ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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マッキノン邸跡

 違う二人との二日間が終わって、お昼前からオスカーは頭を抱えていた。

 オスカーは夏休みが始まる前から薄々気づいていたが、こんなにいつもの調子で喋ったりすることができなくなると思っていなかったのだ。

 しかし、誰かに相談しようにも、ペンスに聞いても心配するだけだとオスカーには分かっていた。では誰に相談すればいいのか? オスカーは女性を除いて顔を思い浮かべた。

 キングズリー? どうなのか、オスカーはキングズリーがこんなことで悩む少年時代を送っていると思えなかった。チャーリー? ドラゴンの事しか考えていないのはオスカーが一番分かっていた。多分、喋れば動物に例えて笑われるに違い無かった。

 そもそもオスカーは同年代で同性の友人がほとんどいないと自覚していたが、こんな時にそれがあだになるとは思っていなかった。一番近い友人が人間に興味が無さそうなのもダブルパンチだった。

 

 もう少し年上に絞って考えてみても、あんまり良い案はオスカーには思いつかなかった。ウィーズリーおじさん? 話せば、いつの間にかウィーズリー叔母さんやエストに伝わっている気がした。テッド・トンクス? こっちはもっと簡単にトンクスやトンクス先生に話しそうだった。トンクスと同じように簡単にドジを踏んで口を滑らせるのが想像できた。スネイプ先生? もう論外だった。考える意味すら無さそうだった。あの先生がそんなことで悩んでいると思えなかったし、悩んだことがあったとしても、それを解決できた様には見えなかった。

 広間に座って、両手で顔を覆いながらオスカーは考えていた。考えに考えて、やっといいアイデアが浮かんだ気がした。

 

「そうか、ビルに聞けばいいのか」

「ビルですか? チャーリー先輩のお兄さんの? 何を聞くんですか?」

「何って…… いつの間に着いたんだ?」

 

 いつの間にかテーブルを挟んで向こう側にレアが座っていた。煙突飛行の音も暖炉からオスカーがいるところまで歩く音も、オスカーは聞き逃していたらしい。

 

「いつって…… 今来ました。でも暖炉から出たらオスカー先輩が頭を抱えて机に突っ伏してたので…… それでオスカー先輩は何を聞くんですか?」

 

 去年の一年でレアの雰囲気が変わったとオスカーは思っていたが、また変わった気がした。髪が前のレアとクラーナを足して二で割ったくらいの長さになっていたのもあったし、以前の自信の無さそうな顔や時々出てくる気の強そうな顔でもなく、リラックスして笑顔だった。

 

「男でしか喋れない話? 髪が伸びたのか?」

「男の人同士じゃないと喋れない話ですか? あんまり、オスカー先輩がそういう事を話しているのは想像できないです…… はい、髪は伸ばしてみました。行く前にちょっと伸ばしてみてもいいかなって思って。どうでしょうかオスカー先輩?」

 

 どうですかと聞かれて、オスカーはぼうっとレアの顔を見ていた。多分、髪が呪文で切られてから、一度も行っていない家に行く前に伸ばしたと言うことなのだろう。そういう風に考えたにも関わらず、こっちを見て、屈託なく笑っているのを見ると全然別の方に頭が行ってしまいそうだった。

 

「雰囲気変わったと思うけどな。ホグワーツに行ったら、みんな誰か分からなくなるんじゃないか」

「雰囲気…… ですか? 具体的にどの辺が変わりました?」

 

 オスカーはもう何となく今日も一筋縄では行かない気がしていた。どうして自分は連続でみんなと会う予定を入れてしまったのか。せめてインターバルとして間に一日入れるなんて事を考えなかったのか、オスカーは予定を組んだ自分を少し呪い始めた。

 

「言っても怒らないよな?」

「ボクがオスカー先輩に怒るなんてほとんどないと思いますけど……」

「いや、何となくレアの印象が凄い短い髪で、ちょっと自信なさそうにしてるか、物凄い強気でいるかどっちかの印象だったから、そのくらいの髪で笑ってると、明るくて柔らかい感じに見える……?」

 

 言った後で、レア自体の印象が変わったのもあるかもしれなかったが、自分自身のレアの見方が変わっているのではないかとオスカーは思った。クラーナやエストを見たときに、これまでとは違う見方をしている気がオスカーはしていたし、レアに対しても同じ様な気もした。テーブルが距離を保ってくれているのがオスカーはありがたかった。

 

「オスカー先輩、ボクを褒めても何も出ないですよ」

「別に何もくれなくて大丈夫だぞ」

「じゃあボクからちょっとお願いしてもいいですか?」

「ここならペンスがいるから何でも出せるぞ。流石にファイア・ウィスキーを一樽分とか言われると困るけど」

 

 オスカーは何となく、いつも通りに喋ることができている気がした。こうやって物理的な距離を置いたレアが相手なら、エストやクラーナの様に看破されないで乗り切ることができるのではないかと、ほとんど見えない光明をオスカーは見つけだそうとしていた。

 喋り始めたレアはさっきまでの雰囲気では無く、オスカーが一番喋ったことのある、ちょっと自信が無さそうな雰囲気をしていた。

 

「あの…… その…… 二人でいるときだけでいいので……」

「何だ?」

 

 オスカーは少しだけ自分の特性がわかった気がした。多分、頼られたり、お願いされるのに自分は弱いと思ったのだ。次に何をレアが言ってもオスカーは大体OKと言ってしまう気がしていた。

 

「先輩の事を呼び捨てでも良いですか? 前に一回それでもいいって言ってもらいましたけど、その時はボクが断ってしまって……」

「それは大丈夫だけどな、エストとかクラーナもそう思ってるだろうし……」

「それは先輩だけで大丈夫です…… あと、その、時々、その、強い口調になっても大丈夫ですか? それは~ 何とかだ!! とか、そういう感じです。あの…… それが出るたびに、からかうのはやめて欲しいですけど……」

 

 必死で言うときに出てくる口調の事だろうとオスカーは思った。できればそっちをもっと出した方がいいのではないかとオスカーは思っていたし、エストやトンクスの様に自分をもっと出せばいいとオスカーは思っていた。

 

