決闘トーナメントの最終日が近づくにつれて、ホグワーツでは寮同士の緊張が強くなっていた。
去年のスリザリンとグリフィンドールのクィディッチ決勝戦の時の様に、グリフィンドールとスリザリンだから、敵意があんなに高まったのだとオスカーは思っていたのだが、どうもそれは違うらしかった。
今回はハッフルパフの生徒がおらず、スリザリンが両方のペアに残っていたので、グリフィンドールとレイブンクローが緊張を高め合っているのだった。
廊下のところどころでお互いの寮生が言い合っており、オスカーとレアのペアはシードな上に、他チームが生ける屍の水薬で出場できなくなって、たった一試合で決勝まで行ったラッキーペアだとか、エストとクラーナのペアはエストがいつも大技をするせいか、グリフィンドール生はお荷物だとか、色んな事を言い合っていた。
その結果として、グリフィンドール生の鼻からもやしが生えてきて医務室にいく騒ぎになったり、レイブンクロー生の鼻がきのこになってしまったりして、マダム・ポンフリーが大爆発するのは時間の問題だと言うのがオスカーの見立てだった。
試合の前夜になって、スリザリンの談話室にも微妙にそわそわしたような、いつもと違う騒がしさが満ちていた。
そんな中でも、相変わらずエストは湖の見える窓際の席に座って変身現代を読んでいた。
「それ何か古くないか?」
「そうだよ? バックナンバーだもん」
雑誌からオスカーの方へ視線を変えること無くエストが答えた。いつもエストが定期購読している変身現代と違って、随分古いモノに見えたのでオスカーは尋ねたのだが、正解だった。
「図書館か?」
「ううん。クラーナに貸してもらったの。ほら、他にも何冊かあるの」
確かにエストは机の上に変身現代を何冊も積み上げていた。二十冊くらいあるだろうか? 変身現代とクラーナと言う単語でオスカーは少し思いだした。机の上の変身現代を何冊か手に取り、パラパラと目次を見ればやはりオスカーの思った通りの様だった。
「古い論文を読んで何か意味があるんですか?」
「今の論文も古い論文の下地があってあるんだよ? ジェマが使ってる変身術とか、魔法の道具も古いモノがあるから使えるの」
「これ、全部クラーナのお姉さんが投稿してるやつなんだな」
そう、もう十冊ほど確認してみたが全てその様だった。しかも、著者の所を見る限り、ほとんど全てホグワーツの在学中に書かれている様だった。共著の所にマクゴナガル先生とダンブルドア先生の名前があったり、他の先生の名前が出てくるのだ。
「ムーディ先輩ってお姉さんがいるんですか?」
「そうだよ? こんなに学生時代に投稿するなんてどうやったんだろうね? 闇祓いになるんだったら、他の勉強もしないといけなかっただろうし」
「先生に手伝って貰ったとかか? ダンブルドア先生もマクゴナガル先生もグリフィンドールの先生だしな。けど、よくクラーナが貸してくれたな、これ」
オスカーはあのふざけた口調のクラーナの姉が勉強している様子を想像できなかったが、それ以上に、恐らく姉の持ち物だったであろう、このバックナンバーをクラーナが貸したことが意外だったのだ。
「それはちょっとエストも思ったんだけど。何か、論文は読まれると価値が深まるんですとか言ってたの。だから、私の家で埃を被っているよりいいんですって。でもおかしいよね? これどう見ても、埃なんか被って無いし、図書館のバックナンバーより何度も読み返した後があるの」
「まあ、そう言うことなんだろ」
「え? 全然わからないんですけど……」
エストが言った通り、どの本も何回も読み返した後があり、クラーナの姉が書いた論文が載っている所は特にボロボロになりかけているように見えた。
オスカーは去年のクリスマスの事があって、二人がどんな関係なのか不安だったが、ペアになったことで仲良くなっていそうで安心したのだった。
「じゃあ、俺は先に寝る。明日はちょっと試合前にレアと喋りたい事があるから、先に寮を出るよ」
「そうなの? わかったの」
「オスカー先輩は寮生の応援はいらないんですか?」
「どっちを応援してもスリザリンの勝ちだろ? じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
試合の当日、オスカーとレアはギリギリになって、大広間にやってきた。
すでに観客席は生徒達で埋め尽くされていて、今回はスリザリンとハッフルパフが両方のスタンドに入り、レイブンクローとグリフィンドールが片方ずつスタンドを埋めていた。
