ホグワーツに戻って一週目の授業が始まった。去年からオスカーも五年生の授業はスケジュールがきつくなると聞いていたが、それは本当だった。
どの教科も授業数が単純に多くなり、宿題を沢山出す上に先生方の力の入れようが違うのだ。それにプラスして一週目の授業にはこれまでに無い異物が存在していた。
「本日の授業を始める前に……」
セブルス・スネイプは授業の開始前にマントを翻して言った。オスカーは思わず低学年の頃のクラーナを思い出して隣を見た。オスカーの努力にも関わらず、チャーリーを隣にできずにエストとクラーナに挟まれてしまっていたので、すぐにクラーナは視線に気づいた。
「オスカーどうしました?」
「何でもない」
オスカーは本当に耳元で喋るのをみんなにやめて貰いたかった。スネイプがじろりとこっちを見たのが分かったが、憂いの篩での一件から、スネイプはレアとオスカーにできるだけ関わるのを避けているようで、今回も無視を決め込んでいた。これが他のスリザリン生にグリフィンドール生が絡んでいるのなら早速減点したに違い無かった。
「来る六月、諸君は非常に重要な試験に臨む。ここにいる全員が魔法薬学についてどれほど学んだかが試される。このクラスには何人か愚鈍な者とそうでない者がいる。しかし、我輩の教えを受けている以上、愚鈍な者でもせめてもの我輩への慰めとしてO・W・L試験合格すれすれである、『可』を期待する。さもなくば我輩は諸君らの脳みそが本当に存在するのか、数種の魔法薬を使って調べねばならないだろう」
チャーリーはもうテーブルに突っ伏して寝かかっていた。もうグリフィンドールはクィディッチの練習を始めたらしかった。五年生になったことで、前の代のキャプテンが卒業して、エストとチャーリーはスリザリンとグリフィンドールのキャプテンになっていた。
「そして、我輩は六年生以降、NEWT課程の魔法薬学の授業を受ける学生に条件を設けている。O・W・L試験で最も優秀な成績を残した者以外には受講を許さぬ。確実にこのクラスの何人かとはお別れになるであろう。喜ばしい限りだが」
クラーナはちょっと背筋を伸ばした。オスカーも魔法薬学でもちゃんとした成績を残せなければ闇祓いや癒者にはなれないことを思い出した。一方でエストは授業が始まってから相変わらず、スネイプの脅しに意味を感じていないのか、自分の教科書に自分しか読めない字やイラストで書き込みをしていた。
「気付いたと思うが、本日は客人が来ている」
「皆さんもスネイプ先生もわたくしの事は空気だと思っていただいてかまいませんわ」
アンブリッジの甘ったるい声が響いた、まるで作っているかのような声だ。オスカーはやっぱり隣のクラーナがああいう格好でこういう喋り方なら、あの奇妙で違和感しかない恰好や声のアンバランスさが無くなるはずだと確信した。
「では、本日の授業内容を説明する。O・W・L試験に頻出している魔法薬、『安らぎの水薬』。効能は僅かな服用で不安を鎮め、動揺を和らげることだ。この魔法薬の留意点を知っている者は?」
相変わらず、オスカーの両サイドで手がすっと上がった。オスカーも答えは分かってはいたが、手はあげるつもりが無かった。四年間もスネイプに無視されているのに、良くクラーナは上げ続けているとオスカーは思っていた。
「では、ミス・プルウェット」
「安らぎの水薬の効用が強すぎる場合、服用した人間は深い睡眠状態になり、その状態を治療することが出来なかった症例があるため、効用の強度と服用量に注意が必要です」
「よろしい。スリザリンに五点。以上の注意事項から調合には細心の注意が必要だ」
答えた後はまたエストは魔法薬学の教科書に何か書き込みをしていた。オスカーがよく見ると教科書は五年生用のモノでは無く、六年生以降で使用する本だった。
「成分と調合法は黒板に、材料は薬棚にある。制限時間は一時間半だ。始めたまえ」
スネイプの号令と一緒に学生はみんな自分の席を立って、薬棚に向かったり、大鍋の準備をし始めた。オスカーとクラーナがクラスで一番最初に薬棚を開けたところで、何個かの材料が二人の前を飛びだしていった。エストのテーブルに材料が着地する。相変わらず魔法薬学の教科書に書き込みをしていて、材料の方は余り見ていなかった。二人は爆睡しているチャーリーの分の材料を余計に取りながら、顔を見合わせて少し笑った。
「例の商品づくりですかね? エストはクィディッチもあるのにご苦労なことです」
「結構本気でやってるみたいだからな」
「まあスネイプも結果を出すなら文句言わないタイプですし、エストとは結構相性いいですよね」
確かにそういう意味ではエストはスネイプと相性がいいかもしれなかった。授業中の最低限のレベルではエストは周りに合わすし、魔法薬を作成するセンスも飛びぬけていたからだ。スネイプが教科書に無い微妙な改善や、応用的な内容を話すときに最初に理解しているのがエストなのは間違い無いのだ。
「けどアンブリッジ先生は何でいるんですかね? 何か他のほとんどの授業にも顔を出しているらしいですけど」
「何見てるんだろうな? 授業の質とかか?」
「それならトレローニーとケトルバーン先生は怪しいところですね」
席に戻るとエストはすでに材料の加工をほとんど終えていて、すでに大鍋に火がかけられてグツグツと煮立ち始めていた。チャーリーは二人が戻る直前にスネイプからビンタを食らって目を覚ましていた。
「チャーリーおはよう」
「おはよう。オスカー、ああ材料ありがとう。それで何入れればいいんだっけ? クラーナ?」
「とっととその月長石を粉々にしてください。ああ、ついでに私とオスカーの分もお願いします」
「わかったよ」
チャーリーが寝ぼけまなこで思いっきりすりこぎ棒を月長石に叩きつけたせいで、破片がエストの方へ飛んでいった。しかし、エストの大鍋を自動でかき混ぜていた棒がそれを跳ね返して、後ろの方でレシピを読みながらうんうん悩んでいたスリザリンのバーナビーと言う同級生の眉間に命中した。バーナビーは音を立てて倒れてしまった。
「何やってるんですか」
「え? どこ飛んでいったかな?」
「バーナビーに命中した。スネイプ先生が見に行っているな」
スネイプはため息をつきながらバーナビーの方を見に行って、二、三度、エネルベートをかけたが倒れたままだった。バーナビーは学年でも屈指のタフな学生のはずなのに、彼が一撃でノックアウトされたとなるとよほど強烈な一撃だったらしい。
「少しの間席をあける。我輩が戻ってくる前に半分以上の工程を終了するように」
