ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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ロンドン

「オスカーお坊ちゃま、おはようございます。ペンスでございます。そろそろお時間でございます」

「ペンス、もうちょっと寝かしてくれ」

 

 オスカーの頭はガンガンしていた。こんなに寝起きが悪いのはいつ以来なのか分からなかった。何とか上半身を起こすと、ズキズキと頭の中や首の後ろ側から鈍い痛みがやってきていたし、自分の脈がやけに大きく感じられた。額に手を当てて顔を支えようとしても、そのまま顔がずり落ちた。

 

「レアはちゃんと帰ったのか?」

「はい。オスカーお坊ちゃまが事前に言われた通りに、ペンスめがお送りいたしました」

「普通だったか?」

「はい。元気一杯でございました」

 

 翌日になってもオスカーは死にかけているのに、レアの方はピンピンしていた様だった。

 

「あとどれくらい時間がある?」

「オスカーお坊ちゃまからお聞きした時間まではあと四十分程度しかありません。ペンスめは何度か声をかけさせていただいたのですが……」

「分かった。ペンス、前買ってきたって言ってたマグル風の服を取ってきてくれ。それとマグルの何だっけ? ああ、ポンドとペンスだ。ペンスってペンスの事じゃないぞ。お金だ」

「かしこまりました」

 

 ペンスがいなくなった瞬間に、オスカーは杖を取り出して自分に元気の出る呪文をかけた。多少頭の痛みが消えた気がした。鏡を見ると元気の出る呪文の効果のせいか、いつもの顔では無く、何か取って付けたような笑顔が浮かんでいた。

 

「オスカーお坊ちゃま、こちらでよろしいですか?」

「ああ、何か分からないけど、トンクスはそういう恰好をしないと送り返すって言ってたからな、それとペンス、元気爆発薬ってうちにあったか?」

「かしこまりました。こちらでございます」

「ああ、ありがとうペンス」

「いえ、もったいないお言葉でございます」

 

 ペンスの出した元気爆発薬を飲むと、文字通りオスカーの耳から湯気の様なモノが噴き出した。それに何か根拠のないやる気が全身にみなぎってきて、オスカーの頭痛とそれが戦っている様だった。

 

「しかし、オスカーお坊ちゃま」

「なんだ?」

「ペンスめが口に出すようなことではないのですが……」

「言っていいぞ。言った後に自分を罰することを禁じる」

 

 ペンスにしては珍しく、オスカーに言うのをためらっている様だった。オスカーはやっと頭が回り始めて、何とかなれない服を着ているところだった。

 

「夏休み中、こうしてお嬢様がたとお遊びなさるのでしょうか? 差し出がましいですが、オスカーお坊ちゃまの体がペンスめは心配です」

 

 どうしてみんなと遊ぶとオスカーの体が心配になるのか、普通男女は逆な気がオスカーはした。しかしよく考えれば、家にいる間、オスカーはずっと頭を抱えていたし、今日にいたっては薬の力を借りてやっと遊びに行く始末だった。これまでの夏休みを考えれば、ペンスの心配も当然の事の様に思えた。

 

「大丈夫だペンス。今日のトンクスで終わりだし、明日はチャーリーとちょっと遊びに行って、そのまま隠れ穴にちょっといる予定だからな。そのあとは去年みたいにみんなここにいる予定だから」

「なるほど、流石オスカーお坊ちゃま、ペンスめが口に出すようなことではありませんでした。申し訳ありません」

「じゃあちょっと顔洗ってから行ってくる」

「はい。オスカーお坊ちゃま、ロンドンは人が多いですからお気をつけ下さい」

 

 オスカーはペンスをよそに、部屋を飛び出して、洗面所で顔を洗ってそのまま暖炉に飛び込んだ。朝ごはんを食べる時間すら無かった、暖炉は漏れ鍋につながっていて、オスカーは店主のトムに会釈をして、勢いそのままロンドンの街に飛び出した。

 一応トンクスに言われた場所にたどり着くために、オスカーは事前にちょっと調べていた。キングズリーにロンドンの地理やバスの使い方について聞いたのだ。

 トンクスが指定したピカデリーサーカスと呼ばれる場所はマグルの間では定番の待ち合わせ場所らしかった。オスカーは生まれて初めて、ロンドンのマグルで一杯の通りを一人で歩き、赤い二階建てのバスなる乗り物に乗った。

 マグルで一杯のバスの車内で何度かバスの路線図と行先を確認して、確かにピカデリーサーカス駅に行くことを確かめた。マグルはオスカーの方には見向きもしなかったので、多分、マグルとしてはおかしな恰好をしているわけでは無いとオスカーは思った。

 

 一人でマグルの真っただ中にいるというのは、オスカーからしてみればかなりの冒険だった。周りのマグル達は、写真の動かない新聞を読んでいたり、駅にあった電気で動く掲示板の様なモノを、手に収まるくらい小さくしたモノで何か数字を打ち込んでいたり、耳に栓の様なモノをしてそこから糸で何か小さい機械につなげていたりと、オスカーの常識とはずいぶんかけ離れていた世界だった。

 それにバスでは目的地の近くに来たら、ストップと書かれたボタンを押さねばならないと聞いていたので、オスカーはバスに乗ってからずっと手をそばにあったボタンに構えていた。

 車の出す音や人が動いたり喋ったりする音で、オスカーが体験したことがないほどうるさい場所だったし、バスには沢山の広告があって、トンクスの髪の毛と同じくらい沢山の色が使われていた。赤、青、緑、それに人の肌の色、これもホグワーツではあまり見ないモノだった。広告の中で、オスカーより少し年上であろう女の子が、ホグワーツの女の子たちはしないだろうお化粧や、これまたオスカーはみんなが着ているのを見たことが無いような過激な服を着て、動かない微笑みをこちらに向けていた。

 外のマグルの往来や、レイブンクローの塔くらい高い建物を見ている間に、バスはピカデリーサーカス駅についていた。ずっと構えていたボタンだったが、他にも沢山の人が下りるらしく、オスカーがボタンを押す必要は無かった。

 

 ピカデリーサーカス駅は人で一杯だった。駅の時計を見れば、トンクスとの待ち合わせ時間まであと二分しかなかった。トンクスが指定したピカデリーサーカス駅のエロスの像の傍は、待ち合わせの人で一杯で、オスカーはトンクスのショッキングピンクの髪の毛を探したが見た感じそれはどこにも無かった。

 オスカーはしばらくキョロキョロと見回した後で、あるモノを思い出した。回りの人たちがさっきバスで見た、黒色の数字を打ち込む何かをいじっている横で、オスカーはカバンから本を取り出した。バカバカしいイケメンの写真がこちらに笑いかけている。

 案の定、ページを開くと文字が浮かび上がっていた。

 

『もう着いたわよ』

『そろそろ時間なんだけど』

『あ、私今日はいつもの髪色じゃないわよ』

 

 どのくらいの時間にそれが書かれたモノなのかオスカーには分からなかった。とりあえず、オスカーは返信を書いた。

 