「いいんじゃないか。俺がお姫様完全復活って言わない様に努力すればいいんだろ?」

「だからそれをやめ…… やめてって言ってるん…… です」

 

 オスカーはテーブルのおかげで距離があるせいか、この夏休みで一番普通に喋ることができて安心していた。普段の調子で喋れば大丈夫だとオスカーは自分に言い聞かせた。

 

「やたら来るのが早かったけど、昼はもう食べたのか?」

「あ…… 忘れてました…… 早く行った方が…… その……」

 

 レアのテンションや表情の移り変わりがオスカーは早いと思った。最初は雰囲気が変わったと思っていたのに、今度は一年生や二年生のころの雰囲気に戻っている様に感じられたのだ。

 

「ペンス、ちょっと早いけど出してくれ」

「かしこまりました」

 

 ポンと言う音と一緒に、オスカーとレアの目の前にサンドイッチとバタービールが出てきた。オスカーは安心した。まさに実家の安心感だった。相手の口にしか持っていけない魔法がかかったスプーンも、攻撃してくるメニュー表もここには無いのだ。そして、この広間のテーブルは十分に大きかった。ダイアゴン横丁とは大違いだった。オスカーはもしかすると生まれて初めて、自分の家の大きさや先祖の財産に感謝したかもしれなかった。

 

「ほら俺もまだだし、食べてから行けばいいだろ。向こうでなんか食べる予定とかあるんだったらあれだけど」

「考えて無かった…… じゃあ、その、そっちに行ってもいい…… い、行きます。オスカー先ぱ…… オスカー」

「は?」

 

 サンドイッチを口に入れかけてオスカーは固まった。一瞬でオスカーが感謝した先祖の遺産は何の役にも立たなくなっていた。オスカーが何か言う前にレアはサンドイッチが乗った皿とバタービールを持って、オスカーの隣に座っていた。ダイアゴン横丁の一件よりよっぽど距離は近かった。オスカーは自分に言い聞かせた。ここには冷たいスプーンとパフェは無いのだと。

 

「その…… オスカーせん…… オスカー、ボク好きです」

「何? 何が好きだって?」

 

 オスカーは一瞬、頭が空っぽになっていた気がした。レアはサンドイッチを食べながら何を言っているのだろうと考えていた。レアが近くに来たせいでカモミールの香りがした。

 

「あの…… オスカーせ…… オスカーの家が好きです」

「家?」

 

 さっきからオスカーは自分がただの間抜けか何かになっている気分だった。自分が返している言葉全てがオウム返しの疑問形になっている気がしたのだ。

 

「その、この家はホグワーツと違って静かだし、いつ来ても知っている人しかいないから…… それにどの部屋も広くて暖かくて…… どこに行っても明かりが灯いてて……」

「まあペンスがいるし、いつもはみんなで一気に来るからだろうな……」

 

 オスカーはレアの言っていることが新鮮だった。オスカーがペンスと二人になってからホグワーツに入るまで感じていた事とまるで逆だったからだ。

 この家はオスカーにとって、暗くて、無駄に広く、嫌な沈黙だけが満ちている場所だったからだ。それが見たり感じたりする人が変わると、そう捉えられると言うのがオスカーは不思議だった。

 

「ボク、夏休みとかクリスマスにここに来ると、ホグワーツよりよく寝られるって言うか…… ホグワーツの寝室は…… レイブンクローの寮は塔だから風通しは良いんだけど…… 他の人がいるからずっと開けとくわけにいかないし…… それに明かりを付けたままにはできないから……」

「ここなら無駄に部屋の数があるから、部屋で寝るときに何をやっても大丈夫だな。寝たいならいつでも泊まれるぞ」

「と、泊まるですか?」

「いや、今日は流石にちょっとアレだな」

「で…… ですよね……」

 

 明日の予定を考えてオスカーは冷静になった。流石に一人でレアを家に置いてロンドンに遊びに行くわけにはいかなかったからだ。

 

「それで…… その…… 家の話、なんですけ…… なん…… なんだけど…… ここでの家って言うのは、確かに物理的な家もそうだけど、家族とか親戚とかそういうのを含めた家の事で……」

「家がどうしたんだ?」

 

 オスカーはこの距離で話す事があまりにも愚かだと思った。と言うか、最初の距離よりどんどんレアが近づいている気がした。話す度にレアは遠慮と言うか、気の弱そうな部分が話す事に夢中になってどこかに飛んで行っている様だった。それに合わせて距離が近づいていた。そもそもレアのサンドイッチの皿は、オスカーのモノと対照的にもう空っぽだった。

 

「小さい頃に…… その、ある人…… 大人がボクに家の話をしていて…… 自分と自分の家が合わなかったから家から出たんだって。ボク…… ボクはそのころ家が退屈だったから、ホグワーツで六年生とかそれくらいになればそういう風なことができるのかなって思ってたんだけど……」

 

 レアが話す大人とはいったい誰なのか? オスカーは思いつかなかったが、随分と反骨精神にあふれた人間だと思えた。トンクスの親戚では無いのだろうかと思ってしまったくらいだった。トンクスならちょっとくらい家から飛び出すくらいやりそうだった。ただそのあとでドジをして家に戻って、トンクス先生に一生分くらいお説教されているのがすでにオスカーの頭の中で再生されていた。しかし、脳内の映像よりレアとの距離が問題だった。

 

「その今は…… 家とか家族はボクに何をして欲しかったのかなって思うんだけど…… でも、それって、自分で選んだことじゃないかもしれないから。勝手にボクが探そうとしているだけかもしれないし、その…… 嫌だったら、答えてくれなくて大丈夫だか…… 大丈夫なので…… オスカーせん…… オスカーはそういう事を考えるのかなって……」

 

 レアとの距離ばかり考えていた自分に対してオスカーは恥ずかしくなった。どうなのだろうか? 昨日のハリーの話もそうだったが、オスカーは自分の周りの色んな人が何を自分に望んでいたのか考えたことがあったのか。オスカーは自分が他人のために動いているようで、他人が自分に何を望んでいるかを考えたことが余りない気がしていた。

 オスカーは目の前のレアが自分に何を望んでいるのだろうと思った。クラーナの時は、どうして自分を病院に連れて行ったのか分からなかったのだ。エストも、どうして彼女がゴドリックの谷に自分を連れて行ったのか分からなかった。そして、二人が自分にどうして欲しいと考えているかを考えていなかったのではないだろうか?