どっち側に行かなければならないのかはすぐに分かったので、オスカーからすれば便利だった。
「二人共えらい遅いじゃないの、何かの作戦なわけ?」
「あ…… トンクスか…… 別に作戦ってわけじゃない」
レイブンクロー生の青が踊っている方のスタンドにトンクスが座っていた。チャーリーがエストとクラーナの方へ応援に行っているために、バランスを取ったのかもしれなかった。
レアの方はいつものレイブンクロー生に取り囲まれてしまった様だった。
「オスカー、あんたあの本のことを他の人に言ったりしてないでしょうね?」
「あの本?」
「あんたふざけてるの? あんたが変な時間に書き込んだせいで、ルームメイトが延々と言ってくるんだから…… とにかく、これ以上は黙ってなさいよ」
「わ、わかった」
トンクスが凄い剣幕で言ってきたために、オスカーは頷かざるを得なかった。
まだ、レアはレイブンクロー生に捕まっているようで、試合のステージ前には行けそうになかった。
「まあ、でも今回は倍率の高い方に賭けたからちゃんと勝ってきなさいよ」
「え?」
「だから今度こそちゃんとした蜂蜜酒が飲みたいって言ってるのよ。けちのクラーナのとか、惚れ薬入りじゃなくてね」
そう言って、さっきまで険しい顔だったトンクスがオスカーに笑いかけた。
「や、やっぱり…… トン……」
「オスカー先輩!! もう行きましょう!!」
「え? オスカー何か言った?」
やっとレイブンクロー生の群れから脱出したレアに連れられて、オスカーは試合会場に連れて行かれた。オスカー達の向こう側にはすでにエストとクラーナが立っている。
それに、今回は教師陣の席はフルメンバーで埋まっていた。最近は全然顔を出さなかったダンブルドア先生も座っている。
観客席の生徒達のざわざわも段々と大きくなり始めた。クィディッチの決勝戦と同じ様に、グリフィンドールとレイブンクローの横断幕がところどころで踊っていた。今回は他の寮の横断幕は無い様で、決勝戦はグリフィンドールとレイブンクローの対決だと思われているように見える。
「双方のペアが開始位置についたようなので、これより決勝戦を始める」
スクリムジョール先生がそう言うと、天井にぶら下がっていたトーナメント表が描かれているタペストリーが書き換わった。片方は蛇と獅子に、もう片方は蛇と鷲だった。
観客席からひと際大きな歓声があがった。
「決勝戦のステージはここだ」
スクリムジョール先生がそう言うと同時に、石畳の大広間が一瞬で木に覆われてしまった。今回のフィールドは森の中の様だった。
オスカーとレアからは向こう側に見えていたはずのエストとクラーナの姿は見えなくなってしまった。
「試合のルールはこれまで通知してきた通りだ。決勝らしい皆のためになる試合を期待する。それでは始め‼‼」
両サイドから聞こえる大歓声の中、二人は森の中に入った。森の中には本来聞こえるはずの虫の声などは聞こえず、まだ外の観客席の声が聞こえてくる。
「オスカー…… 先輩、距離を詰めましょう。エスト…… 先輩達に時間を与えるのはダメです」
「わか…… わかった」
二人は呪文で蔦や生い茂る草をかき分けながら、真っすぐに進むことにした。すでに二人は前もって、相手の二人に時間を与えてはいけないと話合っていたからだ。ただ、この森と言うフィールドは相手の事を考えれば、オスカーとレアにとって有利に働く場所ではないのは確かだった。
二人が相手の二人を見つけるのはあっという間だった。なぜなら、相手の方が見つけやすい行動をしていたからだった。
「も、燃えてる……」
「悪霊の火じゃないけど…… エストの仕業か」
二人から見えるのはどんどん火が二人を囲むように燃え広がっている様子だった。火は円形を描きながら、森の木々を焼いて、二人を取り囲もうとしていた。
二人の真正面に杖と手を振って火を操っているだろうエストの姿と、その前に杖を構えているクラーナの姿が見える。
相変わらず、エストが大技を行って、クラーナが最後に詰めてくる戦法をとるようだった。
「えっと…… 行くぞ」
「オスカー先輩、クラーナ先輩とエスト先輩を分断させましょう。可能なら二人で一人を、それかエスト先輩をボクが引き受けます」
「分かった」
炎は普通の魔法使いならば水や炎凍結呪文で対抗できるはずである。しかし、目の前に燃え広がっているのは魔女が操る炎であったし、そういった対策が効くのかどうかも怪しかった。
「二人共、エストのとこにはいかせませんよ。ここで試合終了です」