『ごめん。いまついた』

『遅い』

 

 間髪入れずに返信が帰ってきたが、やっぱりトンクスの姿は見つからなかった。オスカーはもう一回書いた。

 

『どこにいる? 一応、像の目の前に立ってるんだが』

『私も像の目の前に立ってるわよ。多分、あんたより長い時間』

 

 オスカーは辺りを見回してもいなかったので、像の反対側に向かおうとした、像は結構な大きさがあって、さらにそれを人が取り囲んでいたので向こう側は見えなかったのだ。

 

『像の反対側まで来たけど、いないんだが』

『なんで動くのよ。私も反対側に来たわ。なんかでっかい看板とかがある方よ』

 

 やっぱりトンクスといると、ドジが移ってしまう気がオスカーはした。どうも二人そろって場所を移動したらしかった。

 

『そっち行く』

『そっち行くわ』

 

 オスカーが書いたのと同時にトンクスも書いたので、オスカーは動けなかった。しばらく動かないでいるとまた文字が出てきた。

 

『あんたが一瞬先に書いたんだから動きなさいよ』

『分かった』

 

 像の反対側に動くとやっとトンクスの姿が見えた。髪型こそ変わっていなかったが、色はいつものショッキングピンクでは無くて、アンドロメダと同じような栗色の髪の毛だった。それに服装も、ホグワーツのローブや、いつも着ているハッフルパフの色をあしらったカーディガンの様な恰好では無くて、他のマグルの女の子がしているような、ジーンズに白シャツその上にデニムのジャケットと言った服装だった。オスカーはぱっと見ではトンクスだと分からなかった。

 

「ごめん、遅くなった」

「普通こういうのって、男が先に…… って言うか、あんたってこういう遅刻とかしないタイプだと思ってたわ。むしろ私の方がしそうじゃない」

「確かにそうだな」

「なんで同意するわけ? どうせなんかあったんじゃないの?」

 

 一見ではトンクスがどれくらい怒っているのか分からなかったし、オスカーは遅れた理由をそのままトンクスに言っていいのか分からなかった。しかし、うそをつく方がもっといけない気もした。

 

「あんまり言えるような理由じゃないんだが……」

「あんたが恥ずかしいとか思う事あるの? 大抵の事をずけずけ言ってのけると思ってたけど」

「レアに付き合って酔いつぶされて、起きれなかった」

「それはバカとしか言いようが無いんじゃない? どこで飲んでたのよ」

「俺の家だけど」

「何? じゃあレアはオスカーの家に泊ってたわけ?」

「いや、俺は死んでたけど、レアはピンピンしてたからペンスに送って貰った」

 

 やっぱりオスカーはトンクスが怒っているのかどうなのか分からなかった。いつもの髪色ではないのもあっただろう。それに、マグルに溶け込む服装をトンクスがしていたのをオスカーが見たのは、劇を見に地下鉄で行ったとき以来だった。

 

「普通は女の子とどこか行く時に遅れた理由で、他の女の子と飲んでて酔いつぶれたなんて言うやつはいないわよ。今日会うのが私で良かったわね」

「いや、ごめん。ただ、トンクスに嘘ついても仕方ないから……」

 

 オスカーはちょっと怒っているトンクスを見ながら少し安心していた。トンクスには申し訳なかったが、怒っているせいで心理的にも物理的にも距離があったし、何よりこれまでと同じように喋れている気がしていたからだ。

 

「それより、あんたどうやってここまで来たのよ。姿現しでもしてきたわけ?」

「漏れ鍋からバスで来たけど」

「オスカー、あんたバスなんか乗れたの?」

「キングズリーにも聞いたし、それに家の傍の村まで行って、本屋でバスの路線図を見せてもらって、その店のお婆さんに乗り方を聞いた」

 

 トンクスは何か微妙な顔でオスカーの方を見ている様だった。どちらかと言えば期待が外れたような顔だった。

 

「オスカーの年でバスの乗り方を聞くマグルの男がいると思うの? 普通にさっきみたいに書き込んで聞けばよかったじゃないの」

「いや、何か最初はちゃんとしたマグルの格好をしないとアズカバンに追い返すとか言ってただろ。だからこの駅までも俺一人でマグルの方法で来て欲しいのかと思って」

「別に三大魔法学校対抗試合みたいに、あんたに試練を課してるわけじゃないわよ……」

 

 オスカーにはトンクスがどうして欲しかったのかは分からなかった。てっきりオスカーにマグルの生活ややり方をやって欲しかったのだと、勝手にオスカーは考えていたのだ。しかし、それはどうも違ったらしかった。

 

「とにかく遅れてごめん。この後はどうするんだ?」

「どうするって、そうね、じゃあオスカーはエストやクラーナやレアと何してたのよ」

「え? 何してたって……」

 

 口に出そうとして、オスカーはいったいどこまで喋って良いのか自信が無くなった。クラーナと病院に行ったことやダイアゴン横丁のパフェの一件は喋り辛かったし、エストと行ったゴドリックの谷での出来事も説明するのが難しかった。レアの元の家にいたっては喋るのが明らかにはばかられた。

 

「言いにくいなら質問を変えるけどいい?」

「いいけど」

「三人とはもうどっかに行ったのよね? それって三人が行きたい場所に行ったの?」

「三人がって…… そりゃそうだけど、三人に誘われたわけだし」

「なら、あんたは行きたい場所はあるわけ? ロンドンで?」

 

 そう言われて、オスカーは初めは頭に何もでて来なかった。確かに、この四日間でそんな質問を受けたのは初めてだった。最初にクラーナに誘われた時にダイアゴン横丁でどこに行きたいか聞かれた気もしたが、結局は三人とも三人の行きたい場所にオスカーを連れて行ったのだ。だから、オスカーにはトンクスの質問が新鮮に感じられた。

 

「トンクスが時々なんか言ってるだろ。クラーナをからかう時とかに」

「そんなの一杯ありすぎてわからないじゃないの」

「ほら…… なんか、マグルは凄い劇みたいなのがあるんだろ? 前にもなんかマグルの間では杖じゃなくて光る棒が流行ってるとか、それを流行らした劇があるとか、何かエストが黒いマスクを着けてクラーナと戦うことになるとか……」

「映画の事を言ってるわけね。その映画は多分今はやってないわよ」

 

 なぜかトンクスは得意気な顔になっていて、どうも遅れてきたせいで損なわれた機嫌は治っていそうだった。それにオスカーからすれば、距離も腕も手もこれまでと一緒のトンクスは落ち着く相手だった。

 

「その光る棒のやつじゃなくてもいいけど、ロンドンなら映画は見れるのか? 今から行って?」

「そりゃ見れるわよ。あんたここをどこだと思ってるのよ」

「そうなのか。じゃあ映画を見に行きたいかな?」

「なんであんたが疑問形なの?」

 

 そう言われても、オスカーからすれば自分の行きたい場所を言うというのが、何か変な感じだったのだ。

 