 

「正直、あんまり考えたことは無いな。相手が何をしたいのかとか、何を相手にできるかって考えはするけど、自分に何をして欲しいのかって考えたことは俺はあんまりないな。でも凄いな、俺、本当にそういう事は意識して考えたことがないから。ちょっと考えてみるよ」

 

 意外そうな顔をした後で、なぜかレアはオスカーから顔を背けた。オスカーはレアの反応が良く分からなかったが、なぜかレアは気弱な雰囲気が少し出たと思えば、両手を握って頑張って自信を出そうとしている様に見えた。

 

「じゃ、じゃあ…… その、ボク、ボクはオスカー先ぱ…… オスカーに何をして欲しいと思ってると思いま…… 思う?」

 

 距離が近いのもあってオスカーは頭が空っぽになった。これまでのオスカーなら、どうしてレアは自分のかつて住んでいた場所に自分を連れていきたいのだろうと考えたはずだった。だが、どう見ても今レアが望んでいるのは別の事に見えた。

 

「パフェ食べたいのか?」

「え…… パフェ?」

 

 直近の二日間の記憶しか、ショートしたオスカーの脳内回路では読みだすことが出来なかった。つまり選択肢は二つだった。パフェを食べさせるか、いかにレアが他の人と違うのか言うのかどっちかだった。

 パフェといった瞬間にパフェが二つテーブルに出た。スプーンはちゃんと二つあった。オスカーはペンスが大好きになりそうだった。

 

「ほらパフェ、なんか週刊魔女で紹介されてる店のらしいぞ」

「なんでオスカーせ…… オスカーがそんなこと知ってるんだ?」

「三年生の時の騒動でペンスが週刊魔女を読むようになったから……」

「ねえペンス それは本当?」

 

 さっきまでの雰囲気が霧散したとオスカーは思った。強気な時の雰囲気がレアの全面に出ていた。オスカーは思った。エストやクラーナよりレアの方が色んな意味で強敵かもしれなかった。

 バチッと言う音と一緒にペンスが現れた。

 

「本当だよな? ペンス」

「はい、本当でございます。週刊魔女に乗っていた写真からこのペンスめが作らせていただきました…… カップル様向けのサービス用のメニューだそうです」

 

 いつも通り完璧な受け答えと姿勢だった。ドーリッシュと言うあの男性にもしかしたら礼儀正しさで負けるかもしれないとオスカーは思っていたが、それも払拭されそうだった。

 

「オスカーは自宅で一人でパフェを食べるんです…… 一人でパフェを食べるんだ……」

「え? いや流石に食べないけど」

「なら? ペンスがオスカーに出したわけじゃない?」

「はい、オスカーお坊ちゃまからパフェのお話をお聞きしたので、レアお嬢様が来られると言うことで作らせていただきました」

「それは……??」

 

 なぜかレアは混乱していた。オスカーには何に混乱しているのか推測が難しかった。オスカーがパフェの話をペンスにしたことに混乱しているのか、それともレアが来るからパフェを作ったとペンスが言っていることに混乱しているのか。果たしてどっちなのかオスカーには分からなかったのだ。

 

「外は暑いだろうしな、とりあえず食べて頭冷やしてからレアの元の家に行こう」

「何か隠してないですか? オスカー先輩?」

「なんで先輩が戻ってるんだ」

「怪しいから、こう…… 心理的な距離を表現しようと思って」

「先輩が無い時は距離が無いのか……」

「そ、そういうわけじゃないけど……」

 

 オスカーは何とか強引に話を終わらせることが出来たと思った。ペンスは音を立てて消えていたが、オスカーはもうクラーナ以外の人の前でパフェと言う単語を口走るのはやめようと思った。クラーナの前で言うのも現実的では無かったが。

 ただ、それでも明らかにレアとの距離が近かった。二人で別々のパフェを食べているのに、クラーナとダイアゴン横丁のテラスに座っていた時より距離が近かった。オスカーは今日のこれからを考えたが、どう考えても去年までの様に上手く喋ったりできる気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オスカーはレアの事を甘く見ていたと思わざるを得なかった。クラーナはこれまでよりやたら距離が近い気がして気になったし、エストには腕を奪われたせいでそれどころでは無かった。

 

 魔法使いや魔女が集まっている場末のパブの暖炉から出て、レアの昔の家まで向かう途中で、エストの様に腕を取られるのではなく、オスカーは普通に手を取られた。

 距離もクラーナとの距離を考えていたのが馬鹿らしくなるくらい近かった。それに、これまでの二人と違って、身長的に顔や肩の位置が他の二人よりずっとオスカーに近かった。

 無言のまま、オスカーの方を見ることも無くレアは進んでいた。足取りには迷いが無かったが、レアの手のひらは湿っている様だった。エストの手が湿っていたのは彼女がイグノタスの墓に来たことで興奮していたのだろうとオスカーは思ったが、今回は明らかに別の緊張から来ているのがわかった。

 

 オスカーは自分が情けない気がした。レアはこれから家に行くことに緊張しているはずなのだ。誰かと一緒じゃないと行けないような場所に、誰かと手を繋いでも、その誰かに、家に行くことによる嫌な緊張や、嫌な汗をかいてしまうことが伝わってしまうくらい動揺しているのだ。

 それなのに、オスカーが感じたり、気にしているのは、手を繋いでいる事実だったり、髪の毛が何度か触れてしまうくらい近い距離だったり、彼女の髪から香る、カモミールの香りだったりそういう事なのだ。

 

 家や畑をいくつも越えて、マグルの住人達と何人もすれ違いながらもレアは全然喋らなかった。それにやっぱり目線は前だけを見ていたし、手は夏の暑さでは無い汗で湿っていた。心なしかレアの握っている力が段々と強くなっているとオスカーは感じた。

 オスカーは本当に自分はいったいどうしてしまったのだろうと考えていた。これまでの自分だったら、誰かがこういう嫌な緊張とかそういう事を考えているだろうときに、こんな事を考えなかったはずなのだ。

