オスカーの所にふくろうがやってきたのは、まるで見計らったかのように、周りに誰もいない時だった。エストがクィディッチの練習に行ったために、湖の傍にあるブナの木陰で、間近に迫った期末試験のために変身術の教科書を読んでいたのだ。
決闘トーナメントが終わってから、オスカーが一人になると言うのはかなり珍しい事だった。ふくろうから封筒を取り外して見てみても、差出人の名前は見当たら無かった。
オスカーは二年生の時の出来事から、余りこう言った手紙は得意では無かった。
しかし、封筒を開いて中の奇妙に細長い文字を見るとオスカーは安心した。それは今学期何度か見た、アルバス・ダンブルドアの字に違い無かった。
そこには、夕方、可能なら外に出れる服装をして、校長室に来て欲しいと書かれていた。
オスカーは頭をひねって考えて見たが、いまいち、ダンブルドアが何故こんな事を書いたのか分からなかった。正直、もう、憂いの篩を使っても何か思いだせる気がしなかったし、その旨をスネイプ先生にも伝えてあったからだ。
「オスカー何読んでるんですか……」
「オスカー先輩何を……」
手紙を読んでいると二人が顔を出したが、二人共、同じ事を同時に言おうとして、少し詰まった様だった。
「ダンブルドア先生からの手紙だけど」
「ダンブルドア先生ですか? それって……」
「あの、読んでもいいですか?」
「大した事書いてあるわけじゃないから別にいいけど」
何と言えばいいのか、オスカーは決闘トーナメントの後辺りから、どうもみんなの醸し出す空気が変わっていると言うのか、関係が変わっていると言うのか、そう言ったモノを感じ取っていた。
特に目の前の二人は明らかに何か変わった気がした。もちろん、何が違うかと言われればオスカーは答えれなかったが、例えば、夏休みにグリンゴッツに行った時とは明らかに二人の関係が変わっている気がするのだ。
「外に出る服装? 外って校庭? 禁じられた森とか? それともホグワーツの外?」
「ちょっと、私も読みたいです」
「勝手に読んでくれていいけど、まあ手紙の内容じゃどこか分からないな」
そう、手紙の内容ではいまいち何をするのか分からないのだ。オスカーはダンブルドアが一体何を考えてこれを書いたのかすら、想像がつかなかった。
「何か心当たりは無いんですか? その、時々ダンブルドア先生の部屋に行ってたじゃないですか。その時に何か言って無かったんですか?」
「分からないな。決闘トーナメントのお祝いに三本の箒でファイア・ウィスキーをおごってくれるとかか? それだと俺だけの意味が分からないか」
「でも、ダンブルドア先生が一緒なら心配する必要は無いとボクは思います。どこでも大丈夫なんじゃないかと」
それはオスカーも思っていたことだった。恐らく、アルバス・ダンブルドアの隣ほど、この世で安心な場所は無いはずなのだ。ヴォルデモートが全盛だった時代ですら、ホグワーツには手出しできなかったのだ。
「まあ、エストならダンブルドア先生とどこか行くなんて泣いて喜ぶかもな」
「それはそうでしょうけど…… あ、あのスリザリン出身の校長が呼び出したとかじゃないですか? ほら、いつだったか校長室に行った時にいたじゃないですか」
「フィニアス・ナイジェラス…… 教授のことか? まあ確かに、呼び出されそうだけど…… けど、肖像画は外に行けないだろ」
確かに、あのやたらオスカーに好意的な校長先生の肖像画なら、決闘トーナメントの後に呼び出してきても全く不思議では無かった。
「肖像画って、他の場所にも同じ肖像画があればそこに行けるはず…… フィニアス・ナイジェラス…… 校長先生? の肖像画がどこにあるのかはボクは分からないですけど」
「フィニアス・ナイジェラス先生はトンクスのひいひいひいおじいさんか何かで、ブラック家の人らしいけどな。まあ流石に家にはあるんじゃないか?」
「ブラック家の屋敷なら、エストの家と同じくらいでかいでしょうし、あのグリンゴッツの金庫じゃないですけど、凄いお宝があってもおかしくないですね。ダンブルドア先生が……」
