ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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オッタリ―・セント・キャッチポール

 屋根裏のグールお化けがパイプを打ち鳴らす甲高い、カン、カンという音と、外の鶏小屋から聞こえる鳴き声でオスカーは目を覚ました。

 エストの部屋よりたくさん貼られている、オレンジ色のチャドリーキャノンズのポスターが最初にオスカーの目に入る。隣の二つのベッドでは、二人分の寝息が聞こえていて、チャーリーもロンもまだ夢の中だった。

 窓から見える煙突からはもう白い煙が上がっていて、下の階でウィーズリーおばさんが朝ご飯の支度をしているのか、足音や皿が触れ合うガチャガチャと言う音、水の流れる音、それにベーコンや卵の焼ける匂いをオスカーは感じた。

 オスカーはこの家のたとえどんな時間でも、人の生活をしている音や匂いを感じることができるところが好きだった。チャーリーやウィーズリーおじさんは、家が変な形をしている事や、オスカーやエストの家に比べて狭い事を気にしている様だったが、自分の家の人気の無い冷たい石造りの壁や、無駄に人がいない事を感じさせる大きい部屋や机より、木でできたヘンテコな壁や床、隣の人と肩がぶつかるくらいの狭い部屋の方がオスカーは好きだった。

 

 できるだけ足音を立てずにオスカーは階段を降りる。チャーリーとロンの部屋は隠れ穴の一番上の階にあったため、寝ているはずのみんなを足音で起こすのはばかられたのだ。

 みんながご飯を食べる居間の前まで来ると話声をオスカーは聞いた。ウィーズリーおじさんと魔法省の誰かが喋っている様だった。

 

「アーサー、魔法不適正使用取締局の連中の鼻息が最近は荒い」

「闇祓い局の業務を一部移管する話で、これまでの稼働では足りなくなるから当然なんじゃないか、エイモス」

「それだけならいいが、彼らの一部は大臣のお墨付きを貰ったと思っている人間もいる。特に彼らの厄介の種になっている、非人間の魔法生物に対する雲行きが怪しい」

「エイモス、トーストをかじっていかれるかしら?」

「ああモリー、もし貰えるなら欲しい。そうすればセドリックの顔を省に行く前にもう一度見る時間が生まれるからね」

 

 オスカーは魔法省の話をしているところに自分が入っていっていいのか分からなかったが、ここで盗み聞きの様になっているのも良くないと思った。

 

「とにかくアーサー、君のところにも彼らの要求が来るかもしれん。うちにも魔法生物の危険度リストを更新しろだの、非人間と人間に順ずる動物のミシン目をはっきりさせろ、他の国のそういった状況がどうなっているか資料を出せだの、うるさいことこの上ない」

「小鬼の連中が嗅ぎ付けるとまたひと騒ぎされそうな話だ。魔法族による弾圧がまた強まっているとか言い出されるかもしれん」

「オスカーおはよう……」

「ああ、ジニーおはよう」

 

 扉の前でオスカーがまごついていると、目をこすりながらジニーが階段を降りてきた。オスカーはそのままジニーに合わせて居間に入った。

 

「あら二人とも早いのね。感心だわ。他の兄弟も見習ってくれればいいんだけど」

「オスカー、ジニー、おはよう」

「おはようございます」

「おはよう……」

 

 オスカーと眠そうなジニーの挨拶を聞きながら、暖炉から首だけ出ているエイモス・ディゴリーはオスカーの顔を見てかなりびっくりした顔をしていた。

 

「エイモス。チャーリー、うちの二番目の息子の友達が遊びに来てるのよ」

「ああ、びっくりした。てっきりウィーズリー家に赤毛以外が生まれることがあるのかと思ってしまった。顔だけで失礼する。オスカー・ドロホフ君だろう?」

「はい。初めまして、エイモス・ディゴリーさんですよね? 魔法生物規制管理部の? エストやチャーリーからお名前を伺ったことがあります」

「そうだ。エイモス・ディゴリーと言う。来年うちの息子がホグワーツに入ることになっているからよろしく頼むよ」

 

 少なくともエイモス・ディゴリーがびっくりしていたのは、オスカーが赤毛では無かったことだけでは無いことくらいオスカーにも分かった。

 

「ママ、イチゴじゃなくて、マーマレードがいい」

「ジニー、まだエストが来てないから今年の分が無いのよ、わがまま言わないでバターかイチゴのジャムで食べなさい」

 

 オスカーの隣のジニーはウィーズリーおばさんにそう言われると頬を膨らませて、何も付けずにトーストをバリバリ食べ始めた。無言のおばさんに対する抗議なのだろう。

 

「ところで、アーサー、昨日のノクターン横丁の一件を聞いたかね?」

「狼人間の件かな?」

「そうだ。よりにもよってドラゴンの卵を売っていた狼人間なんて通報のせいで、私もあそこに出張ることになったんだ。それのせいで日付が変わるまで残業することになった」

 

 ウィーズリーおばさんに入れてもらったミルクをオスカーは思わず吹き出しそうになったがギリギリのところでこらえた。隣のジニーはさっきの抗議の結果、ジニーの分のジャムを没収されてしまい、オスカーの皿についているジャムを物欲しげに見ていた。

 オスカーはウィーズリーおばさんが皿を洗うために背を向けている間に、ジャムを半分ジニーのトーストに魔法で浮かして置いてあげた。その間もオスカーは二人の会話に聞き耳を立てていた。

 