クラーナからの呪文が届く範囲になってもまだ、エストの炎は届きそうに無かった。二人がクラーナに攻撃を仕掛ける。
レアの呪文がクラーナの足元を爆発させ、それと同時にオスカーが失神光線を打ち込んだはずだったが、そこにいたはずのクラーナがいなくなっているのだ。
「だから、試合終了だって言ったじゃないですか」
「後ろ……」
「伏せろ!!」
声が聞こえたのは二人の後ろだった。クラーナの声と同時にオスカーが手を振った。
「な……!! 今、オスカー、杖を……」
「ステューピファイ!!」
オスカーの魔法でクラーナは少し飛ばされかけ、そこにレアの失神呪文が飛んだはずだったが、またクラーナの姿は消えた。
二人が背中合わせにして辺りを見回すと、少し離れた所にクラーナの赤いローブが見える。
「ほんとにワンドレス・マジックを使ってくるなんて驚きですね」
「城の中では姿くらましは使えないはずだ」
「そう…… です。いったいどうやって……」
またクラーナの姿が消える。今度は呪文の届く範囲であり、出現と同時に向こうから失神光線や武装解除呪文が飛んでくる。
二人が背中合わせに三百六十度の視界を確保しても、クラーナは姿を現わしたり、消したりしながら、あらゆる呪文を投げかけてくるのだ。
そして、二人はクラーナに時間をかけてはいけないはずだった。段々とオスカーとレアを取り巻いている炎が大きくなっており、エストの方を見れば、まるで蛇のようになった炎の奔流がこちらに向かって来ようとしてるのが見える。
「このまま円を縮めて俺たちを焼き殺すわけじゃないのか」
「あれの方が見栄えがいいでしょう?」
「クラーナ先輩はその姿くらましみたいなので逃げるってことですか……」
オスカーとレアにはまだクラーナの瞬間移動のタネが見えなかった。そして、エストが二人に向かって杖を振るのが見える。いよいよ巨大な炎の蛇が二人に向かってくるのだ。
「あれはアグアメンティじゃ消せないんで、頑張って下さい」
そう言ってクラーナが置き土産にボンバーダで二人の足元を吹き飛ばしながら姿を消した。エストの隣に現れたのが見える。
「アレを!!」
「はい!!」
「「エンゴージオ!!」」
二人が見えない何かに肥大呪文をかける。すると、目の前まで迫っていたはずの炎の蛇がその見えない何かに吸い込まれて消えた。
「よし。レデュシオ 縮め。けど、クラーナの瞬間移動は……」
「オスカー先輩、あれって、クラーナ先輩が出てきた位置が一緒じゃなかったですか?」
まだ、相手の二人の動きは無かった。何か、二人で次の策を話しているように見える。
「確かに、何回か姿が現れたり、消えたりした位置が一緒だったかもしれない」
「じゃあ…… レベリオ!! 現れよ!!」
レアが杖を振ると、先ほどクラーナが現れた位置に小さなカードの様なモノが木に張られているのが見えた。
「これって…… もしかすると、ポートキー?」
「ポートキーを馬鹿みたいに配置したんですか……」
やっと二人にも瞬間移動のタネが見えてきた。ポートキーを使えば、鍵になるモノがある場所に瞬間移動できる。クラーナはそれをオスカー達が来る前にいくつもばら撒いたらしかった。
「ちょっと気付くのが遅いですね」
「そうなの。さっきの魔法が消えちゃったのは魔法のトランクなの?」
二人はまた聞こえた瞬間にそちらに向かって魔法を使ったが、今度は相手の二人の姿が先に消えた。
「ちょっとどこがどのポートキーなのか分からないから使いにくいね、これ」
「そりゃそうでしょう。私がさっきどれだけ頑張って、どこがどれなのか覚えたと思ってるんですか。だいたい、エストの魔法で何枚か燃えちゃったじゃないですか」
「二枚あればなんとかなるの」
エストとクラーナの声が森の色々な方向から響く、それに二人が防御に使ったトランクもタネが割れている様だった。今度、大技を防ぐ時は同じ対策が使えないだろう事が分かる。
「とりあえず、なんとかして一人を潰さないと……」
「誰を潰すんですか? オスカー?」
「そうなの」
「いったいどっちから……」
一人に呪文をかけようとしても、すぐに消えてしまい、もう背後から呪文が飛んでくるのだ。オスカーとレアはそれぞれ反対方向を向いて、現れた場所に呪文をかけたが、全く当たりそうに無かった。
「これ…… 二人が片方のポートキーを持ってる…… 移動先が多分どっちかがいる場所になってる?」
「それで片方が片方の位置に現れてるのか」
そう、エストとクラーナは配置したポートキーでは無く、お互いの場所に移動し合っている様だった。どちらかが呪文の届く範囲から攻撃した後に、どちらかの場所まで移動しているのだ。