「いや、トンクスがロンドンに行こうって言ってたから、どこか行きたい場所があるんだと思ってたんだが」

「別にないわよ。田舎育ちのオスカーお坊ちゃまが、初めて人間世界にやってきたトロールみたいに右往左往するのが見たかったのよ」

「なら、映画を見に行きたい」

「決まりね。じゃあ回れ右して行くわよ」

 

 トンクスがオスカーの両肩を後ろから押して無理やり方向転換させた。オスカーはちょっと距離が近づくだけでビクッとなりそうだったが、なんとかトンクスには気づかれずにすんでいそうだった。

 

 ロンドンの街を二人は微妙な距離を保ちながら歩き始めた。オスカーからすれば、以前の様に喋れて一緒に歩けているので、夏休みで一番安心しているかもしれなかった。

 映画館までは駅から少しあるようで、二人は服やアクセサリーを売る店が沢山立ち並ぶ通りまで来たらしかった。ホグワーツや魔法界では見ないような恰好をした女の人が沢山歩いていたし、店のポスターもそんな恰好をした人で一杯だった。

 

「マグルってほんとに色んな格好をするんだな」

「そりゃそうでしょ。むしろ魔法使いとか魔女がローブばっかり着てるのがおかしいのよ」

「トンクスはあんまりローブを着ないよな」

「なんで人と同じ格好をしないといけないのよ」

「その方が楽だからじゃないのか? 毎日どの服かで悩むこともないしな」

「そんなの損してるわよ」

 

 格好と言えば、なぜトンクスの髪の毛がアンドロメダ、つまりトンクス先生と今日はなぜ同じ色なのかがオスカーには気になった。しかし、何か理由も考えずに直接聞くとトンクスはオスカーはダメねと言ってきそうなのが、オスカーにも想像できた。

 

「損も何も、トンクスは別に服で目立たなくても大抵授業でなんかやらかしてるだろ。魔法薬の材料を全滅さしたりとか、マンドレイクの授業で耳あての代わりにナメクジゼリーを耳に入れて気絶しかかったりとか」

「うるさいわね。あのね、ママがたしか言ってたけど、見た目ってのはその人が一番外側に出してる中身らしいわよ」

「トンクスの髪の毛はそうだな」

 

 オスカーがそう言うとトンクスは躓きかけて、隣を歩いていた女の人のヒールを引っかけかけた。オスカーはトンクスの腕を持って支えざるを得なかった。なんとか女の人とその彼氏であろう二人に謝って、できるだけ、腕を持っているトンクスの方を見ないようにした。

 

「大丈夫か?」

「当たり前でしょ。あんたがいきなり変な事を言うからよ」

 

 可能な限り早くオスカーはトンクスの腕を離して、距離を取ったが、トンクスは怒っているのか何なのか、いつもなら挙動不審に見えるだろうオスカーに何も言わなかった。

 

「じゃあ何で、今日はその髪色なんだ? さっき言った…… 見た目がその人の中身の一番外側なら、トンクスの髪の毛は一番そうだと思うけどな。服よりずっと」

「オスカー、あんたほんといっつもそんなことばっかり…… そうね、じゃあなんでこの髪色だと思うのよ」

「え?」

「私は何で今日この髪色にしてきたと、あんたは思うのよ?」

 

 なぜか速足になって、こっちを見ずにそう言ってくるトンクスについていきながら、オスカーは考えていた。どうしてトンクスの今日の髪色はそうなのか? オスカーは思いつかなかったのでヒントが欲しかった。

 

「トンクス、ヒントはないのか?」

「無いわよ」

「じゃあ、ロンドンに関係してるのか?」

「ロンドン…… そうね、ちょっと関係あるかもしれないわ」

 

 ロンドン? オスカーは考えた。トンクスはあの本で文通の様な事をして、最初に今日の話をした時に、マグルの大都市ロンドンと言っていたのだ。それにオスカーにはマグルの格好をしてくるようにと言っていたのだ。どうだろうか? オスカーは何となく、トンクスはロンドンに合わせた格好をしてきたのかと思ったが、トンクスはそんな性格ではない気がした。さっきも自分で言っていたが、人に合わせて同じ格好をする人間ではないのだ。

 

「マグルで一杯だから目立たないようにしてるんじゃないんだよな。トンクスだし」

「流石に四年もたてば私がそんな人間じゃないって分かってるわけね」

 

 では、どうしてなのか? さっき、トンクスは中身の一番外側に見える場所が見た目だと言っていたのだ。それは一番トンクスの髪の毛の事を指しているとオスカーは思ったし、トンクスもそう思っているのではないだろうか? 今の髪の毛の色はトンクス先生の色だった。ならそれはどういうことなのか? 多分、トンクス先生かテッドのどちらかか、二つ合わさった色が彼女の元の髪の色なのだ。オスカーはそう思った。

 

「トンクス先生の色だよなそれ」

「よく分かるわね。流石に女のパーツにはうるさいわけね」

 

 いつものピンク色の髪の毛が元の色でないとするなら、今は元の色にしているのだろうか? しかし、それならテッドの髪色でもいいはずだった。それにここはロンドンなのだ。むしろ、際立った純血であろうアンドロメダの髪色より、マグル生まれのテッドの黒い髪色の方がここにはあっている気がした。

 

「テッドさんじゃなくて、トンクス先生の髪色なのは理由があるのか? ここはロンドンだし、テッドさんの髪色の方にしそうだけど」

「パパの髪色なんかにして出かけたらパパがうるさいじゃないの」

 

 テッドが少し可哀想だとオスカーは思った。夏休みくらいしか一緒にいる時間は無いはずなのに、うるさいと言う理由で同じ髪色にはしてもらえないらしかった。それとアンドロメダ、トンクス先生の顔を思い出したことで、何となくレアとの会話をオスカーは思い出した。トンクス先生と言えば、確かに魔法界でも指折りの純血の家の出身だった。

 

「分かった。とにかくトンクス先生の方を全面に出していきたいとか?」

「はあ? どういう意味なのよそれ」

 

 映画館はもう目のまえに見えていたが正解をオスカーは思いつきそうに無かった。

 

「うーん、ほら女性的な面を全面に出していきたいとか」

「あんた何言ってんの?」

「いつもの魔法の力で変わってる髪色より、トンクス先生の髪色の方がもっと女の人っぽく見えるとかか?」

「あんたほんとにそんなことばっかり言ってるんじゃないでしょうね。ますますひどくなってるんじゃないの。ていうかもう映画館だし時間切れね、はい終了」

 

 映画館に入りながら、オスカーは続きを考えていた。トンクスは割と思っていることを突かれると怒りだしたり、会話をけむに巻こうとすることを、クラーナとトンクスとの会話を横で見ながらオスカーは観察していたのだ。

 

「ほら、どれにするのよ。あっちに今やってる映画のポスターが貼ってあるわ。ここは結構古いのもやってるみたい」

 