バーナビーを杖で浮遊させてスネイプはそのまま出ていった。医務室に連れて行ったのだ。こんなに周りが騒がしいのに、エストは一人でどんどん薬を作っていた。すでにかなり後の方の工程までやっていることがほとんど透明になっている薬でわかる。
「チャーリー、バーナビーに後で謝れよ」
「分かったよ。でも、流石にエストのかき混ぜ棒がビーターのこん棒になるなんてわからなかったんだ」
「エスト、教科書だと三回回すとしばらく回すのをやめるって書いてあるのに、三回混ぜるたびに一回逆回しにしてましたよね? なんでですか?」
クラーナが自分の工程をやりながらエストに聞いた。エストは大鍋から目を離さないまま答えた。
「なんでって、前にスネイプ先生が作ってた時は逆回しにしてたでしょ? あれは多分、一回戻すと薬の中の流れが変わるからなの。止めるよりも戻す方が大鍋の中の流れが滅茶苦茶になって、粉にバイアン草のエキスが当たる確率が上がるでしょ」
「じゃあなんで教科書は三回回して毎回止めるって書いてあるんですか? 一気に反応させるならおかしいじゃないですか」
エストは少しめんどくさそうに杖で自分の大鍋にかかっている火を指した。
「何ですか? 大鍋ですか?」
「火か?」
「そうなの」
オスカーはちょっと考えた。エストが大鍋をどうして指すのかだ。何か大鍋に教科書で使っているレシピと違うところがあるのだろうかとオスカーは最初に考えた。今使っている大鍋に関する一番古い記憶、ダイアゴン横丁で大鍋を買った時をオスカーは思い出した。
『坊ちゃんはホグワーツかい? なら大鍋は錫だね、昔は本当にいい鍋以外は悪い鉄を使ってたけど、今の時代に魔法薬を学ぶなら錫だよ』
当時のオスカーは随分と家から出ることが出来なかったので、ダイアゴン横丁に行ったのは久しぶりだったし、キングズリー以外の人と喋ったのも久しぶりだったので、その時ダイアゴン横丁で喋った色んな人をオスカーは良く覚えていた。
「教科書で使ってる鍋と俺たちの鍋って違うのか?」
「ホグワーツ指定の鍋は錫製ですよね」
「この教科書のほとんどレシピは鉄のお鍋で作ってるんだってスネイプ先生が言ってたの」
「なんかハッフルパフのお金持ちの一年生が凄い高い大鍋持ってるって聞いたよ。僕のはパパのお古なんだけどね」
オスカーはよくそんなことをスネイプに聞いたと思った。聞く時に一体何を考えてエストが聞いたのかもわからなかった。それにスネイプは本当にできると思った上で、スリザリンのお気に入りの生徒にしか魔法薬の技を教えようとはしなかった。エストは十分それに入っているようで、エストが聞くとスネイプは教えるのだ。オスカーにも答えてくれるがエストと比べると反応はちょっと微妙だったし、クラーナやトンクスのようなスリザリン生以外は論外のようだった。
「熱さが違うのか?」
「熱さって、大鍋の中の温度が変わるってことですか?」
「熱さが違うと色々変わるでしょ?」
チャーリーは自分の魔法薬と格闘し始めて、三人の会話に関わる余裕が無くなった様だった。クラーナはエストが言った事を書き留めていた。教科書には逆回りのところが二重線で消されていて、しばらく回すのをやめると書かれている。エストの方はどんどん先まで迷いなく魔法薬を作っていた。
「色々ってなんですか?」
「バイアン草と月長石は大鍋の上と底の方に最初はあるはずなの。逆回りにすると混ざり合って一気に反応するはずでしょ」
「錫だと温度が低すぎるのか?」
「鉄と錫だといい鉄の方が速く温かくなるの。それに魔法の火の強さは教科書と同じでしょ?」
つまり、エストはこういいたいらしかった。魔法薬の教科書は鉄の鍋でレシピを作っている。鉄の鍋はオスカー達が使っている鍋より早く温度が上がる。レシピと火の強さは同じ。つまり、レシピよりゆっくりオスカー達の鍋の温度は上がるはずなのだ。
「じゃあ、あれなんですか。温度が関係するようなレシピは全部反応が早くなるような動作をした方がいい魔法薬ができるんですか?」
「それはどんな魔法薬なのかと、どんな材料を使っているかによるでしょ? 魔法薬の材料が温度に関係しない反応をする材料なら意味ないし、低い温度で反応させたい材料なら逆でしょ? 今回のは月長石とバイアン草がお互いに反応するような温度と速度、反応面積にしてあげないといけないからそうしたの。月長石は温度が高くないとお話を聞いてくれないの。人間はそんなことないけど、魔法薬の材料はその材料が分かる喋り方をしないと理解してもらえないの」
エストがそんな話をするのはなんとも皮肉な気がオスカーはした。最初の方のそんなこと分かってるでしょ? とでも言いたげな会話は、オスカーとクラーナはもう慣れていても、他の人には中々通用しないだろうからだ。
「クラーナ、バイアン草が無くなっちゃったんだけど……」
「そんなに少なかったですかチャーリー? 一応教科書の材料分持ってきたはずなんですけど。オスカー余ってます?」
「少し余分に持ってきたから余ってるけど、一杯入れたら月長石も一杯いれないといけなくなるぞ。ほんとに必要量に足りてないのか?」
「色を見れば分かるの。ブルーの濃さで分かるからチャーリーのはもう十分のはずだよ」
ほとんどチャーリーの大鍋を見ずにエストが言った。確かに大鍋はきれいなブルーになっていて、さっきのオスカーとクラーナの大鍋の状態と同じ色だった。エストの大鍋はもうすでに最後の周期的なかき混ぜの工程が残っているだけのようで、杖で操っているかき混ぜ棒が自動でかき混ぜていて、エストはまた教科書の書き込みに戻っていた。
「ありがとうエスト。それとクラーナ、僕の教科書なんかこのページが染みで見えないから見せてくれないかな」
「ちょっと待ってください。次の工程が終わったら見せますから」
オスカーは自分の魔法薬が少しの時間待つという工程に入ったので、教室を見回してみた。するとアンブリッジが生徒たちに質問をして回っているようで、ときどき質問をされた生徒たちがオスカー達のテーブルの方を指すのがオスカーは気になった。
「オスカーはあのジェイって人と知り合いなんだよね?」
「そうだけどそんなにあいつのこと知ってるわけじゃないぞ」
やっぱり顔を上げずにエストがオスカーに聞いた。今度は自分の羊皮紙にイメージの様なモノを何回か書いては杖で消してを繰り返していた。
「そうなの? うーん、スネイプ先生の研究室にしかないような材料ってあの人は調達できるのかな?」