 それにオスカーはいったい自分がどこからおかしくなったのか流石に分かり始めていた。明らかに、石の中の一件があってから自分の感じ方や考え方やそういうモノが変わっていると分かっていたのだ。

 分かったことでさらにオスカーは混乱していた。石の中であったことは、自分を精神的に進ませたのではないかと思っていたのだ。なのに、今、オスカーが悩んだり、感じていることは、成長とか進歩とかそういった事と逆に感じられるのだ。明らかにオスカーは自分の心も体も持て余していた。閉心術の様に心や頭をコントロールするのが成長だと言うのなら、全く逆の方向に向かっていると感じられた。

 

「こっちだと…… 思います……」

「木と草で一杯だけど大丈夫か?」

「でも…… こっちに行かないと……」

 

 二人の目の前のにあったのは、禁じられた森ほどではないにしても、十分に鬱蒼とした木々と夏の太陽の力で伸びに伸びている草だった。普通に入れば草木や虫にやられてしまうだろうことは目に見えた。

 

「さっきのパブって魔法使い用のパブだよな? この村って結構魔法使いがいるのか?」

「そうみたいです…… ボクは出たことが無かったので知らなかったんですけど、魔法使いや魔女が昔から住んでいるらしくて……」

 

 オスカーは、レアの気が張り詰めているのは、家が近づいている事に加えて、家の周りにあったはずのモノを知らなかったと思っているのだろうと考えた。オスカーが家の外を知らなかったのと一緒で、レアは魔法使いや魔女が沢山いたはずの村の事を知らなかったし、今までほとんど見たことが無かったのだろう。それは、午前に言っていた、家の事や家族の事を知らないと言っていたことにつながっているのではないだろうか。

 

「知ってるか。俺も最近聞いたんだけど、未成年の魔法使いの魔法を感知する魔法って、未成年が使ったのか、大人とか魔法生物が使ったのかは分からないらしいぞ」

「臭いの魔法……?」

「もし魔法省の人が来たらペンスがいたことにすればいいだろ」

 

 杖を振って、オスカーは草木を除けて道を作った。大きな獣道くらいの大きさだったが、少なくとも二人が草や虫に悩まされないで進むことが出来そうだった。

 

「あ……」

 

 今度は心の準備ができてなかったのか、レアは棒立ちになっていた。棒立ちのまま、さっきよりも、ずっと強くオスカーの手を握っていた。オスカーは、なんとかできるだけ優しく握り返したつもりだった。

 オスカーは獣道の方をもう一回見て、どうしてレアがそんな反応をしたのか分かった。もう、家が見えていた。ポッターの家よりずっと大きく壊されているが、確かにレアの記憶の中にあったのと同じ家が見えた。

 

「どうする?」

「行きます」

 

 レアは足を動かし始めたが、さっきの村の中を歩いていた時よりも歩幅が短く、ピッチは遅かった。オスカーはとにかくレアのスピードに合わせた。

 家の全貌が見えてきた。まだ魔法がかかっているのか、石垣で囲われた家の境界より中は草木が茂ってはいなかった。だが、その分、魔法や魔力の暴走による爪痕がポッター邸よりはっきり残っていた。

 石垣は色んな場所で崩れていた。レアと家族が最後に喋っていたはずの庭のテーブルは足を一本だけ残して放置されていて、椅子もほとんどが壊れてそのあたりに転がっている。オスカーには雀のチュンチュンと言う鳴き声がひどく場違いに聞こえた。

 

「レア、どこを見るんだ? 崩れるかもしれないから家の中は入らない方がいいかもしれない」

「その…… とりあえず玄関の扉のところまで…… 行きたい……」

 

 レアの足取りに合わせてオスカーも進んだ。オスカーはレアの記憶で見た風景を思い浮かべた。父親、レストレンジ、ロジエール、トラバース、恐らく他にも沢山の死喰い人がいたはずだった。あの中にいた一人の子供がレアと一緒にここに来ているというのは、雀の鳴き声以上にここに相応しくない気がした。

 玄関の木製の大扉は、めちゃめちゃに破壊されて、二枚がバラバラの方向へ吹っ飛んでいた。オスカーは記憶の中のレアがこの扉をワンドレス・マジックで開けていた事を覚えていた。

 

「ちょっと…… オスカー…… 手を……」

 

 レアが言いきる前にオスカーはレアの手を離した。ただ、オスカーはレアの手を離しても大丈夫だったのか自信が無かった、それくらい動揺している様にオスカーには見えた。

 

「レパロ」

 

 杖をはっきりと家の方へ向け、もう片方の手をかざす様に家に向けて、レアがそう言った。めちゃくちゃに破壊された家のパーツがいくつも穴だらけではあるが、段々と戻りつつあった。石造りの壁や、外のランプも玄関の大扉も、庭のテーブルや椅子も。

 それは強力な魔法力と集中力、それに元あったはずの家の記憶が必要なはずだった。元々、レアの魔法力はオブスキュラスになりかけても死んでしまわないほどに強力なはずだった。その片鱗は、記憶の中で小さい頃から魔法を使えるといった形で見え隠れしていたし、オスカーの同年代ならエストに次ぐくらい強力かもしれなかった。

 それでも、すでに壊されてから何年もたっている家を丸ごと直すというのは難しい芸当だった。レアの顔は集中しようとして歪んでいたし、向けている杖や手が震えていた。

 

「レパロ」

 

 オスカーは家の全体像は知らなかったが、少なくともレアの記憶で見た範囲では知っていた。二人分の修復の呪文で段々と家が元の形を取り戻し始めた。バラバラになっていた石の壁や石垣はすべて元の位置に戻り、窓ガラスは元の窓枠に戻った。玄関扉はきちんと二枚とも枠にはまって蝶番で固定された。玄関から庭に続く石畳も、庭にあったテーブルと机も元の場所に見かけ上は戻った。

 レアの方を見ると、さっきよりずっと泣きそうな顔に見えた。壊れたままの家より、元の形を取り戻した方が色んな記憶を思い出させるのかもしれなかった。

 手を押し出すような動作だけで、レアは玄関の大扉を開けて、フラフラとそのまま入っていった。

 