 さっきまでの話はここまでにした方が良さそうだった。オスカーは映画館に来たのは初めてだったし、動きはしないものの魔法界には無いような色使いをしているポスターや、マグルが想像している魔法界を表す様なポスターがあってオスカーにも面白かった。

 

「これ全部今日やってるのか? 出演する人は大変じゃないのか?」

「あー、そうなるのね…… 別にここに描いてある人が出てくるわけじゃないのよ。私たちの写真みたいに動く写真みたいなのを撮って、それを流してるわけ。だから、ロンドンの他の映画館とか、パリやエジンバラでも同じ映画が見えるのよ」

「そうなのか……」

 

 憂いの篩をオスカーは思い出した。あんな感じで色んなモノを見れるのだろうか? ただ、何にせよ見る映画を決めないといけなかった。トンクスに何を見たいのか聞こうと思ったが、さっきと同じようにあんたは何が見たいのよと聞かれると分かっていた。トンクスは車に乗った少年と白髪の老人が描かれているポスターを見ている様だった。その映画の続編を来年度に上映する旨が書かれている。タイトルは未来に戻ると書かれていて、オスカーには余り意味が分からなかった。

 

「それも今日やってるのか?」

「やってるみたいね。これ私が一年生の時にホグワーツに入る前にやってたのよ」

「面白いのか?」

「めちゃくちゃ面白いわ。ただ…… そうね、オスカーがどれくらい面白いと思うのか分からないわね。だって、どの映画もそうだけど、魔法使いの常識とマグルの常識は全然違うのよ」

「トンクスがそんなに言うくらいだし、面白いんだろ。それにどうせどれを見ても常識が違うのは一緒だしな。トンクスは二回目になるけどこれでも大丈夫なのか?」

「え? 別にいいけど…… そもそも上映の時間は…… ちょうど十分後にやるのね」

「チケットって…… あそこか」

 

 オスカーがチケットを買おうと思って売り場の方に行くとトンクスもついてきた。オスカーはあんまり買い物をするときのトンクスを信用してはいなかったので、先に自分がお金を払ってしまおうと思っていたのだ。この四年間でトンクスがシックルやクヌートを支払い時にぶちまけていたのをオスカーは何度も見ていた。

 

「ポップコーンとコーラかジンジャーエールも一緒に買いましょうよ。一緒に買った方が安くなるわ」

「劇を見ながら食べたり飲んだりするのか……」

 

 周りの人たちが持っている紙バケツに入ったポップコーンを見て、オスカーは自分がこっちを持った方が良いだろうと思った。オスカーは財布からなじみの無いお金を取り出した。

 

「オスカー、あんたそれ百ポンドと五十ポンドの紙幣ばっかりじゃないの、しかもスコットランドのやつじゃない」

「え? じゃあこっちの方がいいのか?」

「なんでそんなやたら細かい小銭とやたらでかいお札しか持ってないのよ」

「ペンスにグリンゴッツでガリオンから変えてもらったんだけどな」

「オスカーお坊ちゃまはマグル世界に出てきてもお金持ちってわけね、チャーリーが草場の陰で泣いてるわよ。これだけあったら流れ星じゃなくてニンバスの新型でも簡単に買えるもの」

 

 なぜか引き合いに出されたチャーリーが可哀想だったが、結局ちょっと白い目でチケットを売る人に見られながらも、オスカーはお札を崩すことに成功した。

 ポップコーンとジュースもオスカーが持つことに成功したので、映画を見る前に食べ物や飲み物が床に消えることも防げそうだった。

 劇場の中に入るとほとんど真っ暗で、その上、幕らしきものも無く、目の前には白く大きな布の様なモノがあるだけなのでオスカーは少し面食らった。

 すでに結構な数の人が座っていて、二人は薄暗い中、チケットに描かれた席番を探して座った。

 

「幕が無いんだな」

 

 オスカーがボソッと呟くと、隣のトンクスが耳元で言った。

 

「もう始まるし、周りはマグルだらけなんだからそういう事言うのやめなさいよ。静かだからすぐ隣にきこえちゃうわ」

「わ、わかった」

 

 耳元で言われたのも、多分、ジンジャーエールやコーラのモノではない甘い香りがしたのもオスカーはダメだった。映画が始まる前に一層暗くなったのがオスカーにはありがたかった。

 

 ただ、映画の方は、見る前の事を忘れるくらいには面白かった。これまで見たり読んだりした劇と違って、観客を喜ばすためのいろんな工夫がされているとオスカーは思った。

 どこまでがマグルにとってはありえなくて、どこまでがありえるのかはオスカーには分からなかったが、それでも、オスカーは白髪の研究者のおじいさんが助かる様に祈っていたし、主人公の父親の自信の無さや悪役の傍若無人ぶりにはムカついた。

 映画が終わるまでにオスカーのポップコーンもジュースも全然減っていなかったし、隣のトンクスも同じようだった。二人はそのままその二つを持って、映画館の外に出た。

 

「どうだったのよ。オスカーお坊ちゃま初めてのマグルの娯楽は」

「凄かったけどな。デロリアンとプルトニウムってのがあればマグルも逆転時計と同じことが出来るんだな」

「できるわけないでしょ。できたらエライことになってるわよ」

「ああ、じゃあやっぱりあれはできないんだな。じゃあ…… あの銃? を防ぐ服みたいののもないのか?」

「あれはほんとにあるわよ。というかあのおじいちゃんの発明品は大体ないわよ」

「じゃあデロリアンって車もないのか?」

「あれはあるわ」

 

 オスカーには何がなにやらチンプンカンプンだった。ただ、少なくともまだマグルは逆転時計と同じことは車を使ってはできない様だった。

 

「それより…… やっぱり、あの自分のお父さんとお母さんをくっつけるってのが面白い所なんじゃない? それとお母さんが息子に一目惚れしちゃうところとか」

「確かにあれは面白かったな。息子なら顔とか雰囲気が似てるだろうから無理もないかもな」

「オスカーお坊ちゃまがあの父親だったらとんでも無いことになるとこだったわね」

「え? どういう意味だ?」

 

 トンクスの言っていることが相変わらずオスカーには良くわからなかった。

 

「いきなりあんたの息子です。娘ですって言ってくる同い年の人がでてきたらあんたいったいどうするのよ」

「そんなことにはまずならないだろ」

「というかあんたの場合、困るのはあんたじゃなくて、子供の方だと思うけどね。さっきの映画が簡単に見えるくらい難しいことになるわよ」

「俺は深海のおさかなパーティに行くわけでも、なんか悪役にいじめられているわけでもないからな、大丈夫だろ」

「やっぱり大変なことになると思うわ」

 

 何をそんなにトンクスが心配しているのかオスカーにはやっぱり分からなかった。ただ、それより今日はこれまでの三日と違って、ほとんど戸惑うことが無く、これまでと同じようにお互いに冗談を飛ばせるくらいの距離感なのがオスカーには心地よかった。

 

「午後はどうするのよ? 今日はオスカーお坊ちゃまのマグル街観光に付き合ってあげるわ」

「どうって言われてもな……」

 

