雪が解け始め、春が近づいてきた。ハグリッドの小屋にいるルーンスプールはもう小屋の中には入り切りそうにないほどの成長をしていた。
またルーンスプールの世話をするメンバーにトンクスが仲間入りしてからもう二ヶ月以上がたっていた。
「スタージスがね、魔法生物規制管理部のOBに知り合いがいるんだって、その人はスキャマンダーさんの同僚だったらしいんだよ」
「スキャマンダーって、ニュート・スキャマンダー? 幻の動物とその生息地の?」
「うん、その人ならルーンスプールがいっぱいいるブルキナファソにも顔がきくらしいの」
「まあその人にまかせるのが一番いいでしょうね、こいつらもう一月たったらこの小屋ごと丸呑みにしそうですから」
ルーンスプールは今はプシュー、プシューといって大量のネズミや何かわからない肉を食べているが、狭い小屋に閉じ込められているストレスなのか、エストがいないときはお互いの首を攻撃し合っているらしい。
それを止めているせいなのか、ハグリッドの顔や腕には最近生傷が絶えないようだ。
「その人っていつ来るの? 二か月後とかだったらクラーナの言う通りにこの部屋ごと私たち食べられちゃうんじゃない?」
トンクスがルーンスプールを見上げながら言う。
「スタージスがふくろう便を送ったら、二週間後に準備して来てくれるって、返ってきたって言ってたの」
「アン、カド、イグ、ごめんなあ、俺が面倒を見切れないばっかりに……」
ハグリッドはルーンスプールの方を見て涙目になっているが、ルーンスプールの方はプシュー、プシューと言って威嚇しているようだ。
そもそもこの蛇はエスト以外に全く懐くそぶりがなかったとオスカーは思う。
「ハグリッド、仕方ないよ、ルーンスプールにとってはイギリスは寒すぎるし、なんか書物よりも凄い速さでおっきくなっているからね」
チャーリーがハグリッドを励まそうとしている。確かにチャーリーの言う通り、幻の動物とその生息地に乗っていた大きさよりもはるかにルーンスプールは大きくなりつつあった。
「チャーリーたちもありがとうな、こいつも多分、みんなのことを親だとおもっちょる」
エスト以外の四人はそれはないなと顔を見合した。現に今も威嚇されている。ハグリッドはヒックヒックと涙目のまま、小屋の外にルーンスプールのエサを取りにいった。
「まあルーンスプールはどうにかなりそうですね、そろそろ私たちは練習に向かいますか」
「ボス、了解です!!」
トンクスはそう言った途端、オスカーの顔を見ながら自分の鼻をつまんで顔を変えた。
するとそこにはオスカーそっくりの顔になったトンクスの姿があった。
「いつ見てもオスカーが二人いるのにはなれないの」
「当事者の俺はもっとなんか気持ち悪いな」
「トンクスの七変化はいつ見ても凄いな」
みんながその姿に口々に意見を言う。
トンクスがオスカーの顔でクスクス笑う。
「じゃあ先に出てクラーナとデートしてくるわ」
トンクスがクラーナの肩に腕を回す。
するとその腕をクラーナが振り払って叫ぶ。
「その顔でデートとか言うの止めてください!! さぶいぼが立ちますよ!!」
「じゃあオスカーはしばらくたってから来てね?」
「ちょっと、その腕を回すの止めてください!! しつこいですよ!!」
二人がまたギャアギャア言いながら外へ出ていった。
「やっぱり三人はずるいの、なんか三人とも楽しそうだし」
「仕方ないんじゃない? グリフィンドールの談話室じゃ、ファッジがオスカーを捕まえてやるとかなんとかずっと言ってるからね」
「まあルーンスプールをなだめれるのはエストだけだしな」
「それはそうだけど、なんか仲間外れな感じなの」
そう、ファッジが旗頭になってオスカーを捕まえようと最近、グリフィンドールの生徒は躍起になっている。
それを回避するためにトンクスが七変化でオスカーに化けて囮となっているのだった。
オスカーは内心、トンクスとクラーナの事が心配ではあったが、当の二人はファッジを困らせることが楽しくて仕方ないようだった。
「まあそろそろ行ってくる。ルーンスプールの方はよろしく」