「なにせ場所が場所だから証言も信用できない。あるごろつきはグレイバックの一味を闇祓いが強襲したとか、その隣のかなり頭が薬でやられていそうな女は、うちが雇っているハンターが卵目当てに強盗をしたとか、あるいはグレイバックと死喰い人くずれの仲間割れだとかね。まあどれも事実ではないだろう。結局卵も見つからなかったから」

「誰か捕まえたのかね?」

「ああ、動けなくなった狼人間を二、三匹捕まえた。しかし、脱狼薬を使っている状態だったし、前科も無い。それに狼人間は我々を絶対に信用したりしない。我々がほとんどの狼人間を信用していないのと同じだがね、だから何も情報は引き出せないだろう。上も真実薬を使うほどの案件では無いと思っているから、許可も下りないだろう」

「脱狼薬を使っている状態で外に出るとは良く分からないな……」

 

 オスカーは死喰い人の話題がでた瞬間にエイモス・ディゴリーがこちらをちらりを見たことに気が付いた。それに、ウィーズリーおばさんが二人が会話をしている間中、やたら食器を音を立てて洗ったり、オスカーの方にやたらお替りを進めてきたりして、どうも二人に話をして欲しく無いのか、それともオスカーやジニーに話を聞かせたくないのだろうとオスカーは思った。

 

「エイモス、そろそろ行かないとセドリックの顔を見られなくなるんじゃないかしら?」

「モリーじゃあそろそろ行くよ。トーストをありがとう。アーサー、また後で会おう」

「ああ、どちらにしろ実験的呪文委員会の件で会うことになるだろう…… 最近は不適正使用取締局が我々を呼び出しがちだから……」

 

 エイモス・ディゴリーは緑色の炎の中に消えていき、オスカーは一息ついた。口が裂けても狼人間をぶっ飛ばしてしまったのが自分だとは言えなかったし、話にでてきた卵がオスカーの家の地下室に置かれていることも言えなかった。

 

「そう言えばなんでオスカーはエストと一緒じゃないの?」

「チャーリーとちょっとだけ男だけで遊ぼうって話になったんだ」

 

 ジニーが口の周りをジャムとパンの小さいクズで一杯にしながらオスカーに聞いた。オスカーは思った。ジニーならこれだけ近づいても自分がおかしくならないと。これが今日いない四人だったらどうなってしまうのか。オスカーは考えない事にした。

 

「ジニー、男の子は男の子だけで遊びたい事や時間があるんだよ。パパもそうだった」

「パパは男の兄弟と友達しかいなかったってママが言ってた」

 

 オスカーはウィーズリーおじさんの耳が赤くなったのを見たが、見なかったことにした。

 この家にきて二日目だったが、特にホグワーツに行っていない下の四人、ジニー、ロン、フレッド、ジョージにオスカーは良くからまれていた。普段喋らない人間と話したいのだろうとオスカーは思っていた。

 

「じゃあ今日もエストは来ない?」

「エストとクラーナとトンクスとレアにはここに来てる事を言ってないんだ。あと二、三日したら俺の家にみんな集まろうって話になってる。テッドさんとかマッドアイの予定もそれなら合うらしいから」

「ふうん。オスカーはみんなに早く会いたくない?」

 

 ジニーは何か面白いモノを見る目でオスカーを見ていた。それにどうもウィーズリー夫妻はオスカーとジニーの話に聞き耳を立てている様で、オスカーはちょっと話しにくかった。

 

「そういうわけじゃないけど、ただ、ホグワーツだと男だけになることは無いからな。授業中と談話室はエストが隣にいるし、エストがクィディッチに行ってる時は他の三人がいる気がするから、寮の寝室くらいしか男といることが無いんだよ。だから夏休みはちょっとだけそうしようって話になったんだよ」

「でも確かに私もエストとママと女だけのお話はする…… それに、夏休みにエストが他の三人とどこか行こうと思うから、ジニーもこない? って誘われた」

 

 そういってジニーはオスカーの方では無くて、ウィーズリー夫妻の方に顔を向けた。オスカーはジニーが最初からこの話題を出したかったのだろうと思った。

 

「ねえ、ママ、行ってもいいよね?」

「どこに行くか分からないんじゃ言えないわジニー。それに女の子だけじゃいろいろ危ないでしょう? ねえアーサー?」

「え? そうだなモ……」

「四人は大人の魔法使いより強いんだってビルとチャーリーとパーシーが言ってた。四人中三人が決闘の大会で最後まで残ったって。オスカー、違う?」

 

 オスカーはジニーにそう言われて、思わずアーサーの方と視線が合った。お互いにどう言えばいいのか、どちらに味方するべきなのか困っている顔だった。

 

「それはまあ……」

「ね、ママ、いいでしょ? 四人のビルと一緒にお買い物行くのと同じ」

 

 思わずその光景を想像して、オスカーはそうされたい人も結構ホグワーツにもいるのではないかと思った。

 

「ならちゃんとママとパパにどこに行くのか言ってからにしなさい」

「やった。じゃあエストにお手紙書いて来る!!」

「ちゃんと食器を片付けてからいきなさい」

 

 そう言うなり、ジニーはウィーズリーおばさんの言葉も聞かず、ミルクを一気に飲んでドタドタと階段を駆け上がっていった。その光景をウィーズリー夫妻は諦め半分、微笑ましさ半分の様な顔を見ている。

 

「まあ、モリー、フレッドとジョージの同じような年ごろに比べればだいぶおとなしいお願いじゃないか」

「アーサー、うちはただでさえ男所帯なんだから、ジニーがお手本にしてるのはビルやチャーリーじゃなくてエストなのよ。あの子のあの年頃みたいな頭の回りをするんだったら、さっきのお願いも目的は別だったりするはずなのよ」

