわった。

 

「先輩。スクリムジョール先生との話は大丈夫でしたか? やっぱり、私が行った方がいいですよね?」

「ジェマか…… 大丈夫だ。先生は犯人さがしをする気はなさそうだった。トンクスの方はどうだったんだ?」

 

 多分、ジェマはスクリムジョール先生の部屋の外でオスカーを待ち受けていたに違い無かった。どうなるのか不安だったのだろうとオスカーは思った。

 

「トンクス先輩は許してくれるって言ったんですけど」

「じゃあ良かったな、一件落着だろ」

「その…… 何か、嫌なんです。怒られないのが。自分が悪いのに、オスカー先輩も、トンクス先輩も、スクリムジョール先生も、他の人も私を責めないし、私が悪いのに守られている気がして……」

 

 ジェマがいつもとは違って目を合わせようとせず、少し低い視線のままそう喋るのを聞いて、オスカーは心臓が止まりそうになった気がした。

 今、ジェマは何と言ったのか? それは、今、自分が怖い、考えたく無いと思っている事では無かったのか?

 

「大丈夫だろ。みんな許すって言ってるなら……」

「許すって言っても、本当は凄く怒ってて、許さないって思ってて、そうだからもう、口先だけ許すって言ってるかもしれないし…… 何か、怒られないとその方が嫌だったんです」

「そうか…… じゃあ俺が怒っとくか? 二度と惚れ薬なんか使うなよ。トンクスだったから許してくれたけど、エストに使ってたら、多分、一生許してくれなかったかもな」

「はい。ごめんなさい」

 

 オスカーはその場では何とかジェマに合うような言葉を言った。しかし、頭の中は恐怖で塗りつぶされている気がしたのだ。

 ジェマが言っていたことは、全部、自分に当てはまっている気がしたのだ。どれがどれに当てはまっているのかはまだ分からなかった。分かりたくなかった。

 

 

 頭の中でグルグル、グルグルと記憶に関する思考と、とりとめのない恐れが回りながら、あっという間に憂いの篩を使う日まで来てしまった。

 魔法薬の授業を受けながら、オスカーは相変わらず、それについての思考をしていた。どうしても、オスカーは何が怖いのかを考える勇気が湧いてこなかった。

 

「オスカー、それ間違ってますよ。銀のナイフで切り刻むんです」

「ああ。ごめん」

 

 隣のクラーナの声に空返事をしながら、そもそも、どうして怖いのかをオスカーは考えようとはしていた。そして、隣のエスト、クラーナ、チャーリーの顔を見て、他の考えが出てきた。

 どうして、自分はこれについてずっと悩んでいるのに誰にも話せないのだろう? それはいつか思ったように、心配させるのが嫌だからなのだろうか?

 

「それ、一角獣のたてがみで包まないとダメなの。オスカー」

「分かった。ありがとう」

 

 これにもオスカーは恐れを何処かで感じているから、できていない気がした。それでも、自分の記憶について考えるよりマシな気がした。考えてみた。

 トンクスやエストにそういった血生臭い話を考えて欲しくないから、そういう話ができないのか? オスカーはそれもあるとは思った。それでも、もっと違う場所に言えない大きな理由がある気がした。

 

「オスカー、それひとつ工程が抜けてるんじゃないかな? 何か、湯気が面白い色になってるのと、材料が余ってるよ」

「そうかもな、チャーリー」

 

 例えば、この隣のチャーリーに自分が悩んでいることについて、聞いたとして、何と答えてくれるのだろう。赤毛でがっしりとした体形で、次男でシーカーで魔法生物が好きなこの男は何と答えるのか?

 

『俺は自分が殺した女の子の名前とかの記憶と、自分を守って死んだはずの母親の記憶を思い出せないんだ? どうしたらいいと思う? チャーリー?』

 

 オスカーはチャーリーが何と言うのか考えてみた。

 

『記憶? うーん。分からないな。僕に聞いたってことはエストやクラーナにはもう言ったんだろう? 先生方に聞くくらいしかないんじゃないかなあ?』

 

 チャーリーはそんな感じで答えるかもしれない。しかし、オスカーにはたとえチャーリーがそう答えたとしても、自分はチャーリーがどんなことを考えて、そう言ったのかを考えるに決まっていると思った。

 それに、チャーリーはきっとウィーズリー家のみんなにもオスカーをどうしたらいいのか聞くかもしれないと思った。

 あの優しい夫妻はそれを聞いてどう思うのだろう? あの一年生の時にセーターをくれたウィーズリーおばさんは、オスカーの父親に兄弟を殺された女の人はどう思うのだろう?

 

「オスカー、ちょっと話聞いてますか? なんですか、あんまり私たちが長い事、その…… 拗ねてたから、オスカーも拗ねてるんですか?」

「ああ、そうかもしれないな」

「そ、そうなんですか?」

 

 オスカーがエストの叔母だったとして、チャーリーからオスカーが言った事を聞いたとして、果たして、エストの傍に置いていい人間だと考えるだろうか?

