ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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ノクターン横丁

「何ガリオンあったら足りるんだろ…… ドラゴンの卵の相場って…… オスカーも分からないよね?」

「チャーリー、あんまりでかい声で言うなよ。漏れ鍋にだって、魔法生物規制管理部の人がいてもおかしくないんだからな」

 

 漏れ鍋のテーブルに座って、オスカーとチャーリーは人を待ちながら、今日の予算について話し合っていた。チャーリーは周りで誰が聞いているか分からないというのに、ドラゴンの卵の話をしたくてたまらない様だった。

 

「たしかにそうだね。でもこれだけあったらニンバスの新型も……」

 

 ガリオン金貨を七十枚ほどチャーリーはテーブルに広げていた。少なくとも、前にウィーズリー家の金庫でオスカーが見た金貨の数よりよっぽど多かった。

 チャーリーはさっきからドラゴンの卵にこれを使うのか、ニンバスという最近評判になっているブランドの箒に使うのかを悩んでいる様だったのだ。

 

「まあ三十ガリオンくらいなら俺も出すよ。どうせエストに言われるまま賭けてて貰えた金貨だしな」

「ありがとうオスカー…… エストはもうニンバスに乗ってるんだよね、去年から」

「そうだな、去年エストに何回か操縦性がどうだとか、箒の流線形が凄いとか言われた気がするな」

 

 それを聞くとますますチャーリーは難しい顔になった。オスカーからするとこんなに真剣に悩んでいるチャーリーを見たことは無かった。いつもオスカーが悩んでいる時や追い詰められている時に限って、チャーリーは大爆笑している気がしたが、オスカーは今のチャーリーを見てもそんなに笑えなかった。

 

「エストは僕とかうちの家族にはそういう話はあんまりしないんだよね」

「そうなのか? 隠れ穴にいるときは延々とクィディッチの話をしてるのかと思ってた」

 

 オスカーは単純に意外だった。チャドリー・キャノンズという、オレンジ色で万年最下位争いをしているクィディッチチームのファンをエストはしていたし、それはチャーリーの一番下の弟であるロンに著しい影響を与えていた。

 それにあの兄弟は上から一番下のジニーまでなんだかんだ箒に乗るのが上手いのだ。ちょっとパーシーは例外かもしれないが。

 

「クィディッチの話はするけどこういうお金が絡む事に繋がる話は…… エストは僕らの家族の前では絶対しないんだよ。学校にいるときのエストだけを見てる人には意外かもしれないけど、オスカーならわかるだろ? なんだかんだ、うちのパパとママとか兄弟が困る様な話題は絶対出さないんだ」

「そういや…… フレッドとジョージもエストに怒られたことはほとんどないとか言ってたな」

「あの二人もミュリエルおばさんにはクソ爆弾をぶつけていいと思ってるのに、エストにやったらえらいことになるのが分かってるからしないんだよね」

 

 オスカーは不意にウィーズリー家の家族みんなの位置がわかる時計を思い出した。あの時計にはやっぱりエストの名前が無いのだ。オスカーは初めて隠れ穴に行った時に自分がここにいていいのか自信が無かった。ミュリエルおばさんやエストが住んでいる家に行った時も同じだった。ならエストは隠れ穴にいる時はどう思っているのだろうか、オスカーは自分がそんな事を考えたのは初めてだと思った。

 

「だから…… 多分、うちの家族からするとオスカーと一緒にいるときのエストは意外な感じに見えてると思うよ。僕らには…… あんまりわがままを言ったりはしないからね、特にママの前だと、何かしたいとかそういう風な事は言わないんだ」

「それってなんでなんだ? 聞いていいのか分からないけど……」

 

 オスカーはむしろ普通なら反対だと思った。普通は血の近い人を頼ったり、甘えたり、わがままを言うものではないのだろうか。前にジニーやロンが小さいから、旅行に行こうとは言えないとエストは言っていたが、それ以外に理由があるのかとオスカーは考えた。

 

「ジニーが生まれるまで、うちの家族は男ばっかりだったし、パパの兄弟とか家族も男ばっかりで…… エストにはおか…… 男の家族とミュリエルおばさんしかいなかったから、うちのママはめちゃくちゃエストを可愛がってたんだよ。あのころはエストもうちの兄弟も小さかったけど…… 人間って女の子の方が成長が早いし、エストはそのころから色々ずば抜けてたんだ」

「まあなんか想像はつくな」

 

 隠れ穴にはジニーが生まれるまでは女性はモリー・ウィーズリー一人だっただろうし、子供ならだれにでもやさしいウィーズリーおばさんが、自分の身内で母親のいなかったエストにどれくらい愛情を向けていたのかはオスカーにだって想像できた。

 それに普通に考えれば、ホグワーツに入った後でもずば抜けていたのなら、入る前だってずば抜けていなければおかしかった。

 

「僕がドラゴンとか魔法動物の話ばっかりしてたから、エストも結構それに合わせてくれてたんだと思うんだけど。日刊予言者新聞にある日、ヒッポグリフかなんかの話が乗ってて、ちょうど規制管理部のディゴリーさんがうちの暖炉に来てたから、僕とエストで捕まえて三時間くらい喋ってたんだよね」

「ディゴリーさんって隠れ穴の近くに住んでるとか言う人か、エストがセドリックって言う息子の自慢しかしないのって言ってたな」

 

 オスカーもエストに聞いたことがあった。セドリックという息子の自慢しかしない魔法生物規制管理部の職員が隠れ穴の近くに住んでいると。それに一年生のころにルーンスプールの輸送について動いてくれた一人であることも言っていたのだ。

 

「そうだよ。セドリックの専門家であってるよ。そのとき僕はヒッポグリフはどれくらい大きいとか、どれくらい飛べるとか、何を食べるみたいな事を聞いてたけど、エストの方はなんでヒッポグリフを法律で規制したり護ってるのとか、ディゴリーさんはどれくらいその法律に関わったのとか、ディゴリーさんのボスは誰? その人はどこまでの事が出来るのとか、今考えると、全然違うレベルの事を聞いてたんだよね。これ事件の…… ホグワーツに入る五年位前だから僕らが五歳とか六歳のころの話だからね」

「俺は多分ペンスに靴下を脱がせてもらってたな」

 

 もう喋る様になって五年目になると言うのに、チャーリーから小さい頃のエストの話を聞いたのは初めてかもしれなかった。よくよく考えれば、エストから直接そういう話を聞いたこともオスカーはほとんど無かった。

ただ、二人の関係性を考えれば当然かもしれなかった。どうしてもエストが小さい頃の話をすれば、二人の家族の話が出てきかねなかったし、ウィーズリー家の前でお金の話をしないように、エストはオスカーの前でもそういう話を避けているのかもしれなかった。それにそういう話をしないのはオスカーの方も同じだった。

 

「そんな感じで、エストは頭とか話とかもあのくらいの子供のレベルじゃなかったんだけど、魔法の方はもっと凄くて、ママが杖で料理作ってるのを見て、ママがいない間に自分の両手の魔法だけで鍋とかナイフを操って料理を作ってみたりとか、かくれんぼをしたら、箒は禁止にしたはずなのにうちの屋根の天辺に座ってて、どうやって上がったのか聞いたら、その辺の大人の魔法使いみたいにバチッて姿くらましを杖なしでやって登ってたりしたんだよ。そのころになったら、流石にママも普通の魔法族の子供のレベルじゃないなって分かってたんだと思うけどね」

