青い泡の様な膜で覆われた部屋の一角でクラーナとオスカーは杖を振っている。
「インペディメンタは妨害呪文です。相手の動きを止めたり、魔力を多く込めれば吹き飛ばして呪文を中断することができます」
クラーナが青い膜の中を飛んでいる小鳥に呪文を唱えると、小鳥はポトリと地面に落ち動かなくなる。しかし、しばらくたつとまた立ち上がって飛び始めた。
「オスカーは盾の呪文は使えるみたいですから、攻撃呪文としてまず妨害呪文を覚えてはどうでしょうか」
「確かに、この呪文なら相手を傷つけずに止めることができるのか」
「そうです、相手の動きを止めるなら、失神呪文か全身金縛り呪文、そしてこの妨害呪文が有効です」
そういって今度は別の呪文を飛び交う小鳥に打ち始める。
「ステューピファイ 麻痺せよ!! ペトリフィカストタルス!! 石となれ!!」
今度の呪文が当たった小鳥は完全に動かなくなった。
「しかし、失神呪文は当たり所が悪いと最悪、あの世行きになる可能性もあるそうですから、最初は妨害呪文と全身金縛り呪文を覚えるべきでしょうね」
「武装解除呪文はどうなんだ?」
「アラスターおじさん曰く、相手が杖を二本持ってたらどうするんだ? えぇ? だそうです」
「なるほどな」
オスカーとクラーナは約束通り、決闘の練習を必要の部屋でし始めていた。
クラーナのマッドアイ仕込みの戦闘術をマスターするために、オスカーはまず、基本的な呪文を覚えることから始めていた。
しばらくは呼び出した小鳥や、小動物を目標として呪文の練習を行う予定だった。
「しかし、前にエストにけがをさせたグリフィンドールの生徒が言ってましたけど、オスカーが問題を起こしたら退学になるっていうのは本当なんですか?」
妨害呪文で小鳥とアナグマを停止させていたオスカーが、クラーナの方を振り向かずに答える。
「本当なんじゃないか? そもそも俺のホグワーツ入学はダンブルドア校長と見張りの闇祓いが推薦しなかったらこんなに簡単にいかなかっただろうしな」
また動き出したアナグマを今度は全身金縛り呪文で動けなくする。
「そうですか、忠告ですけどこの前のあの連中、懲りずにまたやってくると思いますよ」
オスカーの脳裏には以前の襲撃で傷ついたエストが浮かぶ。思わず呪文に力が入り、妨害呪文を食らった小鳥が防護呪文の青い泡まで吹っ飛んでいった。
「なるほどな、しばらくはこの練習を口実にしてエストと一緒にハグリッドの小屋に行かない方がいいみたいだな」
オスカーがまた妨害呪文を唱えるが、アナグマも小鳥と同様に青い泡まで吹き飛んでいった。
クラーナが冷めた目で小動物が吹き飛ぶ様子を見た。
「はぁ。とりあえずアホのファッジに気を付けた方がいいですよ、あんななりと脳みそでも五年生で魔法省の大物の甥ですから」
「ファッジ?」
オスカーは練習にならないとばかりに頭を掻きむしってクラーナの方を振り向いた。
「あなたを襲ってた大柄な上級生ですよ、ルーファス・ファッジ。魔法事故惨事部の長、コーネリウス・ファッジの甥に当たりますね」
オスカーの頭の中にグリフィンドールの生徒を引き連れて歩いていた大柄な上級生が思い浮かぶ。
前回、エストに直接的にけがを負わした相手だと思いだした。
「そいつを聖マンゴ送りにしたら退学は間違いなさそうだな」
「あなたはアズカバン送りかもしれませんね」
クラーナはなにやら楽しそうに笑ったがオスカーは面倒な相手だと思った。下手をすれば下らない呪いでさえファッジに当てただけで、オスカーの進退が怪しくなるからだ。
「まあ今は呪文を覚えて戦闘方法を学ぶことですね、備えあれば憂いなし、油断大敵!! ですよオスカー」
青い泡の傍で気を失っている小動物の気を杖で戻しながらクラーナがそう言った。
「オスカー、それじゃあそろそろお暇しますか」
「ああ、チャーリー、エストがルーンスプールに乗って城に行かないように見張っといてくれ」
「わかったよ」
ハグリッドの小屋でのルーンスプールを世話の最中、オスカーとクラーナは呪文の練習の為、早めに抜けようとしていた。
「オスカーとクラーナは絶対怪しいもん!!」
「だからこの闇の魔法使いの卵は貴方に負けたのが悔しくて、決闘の練習をしているって言ってるじゃないですか」
「決闘の練習ならエストでも教えれるし」
「それじゃあ何時までたってもオスカーは貴方に勝てないじゃないですか」
「うぅ…… 勝てなくてもいいでしょ?」
「エスト、それはオスカーの男としてのプライドがあるんだと思うけど」