 それも、四年の間、ずっと一緒に過ごしてきて、一言もそんなことは話さない様な人間に、何度も言うチャンスはあったにもかかわらず、エストはもちろん、断片的な記憶を見たクラーナにも、誰にも自分から言おうとしなかった人間を信用できるだろうか?

 

「拗ねてるの? オスカーが? オスカーが拗ねてるとこなんか見たことないんだけど」

「うーん。オスカー、話聞いてるのかい? おーい」

「ああ、聞いてるよ」

 

 そう、そうなのだ。言いたくなかった理由はそれなのだ。オスカーは嫌われたくなかった。ホグワーツ特急で最初に会って傷つけるのが怖かった時から、いつの間にか、嫌われたくないにそれは変わっていたのだ。

 それからどんなに仲良くなっても、オスカーは仲良くなるほど、嫌われたくないと思っているのだ。

 そして同時に、誰かに話したいとどうして思っているかも分かった気がした。簡単な話、誰かに証明して欲しいのだ。自分は悪くないと言って貰いたいのだ。それがどうしようも無く、自分の事しか考えていない気がして、オスカーは嫌だった。

 

「授業はここまでだ。各自、試験管にいれて提出するように」

 

 授業が終わればすぐにスネイプ先生の研究室で憂いの篩を使う予定だった。オスカーの頭の中ではもう一方の恐怖について考えようという、思考の流れがあった。周りのみんなに自分は悪くないと証明して欲しい、嫌われたくないという自分のどうしようもなく汚い面を見た後ではそれが考えられる気がした。すでに汚れた後では、汚いモノを触るハードルが下がるように、それを考えられる気がしたのだ。

 

「ねえ、オスカー。大丈夫? 流石にずっと無視してたのはエスト達が悪かったの」

「オスカー、聞いてますか? 謝りますから、機嫌直して下さいよ」

「スネイプ先生の研究室に行かないと行けないから…… レアとの練習もあるし…… また夜な」

「オスカー、ほんとに上の空だけど大丈夫かい?」

 

 オスカーは周りのみんなと喋る資格が無い気がした。エストやクラーナは特にだ。彼女たちがどれほど真剣に自分の汚い面に向き合っているかをオスカーは去年、身をもって知っていた。それなのに自分は延々とこんなことを続けているのだ。

 三人の言葉をほとんど聞かずにオスカーは研究室へと向かった。まだスネイプ先生は来ておらず、オスカーはまたそこで延々と考え続けいた。

 結局、忘却術を使った理由を考えると何が怖いのか、それは至極簡単な話だった。

 

「ミスター・ドロホフ。早いのは結構だが、魔法薬学もきちんとこなしたまえ。君があのような出来の魔法薬を提出したのは初めてだ。授業中は集中したまえ」

「はい。先生」

 

 スネイプ先生につれられて、オスカーは研究室に入った。相変わらず、薬の匂いと肌寒さがする場所だった。

 

「ミスター・ドロホフ。我輩はしばらく、魔法薬の材料をスプラウト先生からもらい受けるために外出する。生ける屍の水薬の解毒薬を最優先で作らねばならないとのことだ。我輩が出た後はしっかりと鍵を閉めてから行うように」

「はい。先生」

 

 スネイプ先生が出て行った後の、薄暗く、冷たいこの場所は、今のオスカー自身にふさわしい場所に思えた。

 憂いの篩の目の前に立って、オスカーは思った。あと少しの場所まで来ているのだ。恐怖は記憶を呼び起こそうとしているとオスカーは思った。頭痛がさっきから鳴りやまなかった。

 

 どうして忘却術をかけられたのかを考えるのが怖いのか、簡単だった。自分を守る為にかけられたと思うのが嫌なのだ。

 自分の為にかけられたと思うのがどうしていやなのか? そうしたら、誰かを恨むことや、自分以外の誰かに責任をおしつけることが、そいつのせいだと思えなくなるからだった。

 

 簡単な話だった。オスカーは思いたかったのだ。あの出来事は全部、父親と死喰い人、それにヴォルデモートのせいだと思いたかったのだ。そしてその後、母親が死んだのも自分のせいだと思いたくなかったのだ。それも自分以外のせいだと思いたいのだ。

 自分には何の落ち度もないと思いたいのだ。

 

 そして、オスカーが一番嫌なのは、記憶を思い出せない理由だった。

 こんこんと蘇ってくる。湧き上がってくる記憶を憂いの篩に入れて確認する。

 憂いの篩に入らなくとも、白いモヤが憂いの篩の上で、オスカー自身が聞いた声や形となって現れる。

 

 記憶を思い出せない、シンプルで父親がかけた忘却術よりも強力なその理由。

 思いだしたくないからだ。自分を守ろうとして、誰かのせいにしようとする。その自分の姿を見たくないからなのだ。

 

 父親や純血主義の連中が言っていたことを守っていれば、きっとオスカーは彼女を守れたはずだった。最初から関わらなければ良かったのだ。それは間違っているが、少なくとも守ることはできたのだ。

 オスカーはそれを認めることも嫌だった。自分を守ろうとして、言い訳や、あまつさえ記憶や彼女の名前さえ失われたままにしようとした自分が受け入れられないほどおぞましく見えた。

 


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