「できると思うけどな。A級の禁止品とかだと難しいだろうけど。エスト、アンブリッジ先生が近づいてるから、ちょっと作業に戻る」
「そうなんだ。分かったの」
マフリアートを唱えているわけでは無かったので、喋る内容には気を配る必要があった。オスカーは魔法薬の作製工程に戻って再度魔法薬を作り始めた。エストの魔法薬はほぼ完成していて、オスカーとクラーナの魔法薬も一番最後の工程に差し掛かったところだった。チャーリーもクラーナのアドバイスを聞きつつ、他の生徒のテーブルより進んでいるようだった。
アンブリッジが作り物の様な笑顔を張り付けてオスカー達のテーブルにやってきた。何となく、オスカーはミュリエルおばさんやリータ・スキータと同じくらい、この先生には気を付けた方がいいかもしれないと思っていた。
「あら、素晴らしいわ。このテーブルは他のテーブルよりずっと進んでいるようね。お名前を聞かしてもらえるかしら?」
にっこりしながらアンブリッジが聞いた。エストは明らかにアンブリッジを視界にも耳にも入れていないことがオスカーには分かった。なぜなら完全に無視して、薬棚から呼び寄せ呪文でくすねたであろう二角獣の角のスケッチを始めたからだ。
「チャールズ・ウィーズリーです」
「あら、お父さまをわたくしは良く知ってますよ。あなたのお父さまはお顔が広い」
それはまあそうだろうとオスカーは思ったが、アンブリッジがチャーリーの父親に対してどんな感情を抱いているのかは、オスカーには読み取れなかった。
「クラーナ・ムーディです」
「オスカー・ドロホフ」
「偉大な叔父さまもお姉さまもわたくしは知っていますわ。ミスター・ドロホフもわたくしは一度魔法省で会った事がありますからね。当時のあなたは小さかったですから覚えていないかもしれませんが」
あったことがある? それを聞いて、オスカーは裁判や取り調べや、保護観察の時の面談のメンバーにでもいたのだろうと思った。沢山の魔法使いが並んでいたし、オスカーはその時に喋りかけてきた一部の魔法使い、バーティ・クラウチ、ルーファス・スクリムジョール、アメリア・ボーンズくらいしか覚えていなかったのだ。
「一番右のあなたは何というお名前かしら?」
しかし、一度聞かれてもエストは答えなかったので、オスカーはエストの肘を少しつっついた。
「エストレヤ・プルウェット」
今度は羊皮紙から目線を一切上げずにエストは答えた。二角獣の角に加えて、色んな材料のスケッチとよく分からない数字が羊皮紙には書かれていて、エストは羊皮紙や頭の中のイメージから集中を外したくないと考えているに違いなかった。
「あなたの魔法薬は素晴らしい出来ね。一番早く終わっていますし、内容も完璧に見えます。いつもこうなのかしら?」
「エストはいつも一番ですよ」
エストが答えないのでクラーナが代わりに応えていた。クラーナの魔法薬ももうすぐ出来上がりそうだし、少なくとも教科書に書いてある出来た場合の特徴、軽い銀色の湯気がたちこめていた。エストの魔法薬の方がより澄んだ色の液体で、湯気の銀色もより金属的な光沢を含んではいたが、クラーナの魔法薬でもスリザリン贔屓さえなければ、スネイプは多分O優をつけるのではないかとオスカーは思った。
「ミス・ムーディ、あなたの魔法薬も十分に素晴らしいわ。ふくろう試験の試験時間はいまよりずっと長いのをご存知かしら? 少なくともこの時間でこの出来の魔法薬を作れるのなら、最高の評価を貰えるはずですよ。わたくしの時と試験の基準が変わっていなければですけどね」
「そうなんですか……」
いまいちアンブリッジが一体何の目的で喋りにきているのか、オスカーには分からなかった。それにさっきは他の生徒たちにも何か質問をしていて、彼らはオスカー達のテーブルを指していたはずなのだ。
「さっきもスネイプ先生の質問に答えようとしていたでしょう? あなたもミス・プルウェットと同じ回答をできる自信はありましたか?」
「ありますけど。スネイプ先生はグリフィンドール生をあてないですから」
エヘン、エヘンと一度咳払いをしてからアンブリッジはまたニコリというより、ニヤリと言った方が近そうな笑みを張り付けて喋り始めた。
「おやまあ、ミス・ムーディ、わたくしだから良かったですけど他の先生の前でそんな事を言ってはいけませんよ。でも答える自信はあったと言うことね。それは素晴らしいことですよ」
「はあ…… ありがとうございます」
他の生徒たちに質問していたよりも、明らかに長い時間このテーブルにアンブリッジはいるとオスカーは考えた。もしかすれば最初からアンブリッジの目的はこのテーブルだったのかもしれなかった。
「あなたたちはスリザリンとグリフィンドールの監督生。そして一番前のテーブルで授業を受けていて意欲もある。なにより違う寮同士で垣根無く勉学に励めていることは素晴らしいですよ」
「アンブリッジ先生はなんのために色んな授業を回っていますか?」
ちょっと褒められすぎてオスカーは気持ち悪くなってきたが、エストの声がオスカーの意識を呼び覚ました。さっきまで羊皮紙にかかりっきりだったエストが真っすぐにアンブリッジの目を見つめていた。
「おや、ミス・プルウェット、内職は終わったようですね? わたくし以外の先生の前でそういう事をするのはあまり賢明とは言えない……」
「ドローレス・ジェーン・アンブリッジ教諭は何を目的にホグワーツの全ての学年の全ての授業を視察していますか?」
今度はアンブリッジが言い切る前にエストが自分で手を挙げて、裁判中の質問のように形式ばった言い方で質問した。アンブリッジの眉が一瞬ぴくっと動いたが、張り付けたような笑みは消えなかった。
「ミス・プルウェット、最初の挨拶で先生方と皆さんに申し上げたように、魔法省は皆さんが垣根無く学ぶことを望んでいる……」
「アンブリッジ先生は今はホグワーツの所属ではありませんか? 魔法省にいる週は違うと思いますが。それに去年のスクリムジョール先生は、ホグワーツにいるときはホグワーツの先生として教えていたと記憶していますが、アンブリッジ先生は違うのですか?」
これはちょっと不味いかもしれないとオスカーは思って隣のクラーナと目を見合わせた。チャーリーは魔法薬が上手く作成できて楽しくなっているのか、こっちの会話をほとんど聞いていなかった。そもそもオスカーはエストがどうも去年より攻撃的かもしれないと感じていた。
