ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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死の飛翔

「お前、本当に僕を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。この僕を憐れんでいるだと?」

「そうだ、俺は君を憐れだと思ってるよ。トム」

「世間の人間が見て、お前より僕が憐れだと思うのか?」

「トム、世間がどう思うかじゃないだろ? 君がどう思うかだろ?」

 

 リドルが杖を振って、足元の雪を氷の鎖に変身させてオスカーの動きを止めようとしたが、オスカーは手を振るだけで吹き飛ばした。

 

「お前は僕によって何もかも失った。憐れなのはどっちだ? オスカー?」

「君だ」

「僕の服従の呪文に従って焼いたのは何だ? オスカー?」

「君が教えた炎は君自身を焼いた」

「お前はその記憶すら恐ろしかったのじゃないのか?」

「俺が許せなかったのは俺自身だ。怖かったのも君じゃない」

 

 緑色の閃光が雪の夜に何度も煌いた。降り積もった雪と孤児院の石材が蛇や鎖の形を取った。そのどれも届きはしなかった。

 

「スリザリンの後継者はどこで生まれた?」

「お前の母親はお前を助けようとして死んだ」

「純血主義を推し進めた君の血の半分は何だった?」

「お前と会わなければマグルの女の子は死ななかっただろう?」

「俺は君を知っている」

「僕はお前を知っている」

 

 衝撃呪文が空中でぶつかって、二人共後ろへと吹き飛ばされた。オスカーには分かっていた。トム・リドルは明らかに焦っていた。

 

「トム、俺を相手にずいぶんてこずっているじゃないか」

「オスカー。正直、君がこんなにやるなんて思っていなかった。君の…… 友人か恋人か…… それとも侍らしている? いやコレクションしてる女の子達のおかげなのか?」

「トム、君は今世紀で一番邪悪な魔法使いだ。その君が二年も年下の俺をねじ伏せれないのか?」

「いや、認めよう。君は僕の同年代にはいなかった才能を持っている。正直に驚いている」

 

 リドルが時間を稼いでいることをオスカーは分かっていた。リドルは開心術を使っているにも関わらず、いや、使っているがゆえに相手の行動が読めないことに焦っているのだった。

 

「トム、お世辞はいい。それで? 俺は次に何を唱える? どうやって防御する? 君が言って欲しくない何を言うんだ?」

「オスカー。確かに君は閉心術をマスターしていると言っていいだろう」

「トム、焦っているんだろ? 俺を倒しても、君が助かることは万に一つもないだろうからだ」

 

 リドルの顔に怒りの表情がやっと浮かんだ。自分が倒されたとしても、分霊箱であるリドルがダンブルドアの手から逃げることなど不可能な事をオスカーも分かっていた。

 逃げるためには現実世界で態勢が整う前にオスカーの体を乗っ取るべきはずだったのだ。オスカーが時間を稼げば稼ぐほど、リドルの取れる手段は少なくなっているはずだった。

 

「オスカー、お前は僕の本体が死んでも僕の影響下にある」

「トム、そうだ。君が俺たちを強くした」

「俺たち? 君の周りにいる可哀想で憐れな女の子たちのことか?」

「そうだ。君がそうしたんだ。君は自分のやった事を理解できなかった。君が自分を理解できないのと一緒だ」

 

 リドルが高笑いを上げて、寒い雪空の下にその声が響き渡った。吸魂鬼が近づけば聞こえたはずのその声さえ、オスカーにはノイズに過ぎなかった。

 

「僕の配下にしか過ぎない魔法使いがやった事で追い詰められている子供達を強くした? オスカー、論理的に考えた方がいいぞ。お前の大好きなマグルみたいにだ」

「そうだトム。君はみんなを強くした。そのせいで君は君の一部を失うことになった。今もそうだ」

「強くした? 大好きな姉が蜘蛛の化け物になった憐れな女の子を慰めれて良かったじゃないかオスカー。まさか、まね妖怪すら倒せない闇祓いなんてお笑いだろう?」

 

 紅い光線がリドルの頬の傍を通り抜けた。リドルが避けたのと同じ方向にオスカーの呪文が飛んだのだ。

 