「何? クラーナはお金に困ってるわけ? というか私の話してなかった?」
オスカーはエスト以外、誰にも言わずにここに来たはずだったのに、いつの間にかどんどん人が多くなってきている気がした。
「あ、トンクス先輩…… あの時言ってた本って……」
「レアってなんか人間が変わったわよね。また、オスカーが中に入ってるんじゃないの? だいたいポリジュース薬で聞きだした内容を喋るのって絶対フェアじゃないわ」
「何ですか? 本って? トンクスのアホの言う事はほっといていいですよ」
何人か集まれば姦しいと誰かが言っていたが、オスカーはもうダンブルドアの手紙のことなど、三人は頭に無さそうだと思った。
「何よ。あんたがどうやって負けたのか知ってるわよ。万眼鏡で何度もレアが入ったオスカーと喋ってたとこを再生して解読してやったわ」
「は? はああああ? なんでそんな無駄な努力してるんですか? おかしいでしょう!!」
「何で劇といい、私ばっかりこんな…… 残念だったわね。毎回偽物のオスカーを掴まされて。ここにいる天然モノのオスカーを一時間十ガリオンで売っても良いわよ」
「何ですか!! せっかく惚れ薬の時に何も言わなかったのに!! 何が一番なんですか? ほら言ってみたらどうですか? 薬が足らないなら私がスクリムジョール先生のとこから盗ってきてあげますよ」
オスカーはレアと目線を合わせて、これはどうしようも無くなったと合図を交わした。レアとクラーナとの関係とは違って、この二人の関係は一年生の頃から変わっていない気がしたのだ。
「は? そんな事いつ頼んだのよ? 何だっけ? 愛の告白でもしてくれますか~~??」
「こいつ…… ああ、そうでしたね。トンクスはオスカーの家の部屋が埋まるくらい家族が欲しいんでしょう。良かったじゃないですか、確か、二年のクリスマスの時もそんな事言ってましたからね。スリザリン寮とハッフルパフ寮はパンパンになりますよ」
久しぶりにオスカーはクラーナに変身して、クラーナを煽るトンクスを見た気がした。しかし、これまでと違って、クラーナの方も大分反撃できているように見え、もしかして、少し悪い方向に進化しているのではないかとオスカーは思った。
「クラーナのセーターはなんで赤だったのかしら? やっぱり自分の色なんじゃないの?」
「レア、さっきの本って結局何なんですか?」
「え? えっと…… 変な時間に書いたから…… ルームメイトに言われるとか…… これ以上誰かに言わないで欲しいみたいな感じでした」
「ちょっと…… レアあんた……」
「本? うーん…… トンクス、あなたがオスカーに贈ったのってあの馬鹿馬鹿しい本じゃ無かったですか? オスカー? そうですよね?」
オスカーも大体状況は飲み込めた気がした。多分、レアが自分に変身している間に、トンクスは文字が書き込める本の事を喋ってしまったのだろうと言う事と、どうも、トンクスはそれを黙っていて欲しいと言う事だった。
「まあ良く分からないけど。ノーコメントで」
「沈黙は正解ってことでしょう。本に書く…… 本…… 紙…… もしかして…… 忍び……」
「うっさいわよ!! だから、ポリジュース薬で仕入れた情報は反則だって言ってるじゃないの!! レアもクラーナも覚えてなさいよ。いくら私だって、誰かの顔に変身して、聞かれたくない事を聞きだしたりしないわよ」
珍しくトンクスがじゃれ合っているのではなく、結構、本当に怒っているようにオスカーには見えた。
「はあ? じゃあ劇の時にやったのは何なんですか? そんなの矛盾しているでしょう?」
「あの時のは…… 面白そうなのも八割くらいあったけど、残りの二割は割とよかれと思ってやったのよ」
「ほんとにぶっ殺しますよ? 何が違うって言うんですか?」
「あの時は…… 今ならできないって事ですか? トンクス先輩?」
オスカーにはいまいち、レアの質問の意図は理解できなかった。