「もちろんそんなことはありませんよ。ですが、ホグワーツの教諭は魔法省が出した教育令や指導要領に従わないといけません。わたくしは一年しかいませんし、外から来たばかりだからずっと務められていた先生方と違う目線で、改善点や授業のこれまで見えなかった長所を発見できると思っています。その方がより理想の教育に近づくことができ、皆さんの学校生活も良くなるでしょう?」
「その教育令や指導要領を決める……」
「アンブリッジ先生、エスト、スネイプ先生が戻って来たみたいです」
「あら、ミス・プルウェットごめんなさいね。また他の授業か闇の魔術に対する防衛術でお会いしましょう」
スネイプ先生が帰ってくると、アンブリッジはそそくさと自分がもと座っていた後ろの椅子にもどってあの張り付けたような笑みを浮かべた。
「我輩が出ていく前は工程の半分は終わらせておけと言った。しかし、医務室で少し雑務が発生したため戻るのが遅くなった。すでに授業時間は終わりに近い。全員あと五分で作成した魔法薬を提出するように。すでにふくろう試験ならば試験時間は終了している。今回諸君らが提出した安らぎの水薬はふくろう試験と同じレベルで採点する。次回の授業でA・可に満たない結果を告げられた者は並々ならぬ努力が必要になるであろう」
生徒たちは大急ぎでおのおの試験管に魔法薬を入れて提出する準備をしていた。エストの表情はいたって普通に見えたが、やっぱり今年に入ってから攻撃的になっているのかもしれないとオスカーは思った。ダンブルドア先生、嘆きのマートル、アンブリッジは明確に喧嘩を吹っかけてきたので違うかもしれなかったが、それでも去年までならあそこまで直接的な手段に出ただろうかとオスカーは考えた。
「エスト、あんまり喧嘩を売らない方がいいタイプの先生ですよ。あのアンブリッジって先生」
「どうして?」
「やっぱり喧嘩売ってたのか」
オスカーがそう言うとエストが少し頬を膨らませてオスカーの方を向いた。
「別にそんなには売ってないの」
「マクゴナガル先生ならちゃんと成績を出せば認めてくれるかもしれないですけど、あの先生はそういうタイプじゃないでしょう。なんて言うか、お役所仕事が得意なタイプですよ。決められた事をこなすのが得意なタイプです。喋りかたもそんな感じですし……」
「ここはホグワーツ。魔法省ではないの」
「あんまりいい噂を聞く人じゃないよね。去年も今年もディゴリーさんとパパが暖炉で悪口を言ってたしね。人使いが荒いし、特に狼人間とか半巨人みたいなのが凄い嫌いなんだって。去年はなんか狼人間の収入源を断とうって言って、狼人間が就きやすい仕事を規制して仕事そのものを無くしたり、規制品の枠を広げて、狼人間が取引してる物品を片っ端から没収したらしいよ」
狼人間、半巨人ときて、半人間がアンブリッジは嫌いなのだろうかとオスカーは思った。あの聖マンゴで会ったおじいさんの話で出てきたように、半分マグルなのが嫌だったのだろうか? トム・リドルのように。オスカーは考えては見たが、狼人間のほとんどがノクターン横丁で襲い掛かって来たような輩ばかりだと言うのも知っていた。少なくとも、アンブリッジは何か明確に悪いことをしているわけではないのだ。
「闇の魔術に対する防衛術以外の時間でいちいち喧嘩してたら、闇の魔術に対する防衛術の時間に喧嘩したらどうするんですか? ヒキガエルに変身させるんですか?」
「リボンのついたヒキガエルは嫌なの」
「餌としては良さそうだよね。ドラゴンもあれだけ太ったヒキガエルなら喜んで食べるよ」
チャーリーがオスカーの方に目くばせした。今日の午後の二限目からは、五年生は全員闇の魔術に対する防衛術の授業をするらしかったので、二人はこの後の空いている時間を使ってドラゴンの卵を移動させるつもりだった。エストはクィディッチの選手を選定するために前のチームメイトと話す時間を作っていたし、クラーナは何かトンクスと一緒にレアと話にいくらしく、ちょうどよかったのだ。
「じゃあまあ、昼めしか闇の魔術に対する防衛術で全員会うだろ」
「そうだね。一学年全員集合って何をするつもりなんだろうね?」
「どうやって授業するんですかね、多ければ多いほど全員の面倒を見るのは難しくなりますから」
みんなが口々に午後の闇の魔術に対する防衛術の授業について喋っているのに、エストは口を出さなかった。
グリフィンドールの二人と別れた後、オスカーとエストの二人は一旦寮に戻ってから外出するつもりだった。談話室で別れるときにエストがボソッとオスカーに喋った。
「多分、授業を全員でやるのは一回だけなんじゃないかな。あの先生は寮ごとに授業するのを取っ払いたいのかもしれないの」
「え?」
「あくまで予想なの。垣根、垣根ってうるさかったからそうかなって。もし当たってたら、二人でどこかホグズミードに行かない?」
「まあいいけど…… 別にそんな賭けにしなくてもいつもそんな感じだろ」
「理由をつけないと色々言われるもん。じゃあまた後でね、オスカー」
「分かった」
寮ごとの授業を無くす? オスカーにはそんな授業は想像できなかった。オスカーはエストが言った内容を思い出しながら、自分の部屋からトランクに目くらまし呪文を唱えた上で持ち出した。
オスカーは迷わずに五階に近づいた時点で、自分にも目くらまし呪文をかけた。それに忍びの地図はオスカーのポケットの中で、ただの羊皮紙のまま眠っていた。チャーリーにも同じように途中から目くらまし呪文をかけろと言っていたので、これで他の生徒や先生にフィルチ、そしてエストやクラーナの目も誤魔化せるはずだった。
五階の大鏡の裏につくとチャーリーが椅子に座って待っていた。レアとの練習に使っていた椅子はまだそのまま残っていて、バタービールのビンも置きっぱなしで、中には空いていないビンもあった。人の手は去年から入ってはいなさそうなのが、埃のたまり具合やバタービールのビンの様子から分かる。
「オスカー、確かにここ広いね。他に誰が知ってるんだい?」
「エストとレアだな、他の生徒が知ってるかは分からないけど。ただ、鏡の裏だと分かりにくいけど偶然入るかもしれないからな。ちょっと対策がいると思ってる」
「対策?」
「まずはチャーリー、通路が狭くなるところまで、変身術で補強しようと思うから、手伝ってくれ」
「分かったよ。なんかこういうことしてると、昔、ビルやパースと一緒に作ってた秘密基地を思い出すよ」
オスカーもまさにその通りだと思った。オスカーも家の敷地の森に作った、小さい小屋を思い出していたからだ。二人は最初に土をくりぬいただけの通路を補強して回った。土壁を規則だった並びのレンガに変身させていった。オスカーとチャーリーが半分ずつ変身させたせいで、秘密の通路は赤と緑のレンガが半分半分のカラーリングになった。
