ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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再び森へ

 学期末試験とクィディッチの最終試合が矢の様に過ぎて行った。

 クィディッチでは二年ぶりにスリザリンはグリフィンドールに総得点数で負けてしまい、敗北した。去年とは対照的にスリザリンのチェイサーとキーパーがボロボロで、スニッチが現れるころには態勢は決していて、エストがスニッチをとって試合を終了させることになった。

 試験の方では、一応オスカーは十科目の教科に合格したはずで、これは逆転時計を使わずに受けれる最大数のはずだった。

 

「オスカー先輩、スクリムジョール先生が今年でいなくなるって聞きました?」

「闇の魔術に対する防衛術の先生が一年でいなくなるのはいつものことだろ…… そうか、ジェマは一年生だから知らないのか」

「毎年先生がいなくなる?」

 

 校長室とリトル・ハングルトンでの一件はあそこにいた人以外には全く漏れてはいない様だった。髪飾りの時も正確な噂は流れていなかったが、今回は外に絶対出さない様にしたのか、誰も話をしておらず、オスカーが医務室で寝ていた事をスリザリン生の何人かが知っているくらいだった。

 

「何年も前から闇の魔術に対する防衛術の先生を二年以上続けた人はいないらしいな」

「そんな事が…… それでスクリムジョール先生がもういなくなるって聞い……」

「今から行くか」

「え?」

 

 今日は試験終わり後の休暇で、三年生以上はホグズミードに行っているはずだったのだが、オスカー達は事件やクィディッチや試験が重なって、あまり外に出る気がしなかったのだった。それにその次の日はホグワーツから帰る日だった。

 

「エストが起きてくる前に行って帰ってこればいいだろ。試合がアレだったから当分起きて来ないだろうし」

「行くって……」

「だから謝りに行くんだろ」

 

 スリザリンの談話室にはほとんど人が残ってはいなかった。三年生以上はホグズミードに行っていたし、二年生以下はまだ寝ている様だった。

 それにオスカーは事件の後は試験でしかスクリムジョール先生と喋ってはいなかったので、魔法省に先生が帰る前に一度くらい喋ってもいいかと思っていたのだ。

 まごまごしていたジェマをよそに談話室から出ると、ジェマは後ろをついてきた。

 

「あんまり、謝り方って分からな……」

「普通にごめんなさいでいいだろ。どうせいなくなるんだから罰則も出しようがないし」

 

 オスカーは忍びの地図を出して、スクリムジョール先生の位置を確認した。四階の闇の魔術に対する防衛術の教室の近くにある居室にいるらしかった。

 他のいつものメンバーの名前を探すと、どうもみんなホグズミードには行ってはおらず、それぞれの寮に名前があった。

 

「スクリムジョール先生は部屋に……」

「いるみたいだからさっさとすませばいいだろ。俺とトンクスとスクリムジョール先生に謝ればそれで終わりだろ。二年生になる前に終わらせればいい」

 

 謝れる間に謝った方がいい事くらい、誰でも分かっているはずだった。ジェマと喋っている間に四階についていて、スクリムジョール先生の部屋はすぐそこだった。

 オスカーがノックすれば「どうぞ」と声が聞こえてきた。

 

「失礼します」

「ああ、ミスター・ドロホフ、ミス・ファーレイ。すまないが引越しの途中だ。ソファーは無いので我慢してくれたまえ」

 

 確かに、前にオスカーが入った時よりも殺風景な部屋だった。トランクが何個かと大きな机が一つあるだけで、前にあった書類の山や応接用のソファーみたいなモノもどこかへ行って無かったからだ。

 スクリムジョール先生が杖を振るとオスカーとジェマの前に椅子が二つ現れた。机の後ろにあった椅子を引いて、先生は二人の目の前に座った。

 

「座りたまえ。それで? どうしたのかね? 残念ながらあまり私は学生の相談事には向いていないのが今年度の一年間で自覚できたわけだが」

「惚れ薬の事です」

「ごめんなさい。私が闇の魔術に対する防衛術の教室から盗みました」

 

 そう言ったジェマの眼をスクリムジョール先生はしばらく見ていた。

 