「何言ってるのよ。なんで今ならできなくなるって言うのよ」
「ふーん。そうですか。今はフェアじゃなくなるって事ですか」
「なんなのよ。とにかく、大体そこで寝転んで変身術の本を読んでる、女の子に変身するのが大好きな変態野郎が悪いわ」
突然話題を飛ばされたので、オスカーは対応できなかった。それにどうせいつもと同じ様に騒いでいるだけだと思っていたからだ。
「いつも変身してるみたいな言い方はやめろよ。大体、それを知っている人はほとんどいないはずなんだからな」
「いい事聞いたわ。これのネタをホグワーツのみんなに言いふらすって言えば、変態のオスカーも、何か最近黒くなって容赦が無くなった、レアどころかミディアムになってるレアも黙らせれるってことね」
「全然上手く無いですよ。トンクス先輩」
「そうですよ。それで本だか紙はなんなんですか?」
結局、オスカーは変身術の勉強をすることはできなかったし、延々とトンクスと他二人の攻防を見ているだけで、試験が近いために与えられたせっかくの午後の自由時間が終わってしまった。
ただ、この一年間の中でもずいぶんと緊張感の無い、リラックスした午後の様な気がオスカーはした。
ダンブルドアが指定した時間になっても、エストはまだ帰ってきていない様だった。オスカーは一応、魔法生物飼育学や闇の魔術に対する防衛術でする様な、怪我をしない動きやすい格好に変えた。
ただ、談話室を出る時に、もし、クラーナやレアの言うように外に行くのなら余り色んなモノを外に出すのは危ない気がしたのだ。
それは色んな人から貰ったモノだったり、誰かと一緒に見つけたモノだったりした。
それに、流石に今日の間には帰って来れると思っていたのだ。
「ジェマはエストが帰ってくるまで談話室にいるのか?」
「いると思います…… スネイプ先生の授業が最近レポートだらけなので…… 終わらないんです。手伝って貰えません?」
「俺はこの後、ダンブルドア先生のとこに行くから無理だな。これ、俺のカバンだけどここに置いとくから、見といてくれるか? 多分、何本かバタービールが入ってるから、適当に飲んでいいぞ」
試験前のせいなのか、目にクマができているジェマが悲しそうな眼でオスカーを見たが、残念ながら午後の時間を湖で潰したオスカーに手伝う時間は残されていなかった。
「分かりました。先輩が手伝ってくれずにグリフィンドールっぽい人の所に遊びに行ったと報告しておきます」
「まあ確かにダンブルドア先生はグリフィンドールだな。じゃあよろしく」
スリザリン寮を出て、オスカーはダンブルドアの部屋がある西の塔の方へと向かっていた。ガーゴイル像を合言葉でどかし、螺旋階段を登る。校長室の扉をノックした所で、中からダンブルドア以外の声が聞こえてくることに気付いた。
「コーネリウス、そろそろ時間の様じゃ。わしはこの後にも用事があってのう」
「アルバス。この半年ほど、私は一週間に二枚は手紙を書いたのに…… スクリムジョールにやっと戻ってきたと聞いて……」
オスカーはもう一人の声の主が誰かは分からなかった。しかし、どうももう一人はダンブルドアとやっと予定が合った様な事を言っていたので、少しはいるのが躊躇われた。
「オスカー、入って来ても大丈夫じゃ。コーネリウスも一度は君に会っておきたいじゃろう」
「ダンブルドア。オスカーとは誰……」
「失礼します」
校長室に入ると、歴代の校長達の肖像画、それにダンブルドアと隣の人物、魔法省大臣、コーネリウス・ファッジの視線がオスカーに集まった。
ファッジは背が低く、恰幅の良い人物でその顔には余り自信と言うモノが見られない様にオスカーには見えた。
「コーネリウス、彼はオスカー・ドロホフじゃ、君も知っておろう」
ダンブルドアにそう言われ、一瞬、ファッジは眼をぱちくりさせた。その後、さっきまでの心配顔とは打って変わって、親戚の孫でも見る様な笑顔に変わった。