「むぅ、オスカーはクリスマスからいきなりクラーナと仲良くなりすぎなの」
エストが意気消沈したせいでルーンスプールがオスカーを睨んでくる。どうもこの蛇は完全に自分を敵として認識したようだとオスカーは思った。
「じゃあハグリッド、また明日も来ますね」
「おお、クラーナ、オスカー、また来いよ」
ルーンスプールがプシャアプシャアと鳴いてエストの気を引こうとしているのを聞きながらオスカーとクラーナは必要の部屋へと向かった。
校庭を越え、城の中を進んでもグリフィンドールの生徒が襲撃をしてくる様子はなかったので、オスカーは少し息をついた。
最近、クラーナの忠告通り、グリフィンドールの生徒がまたちょっかいをかけてくるようになっていたのだ。
しかし、必要の部屋がある階にたどり着き、現れた部屋のドアを開けようとした瞬間、ドタドタドターンと何かが転がり落ちるような音がした。
「何者ですか!!」
クラーナが音の方向へ杖を向ける。
「いったぁ…… あっ!? ヤバ…… バレちゃった」
階段の下でオスカーと同じくらいの年の女の子がうずくまっている。ケバケバしいピンク色の髪には見覚えがなかったが、その顔や声には覚えがあった。
「あなた、ハッフルパフのニンファドーラ・トンクスでしょう? なぜ私たちをつけていたんですか?」
「えっ? いや、その、なんといいますか……」
顔がはっきりと見え、クラーナが名前を呼んだことで誰なのかオスカーにもはっきりと分かった。
組み分け前に髪の毛の色を十分ごとに変えたりして、目立っていた女の子だ。確か何度か授業でも一緒になっていたはずだ。
「あなたの身内がこの闇の魔法使いの卵の親に殺されたなんて話は聞きませんけど、何用ですか?」
「や~ その何と言いますか」
「はっきりしたらどうですか!!」
「うっ…… だってみんながムーディとドロホフは怪しいっていうから、尾行してはっきりさせようと思ったんだけど」
クラーナが眉を吊り上げてトンクスを詰問する。しかし、オスカーにはこのトンクスが何か悪意を持って二人をつけていたようには思えなかった。
「なんですか怪しいって?」
「だって、ドロホフとプルウェットはクリスマス前に喧嘩してて、クリスマスが過ぎたらなんかムーディとドロホフが一緒にいるようになったから、みんなムーディがドロホフをプルウェットから奪ったんじゃないかって言うんだもん」
「な…… なんですかそれは!? 私がこのアズカバンに送られそうな顔をしている男とどうにかなるとでも?」
クラーナが顔を赤くして青筋を立てている。オスカーはクラーナがオスカーを表現するときに闇の魔法使いとか、アズカバンとかつけるのはそろそろやめてくれないかなと思った。
「だって今も人気がない場所に一緒に向かってたし、そのセーターもスリザリンのデザインにオスカー・ドロホフのイニシャルが入ってるでしょ?」
「う…… それはまあ色々あるんですよ!! とにかく。私とオスカーがどうにかなってるとか、エストからオスカーを奪い取ったとかそんな事実はありません!!」
「じゃあいったいこんな場所で何してたの?」
最近エストをおちょくれるようになっていたクラーナが珍しく劣勢に立たされているなとオスカーは思った。
「オスカー!! 貴方からこのアホのトンクスに説明してください!!」
「いや、アホってな…… 部屋の中を見せればわかるんじゃないのか?」
「部屋の中? って言うか、そこってなんもない壁じゃなかったっけ?」
トンクスはようやく必要の部屋の扉に気づいたのか目を丸くしている。
「仕方ないですね、トンクス、貴方も必要の部屋に入れば分かりますよ」
「必要の部屋?」
クラーナが扉を開けるといつも練習に使っている必要の部屋が現れる。
青い泡の保護呪文のかかったスペース。呪文学、変身術、闇の魔術に対する防衛術に関する本が入った本棚。かくれん防止器や敵鏡、うそ検知器といった防犯用の魔法具。
いつ見ても魔法による戦闘を学ぶためにはこれ以上無いと言えそうな部屋だった。
「ワァーッ! なにこれ? こんな部屋がホグワーツにあったの?」
「あった、というのは語弊があるでしょうね、現れると言った方がいいでしょう」
「現れる?」
「この部屋は本当にやりたいことがある人に沿った部屋になるらしい」
「本当に? すごい!!」
トンクスは部屋に入るなり色々なものに手を伸ばし始め、かくれん防止器やスニースコープをひっくり返していた。
クラーナがそれを白い目で見ている。
「で? 二人はこの部屋で何をしてたの?」
「何って、女の子にも勝てないオスカーを鍛えてるんですよ」