 

 ウィーズリーおばさんは言い過ぎたと思ったのか、ちらっとだけオスカーの方に視線を向けた後、また喋り続けた。

 

「ジニーとエストは随分違う。それに今と数年前では随分環境も変わった。それは分かるだろうモリー?」

「そうね…… ごめんなさいね、オスカー、こんな話を聞かせてしまって。でも、そうね、チャーリーやビルの世代の子供たちは他の世代の子供たちより大人びているわ」

「いえ……」

 

 自分達の世代が大人びていると言われても、オスカーは他の世代の同じころなど分かりようが無かった。それにオスカーが気になるのはどちらかと言えばエストの事をウィーズリー夫妻はどう考えているのだろうという事だった。

 ウィーズリーおばさんは少し気まずくなったのか、洗濯物の大かごをもってそれを干しにいってしまった。

 

「オスカー、ホグワーツは楽しいかね?」

「はい。楽しいですけど……」

 

 ウィーズリーおじさんがオスカーに喋りかけたが、何か喋ることが無くて無理やり捻り出したかのような始め方だった。ウィーズリーおじさんはもう一度、ウィーズリーおばさんが行った方をチラッと見た。

 

「モリーも…… エストもいないから、私が魔法省に行くまでにちょっとだけ話をしないか?」

「はい……?」

「どうかな? その、オスカーはエストと上手くやれているかな?」

「上手く…… ですか?」

 

 落ち着かないのか、自分のあごを何度も触りながらそう言ったウィーズリーおじさんを見ながら、オスカーはどういう意味なのか考えた。

 

「チャーリーとエスト…… 君達がホグワーツに行く年が一番モリーが心配していた。なにせ、私達が女の子を送り出すのは初めてだったし、まあ、ほんのちょっとだが、エストには少し変わったところがあったから」

「変わったところ……」

 

 正直に言ってしまえば、オスカーはエストがちょっと変わっていたからと言ってもそれは分からなかったはずだった。オスカーが同世代の人間とちゃんと喋ったのはエストが二人目だったからだ。

 

「正直なところ、ああ、もし私が言いすぎていたら言って欲しいが、エストから届く手紙の内容に君の名前が出てきたことは私もモリーもびっくりしていた。まあ、それからずっと名前が出てくるから慣れてしまったがね」

「それは……」

 

 二人が驚いていた理由は、オスカーが思っているのと同じ事であろうし、ホグワーツ特急でオスカーやクラーナが思っていたのと同じことであったはずだった。

 

「君達が同じ世代になればホグワーツで何かあるだろうとは思っていたが、こんなに仲良くなるとは私もモリーも思っていなかっただろう。ただ、まあ、ダイアゴン横丁にチャーリーとエストが教科書や杖を買いに言った後から、今思い返せば色んな話題から君のことを聞き出そうとしていたかもしれない」

「俺の事をですか?」

 

 オスカーは杖の話があったからエストは自分の存在を汽車に乗る前から知っていたと分かっていたが、それ以上に情報を引き出そうとしていたとは知らなかった。

 少なくともオスカーはエストの事を家にいる時点で知らなかったし、父親が何かした相手の子供のことなど調べようとも思わなかったはずだった。

 

「私ももちろんだが、今日の様にときどきこの家には私の同僚がやってくる。まあそんなに本筋の俗に言うエリートの様な人間は来ないが、昔から魔法省に勤めていて顔の広い人間が顔を出す。エストはそういう人間から色んな事を聞きだすのが上手かった」

「そう…… ですか」

 

 何となく、オスカーは不安になった。エストは自分の事をどれだけ知っているのだろうかという事だ。それにオスカーはほとんど考えたことも無かったが、ウィーズリー夫妻はもしかしなくても、オスカーの家に降りかかった色んな事を知っていてもおかしくないのではないだろうかという事だ。

 

「それに私の家はグリフィンドールばかりだし、モリーもグリフィンドールだったから、中々スリザリンの勝手も分からない。そこが少しモリーも私も心配だった」

 

 魔法省の職員で、不死鳥の騎士団に近いだろうウィーズリーの夫妻が、それも直接的に因縁があるプルウェットの出身だったモリーが、その相手に関する事件の顛末を知らないという事がありえるのだろうか? オスカーは思った。自分はできるだけ考えたくなかったから、知っていないと勝手に思いこもうとしていたのではないのかという事だ。

 

「だがこんなに仲良くしているのを見ると私たちも安心する。大人たちが勝手に争っていたにも関わらず、子供は子供で仲良くやっているのだから」

 

 そして、一番重要なのは、エストはそもそもそのことを聞き出して、オスカーの事を知っているのではないかという事だ。だとすればオスカーは夏休みに悩んでいることに加えて、もっとエストとどう付き合えばいいのかが分からなくなった。

 

「私もモリーも君たちが無事でいさかいや争いに巻き込まれないことが一番だと思っている。まあ私達より、君や君の周りの友人の方がずっとそう思っているだろうが…… じゃあ、私はそろそろ省に行かないといけない。モリーに私が出たことを言っておいて欲しい」

「はい。行ってらっしゃい」

 

 緑色の炎に消えていくウィーズリーおじさんを見送りながら、オスカーはノクターン横丁に行った事を今度は思い出していた。チャーリーやジェイとやったことは、明らかにウィーズリー夫妻が願っていることと逆な事だっただろうし、クラーナ辺りが聞けば怒りだすことは明白だった。