「レア、レパロで見た目は戻ったけど、傷んでいるとことかは直せてないから……」

「ここでほんとは待ってたはずだった」

「レア…… 気を付けないと……」

「誰が来るか分からなかったけど、二人騎士団の人がくるはずだった……」

 

 レパロでは食べ物や生き物は直せない。それに腐食や虫食い等もだ。玄関から入ってすぐの居間には、木製のテーブルの上にテーブルクロスがあって、そこに皿やゴブレット、フォークやスプーン、ナイフが並んでいた。ちょうど五人分。オスカーは記憶の中でそこに料理がのっていたのを覚えていた。銀のナイフやスプーンは錆びていて、テーブルクロスはほとんどが黒く腐っていて、虫食いの穴で一杯だった。

 レアは足取りがふわふわしていて、階段の方へ向かっていた。

 

「レア、本当に気を付けて動かないとダメだ」

 

 そう言っても、レアには言葉が届いていないように見えた。そのままレアは階段を登ろうとして、木でできた階段が腐っていたのか足を踏み抜いてしまい、後ろに落ちそうになった。

 

「レア!! 聞いてるのか? 木の部分は何年も野ざらしだったんだから、レパロでも直せてな……」

「ボクが一度も来なかったから……」

 

 オスカーが階段の下で受け止めたレアはそのまま床に崩れて泣いていた。オスカーはどうすればいいのか分からなかった。彼女の手を握ればいいのか、それとも抱きしめればいいのか、優しい言葉をかければいいのか、そしてそれは果たして本当にレアのためにしたいのか分からなかった。もしかすればそういうことをして、レアから頼られたり、そういった事を思われたいからするのかもしれないのだ。

 

「レア、後で戻すからちょっと魔法を使わしてくれ」

 

 杖を振って階段を石づくりのモノにオスカーは変えた。そして、オスカーはさっき考えた行動をどれもできそうに無かったので、自分の手をレアの前に差し出した。レアが手を掴んだ瞬間にオスカーはレアを引き上げた。

 

「これから木でできた場所に行く時はちゃんと注意してくれ」

「わか、分かりました……」

 

 ほとんどオスカーに目を合わせることをせず、そのままレアは階段を登り始めた。片手をレアに繋がれたままだったので、オスカーもついていくしかなかった。二階には三部屋ほどあるようで、レアは恐らくもともと自分の部屋だった場所に入った。

 壁やガラスは直っていたが、ベッドや木でできた本棚は汚れや腐食で手を出せる状態では無かった。本棚の本も、カバーの皮の部分を除いて虫食いで読める状態では無かった。

 そして、原型をほとんどとどめないほど壊されているのは、恐らく姿をくらますキャビネット棚だった。キャビネット棚は魔法がかかっている物品であるせいか、レパロで直せていない様だったし、下の方には血痕なのか腐っているのか、黒ずんだ痕があった。

 

「ちょっと、ちょっと、ちょっとでいいから、ここに一緒にいて欲しい」

「レア、別に俺はどこにも行かないか……」

 

 オスカーが言い切る前に思いっきり抱き着かれて、オスカーは何も喋れなくなった。やっぱりこういう時にオスカーはどうすればいいのか分からなくなっていた。純粋な心配や、安心を相手に与えるために、それだけのために相手を抱きしめることが出来るのかが分からなかった。だから、ゆっくりとできるだけ優しく、レアの背中をポンポンと叩いた。

 オスカーのローブは涙でびちゃびちゃになっているのが分かった。不思議とレアとの距離はほとんどないというのに、この夏休み悩んでいるような感覚は出てこなかった。だが、これまでの様に、誰かのためだけだと、そこに自分の要素が入っていないと、確信をもって話す事や行動することがオスカーには難しかった。

 

「ごめんなさい。棚のおかげで助かったのに、まだ狭くて暗い場所が怖いから、助けてもらったのに、ごめんなさい」

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、段々と言うたびに小さくなる声がオスカーには聞こえた。オスカー以外には誰にも聞こえない声だった。

 誰に謝っているのか。昨日、ゴドリックの谷で聞いた話と同じだった。死人は生きている人に伝えることはできるが、逆はできないのだ。死人に耳を傾けることはできても、声を届けることはできない、同じ時か未来の人間にしか声は届かないはずだった。

 

「レア、落ち着いたら言ってくれ」

「ごめんなさい。オスカー先輩、いっつも迷惑をかけてごめんなさい」

 

 ここはレアが生まれて育った家のはずだった。世界中のどこよりホグワーツより、暖かく彼女を護っている場所のはずだった。オスカーが自分の家をそう感じることが出来ないように、多分、昨日見たあの家ではハリー・ポッターもそう感じることが出来ないように。それはおかしな話だった。自分の家よりホグワーツの方が良いと思えるのは、おかしな話だった。家は最早護るのでは無く、逆に縛っている様だった。

 

「隣の…… 隣の部屋についてきてもらえないですか」

「わかった」

 

 しゃくりあげているレアが、ちゃんと動けるとはオスカーには思えなかったので、先にオスカーが動くことにした。ルーモスで出した光球で行先を照らしながら、オスカーは元のレアの部屋を出て、隣の部屋に入った。爪が刺さりそうなほどにオスカーの手を握っているレアもそのままついてきた。

 隣の部屋は見た感じは夫婦の寝室に見えた。大きな天蓋付きのベッドは、これまでの例にもれず虫食いやシミで見れたモノでは無かった。箪笥の上に写真や貴金属の様なモノが並んでいて、そのいくつかはまだ形を保っていた。

 

「これ、聖マンゴ病院か?」

「あ……」

 

 前にマッドアイにオスカー達が見せてもらったような写真と同じ様に、沢山の人たちが並んでいたであろう写真があった。その背景が黄ばみや穴で良くは見えなかったが、ついこの間オスカーが行った聖マンゴ病院の一階に見えたのだ。写真の状態が余りにも悪いせいか、写真の中の人たちはほとんどどこかへ行ってしまっている様だったが。

 

「戦争がひどくなる前は、パパは聖マンゴ病院で働いてたはずで……」

 

 人がほとんどいなくなった写真の中で、色もほとんど色あせるか黄ばんでしまっている中で、多分、レアと同じ金髪の男の人がこっちに手を振っている様だった。癒者の着る服を着て、こっちに笑顔で手を振っている。