「流石にってなんなんだ?」

「オスカーだから言うし、ママやエストには言わないでくれるよね?」

「ああ、分かったけど……」

 

 オスカーは本当に珍しいと思った。チャーリーが動物やクィディッチでは無くて、人間の事を饒舌に喋ることや、ドラゴンの卵の話をしていたのにこういう話を半分夢中になってすることがだ。チャーリーはドラゴンの卵の話も、それを買うにあたってグリフィンドールの生徒に協力してもらう事になっていることも忘れていそうだった。

 

「ミュリエルおばさんは今でも結構エストの事を特別扱いしてるけど、小さいころもそうだったんだよね、それに叔父さん二人もそうだったから、ママはそう言うのが嫌で僕らと同じようにエストに接してたんだよ。これも今考えるとそう思うんだけどね」

「まあ実際そうなんだろうけどな」

「これの面白い所は、僕が思うのは実は逆だったんじゃないかってところなんだよね」

「逆?」

 

 チャーリーは笑っていた。どちらかと言えばドラゴンの話をするときや、珍しい動物の話をするときと同じ笑いにオスカーには見えた。少なくとも、オスカーが困っている時のバカ笑いとは種類が違うようだった。

 

「ドラゴンなんかの生き物の世話をするときに、僕らは特別に注意して扱ってるわけなんだけど。実は僕らの方より、ドラゴンの方が僕らに神経を使ってるってことなんだよ。潰したり焼いたりしないようにね」

「はあ? ああ、そうか、要はエストの方が俺たちに気を使ってるってことか」

「そうだよ。僕や兄弟と遊ぶときに子供らしい喋り方とか遊び方にエストは合わせてたんだと思うんだよね。これも今考えるとだけどね、あの頃から大人と同じような議論とか質問をできてたと思うし、それに今も同じなんじゃないかなと思うよ。エストの方が僕らに気を使って喋ったり、行動してるってことさ」

 

 恐らくチャーリーが人をドラゴンに例えると言うのは、チャーリーからすれば最大限のリスペクトだとオスカーは思った。それに昨日のトンクスが言っていた事と比べると、視点が変わると人はこんなに見え方が違うのかとオスカーは考えた。トンクスからすれば、エストは人の事を考えないで言いたい事をバンバン言う、つまり人に合わせない人間だと言っていた。ところがチャーリーに言わせるとむしろ逆だというのだ。

 

「エストがああいう喋り方をしてるのは結構不思議じゃないか? だって授業中とかは先生がびっくりするくらいの喋り方をしてるのはオスカーが一番知ってるよね?」

「そりゃまあ四年間隣で聞いてたからな」

「あれも要は、子供らしい喋り方を自分でしてるんじゃないかと思うんだよね。そうしないとママが心配するから。だって普通、六歳の女の子は高等変身術の理論を読んだりできないし、大人の魔法使いと議論できたりはしないんだよ。それがそのまま残ってるんじゃないかと最近は思うんだけど。ホグワーツに入る前はやる気のない振りをしてたと思うし。まあ隠せて無かったけどね。オリバンダーの店なんかエストだけ半日帰ってこなかったから」

「そうか…… まあでもいつもの会話は俺たちに分かる様に喋ってるかもな。ちょっと気分がのると途端に飛び飛びになるし」

 

 あくまでこれはチャーリーの視点の話だとわかっていたが、エストの話し方が他の人に合わせたものであるというのはオスカーには結構な衝撃だった。エストはついこの間、自分をなんと呼ぶかをオスカーに聞いてきたのだ。オスカーはどう思う? と聞いたのだ。

 

「それは多分オスカーの前だから余計だと思うけどね。まあでも、みんながみんなオスカーやクラーナみたいにエストの感性みたいなのに合わせられるわけじゃないし…… 僕がオスカーになんか言うなら…… ずっと不思議だったんだけど」

「不思議って何がだ?」

「エストとトンクスが喧嘩しないことかな? 二人がドラゴンだったなら多分もう殺し合ってると思うんだけど」

「何言ってるんだチャーリー」

 

 チャーリーが半笑いで物騒な事を言い始めたので、オスカーは意味が分からなかった。

 

「なんて言うか、あの二人、よく喧嘩しないよね。行動とか考え方とか途中まで似てるのに、最後になんか決めるところが正反対だとおもうけど? それにあの二人、二人とも意見がぶつからないようにしてると思うんだよね。二人が動物でお互いに群れの中にいたなら、絶対容赦しないと思うんだけど」

「まあわからなくもないし…… 二人が言い争ってるのはほとんど見たことないな。怒っててもクリスマスの時くらいだし、たいがい俺かクラーナもいるからな。流石にそんなに意識してると思えないけど」

 

 オスカーはそうは言ったものの、昨日感じたのと、チャーリーの言っている様に、途中までは似ているのに正反対の結論を出しそうなのはオスカーにも同意できた。

 それにエストの方はそうでもないかもしれないが、結構トンクスはエストを意識しているのかもしれなかった。昨日も一番エストについて言及していたし、参考になるのかは置いておいても惚れ薬の時も一番反応していたように見えたからだ。

 

「まあそんな感じかな。とりあえずオスカーはママやミュリエルおばさんより、エストに効果的だから頼むよ」

「なんなんだ効果的って」

「ズーウーやニーズルにマタタビを与えるみたいなもんだよ」

「全然意味が分からない」

 

 結局チャーリーが何を言いたいのかはよく分からなかったし、やっぱり最近の悩みについてチャーリーに話してみても、大爆笑されそうな気しかオスカーはしなかった。

 

「いくら漏れ鍋だって言っても、こんなにガリオンを広げるのは不用心じゃないか」

「ジェイ、結構遅かったじゃないか」

「仕方ないだろ、夏休み中の僕の家はホグワーツみたいに簡単に抜け出せない」

 

 テーブルに黒髪の東洋人風の少年が座った。やっとオスカーとチャーリーが待っていた人物が来た様だった。

 

「オスカー、多分顔は知ってると思うけど、一応紹介するよ。グリフィンドール生のジェイ・キムだ。さっきも言ったけどノクターン横丁にいっつも出入りしてるらしいから、今日はついて来てもらおうと思ってる」

「よろしく、オスカー。僕の方は君の名前も顔も知ってる」

「ああ、よろしく、ジェイ。俺の名前と顔を覚えてるなんて記憶力が良いんだな」

 

 ジェイ・キム。オスカーやチャーリーと同級生で、賭けの元締めをしていたり、違法なモノや禁止の物品をホグワーツに持ち込んで売っていたり、トンクスと同じくらいの規則破りで、良くフィルチや先生に捕まっている学生のはずだった。

 

「今のは冗談だろ? 君の名前と顔を知らないホグワーツ生なんていない。いつもノクターン横丁に一人で行く時はびくびくしながら行かないといけないけど、君が来るならそんなことは無さそうだしね」

「ジェイ、いくらオスカーがいても夏休み中は魔法は使えないんじゃないかな?」

「チャーリー、ダイアゴン横丁やノクターン横丁で僕らが魔法を使っても、魔法省のマヌケどもはそれを誰が使ったのかは分からないのさ。それにあそこでは杖は常に構えといた方がいい。ケチなスリから、狼人間どもに死喰い人崩れまで、色んな奴らがうようよしてるから」

 