 オスカーは壁にかかっている時計を見た。時計のそれぞれ家族を示す針は、ウィーズリーおじさんは移動中、ウィーズリーおばさんは庭、他のウィーズリーの兄弟は家を指し示している。時計には牢獄やいのちが危ないと言う場所がある。ノクターン横丁の一件の時、チャーリーの針がここにあってもおかしくは無いはずだった。

 

「オスカー、おはよう」

「パース、おはよう」

 

 今度起きてきたのはパーシーだった。なぜか変身術の教科書とノートを持って難しい顔をしていて、オスカーの目の前に座ったがオスカーの方には目を向けなかった。

 

「オスカー、オスカーはエストのメモ用の羊皮紙を読める?」

「基本的に読めない」

 

 オスカーは即答した。それは事実だったし、レポートや論文の様な決まった内容を書かないといけない場合のエストの文章を読むことはできた。しかし、ときどき取っているメモの様なエストの羊皮紙を読むことはほとんどできなかった。

 

「エストはまとめ用に書いて無いから、勉強用に借りるなら、クラーナのメモの方がいいと思うけどな」

「もう借りてるんだけど…… そう言えば、他の四人はいつ来るんだ?」

 

 この家にいる間に何度これを聞かれるのかオスカーは数えた方がいい気がした。少なくともすでに五回は言われていた。

 

「男だけで遊ぼうって予定だったからな…… 多分みんなで俺の家に移動して、その時に他のみんなも一緒になると思うけどな」

「じゃあ、エストもクラーナもここには来ないのか……」

「多分そうなるな」

「オスカーはもう夏休みにクラーナとどこかに行った?」

 

 なぜパーシーがそれを知っているのかとオスカーは思ったが、グリフィンドールの談話室ではクラーナに引っ付いて勉強しているのなら、知られていてもおかしくは無かった。

 

「ああダイアゴン横丁に行ったけど」

「店でパフェは食べた?」

「週刊魔女に載ってた店か? なんで知ってるんだ?」

「グリフィンドールの女子がクラーナの置いていった週刊魔女を読んで、その店のページだけ折り目があったから大騒ぎしてた。クラーナが一緒にいくならオスカーしかいないだろうから」

 

 オスカーは思った。クラーナは詰めが実はあまいのではないだろうかと。と言うかジェイと言い、ホグワーツに戻るころにはグリフィンドール生全員に知れ渡っている気がオスカーはしたのだ。

 

「これから置いてあったら隠しといてあげてくれ」

「分かったけど……」

 

 パーシーは言いよどんだ後、辺りを見回し始めた、特にドアの方を。オスカーは何となくその仕種がさっきウィーズリーおじさんがしていた、ウィーズリーおばさんがいないことを確認する仕種と同じだと思った。

 

「オスカーはクラーナやトンクスみたいに闇祓いになるのか教えて欲しい」

「闇祓いに?」

「だって、クラーナはオスカーが闇祓いになるための教科を全部取ってるし、私と同じか上の成績だって言ってた。それにキングズリーは闇祓いだし」

 

 どうしてパーシーがオスカーの進路を気にするのかオスカーには良く分からなかったが、さっきのジニーと一緒でこっちが自分と本当に喋りたい話題なのだろうと考えた。それに多分他の兄弟や母親にこの話を聞かれたくないのだろうとオスカーは思った。

 

「それはそうだけど、俺はそんなに考えて教科を選んだわけじゃないからな。それにまだ何になりたいかちゃんと決めてないし」

「クラーナはオスカーになって欲しい……? 多分、オスカーと一緒に仕事をしたいと思ってると思う。こういう話をすると、クラーナのお姉さんともう一人同級生の男の人が一緒に闇祓いになったって話をすぐするから」

「そうなのか……? ただ本当に何になりたいかとかちゃんと決めたことがないからな」

 

 パーシーが言っている男の人とは病院で会ったドーリッシュと言う闇祓いの事で合っているはずだった。ドーリッシュに会った時にオスカーはパーシーを何となく思い出したので、パーシーがその話題を出すとやっぱり二人が似ている気がした。

 

「なら普通に魔法省に入る?」

「普通に魔法省って、ウィーズリーおじさんやディゴリーさんみたいな感じでってことか?」

「そう。契約とか臨時みたいな感じじゃなくて、ちゃんとしたキャリアの採用で魔法省に入る。僕はそれが一番いいと思う」

「なんでパーシーはそれがいいと思うんだ?」

 

 まだ二年生なのにやりたいことやなりたいものが決まっているというのは、オスカーからしてみても凄いとしか思えなかった。パーシーはウィーズリーの兄弟の中では一番真面目で強くモノを言うタイプでは無いかもしれなかったが、グリフィンドールらしく、一度自分の中で正しいと思う事が決まったらそう簡単に譲るタイプでは無さそうだった。

 

「魔法大臣は一番魔法界で偉い職業だし、本に書いてあったけど、魔法大臣になった人はキャリアで入って魔法法執行部出身の人が一番多い。闇祓いからなる人もいるけどそれよりも多い」

「パーシーは偉くなりたいのか?」

「それは……」

 

 パーシーはまたさっきのウィーズリーおじさんとそっくりな周りを見渡す動作をした。兄弟や母親に聞かれていないのかやっぱり心配なのだろうとオスカーは思った。

 

「ママは僕たち兄弟に危ない仕事をして欲しくないと思ってる。それにパパは学生の時から頭も良くて、魔法だってビルと同じくらい使えたのに野心が無いから…… あんまり…… その面白くない仕事をしてる。パパにとっては面白いだろうけど、他の魔法の法律を決めたりするような場所に比べたら影響力とかそう言うのが無い」

 