「トム、それが君の悪い所だ。モノの一部しか君は見ようとしないだろ」

「一部? 一部しか見れない人間が、闇の魔法の可能性や先達が残した魔法の秘儀を見落としているんだ」

「普通に考えろよトム。閉心術は君みたいな開心術を悪戯に使う人間に対抗するために誰かが創ったんだろ? トム、君もそれを使ってるじゃないか。君は君が弱いと思っている人間が弱いと思っている人間のために創ったモノを使っているんだ」

 

 心を閉じて、相手に心を読ませないことと、心を開いて相手に違うモノを見させることは全く別の話だった。オスカーはそれを二年越しでやっと理解したのだ。

 

「それがどうした? お前はお前の父親が僕の配下だと言う事だけでホグワーツで不利になっただろう? 同じ様に叔父や叔母がそうだった女の子もだ。しょせんお前たちは本体が消えた後も僕の残光に怯えている」

「君に怯えているんじゃない。トム。それが君の悪い所だ。君は自分の事が大嫌いな癖に、自分には自信があるんだよな」

 

 リドルの緑色の光線を避けながら、オスカーは姿くらましと同時に足元の屋上をデプリモで叩き崩した。孤児院の子供達や寝ている部屋や、ご飯を食べる広間が屋上から見える。リドルが赤く切れ込んだ目でオスカーを見上げていた。

 

「トム、君は絶対に自分の内を外に出したりしないだろ。出すとしたら、それは君が相手の事を人間だとすら思っていない時だけだ。君はほとんどの人間をそう思っているんだろうけど」

「僕を救おうだって? いい加減にしろよオスカー、僕を救おうだって? いい加減にしろよ!! 何故お前が僕を見下げている? ダンブルドアですらそうだ。つまらない感情に囚われて、つまらない倫理に囚われて、いつも大事な結果を失うお前たちがなんで僕を見下げている?」

 

 半分、リドルとの会話が成立していなかった。リドルは明らかにオスカーが出している声では無く、オスカーが目で見せているモノに対して反応していた。

 リドルの姿がかき消えて、オスカーの隣にその姿が現れる瞬間にオスカーは杖で自分とリドルとの間に石壁を作り、もう片方の手で相手を捉えた。

 

「君が相手をコントロールしたいとか、魔法が使いたいって感情と同じだろ? なんで他の感情も全部自分だと思えないんだ?」

「自分と対比して良く見えたんだろ? オスカー? あの可哀想な出来損ないになりかかってた女の子と自分が重なって見えたんだろう? 魔法力はおろか感情すら整理できない、あの子だけじゃない、お前の父も母もそしてお前も失敗する。ダンブルドアがそうした様に、お前も理性と感情を分離できていない」

「それはそうだろトム、君が君の名前をどこにもやれないのと一緒だ。どこにもやれないんだろ? 押さえつけてもいつかそれに飲み込まれることくらい君にだって分かっていたはずだ」

 

 リドルの杖腕をオスカーは完全にとらえていた。オスカーはどうすれば、リドルが自分を見ようとするのか、それに対する答えはほとんど残されていない気がした。リドルは誰かと同じ様に自分が好きではないのだ。自分の名前と同じ様に。

 

「トム、これも君からならったわけだ。インペリオ 服従せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分霊箱はどうやったら壊れるんですか?」

 

 せわしなく、校長室のなかを歩き回りながらレアが言った。ダンブルドアや他の先生方、他の人と喋っても彼女は動いていないと自分はダメだと分かっている様だった。

 

「強力な破壊力を持ったモノじゃないとダメなの。バジリスクの毒とか、悪霊の火とか…… ハーポは分霊箱を作ったけど、バジリスクを作ったのもハーポだし…… とにかく、分霊箱と同じくらい強力な魔法じゃないと壊すことはできないはず」

「私たちの側から何か向こう側に渡すことはできないんですか?」

 

 オスカーの杖腕がある方に部屋に入った時からずっと座っていたクラーナが、視線を動かさないで言ったが、ダンブルドアがかぶりを振った。

 

「常識的に考えても…… 現実世界でオスカーに何かを触れさせても、意識の中でそれを認識するのは難しいじゃろう。君たちやわしがオスカーに触れても、あの指輪の中に入り込むことができないのと一緒じゃ」

 

 ダンブルドアが回答すると校長室に沈黙が満ちる。さっきから何度もレアが喋って、誰かが話し、ダンブルドアが喋ることで静かになる。これを繰り返していた。

 