 ジェイは学生の間から何度もノクターン横丁に出入りしている様だった。オスカーもチャーリーもそういう場所のルールを知らなかったし、彼に案内を頼んだのは正解かもしれなかった。

 テーブルの上にジェイは三つ小瓶を置いた。

 

「それに、ノクターン横丁で買い物をするなら雰囲気が重要なんだ。とにかく相手に舐められないことだ。ハグリッドは体がでかいからそういう意味では舐められないけど…… 要は、あんまり頭が回る方じゃないから、ああいう場所に行くとすぐ騙される。僕たちはハグリッドとは頭の方は違うけど、年齢と体の大きさが足りない。それでこれなんだ」

「老け薬か?」

「話が早くて助かるよ、オスカー。こいつは一滴で数か月くらい一時的に年をとれる。だから僕らが二十四、五歳くらいになるようにビンの中に詰めておいた」

 

 確かにお酒を頼むときは自分の年齢が大切だったし、若いと舐められるというのは確かかもしれなかった。ただ、オスカーはちょっとジェイに助けられすぎていると思った。

 

「ジェイ、結構老け薬って作るのが難しいんじゃなかったか?」

「そうだよね、案内もしてもらうのに……」

 

 オスカーとチャーリーの言葉に、ジェイは分かってないとばかりに指をチッチと振った。

 

「僕はまあ頭は回る方だけど、あんまり杖の腕や荒事には向いてないんだ。それに僕の方もホグワーツに行くまでに色々買いたいモノがあるし、決闘チャンピオンさんがいれば安心して買い物ができるだろ? WinWinってわけさ」

「じゃあなんかあったらオスカーに任せて逃げればいいってことだね」

「なんかおかしいだろ。そんな杖を使うようなことに普通ならないと思うけどな」

「まあとにかくさっさと行こう。とりあえず、ダイアゴン横丁の入り口でこれを飲んで、その後、フードの付いたローブを渡すからそれを着てくれ」

 

 三人は漏れ鍋を後にして、後ろのダイアゴン横丁に繋がるレンガの前まで来た。老け薬のビンを開けて一気に飲み干すと、ポリジュース薬の時とは違って、体が書き換えられる様な感覚では無かった。かなり大きめなローブを着ていたはずなのに、オスカーはかなりきつく感じたし、下着や靴はなおさらだった。

 

「みんな飲み終わった……」

「オスカーは早めにフードを着た方がいいな、ほら」

「え? 分かった」

 

 途中でオスカーの方を見て声を止めたチャーリーが少し気になったが、オスカーはジェイに渡されたフード付きのローブを着た。

 三人ともそれを着ると魔法がかかっているのか顔が見えなかったし、老け薬のせいかみんなの体格がさっきよりもごつく見えた。

 

「人が来ない間に行こう」

 

 ジェイがゴミ箱の上の方にあるレンガを杖で叩くと、叩いた場所が震えだして、一個、二個とレンガが抜けて行った。最終的にレンガ全体が大きく動き出して、ダイアゴン横丁へのアーチが現れた。

 今回オスカー達は日の光が差し込むダイアゴン横丁では無くて、その隣の薄暗いノクターン横丁に用があるのだった。

 今度は煙突飛行で間違っていくのでは無く、ダイアゴン横丁から正規のルートでノクターン横丁へと向かうのだ。オスカーは純粋にちょっとした冒険をしているようで楽しかった。

 男三人だったし、出かけて遊ぶ内容が、誰かが悲しむとかそういう事に関わる様な事では無かったからだ。

 

「ところでオスカー。夏休み中にダイアゴン横丁にいただろ?」

「え? ああいたけど……」

 

 顔は見えなかったがジェイがニヤニヤ笑いながら言っているとオスカーは思った。多分その横のチャーリーも同じ感じだろう。

 

「グリフィンドール生はあの小っちゃい闇祓いさんを応援してるってわけさ。昔は僕がなんかするたび小うるさかったけど、君らといる間にどんどん丸くなっちゃっただろ? あんなでかい声でギャーギャーうるさかったのに、今じゃうちの女子じゃ一番純情なんじゃないかな?」

「確かにクラーナは静かになったよね。昔は闇祓いガーとか一呼吸する間に三回くらい言ってたし」

「そんなには言ってなかったと思うけどな。流石に」

 

 オスカーはそう言いながらも、たった三日くらいでジェイにはクラーナとダイアゴン横丁で一緒にいたことがばれているのが不味いと思った。この分だと、ホグワーツに戻るころにはグリフィンドール生全員が知っていそうだった。

 ノクターン横丁に入ったが、まだ真昼間なのと入り口の方なので特に目立った商店があるわけでもなかった。

 

「談話室でもうるさかったんだけどね。闇の魔術に対する防衛術の前はグリフィンドールの一年生みんなで予習しましょうよとか言ってたし、オスカーのセーターの事言われたら杖を振り回してたし」

「たしかに着てたな。君の事を話題に出す度にアズカバンとかヌルメンガードとか言ってたくせに、あんなセーター着てたから、男子も女子も言いまくってたな」

「あれは俺も普通に着てくるとは思ってなかった。というか、もしかしたら返してくれるかなって思ってたんだが、結局二年のクリスマスまでずっと着てたからな。絶対ぶかぶかだったと思うんだが」

 

 そう、セーターに関してはそれも不思議だった。オスカーとクラーナの体格差は今はもう一年生のころとは比べ物にならないくらいになっているが、一年生の時でも結構差があったのだ。なのにクラーナは次のクリスマスになるまで、冬の間あのセーターをずっと着ていたのだった。

 オスカーは誰も女の子がいないので、好き勝手喋れるのは楽しかった。エストがいたらセーターの話は気にするだろうし、トンクスは男子と同じように喋ってはくれるだろうが、多分クラーナに関して話すと別の意味でうるさかった。

 

「クラーナは談話室だとそんな感じなんだな。前行った時の感じだとずっと談話室で勉強してるのかと思ってたけど」

「特に一年生のころはみんなに勉強しませんかって言いまくってたね。オスカーとトンクスと一緒に練習するようになってだいぶ静かになったけどね」

「エネルギーが有り余ってた感じだったみたいだけど、君らと行動するようになってそれが消費できるようになったんじゃないかな? とにかくうるさかったからなあ。ジェイ、そんなことばっかりしてるとアズカバン送りになりますよ。チャーリー、禁じられた森に入り浸ってたら、アクロマンチュラに食べられても知りませんよ。いいですか? 闇の魔術に対する防衛術はホグワーツの授業の中でも…… みたいな事を口が開く度に言いまくってたし、先輩にもつっかかりまくってたからな」

 

 オスカーは頭の中でジェイが演じるクラーナを簡単に想像できた。確かにあの頃に比べれば丸くなったかもしれなかった。ただ、オスカーからすればずっと一緒に行動していたエストも負けず劣らずいろんな事をしていたので、二人に比べればクラーナのそういう印象が薄いかもしれなかった。

 

「トンクスと一緒にしとけばずっとトンクスと言い合ってるから、それでちょうどいいのかもな。いい感じに疲れるって言うか」

「それは結構有力な説かもね。普段のクラーナの生態を考えると、トンクスとオスカーがいるかいないかでだいぶ変わると思うよ」

「クィディッチのお姫様が筆頭だろうけど、君らと一緒なら同じくらいのレベルの話ができるから静かになっ…… ああ、ちょっとあそこの店に入ろう。C級からB級くらいの取引禁止品が時々店に出てくるんだ。ドラゴンの卵はあるか分からないけどね」