 オスカーにはロンドンと言われても何があるのかが良く分かっていなかったのだ。オスカーにとってロンドンと言われても、魔法省やダイアゴン横丁、マグルの大きな建造物が並んでいる場所程度の認識だったし、今日いった映画館の様に、マグルが普段どんな風にロンドンという場所を認識して、楽しんでいるのか分からなかった。

 

「あんたはどんな場所が好きなのよ?」

「場所? 場所って言われてもな……」

「そういや去年はやたら天文台の塔に上ってたじゃないの。なんなの? トロールとオスカーは高い所が好きだったの?」

「天文台…… 高い所……」

 

 オスカーは思い出した。彼女はロンドンにも行ったことが無いと言っていたのだ。確かに一度くらいロンドンの高い所に行ってもいいかもしれなかった。

 

「じゃあ高い所で」

「あんたほんとに自分の意思はあるわけ? 私が聞いたからそう言ってるわけじゃないでしょうね?」

「そんなことないと思うけどな」

「なら、ロンドンなんて高い所は一杯あるんだから、選びなさいよ」

 

 トンクスはポケットからはみ出ていた薄い本の様なモノをオスカーに渡した。ロンドンのメジャーな観光地について書かれているガイドの様だった。

 

「朝、パパの部屋にころがってたからパクってきたわ」

「テッドさん……」

「大丈夫よ。私と一緒で多分あったことも忘れてるわ。埃かぶってたし、ママに捨てられる前に救出したと思えばいいのよ」

 

 ガイドをペラペラめくりながら、オスカーはどうせなら外の景色が見れる場所がいいと思った。それにできればオスカーだけでは無くて、トンクスも楽しめる場所の方が良かった。

 

「ここは?」

「はあ? あのね…… いや、まあオスカーが行きたいならいいけど。確かにマグルじゃないと行かない場所だし…… 魔法使いや魔女はこんなの作らないとは思うけど……」

「女の人がいたらおススメって書いてあるし、どう見ても高い場所だろ」

「あんたのその、なぜか自分が抜けてる考え方がどこまで本気なのか私には分からないわ」

 

 何か気の乗らなそうな顔のトンクスだったので、オスカーは少し不安になったが、そこまで行った後で、オスカーはかなり後悔した。

 少なくとも、昨日までのオスカーなら自分からこんな場所を選ばなかっただろうし、昨日の酒と元気爆発薬の効果や、今日はこれまでのホグワーツと同じように過ごせている感覚が大きすぎたのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 そこは人が多いわけでは無かった。流行ったのは少し前の様で、人もまばらにしか乗ってなかったのだ。目の前まで来て、オスカーはここに来ようと言ったのを後悔したが、今頃になって乗りたくないとも言えなかった。

 少なくともこれまでの三日が嘘だと思えるくらい平穏無事に来ていた。唯一危なかったのは映画が始まる直前の事くらいだったのだ。だから肩の力を抜けて楽しめていたし、食事もマグルがするようにハンバーガーなるものを歩きながら二人で食べていて、パフェの様なことも起こりようが無かったのだ。

 しかし、どう見ても目の前の観覧車は危険な香りがしていた。

 

「では、行ってらっしゃい」

 

 お姉さんが二人をニコニコ見ながら観覧車の扉を閉めた。ゆっくりと観覧車は登り始めた。オスカーとトンクスは向かい合う様に座った。どちらかの座席に二人で座ることもできたが、オスカーにはできそうに無かった。多分、エストやレアなら普通に座ってくるに違い無かった。

 

「ほらオスカーが大好きな高い場所へ今から行くわよ」

「大好きなわけじゃないけどな」

「たか~い、たか~いですよ。オスカーお坊ちゃま。いや、というか何であんたは高い所に行きたかったのよ」

 

 そう言われても、オスカーはあまり喋ることが出来なかった。

 

「喋りたくないんならいいけど…… そうね、どうせ今日が終わったら二人でしゃべる機会なんて、ホグワーツとかあんたの家では無いだろうから言っとくわ」

「何を?」

「だから…… あんたはもっと主張したらどうなのよ?」

「主張?」

 

 オスカーはトンクスがエストや他の二人とは違う方法で嘘を見破ることを知っていた。ゴドリックの谷でバチルダとした会話の中で、オスカーがトンクスを思い浮かべたように、感情の機微だとかそういう事に変にトンクスは鋭かった。

 

「今日もそうだけど、もっと自分が行きたいとかそういう事を言ってもいいんじゃないの?」

「ああ、それはできて無いなって自覚してるよ。正直な事言うと、実は夏休みの予定無いかって書き込んだ時に、何も自分からしてないなって思って思わず書き込んだんだけどな」

 

 そう言うと、今度はトンクスの方が黙ってしまって少し顔を背けてしまった。

 

「まあそれはそれとしても、あんたはもっと自分でしたいことをした方が良いんじゃないのってことよ」

「それが一番難しいと思うんだけどな」

 

 トンクスは言いにくいのか、頭をぼさぼさになりそうにくらいに自分でわしゃわしゃとやっていた。その後で真っすぐオスカーの方を見てきたので、オスカーはそれだけで落ち着かない気分になった。

 

「あのね、今からちょっとキツイ事言うけど、別に私は誰かの事嫌ってるとかそういうわけじゃないから」

「トンクスが大抵の事言っても、俺はたいしてそう思わないと思うけどな」

「あんたはそうなのかもしれないけど、私はどうあんたに受け止められてるかなんて分からないのよ」

 

 じれったいのか何なのか、トンクスはさっきの髪をわしゃわしゃするような行動と一緒に、貧乏ゆすりをしながら少し唇を自分で噛んでいる様に見えた。

 

「そんなに言いにく……」

「オスカーはね、ちょっとエストとかレアとかクラーナとかに頼られすぎだと思うわ」

「え?」

「だからあの三人は…… オスカーには何でも受け止めてもらえると思ってるのよ。ほんとにその…… わたしがそれにどうこう思ってるとかそういうわけじゃなくて、そう見えるって言ってるのよ」

 

 いつものふざけている口調では無かった。トンクスは本気でそう思っているらしかった。それにトンクスは何か言ってしまったと言うような顔をしていた。今にも自分の手で自分の口をふさぎそうだった。

 

「それは…… どうい……」

「オスカーは自分が校長室で倒れてた時の事を誰かに聞いた?」

「いや、聞いてないけど」

 

 それを聞くと今度は額に手を当てて、何か悩んでいる感じにトンクスはなってしまった。それでも意を決したようにもう一度オスカーに向き直った。

 

「あのね、クラーナはオスカーのベッドの傍から一歩も動かなかったし、レアはダンブルドア先生やスクリムジョール先生に杖を向けてもおかしくなかったわよ。エストは…… ちょっと分からないけど、多分、何でもやったと思うもの。みんなを集めて校長室に行ったのもスクリムジョール先生を叩き起こしたのもエストだったわ。ねえ、何が言いたいかわかる?」