そういってオスカーはハグリッドの小屋を出た。必要の部屋までの道中にはいくつか遠回りして行くことでグリフィンドールの生徒と出会うことはなかった。
途中、フィルチの飼っている猫、ミセスノリスにつけられて面倒ではあったが特にオスカーが規則破りをしているわけではないはずなので無視した。
必要の部屋に入るとまた二人がギャアギャアと言い合っている。
「だから、その顔でベタベタするの止めろって言ってるじゃないですか!! だいたいオスカーの顔になるのは途中まででいいという話だったでしょう!!」
「でもそれじゃあ面白くないでしょ? あの仕掛け階段に挟まったファッジの顔は傑作だったわね」
「ファッジの顔は最高でしたけど、貴方がオスカーの顔でファッジを仕掛け階段にはめたせいで多分、フィルチがオスカーをマークしてますよ」
「なんで? 校則を破ったわけじゃないでしょ?」
「あの後、切れたファッジが無茶苦茶に呪文を撃って肖像画が焼けてましたから、フィルチが飛んできてたんですよ」
「あ~、それでファッジが捕まって、フィルチにオスカーの名前がでるって言うことね」
オスカーは自分の顔が悪用されるということが恐ろしいことだと認識した。さっきのミセスノリスのマークは二人が話していることが原因だったのだろう。
「それでさっきミセスノリスに追っかけられたのか」
「あ、やっと来ましたね、ほらオスカーも来たんですからその顔止めてください」
「あちゃあ、完全にマークされてるみたいね、ごめんねオスカー」
そういってトンクスは鼻をつまんで今度はクラーナの顔になった。
しかめっ面のクラーナとニコニコ笑っているクラーナが並んでいるのは何とも言えない奇妙な感じだった。
「こいつほんとに懲りませんね、まあとりあえずこいつは放っておいて、無言呪文についてこれからはやりましょう」
「無言呪文? それってすごい難しいやつじゃない?」
「当然です、無言呪文は本来ホグワーツではふくろう、O. W. L.試験、つまり五年生の試験を突破した学生だけが履修する内容ですから」
クラーナの顔はいつもにもまして真剣だった。
「つまり、イモリ、N.E.W.T試験レベルだということです」
「そうとう習得するのは難しいってことなのか?」
「ええ、まあこれまで私たちが練習してきた呪文のいくつかはすでにO. W. L.試験を受ける五年生が習得する内容も含まれていましたから、それほど一気にレベルアップというわけじゃないですけどね」
しかし、クラーナの顔はなにやら難しそうである。
「問題は、これまでは二人に教えるなんてことを言ってましたけど、私もこの無言呪文はつかいこなせるわけじゃないんです」
クラーナは無言で杖を振ると、棚に置かれていた、かくれん防止器が浮かぶ。
「こういうふうに簡単な浮遊呪文なら、使えるんですけど、これまで練習してきた失神呪文とか炎や水を出現させるような呪文は難しいですね」
確かに、これまでは呪文とその言葉によって明確なイメージがあり、効果を生み出していたのだから、相当に無言呪文というものの習得が難しいことは予想できた。
「でもこの無言呪文って戦闘だと凄い有利になるってことよね?」
「ええ、トンクスにしてはまともな意見ですけど、無言呪文はとんでもないアドバンテージを得ることができます。なぜなら相手にはなんの呪文なのかわからないからです」
「呪文を防ごうにも、解除しようにも何の呪文かわからないとどうにもならないってことか」
「そうです、失神呪文にしろ、全身金縛り呪文にしろ、反対呪文がありますけどなんの呪文か分からないと対処のしようがないですから」
三人は無言呪文について学ぶ為、先に教科書の内容を読むことにした。これまでの呪文の練習とは違い、無言呪文が何でどうやって使えるようなるのか理解しないと使えない気がしたからだ。
三人でしばらく六年生の教科書とにらめっこしていると、トンクスが飽きたのかクラーナの顔でおしゃべりを始める。
「というか無言呪文まで覚えないとエストには勝てないの? 結構この二か月くらいで色んな呪文を覚えたし、正直私たちのレベルって一年生じゃあ抜けてると思わない?」
「なぜ私の顔でいる必要性があるのかはわかりませんが、確かに私たちのレベルは一年生にしては抜けていると言えるでしょう」