 

 ジェイが指さしたのは、路地の奥の方にあるシャッターの閉まった店だった。看板は一応あるにはあるが、何度も店の名前を上から書き直しているせいで、どれが今の名前なのか分からなかった。ただ、ノクターン横丁の場合、ほとんどの店が怪しかったのでこの店が殊更怪しいというわけでは無かった。

 店の前まで来て、ジェイはシャッターを杖で三回叩いた。すると、シャッターの方では無くて、横のレンガ造りの壁がドアに変わった。

 

「この辺の店はこんなのばっかりさ。ちゃんとした店を構えてたボージン・アンド・バークスが燃えちゃったし、あの店は魔法界の重鎮たちとつながりがあったはずなのにああなったから、みんな結構疑心暗鬼になってるみたいなんだ。魔法省がそういう店を計画的につぶしてるんじゃないかって噂まであるくらいだよ」

 

 ボージン・アンド・バークス。オスカーはその名前をどこかで見たことがある気がした。確か新聞の中で火事になったという記事を見た気がするのだ。しかしオスカーには、違法な品を扱っている店を潰すと言うのはそんなには悪いことのようには思えなかった。

 扉の向こう側は階段になっていて、三人がそれを下りると、魔法薬学の教室と同じような匂いのする部屋に出た。得体のしれない植物や動物の一部、それに由縁の分からない魔法の道具が沢山置いてあった。ジェイは立ち止まることなく、奥の鉄格子の向こう側に座っている人物に話しかけた。

 

「なんか、いい出物はあるかな? 夏の間に色々買いこんで置きたいんだけど」

「アクロマンチュラの毒液が珍しく出回ってるな。ノクターン横丁中に売り歩いてるやつがいるせいで、相場がずいぶん下がってる。他は有毒食虫蔓、瘡蓋粉、暴れ柳の苗、ユニコーンの尻尾の毛、マンティコアの鬣、ニワヤナギ、本物かどうかは分からないがヌンドゥの息を閉じ込めたとか言う小瓶もある」

 

 オスカーにはどれがどれくらいヤバイ物なのか分からなかったが、アクロマンチュラやヌンドゥが×が五つくらい必要なキメラと同じかそれ以上に危険な動物だと知っていた。

 横でチャーリーがオスカーにささやいた。

 

「ヌンドゥの息は流石に偽物だと思うけどね。本物ならA級どころかもっと上の禁止品だろうし、バジリスクの毒とかそういうレベルだよ。だって一息で村が全滅するらしいからね」

「どうやって使うんだよそんなの閉じ込めて」

「凄い危ない生物をやっつけるとか、気に入らない魔法使いの家に投げ込むとかかな? あとはマグルの炭鉱とか地下鉄とかに投入すると一番効果があると思うよ。毒は下に行くからとどまり続けると思うし」

「なんでチャーリーはそういう事考えるときだけやたら物騒なんだ」

 

 こういう手段を考えるときにチャーリーのアイデアに従うのはやめておいた方が良さそうだった。大概物騒かえげつないことしか考えないとオスカーは思っていた。

 

「というかどうやって本物か確認できるんだ」

「本物なら開けたら死ぬから一発だよ」

 

 確かにそれはそうだがとオスカーは思った。どっちにしろ開けた本人には不死鳥の涙でもない限り、それが本物かは分からないのだ。

 チャーリーと騒いでいる間にジェイは今度はモノを売ろうとしているらしく、ごそごそと自分のカバンから植物や動物の一部を取り出していた。

 

「ユニコーンの尻尾の毛、ハグリッドと火蟹にあげる餌と交換したから本物のはずだ。それにチョウセンアサガオの根、ブボチューバーの膿み、後はキメラの鬣がある。いくらくらいになる?」

「ちょっと待ってろ」

 

 鉄格子の向こうの男はなにやら怪しい天秤の様なモノと、長い羊皮紙を取り出してジェイが渡した色んな物品の品定めを始めた様だった。

 

「ドラゴンの卵は無さそうだね」

「あの人に出回ってるかどうか聞くんじゃないか? それにそうそう出回ってるものじゃないんだろ?」

「そうだね。生体のドラゴンは国間を移動するときは、魔法大臣がマグルの大臣に報告しないといけないし、幼体や卵でも勝手に輸入するとアズカバン送りになるかもしれない物品だから」

「国の中なら大丈夫なのか?」

「あんまり大丈夫じゃないね。三頭犬やセストラルの生体の密売と同じくらいの罰だったと思う」

 

 オスカーはちょっとチャーリーとの冒険に来たことに後悔しそうだった。ガリオン金貨が足りなくて、ニンバスにしてくれないかとオスカーは思い始めた。

 

「全部で十三ガリオンと八シックルだな」

「流石にそれは安すぎるだろ、十五ガリオンはくだらないはずだ」

「ビタ一クヌート負けられねぇな。ブボチューバーの膿みは最近供給が多いし、それにお前顔と名前が割れてるのが分かってるのか? 老け薬か何か使ってるのか知らねえが、声で分かるんだよ。いいか? お前を捕まえてホグワーツにふくろうを送ったらどうなると思う?」

「それは……」

 

 ちょっと雲行きが怪しかったので、オスカーとチャーリーはジェイの元へ行った。今の二人は割と外から見ると圧力があった。チャーリーはクィディッチや魔法動物と取っ組み合っているせいでもともと筋肉質だったので、老け薬で大きくなるとかなりがっちりした男に見えたし、オスカーも結構大柄に見えたはずだった。

 

「どうした?」

「おいおい、なんだジェイお前用心棒でも雇ったのか? ホグワーツのおチビちゃんはノクターン横丁を一人で歩くのも怖いわけか」

 

 鉄格子の向こうの男はサングラスやフードをしていなかった。顔に多少傷があって、確かにこういう商売をしている雰囲気があり、ジェイが弱気になるのも無理は無さそうだった。

 ただ、目を見たオスカーには男がかなり弱気になっていることが分かった。どうも二人がホグワーツの生徒だとは分かっていない様なのだ。

 

「どれがいくらなのか説明してもらえるか?」

「はあ? いいぜ、ユニコーンの尻尾の毛が……」

 

 男が喋っているのを聞きながら、オスカーは男の目を見ていた。どうもこの男はこういう商売をしているにも関わらず、閉心術の心得が無いのか、それか稚拙なレベルなのだとオスカーは判断した。

 オスカーにさえ、それぞれの本当の値段と彼が感じている不安が手に取る様に伝わってきたからだ。

 

「二割増しだ。本当なら十八ガリオンと十シックル六クヌートだろう? 十六ガリオンと八シックルで手をうってやる。どうだ?」

「お前何言ってるんだ? 俺はそこのジェイと商売をしてるんだぞ?」

「ジェイ、それでいいよな?」

「ああ…… ほんとなら十五ガリオンで売れれば御の字だと思ってたし……」

「それで? どうなんだ? シャンパイクさん? あんたの甥っ子はホグワーツにいるんだな、まだ。ジェイと友達にでもなってもらったらどうだ? 十六ガリオンと十シックルで今なら手を打ってやる」

 

 男の名前をオスカーが言うと、途端に男は青い顔になって自分の杖に手を伸ばそうとした。オスカーは反射的に杖を男に突き付けた。

 