「ミス・ファーレイ、謝ったと言う事は君は自分が何をやったかを分かっているわけだ」

「はい、ごめんなさい」

 

 何というか、オスカーはちょっとスクリムジョール先生が面白がっているのではないかと思った。もちろん、スクリムジョール先生はちゃんとジェマの目線に合わせて真剣な顔で聞いていたが、何か目がそういう雰囲気をしていたのだ。

 

「私は闇の魔術に対する防衛術の最初の授業で、どの学年でも同じ話をした。もちろん、学年によって言い方は色々変えてみたつもりだが、ミス・ファーレイ、何の話をしたか覚えているかね?」

「魔法基本法則の話です」

 

 オスカーはジェマが泣き出しそうだと思った。それにどうしてそんなにジェマが何度も謝りに行った方がいいのではないかとオスカーに言ってきた理由も分かった。多分、他の授業の先生から盗んだのなら、こんなに彼女が気にすることも無かったのだろう。

 

「その通りだ。そして、君がここに来て謝っているという事はどうやらそれは守られているらしい」

「でも、私はその話をした先生の……」

「その代わりに君は他の人よりもそれを理解したはずだ。どうしてそんなモノの話をわざわざする必要があったのかも、他の人とは少し離れた場所から分かったのではないか?」

 

 もう明らかにジェマの眼には涙がたまっているように見えた。オスカーはどうして何度も謝りに行った方がいいかと聞いて来たジェマが、どうしてそんな考え方をしたのかを自分は考えていなかったと思った。もちろん、その時に自分が自分の考えで一杯で考える余裕が無かった事も分かっていた。

 

「まあ、だから私の拙い授業でも一人くらいには伝わったらしいと言う事だ」

「先生の授業はそんなことは……」

「いや、十分に拙かっただろう。君たちが謝った様に、私や他の大人も謝らなければいけない。それに大人も良く間違いをすると言う事を知っておいて欲しい。君たちより頭が良い人間でも、経験を積んだ人間でも間違える。問題は間違えても君たちの様に謝ることができないと言う事だ」

 

 今度は明らかに先生の眼と言葉に力が入っている様にオスカーは感じた。やらないといけないことが見えたと言う感じだった。

 

「組織の中にいると随分と自分の事や大事なことが見えなくなる。先日といい今日といい、私も外に出たことでミス・ファーレイの様に、少しだけ目の前のモノが見えた気分だ」

 

 やっぱり、闇の魔術に対する防衛術は腰を据えて教える先生が必要だとオスカーは思った。毎年、色んな先生から色んな事を教わってはその度にいなくなってしまうのだ。

 

「さて、罰則を与える代わりにどうやって教室の扉を開けたのか教えて貰えるか? ミス・ファーレイ? あの教室の扉にはアロホモラでは開かない様に呪文がかけられていたはずなのだが」

「このナイフで開けました。そういう扉でも開くナイフで、昔出回っていたと」

 

 ジェマが取り出したペンナイフをスクリムジョール先生は手に取ってしばらく眺め、それからジェマに返した。

 

「なるほど。伸縮する魔法の道具で物理的に開けたと言う事か。魔法省の一部の部屋の様に錠の場所に呪文をかけなければ開けられてしまうだろう…… どちらかと言えばマグル的な発想の道具なわけだ」

 

 感心した様に立ち上がり、スクリムジョール先生は椅子を机の方へ直した。もう話は終わりと言わんばかりだった。

 

「ではそろそろ私も魔法省へ帰らねばならない。君たちは随分いいタイミングできてくれたわけだ。そうだ、そう言えばミスター・ドロホフ。君の友人二人は嬉しい事に闇祓いを志望すると言ってくれた。ミス・ファーレイもそうだが、もし成績の要件が満たせれそうならば一考してくれたまえ」

「はい、ちょっと考えてみます」

「ありがとうございました」

 

 二人はスクリムジョール先生に頭を下げて居室から出た。スリザリン寮へ戻る途中でオスカーは示しっぱなしだった忍びの地図で寮を見たが、どうもエストはまだ寝ている様だった。

 

「オスカー先輩」

「どうした?」

「一緒に行ってくれてありがとうございます」

「ああいう場所はエストと行くのはあんまりよく無さそうだからな」

 