 他の兄弟よりパーシーは両親の事がもしかすればずっと好きなのかもしれなかった。それにパーシーは親や家族が期待したり、求めていることに敏感だとオスカーは思った。

 またパーシーは辺りを見回して他の家族がいないか見ている様だった。ウィーズリーおばさんは相変わらず洗濯から戻ってこず、他の兄弟も起きてこなかった。

 

「パパは純血の魔法使いなのにマグルが好きでそういう法律とかを作ったから、魔法省でもいい立場にいないんだってホグワーツで初めて聞いた。ママはその……」

 

 下を向いて喋っていたパーシーが少しだけオスカーの方を見た。

 

「戦争で色々あったから、僕たちが危ない事をするのが嫌なんだ。クラーナも闇祓いに自分はなるって言ってるのに、周りのみんなにはそんな感じだから…… でも、そういう事も偉くなれば解決できるし、パパがやりたいこともできるし、ママやエストみたいに…… だからそういう事ができるから僕は偉くなった方がいいと思う」

「パースは凄いな」

 オスカーはそう思った。なりたい理由がそのまま自分と他人の希望や期待に沿っている。それは凄く良いことの様に思えるのだ。

 

「でも、ビルやチャーリーはそう思って無くて、全然違うことがやりたいんだって。ビルはもうグリンゴッツで呪い破りになるって言ってるし、チャーリーはクィディッチの選手かルーマニアでドラゴンの学者になるんだって。エストは前からホグワーツの先生だって言ってるから……」

「それはダメなのか?」

「だって、ビルは監督生で主席になるだろうし、兄弟の中で人付き合いも上手いから、一番魔法省でも上手くやれるだろうし、僕よりずっと上手くやれるのに……」

 

 やっぱり、まだ二年生でオスカーより三つも下なはずなのに、オスカーはパーシーの方がよっぽど色々考えているように思えた。オスカーはそんなに周りの人の進路など考えたことが無かったし、もちろん、家族がどう考えていたかなど考えてもいなかった。

「パースにしたいことがあるみたいに、他の人にもやりたいことがあるんだろ。誰かになって欲しいと思われていることと、自分がなりたいモノが一緒なんてそんなに無いしな。一緒なら最高だろうけど」

「それはそうだと思うけど……」

 

 ではオスカーの周りはどうなのか。エストは家族に望まれたから先生になりたいのか。クラーナやトンクスは望まれたから闇祓いになりたいのだろうか。キングズリーも望まれたから闇祓いになったのか。それにオスカーは自分に誰かがそんな事を望んでいるのだろうかと思った。そして望まれれば明確に道が見えて楽なのか、それとも決められるのは嫌だと思うのか。

「けどなんで俺にそんな話したんだ? 兄弟に喋りにくいなら……」

「エストに話すと心配するかもしれないし、クラーナは闇祓いになりたいって言ってるのにこんな話したらどう思うか分からないし……」

 

 オスカーは思った。パーシーは自分に何を言って欲しいと思っているのかと。ウィーズリー夫妻かビルやチャーリーに相談してみればどうかと言えばいいだろうか。それとも、クラーナやエストと一緒に話を聞いてあげればよいだろうか。だけれども、パーシーはそのみんなには自分がちょっとでも迷っていることを言いたくないのではないかと思った。

 

「そうか、でもパースがそういうこと思ってるのは凄いし、馬鹿にされるようなことじゃないと思うけどな。それに馬鹿にされてもやりたいことをやればいいだろうしな、クラーナもマントの仕種とか馬鹿にされててもずっとなりたいって言ってたし」

「クラーナの一年生の頃のこと? いまでもオスカーの事と同じくらいクラーナの同級生がからかってるけど…… オスカー、スリザリンには僕と同じ様な事考えてる人はいる?」

「魔法省で出世したいって言ってるやつがいるかってことか?」

「そう。グリフィンドールよりスリザリンとかレイブンクローの方がそういう人がいるかと思ったんだ」

 

 確かに、野心とかそういう意味ではスリザリンの方がそういう人物がいてもおかしくは無かった。監督生や主席になった人物を考えれば何人かそういった考え方をしていそうな人物がいることをオスカーは知っていた。

 

「何人かいるな、先輩だけどな。ただ戦争の事があってあんまり魔法省、魔法省っていう世の中じゃないのかもしれない」

「いるんだ…… オスカー、朝なのに話してくれてありがとう。できれば、ママとかエストやクラーナに喋らないで欲しい」

「とりあえずトーストを食べた方がいいんじゃないか。俺の家じゃないからペンスに言って出してもらうわけにはいかないけどな」

「魔法大臣になったら屋敷しもべが欲しいな……」

 

 お礼を言いながら、トーストを焼こうとしているパーシーの耳は少し赤かった。それに階段の方からドタドタと誰かが降りてくる音が聞こえる。

 オスカーはやっぱり自分の家よりこの家の方が好きだった。誰かと常に喋っていないといけないくらい距離が近いからだ。しかし、この夏休みで問題だったのは問題の四人と距離が近い事だった。オスカーはビルとちょっとそのことについて喋ろうと考えていた。

 

 

 

 

 

 みんなが朝食をしている中、オスカーはウィーズリーおばさんがいつもフレッドやジョージ、ロンやジニーにさせている作業をしていた。

 オスカーはニワトリに餌をやったことはほとんど無かったし、庭小人をぶん投げたりすることもここでしか経験できない作業だった。

 朝食が終わると箒に乗れる数人はクィディッチごっこともいうべき遊びを始めた。エストがいなければチャーリーの独壇場だとオスカーは思っていたのだが、フレッドとジョージはコンビネーションでチャーリーと互角とは言えないまでも戦えていたし、ロンとジニーの方は二人で箒を奪い合って喧嘩をしていて、二人ともウィーズリーおばさんに怒られていた。