「てめぇ読みやがったな。クソ、ジェイ、いつの間に開心術を使える魔法使いなんて連れを作りやがった。クソ、十六ガリオンと八シックルだ」

「十シックルだ。ビタ一クヌート負けられない」

「分かったよ。ほら持ってけ」

 

 シャンパイクと言う男はかき集めるように金を袋に入れて、ジェイに放り投げた。ジェイはそれを受け取って、確かにオスカーが要求した分の金が入っていることを確認した。

 

「とっとと出ていけ、ノクターン横丁とは言え、顔の知らねえ開心士と商売はしたくねえ」

「いや、まだ聞きたいことがあるんだ」

「ジェイ、分かってるのか? おめえのバックにいる男が何者か知らねえが……」

「ドラゴンの卵が最近出回ってないか聞きたいんだが」

 

 オスカーのそれを聞くとやっぱりシャンパイクは良い顔をしなかった。ちょっと考えた後、オスカーの方を見ないようにしながらジェイの方を向いて言った。

 

「きなくせえ話だから乗らないで正解だった。フレッチャーの奴がちょうどその話をノクターン横丁中に触れ回ってるところだ。ドラゴンの卵が入荷だとよ。売主への紹介料を含めて一個百ガリオンだってな。おめえの後ろにいる男が、闇祓いか規制管理部のハンターか知らねえが、関わらないで正解だった。声で分かる。フードの開心士さんは一ミリもビビッてねえからな。相当杖技に自信があるんだろうよ。ほらとっととでていけ」

「マンダンガス・フレッチャーか?」

「それ以外にどのフレッチャーがいるって言うんだ? ダンブルドアがケツ持ちのせいで未だに殺されてねえごろつきだよ。ほらとっとと俺の店から出ていけ」

 

 本当に出て行って欲しそうだったので、三人はお互いに頷いて怪しい店から出た。そのまま三人は誰も見ていないことを確認して路地の奥の方でフードを脱いだ。ジェイはまだ青い顔をしていた。

 

「あの店、今度から使えるか分からないな……」

「ちょっと言い過ぎたか?」

「いや、オスカーがいなかったらずっと舐められてたままだったろうから、お礼を言わないとダメだな。それにしても、オスカー、君、開心術が使えるのか」

「開心術ってなんだい? ジェイ、オスカー?」

 

 チャーリーはどうも本当に開心術が何かは知らないらしかった。ジェイの方はオスカーから見るとどうもオスカーから視線をそらそうとしているように見えた。

 

「名前の通り心が読めるのさ。オスカーが決闘チャンピオンになった理由が分かったよ。先に教えてくれてたら、僕もオスカーに賭けたのに」

「クラーナやエストには通じないぞ。閉心術を二人とも使えるはずだからな」

「え? ちょっと待って、じゃあオスカーはレアやトンクスの心も読めるってこと? え? 流石に嘘だと思うんだけど。読めてたらあんなに僕は笑ってないと思うんだけど」

 

 なぜ開心術や閉心術の話がチャーリーが爆笑する理由に繋がるのかオスカーには分からなかったが、ちゃんと説明した方が良さそうだとオスカーは思った。

 

「俺もそんな色々読めるわけじゃないし、ちゃんと使ったのは去年の学期の最後が初めてだ。それにさっきも言ったけど、トンクス以外は閉心術を使えるだろうし、それに友達の心なんか読まないだろ。俺だって言いたくないことくらいあるし、みんなもそうだろ」

「読まれてるかどうか分からないから怖いんじゃないか?」

「閉心術を覚えてれば入ってくるかどうかくらいは分かるけどな」

「これ、トンクスに話したら混乱しそうだね。でも話しといたほうがいいと思うよオスカー」

 

 チャーリーはジェイと違って全く心を読まれる心配をしていない様子だった。ジェイの方は相変わらずオスカーに視線を合わそうとはしていなかった。オスカーは意図的に心を読もうとしたのは石の中以来だったが、確かにできてしまったので、周りのみんなにも話した方が良さそうだった。

 しかし、昨日のトンクスの感じだと、昨日の今日でこんな事を言った日にはますますトンクスがおかしくなりそうだった。

 

「夏休みの間に話しとく。そういや昨日遅刻していったから、トンクスに何か買ってた方がいい気がしてきた。あとでダイアゴン横丁に寄っても大丈夫か?」

「え? オスカー、昨日はトンクスと一緒だったのかい? え? もしかしてその前の日はエスト?」

「レアと一緒だったな」

「じゃあその前の日がエストで、その前がクラーナ?」

「まあそうだな。夏休み入ってから連続で出かけて結構疲れた」

「信じられないな。ホグワーツで最も危険な男の称号をジェイ・キムがあげるよ。ノクターン横丁よりオスカーの方がよっぽど危険だ」

「これ以上変な噂を広げないでくれよ。頼むから」

 

 昼間とは言え、こんな暗い路地の奥で話し込むのはあまり得策では無いとオスカーは思った。とっととドラゴンの卵を手に入れて、トンクスの機嫌が直りそうなモノを買って帰った方が良さそうだったのだ。

 

「まあ本題のドラゴンの卵に入ろう。ああ、それとこれから、オスカーのことを…… スラグホーンで、チャーリーの方をマクゴナガルって呼ぶよ。本名で呼ぶと結構危ないから。チャーリー、笑うなよ結構本気なんだからな。僕の事はそのままジェイでいいよ」

「分かったよ。今から僕はマクゴナガルだ。ジェイ、居残り罰を言い渡します。ノクターン横丁でドラゴンの卵を手に入れるまで帰ってはいけません」

「スラグホーンって前のスリザリンの寮監の名前か」

 

 偽名は確かに有効だった。さっきもチャーリーの名前を大声で言う訳にはいかなかったし、本名をこの横丁で話すのは大きなリスクだった。

 

「取りあえずマンダンガスだけど、どうせいつもの店の前でたむろってるだろうから行こうか? スラグホーンはマンダンガスを知ってるのか?」

「チャーリー…… マクゴナガルも俺も知ってる。一回会ってるからな」

「前に会った時はエス…… 僕のいとこに変装とうそを暴かれてたね」

「クィディッチのお姫様は開心術が使えても全然不思議じゃないな。これじゃスリザリンには下手な商売はできそうにない」

 

 なんだか偽名で喋るのはぎこちなかったし、オスカーはパッと本名を言ってしまいそうだと思ったが、見た目も名前も隠せばリスクは確実に低下するはずだった。ドラゴンの卵を勝手に買ってホグワーツに持ち込んだとなれば下手をすれば退学かもしれないのだ。

 ただ、ハグリッドとケトルバーン先生のしてきたことを見る限り、とても退学になるとはオスカーは思ってはいなかった。それで退学になるのならあの二人は百回は退学になっていないと説明がつかないからだ。

 

「じゃあマンダンガスのところへ行こう」

「ジェイ、場所がわかるのかい?」

「マンダンガスはいつも変なタバコを吸ってるだろ? あれって、元気爆発薬の材料の二角獣の角とかマンドレイクの根っこを違うやり方でタバコにしてる。あれを吸うとちょっと気持ちよくなるらしい。それを吸えるところがノクターン横丁にはあるのさ」

 

 オスカーはマンダンガスと会った時にアバーフォースがタバコを取り上げていたのを思い出した。確かに普通のタバコとは違う変な匂いがしていたし、そういう魔法薬の別の使い方があってもおかしく無いとは思った。