「それって、オスカーがあの指輪の中で必要だと思わないといけないってことよね?」

「トンクス、オスカーが必要になるって…… あの指輪の中で例えば、ドラゴンに追いかけられていて、それで箒とかを必要だと思った時に、オスカーに箒を持たせておけばいいってことなのかい?」

「指輪の中にドラゴンがいるかは知らないけど、そういうことよね? オスカーが良く使ってるモノとかを持たしておけば必要な時に認識できるんじゃないの?」

「でも、もうオスカー先輩は杖を持っていますから…… 他に? 魔法のトランクとかを手に持たせればいいでしょうか……」

 

 確かに、もし何かを持たすことで有利になる様なモノがあれば別だったが、この校長室にいる八人共、今すぐには何かを思い浮かべることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な感覚がオスカーの体に流れていた。暖かいモノがジンジンと脈打ちながら、オスカーの頭や心から、体や血や骨を通り、もう体の一部としか感じられない様な杖を通って外へ出て行く様だった。

 その呪いがリドルの体にたどり着いて、彼の体の中にある信じられないほど強烈な何かを無理やりに押さえつけている。オスカーは文字通り自分の考えを呪いにのせて押し付けた。

 

『石を三回回せ』

 

 リドルの中にある何かが暴れ回っているのがオスカーに感じれられた。杖と魔法の力で無理やりに押さえつけているにも関わらず、それは明確に呪いを押しのけようとしていた。

 リドルの手が指輪についている石を捉えた。

 

『石を三回回せ』

 

 体が燃えて、前後が分からなくなりそうなほどの怒りが伝わってきた。呪いを通して、オスカーに直接伝わってくるのだ。生まれへの怒り、理解されない怒り、人と何故違うのか分からない怒り、恵まれている者が義務を果たさない怒り、先人を理解しない周りへの怒り、そのどれも変えることのできない自分への怒り。それはオスカーが見たり聞いたりしたことのある人の感情の中で、一番誠実なモノに感じられた。

 石がゆっくりと一回回った。

 

『石を三回回せ』

 

 燃えてのたくっているそれが段々と変質していくのがオスカーに感じられた。変わっていくというよりも、より強い形へ、より上流の方へ、元の形へと戻っていく様だった。

 はっきりと感じられるそれは恐怖だった。何も与えられない、何も入れるモノが無い、どこまで行っていいのか、どこまで許されるのか分からない、帰る場所が無いと言う恐怖に満ちていた。

 石がゆっくりと一回回った。

 

『石を三回回せ』

 

 リドルとオスカーが立っている世界と同じ様な、寒くて暗い世界を無理やり燃やすような、灼熱のエネルギーが呪いを弾き飛ばした。何も与えられない、空っぽで底抜けな容器を一杯にしようと、リドルとオスカーとの間に距離があるにも関わらず感じられるほどのエネルギーが満ちていた。

 

「オスカー、君は僕のことを何も理解できていない」

「トム、あと一回でいいからそれを回すべきだ」

 

 トム・マールヴォロ・リドルは真っすぐにオスカーの眼を見ていた。オスカーはこの世界に入って初めて、リドルが自分の事を本当に認識して見ていると感じていた。

 

「君が心の底で、ダンブルドアやエストレヤと言う少女の事を、自分とは明確に違う人間だと思っている様に、君は僕のことを理解できない人間だと思っている」

「トム、君の家系にその指輪が伝わってきたのは偶然じゃない。君はそれを回すべきだ」

 

 リドルの眼の奥で、行き場のはっきりと分かるエネルギーが満ちているのがオスカーにも分かった。底が抜けて永遠に注ぎ継がなければならないとしても、そのエネルギーが彼の内面や感情をズタズタに引き裂いたとしても、目や言葉や雰囲気から溢れ出すほどのモノだった。

 それと同時に、これまで奥底に貯められて全くでてこなかったリドルの一部がオスカーにも感じられた。

 

「はっきりと言ってやる。オスカー・ドロホフ。僕が人とは違うとしたら、もし、僕がスリザリンの末裔でも無く、魔法の力が無かったとしても、それでも人と違う点があったとしたらそれは一点だけだ」

「トム、君は分かっているんだろ。母親が惚れ薬を使って父親と一緒になって君を生んだことも。母親がどうしてそんなことをしてしまう人間になったのかって理由も」

 