「ああ、君が…… 私はコーネリウス・ファッジ。魔法大臣だ。どうだね? 君の家からは吸魂鬼はいなくなっただろう? 後見人は闇祓いだと言うのに、監視をつけていたこれまでがおかしかったと思わないかね?」
「は、はあ……」
笑顔で握手をファッジにされながら、オスカーは少し戸惑っていた。オスカーの会ったことのないタイプの人間だった上、何か、スクリムジョール先生やキングズリーのボス、イギリス魔法界のトップがこう言う人間だと言う事に、ちょっと違和感があったのだ。
「ともかくアルバス、私としてはクィディッチのワールドカップの前の予行演習として…… ホグワーツでやって貰いたい。そのため来年以降もと言う事だ。次は執行部は厳しいが、それ以外なら」
「確かに重要な事案であるが、コーネリウス。学期末にもう一度、席をもうけようぞ。その頃ならわしの時間もあるじゃろう」
「アルバス、確かに学期末と聞いたぞ。ドーリッシュから連絡するか、ふくろうを送る」
ファッジはそれで満足したのか、さっきオスカーに見せたよりもよっぽど笑顔になった。
「ではアルバス、私はお暇するとしよう。オスカー君も元気でやりたまえ」
「ああ。コーネリウス、申し訳ないの」
「お疲れ様です」
脇に挟んだライム色の山高帽を意気揚々と被り、ファッジはあっという間に扉の向こうへと消えてしまった。
「前任者とは違う事をしなければならないというのは難しい事じゃの。オスカー」
「それは、ミリセント前大臣ですか? それとも、前の魔法法執行部部長?」
オスカーがそう聞くと、ダンブルドアは少しびっくりした顔をした。そして、その後何か思いついたような顔をして、半月眼鏡の向こう側に笑顔を浮かべた。
「なるほど、確かに君の周りには魔法省に関わる人たちがおることを忘れておった。特にグリフィンドールの友人二人ならば良く聞いておるじゃろう。そうじゃの、君に関わると言う意味では執行部の部長になるじゃろう」
「いえ…… すいません。前に三本の箒で、マクゴナガル先生やフリットウィック先生が魔法省について喋っているのを聞いたので……」
「ロスメルタの蜂蜜酒はベリタセラムよりよほど効果があるようじゃ」
盗み聞いた事を言っても、ダンブルドアは笑ったままだった。その後、つかつかと歩いてペットの赤い鳥の方へ行ったので、オスカーもそれについて行った。オスカーは何度か見たその鳥が、不死鳥であり、フォークスという名前だと言う事を人から聞いて知っていた。
「さて、わしがいない間、スネイプ先生と憂いの篩を使っておったようじゃ。結果はどうだったかね?」
「はい。正直に言えば、全部思いだす事は出来ていません。ただ、これ以上、憂いの篩を使って思いだせるのか自信が無いです。感覚として、その…… ほとんど全部思いだせたのに、最後のそれだけが思いだせない気がしてしまって……」
オスカーが途切れ途切れ言っても、ダンブルドアは相槌を打ちながら聞いてくれた。だが、喋っている間、オスカーはどこかもう思いださないでもいいのではないかと考えている自分や、記憶を見たく無いと考えている自分がいる気がしたのだった。
「なるほどのう。憂いの篩の効果はあったと言う事じゃの? 現にトーナメントではその効果がありありと現れておった」
「あれは俺では無く、レアの方が頑張ったので……」
フォークスの頭を撫でながら、ダンブルドアはどこか夢心地の様にオスカーには見えた。いつも生徒達の前では余裕や笑顔を崩さない人であったし、怒っている所も二年生の最後くらいしかオスカーは見たことが無かったが、今日のダンブルドアは二年生の最後と同じくらい機嫌が良さそうだったからだ。
「正直に言えば、わしは感動しておる。あっぱれと言わざるを得ないじゃろう。もう半世紀以上、わしはホグワーツの校長をしておるが、君や君の周りには驚かされ続けておる」
「そんな事は……」
「君も君の周りの友人たちも、才能溢れる魔法使いや魔女達じゃが、悲しい事に我々教師の力不足もあり、その才能を真っすぐに伸ばす事は難しいのじゃ」
「先生が力不足なんてそんな……」