その上、防御だけでは無く、相手は一度に二人現れたり、現れた瞬間に攻撃をノータイムで行っているらしかった。
やっかいなのは、瞬間移動で消えるのが前提なので、爆発呪文といった、自分がまきこまれそうな呪文でも、置き土産として使ってくるのだ。
「このポートキーだらけの場所から離れないとどうしようもないな」
「焼いちゃえばいいんじゃないですか?」
レアがさっきレデュシオで縮めたトランクを指した。確かにさっきクラーナはポートキーが燃えてしまったと言っていた。
「二人が一緒の場所に現れた瞬間に開こう」
「分かりました」
「何をごちゃごちゃ言ってるんですか?」
「降参なの?」
近い方、呪文の届く範囲にいたエストに呪文を投げかけると、やはりエストはクラーナの近くに転移する。その次はクラーナがエストと一緒に恐らく配置してあるポートキーの場所へと移動する。
オスカーには段々、どのあたりにポートキーがあるのかの算段はついていた。相手の二人はオスカー達が真っすぐに向かってくるだろう事を見越して、自分達の正面付近にポートキーをばらまいているのだ。
「今だ!!」
オスカーの声に従って、レアがトランクを開くと、さっきトランクに吸い込まれた炎の蛇が姿を現わす。何度も相手の二人が転移している場所が炎で焼かれる。森の木々が焼ける匂いと白い煙が当たりに充満する。
「今の間にポートキーが無い範囲に行きませんか?」
「分かったけど…… 二手に分かれないか? このままだとラチが開かない……」
「でも二手に分かれたら、相手がどっちかに転移して、二人の相手をしないといけなくなっちゃうんじゃ……」
「相手からすれば、もう片方の状況が読めない時にポートキーを使いたくはないだろ。自分達が優勢の時ならいいけど、片方が杖を取り上げられてる時に移動したらただの的になるからな」
「じゃあ、お互いが見えない場所まで移動するって事ですか?」
「可能ならポートキーを奪うのが一番いいけどな」
「わかりました」
あたりに立ち込める白い煙が消えない間に二人は走り出した。今度は自分達が最初に入ってきた方向に左右に分かれて向かった。二人の予想では、オスカー達がそれぞれ相手をする方を決めていたように、向こうも相手をする方を決めていると考えていた。
しばらく走って、オスカーはやはりエストかクラーナのどちらかが追ってきているのが分かった。どちらかがどちらかを見つければ二対一に持ち込めるはずなのだから、これは相手とすれば当然の行動のはずだった。
「バラバラに逃げるなんて悪手じゃないですか? オスカー」
「そうか? さっきのポートキー地帯で戦うよりよっぽどマシな気がするけどな」
やはりオスカーを追ってきたのはクラーナの方だった。これも事前に二人で話していた予想の通りだった。それぞれ相手をする場合、クラーナがオスカーを、エストがレアの相手をする様に相手の二人は動くだろうと言うことは分かっていたのだった。
「いいんですか? あなたがエストの相手をしなくて。いくらレアを信頼しているからって言っても、あなたとエストの杖の特性無しに、エストを倒せる学生がこのホグワーツにいると思ってるんですか?」
「エストだってマーリンじゃないんだから、倒せる時もあるだろ」
エストやレアの声は聞こえず、外の観客席からのどよめきだけが森の中に響いていた。クラーナはああ言ったが、純粋に決闘と言う意味ではクラーナに勝つ方が難しいかもしれなかった。エストの様な反則レベルの変身術や魔法こそ使わないモノの、失神呪文や盾の呪文、そう言った基本的な戦闘用の呪文や、決闘時にどうやって最小限の動きで相手を倒せるのかと言う点ではクラーナに軍配が上がりそうだからだ。
二人はお互いに杖を向け合って円を描くように動いた。
「私があなたを倒すのが早いのか、エストがレアを倒すのが早いのか分かりませんけど。その時点で終わりですね」
「じゃあ、倒される前にクラーナに言いたい事があるんだが」
お互いに失神呪文、衝撃呪文を放ったり、盾の呪文で弾いたりしながら二人は話していた。しかし、どちらが優勢かを観客席から見れば、クラーナの方が優勢に見えた。
「何ですか? 愛の告白でもしてくれますか?」
「ああ、好きだ。クラーナ」
少しの間、時間が止まった様だった。しかし、オスカーはその間にクラーナに杖腕で無い方を向けて、握る様な動作をした。
「なっ!! あ、あなたはオスカーじゃない…… オスカーは絶対決闘の時にこんな事言わない……」