 もう、リドルの根幹に関わることを言ったとしても、リドルは気にもしないだろう事がオスカーには分かっていた。空っぽの穴に注ぎ込まれ続けたそれが、リドルにとってもオスカーにとっても感じたことのないくらいの力になっていた。それが本当は生きて自分を守る為の力のはずなのに、色んな人を狂わせて、色んな人を傷つけることになるのがひどく悲しかった。

 

「いいか、僕は誰にも僕を決めさせない。目の前の君にも、母と僕を捨てた僕と同じ名前の愚かな父親にも、ボロ小屋で自分の血と先祖の残した家宝しか誇れるものが無かった祖父にも、僕をおかしな子供だと思っていたミセス・コールや孤児院の連中にも、魔法界で自分達の持っているモノにさえ気づかないお前たちにもだ」

「トム……」

「分かっただろオスカー。もし、この指輪を回して何が起こったとしても、僕はそれを必要としていない。お前たちが僕を必要としていない様に。僕はそれを必要としていない」

 

 リドルの言っているそれこそが、彼の野心でも卓越した魔法の腕でも無く、彼の魂をバラバラにしたそれのはずだった。それこそが魔法界を引き裂く原因になったはずだった。そしてそれが起こった原因こそがリドルが生み出したのではなく、リドルの周りが生み出したはずだった。

 オスカーの杖腕をリドルの杖腕で無い方がワンドレス・マジックで封じていた。オスカーがリドルの杖腕を封じているのと同じ様に。

 

「オスカー、二つに一つだ。君と僕、ワンドレス・マジックが先に解けて相手の杖腕を解放した方が負けだ。もう服従の呪文は僕に通用しない。そして君には分かっているだろ。僕は勝つ。君にも、僕以外の全てにも、僕は勝つ」

 

 もう、オスカーには彼をどうしようもできないことが分かっていた。

 

「僕は他の誰でもない。僕は誰にも決めさせない。決めさせると言うのなら、その全てをねじ伏せてみせる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オスカーの持ち物じゃないとダメってことだよね」

「それもオスカーが必要だって思わないとダメって事でしょう。でもそんなモノありますか?」

 

 エストとクラーナはオスカーを挟んで両面に座っていた。二人は校長室に入って来て、最初に問答をした時から、そこを動こうとしなかった。

 

「ひとつだけあるかも」

「ひとつだけですか?」

 

 エストはゆっくりとオスカーの杖腕で無い方の手を開いて、自分の杖を握らせた。

 

「あの時は意識が無かったから覚えてないけど。前の分霊箱の時も、杖が助けてくれたんでしょ?」

「そう…… ですね…… 正確には杖の所有権らしいですけど」

 

 杖を握らせた手の上から両手でそれを包んだ。

 

「一年生の必要の部屋で負けた時から、ヘレナの言っている事が本当なら、この杖はここにあるはずなの」

「確かにそうかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リドルに最早何を言ったとしても、何も届かない事をオスカーは分かっていた。

 ワンドレス・マジックでお互いに杖腕を動かさない様にしているとしても、どちらのそれが早く解けるのか? 使っている時間からしても、年齢差や単純な魔法力の違いからしても、リドルが先に動くことになることはオスカーにもリドルにも分かっていた。

 

「トム、あと一回回すだけだ」

「くどいぞオスカー。そして僕を馬鹿にするな。僕はこれでも君に敬意をもってここに立っている。そのために同じ状況にしたんだ。僕はここで君を倒し、外の世界の連中も突破してみせる」

 

 確かに、目の前の少年がオスカーに本気でものを言っていることはオスカーに伝わってきた。そして、本気で殺そうとしていることもだ。

 彼はオスカーを見て、指輪を回せば何が起こるのかを理解していたし、そして、その後、彼自身がどうなるのかも理解して言っていた。オスカーはそれがどうしようも無く、悲しい気がした。

 

「さあ、やって見せろ。君が僕を倒せると言うのなら倒して見せろ。救おうなんて真似はするな。僕と同じ場所に立って、倒して見せろ。君が本気で向き合っていると言うのなら、やってみせろ」

 