一体、目の前の魔法使いが力不足なら、誰ならホグワーツの教師として力不足で無いと言えるのだろう? マーリン? レイブンクロー? オスカーには想像することもできなかった。
「実際に力不足なのは確かなのじゃ、オスカー。君が知っている沢山の闇の魔法使いと魔女をわしが育てて送り出したのじゃ」
「でも、そうじゃない魔法使いや魔女も先生は送り出しているはずです」
「それはそうかもしれぬ。わしもどうして人が進む道が違うのか考える時がある。例えば、暖かい両親や家族がいる新入生が平均だとした時、君や君と組んでトーナメントに出た女の子は大きなハンデを持っていたと言わざるを得ないじゃろう。逆にある生徒は、しがらみが無いと言う意味では、君たちより遥かにホグワーツの生徒達が立つスタートに近かったはずじゃ」
何と無く、オスカーにはその生徒が誰なのか分かる気がした。そう、その生徒もオスカーと同じ様に学校に通って卒業したはずなのだ。オスカーの両親や周りの皆の両親がそうだったように、目の前の魔法使いがそうだったように。
「何が違うのか、わしには君を見ていると分かる気がする。君はわしやその生徒が君の年に持っていなかったモノを沢山持っておる。わしが信じられぬほど大きな間違いをして、やっと手に入れたモノを持っておるのじゃ」
「そんな事は……」
「いや、君の行動が何よりそれを証明しておる。そして、わしには今、それが必要なのじゃ。わしは恐らく、他の人より賢い魔法使いじゃ、そしてわしはわしを信用してはおらぬ」
「先生が信用できないなんてことは……」
「わしは君や他の人たちがわしに向ける信用の十分の一も自分を信用してはおらぬ。だからこそ、わしは君に来て欲しい」
ダンブルドアはオスカーの顔を真正面から眉一つ動かさずに見た。真剣な顔だと言うのにオスカーにはどこか悲しそうに見えた。それはオスカーが一番嫌いな顔がその下に隠されているに違い無いと思っているからだった。
「一体どこに行けばいいのですか? そもそも何のために?」
「深くは話す事は出来ぬ。もう巻き込まれているとは言え、君はまだ学生で未成年の魔法使いじゃ、本来ならこの様な事をするのが論外なのじゃ。そして、全てを話してしまえば、否応ない戦いの中に君を放り込んでしまう。もちろん、君がそれに向き合えるほどに勇敢で狡猾であることも知っておる。じゃが、それゆえに話す事ができることは少なくなるのじゃ」
今度はかつかつと歩きながらダンブルドアは喋りだした。後ろの肖像画達が喋りたそうにしているのがオスカーから見えた。
「わしはこの半年、君の話を聞いてからずっと探し物をしておった」
「それは……」
オスカーは考えた。ダンブルドアの探し物? 確か、オスカーは一度だけ父の言葉をダンブルドアに伝えたはずだった。
「ヴォルデモートの指輪? 夏休みにつけて戻ってきたとか言っていた…… それが見つかった?」
「まさにその通りじゃ、わしはそれがある場所が見つかったと考えておる。そして…… もしかすると、偶然が何度も重なるとわしは考えておる」
「ですが、俺が一緒に行って良いのですか? スクリムジョール先生やスネイプ先生、マクゴナガル先生にフリットウィック先生の様な、実力のある先生方が沢山ホグワーツにはいます」
これこそ、一番オスカーが分からないことだった。なぜか肖像画達もその通り!! とか口々に言っていたが、自分である意味が良く分からなかったのだ。
「君の言葉が無ければ、そして君の行動が無ければこんなにも早くそれを見つけることはできなかったであろう。そして、さっきも言ったように、わしはわしを信頼しておらぬ。わしは考えておるのじゃ、恐らく自分一人では誘惑に耐えれなくなるのではないのかと」
「先生が誘惑される?」
オスカーには分からなかった。目の前の魔法使いを誘惑する? いくらヴォルデモートとは言えそんな事が可能なのだろうか? そもそも、そんな事ができるのなら、すでにヴォルデモートがやっていたのではないだろうか?