 ジェマはさっき取り出したペンナイフをもう一度ポケットから取り出した。

 

「あの、先輩が持っていてくれませんか? 私が持っているとまた変な時に使うかもしれな……」

「これはジェマが誰かから貰ったんじゃないのか?」

「お父さんから貰いました」

「ならジェマが持ってた方がいいだろ。俺は一年生の時に人に貰った物を別の人にあげて、それから毎年酷い目にあってるからな」

 

 余り、ジェマは納得していなさそうな顔で、現にまだペンナイフは出したままだった。

 

「それを持ってれば毎回思い出すだろ。スクリムジョール先生が言った事とか色々、だから自分で持ってた方がいいぞ」

「分かりました」

 

 今度はペンナイフをポケットに引っ込ませた。オスカーはそれを見て少し安心した。オスカーがジェマの父親ならば、娘が自分が与えたモノを人にあげるというのはあんまりいい気がしなかったし、正直、もうセーターはこりごりだった。

 

「ちょっとどこかで時間をつぶしてくる。エストが起きたら…… うーん。湖の傍にでもいるって言っといてくれ」

「分かりました。でも、オスカー先輩はやっぱりもうちょっとやさしくする人間を考えた方がいいです」

 

 後ろ手に手を振ってオスカーはそのまま毎度来ている湖の傍にあるブナの影の所まで行った。

 オスカーはさっきのジェマでは無いが、胸の上で歩くたびに跳ねている石の中での一件から、これから何をすればいいのだろうと言うのが分からなくなっている気がしていたのだ。

 ホグズミードに学生はみんな行っているかと思っていたが、大イカと遊んでいる生徒や、湖で涼んでいる生徒がいて、オスカーが思っていたほどいつもの場所は静かでは無かった。

 

 何かを覆い包んでいた何かが取れて、ホグワーツにいる間ずっとあり、特にこの年度の間感じていた切迫感が無くなったが、その代わり、何もやらない、何も考えていないという状態がオスカーは少し不安だった。

 他のみんなはそう言う事を考えていないのかとオスカーは思った。先ほどスクリムジョール先生が言った二人の様に、漠然とでも何かをやりたいだとか、何かになりたいという感覚が今のオスカーには無かったのだ。

 そして、何故かそれが少し不安だった。何かに縛られていないことが、やるべきことが分かっていないことが、無駄に時間を使っている気がして、その無駄に使っていた時間があとでどうしようも無くなった時に使うべきだったと後悔する気がして、不安だったのだ。

 

 夏の暑い風がちょっとだけ湖で涼められてオスカーの体を通り抜けて行った。穏やかで平和だったが、オスカーにはそれがどうしても何か不安だった。

 

「オスカー先輩、先輩達はホグズミードにはいかないんですか?」

 

 オスカーは一瞬、ジェマが戻ってきたのかと思ったが、オスカーの事を先輩と呼ぶ、違う方の人物だった。

 風に揺れているレアの髪が前よりもほんの少し長くなっている気がオスカーはしていた。

 

「決闘トーナメントでクィディッチの試合が昨日までずれ込んでて、エストが爆睡してるからな。グリフィンドールの方はお祭り騒ぎだったろうしな」

「そうですね。決闘トーナメントのせいでスリザリンの得点をクィディッチでも逆転できないですから、グリフィンドールはそこしかお祝いできないはずだ」

 

 どうしてピンポイントでいる場所がばれたのかとオスカーは思ったが、忍びの地図を使いっぱなしでポケットに入れていたことをオスカーは思いだした。これでは全員の場所が筒抜けなのだ。

 

「さっきトンクスとクラーナは闇祓いになりたいって言ってるって話を聞いたんだが、レアは何かなりたいものとかあるのか?」

「ボクですか? うーん…… あんまり考えたことは無いですけど…… レイブンクローの先輩達が前に三本の箒に来てて……」

 

 オスカーの周りの人間の中でも、一番どんどん変わっている気がするレアの話なら、ちょっとは参考になる気がした。

 

「その中だと…… 魔法法執行部で魔法法を作ろうとしている人と、聖マンゴで新しい癒術を作っている人の話は面白かったです。オスカー…… 先輩はそう言うのは無いんですか? チャーリー先輩はドラゴン研究者? エスト先輩は先生って前に言ってました?」