 庭小人を筋力に加えて魔法の力で隠れ穴の天辺より高く飛ばしながら、クィディッチごっこを眺めているオスカーの横にビルがやってきた。

 

「オスカーはそんなに筋力があったのか? スリザリンのビーターをしたらエストが喜ぶんじゃないか?」

「俺は箒に乗れないから無理だし、魔法で飛ばしてるだけだ」

 

 オスカーは思った。チャンスだと。少なくともオスカーが知っている男性の中で一番女性と付き合いがありそうなのはビルだった。女性とずっと喋っているという意味では自分かも知れなかったが、そんな事を気にしていても仕方が無かった。

 しかし、どう話を切り出せばいいのかオスカーには分からなかった。最近、女の子と喋るときにドキドキするとでも言えばいいのか? オスカーにはちょっとそれは言えなかった。

 

「そう言えば、ホグワーツの七年生ってイモリ試験以外は何をするんだ?」

「そうだな、イモリ試験だけでも十分疲れるけど、就職先を決める為に試験を受けたり、インターンに応募してみたりとかかな。それに僕はブラジルのペンフレンドと交換留学に行こうと思ってる」

「交換留学?」

 

 ブラジルに魔法学校があること自体オスカーは初めて知ったが、交換留学というのもオスカーが初めて聞く単語だった。インターンの方は去年のクラーナの話で知っていた。

 

「そうさ。ほんとは家にあんまりお金が無いからいかないつもりだったけど。去年の決闘トーナメントの賭けで結構儲かったからそれで行けそうなんだ。ブラジルの魔法学校の地下には遺跡があるらしいから、呪い破りの経験にもなるだろうし」

「呪い破りになるのは決まってるのか?」

「まあね、有名な呪い破りにグリンゴッツの人を紹介して貰ったし、エイモスさんとクラーナからゴブリン連絡室のクレスウィルさんにも連絡できたから、多分なれると思ってる」

 

 ビルは六年生が終わってますます自信をつけているとオスカーは思った。クラーナやパーシーの話では全校に二人しかいない主席になれそうだと言う話だし、就職先も自分の行きたいところにいけそうなのだ。

 イケメンなのに加えて、勉強も魔法も就職先もあり、自信もついているビルが女の子に困っているとは思えなかったし、やっぱりビルに相談するのが一番だとオスカーは思った。

 

「ビルは…… その…… 呪い破りってどんな仕事なんだ?」

「オスカーも興味あるのか? オスカーを誘うとエストやクラーナには怒られそうだけど、オスカーには向いてると思う仕事なんだけど、話聞きたいか?」

 

 やっぱりオスカーからすれば中々女の子の話などビルに振れなかった。少なくともオスカーは男の友達にそんな話を振った経験も無かったからだ。ビルの方は自分がやりたい仕事の話だからか楽しそうだった。

 

「ああ」

「ほら、昔から神話とかそういう話には宝とか、それを守る怪物や迷宮の話があるだろ。ミノタウロスとかスフィンクスとかはマグルでも知ってる」

「確かにマグル学でクィレル先生がいくつかの魔法生物はマグルでも知ってるって言ってたな」

「実際古代の魔法使い達はマグルと一緒に暮らしてたし、魔法の力で半分王様みたいに暮らしてた人も多い。そうやってため込んだお宝を自分の魔法や呪い、魔法生物なんかで守ってたんだ。それを色んなところに隠したわけさ」

「使われてないホグワーツみたいな場所がいくつもあるってことか?」

 現代の魔法使いはマグルから隠れて暮らしているが、マグルだけでは生き抜くのが辛い時代、魔法使いがマグルの手助けや指導をして王様の様に暮らしていてもおかしくは無かった。

「ホグワーツこそエジプトやインド以上のお宝が残っていてもおかしくない場所だ。秘密の部屋だっていまだに見つかっていないだろ? とにかくそういう場所がいくつもあって、その呪いを魔法使いが破ってお宝を見つける仕事なんだ」

「確かに危ないけど面白そうだな」

「そうだろ? うちのママはちょっとピンときてないみたいだけど、お宝を持って帰ればお金は沢山入るし、職業的にも女の子にモテる仕事なんだ」

 オスカーはここだと思った。ここで自分の話に持っていかないと延々と呪い破りの話が続くに違い無かった。呪い破りの仕事にも興味はあったが眼前の問題の方がオスカーには重要だった。

「ビルはいまでも十分モテるだろ」

「僕が? オスカーは僕が五年生の時にエミリー・タイラーに振られた話を知らないのか?」

「振られた? ビルが?」

「ああ…… そうか、そのころオスカーはそれどころじゃなかったかもしれないな。ちょうどエストとオスカーが喧嘩してるみたいな時期だったから。ほら、あの雪の中やってたクィディッチの後らへんだよ」

 

 オスカーからすれば驚きだった。ビルを振る人間がいるのだろうか? 背も高くて、イケメンで性格が良くて、成績や魔法の腕は全校の男子生徒の中でもピカ一なのだ。家だってお金が無いとは言え、ウィーズリーと言う名前は魔法界でも指折りの名前のはずだった。

 

「あの頃は確かに他の人の話を聞く余裕は無かったけど…… エミリー・タイラーってビルと同い年のグリフィンドールの人か」

「そうだよ。ずいぶんこっぴどく振られた。私がウィーズリー家の男なんてボーイフレンドにするわけないってね」

 ならどんな家ならボーイフレンドにできるというのだろうか。クラーナやエスト辺りが男だったなら要件を満たすのだろうかとオスカーは考えたが、二人が男になったらスペック的に勝てる気がしなくて、今度はそれで付き合いにくくなりそうだとオスカーは思った。