「一応天井が落ちてくると不味いから、柱も建てとこうと思うんだけど、どうだ?」
「オスカーに任せるよ。僕は見本が無いと、うちの家みたいに曲がりくねった柱を作っちゃうからね」
「分かった」
オスカーは地面を掘りぬいて、土の山をいくつか作ってそれを柱に変身させた。オスカーの一番見慣れているデザイン、ドロホフ邸の無駄に豪奢な柱が四本立った。それに床も柱もやっぱり一番見慣れている大理石でコーティングされていた。
「ほらね? オスカーがやった方が秘密基地感がでるよ。それもだいぶ資金に余裕がありそうな秘密結社じゃないかな」
「見た目だけはな」
「入り口はどうするんだい?」
「崩れた様に見せようと思う。元々崩れかかってたし、エスト達が見ても入らない様にするならそれが一番効果的だろ。忍びの地図は元から書いてある変化にしか対応できないからな。崩れても地図の上だと分からない」
「オスカーのそういうとこはスリザリンっぽいよね」
「そうか?」
聖マンゴ病院のような幻を作っても、エストやクラーナ、マクゴナガル先生辺りには一発で見破られるとオスカーは思っていた。しかし、オスカーにはヒントがあった。エストの鍵と去年ジェマが使っていたナイフだ。あの二つは物理的に動く様に作られているのだ。
つまり、魔法使いや魔女は魔法を見破ることはできても、物理的な何かを見破るのは割と下手なのだ。だから物理的な壁を作って、それで崩れた様に見せればいいとオスカーは考えていた。
「チャーリー、さっき掘った土をホグワーツの外に繋がってる方に運んでくれないか? 表は俺がやっとくから」
「分かったよ」
また掘り出した土を移動させて、オスカーは入り口で変身させた。蝶番の付いた開き戸だ。そして出口の側に大量に土をぶちまけて、その後に土の一部をレンガに変身させた。これでまるでホグワーツ城のレンガと土が崩れた様に見える。しかし、レンガは前の方はただのレンガだが、奥の方のレンガと土は扉と引っ付いていて、レンガごと押せば向こう側に行けるようにした。
チャーリーに土を運んでもらったホグワーツの外に繋がる方の通路にもオスカーは同じ仕掛けをつくった。
「あとはなんかあるか? 見つからないようにする仕掛けはしかけれるだけ仕掛けといた方がいいと思うんだが」
「あとは…… 明かりも欲しいけど。要はここに出入りするときがネックだと思うんだよね。入るときは目くらまし呪文を唱えて、周りに誰もいないのを見てから入ればいいけど。出るときはそうはいかないじゃないか?」
「たしかにそうだな……」
「ああ、あの鏡を両面鏡にすればいいんじゃないかな?」
「両面鏡って、劇の時に使ってたあれか?」
劇のトランクの中には大きな鏡が入っていて、その鏡はアドバイスをもらうためにヘルベルト・ビーリー先生のところに繋がっていたのだ。しかし、オスカーは流石にそんなマジック・アイテムをいきなり作れたりはしなかった。オスカーはエストでは無いのだ。
「そうだよ。向こうの鏡からは見えなくて、こっちの鏡からだけ見える様にできないかな? そうしたら安全な時間に出れる」
「いいアイデアだなそれ。あの鏡を上手い事使えるし、忍びの地図が無くても安全を確認できる」
オスカーは自分たちの城を造っているようで楽しかった。自分達で考えたアイデアを実装してくのが楽しかったし、何よりチャーリーと二人だと、二年生の時に無邪気に髪飾りを探していた時の様な空気感でいられるのがいいと思っていた。
「あと暖炉がいると思うんだよね。ああ、でもそれはトランクの中にあるからいいのかな?」
「ドラゴンの卵とか生まれたら火がいるかもしれないってことだよな。たしかにトランクの中の方がいいだろうな」
「そうだよね…… と言うか、トランクを守るような仕掛けが必要だよね。あと明かりも毎回ルーモスを唱えるのはめんどくさいし」
二人の秘密基地には色んなモノが必要だった。しかし、オスカーもチャーリーもなんだかんだ言って、行動力に加えて、技量や知識も同学年の生徒の平均以上はあった。それにトンクスがいるのなら、グリフィンドールとスリザリンの組み合わせは最悪だと言うに違い無かった。無駄に決断力がある上に、狡猾で手段を選ばなくなるからだ。
「灯りは前は廊下の燭台の複製を物まね呪文で作ってたんだが、よく考えたら長持ちしないし、大広間から消えないろうそくを燭台ごと何本か失敬した方が早そうだな」
「灯りはそれでいいとして、あとはトランクの隠し方だよね…… オスカーがさっきやってたみたいに、物理的な仕掛けと魔法の仕掛けを両方組み合わせた方がいいだろうね。あと、さっきの鏡の話と一緒だけど、僕らがトランクに入っている間も見つからない様にしないと」
「やること書き出すか」
オスカーは机の上に羊皮紙を広げて、これからやった方が良いことを書き出していった。チャーリーと二人でああだこうだと言っている間に、どんどん分けの分からないリストになっていった。
「やっぱりマグルが持ってる冷蔵庫みたいなのもいると思うんだよね。ほら、ドラゴンが食べる肉とかを保存しとかないといけないし。それにバタービールとかも冷やしておけるじゃないか」
「あとラジオが欲しいな。ホグワーツの寮だと置いておけないし、ここなら聞いててもばれないだろ?」
「いいねそれ。僕ん家だとママがずっとセレスティナワーベックばっかり流してるから他のも聞きたかったんだよね。そろそろクィディッチのリーグも始まるし」
クラーナがオスカーとチャーリーのやることリストを見たのなら、新居でもつくる予定なんですか? とでも聞いたに違いなかった。リストはどんどん増えていって、ソファー、冷蔵庫、ラジオ、箒の発着場、外が見える鏡、ベッド、暖炉、キッチン、ロッカーとどんどんドラゴンの卵を置くための場所とはかけ離れた必要物品ばかりになっていた。
「箒でここに入れるようにするには外側がどうなっているか見てから穴をあけないとだめだよね」
「チャーリー、それより授業までにトランクを隠す場所が必要だな。いま気付いたけど」
オスカーとチャーリーが気付くと、もう昼ごはんを食べている時間はなさそうで、早く隠し場所を作らないと闇の魔術に対する防衛術の授業にすら間に合わないかもしれなかった。
「とりあえず床に隠すか」
「そうだね。下の階に突き抜けないくらいなら大丈夫だと思うけど」
「ディフォディオ 掘れ」