「いや、あんまり考えて無いんだよな。三年の時の教科もあんまり考えないで選んだし、ただ、来年はふくろう試験だから色々決まっちゃうからな」

 

 こういうことを誰に聞けばいいのかもオスカーには余り分からなかった。寮監のスネイプ先生やキングズリーに聞けばいいのだろうか? ただ、二人共答えを与えてくれるわけではない気がしていたし、誰かにそれになれと言われてもオスカーは頑張れる気がしなかった。

 

「チャーリー先輩のお兄さんみたいに呪い破りとかですか? オスカー先輩の成績ならどれでも行けそうですけど……」

「そういやそれもあるのか…… ホグワーツと家しか基本知らないからあんまりイメージできないよな」

 

 近くにいる大人や、みんなのなりたいモノを考えてもオスカーはパッとしなかった。闇祓い、魔法省、癒者、呪い破り、先生、もっと色んな職業があるはずだったが、オスカーは憧れるかと言われても余りピンとこないのだ。

 

「あの、話が変わるんですけど」

「暇だから何でも言ってくれていいけどな。俺は試合では疲れて無いし」

「今年もみんな先輩の家に行くんですか?」

「そうじゃないか? あんまり話はしてないけど、チャーリーの家はみんなでかくなって狭いだろうし、エストの家にはあのおばさんがいるからな……」

 

 オスカーはエストとチャーリーの家は知っていても、他の三人の家は知らなかった。ただ、あの人数を押し込める家がそんなにあるかと言われればないと予測できるので、どうせまた自分の家に集まるだろうと考えたのだ。

 

「夏休みの間ずっとそうするんですか?」

「どうだろうな、去年はなんかかなり早くからレア以外の四人が来てたけど、おととしはチャーリーの家だったし、クラーナは最後まで来なかったからな」

「オスカー先輩はどうなんですか?」

「俺? 俺はずっと暇だろ。そんなすることも無いしな。宿題も夏休み入る前に大体終わってるからいっつもみんなが来るまで暇だな。魔法も使えないし」

 

 本当はそれは少し嘘だった。オスカーはみんなが来るまで去年は屋敷の森をうろうろしていたのだ。特にあてがあるわけでも無く。

 

「あの…… その、もし時間があったらでいいんですけど」

「夏休みは時間しかないけどな」

「あんまり楽しい事では無くて……」

「ペンスはお坊ちゃま感謝しますしか言わないから、あんまり楽しくはないな」

 

 オスカーはちょっと不思議だった。最近のレアはだいたいのことをはっきり言うようになっていたからだ。はっきり言い過ぎて、だいたいトンクスがダメージを受けていた。それでミディアムレアだの、ウェルダンだのトンクスはうるさいのだ。

 

「ボクと一緒に来てくれませんか? 夏休みの空いている時間に」

「俺と? いいけど、どこに?」

「その…… オスカー先輩は見たかもしれないですけど、ボクはあの記憶の時から一度も元の家に行ったことが無くて……」

「どうやって行くつもりなんだ?」

 

 さっきから感じていた、やることが無いという不安がどこかへ飛んでいった気がオスカーはした。

 

「煙突飛行で近くまでいけるはずなので……」

「じゃあ適当に俺の家に迎えに来てくれればいいけどな。それでそのまま煙突飛行で連れて行ってくれれば問題ないけど」

「ほ、本当ですか? でも、でも、その、家に行ってどうするかとか何も考えてなくて…… ま、またその迷惑をかけるかもしれなくて…… 無駄足になってしまうかも……」

「その時はペンスを呼んですぐに帰ればいいだろ」

 

 ジェマもそうだったが、自分が少しいるだけで、ほんの少しでも誰かがいつもと違う事ができるのなら、オスカーは協力した方がいいと思っていた。

 

「その…… ありがとうございます。や、やっぱり、ボク、その……」

「何かあるのか?」

 

 オスカーはレアに真っすぐに見られて、少しドキリとした。両手を握ってこっちを一生懸命に見ているのを見て、決勝の後の一幕を思い出したのかもしれなかった。それに、何か校長室での一件の後から、自分が周りを見たり感じたりするそれが変わっている気がした。