「いや……」

 

 オスカーは今の今まで、あの日の事で自分がそんな状態になったから、みんながどう思うかなど考えていなかったかもしれなかった。もちろん、迷惑をかけたことは分かっていたが、それがどれくらいみんなに影響したのかを考えてはいなかった。夏休みのみんなの行動も、もしかすればそれが影響しているかもしれなかった。

 

「オスカーは確かに色々できるわよ。ふざけて言ってるわけじゃなくて、髪飾りを壊したのもオスカーだし、吸魂鬼や叔父さんをぶっ飛ばしたのもオスカーで、トーナメントで勝ったのも、キメラをなんとかしてくれたのも、首につけている石をなんとかしたのもオスカーなのよ。それを私たちは知ってるけど、でもなんでもできるわけじゃないでしょ?」

「まあ人間だし、どれも一人でやったわけじゃないけど」

「そりゃそうよね、マーリンやナポレオンだって全部できるわけないもの。オスカーはそういう事できる代わりに、箒に乗れないし、どの女の子にも変な事言うし、お坊ちゃまだし、変なとこは鋭いのに自分がどう見られてるかなんてほとんど考えてないもの。特に自分が良く見られてるなんて一度も考えたこと無さそうじゃない、と言うか絶対してないわ」

 

 それは昨日考えていた話と似ていそうだった。オスカーは自分に誰がどんな事を望んでいるのかを考えるのが苦手だったし、色んな要素が重なって、自分が良い風にとらえられていると考えるのも苦手だった。

 

「危なくなる前に、できないこととか、やりたくないことは言わなきゃダメなんじゃないの? やりたいことも言わないとダメだけど。どっちも言わなきゃダメじゃない? 私の両親だって、多分私に闇祓いになんか正直なって欲しくないと思ってるのよ。だって、危ないもの。ママは一回私に言ったわよ。狙われるからやめなさいって。半分冗談だったけど、半分本気だったわ。ママがマグルと結婚したから他の親戚は恥に思ってるんだって。だから狙うかもしれないとかね。でもおかしな話じゃない。ママはパパと結婚するときに家族と離れるくらい喧嘩したのに、私はダメなんておかしな話でしょ? だから言わないとダメなのよ。嫌なことは嫌だし、好きなモノとかやりたいこともそうなのよ」

「そうだろうな」

 

 あほな事ばかり言っている様に見えて、やっぱりトンクスは色々考えているとオスカーは思った。よっぽど自分の方が色々考えていないように感じるのだ。去年はあれだけいろいろ自分で考えたと思っていたのに、トンクスの方がよっぽど前に進んでいる様に見えた。それに今の事は勇気を持たないと誰かに喋ることはできなさそうだった。

 

「だからオスカーもエストとかあの辺に色々言うべきなのよ。特にエストはオスカーだったらなんでも味方してくれると思ってるじゃない」

「そんなことないと思うけどな」

「いやエストは絶対思ってるわよ。どんなにヤバイことでも、最後に絶対オスカーは私の味方をしてくれるってあいつは思ってるわ。レアやクラーナも似た感じだけどね。オスカーはそういう風に思われやすいって思っといた方がいいのよ」

「そういう風って言われてもな……」

 

 そんなことを言われてもやっぱりオスカーはどうすればいいのか分からなかった。味方だと思われるのは大概良いことだと思えるからだ。

 

「とにかくオスカーはそういう自己主張が強いタイプに好かれやすいのよ。なんでもそうなのか…… わかった…… みたいな感じで受け入れちゃうもの。エストなんか一番そうじゃないの。自分の事はエスト呼びだし、他の人の意見はあまり考えないで自分の意見をバンバン言うわ。それもそれが通ると思ってるのよあいつは。まあそれで嫌に思われないくらい優秀だから許されてるけど。話だって、相手が理解できるかどうかなんて考えてないから飛び飛びになるし、行動だって思い立ったからやろう!! で勝手に始めちゃうでしょ? とにかく、ああいう私が私がタイプはオスカーみたいなタイプが心地いいし、一緒にいるのが好きなのよ」

「いや…… なんかそれは……」

「何か違う?」

 

 オスカーはこれを言っていいのかどうか分からなかった。確かにエストの特徴をトンクスが言っていることは突いていたが、同時にもう一人くらいオスカーの脳裏には浮かび上がっていた。エストは自分の事を自分の名前で呼ぶが、もう一人は人に呼ばれる名前にこだわっていた。エストは自分の意見が通ると思って喋るが、もう一人は別に理解されないと思って喋っていた。話は二人とも良く飛び飛びになるところがあった。エストは授業中とかの日常はそうでもなく、感極まるとそんな感じで、もう一人は日常が飛び飛びで、感情がでてくるとそれが無くなっていた。思い立ったらすぐやろうは両方だった。

 

「いまトンクスが言ってたことだけど」

「なんなのよ。さっきもいったじゃないの。言いたいことは言うべきだって」

「自己紹介かと思った」

「はあ?」

「いやだから…… トンクスは自分の事を自分で呼んで欲しい名前で呼んで欲しいって言ってるし、トンクスは理解されないと思って言ってるから、他の意見を結構お構いなしに言うだろ。それにこういう時は全然話は飛ばないけど、いつもはなんかいきなり変な方向に飛ばすだろ。劇の時もそうだけど、いきなりこれやろうってとこもあるし。だからさっきのはエストもそうだけどトンクスの話かと思った」

「え…… いや…… いやそんなつもりで、い、言ったわけじゃないわよ!!」

「そんなつもり?」

 

 外を見れば、観覧車はもうすぐ元の場所につきそうだった。しかし、トンクスの方が問題だった。距離を詰めてきて、オスカーがペンスに行って買ってきてもらった、襟付きのシャツの襟をいつかのように持ってオスカーは怒鳴りつけられた。

 

「なんなのよ!! なんであんたはいっつもそういう感じなのよ!! わかるじゃないの!!」

「わかるっていわれても困るっていうか、近い、トンクス」

 

 トンクスが一体に何にそんな怒っているのか分からなかったが、オスカーからすればトンクスとの距離が近いことが問題だった。

 

「あんたの言い分が正しいなら、エストと私はオスカーみたいなタイプが心地いいことになっちゃうじゃない!!」

「確かにそうなるな、とりあえずトンクス、離してくれ、ほんとに頼むから」

「何が離してくれなのよ!! あんたはこういう事は言えるくせに、なんでこれはやだとか、これがやりたいとかは言えないのよ!!」

「トンクス、ほんとに近いから離してくれ」

 

 お菓子の様な甘い香りが髪の毛からした。ゴンドラの窓の外では地上についたはずなのに、なぜか二人を乗せた女の人が二人の方へ手を振って、ドアを開けることが無かった。オスカーはトンクスに捕まったまま、もう一周回り始めた。

 

「トンクス、外、外、また回り始めてるから」

「はあ? そんなわけないでしょ。観覧車は一周乗ったら降りるものなのよ。って、なんでよほんとにもう一周し始めてるじゃないの」

 