トンクスはクラーナの顔でほらやっぱりと言わんばかりの顔をする。
「じゃあやっぱり、エストのいないところでオスカーと練習したいだけじゃない?」
「またそれですか!! 違うって言ってるじゃないですか!! エストは確かに一年生ですけどとんでもない杖使いです。変身術や呪文学でのあの子の実力は貴方もよく知っているでしょう?」
オスカーとトンクスの脳裏に授業中のエストの様子が浮かぶ。確かにマクゴナガル先生やフリットウィック先生がエストに点数を与えない授業というのは珍しいと言っていいだろう。
それほど彼女の魔法に対する才能はずば抜けていた。
「普通、一年生どころかN.E.W.Tレベルになるまで、出現呪文を使って決闘をするなんてことは難しいんです。大多数の死喰い人でさえ変身術や出現呪文を使って戦闘する人間はいないと聞きました。なぜか分かりますか?」
「戦闘中に集中しないといけないからか?」
「そうですよオスカー、戦闘中には呪文に集中せず、相手の動きに集中してできるだけ最低限の呪文で相手をやっつけることが理想なんです。そのためのタイムラグがない無言呪文です」
前回、必要の部屋で決闘をした際にエストがいくつもの剣を呼び出して操っていたことを思いだす。
そもそも一年生の変身術では多くの人間はマッチ棒を針に変えるのがやっとであるし、出現させるというのは非常に難しい芸当であることが予想できた。
「エストはその変身術を使った決闘ができるの?」
「ええ、前回の決闘では複数の剣を呼び出して、肥大呪文で巨大化させてからそれを操って、オスカーをみじん切りにしようとしてましたから」
トンクスがヒューと口笛を鳴らす。
「あほのトンクスは放っておいて話を続けますけど、エストは多分それらを決闘中に苦も無くできる実力の持ち主です。確実に勝つためには無言呪文で速攻畳みかけることが重要でしょう」
「それか俺が変身術を覚えるってことか?」
「それも手ではありますけど、私もトンクスも貴方もマッチ棒を針に変えるのがやっとじゃないですか?」
「確かにな」
オスカーはエストに教えて貰ってマッチ棒を針に変えるのがやっとだった。あの巨大な剣や盾を柔らかいスポンジに変えるなんて芸当はできそうにない。
クラーナのマッドアイ仕込みの戦闘術を覚える方がよっぽどエストに勝つためには近道だと思えたのだ。
「でも、エストってその変身術を使った決闘の仕方って誰に教えてもらったんだろ?」
「確かに、エストは図書館に籠ってたし、それ以外の時も寮にも帰らずにどこかで練習してたみたいだったな」
「それは私も疑問でした。一人ではあんな短時間で戦闘方法を確立できるとは思えないです、私がエストに頼まれたのはオスカーとの決闘のお膳立てだけでしたから」
三人でしばらく考えていると、トンクスが思いついたという顔をクラーナの顔でする。
「スタージス・ポドモア先生じゃない?」
本物のクラーナがなるほどという顔をする。
「確かにあの口を開けばエストに点数を与える先生ならあり得ますね」
闇の魔術に対する防衛術ではそれこそ、本当にエストが口を開くたびにポドモア先生は点数をあたえていた。
「マクゴナガル先生やフリットウィック先生が決闘の仕方を教えるとは思えないしな」
厳格なマクゴナガル先生が決闘の仕方を教えるとはとてもじゃないがオスカーには想像できない。
「なら私たちもポドモア先生に無言呪文を教えて貰えばいいんじゃない?」
「ポドモア先生にですか? けどどうやって説得するつもりなんですか?」
またあほなことを言い出したとばかりにクラーナはトンクスを見る。
「だって、変身術を使った決闘法を一年生の生徒に教えるなんて、他の先生に伝えたら困ったことになるんじゃない?」
「なるほど、闇の魔術に対する防衛術の先生を脅すということですか」
「そういうこと」
トンクスとクラーナは同じ顔をして、ニヤリと笑った。
オスカーは二人の方が自分よりよほど闇の魔法使いに近いなと思った。
※ニュート・スキャマンダー
幻の動物とその生息地の著者。
ファンタスティック・ビーストの主人公。