 

「今ならだ……」

「オスカーとレアですか?」

「うわ、わわっ!! クラーナ先輩ですか?」

 

 レアは言いかけた所でクラーナの声を受けて飛び上がった。二人を訝し気な目でクラーナが見ていた。

 

「何をそんなに驚いているんですか?」

「あ…… じゃあ、オスカー先輩、よろしくお願いします。後で何かふくろうか何かを送ります」

「分かったけど……」

 

 そう言うなり、レアはどこかへ駆け出してしまった。せめてオスカーは日程くらいここで決めておいて欲しかったと思った。

 

「オスカー、レアと何の話をしてたんですか?」

「何って? 何だろ? ああ、スクリムジョール先生が闇祓い絶賛募集中って言ってたぞ」

「はあ? オスカー、エストのアレがうつってるんじゃないですか? まあ、いいですけど、今年はいつから集まるんですか?」

 

 オスカーはデジャヴを感じた。どうも最近、一度誰かと何かをすると同じ様な事が連続で起こっている気がしていたのだ。

 

「まだ決めてない。多分俺の家に集まることになるんだろうけど」

「そうですか。でも夏休み始まってすぐは集まりませんよね?」

「あ、ああ…… いつも通りならそうだと思うけど」

「なら最初の方に私と一緒に…… 出かけませんか? その、聖マンゴにも行くので…… ちょっとオスカーを待たすかもしれないですけど。今年は叔父さんが忙しそうで、一人で行かないといけなくて…… 忙しかったらいいですけど」

 

 思わず。オスカーは喋っているクラーナを見つめてしまった。もし、オスカーの予感が当たっているなら、これから他の人にも同じ様な話をされそうだと思ってしまったからだ。そして、オスカーはだいたいこう言う予感が当たることを知っていた。

 

「ちょ、ちょっとオスカー聞いてますか? その、ガン見するのはやめてください」

「ごめん。日程とかは決まってるのか?」

「そうですね。そんなには決まって無いです。面会の時間があるので、聖マンゴに行く時間は決まってますけど、特に曜日とかは無いです」

「じゃあ、適当に日程を決めといてくれ。それに聖マンゴの待合室とかに俺を置いといてもそんなに問題ないから大丈夫だぞ」

 

 オスカーは言った後で日程を相手に決めて貰うのは不味い気がした。だいたい悪い事は重なるので、さっきのレアが言っていたのと日程が被る気がしたのだ。

 

「じゃあ、私から……」

「そうだな、日程を伝えてくれたらいけるかどうか返すよ」

「そ、そうですか? 私の方も別に違う日にはできるので…… その、オスカーは行きたいとことかありますか?」

「行きたいとこ?」

 

 さっきまでの堂に入った言動や仕草とは違い、少し自信無さげにクラーナはオスカーを見上げた。

さっきの最後のレアとクラーナがかぶって見えてオスカーはまたちょっとドキリとした。それに最近、オスカーは周りのみんなのちょっとした仕草に目を奪われることが多い気がした。というか、オスカーははっきりと石の一件の後から、どうも感覚が変わっていると自覚していたのだ。それはやることが無い不安と同じくらい、オスカーを戸惑わせていた。

 

「あんまり私はマグルの街とかは分からないので、ダイアゴン横丁とかになると思うんですけど……」

「フォーテスキューのアイスとか、そう言うのか? 俺もあんまり分からないからなあ。まあ時間があったら行けばいいだろ」

「じゃ、じゃあそれでお願いします。あの…… あ、あんまりトンクスとかに言わないで下さいよ? 絶対うるさいですから」

「分かった」

 

 クラーナはほっとしている様だった。だが、オスカーの方はどうもしっくりと来ていなかった。何と言うか、オスカーは頭と体がバラバラになっている気がしたのだ。あんなに石の中では一つとして感じられたのに、最近、みんなと喋っていたり、一緒にいると体や感覚の方に自分の意識が引っ張られている気がしていたのだ。

 

「夏休みに入ったらふくろうを送りますから…… あと、忍びの地図は使わない時は閉じておいた方がいいですよ。じゃあ、ちょっと寮に戻ります。談話室に色々広げてたのを帰る前に回収しとかないといけないので」