「そうじゃ、もし偶然が重なったのなら、わしは信用できない魔法使いとなるじゃろう。しかし、君はわしよりも何倍、何十倍もそれに対抗することができるはずじゃ。そして、傍にそう言った人間がいると言う事がわしに自分を思い知らせるはずなのじゃ」
「先生よりその何かに対抗できるなんて、俺にそんな事が……」
「できる。わしは知っておる。君はわしの十分の一ほどしか生きておらぬかもしれぬ。しかし、君はわしの何十倍もの時間、それに向き合って生きておる。今もそうじゃ、さっきわしに憂いの篩の事を話した時、君は別の考えをしていたのではないかね? それが戦っている証拠じゃ。君や君と一緒に優勝した女の子は、わしが戦い様が無いと思っている事に対して、常に自分から戦いを挑んでおる。わしにはいつもそれを行う事は出来ぬ」
何となく、オスカーにも分かった気がした。目の前の魔法使いには、恐らく未来と自分の行動がどうであるのか分かっているのだろうと言う事だ。それがどれほど抗わなければならない事なのかきっと理解しているのだ。
ダンブルドアの一番弱い場所、それがどこなのかオスカーには分かる気がした。一番強い場所が一番弱いのだ。生徒みんなに優しい先生のどこが一番強くて一番弱いのか、弟のアバーフォースがどうであるのか。
「だから来て欲しいのじゃ。もし可能ならばじゃが」
「行きます」
オスカーは絶対に自分がそう言うだろう事は分かっていた。そもそも、自分が自分であるためには逃げることはできないはずだった。
「オスカー、君にありがとうとわしは言わなくてはならない。そして、条件がある。二つじゃ、わしが頼む側であるのに条件とはおかしな話じゃが、真剣に聞いておくれ」
「はい」
「一つはわしが与える命令には、自分の命が関わる場合を除いて従うことじゃ、質問すること無しにじゃ」
「わかりました」
「オスカー、どんな命令にもじゃ、約束できるかの?」
「はい」
「逃げよと言えば従うかの?」
「はい」
「わしを身代わりにして助かれと言えば、従うか?」
「っ…… はい……」
ダンブルドアは恐らく自分の事を大分理解しているはずだとオスカーは思った。一番近いみんなと同じくらいとはいかないかもしれないが、同じスリザリンの同級生より、よっぽど理解しているかもしれなかった。
「もう一つは…… わしを助けてはならぬと言う事じゃ。もし、わしが愚かな行動をとった場合、君が助けるのではなく、ここ、ホグワーツに戻って誰かの助けを呼ぶのじゃ。君にその力があることは、トーナメントやマルフォイ氏との一件や髪飾りの事から良く知っておる。しかし、してはならぬ。約束できるか?」
「はい……」
オスカーは本当にそれができるのか怪しかった、誰かを絶対に助けれる場合にそんな事ができるのだろうか? それをしてしまえば、オスカーは自分が自分で無くなる気がするのだ。
「よろしい。もうすぐ日が沈む。すぐにでも出ようと思うが時間は良いかの?」
「はい」
「ではオスカー、これは借り物なのじゃが…… 恐らくこれから行く場所には一番ふさわしいモノじゃろう。君は校長室から出て、戻ってくるまでこれを被っているのじゃ」
ダンブルドアがオスカーに渡したそれは銀色の液体の様なモノだった。まるで水を織物にしたような肌触りのモノは重さをほとんど感じさせなかった。
「透明マント……」
「そうじゃ、借り物なので扱いには少し気を付けて欲しい。それは本物の透明マントなのじゃから」
オスカーがそれを被ってダンブルドアと校長室を出ようとした時、後ろから声が響いた。そう言えばオスカーがここに来れば毎回話しかけてきたはずの声を今日は聞いていなかったのだ。