 

「なんかグリフィンドールの女子のボスみたいな人だってクラーナが言ってた気がする」

「そうだよ。見た目は綺麗だし、何より闇の魔術に対する防衛術で吸血コウモリに撃った失神呪文が見事だった。低学年の時は何回かクラーナと喧嘩してマクゴナガル先生に二人とも怒られてたな」

 

 どうも最近グリフィンドールの人間と喋ることが多いせいで、オスカーはちょっとだけグリフィンドール寮でのクラーナの姿が見えてきたと思った。

 しかし、問題なのは女の子に近づいて普通にいられるのかどうかだった。女の子が失神呪文を使わなくても、近づくだけでダメなのならオスカーは永遠にプロテゴを使ってホグワーツでの生活を送らないといけなかった。

 

「ビルはその人と普通に喋れてたのか?」

「普通って?」

「要はほら、ジニーとかエストと喋るときみたいに」

「全然だめだよ。五年も同じ寮で過ごしてきて、時々は喋ったこともあったのにあの頃は全然喋れなかった。友達に頼んで僕をどう思ってるか聞いてきて欲しいって頼んだくらいだ」

 

 ビルはエミリー・タイラーを好きになったから喋れなくなったのだろうか? ではオスカー自身はどうなのか、オスカーはもしそうだとしてもいきなりそうなるのは訳が分からなかった。なぜならオスカーは四年も一緒に喋ってきたのに、いきなりそうなるのは訳が分からなかったのだ。しかもビルの様に一人にそうなるならまだ分かった。

 

「今はどうなんだ?」

「今? あんな風に家族の事で断られて、僕に問題があったんじゃないかとちょっと悩んでたけど、今はそうでもないな。あの後ふくろう試験の勉強に集中したのが良かったかもしれない。呪い破りになるって目標にも打ち込めたし」

「他の事に集中したから解決したのか?」

「結構それはあるな。五年生の宿題の量はこれまでと桁違いだから」

 

 オスカーはなるほどと思った。何か打ち込めることとか、明確な目標だとか、集中しないとできない事をやっていればそうでもないかもしれないのだ。

 

「ただ、僕と違ってオスカーはそうそう逃げられないと思う」

「逃げるって?」

「男だけで喋りたいからここに来たんだろ? けど、そんな長くいつもオスカーがつるんでる四人から離れられないと思うけどな」

「いや、別に逃げてるわけじゃないんだけどな」

 

 どうもやっぱりウィーズリー家のみんなからそう思われているのではないかとオスカーは思った。

 

「魔法族も動物だから、そろそろ本能に逆らえなくなるはずかもな。いっそ動物もどきにでもなった方が動物の気持ちが分かって吹っ切れるのかもしれないけど」

「何を吹っ切るんだ」

「チャーリー風に言えば、僕らは動物より頭がいいけど逆に頭に縛られてるってことさ。チャーリーなんて箒じゃなくて自分にドラゴンの翼を生やして飛びたいって子供の頃から思ってるけど、残念ながらチャーリーは僕の弟で人間だ」

 

 まあチャーリーはそうだろうとオスカーは思った。逆にチャーリーはドラゴンとクィディッチに打ち込み過ぎているからオスカーの様な状態にならないのではないかと思い始めた。

 

「チャーリーはドラゴンに変身できるならだいたいのモノでも捨てられそうだけど」

「チャーリーを例えに使うのは不味かったかもな…… 僕が呪い破りになりたいって言っても色々問題がある。そういうのと同じで、人間は頭が良い代わりにいろんなつまらない問題があるってことさ。動物なんて飛びたいと思ったら飛ぶし、つがいになりたいって思ったらそうする。自分がやったことなんて先にも後にも考えないからな」

「その方が楽かもな」

「そうなったら人間である意味も無いのってエストなら言うだろう」

 

 流石にウィーズリー兄弟の最年長だけあって、ビルはチャーリーやエストの特徴を捉えているとオスカーは思った。

 それにオスカーは本能に惑わされているのだろうか? ならどうして成長するにつれて惑わされるのかが良く分からないとオスカーは考えたのだ。もし、心や精神が成長するのならどうして成長したあとに惑わされるというのだろうか。

 

「僕もホグワーツの最後の年だから、オスカーとその周りに楽しませてもらうよ」

「何を楽しむんだ」

「グリフィンドールでやってる賭けとか色々かな。インサイダーじゃないけど僕の立ち位置は結構有利なんだ」

「何に賭けてるんだ」

「とりあえず、オスカーはもう逃げられないってことかな」

「どういうこと……」

 

 バチッという音がして、ビルと二人で座っていた芝生の坂の上に人影が四つ見えた。オスカーは二日も持たなかったと思った。

 

「オスカー、ジニーはほとんど毎日エストに手紙を送ってる。あのバカでかい鷲みたいなのが今年は毎日きてるよ」

「朝もうちょっとジニーにジャムをあげれば良かったかもしれない」

「多分マーマレードじゃないとダメだろうな。今日はイチゴしかなかったから。じゃあオスカー、君の家でもよろしく頼む。うちのママのごはんも美味しいけど、君の家の屋敷しもべのごはんも美味しいから」

 

 そう言ってビルは坂を上がり隠れ穴に戻っていった。代わりに四人がこっちに来るのが見えた。オスカーは思った。自分は何かダメなことをしただろうかと、ちょっとチャーリーとジェイと男三人で遊んで、チャーリーの家に一日泊まっただけなのだ。なのに何となく四人は怒っているだろうとオスカーは思った。