 

「ちょうど昨日飲んだところだな元気爆発薬。あれ飲むと二日酔いもどっかに行くし、タバコにしてもそういう効果があるのか」

「あんまりない。それにあんまり吸わない方がいいはずだ。魔法薬と一緒で、下手な魔法使いが作ったり、作り方を捻じ曲げたりすると大体悲惨な事になるし、あのタバコもそんなにいい代物じゃない」

「まあマンダンガスの雰囲気からするとそんな感じだよね」

 

 ノクターン横丁と一緒で表の使い方では無いと言うことなのか。オスカーは決闘トーナメントの時の生ける屍の水薬で作られた霧が頭に浮かんだ。魔法薬も魔法と同じく、頭が柔らかければ色んな使い方ができるはずなのだ。それを悪く使うのも、良いことに使うのも魔法使い次第のはずだった。

 相変わらず薄暗い路地を三人は進み続けた。以前、二年生の時にクラーナと歩いた際にはジロジロとすれ違う人に見られたのに、大人に見える男三人で歩くと、今度は三人に視線を合わせないように道行く人はしているとオスカーは感じた。

 

「あそこの角だ」

 

 ジェイが示す通りの角には建物の隙間と言う隙間、窓という窓にすべてテープの様なモノが貼ってあって、中の空気を意地でも出さないという気概が感じられそうな建物があった。石造りの建物のはずなのに、テープがあんまり張ってあるせいでテープで建物が出来ているのではないかとオスカーは思ってしまうほどだった。

 三人がその店の中に入ると、確かにマンダンガス・フレッチャーと会った時と同じ匂いをオスカーは感じた。店の中は通りより薄暗く、いくつか寝転べるくらいのソファーやベッドが並んでいて、そこで魔法使いや魔女たちがおのおの煙管や葉巻を吸っていた。オスカーはテープの意味が分かった。煙を外に出さないようにしているのだろう。

 

「いらっしゃい」

 

 店にはベッドやソファーの他にバーの様なカウンターがあって、そこから珍しい女の小鬼がオスカー達に挨拶をしたのだ。オスカーが女の小鬼を見たのは初めてだった。

 

「スラグホーン、女の小鬼なんて初めて見たよ僕」

「ミネルバ、俺もだ」

 

 チャーリーとオスカーがふざけている間にジェイはどんどん店の奥に歩き始めた。胡乱な目をした魔法使いや魔女たちをよそに三人は店の一番奥のソファーまできた。

 そこに目的の人物がいた。マンダンガス・フレッチャーはどうも金回りが良さそうだとオスカーは思った。葉巻が彼の前にあるテーブルに山積みにされていたし、ファイア・ウィスキーと思わしきボトルが三つほど転がっていた。

 

「マンダンガス、久しぶりだ」

「ああ? うン? おめぇさんは……」

「ジェイだよ。マンダンガス、ドラゴンの卵を手に入れたんだって?」

「ジェイ? ジェイ・キムか? うンにゃ。そうだ。前金で十ガリオンも渡して、百ガリオンでドラゴンの卵が売れればさらにもう十ガリオン。信じられるけぇ? こんなうめぇ話にのらねぇ奴はいねぇだろう?」

 

 すでにもう十ガリオン使ってしまっているのではないかとオスカーは思った。こうやって喋りながらもマンダンガスはファイア・ウィスキーをボトルでぐびぐび飲んでいたからだ。

 

「ならマンダンガスには朗報だ。後ろの二人…… ちょっと名前は言えないけど、ドラゴンの卵をちょうど探してるとこらしいよ」

「うん? ドラゴンの卵? ほンとか? ジェイの知り合いにしてはじぃぶんと年を取ってねぇか? ホグワーツの学生じゃねぇのか」

「名字を言うと色々二人とも不味いから、取りあえずドラゴンの卵の売主はどこだい?」

「ダメだ。まずは百ガリオンだ。売主の奴は百ガリオン持ってこれる人間にしか売らねぇって言ってンだ。わかるよなジェイ?」

 

 マンダンガスの目が一瞬オスカーとチャーリーの方を向いた後、もう一度ジェイの方へ向いた。オスカーは自分の三十ガリオンをテーブルに広げた。それを見てチャーリーも七十ガリオンをテーブルに広げた。

 

「レプラコーンの金貨じゃねぇよな? 正真正銘の小鬼が打った金貨か?」

「本物だ。少なくとも三か月は消えてない」

 

 今度は葉巻を吸いながら金貨の数を杖を振ってマンダンガスは数えていた。オスカーはマンダンガスの目を見たが、濁ってはいたもののさっきの店主の様に読むことは難しいだろうと思った。

 

「ならすぐ行くか? おれにもツキがぁ回って来たってことだなジェイ。昨日のまんまるのお月様はおれのガリオンだったってことだぁ」

 

 見た目とは裏腹に俊敏にマンダンガスは立ち上がった。ガリオン金貨の魔力が彼の動きを良くしたのかとオスカーは考えながら、金貨を袋に戻した。

 金払いがいいせいなのか何なのか、マンダンガスは陽気に店の中にいる人たちに話しかけながら店を出た。

 

「ただ、おれはあれがドラゴンの卵だとは言い切れねぇぞ? それは売主にいってくれや」

「まあそれは仕方無いよ。どっちにしろモノを見ないと話しにならないだろうし」

「よし、じゃあついてこい」

 

 店を出た後マンダンガスはそう言ったが、ジェイの言う通り、モノを見ないと話しにならなかった。それにさっきからチャーリーは静かになっていた。ドラゴンの卵が近づいているから勝手に興奮しているのだろうとオスカーは当たりをつけた。

 マンダンガスを加えた四人は、ノクターン横丁の中でもさらに暗く、じめじめしていて、下水が近いのか何なのか嫌な臭いのする地区まできた。

 その辺をネズミのような小さい影が走り回っていた。それなのに家や店の様なモノが何軒かあり、オスカーは魔法使いがなぜこんな環境の悪い場所で暮らそうとするのか理解できなかった。

 

「あの掘っ建て小屋だ…… ちっと待ってろ。うン、おれが話をつけてくる」

 

 もはや家や店と言うよりは、木の棒になんとか縫いつなげたボロボロのマントを被せた、出来の悪いテントの様なモノの中にマンダンガスは入っていった。

 

「これほんとに大丈夫なのか? 偽物じゃないのか?」

「まあ一回見てみないと分からないよ。チャーリーなら多少はわかるだろ? ドラゴンの卵がどんな感じかって」

「いや…… 火の玉種とかなら分かるけど、魔法生物の卵の判断は難しいんだ」

 

 テントの中からマンダンガスに加えてもう一人連れ立って出てきた。背格好からは男の様に見えるが、今のオスカーやチャーリーと同じように顔は見えなかった。

 

「百ガリオンを見せろ」

 

 しゃがれた命令口調でそう言った男に二人は合わせて百ガリオンを渡した。男は杖では無く、自分の手で百ガリオンを数えていた。オスカーはなぜわざわざそんな事をするのかが良く分からなかった。男は手も手袋で隠す徹底ぶりで、さらに声も特定されないように魔法をかけているのか、まるで人間の言葉をむりやり違う生き物ののどから出している様な声だった。

 

「よし、ならドラゴンの卵を見ろ」

 