大理石の床をオスカーは人六人分くらいぶち抜いて、変身術で成形したあとにまた大理石を張った。これで大理石張りの床下収納のようなモノができあがった。それに掘った土をまた変身させて蝶番のついた、大理石の蓋をつくりだした。これで一見床にしか見えない場所を跳ね扉の様に開くことができるようになった。
「一回卵の様子をみないか? まだまだ孵らないと思うけど」
「そうだな、それにここに入ったまま扉を閉められるかやってみた方がいいだろ」
チャーリーとオスカーは二人で床下収納に入ってからトランクの中の世界に入った。トランクの三つ目の鍵の世界で、卵はわらが敷き詰められた鳥の巣のような場所に置かれている。
トランクの中の世界は石造りの家の様になっていて、暖炉もあったし、たとえドラゴンが生まれて火が出たとしてもそうそう燃えないはずだった。
そして黒い卵は相変わらず特に動きもせず、そのままだった。
「一応ハグリッドに聞いて、何冊か本を借りてきたんだよね」
「ならここに置いといた方がいいだろうな。談話室で読むと、エストかクラーナが一発で気付くだろうし」
「それかタイトルだけ差し替えて読むようにするよ」
「あとでばれると滅茶苦茶怒られそうだな」
「多分、今の時点でも怒ると思うよ。仲間外れにしたって。昔、エストに黙って秘密基地を作ってたら死ぬほど怒ってたからね。パースなんかそれからひと月くらいエストにびびってて面白かったよ」
オスカーはなんだかんだ言って、みんなで何かをやるときにエストに黙って何かをやったことはほとんど無かった。一人でならあるかもしれなかったが、みんなでとなるとそんなことをしたことは無かったのだ。
「どのくらい一緒に遊んでたんだ?」
「エストと? 叔父さ…… 昔は週に二、三日は来てたよ。まあホグワーツに入ってからもあんまり変わらないけどね」
「チャーリーからするとそうなのか」
「まあね。ホグワーツに入ったらあんまり会わなくなるのかなって思ってたけど、むしろ昔より多くなってるかもね」
オスカーにはチャーリーがエストの話をする時に、時々叔父さんが…… と言いよどむことこそが、エストとオスカー自身が昔の小さいころの話や、家族の話を突っ込んでできない理由だと分かっていた。
「オスカーはほとんどエストとセットになってるけど、エスト抜きのオスカーと一緒でも楽しいけどね。いつもだとエストがいないのはスリザリンのいない授業かクィディッチの時だけだからね、それにクラーナもトンクスもいないから静かだし」
「それはあるな。いたらもう喧嘩してるだろ」
簡単にオスカーには二人がどうでもいいことで言い合いをしているのが想像できた。それなのにあの二人はもう四年も一緒にいて、割とどころか相当仲が良いはずだった。
「クィディッチ以外だと、だいたいの事はエストが杖を振るだけで解決しちゃうし、こうやってちょっと自分で考えるのもいいよね。それ以外でも、いつもの四人がいるとだいたい解決しちゃうから」
「まあバランスはとれてるよな。突飛な考え方も、積み上げた考え方も四人いるとできてるように見えるからな」
チャーリーがいったいエストや他の三人の事をどう考えているのか? オスカーは気になった。こんなことは去年までなら考えなかったかもしれなかった。
「とにかく今年は割とワクワクしてるんだよね。卵もあるし、正直、ママは僕が監督生になれないんじゃないかと思ってたと思うんだよ。だけど蓋を開けたら卵はあるし、箒もオスカーのおかげでお金が浮いたから買えたし、バッジは届いたし、ついでにクィディッチのバッジも貰ったしね。後は卵が孵って、グリフィンドールが優勝して、チャドリー・キャノンズが優勝して、ふくろう試験がどうにかなれば言うことなしさ」
「何回卵って言ったんだ。それとチャドリー・キャノンズは流石に無理だろ」
チャーリーは卵を何度か撫でながらそう言っていた。そうとう卵はチャーリーの中で大きいものらしかった。それに監督生になれたという事実もチャーリーの中では大きいことのようだった。オスカーにはいまいちその実感は無かったが、トンクスやクラーナ、それにチャーリーの反応を見ると、家族だけでなく、本人にとっても選ばれたという理由は大きいようだった。
「まあ確かにね。ただクィディッチは優勝できないとあんまり言い訳できないんだよね。これまではシーカーのせいで負けたとは言われなかったけど、僕がチームメイトを選んだってなって負けたら、やっぱりキャプテンが悪いわけだし」
「エストもそうなんだろうな」
「いつもは大人のふりしてるけど、クィディッチだと負けず嫌いだからね。昔は箒に乗った時だけ僕ら兄弟を叩きのめしてもいいと思ってたに違いないよ。ビルなんかマグルの家の屋根に叩き落とされたからね。ママにはエストが箒に乗ってるの内緒だったけど」
やっぱり直接エストの事をエストに聞いた方がいいのではないかとオスカーは思った。チャーリーが小さい頃の話やチャーリー自身の話をしてくれるように、エストとも話した方がいい気がオスカーはしたのだ。思えば、オスカーはクラーナやレアの事の方が詳しいかもしれなかった。いつも一緒にいるわけではないのにだ。
「ドラゴンの卵とエストで思い出したけど、実はあんまりエストは生き物は得意じゃないんだよ。なんか大事にしすぎるんだ。ルーンスプールの時もずっと世話してたけど、昔、はぐれたワタリガラスを鶏小屋で育ててた時は、飛べるようになっていきなりいなくなったから、滅茶苦茶泣いてたんだよね。誰にも何で泣いてるのか言わなかったけどね。あ、オスカー、僕が言ったって言うのはやめといてね」
「チャーリー、そろそろほんとに授業に間に合わない」
「え? 流石に最初の授業に遅れるのは不味いかな……」
急いでいろんな片づけをしながら、オスカーは卵の傍だとチャーリーが良く喋ると思った。卵でテンションが上がると喋りたくなるのか、なんなのか、とにかくダイアゴン横丁やノクターン横丁といい、チャーリーの口が軽くなっている気がした。それとも五年になって良く喋るようになり、距離が詰まっているのかもしれなかった。
二人は五階の大鏡の裏から大慌てで出て、途中のミセス・ノリスを蹴り飛ばしそうになりながら一階まで降りていった。
「大広間だったよね? お昼まだ残ってないかな?」
「流石に残ってないだろ。授業用に椅子と机を並べ直してると思うし」
ダッシュでチャーリーとオスカーが大広間に入ると、広間には五人席の机が並べられてて、すでに二人以外の生徒は全員座っているらしかった。生徒たちは五年生の全寮生がいるはずだったが、案の定それぞれの寮に別れて座っていて、ネクタイの色で赤・黄・青・緑に別れていた。