「分かった。なら、次はホグワーツ特急だな」

 

 クラーナが手を振って遠くなるのを見ながら、オスカーは忍びの地図を見て安心した。てっきり他の誰かが連続でやってくるのかと思ったが、エストの名前は談話室にあったし、トンクスの名前も前にオスカーが入ったハッフルパフ寮の一室にあった。チャーリーの名前はハグリッドの小屋の傍を高速で飛び回っていた。

 

 ちょっと頭を冷やそうとして、オスカーは湖の水で顔を洗ってから談話室に戻った。途中で色んな寮の色んな学年の生徒とすれ違ったが、オスカーはどうしてホグワーツに入ってからも、自分が普通の生徒では無い気がするのだろうと思いながら歩いた。

 他の生徒も、自分が感じている色んな事や、色んな考えをしているのかと思ったのだ。

 スリザリン寮がある地下牢は、外気と違って夏でもひんやりとして涼しかった。ただの壁にしか見えない場所から談話室に入れば、ジェマと一緒に待ち受けているエストの姿が見えた。

 

 さっき湖で顔を洗って、涼しい地下に来たというのに最近のオスカーは自分でもわかるくらいやっぱりおかしかった。ホグワーツに来てからもう四年たって、エストとはずっと隣にいたというのに、今、こっちを見ながら伸びをしている仕草や、隣に座った後、すぐ傍で髪を触る仕草にいちいち目を奪われるのだ。

 

「オスカー、おはようなの」

「もう半分昼だけどな」

「ねえ、夏休みにゴドリックの谷に行かない?」

「ゴドリックの谷って…… ハリー・ポッターの家があるとこだったか?」

 

 ジェマは何故かそそくさと寮の方へ戻ってしまった。そしてオスカーは案の定、夏休みの予定について話し始めるエストを見て、最近、新しく予見の能力まで自分に備わったのではないのかと疑い始めた。

 

「そう。それにスニッチが発明されたとこだし、死の秘宝のイグノタスが住んでたとこだし、それにそれに魔法史を書いてるバチルダがいる場所なの」

「バチルダって、バチルダ・バグショット? 生きてるのか?」

「うん。まだ生きてるってミュリエルおばさんが言ってたの。ボケてるかもしれないけど。ダンブルドア先生とかミュリエルおばさんが子供のころにもう有名だったらしいし」

 

 何ともエストらしい気がオスカーはした。それにオスカーには特に断る理由も無かった。前の二人の予定と被らなければ特に夏休みに予定が入っているわけでは無かったからだ。

 

「決闘トーナメントの賭けでお金はあるから、そんなに問題ないと思うの。煙突飛行でいけると思うし」

「夏休みの最初の方に行くってことだよな?」

「うん。みんなで集まる前に行こうかなって、大人数だと時間がかかりそうだから」

 

 どこかに行くとしても人が多いと行く場所を決められないというのは確かにあった。それにオスカーはさっきから思っていたことだが、自分にしたい事が無いのではないのかと思い始めていた。自分で何かをしたいと誰かを誘った事が、自分にはあるのだろうかと思い始めていたのだ。

 

「まあとりあえずそれでいいだろ。適当に日程を連絡してくれ。それから煙突飛行で行けばいいだろ」

「うん。じゃあ家に戻ったらすぐふくろうを送るね。やった、一回行ってみたかったの。ミュリエルおばさんはあんまり動けないし、アーサー叔父さんとモリー叔母さんたちはまだロンとかジニーが小さいからあんまり一緒に行けないし……」

 

 こっちを見て笑うエストを見るだけで、オスカーはやっぱり目を奪われるのだった。オスカーは夏休みに入っても自分が本当に大丈夫なのか怪しくなってきた。

 それに何度も何度もさっきから同じセリフを三人に返していた。煙突飛行や日程と言う言葉をオスカーは何度も連呼している気分だったのだ。

 

「分かった…… ちょっと寮に戻っていいか? 起きるのが早すぎたかもしれない。昼直前くらいに出てくるから、大広間にいく準備をしといてくれ、パジャマじゃ昼飯食べれないだろ」