 百ガリオンの袋をオスカーに返して男はテントに戻り始めた。チャーリーは待ちきれないのか誰より早く男の後ろについて歩き始めた。ジェイやマンダンガスもドラゴンの卵を見に行く様だったが、オスカーは何となく違和感があった。いくら違法な物品とは言え、こんな場所で売る必要があるのだろうかと思ったのだ。

 少なくとも、前金としてマンダンガスに十ガリオン渡せる様な人間がこんな場所で売る必要など無さそうだった。最初の店の様な場所で間借りして売った方が簡単なはずなのだ。オスカーは長いローブの袖の中で杖を構えてからついていくことにした。

 

「いいか、触るのは無しだ。それに金額は百ガリオン。交渉はしない」

 

 テントの中はいくつも幕で分けられているらしく、オスカー達は何枚も幕をくぐりながらテントの中心まで歩かされた。テント全体ではホグワーツの教室くらいの広さがありそうだったのと、オスカーはどこに何がいるか分からないうえ、どこから攻撃が飛んできても分からないこの場所はもしもの時に不利だと感じた。それにこのテントはどこか獣臭かった。ハグリッドの小屋で時々するような、獣の匂いがするのだ。

 ドラゴンの卵は台座の上に置いてあった。大きさは小さい女の子でも腕を回せるくらいの大きさで、クラーナでも持つことが出来そうだった。色は黒色の縞模様で毛布にくるまれて置かれていた。

 

「本物か?」

「分からない…… ウェールズ・グリーンでも黒の個体があるし、ノルウェー・リッジバックはもともと黒が多い。少なくとも、火の玉種や火蟹、キメラの卵じゃないことは分かるけど」

 

 チャーリーは面倒になったのか、フードをとってからドラゴンの卵に近づいて、色んな角度から卵を見回していた。それを他の三人は見ていたが、オスカーの方はチャーリーの行動より、周りが気になって仕方なかった。何となく、嫌な感じがするのだ。それも人間の悪意だとかそういうモノに対する嫌悪では無かった。キメラと対面した時に感じた様な、本能的な危険をオスカーは感じていた。

 

「これはどうだろう…… あたりならハンガリー・ホーンテールかノルウェー・リッジバッグだろうけど…… これはイギリスで手に入れた卵ですか?」

「そうだ」

 

 また無理やりひねり出すような声だった。男の方を見たときに、一瞬だけランプに照らされて男の瞳が見えた気がした。オスカーが今度感じたのは違和感だった。男から感じられたのは先の店主の様な不安や怒りでは無く、もっと単純な感情や感覚だった。

 

「なら…… スラグホーン、ドラゴンの卵だって可能性は六十パーセントくらいだと思う。ドラゴンじゃないにしても、珍しい魔法生物の卵なのはおかしくないから、百ガリオンでもお釣りがくるとは思うけど」

「俺に聞いてどうするんだ?」

「いや、三十ガリオンはお…… スラグホーンのだし、半分ちょっとくらいしかドラゴンの卵だって可能性が無いんだったらやめといた方がいいかもしれない」

「そいつはぁ困るぜ、赤毛の。おれの取り分が……」

 

 オスカーはチャーリーと話しながらも、男を視界に入れて喋った。さっき感じた感覚が本当ならここからすぐに出た方がいいかもしれなかった。まして買わないとなると、さらに危険な状態になるかもしれなかったのだ。

 

「ミネルバ、君が決めろ」

「決めろって言われてもやっぱり七十ガリオンでは買えな……」

 

 今、杖を握っていたのはオスカーだけだった。そして、チャーリーが買えないと言った瞬間に強烈に獣の匂いがした。オスカーは反射的に自分の周りの二人と自分を護るために盾の呪文を唱えた。

 チャーリー以外の三人の傍で刃物の様な固いモノと盾の呪文がぶつかる鈍い音がした。ぶつかったのは刃物では無く、牙と爪だった。

 

「買わねぇんならガリオンをいただくだけだ。それに卵を使いまわせるのは大きい。何より魔法使いどもを噛めるのは快感だ」

 

 人間大の狼が二頭、盾の呪文にぶつかっていた。それに喋っていた男がフードを脱ぐと、その顔も狼だった。さらに幕の奥には何頭もの狼が潜んでいた様で、それぞれ二足歩行や四足歩行で四人の元へ近づいてきており、それのどれもに共通するのは狼にしては毛が少ないように見えると言うことだ。

 

「犬っころ…… 狼人間がなンで満月の日に人様の言葉を喋りやがンだぁ? クソ…… ドジっちまった」

「脱狼薬…… 脱狼薬を使って正気を保ちながら人間を罠にかけたのか。おす…… 決闘チャンピオン、流石だ。けどどうやってここから出る?」

 

 ジェイがそう言った瞬間にマンダンガスがバチっという音と一緒に消えた。姿くらましをしたのだ。オスカーとジェイの距離は近かったが、ドラゴンの卵を見ていたチャーリーとは距離があった。姿くらましを使えるのはオスカーだけのはずだった。

 もう一度オスカーに飛び掛かって来た二頭の狼人間をオスカーは一頭をワンドレスマジックで叩き落とし、もう一頭を垂れさがっていた幕を変身術で操って絡めとり風呂敷の様に包み込んだ。

 まるで犬のようなキャイン、キャインと言う声が響いたが、オスカーが良く聞くファングのモノより数オクターブ低かった。

 まだあと十頭は狼人間が潜んでいるとオスカーはにらんだ。何とかしてチャーリーとジェイをつれてここから出なければならなかった。それにこの相手では噛まれることが致命的だった。噛まれれば魔法使いとしての人生はほとんど終わりなのだ。

 

「あの男を狙う。あいつがリーダーだ」

 

 失神呪文をオスカーは案内をしていた男にノータイムで浴びせかけたが、一頭の狼人間がかばって呪文を受けた。さらにオスカーは追撃したが、明らかに人間以上のスピードで男は呪文を避けた。失神呪文を当てた狼人間がもう動き出そうとしてるのを見て、オスカーはもう一度赤い光線で撃ち抜いた。

 

「おいおいおい、こんな戦い慣れた魔法使いが何でドラゴンの卵なんぞに興味があるんだ?」

「ジェイ、チャーリーと合流しろ。俺は大丈夫だから逃げろ」

 

 四頭の狼人間がオスカーを目掛けて走ってくる。三頭がチャーリーの方に、残り一頭はリーダー格の男の周りをグルグルと回っている。自分より奥にいるチャーリーの方が狼人間に襲われるのが遅いとオスカーは考えた。

 

「ジェイ、チャーリーの方へ走れ!! 早く!!」

「わかった!!」

 

 オスカーと同時にはジェイが襲われないのをオスカーは確認し、四頭の狼人間が同時に飛び掛かってくるのを見ながらオスカーは叫んだ。

 

「コンフリンゴ!! 爆発せよ!!」

 

 地面を爆破すると同時にオスカーはチャーリーとジェイの傍に姿現しし、テントの支柱をレダクトで粉砕、落ちてきたテントの幕で三体の狼人間を絡み取った。

 幕で絡め取られて動けない狼人間とコンフリンゴで吹き飛ばされた狼人間にオスカーは失神呪文を一頭ずつかけた。テントが倒れ、周りが見える様になったが狼人間はもうリーダー格の男とそれを護る様に回っている一頭だけの様だった。

 