みんなペチャクチャお喋りをしていたが、遅れてきた二人に時々視線が行っていた。そしていつものメンバーは一番前の真ん中の席を占領していた。席の一番真ん中にクラーナが座っていて、その両サイドに二人が座っているせいで、オスカーはどっちかの隣に座らないといけなかった。どうみても三人はどちらかに詰める気が無さそうだった。
ただわざわざ今いる向こう側に回って座るのも変だったので、オスカーは諦めてトンクスの隣に座った。
「何してたのよ」
「秘密だ」
「へえ、流石二年生の時以外、万年学年二位のオスカーお坊ちゃまは闇の魔術に対する防衛術なんて余裕なのね」
「さっきのは嘘だ。チャーリーのニンバス自慢に捕まってた」
「あいつどうやってニンバスなんて買うお金集めたのかしら? 禁じられた森で珍しい薬草とか取って来て売ってるの?」
「俺に聞かれても知らないぞ」
「オスカー唯一の男友達じゃない。チャーリーからしたら親友と恋人はドラゴンと箒だけでしょうけど、オスカーからしたら大事な大事な男友達でしょ?」
「トンクスうるさいですよ」
さっきのチャーリーと同じくらいの勢いで喋るトンクスにクラーナの注意が飛んだ。オスカーはもう授業が始まると思っていたのだが、まだ先生は来ていないようだった。
「クラーナ先輩は闇の魔術に対する防衛術はガチなのね。初めてクラーナとこの授業受けるわけだけど、肩の力入りまくっているじゃない」
「トンクスみたいな後輩はいらないですよ」
「トンクスはクラーナと一緒に授業が受けれて嬉しいって言ってる。いま翻訳した」
多分それは本当だった。トンクスは全員で何かできるのが好きなのは確かだったからだ。
「何言ってるわけオスカーお坊ちゃま。というかクラーナの向こう側にはスリザリンとグリフィンドールのキャプテンがいるじゃない。クィディッチの賭けで談合があってもおかしくないわね」
「トンクスうるさいの。だいたい賭けがどうのって言うなら、トンクスも今年もクィディッチの選抜受けるんだろうから一緒でしょ?」
「受けないわよ今年は。箒も家に置いて来たもの」
「え?」
思わず、四人の視線がトンクスに集まった。こんどはトンクスの方が困惑してみんなを見回す番だった。
「何? ふくろう試験だから普通にクィディッチには出ないってだけじゃない。何かおかしいわけ?」
「トンクスはそういう性格じゃないでしょう。だいたいそれならフィルチやピンズに悪戯する労力を減らすべきでしょう」
「そうでしょ。おかしいの。こんなの流星群が降ってきてもおかしく無いかも」
「双子のドラゴンが生まれるんじゃないかな」
「マーリンの猿ま…… まあ、おかしくないってことにしとく」
みんなを見回したあと、トンクスは困ったのか最後に喋ったオスカーの方を睨んで来た。単純に組み伏し易そうな相手を選んだに違い無かった。
「だいたい……」
「トンクス、クレスウェル先生が来ましたよ」
ダンブルドア先生がいつも使っている演台にダーク・クレスウェルが立っていた。痩身の短髪でまだ二十代か三十台前半に見える賢そうな男で、色んな意味でもう片方の闇の魔術に対する防衛術の先生とは対照的だとオスカーは思った。
「ああ、みんなこんばんは。そろそろ授業を始めるから少し静かにして欲しい」
クレスウェルがそう言うと段々広間のざわめきは静かになり始めた。全員が静かになったのを確認してからクレスウェルは喋り始めた。
「多分、みんな今年のカリキュラムにはちょっと困惑しているだろう。だから先に今年どんな風に闇の魔術に対する防衛術の授業を進めていくのか説明する。ダンブルドア先生がおっしゃったように、理論を私が、実技をアンブリッジ先生が担当される。それぞれ一週間ずつ隔週で行われる」
淡々と事実を述べている。そんな印象をオスカーはクレスウェルの喋り方から受けた。感情が乗らないようにできるだけ事務的に喋っているように聞こえるのだ。
「ただ、他の学年もそうだが、特に五年生の理論はふくろう試験の筆記内容も勉強するが、去年のスクリムジョール先生からの引継ぎと、ダンブルドア先生からのご意見もあって、少し違う事を予定している」
ダンブルドア先生からの意見という事は、魔法省が考えただけでは無いという事なのかとオスカーは思った。
「それに今年の実技の時間は、これまでのホグワーツで行われたどの闇の魔術に対する防衛術の授業より実践的で質の高い授業になる。そのために時間が空くとダンブルドア先生との話し合いで結論づけた。本当のところは実技ばかりさせても仕方ないという事で、ダンブルドア先生とスラグホーン先生から私が呼び出されたわけなんだけれども」
「スラグホーンって前のスリザリンの寮監よね?」
「そうですね、スネイプの前任だったはずです」
オスカーはスラグホーン先生と言う名前より、むしろ実践的で質の高い実技と言う方が気になった。あのアンブリッジという先生がそんな授業をできるとは余り思えなかったからだ。去年のスクリムジョール先生は足を引きずっている様だったが、それでもアンブリッジの数倍の速さで動くだろうことは簡単にオスカーには想像できた。
「一応、学年ごとに追加で行う理論の内容は変えるわけだが、ふくろう試験を控えて、来年にはほとんどの学生が成人になる五年生向けの内容はしっかり決まっている。学習内容は…… そう、考え方だ」
「純血以外はアズカバンとか、魔法省には絶対服従とかかしら」
「ダンブルドア先生がわざわざ呼ぶ人がそんなこと言うわけないでしょう。それに主席候補だったらしい人なのに」
トンクスとクラーナがよく分からないボケとツッコミをしているのを見ると、オスカーは気が張らなくてこれはこれでいいのかもしれないと感じていた。
「じゃあ、ここにいるみんなはもう四年間闇の魔術に対する防衛術の授業を受けてきたわけだ。スタージス・ポドモア先生、アンドロメダ・トンクス先生、エルファイアス・ドージ先生、ルーファス・スクリムジョール先生、四人の先生に色んなことを教わったと思うが、闇の魔術に対する防衛術の、闇が何を指しているのか考えたことがある人はいるかな? じゃあ、分かる人は手をあげてくれ」
クレスウェル先生がそう言うと、結構な数の手が挙がった。オスカーの座っている席からも手が挙がっていたが、やっぱりこういう時に上がっている数が多いのはレイブンクローだった。スリザリンは薬草学くらいでしかレイブンクローと一緒にならないので、オスカーからすれば結構新鮮な光景だった。
「じゃあ、ミスター・ウィンガー」