 レアは写真立てを手に取って、自分のローブのポケットにしまった。すると、写真立ての向こう側に銀色の何かが見えた。レアはそれに気づいていない様だったので、オスカーは手に取った。

 

「レア、じゃあこれはお父さんのなんじゃないのか? 杖と骨が交差してるのって、聖マンゴの印だったはずだし」

「ほんとだ……」

 

 銀色の徽章は少し黒ずんでいたが、オスカーが杖を振ると元の銀色の輝きを取り戻した。杖と骨が交差したデザインをしていたこの徽章をレアは両手でまるで水でも受け止める様に受け取った。果たして、レアの父親はどんな気分で自分の仕事をやめて、その象徴を写真立ての裏に置いたのか、オスカーには分からなかった。

 他にも写真立てはいくつかあったが、人物がわかる様な状態の写真は残されていなかった。風と雨がいつか切り取ったはずの時間を風化させていた。

 

「レア、ここはこれだけでいいのか? 多分、もう何度も来られる様な場所じゃないし、いるものがあったら今日の間に持ち出した方がいいと思うけどな」

「大丈夫だと思います。本当は何か残ってると思ってなかったから……」

 

 レアに自分の声が届いているか、オスカーは自信が無かった。レアは、まださっきの徽章を片手に乗せて見ていた。オスカーはこの家にレアを長く留め置くのは良くない気がした。レパロで外見や大枠は直せていても、実際は色んなモノが腐っていたり、良くない埃や空気が残っていたし、何より、ここはレアの記憶を浮かび上がらせるモノで埋め尽くされていたからだ。

 オスカーはこの三日間で初めて自分から誰かと手を繋ぐために手をさし出した。ここに長くいるのは、手を繋ぐことで自分に起こるだろう変調を鑑みても良くないことだと分かっていたからだ。

 

「ほら、じゃあもう出よう。あんまりここの空気を吸うのは良くないだろうから」

「分かりました……」

 

 徽章を持っていない方の手でレアはオスカーの手を取った。オスカーはそのまま部屋を出て、一階まで降りて、家の外まで出た。

 

「レア、ほんとにもういいのか? そんなにすぐ来られる場所じゃないだろうけど」

「はい、大丈夫です」

 

 オスカーは杖を振って、玄関の大扉を閉めた。

 

「プロテゴ・トタラム プロテゴ・ホリビリス レペロ・イニミカム 敵を避け、恐ろしきものから守れ」

 

 そのあとに保護呪文を屋敷全体にかけた。オスカーが入れたと言うことは、他の魔法使いも入れる可能性が高かったし、あまり可能性は高くないにしても、手癖の悪い魔法使いがやってくることは完全に無いということでは無かったからだ。

 

「実は割とこういう呪文の方が得意なんだ。なんかトンクスが適当な事を言いまくるせいで、ヤバイ攻撃呪文の方が得意だと思われてるけどな」

「そんなことはないはずです。少なくともボクとか、エスト先輩やクラーナ先輩、適当な事を言ってもトンクス先輩も知ってるはずだ」

「まあ似合わないのはほんとかもな」

「そんなことは……」

 

 これもおかしな話だった。オスカーはオリバンダー老人の店で杖を買った時の事を覚えていた。死喰い人の息子が防御呪文に優れる杖を買うとは的なニュアンスの事を言われたのだ。そして、どうもそれは事実だった。実際、盾の呪文や防御の呪文をオスカーは他の呪文より早く覚えることが出来たからだ。それは確かに自分の家の事を考えれば少しおかしな話だった。

 木立を抜けて、二人はまたマグルの村を歩き始めた。オスカーはまたレアとの距離が気になり始めて、何か喋っていないとダメな気がした。

 

「れ……」

「今日はごめんなさい。オスカー先…… オスカー」

「何をあやま……」

「ボクじゃなくて、例えばトンクス先輩とかとどこかに行くんなら、こんな場所に行かなかったと思うし、その、自分で精一杯で、オスカーに頼りきりとかそういう風にならなかったと思うから」

 

 これもどうなのか、確かにレアと喋る時の様な雰囲気にはトンクスとはならないことはオスカーにも分かったし、トンクスが頼ってくるかどうかと言われれば、そういうタイプでは無いことも確かだった。ただ、それをどう感じるかはオスカー次第だった。

 

「みんなトンクスで、みんなレアってわけにいかないだろ。クラーナでもエストでもいいけどそんなことになったらホグワーツはおしまいだろ」

「それはどういう……?」

 

 ちょっとそれはオスカーにも想像したくない話だった。単純に体力が持たない気がした。全員エストでもクラーナでも、トンクスでもレアでも、全員誰かと同じ性格だったらいつも喧嘩になりそうな気がしたからだ。

 

「そもそも、だいたいこんな感じになるかもってレアは夏休み前に言ってただろ。それに…… 色々思い出すのは当然だろうからな」

 

 オスカーは思い出した。夏休みの始まりに、ホグワーツから戻ったその日に、オスカーはそのまま屋敷の外れまで行ったのだ。レアが屋敷に戻ったのと同じように、オスカーは屋敷の外にもう一度出たのだ。

 

「オスカー先輩もそういう事があるんだ…… ありますか?」

「俺にもあるんじゃないか、レアとは種類は違うかもしれないけどな」

 

 言葉を聞いて、レアはしばらく下を見てぶつぶつ言っている様だった。オスカーからするとありがたかった。レアとの距離が近かったし、まだ暖炉飛行をしたパブまでは距離があったからだ。

 

「その…… すごいくだらないことばっかり思い出すんだ…… 思い出したんです……」

「言えることだけ言ってくれればいいけど」

「さっきのボクの部屋で、隣のパパとママの部屋の音を耳を当てて聞いてみたりとか、それで音が聞こえなくなって、二人が寝たのが分かった後に外に出ようとしてみたりとか……」

 

 確かに活発そうだった小さい頃のレアならやりそうな事だった。オスカーには寝たのが分かった後に音を立てないようにさっきの階段を下りて、慎重に玄関の扉を開けて外に出ようとするレアが容易に想像できた。

 