 やっとトンクスはオスカーを離してくれた。オスカーは窓を開けて深呼吸した。距離が近いのも顔が目の前なのも、髪の匂いもオスカーはダメだった。

 トンクスの方に向き直ると、オスカーの方を睨んでいた。髪の色は相変わらず栗色のままだった。

 

「なんであんたはそんな感じなのよ。三年生の時のベッドルームみたいなことは言えたり、全部一人でやろうとしたりするくせに、みんなには俺はこれがやりたいとか、これで困ってるとか言わないわけ? おかしいじゃない」

「おかしいって言われてもほんとに困るんだけどな。それにそういう事が言えないから困ったりするしな」

「ほんとに困ってるの?」

「いや、うん、現在進行形で困ってるけどな」

「なら言えばいいじゃない」

「言えないから困ってるんだろ」

「だから言えばいいじゃないの」

「だから言えないんだって」

 

 今、一番困っていることはトンクスには相談できなかった。エストもクラーナもレアにも相談できなかった。どう言えばいいというのか、四人の近くにいると動揺します、ドキドキしますとでもカミングアウトすればいいのか? 明らかにそれは現実的に不可能だった。

 死喰い人が怖いと例のあの人に相談しているようなモノなのだ。

 

「私に言えないなら、エストには言えるわけ?」

「だから言えないって」

「クラーナは?」

「無理だな」

「レアは」

「言えないって」

「チャーリーのアホは?」

「聞いて意味あるかは分からないけど言えるかもな」

「何よそれ。チャーリーのアホより信頼できないって言うの? あいつドラゴンの事しか考えてないわよ。パジャマからスリッパまでドラゴン柄なのよあいつ。自分が何歳だと思ってるのかしら」

「いや、ドラゴン柄は関係ないし、ドラゴンの事しか考えて無いの本当だし、別に今回は信頼できるとかそういう問題じゃないんだが」

「はあ? もう意味わかんないわ。あんたはほんとにもう意味わかんないのよ。数占いとか変身術の理論の数倍意味わかんないんだから」

 

 トンクスは考えるのをやめたとばかりに向こう側の椅子に寝転がった。オスカーは安心した。距離が近いよりも向こう側で寝転がってもらう方がよっぽど楽だった。

 

「はあ…… そうね、結局映画館に行く前に言ってたのは解けたわけ?」

「髪の話か?」

「そうよ」

「うーん…… レアと昨日話してたんだが、女の人はお姫様呼ばわりされたいのか?」

「はあ? もうオスカーあんた本当に色ボケしてるんじゃないの? いくら暑いし、女の子と連続でデートしてるからって頭やられすぎなんじゃないの? 昨日実はレアになんか酒に混ぜられたとかじゃないでしょうね」

 

 椅子に肘をついてトンクスは寝っ転がりながらこっちを見ていた。オスカーにはやっぱりトンクスが一体何に反応して怒りだしたりするのかが謎だった。レアならお姫様呼ばわりすると怒りだすのに、トンクスはブーメランだと言うと怒りだすのだ。クラーナならお酒か身長の事を言うと怒りだす。エストは怒らせると怖いのでオスカーには怒らせる方法が思いつかなかった。

 

「いや、なんかみんなをお姫様呼びするとどうなるかって話で、トンクスは語呂がなんか悪いなって話をしてた」

「ぜんぜん髪の話と関係ないじゃないの。エストの特性がオスカーにもうつってきたんじゃないの?」

「トンクスの髪色はトンクス先生のだろ。トンクス先生はブラック家だろ? だから血筋だけならエストと同じくらいお姫様なんじゃないかってレアが言ってたからな、なんかそれを思い出したんだけど」

「何言ってんのかもうわかんないわ。ほんとに魅惑呪文とかくらってるんじゃないの。いやいつもこれだからもう手の付けようがないわ」

 

 なんと無く、トンクスの髪色の話とお姫様の話がオスカーの頭の中でつながりそうで中々つながらなかったが、今になってやっとつながった気がした。

 

「ああ、そうだ。トンクスがトンクス先生の髪色にするってことは、いつもと同じじゃなくて、女性らしくみせたいのかって思ったんだよ。それがなんかお姫様呼ばわりされたいのとなんかつながったって言うか」

「だからあんた何言ってるか分かって言ってるの? もうほんと、なんなのよ? なんで自分の事は言えないくせに、何で困ってるかは言わないくせにそんなことはボロボロボロボロ言いまくるのよ!!」

「え? いやトンクスが何でも言った方がいいって言ったんだろ? まあ、トンクス姫様だと言いにくいから、ドーラ姫様の方が面白いし言いやすいって、レアと話してたって話なんだが」

「なーにがドーラ姫なのよ。ぶっ飛ばすわよ!! パパでもそんな言い方してたのは小さい頃だけだわ!! だからなんでそんなことは恥ずかしげもなく言えるわけ? もうほんとにあんたは意味わかんない!!」

 

 と言ってトンクスは椅子に寝転んだまま、寝返りしてうつぶせに倒れこんだ。オスカーは何か変な感じだった。いつもと同じように喋れているようで、何か感覚が違った。ただ、これまでと違って他の三人より距離があるせいで、普通に近い感じで喋れている実感がオスカーにはあった。

 そうこうしている間にトンクスはスイッチを入れなおしたのか、いきなり立ち上がって、オスカーの方を見てきた。

 

「そうよ。今回は色々試してみるのも一興だと思ったのよ」

「何を? 俺がマグルの世界でも生活できるかどうかか?」

「そんなのどうでもいいわよ。前座みたいなもんだわ」

「そうなのか、俺は結構面白かったけどな」

「それは良かったわね、私は今ちょっと後悔してるけど、ホグワーツに行く前に色々はっきりさせたいわ」

「そうなのか」

 

 そこまで喋った段階でトンクスはオスカーと同じ側の椅子に座ってきた。腕を組んでオスカーの方を睨みつけていた。オスカーの方は距離があんまり縮まったので、さっきの様に喋れる気がしなかった。

 

「あんた、私になんかするときにいっつも肩を持つじゃない」

「肩?」

「だから、ベッドルームの時も、惚れ薬の時も私の肩をこうやって持って喋ってたでしょ? なんか意味があるわけ?」

「え……」

 

 トンクスがオスカーの両肩に手を置いて、そういった。そうすると真正面からトンクスの顔を見ざるを得なくなる。オスカーは確かにトンクスの言った二回とも今と同じ体勢で喋ったのを覚えていた。しかし問題なのは、オスカーがそうしたのでは無くて、オスカーがオスカーではない誰かにそうされた記憶があることだった。

 オスカーは去年たびたび感じていたのと同じような怖さを感じた。

 

「ほら、なんか癖なのかもしれないけど、一番こっぱずかしい事をいう時に…… オスカー?」

 