「そうです。クラーナ先輩。流石にちょっとこれはズルいかなって思いましたけど。ボクは先輩達に勝ちたいんです」
クラーナはオスカーが手をかざしている間、動けない様だった。オスカーが杖腕で杖を振ると紅色の光線が飛び、クラーナの杖が飛んでくる。
「その顔で、先輩とかボクとか言わないで下さい。気持ち悪いですよ」
「じゃあなんて言って欲しいんだ? クラーナ?」
「ぶっ殺しますよ。大体、何で劇といい、私ばっかりこんな……」
ぶつぶつ言っているクラーナの動きを呪文で止めて、オスカーはクラーナのローブをまさぐった。中からカードが何枚か出てきて、その中の一枚には緑と赤色でやたらと目立つカードがあった。
「凄い目立つこのカードですよね? エスト先輩の方へ飛んでいくポートキーって。けど何か、オスカー先輩の体でクラーナ先輩のローブを漁るのって、ダメな気がします」
「だからうるさいですよ!! とっとと行ってください!! ああ…… こんな負け方したなんて……」
まだ体が動かせないクラーナだったが、顔は情けなさで泣きそうなほどだった。多分、体を動かす事ができるのなら、ゴロゴロと転がっていったであろう程だった。
「何で入れ替わったか聞かないんですか?」
「オスカーがエストの相手をするためでしょう。それ以外に何かあるんですか? 警戒してたのを逆手に取ったんでしょう」
「それともう一つ。エスト先輩は分からないですけど、クラーナ先輩は絶対オスカー先輩の相手を一人ですると思ったんです」
オスカーがそう言うとクラーナはぽかんと口を開けて分からないという顔をした。オスカーの方は少しやってやったとばかりの笑顔だった。
「だって楽しそうだったでしょう? 愛の告白でもしますかなんて、そっちから言うなんてボクも思ってませんでした」
「もういっそ、殺して下さい。それとレアも私の中でトンクスと同じ位置に置いておきます」
「それはちょっと止めて欲しいなあ」
目をつぶって唇を噛んでいるクラーナを見ながら、オスカーは杖を上に向けた。
「ヴェルミリアス!!」
赤い光線が上へと上がっていく。それを見て、またクラーナが悔しそうな顔をする。
「私を倒したって報告ですか、そうですか。準備万端って事ですね」
「クラーナ先輩を倒すのが早いのか、エスト先輩を倒すのが早いのかは分からなかったですけど」
そう言った後、オスカーはクラーナのポケットにあったポートキーらしいカードに触れた。
「絶対におかしいの。それ、オスカーの杖なの」
「何がおかしいんですか? エスト先輩?」
エストが行う変身術や魔法を簡単な呪文や盾の呪文だけで弾くレアを見ながらエストが言った。
普通の杖が相手ならば、そんな簡単には魔法を打ち消せたり、弾くことはできないはずだった。そうでなければ、これまで、ホグワーツの主席や杖の腕に自信のある魔法使いや魔女達が彼女の前で膝を付いたはずはないのだ。
「ボクは何もおかしくないと思いますよ。エスト先輩」
「ニワトコの杖はちゃんとした決闘とかじゃないと所有権は移動しないはずなの…… もしかしてオスカー?」
「ボクがオスカー先輩に見えますか? 百味ビーンズの食べすぎで頭おかしくなったんじゃないですか?」
怒ったのか、エストが杖を振ると周りの木々が変身して、蛇のようにうねってレアに迫ってきたが、レアの爆発呪文で吹き飛ばされると動かなくなった。
「オスカーが後輩の女の子に変身する変態だなんて初めて知ったの」
「オスカー先輩は変態じゃないですよ。エスト先輩」
しかし、杖の関係でレアの方が優位にたっているはずなのに、レアはエストを崩す事が出来ていなかった。経験として、戦ったことのあるビルやマルフォイと比べても、力が半分も出ていないはずのエストの方が強く見えるというのは恐るべきことだった。
「じゃあ、クラーナと戦ってるオスカーの方がレアってことだよね?」
「すぐにオスカー先輩はクラーナ先輩をやっつけてこっちに来てくれるはずです。何か秘策があるって言ってましたから」
「そんな慣れない体で戦って勝てるほどクラーナは甘くないの。オスカーとレアがずっと体を交換して練習してる変態なら別だけど」
エストの言う通り、自分の体で無い体で戦うというのはかなりのハンデではあった。一歩一歩の大きさはもちろん、自分の体とは違う感覚があちこちにあるのだ。杖を一つ振るにしても、手や足の長さや行動した後にどんな場所が動くのか、色んな感覚が違っていた。