 リドルが余りに不器用な形でしか向き合えない事をオスカーはやっと分かった。救うというのはどちらかが違う場所に立っていると彼は言っているのだった。

 彼が指輪を回したとしても、こうしてオスカーの目の前に立つのであろうことも分かっていた。何よりも彼の眼がそう言っていた。

 

「トム、俺の勝ちだ」

「何度も言わせるな。やってみせろ」

 

 ワンドレス・マジックをトムの杖腕に向けている手に、いつの間にかもう一本杖があった。自分の杖と同じくらい、自分の体に馴染んでいて、まるで体の一部の様だった。

 

「君が教えた」

「そうだ。僕の選択だ。誰にもそれは邪魔できない」

 

 赤とも紫ともつかない炎が二本の杖からでた。雪の白と夜の黒だけだった世界が照らされていた。目の前の少年と終ぞ使われることの無かった石が炎の中に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指輪に入れ込まれた石がひび割れる音と一緒に、何かがどこかへ消えていった。それと同時に、オスカーはいつも寝ているスリザリン寮の天井では無い、どこかの天井が見えた。

 手にはさっきまでと同じ、杖が二本握られていた。

 

「ダンブルドア、どっちなのかね」

 

 銀色の道具がオスカーの傍で煙を吐いた。ただの銀色の煙で何の形も取らなかった。オスカーが見ていない間に何十歳も老けてしまったようなダンブルドアの瞳がオスカーを捉えた。

 

「オスカーじゃな?」

「はい」

「念のために誰か、それぞれオスカーしかわからぬことを聞いてくれぬか。記憶を読めるとしても、そんなに早くは間に合わんじゃろう」

 

 校長室にはオスカーが知らない間にスネイプとスクリムジョール、それにいつも喋るメンバーがいた。

 

「オスカー、一年生の時のクリスマスプレゼントは?」

「百味ビーンズ」

「私のボガートは何に変身しますか」

「アクロマンチュラ」

「忍びの地図の時に私は誰に変身してた?」

「マクゴナガル先生」

「ヴィンガーディアム・レヴィオーサで飛ばしたのは……」

「羽ペン」

「僕が好きなのは?」

「ドラゴン。ホグワーツ生なら誰でも知ってるだろ」

 

 オスカーには状況がさっぱりつかめなかったが、取りあえずエストの杖をエストに戻して、ベッドに座り辺りを見回した。やはり、さっきまでの森も孤児院もどこにも影も形も無かった。

 周りの皆もオスカーにどう声をかけていいのか分からない様だった。

 

「ミスター・ドロホフ。君には休養が必要だ。ダンブルドア」

「そうじゃな。医務室で魔法薬による睡眠が必要じゃろう。セブルス」

「ミスター・ドロホフ。ついてきたまえ」

「それにルーファス、他の皆を送ってくれるかの。その後に、セブルスとルーファスはわしの部屋に来て欲しい。他の皆も聞きたいことはあるじゃろうが、今は話すことができぬ」

 

 珍しく、誰も反論をしなかった。オスカーはスネイプに医務室に連れていかれた。その間、スネイプともスクリムジョールに連れて行かれた他のみんなとも喋ることをしなかった。

 医務室にはすでにマダム・ポンフリーが準備をしていて、睡眠用の魔法薬とベッドが置いてあった。

 

「マダム・ポンフリー、この薬はどれくらいの時間眠りますか?」

「体重や体質、貴方の疲れにもよりますが、少なくとも明け方までは眠ることになるでしょう」

「分かりました……」

 

 マダム・ポンフリーとスネイプはオスカーがベッドについて眠るまで見張る気だったらしく、一向に去ろうとはしなかった。

 オスカーは何か、色んな事があっという間に終わった気がしていて、自分の中身が空っぽになってしまっている気がした。とにかく、マダム・ポンフリーの言われるがまま、目の前の薬を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明け方だった。二年生の時に目を覚ましたのと同じくらいの時間だった。マダム・ポンフリーや他の誰かが動く音はしなかった。他に医務室で寝ている生徒の布ずれの音や、フクロウの声や羽音が時々聞こえたが、それ以外には何も聞こえなかった。

 心の中は空っぽだとオスカーは思っていたが、オスカーにはやることがあった。思いだしたそれをオスカーはやらないといけないと思っていた。それにはまず、そこに入る許可が必要だった。