 石の一件があった後は、トンクスだけでなくてエストにも同じような体勢でオスカーは喋っていた。しかし、問題なのはそれでは無かった。オスカーがそういう風にトンクスに喋る時の体勢としてそれを選んだのには理由があるはずだった。それも他のエストやクラーナやレアと喋るときにはそういう風な体勢で喋っていないのだ。去年度の最後までには。

 

「ちょ、ちょっと、オスカー? どうしたのよ。ねえ、わ、私にやるのは良いけど、やられるのは嫌だったとか?」

 

 その時、大きな音と一緒に大きくゴンドラが風で揺られて、傾いた。トンクスがそのままオスカーの方へ体勢を崩した。オスカーはトンクスを受け止めたが、頭の中はそれどころでは無かった。

 

「お、オスカー、流石に近いって言うか……」

 

 オスカーは頭の中で否定していたが、自分の行動は明らかにそうとしか思えなかった。彼女にされたことをどうしてトンクスにだけやったのかだ。病院にいたおじいさんの話や、今日、トンクスと一緒に楽しく歩いて、映画館やロンドンの街で思い知った様に、マグルには魔法使いに無い考え方があるのを知っていたし、トンクスが時々そういうエッセンスや匂いや考えを行動で示しているのも分かっていた。だから無意識の間に重ねていたのだろうか?

 

「ねえ、オスカー聞いてるの?」

 

 そんなことはしていないとオスカーは思いたかった。彼女もトンクスも別の人間だったし、重ねているからそうしたいなんて思ったことは無いはずだった。ハッフルパフ寮でも惚れ薬の一件だって、オスカーは重ねていたからトンクスにそう言ったわけではないはずなのだ。

 

「オスカー? そんなに聞いちゃダメだったの?」

 

 そんな事をしたらどっちにもオスカーは面目が立たなかった。やっていいことと思えないのだ。トンクスじゃなくても、他の人でもダメだったし、他の人では無くて、トンクスだからそういう事を言ったはずなのにだ。

 しかし、顔にいきなり感触があって、オスカーは現実に引き戻された。今度は肩では無くて、オスカーの顔をトンクスが両手の掌で挿むように固定していた。距離が四日間の誰より近かった。

 

「オスカー? 聞こえてるわよね?」

「聞こえてる」

「あのね。そんなに聞かれたくないことなら聞かないわよ。さっきは何でも言った方がいいって言ったけど、言わないのだって自由だもの」

「いや……」

「だって言いたくないんでしょ? 少なくとも、こんな近くに誰かいるのに上の空になることなんて、言わない方がいいわよ」

 

 確かにこんなに近くにいるのに、自分の考えで一杯になるなど普通では無かった。オスカーはいったいトンクスからはどんな風に自分が見えていたのかが気になった。

 

「俺、そんなにおかしかったのか?」

「すごいおかしかったけど、まあ良しとしとくわ」

「それじゃダメなんじゃないのか」

「だからそんな状態になることなんてそんな簡単に言えないでしょ」

 

 オスカーは強烈な後悔に襲われていた。やっぱりトンクスは感情の機微に鋭かった。多分、ほかの三人ならオスカーが肩を持って喋ったことに注目すらしないかもしれなかった。オスカーはトンクスに謝りたかった。

 

「ごめんトンクス」

「何を謝ってるのよ」

「多分、昔自分がやってもらった事をトンクスにしてた」

「それはなんか不味いわけ? いいことを他の人にするのはいい事なんじゃないの?」

「多分、トンクスとその人を重ねて見てたかもしれない」

「重ねて……?」

 

 どこまで喋っていいのか分からなかった。ただ、オスカーからすればこうして、自分の主張をしたり、誰かにも自分の主張をして欲しいと言ってくるトンクスに誰かを重ねるのは良くないと思ったのだ。

 

「全然似てないけど、無意識にやってたかもしれない。トンクスはそう言うの嫌だろ。他の人と違うことをあえてしたりしてるし、今日だって俺にずっとそんな感じの事を言ってただろ」

「別にそんなのわかんないし、謝らないでもいいわよ」

「いや、ごめん。でも、とっさにあんな感じで肩を持って喋ったのはそうだったかもしれないけど、言ったことは誰かに重ねてじゃなくて、俺がほんとに思って、トンクスだから言ってたから……」

 

 そう言うと、トンクスが静かになった。いつの間にか、トンクスの手はオスカーの頬から離れていたが、相変わらず距離が信じられないくらい近かった。

 視線を動かしてトンクスの方を見ると、今日ずっと栗色だった髪が赤くなっていた。

 

「だからオスカー、あんたはなんでそんな事を言えるのよ」

「え?」

「だからなんでそんな恥ずかしいことを平然と言えるのって言ってるのよ!!」

「恥ずかしいって……」

 

 オスカーは自分に言ったことを考えてみた。肩を持って言ったことはトンクスだから、本心からトンクスだから言ったと。オスカーは惚れ薬の時に何をトンクスに言ったのか思い出した。オスカーはトンクスの顔が一番好きだとかそういう事を言っていたのだ。

 それに、トンクスとの距離があり得ないくらい近い事を思い出した。文字通り、考えの方に行っていた神経や脳みそや体の色んな場所が目覚めた様だった。やっぱり、お菓子の様な甘い香りが髪からしたし、ほとんど触れていてギリギリ抱き合わないくらい距離が近かった。

 オスカーは自分の顔や耳が赤くなっているだろうことが分かった。

 

「お、オスカーあんたが赤くなってどうするのよ!!」

「いや、ちょ、ちょっと離れてくれ……」

「なんで、ベッドルームや惚れ薬の時は平然としてたのに、今は赤くなるのよ!! おかしいじゃないのよ!!」

 

 トンクスが惚れ薬の時といったせいで、オスカーは惚れ薬の時の感覚や色んな事を思い出した。思わず、トンクスの唇の方を見てしまって、オスカーはますます自分が赤くなっていることが分かった。

 

「だからなんでもっと赤くなるわけ!? ちょっと、ほんとにどうしたらいいか分からなくなるからやめなさいよ!!」

「いやだから、ちょ、ちょっと離れてくれよ。ほんとに頼むから」

 

 オスカーは何とかトンクスから逃げようとしていたが、トンクスの方は顔に両手をあててなぜかますます髪も顔も赤くなって全然動かなかった。それにまたゴンドラは一番下まで来たが、係員のお姉さんはオスカーとトンクスの方を見るとまた笑顔で手を振って、扉を開けようとしなかった。

 

「ちょ、ちょっと、何周させる気なのよ!!」

「いや、トンクスとにかく離れてくれ。ほんとに限界だって」

「何が限界なのよ!! というかほんとになんであんたが赤くなるのよ!! エストやクラーナと一緒でも全然そんなことなかったじゃないの!!」

「ほんとになんでもいいから離れてくれ。頼むから」

 

 観覧車に乗るまでは一番気楽で心が落ち着く一日だったはずなのに、観覧車に乗ってからオスカーは四日間で一番体力を消耗した。

 これだけ疲れても、オスカーの夏休みはまだまだ終わってはいなかった。




ひなまつりですね

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