「リベリオ!! やっぱり…… 変わらないってことは、変身術じゃなくてポリジュース薬なの。オスカー、一体レアの体のどこを入れて飲んだの? それに自分のどこを入れてレアに飲ませたの?」
「そんな事気にしてる場合なんですか? エスト先輩。それにボクはレア・マッキノンですよ? レイブンクロー生でマッキノンのお姫様なんです」
「絶対オスカーなの。うええ。気持ち悪いの」
レアの方もいい加減、ずっとこうやって責められるのもきつくなってきてしまっていた。どうも、エストの目的は試合に勝つというよりも、ポリジュース薬で変身したことに対する悪口を言うことに変わってしまっている様だった。
「だいたいその服はどうやったの? レアのを借りたの? オスカーも自分のを貸したの? 下着も? 頭おかしくなりそうなの」
「だから変な邪推は止めて下さい。エスト先輩。試合に集中したらどうですか」
その瞬間に赤い火花が上がったのが見えた。レアはエストの周りに視線を巡らせた。エストのすぐ後ろに、本来の自分の体の姿が見えた瞬間、呪文をエストに放った。
しかし、ほとんどノーモーションに近い、腕を広げる様な動作だけで、移動してきたオスカーと呪文を唱えたはずのレアが呪文ごと吹き飛ばされた。
「なんでクラーナはレアに負けてるの!! もう!! 意味わからないの!!」
「今の…… ワンドレス・マジックなんじゃ……」
「オスカーの体でその口調だと気持ち悪いの。大体、こんな魔法くらいだったら別に練習しなくても使えるもん」
「反則だろ。相変わらず」
「何でさっきまでボクはマッキノンのお姫様ですとか言ってたのに、オスカーの口調に戻るの? どうせなら最後まで気持ち悪いロールプレイをすればよかったのに」
オスカーがレアの方をじろっと見る。レアの方はそれを見ないふりをした。エストがいくら反則まがいに強いと言っても、オスカーとレアが有利なのは変わらないはずだった。エストの杖を封じる方法が二人にはあった上、人数も単純に二倍だからだ。
「こんな変態ペアに負けるのは嫌なの。ポリジュース薬はやっぱり禁止するべきなの」
「変態じゃないです。悪い使い方はしてないはずです」
「一回やったら癖になるかもしれないの。女の子とか男の子になるのが辞められなくなっちゃうかも」
「なんでそうなるんだ」
「惚れ薬と一緒で、こっそり体の一部を奪われたらやられ放題なの。トンクスより性質が悪いもん」
「わかったから今回は倒れてくれ」
もう半分、エストは癇癪を爆発させているように見えた。それなのに二人を相手に互角に戦っているのだ。周りの木々を鞭や蛇に変身させたり、木の葉を鳥や矢に変えて放ってきたり、オスカーとレアの呪文を防ぎながら、周りのあらゆるモノを操って反撃してくる。
「レア、次のタイミングで一緒にやるぞ」
「分かりました。オスカー先輩」
「なんなの。一緒にやるって。体を交換したからタイミング抜群なの? もう!! こんなの同じ寮で組めなくしたスクリムジョール先生が諸悪の根源だもん!!」
二人は呪文ともう片方を手で魔法をかけて、エストに向かって、波状攻撃の様に何度も攻撃を合わせて放った。杖の呪文には盾の呪文で、ワンドレス・マジックにはワンドレス・マジックでエストは対抗していたが、段々と攻撃回数の多い、二人の攻撃に耐えられなくなってきている様だった。
「こんなの認められないもん…… 絶対おかしいから。どう考えてもおかしいの」
「だからいい加減倒れてくれ……」
エストが全方位に衝撃呪文を放ったと思うと、レアの姿をしたオスカーの前から消え、後ろから声が聞こえた。
「絶対嫌だもん!! せっかくクラーナと二人で考えて作ったのに!! こんな変態戦法に負けるなんて……」
「変態じゃない。体を預けるなんて、本当に信じてないとできない」
レアの姿をしたオスカーが後ろを見ると、恐らくポートキーで移動したエストと、そのエストの首元に杖を当てているオスカーの姿をしたレアが見えた。
勝負は終わった様だった。
「そこまで!! 試合は終了だ!!」
拡声呪文で大きくなったスクリムジョール先生の声と同時に、恐らくスリザリンとレイブンクローのモノであろう歓声が聞こえる。
レアの姿のオスカーからは、信じられないという顔のオスカーの姿をしたレアが見え、エストはブツブツまだ何か言っていた。
「勝ったら…… 負けちゃったの…… クラーナと一緒だったのに……」
「エスト……」
「その姿で話しかけないで欲しいの。それに、負けは負けなの」
「俺は何もしてないけどな、今回」
「ボクじゃないの? とにかく、エストとクラーナは負けなの」