 自分に目くらまし呪文をかけて、医務室を抜け出した。朝のホグワーツには余り動くものが無かった。肖像画達もすやすやと眠っていたし、医務室の外には誰もいなかった。

 キッチンでは屋敷しもべ妖精たちがせわしなく働いているのかもしれなかったが、医務室から校長室までの間、オスカーは誰に会う事も無かった。

 ガーゴイル像はオスカーが何も言わなくとも飛び退いて、校長室への道を開けた。

 螺旋階段を登って、校長室をノックして開けば、まだ歴代の校長たちは寝ていて、静かだった。しかし、オスカーが昨夜会ったよりも、一晩で何歳も老けてしまったようなダンブルドアは起きていて、オスカーの方をはっきりと見ていた。

 金色の指輪がダンブルドアの前にある机の上で光っていた。

 

「ダンブルドア先生」

「ああ、オスカー、起きたのかね。昨夜はすまなかった」

 

 ダンブルドアが歩いてこちらに来ようとする前に、オスカーは自分で近づいた。

 金色の指輪にはめられた石が朝日を受けて黒く光っていた。

 

「ダンブルドア先生はそれを使わないのですか」

「オスカー、まさにそれじゃ。それをわしは君や他の沢山の人に謝らなければならぬ」

 

 オスカーは昨日あった誰かと同じ様に、ダンブルドアがそれを使わないだろう事は分かっていた。

 

「どうして使わないのですか」

「わしにそれが相応しくないからじゃ」

「先生が許して欲しいと思うのは凄く自然な事だと思います」

「オスカー、わしが間違えたのじゃ。にも関わらず、わしが悪戯に静かな眠りについている者を呼び出すことがどうして許されよう」

 

 ならば、この石はいつ使われると言うのか、オスカーには分からなかった。この石は一番必要としている人間には使う事ができない石なのかもしれなかった。

 

「リドルはそれを使わないと言いました」

「それはそうじゃろう。あやつが振り返ることはありえまい」

「でも、先生はもう受け入れているはずです」

「オスカー、わしは受け入れてはおらぬ。そうでなければ、君が隣にいるにも関わらず、指輪に手を伸ばすことをしなかったじゃろう」

 

 オスカーには分からなかった。どうしようもなく、尊い事であるはずなのに、どうしようも無いほど能力が高いせいで、彼らはそれを選べないのだった。

 

「先生が指輪に惹かれない人間なら、俺や他のホグワーツ生や卒業生は、ダンブルドア先生を尊敬してはいないはずです」

「オスカー、老人は間違えてはならぬ。すでに何度も間違いをしておる、それを下の者に伝えねばならぬ。その老人が間違えてはならぬのじゃ」

「先生は賢いから重大な間違いをするんでしょう。だから色んな事を学ぶことができるし、俺たちに教えることができます」

「オスカー、ゆえに間違えてはならぬ」

 

 指輪を使うに相応しくない人間であると認識していること自体が、オスカーには素晴らしい事であるとしか思えなかった。一体どれくらいの人間がそう思う事ができるのか、自分がそう言う人間だと思う事ができるのか、それはきっとほんのわずかな人間だけのはずだった。

 

「先生は一回は間違えたかもしれません」

「そうではないのじゃオスカー。わしがこの…… 死の秘宝に惹かれたのは二回目じゃ。一回目は何より大切なモノを失った。ゆえに二回目は丸く収まったとしても許されぬ」

「先生は一回目の結果を受け入れている」

「オスカー、わしは受け入れてはいなかったのじゃ。そうでなければ、指輪に石に惹かれはしなかったじゃろう」

 

 指輪に石に惹かれない人間が、大切な誰かがいなくなったことを受け入れることなどできないとオスカーは思った。

 

「それは違う。そうでなければ、先生のその杖は先生を選ばなかった」

「何を……」

「先生の杖は本物のニワトコの杖だ。その芯にはセストラルの尻尾の毛が使われている。セストラルの尻尾の毛は条件を満たさないと力を引き出すことはできない」

 

 石も杖も偶然であるはずが無かった。トム・マールヴォロ・リドルが蘇りの石を分霊箱にしたことも、彼の先祖がそれを伝えたことが偶然ではない様に、アルバス・ダンブルドアがニワトコの杖を持っているのも偶然ではないはずなのだ。

 