 オスカーは観念して芝生に寝転がって目を閉じた。目を閉じる前に庭小人がずいぶん遠くからオスカーの方を恐々見ているのが分かった。

「寝たふりですか」

「こいつ自分に都合が悪くなると割と寝たふりするわよね。湖の傍とかでもいっつもこんな感じじゃない」

 

 いつも喧嘩を始めるくせにこんな時だけは息が合っているとオスカーは思った。そもそも知ったのはエストだけのはずなのにどうして四人集まっているのだろうとオスカーは考えた。

 

「オスカー先輩はボク達に秘密でどこに行ってたんですか? チャーリー先輩の機嫌が良くて気持ち悪いくらいだってジニーが言ってましたけど」

「なんで隠れ穴に来てるのに誰にも連絡してないの。オスカー」

 

 そもそも未成年なのに姿現しで来ている時点で、オスカーより四人の方が問題があった。

 

「チャーリーと男だけでちょっと危ないことしようってことになった」

「はあ? なによそれ、あんまり男の友達がいないからせめてもの抵抗ってこと?」

「危ないことって、新聞に載ってたような事件に関わってないですよね? 狼人間がノクターン横丁に現れたとか、魔法不適正使用取締局がトロールの集団とドンパチしたとか」

「そもそもそんなことをしたとしても、隠れ穴に一人で黙って来てる理由にはならないの。だって隠れ穴で危険な事なんてできないもん」

「ボク達と一緒にいるのが嫌だったとかですか……?」

 

 オスカーは喋れば一瞬でボロが出そうだと思ったので、できるだけ口数を少なくしようと思った。もうノクターン横丁で狼人間と色々やったのがばれそうだったし、卵の件もチャーリーの機嫌からばれてもおかしく無かった。オスカーとチャーリーは、できればギリギリまで卵の件を黙っておきたかった。その方が秘密の事をやっている様で楽しそうだったからだ。

「ほんとにちょっと男だけで遊びに行きたかっただけだって。隠れ穴にはあんまり女子が泊まる部屋が無いから自重して……」

 

 喋りながら目を開けると四人の目が思ったより近くにあって、オスカーは思わずもう一度目を閉じてから起き上がった。

 

「それにジニーが女子だけで遊びにいく計画があるって……」

「それとこれとは話が別なの。だいたい部屋が無いにしても誰かに連絡してもよかったでしょ。オスカーの家に行くのは二日後だけど、オスカーはそれまで隠れ穴にいますって」

「そうですよ。みんなに黙ってなくても良かったでしょう。何か隠しごとをされてるみたいで怪しく思いますよ」

「やっぱりオスカー先輩はボク達全員か誰かに会いたく無かったんですか?」

「ぜったいそうよ。どうせなんか隠れ穴に泊まってると私たちにばれたら都合が悪かったに違いないわ」

 

 なんでこんなにコンビネーションがいいのかオスカーには分からなかった。この四年間で一番四人の呼吸が合っているのではないかとオスカーは思った。

 

「でもチャーリーの家に泊まるって言ったらみんな泊まるって言いだすだろ」

「そんなこと……」

 

 エストが言いかけて他の三人を見た。三人とも答えなかったが多分答えは一緒だった。トンクス以外の三人はほとんど住んでいる家に家族がいないことをオスカーは知っていたし、それもあってオスカーからすれば言い出し辛かった。

 

「とにかく謝るって、みんなに黙って泊まってたことは。今日は自分の家に帰る」

「オスカー先輩のそのすぐ謝るのはずるいと思います」

「そうですよ。それにウィーズリー家の人達にもなんて言うんですか? 私たちに見つかったから帰りますって言うんですか?」

「そうなの。オスカーがオスカーの家に帰っても何の解決にもならないの」

「まあいいんじゃない。三人はオスカーの家に泊まれれば静かになるわよ」

 

 オスカーは思った。トンクスがわざとではないにしても風向きを変えてくれたと。

 

「泊まりたいのはトンクス先輩なんじゃないですか。さっきもトンクス先輩は隠れ穴に泊まるって言いだすって感じだった」

「そうですよ。黙ってたじゃないですか」

「何よ。隠れ穴に泊まれれば一足早く、フレッドやジョージと悪戯できると思っただけよ」

「どうせウソなの。さっきのも自分だけ除いてたけど、ほんとに泊まりたいのはトンクスに決まってるの。だってオスカーの家なら一人一つ寝室があるもん」

 

 もうらちが明かなかった。夏休みが始まって初めて四人がそろったはずだったが、さっき

までのコンビネーションはどこかに行ってしまい。今にも喧嘩しそうだった。

 オスカーは隠れ穴に向かって歩きながら言った。

 

「分かったから。じゃあもう今日から来れる人だけ俺の家に泊まって大丈夫だ。今からウィーズリー家の人達にも言ってくる」

「ちょ、ちょっとオスカー待ってくださいよ」

「それができるなら最初からそうすれば良かったじゃないの」

「オスカー先輩怒ってるんですか?」

「いきなり言われてもモリーおばさんが困っちゃうかも……」

 

 オスカーは理解した。一人でも相手をするのが不可能に近いと思っていたが、どうにも四人揃うと本当にこれまでの様にいられるか怪しいという事だった。

 四人が口々に色んな事をオスカーの周りで喋っているのを聞きながらこれからの事を考えたが、オスカーは本当に夏休みを過ごし切るビジョンが浮かばなかった。

 


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