どうも、エストはオスカーに喋りかけて欲しくない様だった。呪文が解けたのか、こっちにやってくるクラーナの姿も見えた。
「オスカー先輩。これ、あとちょっとで解けちゃいます。一回、あそこに戻らないと……」
「ヤバイな。正直、あんまり勝てると思って無かったから、時間を考えて無かった……」
「あの。先輩方。先生方にすぐ戻ってくるって言っといてください!!」
「え? なんなの? 逃避行?」
「ポリジュース薬の時間ですか。ここで解けた方が面白いんじゃないですか。女物のローブを着たオスカーが優勝の写真に載ればいいでしょう」
二人はお互いに目くらまし呪文をかけて走りだした。途中でぽかんとした顔のトンクスや、最近、いつもよりさらに不機嫌で顔色の悪くなったスネイプ先生、なぜか見えないはずの二人に向かってウィンクをしてくるダンブルドア先生の横を通りすぎて、大広間を出た。
階段を二回駆け上がって、二人は三階にある故障中と書かれたトイレに入った。
そのトイレはオスカーが入ったことのあるホグワーツのトイレの中で最もボロボロだった。あちこち縁がかけた手洗い台や、割れた鏡がほとんどだったし、トイレの個室の扉にしても引っかき傷やら、落ちて壊れているやらで本当にボロボロだったのだ。
それに、今の姿なら問題ないかもしれなかったが、本当のオスカーの姿ではここは入れないはずの場所だった。なぜならここは女子トイレだからだ。
「あ、あの…… オスカー先輩…… 変身した時もそうだったんですけど…… その、あんまり着替える時に見ない様に……」
「流石に分かってるよ。それに…… まあこのまま目くらまし呪文がかかってれば見えないだろ」
「あ…… そ、そうでした……」
個室に入って、ポリジュース薬の効果が消える前にオスカーは自分の服に着替えた。自分の服はレアの体よりも大きかったので、着る分には問題が無かったのだ。
それにしても、この場所をポリジュース薬の保管場所にしたのは、オスカーからすれば最初は余り良い考えだと思えなかったが、大広間からの距離と人の来なささから考えると妙案だった。
ポリジュース薬の効果が切れてくると、やはりオスカーは少し気持ち悪くなった。変身する時は自分の体が強制的に骨も肉も小さくなって、肩や足がバキバキ言っていたが、今回はその逆で、バキバキと言う音と一緒に自分の体が大きくなっていき、何と言うか、体も筋肉質で固いモノに戻っていったのだ。
オスカーは靴を交換するのを忘れていたのを思い出した。レアの靴は何サイズも小さいモノだったので、もう足は悲鳴を上げていた。
目くらまし呪文を解き、自分の体と服が見えるようになったのを確認し、さっきまで着ていた服をオスカーは畳んだ。しかし、何か、今になって女子トイレで女物の服を畳んでいると言う事実が、フィルチがオスカーの事を目の敵にするのが無理が無いほど、ホグワーツの校則を粉々に打ち砕いている事実へとつながっている気がしたのだ。
オスカーは畳んだレイブンクロー生のローブや他の服、靴を持って個室の外にでた。ひび割れた鏡で、自分の姿が元に戻っているのが確認できた。
「オスカー先輩…… これ、服です……」
「取りあえず靴を交換しないか、これだけは予備を持ってくるの忘れてたしな」
「そうですね。ここはトイレだし……」
「マートルがいないから今日は静かだけどな」
お互いに靴と服を交換したが、何か、レアは勝ったと言うのに、オスカーと目線を合わせようとしなかった。
「やっぱり、会場にすぐ戻らないとダメですよね?」
「出る時にダンブルドア先生がウィンクしてたから、そんなに待たせなければ大丈夫じゃないか? けど何かやることが……」
「先輩は…… その…… 嫌でしたか? エスト先輩が言う様に気持ち悪かったですか?」
「気持ち悪かったって、レアに変身することがか? まあ…… あんまり人に変身するのは気持ちいい事ではないよな。レアもそうだろ?」
「それはそうだけど……」
オスカーは今度は何にレアが悩んでいるのか分からなかった。エストがあんまりぶつぶつ気持ち悪い、気持ち悪いと言うのでショックでも受けたくらいしか思いつかなかった。
「まあでも、最後にレアが言ったのと同じ感じだけどな」
「え?」
「体を預けるなんてほんとに信じてないとできないって言ってただろ。俺だって、その辺の学生と一緒に勝つためだからって、いきなりポリジュース薬でお互いに変身なんかできないだろ。俺でも嫌なんだし、女の子からすればもっと嫌だろ。嫌だから際立つって…… 確かこんな事を夏休みに…… ああ、あの時はレアはいなかったか……」