「確かに、談話室だとこれでもいいけど、大広間だとダメかも」

「ダメだろ」

 

 ダメなのは自分の方な気がオスカーはしていたが、足早に寮に戻った。ルームメイトはホグズミードにでも出ているらしく、誰もいなかった。ベッドに飛び込んで布団と枕を自分の顔の上に置いて、無理やり暗闇を作ったが、どうにもこうにもさっき会った三人の顔が離れない気がした。

 

 やっと布団をどけて目を開けると、枕の傍でギルデロイ・ロックハートの白い歯が光った。グリフィンドール塔に行った日から、トンクスに習ってその本を枕元に置いてはいたが、オスカーは一度もそれを開いてはいなかった。

 オスカーは流石にトンクスまで同じ様な事を言わないだろうと思って、期待を込めて本を開いた。オスカーが期待した通り、白紙のページは白紙のままだった。

 それを見て、息を吐いたオスカーだったが、本当に大丈夫か怪しい気分になっていた。そして、どうも自分から何もせずにやられてばかりなので、逆にこちらから行けばどうにかなるのではないのかとオスカーの中で良く分からない論理が動き始めていた。

『トンクス、夏休みの最初の方暇か?』

 

 書いてからオスカーは少し後悔した。自分で泥沼の中に足を突っ込み始めている気がしていたからだ。

 

『何? 暇よ。パパとマグルの映画を見に行くくらいには暇ね』

 

 オスカーが思っていたよりも早く返答があった。さっきまでと違って、目の前に相手がいないのでオスカーはこれまで通りのいつもの自分でいられる気がした。

 

『流石にトンクスはどっかいかないかとか言いださないよな?』

 

 もう、何かどうでもよくなってきて、オスカーは思っていることをそのまま書いた。

 

『あんた、私を馬鹿にしてるわけ? そういや…… ああ、なるほど? 私も馬鹿にされているけど、あんたはバカよね?』

『なんのことか全然分からない』

『何か滅茶苦茶馬鹿にされてる気がするわ。めっちゃムカつくんだけど』

『そんなこと言われても困るんだが』

 

 オスカーは困惑した。トンクスが何に怒っているのかも分からなかったし、そもそも、顔が見えないのでどれくらい怒っているのかも分からなかった。

 

『確かに確かめてみるのも一興かもしれないわよね』

『さっきから意味わからないんだが』

『いきなり言いださないよな? とか言ってくる奴よりマシでしょ。あれね、ならマグルの街に行きましょうよ。田舎者の純血貴族オスカーお坊ちゃまにマグルの大都市ロンドンを教えてあげるわ』

 

 オスカーはやっぱり、どうも自分で底なしの沼に踏み込んで行った気がした。ただ、どっちにしろこうなる気もしていた。

 

『日程は?』

 

 オスカーはこれを誰かに聞くのは何度目なのだろうと思った。

 

『あんたが決めなさいよ。他の日程と被らない様に適当に決めてくれればいいわ。ただ、ちゃんとマグルの格好してきなさいよ。ローブ着て来たらそのまま煙突飛行でアズカバンに送り返すわ』

『アズカバンには煙突飛行でそうそう行けないだろ。分かった』

 

 そう書くとしばらく返答は無かった。ただ、オスカーはちょっと安心した。何となく、この方式ならこれまでと同じ様にコミュニケーションできている気がしたからだ。

 しばらく待っても何も現れなかったので、本を閉じようとするといつか見たのと同じ、インクの乱れの様なモノが表示されて、誰かが誰かの似顔絵を描いていた。ご丁寧に羽ペンのインクを替えているのかちゃんと色までついていた。

 

『オスカー君見えてる? 見て、これこう言う事よ。布団被って何してるのかって思ったら案の定よね』

『???』

『髪の毛の色ってことよ』

『ああ、トンクスかこれ? それで君はまたトンクスじゃないのか』

『そういうことー』

 

 それからインクの向こう側でどんなやり取りがあったのかオスカーには分からなかったが、トンクスがめちゃめちゃに似顔絵を黒で塗りつぶすまではずっとそれが表示されていた。髪色は一番見ることが多い色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツ特急に乗って、オスカー達はホグワーツから帰宅しつつあった。毎年と同じ様に爆発スナップや百味ビーンズの一気食いなんかをしながら帰りつつあった。