「ダンブルドア、やはり君はグリフィンドール出身と言うわけだ。その無謀な決断が私の寮の学生に危害を及ぼさないと信じておこう」
「その通りじゃ。だからこそ、君の様なスリザリン出身の者が必要なのじゃ」
フンと言う感じの声が聞こえて、それ以降は何も聞こえなくなった。オスカーにはそれが何ともその人物らしく聞こえた。
オスカーはダンブルドアについて、正面玄関を通り、ホグズミードへと向かう道を歩いていた。まだ、クィディッチの競技場で誰かが飛んでいるのが夕日に照らされて見えた。
男女の姿までは分からなかったので、どれがエストなのかはオスカーには分からなかった。
「このまま三本の箒かホッグズ・ヘッドまで行こうぞ。そうすれば一杯飲みにきたように見えるじゃろう?」
「はい」
ダンブルドアが通るとホグズミードで外に出ていた人が時々ダンブルドアに話しかけた。それに対して答えるダンブルドアを見ながら、オスカーは本当にこれからダンブルドアが警告するような危険な場所に行くのだろうかと思った。
「あら、アルバス、今日は飲んでいくのかしら?」
「こんばんは、ロスメルタ、すまぬがホッグズ・ヘッドへ行くところじゃ、今夜は静かな場所に行きたい気分なのと、なんとも何世紀ぶりかに綺麗になったのを見てみたいのでのう……」
ホッグズ・ヘッドのイノシシの首が描かれている看板がキーキーと風に揺られて鳴いている。何とも意外な事にホッグズ・ヘッドは随分と盛況な様で、エストと屋敷しもべが綺麗にしたガラスの向こうには、色んな人達がバタービールや他のお酒を飲む様子が見て取れた。
「君といつも一緒にいる女の子についてピンズ先生が話すときには、最初にホッグズ・ヘッドを綺麗にした魔女だと説明されそうじゃな。ではオスカー、わしの腕に掴まってくれるかの?」
「はい」
オスカーが気が付けばいつの間にか闇の中だった。体があらゆる方向から押さえつけられ、どんどん体が感じる全てが、目が鼓膜が肺が、骨へと体の中心へと押し付けられていった。
気づけばオスカーはダンブルドアと一緒に田舎の小道に立っていた。
「大丈夫かのオスカー?」
「はい、姿現しは何度か連れられてやったことがあるので」
「それは僥倖じゃ。こっちじゃの」
ダンブルドアの歩みに従ってオスカーはまた歩き始めた。途中の看板には『リトル・ハングルトン 八キロ』と書かれており、両側には初夏のせいなのかうっそうとした雑草が生い茂っていた。
曲がりくねった小道を行くと、突然オスカーの前に視界が開けた。二つの丘に挟まれた谷、谷に流れる川に沿ってつくられたこの村がリトル・ハングルトンの村だと言う事は見れば分かった。
教会や墓地、それに谷の向こう側には少しだけ手入れがされているかなり大きな屋敷が見えた。それほど念入りに手入れされているわけでは無さそうだったが、見た目だけならオスカーやエストの家と同じくらい広かっただろう。
「ここじゃの」
ダンブルドアが草が生い茂って何も見えない場所で杖を振った。草が見る見る間に刈られて、辛うじて昔生垣だったであろうとわかる高く暗い木々がでてきた。
その古いおとぎ話に出てきそうな暗い木々に囲まれた道は、ゆっくりとした傾斜をもちながら、下の方に見える、さらに鬱蒼として暗い木々が生い茂る場所に続いている様だった。
「少し苦労するじゃろうが行くしかない様じゃ」
「はい」
その鬱蒼した木々の中に、どうやって建っているのか分からないほどボロボロの小屋が立っているのが見えた。オスカーが屋敷の庭にまねごとで作っていた小屋と比べてもボロボロだと言えるくらいその小屋はボロボロだった。
「あれじゃ。あそこが今日の目的地じゃ」
「あそこに…… 指輪が?」