「あ……」
つまり、オスカーが何を言いたかったのかと言えば、単純にそれくらいオスカーは目の前の女の子の事を信頼していたし、それは伝えるべきだと思っていた。事実、そのおかげで今日は正直に勝てないと思っていたのに、勝てたのだ。
「だから、レアが言ってたみたいに、気持ち悪い事がお互いにできるくらいには信頼してるってことだろ」
「あ…… やっぱり…… えっと…… もう!! えい!!」
オスカーがそう言うと、レアは下を向いたまま、手を握ったかと思うと、そのままオスカーに抱き着いてきた。
「あの…… 聞いてください。オスカー先輩。オスカー……」
「レア?」
「なんて言ったらいいのか分からなくて…… 閉心術の練習の時に、何度もできるまで待ってるって言ってくれたり、他にも…… 他の人とはボクは全然違う経験をして、他の人とは遠い場所にいるはずなのに、それを見たはずなのに、見た後のはずなのに、なのにすごい近くにいる気がして……」
さっき、自分の体を取り戻して、これまでに無いほどオスカーは自分の体を感じたはずだった。それなのに、こっちを見ないで胸に顔を押し付けて喋るレアの体温と言葉で、オスカーは自分がどこにいるのか分かる気がした。
「ホントは誰も同じ場所とか世界にいない気がしてたのに、すごい近くにいる気がして…… それなのに、記憶を見たら、本当はこの人はもっとボクより遠い場所から見てたはずなのに、それなのに、言ってくれたって分かって…… それでどうやっても会おうと思ったんだ」
服の匂いなのか、髪の匂いなのか分からなかったが、どこからかカモミールの様な匂いがした。オスカーにはレアが言っていることが分かった。それはオスカーも色んな所で感じていることだったはずだからだ。
「だから、色んな、滅茶苦茶な事を言って、なんとかしようとして、でも最後にありがとうなって言ってくれて、また近くなったのかって安心して。そうしたら、すごい近くにいる気がして。体を交換したって、こうやって、その、息遣いが分かるくらいに、あったかさとか、自分が喋った声とか心臓の音が相手に直接伝わるくらい、近づいても、同じ場所にはいれないのに」
オスカーは何も返せる気がしなかった。代わりに、レアが何か言う度に、段々、自分が抱き着かれている女の子に認識されていると言う事が分かった。彼女が言うような事で、オスカーが嫌でも彼女がここにいると分かるように、オスカーはここにいることが分かった。
「でも、記憶から戻って来た時に言って貰った時とか、ボクが色んな事を言って、答えてくれた時とか、今、信頼してるって言ってくれた時とか、すごく、すごく、近くにいる気がするんだ。体は同じ場所にいれないし、これ以上近づけないけど、頭とか、魂とか心とか良く分からないけど。重なっている気がして、まるで分けられないみたいに」
どうしたらいいのかオスカーには分からなかった。少なくとも、強弱はあるにしろ、オスカーは同じモノを感じていたはずだった。抱き返せばいいのだろうか? それとも彼女と同じ様に言葉で伝えればいいのだろうか? ただ、オスカーには自分が感じているモノを感情でも、理性でもどうしたらいいのか分からなかった。
「だから、もう少しだけ一緒にいたい。大広間に戻ったら、色んな人と勝ったこととか優勝したことを分け合えるけど。今は一緒にいたい」
ずっとオスカーも感じていたはずだった。似ていて、近くにあるモノだから、己が見えているようだと。自分より年下の女の子に、自分の中の一部をまるで鏡のように見ていて、だからどうにかしたかったのだと。閉心術の練習をやめると言い出した時に、きっと自分は目の前の彼女が自分に立ち向かわないことが、まるで自分の様で嫌だったのだ。
「分かった……」
いったい自分の言葉にどれほどの意味があって、どれくらい相手に伝わっているかは分からなかった。それは相手が返してくれないと分からなかった。自分で考えて、自分で外に出しているはずなのに、自分で分からないのだ。ただ、今は、彼女が言うように、言葉で、体温で、鼓動でそれがどう伝わって、自分がどうなっているのか分かる気がした。
完全勝利……
これ必須タグ増やさないと危ない感じなんでしょうか。
あと前回のエストの会話がちょっと意味わからな過ぎて筆者が読んでもも分からないので、ちょっと書き直してます。
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