「パパが遅くまで帰ってこなくて、ママに寝ろって言われて、自分の部屋に戻ったけど一階の音を聞こうとして扉をちょっと開けて、寝たふりをしてたこととか」

 

 言うたびに、喋るたびにレアの指の力が大きくなっている気がした。距離も近かったし、それに何よりこうしてとつとつと彼女が喋るのを聞いていると、他の人では無くて、自分だけにそれを喋っている気がして、オスカーはいつもとは違う感覚や感情が出てきそうだった。

 

「あのコップやスプーンはママがホグワーツの先輩から結婚祝いで貰ったモノって言ってたとか、本棚はパパが作ってくれたとか、もっと小さい頃はあの本を読んでくれたとか、お祖母ちゃんにこのクロスの編み方を習ったから、今度ボクに教えるとか、そういうことを思い出すんです。思い出してもボクは何もできないのに」

「思い出さないより百倍良いことだろ」

 

 喋ろうと思っていなかったのに、思わず、オスカーの口から言葉が出た。忘れるよりずっといい事だとオスカーは知っていた。

 

「あ…… ご、ごめんなさい、ボク、その、オスカーの……」

「謝らなくていい。思い出せないと、区切りも付けられないだろ。多分、俺はやったことないから分からないけど、お葬式とかそう言うのって、ちゃんと思い出して区切りを付けるためにあるんじゃないのか。区切りを付けられないとずっとそこにあるから、どうしようも無くなるだろ。だからレアは自分で家に戻ったし、そこで色々整理できるだろ、今はできないかもしれないけど、持って帰ることはできただろうから、そこからだろ」

 

 ずっとそこにあるままだと良くないとオスカーは知っていた。だがそういったオスカー自身は思い出すことが出来て、他の人、世界のほとんどの人とは違って喋ることが出来たのに、はっきりと区切りをつけることが出来たかは怪しかった。

 それにレアが自分よりはるかに強いとオスカーは知っていた。エストがオスカーが首からかけている石を触っても使いたいと言わなかった様に、レアも例えオスカーが申し出ても使わないだろう。オスカーはそれを確信していた。

 二人が喋って歩いている間にパブは目の前まで来ていた。

 

「レア、このままレアはレアの家まで帰るつもりなのか?」

「そう思ってます」

「なんかちょっと飲んでからいくか」

「分かりました」

 

 今日は真夏の様な暑さだった。しかし、オスカーもレアも体の芯が外の様な暑さでは無いことは確かだった。オスカーの認識が確かなら、あの嫌な記憶の残るお酒はこういう時に役に立つはずだった。

 パブに入ると一瞬、パブの魔法使いや魔女の目がオスカーとレアの方を向いた。手は繋ぎっぱなしだったが、もうオスカーは半分やけくそでもあったので、レアに座ってもらって、一人で注文をしにいった。

 

「見ない顔のお兄さん、注文は?」

「ファイア・ウィスキーを二つ」

「お兄さん。ここでは出してやるが、まだホグズミードでは頼まないようにな」

 

 オスカーは多少同年代より身長が高かったが、まだ五年生くらいであることはバレていたようだった。そんな事を言いながらもマスターはグラスを二つ出してくれた。

 

「十八シックルだ」

「ちょうどで」

 

 ただ、オスカーがレアのところに戻ると、何故かレアは少し濁った様なブロンドの女の人と喋っていた。何か困った顔をしているレアがこっちの方を見てきた。

 

「ボーイフレンド君? あれ? もしかして、ファイア・ウィスキー? 凄いなあ。お昼から強いお酒で、ガールフレンドをおモち帰りしちゃうンだ?」

「いや、俺が十人いてもレアはピンピンしてると思いますけど……」

「あの…… オスカー、この人……」

「あ、ボーイフレンド君、あたし、パンドラ・ラブグッドです。女の子が、泣きそうな顔をしてるから、来ちゃいました。ダメだと思うンだけどな。こんなかわいい女の子を、泣きそうな顔をしてるのに、置いていくなんて」

 

 オスカーは直感的にこの人物は絶対にレイブンクロー出身だと思った。それにパンドラ・ラブグッドという名前は聞いたことがあった。

 

「パンドラ・ラブグッドって…… ワンドレス・マジックの時の……」

「そう。まさか、知られていると、思わなかったけど。私はパンドラ・ラブグッドです。この雑誌、ザ・クィブラーに寄稿してます。この雑誌の編集長は夫のゼノがやってるンだよ」

 

 オスカーは思った。エスト以上にこの人の話についていくのが大変な気がした。かなり厳しい戦いになりそうだった。

 

「それで…… その、えーっと、パンドラさんは? いったい何を?」

「ラックス・パートがこのへンを飛んでたンだけど……」

 

 なぜかザ・クィブラーを持って、パンドラは見えない何かを叩き落とす様な動作をした。レアがオスカーの耳元でささやいた。

 

「ラックス・パートって言う、ほとんどいないって言われてる動物がいるらしいです。ボクはそんなのいないと思うんですけど」

「そう、ラックス・パートを叩き落してたら、レアが酷い顔を、してたンだよね。あたし、レイブンクローの出身だったから、お話を聞いてあげようと思ったけど。ボーイフレンド君がいるんなら、いらないか」

 

 オスカーの直感は正しかった。案の定、パンドラはレイブンクローの出身だった。多分、エストと組み合わせると大変なことになる気がオスカーはした。

 

「本当はゼノとルーナとピクニックにきてたンだけど、ゼノが娘と二人だけの時間を過ごすって言って、帰ってこないンだよね。でも、二人の時間を邪魔するのも、無粋だから、あたしは退散しよう」

「は、はあ……」

「あ、でもこのザ・クィブラーはあげるね。まだ出てない、最新号だから、ひっくり返して読ンでね? それに、何かあったらこの編集部ってとこに、連絡くれたら、すぐ返すよ。あたしの研究に、興味があるって、言ってくれた後輩は、初めてだから。またね」

 