「先生がどうやってその杖を持つことになったのかを俺は知らないけど。その杖が先生を選んだ理由があるはずだ。他の誰かよりも先生が持つのが相応しいとその杖が感じた理由があるはずだ。それは多分、先生が石に惹かれて、自分が石に相応しくないと思っているのと同じ理由のはずだと俺は思います」

「なんと……」

 

 ニワトコの杖がアルバス・ダンブルドアの手元にずっとある理由は、彼が最強の魔法使いであると同時に、もう一つの条件を満たしているからであるはずだった。

 ヴォルデモートやグリンデルバルドよりも杖が彼を選んでいる理由があるはずなのだ。

 

「だから先生はもう受け入れているはずです。それが杖を手に入れた時なのか、それより前なのかは分かりません。でも、受け入れているはずです。俺の様に蘇りの石に助けて貰わないといけなかったのではなく、先生は一人でそれを乗り越えたはずだ。そうでなければ、先生はどうして自分が石に惹かれているのかすら分からなかったはずだ」

「わしは…… この石はやはり君に相応しいものなのじゃろう……」

 

 ダンブルドアが杖を振ると、指輪が銀色の鎖につながれてネックレスの様に連れ下がり、そのままオスカーの首元へとやってきて、そのまま首にかけられた。

 

「先生は使わないのですか」

「そうじゃ。君がその石を自分のために二度と使うことが無い様に、わしも使うことは無いじゃろう。さすれば本当の意味で石を使う事ができるじゃろう。その石が必要となる他の誰かが出てくるまで、君に持っていて欲しい」

 

 やっとダンブルドアの青い眼にオスカーがいつか見たのと同じ、信じられないほど強烈なエネルギーが満ちている気がした。

 

「ニワトコの杖の持ち主がナナカマドの杖の持ち主に惹かれるのはそういう事なのじゃろう。オスカー、天文台の塔にいって構わぬ。君が誰かに捕まることはそうそうないじゃろうが…… 誰かに言われたのなら、わしが許可を出したと言ってくれればよい」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外の空気と風がオスカーの頬を撫でていた。憂いの篩を使った後に、天文台の塔に来た時とは違い、オスカーにはどうしてここに来たかったのかの理由がわかっていた。

 外が見える場所まで登ると、ホグワーツの全てが見えた。灰色のレディと会った時も、ホグワーツのほとんどが見えると思っていたが、この塔からなら、黒い湖、ハグリッドの小屋、禁じられた森、レイブンクローやグリフィンドールの塔、ホグズミード、クィディッチの競技場とホグワーツの全てが見えた。

 多分、校長室にみんなが集まっていた理由の一つをオスカーは取り出した。カエルチョコレートのカードと同じ形のカードには、みんなの写真が入っていた。

 写真の所を杖で叩くと、他の二枚の写真が出てきた。三枚は順番に、ホグワーツで撮った写真、クリスマスに自分の家で撮った写真、それに森の中で撮った写真だった。

 ここからなら全部が見えるはずだった。ホグワーツの全部が。

 

「エクスペクト パトローナム 守護霊よ来たれ」

 

 幸せな光景を思い浮かべていなかったのに、これまでで一番はっきりと銀色のトンボが姿を現わした。いつか見たのと同じサイズのトンボだった。

 トンボはオスカーの手に一度とまった後、天文台の塔よりもっと高く飛んで行って、見えなくなった。オスカーはその様子をただただ見ていた。

 

「オスカー、いきなりいなくなるのは止めて欲しいの」

「そうです。それになんでまた天文台の塔に来ているんですか、オスカー先輩」

「ちょ、ちょっとトンクス、早く塔に下ろしてくださいよ」

「それよりなんで守護霊の呪文なんて使ってたわけ? 絶対オスカーの守護霊だったわよね?」

「オスカーも箒に乗るかい? もっと高いとこまでいけるけど」

 

 急にみんなが箒に乗って現れたのでオスカーは面食らった。どうも、医務室から何も言わずに出てきたせいで、少し心配させた様だった。忍びの地図で居場所がばれたのだろう。

 

「いや、いいよ。こっからでも全部見えるからな」

 

 一人では見えないことがあることくらい。オスカーは随分前から知っていた。

 













次話を投稿次第、闇の魔術に対する防衛術の先生を探しに行きます。
ご了承ください。

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