オスカーは疑問だった。ヴォルデモートがあんなボロボロの場所に指輪を隠すのだろうかと思ったのだ。少なくとも、オスカーからすればもっと、何と言えばいいのか、格の高い場所にそう言ったモノを隠すのではないのかと思ったからだ。
「そうじゃ。あれは信じられぬかもしれぬが、ブラックやシャックルボルト、プルウェットやウィーズリーに並んで数えられた血族の家なのじゃ。今から魔法を使う。近づくで無いぞオスカー」
オスカーが一歩引くと、ダンブルドアが杖を振り、決闘の時に見るような青い泡がこの木立一帯を囲んだ。次に銀色の光線の様なモノが杖から出て、小屋の周りにある見えない何かにぶつかった。しばらく拮抗している様だったが、耳障りな、ガラスを爪でひっかく音と甲高い悲鳴が織り交ざった音がして、見えない何かは壊れた様だった。
オスカーはダンブルドアが杖を構えているのをじっと見ているせいか、その杖がエストのモノと信じられないほどそっくりなのを見て取った。
「さて、行こうかの。必ずわしの後ろを通るように」
「了解です」
小屋は確かに家としてはもっている様だったが、その中は最早人が住める状態では無かった。色んな家具や小物は虫や腐った木の葉で荒れ放題だったし、何十年もの間、人が入ったようには見えなかった。
「なるほど。末恐ろしい魔法使いじゃと言えるじゃろう。ホグワーツの在籍時にこれほどとは……」
「ダンブルドア先生?」
「一度、小屋から出てくれるかの? オスカー?」
「はい」
オスカーが外に出ると同時に、緑と銀色の光と轟音が鳴り響いた。外から中を見れば、部屋の床が剥がされていて、その下から豪勢なつくりの箱が出てきたのだ。
その箱には、どこかオスカーが良く見たことのある寮のデザインを模してある様に見えた。
ダンブルドアがその箱を開けると、中から何か紋章の様なモノが入った黒い石がついている指輪が出てきた。オスカーは明らかにその紋章を見たことがあった。
「これが指輪ですか? 先生」
「そうじゃ、そして…… なるほど」
指輪に銀色の光が浴びせられ、見えない黒いモヤの様なモノが消えていった。その後、指輪だけが箱から浮き上がって、その石に何が描かれているのかがオスカーにも分かった。棒に丸に三角形、オスカーはそれをホグワーツ特急の中で見たのだ。そしてそれが何の象徴なのか知っていたし、誰がその象徴を使っていて、その誰かを誰が倒したのかも知っていた。
「少し、君の魔法を借りることとしよう」
オスカーは強烈に嫌な予感がした。ダンブルドアの声には、オスカーがほとんど聞いたことのない色が含まれている気がした。髪飾りの事件の後にオスカー達に話をしてくれた時とも違う、明らかな期待と一抹の恐れが乗っている声なのだ。
オスカーは自分に向けられた言葉のはずだったが、ダンブルドアがどこも見ていない様な、うわの空の様な印象を受けた。そして、オスカーにはダンブルドアの視線が浮き上がっている指輪から少しずれている様に見えた。
「ダンブルドア先生?」
オスカーの声も、ダンブルドアには届いていなかった。ダンブルドアの杖から、紫色の炎が伸びて、指輪をかすめた。どう見てもきちんと当たっていないにも関わらず、ダンブルドアはその炎を止めてしまった。
「信じられん。本当に存在するとは…… これで…… 本当に……」
明らかにダンブルドアの声は上ずっていて、別の世界にいる様だった。指輪がゆっくりと落ちて行った。オスカーにはそれを手に取ってはいけない事が分かった。特に目の前の先生に持たしてはいけないのだ。明らかにダンブルドアはオスカーとは違う何かを見ていた。
透明マントを被ったまま、オスカーはダンブルドアを突き飛ばした。
指輪が、石がゆっくりと三回回りながら見えないオスカーの手の平へと落ちて行った。