トンクスが何をいっているのか分からないという顔でオスカーを見る。
「この男はグリフィンドールのアホどもに襲撃されてたわけですけど、それをかんがみて自分の傍にいるとエストを傷つけるからと言って彼女を遠ざけてたわけです」
「クリスマス前の喧嘩っていうのがそれなのね」
「それでエストレヤ・プルウェットはこの根性なしのオスカーに決闘を挑んでボコボコに打ちのめし、私の方が強いから傍にいろって言ったわけです」
「わあああ、プルウェットってカッコイイわね」
オスカーは二人の話を聞いて段々顔が赤くなってきた。
「で、女の子にボコボコにされたオスカーは強くなろうと思って私に泣きついてきたわけです」
「プルウェットを守る為ってことでしょ? ドロホフもカッコイイ」
オスカーは自分の顔がさらに赤くなったと思った。
そもそも決闘の練習を頼んだのはクラーナがクリスマスプレゼントを要求しろと言ったのが始まりじゃないのかとオスカーは思う。
「ねえ? 私も二人の練習に参加していい? こんな面白そうなことやってみたいと思うに決まってるじゃない」
「ええ…… 練習にトンクスがですか?」
「あれ? やっぱりドロホフと二人きりがいいってこと?」
「なんでそうなるんですか!! 貴方は授業でも色々ドジをやるじゃないですか!! 決闘の練習でそれがでないか心配なんですよ!」
「ちょっとそれはひどくない? いくら私がドジをやるからって、ムーディやドロホフを決闘にかこつけて細切れにしたりはしないと思うんだけど」
「まあ俺はなんでもいいけど」
「さっすがドロホフ、カッコイイよ」
「なに調子いいことを言ってるんですかこの女」
クラーナとトンクスはワーワーギャーギャーと言い合っているので、オスカーは動物を呼び出し呪文の練習を始めた。
ここまでの練習はうまくいっており、人間大の動物でも妨害呪文、失神呪文、全身金縛り呪文の効果を出すことに成功していた。
「ねえ、ドロホフちょっと待ってよ」
「なんだ? トンクス」
「なんだって、私たちまだ自己紹介してないでしょ?」
「そうですよ、この女自分から入れてくれとか言っといて自己紹介もしてないです」
確かにトンクスは目立つので知ってはいたが、お互いに自己紹介をした記憶はないとオスカーも思った。
「私はニンファドーラ・トンクス、ハッフルパフの一年生よ。ニンファドーラなんてばかげた名前じゃなくてトンクスって呼んでね」
トンクスがこちらにウィンクしながら名乗る。
「オスカー・ドロホフだ。オスカーでもドロホフでも好きに呼んでくれ」
「クラーナ・ムーディです。私も好きに呼んでもらっていいですよ、ニンファドーラ」
クラーナがにやりと笑ってニンファドーラとトンクスを呼ぶと、トンクスの顔に青筋がたつ。
「へえ、やっぱりクラーナはオスカーとの二人の時間が邪魔されるのが嫌だと思ってるのね」
「なんですかそれは!! しつこいですね」
やっぱりこの二人は相性が悪いのだろうか? エストとクラーナの組み合わせでもここまでうるさくはないとオスカーは思う。
「なんでってこんな顔してるわよ、クラーナ」
そう言ってトンクスは目をぎゅっとつぶって鼻をつまんだ。
するとクラーナそっくりの顔と髪の色になった。
「あなたやっぱり七変化なんですね、というか人の顔になるのはやめてください」
「七変化?」
オスカーは聞きなれない言葉だった。
するとクラーナそっくりの顔でトンクスがオスカーに答える。
「つまり、外見を好きなように変えられるのよ」
能力には感心したが、クラーナの顔でトンクスの声が聞こえてくるのは何か気持ち悪いとオスカーは思った。
「七変化はパーセルタングとかと一緒で遺伝性の能力です、非常に珍しい能力ですけど自分の顔に変わられるのはむかつきますね」
オスカーは羨ましい能力だと思った。常に違う顔をしていればグリフィンドールの生徒達をまくことだって容易だと思えたからだ。
「便利な能力だな、誰かのふりをすれば逃げるのは簡単そうだし」
「まあ確かに能力は凄い便利ね、こんな風にクラーナをおちょくれるし」
そういってトンクスはクラーナの顔のまま必要の部屋を再度物色しだす。
「くっそむかつきますねあの女、でもトンクスに協力して貰えばグリフィンドールのあほどもをなんとかできるかもしれません」
本物のクラーナはもう一人のクラーナを見て、何かを思いついたという顔をした。
※ルーファス・ファッジ
コーネリウス・ファッジの甥。
原作中ではマグルの地下鉄を消失させ、魔法省の尋問に会う。