 

「そう言えば、来年は監督生が選ばれるよね?」

「ビルの時と同じなら夏休みの途中にくるはずだね」

 

 百味ビーンズを二十個くらい突っ込みながらエストが言った。そのあとせき込んでいたので、胡椒や唐辛子なんかの辛いモノが入っていたのだろうとオスカーは思った。

 

「まあ私は選ばれないだろうからどうでもいいわ。それにここにはハッフルパフ生はいないから私からは減点できないってわけよ」

「残念ですね。常にハッフルパフの点数がゼロになるように減点してやりたかったのに、自分がグリフィンドール生だと言う事がこれほど悲しかったことはありません」

「そうね、スリザリン生だったならわざわざ談話室に来てもらうことも無かったわね」

 

 オスカーはこの二人の関係性が変わることがあるのだろうかと思った。もしどちらかが主席になろうと監督生になろうと同じ様な事を言っている気がしたからだ。

 

「うちのママは僕に監督生になって欲しいんだろうなあ」

「確かにモリー叔母さんはビルの時に凄い喜んでたの。それにパースはなれそうだけど、フレッドとジョージはダメそうかも」

「あの二人がなれるんならトンクスでもなれるだろうな」

 

 トンクスが監督生になれるのなら、クラーナは死喰い人になる、オスカーはそれくらいあり得ないと思った。何せ図書館にマンドレイクを投げ込んだり、フィルチの管理室にクソ爆弾を一ダース入れて遠隔で爆破したりと、最近はちょっと落ち着いたものの、低学年の時はやりたい放題だったからだ。

 

「オスカー、あんたが一番微妙なとこでしょ。他のメンツはあれだけど、一番の校則破りじゃないの」

「罰則はくらった事が無いし、どれも俺が主犯じゃないだろ」

「うーん。確かに一番微妙かもしれませんね」

「確かに、ポリジュース薬はダメなの」

「ルーンスプールも飼ってたしね」

「だから俺のせいじゃないだろ」

 

 大騒ぎしている間に、ホグワーツ特急はあっという間にキングズ・クロス駅についていた。汽車から降りて、みんなにお別れを言って、ウィーズリー家の家族にチャーリーが飲み込まれる前にオスカーは声をかけた。

 

「チャーリー、夏休みに隠れ穴に行ってもいいか?」

「え? でも、多分みんな入るのはきついんじゃないかな?」

「いや、俺一人で行きたいんだけど。俺の家にみんなを呼ぶ前に何だけど……」

 

 それを聞くと、チャーリーが辺りを見回した。周りにはいつものメンバーは誰もいなかった。

 

「いいね、それ。いつもはエスト達がいるからあんまり昔の隠れ穴みたいな、男兄弟だけの遊び方はできないし…… それに、ノクターン横丁にいかないかい?」

「ノクターン横丁?」

「クラーナとオスカーは二年の時に行ってたじゃないか、色々危ないモノも売ってるらしくて…… 決闘トーナメントの掛け金がちょっとあるから…… そう言う所も女の子がいっしょだといけないから」

 

 オスカーはチャーリーが何を買いたいのかは大体分かっていた。多分、ハグリッドと同じ行動をしそうだった。

 

「じゃあそこも行けばいいだろ。俺もエストと一緒に賭けてたのが返って来てるしな。またローガンを送るよ。エロールだと何日かかるか分からないから」

「よろしく。他の四人にばれないようにね」

「ああ、じゃあな」

 

 チャーリーと別れて、オスカーはキングズリーとペンスが待っている方へ向かった。こんなに事前に予定が決まっている夏休みはオスカーにとっては初めてだった。

 

 ただ、もう帰って一番最初に行く場所は決まっていた。やることも決まっていた。もう一度、トンボが飛び交う森の中を歩かないといけなかった。家の庭の外へ出ないといけなかった。白い平べったい石がある場所まで歩いて行かなければならなかった。

 やっとちゃんとした意味でそこにいけるはずだった。四年かかってやっとそこに戻れるはずだった。

 




80話も読んでくださってありがとうございます。
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