「マジで冗談だろ。闇祓いか何か知らねえが、この平和ボケした時代になんでこんなのが残っていやがる。それともこのために買いに来やがったか」

 

 ここまでの戦闘でオスカーは確実に去年の決闘トーナメントと石の中の一件で、自分の魔法力や戦闘のセンスが一段と向上していることが分かった。何より杖を使った魔法のコントロールは段違いになっている気がした。

 そして、本来なら危機的状況だったはずであるのに、狼人間の群れを叩きのめしたことで、自分の気分が少し昂っている気がした。自分は狼人間の群れより強いと事実が物語っていた。そして、同級生の男子より、目の前の狼人間より、自分はこの分野で優っているという事実が、そんな事を考える状況では無いのに湧き上がってくるのだ。

 オスカーは頭を振って、目の前の二頭の狼人間に向き合った。まだ二頭残っているのだ。しかし、もう脱出しようと思えばオスカーは脱出できた。ジェイとチャーリーを連れて姿くらましすればそれで終わりなのだ。

 

「フードの兄さんはそンな強かったンか。ンなら、こいつぁおれのもンだ」

 

 バチッと言う音と共にマンダンガスの声が響き渡った。ドラゴンの卵が置かれていた場所にマンダンガスが立っていた。台座から丁寧に卵を取り出そうとしたが、一頭の狼人間が落ちたテントの幕の下から現れてマンダンガスに飛び掛かった。オスカーはさっきワンドレスマジックで最初に叩き落とした狼人間だと推測した。

 

「マンダンガス!! 横に飛べ!!」

 

 いつもの動きからは想像できない様な速さでオスカーが言った方向へマンダンガスは飛びのいた。オスカーはドラゴンの卵の台座ごと狼人間を吹き飛ばした。狼人間と一緒にドラゴンの卵が宙に飛んだ。

 

「チャーリー!! どこ行くんだ!!」

 

 ジェイの声を受けてオスカーがチャーリーの方を見ると上に吹き飛ばされたドラゴンの卵を追いかけてチャーリーは走り始めていた。

 それに合わせて残っていた狼人間とリーダー格の男が走り始めた。人間よりも四足の狼人間の方が速い。確実にチャーリーは追いつかれるとオスカーは思った。

 変身術では速さで狼人間に届かない、失神呪文では素早い狼人間に当てるのは難しい。オスカーは杖を鞭の様に振った。

 リーダーではない方の狼人間の前方を紫色では無く、普通の色の炎の壁が埋め尽くし、動きを止めさせた。オスカーはその狼人間を失神呪文で気絶させた。あとはリーダー格のみだった。

 

「チャーリー!! そのまま卵を受け止めろ!!」

 

 卵の落下地点にいたチャーリーはオスカーの言葉を受けて、リーダー格の狼人間が迫っているにも関わらず、キャッチする体制で微動だにしなくなった。オスカーは狼人間が飛び掛かるタイミングで二人の間に姿現しし、狼人間の顔面にフリペンド、衝撃呪文を叩きこんだ。しかし、同時に狼人間の手がオスカーの顔を殴り飛ばした。

 

「オスカー!!」

 

 リーダー格の狼人間は十メートルほど吹き飛ばされたが、オスカーの方も一メートルほど吹き飛ばされた。頭が殴られた衝撃で揺れていて、中々オスカーは立ち上がれなかった。

 ジェイとチャーリーがやってきて、オスカーに肩を貸してくれやっとオスカーは立ち上がることができた。

 リーダー格の狼人間は動けない様だったが、それでもオスカーの方を睨みつけていた。

 

「ドロホフ!! アントニン・ドロホフ!! なぜお前が俺たちを攻撃する!!」

「うン? なンだ。やけに犬っころにしちゃぁうるさい。おめぇグレイバックか?」

 

 狼人間の顔の区別などオスカーにはつかなかったが、フェンリール・グレイバックの名前はオスカーでも聞いたことがあった。ヴォルデモートの側で暴れていた狼人間。それも人間の子供ばかり噛んだり殺したりする筋金入りの狼人間だ。

 グレイバックは他の誰も見ずに、オスカーの方をひたすら睨みつけていた。

 

「お前と俺たちと何が違う? 一緒にやっただろう? ボーンズのガキ!! メドウズの親子!! どいつもいい声でないたじゃねえか!!」

 

 グレイバックがなぜそんな事を言うのかオスカーにはやっと分かった。ふけ薬で年を取ったオスカーは父親に見えるのだろう。オスカーは最初にふけ薬を飲んでチャーリーが反応した時点で気づくべきだったと思った。

 

「純血の魔法使い様は戦争で大暴れしてもいいとこに住んで、変わらねえ暮らしをしてるってこと……」

「畜生がキャンキャンと人間様にうるせぇ」

 

 マンダンガスが靴で思いっきりグレイバックの頭を踏みつけて、蹴り飛ばした。二回鈍いボクっという音がして、グレイバックは静かになった。

 

「死んだ?」

「ジェイ、あンなんでイヌ公が死ぬわけねぇ。それより、俺の十ガリオンはどうなる?」

「マンダンガスはグレイバックから貰ってくれ」

「ちげえねぇ」

 

 オスカーがそう言うと本当にマンダンガスはグレイバックが狼人間になるまで着ていた服を探すのか、杖で倒壊したテントの幕を浮かべてうろうろし始めた。オスカーには狼人間がいつ気が付くか分からない場所でガリオン金貨を探す意味が分からなかった。

 

「これもしかして、僕がもらっていいのかな?」

「ああ、その代わり、今度から卵より自分の命を拾いに行ってくれ。いつも一緒にドラゴンの卵を買いに行けるわけじゃないからな」

「そうだった。ごめん、オスカーは大丈夫?」

「これをとりあえず塗っとけば治るはずだ。ハナハッカのエキス」

 

 ジェイから渡された独特な匂いする液体をオスカーは頬に塗った。すると殴られて腫れていたはずの場所があっと言う間に元通りになり、痛みも消えた。

 

「オスカー、これ以外はけがをしてないよね? 狼人間の傷はハナハッカや癒術でもなかなか治らないんだ」

「多分大丈夫だ。それにチャーリー、ニコニコしながら卵を持ってるのは良いけど、それどうやって持って帰る気なんだ」

「え? このまま普通に?」

「チャーリー、そんな禁制品丸出しの卵をそんな抱っこして持って帰る奴はいないよ」

 

 オスカーを心配する言葉を掛けながらも、チャーリーはニコニコしたままだった。よっぽどドラゴンの卵を持っていることが嬉しいらしかった。

 

「それにそういや買った後どこに置くつもりだったんだ?」

「家には鶏小屋があるから……」

「チャーリーの家のニワトリはそんな卵を産まないだろ。オスカーそうだよな?」

「そりゃそうだろ。それならチャーリーの家のニワトリの卵をハグリッドとケトルバーン先生に十ガリオンで売れば儲かってしかたないだろうな」

 

 ジェイとオスカーがあきれる横で、チャーリーはやっぱりニコニコだった。オスカーには分かった。多分この卵が自分の家に来るだろうことが。そして、今日はちょっとした冒険くらいで、これまでの四日のリフレッシュになると思っていたのに、これまでで一番疲れたと思った。

 残念ながら、病院に行っても、観覧車に乗っても、狼人間を退治しても、オスカーの夏休みはまだまだ終わっていなかった。

 




ちょっと転勤するので、落ち着くまで更新が不定期になります

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