 嵐の様にパンドラは去っていった。残されたのはさっき買ってきたファイア・ウィスキーとザ・クィブラーだった。ザ・クィブラー九月号のタイトルはこうだ。『魔法省、遂に狼人間完全排除法成立か? マグルの狼毛皮ブランドとアライアンス?』さらにその下にはかなりバカバカしい内容も書かれている。『偉大な魔法使いの恋愛? 偉大な魔法使いは偉大な魔法使いに惹かれ合う?』『ルーンスプールでバジリスクは作れるか? 目玉が六つで最強の魔法動物?』『ドラゴンの卵で料理はできるか? ドラゴンオムライス』本気で読まない方が良さそうだった。

 

「チャーリーが読んだら怒りそうだな。ドラゴンオムライス」

「多分、すごい怒りそう。でもちょっと食べてみたいかも」

「それにほら、流石にエンゴージオをかけるわけにいかないけど、ファイア・ウィスキーだ」

「いや、ボクもいっつもそんな飲み方をしてるわけじゃないから……」

 

 ファイア・ウィスキーにはオスカーは嫌な思い出しかなかったが、飲むのがレアな以上、クラーナみたいな事は起こりえなかった。

 

「とにかく一回飲んだらいいんじゃないか。体じゃない方が疲れただろ。俺もちょっとそんな感じだしな。あ、謝るのはやめろよ。謝ったら、夏休みの間ずっとマッキノンのお姫様扱いするから」

「え…… 夏休み中…… もしかして、ボク、謝った方が得をする感じですか?」

「そんなに、お姫様呼ばわりされたいのか?」

「そうじゃなくて…… その…… 二人だけじゃなくて、みんなの前でオスカーが言うとその……」

 

 そのあとはぼそぼそ言っていて、オスカーは聞き取ることが出来なかった。そんなにお姫様呼ばわりされたいのだろうか? オスカーはちょっと気になった。

 

「女の子はお姫様呼ばわりされたいのか?」

「え? それは…… でも、エスト先輩は血みどろ男爵とかクィディッチのチームからはそんな感じだったから……」

「確かにそんな感じだな」

「お姫様って感じじゃあんまりないかもしれないけど、純血で有名って意味なら、トンクス先輩の家の方がそうなのかもしれない」

「え…… 何か違和感しかないな、トンクス姫様? いっつもトンクスって呼んでるからなんかおかしいな。トンクスのお姫様でもおかしいし、それならドーラ姫様って言った方が怒るだろうな」

「プッ…… ドーラ姫…… 凄い怒りそうだけど…… あとは…… プルウェットのお姫様…… ムーディのお姫様……」

 

 オスカーは何となく、全員をそんな言い方にすると不味い気がした。特にトンクスはドーラと呼んだだけで怒りだすのに、お姫様なんてつけた日には、オスカー自身が大変なことになりそうだった。

 ただ、ファイア・ウィスキーを飲みながらバカみたいな事を喋っていると、さっきまでの体の芯の方が寒くなっていたのがうその様に暖かくなってきている気がした。

 

「オスカー先輩…… オスカーはこうやって他の人とお酒を飲むんですか?」

「三本の箒に行く時くらいだろ。いっつもクラーナをどうにかしないといけなくなるけどな」

「クラーナ先輩はどうなるんですか? ボク、トンクス先輩とオスカーがからかってるのしか見たことがないから……」

「一番最初にやらかした時は…… その、トンクスに最初にキスして、なぜか俺に抱き着いてその後大変な事をしてくれたな」

「た、大変な事ですか?」

「もう大変だった。次の日も大騒ぎだったしな」

「凄い気になるんだけど…… 何をしたんですか? お、オスカーに抱き着いて何かやったってことですよね?」

「一応、クラーナの名誉のために喋らない。トンクスに聞けば喜んで教えてくれるけどな」

「なるほど……」

 

 なぜかレアはオスカーのグラスの残りと自分のグラスの残りを眺めていた。そして、何かを思いついた様な顔をした。

 

「オスカーは、そのクラーナ先輩みたいになるくらい飲んだことはあるんですか?」

「俺? あんまりないけどな、そもそもそんなに強いのは学生に売ってくれないし…… ああ、でもクィディッチで優勝した時に、延々とエストとクィディッチチームに付き合わされた時は辛かったけどな」

「何杯くらいですか?」

「さあ? 分からないけど、結構な数の蜂蜜酒と屋敷しもべのワインが空いてたけどな」

 

 レアは自分の指で何か数えているような動作をしていた。オスカーは少し嫌な予感がした。

 

「その、ボク、そういう事になったことは無いんですけど、それがダメかなと思ってて」

「ダメって?」

「だからその、限界を知っておかないとダメかなと思うんだ。クラーナ先輩みたいに外でそうなりたくないから」

「確かにな、危ないし恥ずかしいからな」

「その…… 今日、この後、そのオスカーの家で付き合って貰えませんか?」

 

 オスカーは思った。自分はOKを出してしまうと。しかし、自分のどこかがそれは危険だとささやいていた。簡単な話だった。オスカー自身がレアに付き合って飲めば確実につぶされるからだ。しかし、今日、レアから何か頼まれるとオスカーは断れる気がしなかった。

 

「別にいいけどな。家なら潰れてもペンスがいるからな」

「なら、その、もう一回オスカーの家に帰りませんか?」

「分かったけど……」

「ありがとうございます。じゃ、じゃあ一回戻りましょう」

 

 レアはまるで水でも飲むかの様に、ほとんどまるまる残っていたファイア・ウィスキーを一気に飲んだ。顔色はピクリともしなかった。オスカーは思った。レアに付き合うのは不味いと。オスカーはいくらなんでもこれを一気に飲むのは危険だと分かっていたし、自分ではやろうと思わなかった。

 

「ちょっと暖炉を使わせてもらう様に言ってきます」

「ああ、よろしく」

 

 さっきまでと打って変わって、きびきびと動き出したレアを、まだ琥珀色の色をたたえているファイア・ウィスキーの向こう側からオスカーは見ていた。

 オスカーは感じていた。この三日間で一番危険な時間が近づいている気がするのだ。

 

「すぐ使っても大丈夫らしいです。オスカーは飲み終わりました?」

「いや、ちょっと待ってくれ。今、飲み終わるから」

 

 オスカーの夏休みはまだ始まったばかりだった。そして、オスカーはもう二度とレアと二人だけで飲み続けることはしないと、心に誓うことになった。

 


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