「闇の魔法使い、魔女。例のあの人、死喰い人、グリンデルバルド、腐ったハーポ」
「やっぱり一番に出てくるのはそうだろう。他には誰か考えはあるかな?」
色黒のレイブンクロー生が落ち着いた声で発言していた。あれがクラーナの言っていた、タルボット・ウィンガーだとオスカーは確認した。まだ結構な数の手が挙がっていた。
「ミス・ヘイウッド」
「狼人間」
「なるほど、確かに狼人間への恐怖は魔法族なら誰でも持っている」
トンクスの羊皮紙を取り上げてオスカーに返信してくる女の子だ。まだ手は一杯上がっていて、相変わらずクラーナやエストも手を挙げていた。
「ミス・ムーディ」
「闇の魔法生物です。吸魂鬼、レシフォールド、巨人、狼人間、バジリスク、その他色々」
「まさに君たちが二年生と三年生で勉強した内容だ。魔法無しでは立ち向かう事のできない生き物たち。他にはあるかな?」
クラーナが一気に言ったせいか、手は一気に上がらなくなった。オスカーもレッドキャップや河童、グリンデローと言った危険な魔法生物を思い浮かべていたからみんなもそうだったのだろう。
「ヒントは…… そう、ピンズ先生の退屈な授業と私自身…… ミス・プルウェット」
「ゴブリン」
「その通り、私は小鬼連絡室に努めているが、一、二世紀前までなら、魔法族にとっての大きな敵と言えばゴブリンだ。ピンズ先生だから無味無臭のテキストとしてゴブリンの反乱の歴史を学ぶことが出来るが、実際は血生臭く、陰惨な戦いを何世紀もゴブリンと魔法族は繰り広げてきた。他には?」
また手は上がらなくなった。こういう時は見方を変えないといけないのだろうとオスカーは思った。多分、一つの立場からの見方や、一つの時代からの見方ではダメなのだろうとオスカーは思ったのだ。こういう時はクラーナやオスカーより、エストやトンクスの方がいいアイデアを出すとオスカーは経験的に知っていた。チャーリーの意見は大体物騒になるのでここでは聞かない方がいいとも知っていた。オスカーはチラッと二人の方を見た。
「何? 女の敵ならすぐ分かるわよ」
「いや、こういう時トンクスの出番だろ」
「はあ? オスカー……」
「ミス・トンクス、何か考え付いたかな?」
「クレスウェル先生はさっきヒントで私自身って言ってたわ。だからヒントとして自己紹介してもらえればみんな思いつくと思います」
「なるほど……」
トンクスは上手く返したとオスカーは思った。その代わりトンクスにオスカーは睨まれてはいたが、みんなのアイデアを出すための行動と言う意味では成功に違い無かった。
「たしかにちゃんと自己紹介をしていなかった。ダーク・クレスウィル。魔法省魔法生物規制管理部存在課小鬼連絡室副室長。年齢は三十くらいで、結婚していて、子供もいる。ホグワーツの出身でマグル生まれだ。ミス・トンクス、ヒントになったかな?」
オスカーが自分と同じテーブルを見ると、トンクスとエストが同時に分かったという顔をした。
「マグル。非魔法族ってクレスウェル先生は言って欲しいわけ?」
「そうだ。魔法族の最大の敵。非魔法族。ウィゼンガモット、各国の魔法省、国際魔法使い連盟はマグルに対抗するために設立された。国際魔法使い機密保持法はマグルから魔法族を守るために制定された」
ざわめきが大広間に広がっていった。色んな種類の視線がクレスウェルに注がれる。困惑、様々な意味での敵意、軽蔑。エストの手が挙がっていた。
「ミス・プルウェット」
「国際魔法使い機密保持法はマグルを守るための法ではないですか?」
「本当にそう思っているのかな? ミス・プルウェット。そして、そのとき制定した魔法使いや魔女たちはそう思っていたかな?」
「当時の考え方を知る術は文献か、不完全な記憶の再現である肖像画、もし完全な記憶が残っているのなら憂いの篩くらいしか方法はありません。賢者の石を持っているニコラス・フラメルに聞いたのなら別かもしれませんが。クレスウェル先生はそのどれかを試されたのですか?」
エストが反論していくと、さっきまで何か退屈そうだったクレスウェルの顔が少し変わった気がした。言って欲しいことを言ってくれたと思っているようにオスカーには思えた。
「その通りだ。ミス・プルウェット。我々は当時の人間が何を感じて、何を考えて、行動したのかほとんど知る術は無い。知ることが出来るのは彼らの行動だけだ。しかし、今の我々もほとんど変わらないだろう。今現在の完全な情報を得ることはできない。何が敵なのか、何に対抗するべきなのか、我々は知らなければならない。情報を集め、知り、考えなければならない。行動するのはその後だ。杖を振る前に考えなければならない。その術を知らないといけない」
戦う前に情報を集めて、どうしないといけないか考えなければならないとクレスウェルは言っていた。しかし、どう考えると言うのだろうか? 考え方の練習などオスカーはしたことが無かった。今度はクラーナの手が挙がっていた。
「ミス・ムーディ」
「今年の授業はそれをやるという事ですか? つまり、その…… 考え方を? どうやって?」
「たしかにそこが問題だ。しかし、魔法省には色んな記録が残っている。色んな事に対応した記憶が。だから君たちには色んな情報を与える。その時の魔法使いや魔女たちが知りえた情報だ。そしてその魔法族たちがどう行動したかはすでにピンズ先生の授業で習っているはずだ。君たちはその時代にいると考えて、君たちなりの判断を下す」
シミュレーションするという事なのかとオスカーは思った。その時代にいると考えて自分ならどう行動したかを考える。確かにそれなら考えることはできそうだった。
「だが、これはあくまでの防ぐ側の考えを学ぶことだ。もしかしたらすでにこれまでの闇の魔術に対する防衛術で習っているかもしれない。本当に敵に勝つためには相手を理解しなければならない。敵の考えは何か、弱点は何か、何を望んでいるか、何に優れているか、何が弱点か、これをどうやって理解すればいい?」
オスカーは珍しく自分で手を挙げた。これまでの四年間でどうすればいいかをオスカーは知っていた。
「ミスター・ドロホフ」
「相手になったと思って考えることです。つまり攻撃側の人間がどうしたいのか、なりきって考える」
エストの中にいたヴォルデモート、ルシウス・マルフォイ、トム・リドル。それに自分やレアの記憶の中にいた死喰い人たち。決闘トーナメントではエストやクラーナの考え方。もしかすれば誰かを説得するときも相手になりきって考えているかもしれなかった。
「その通り。つまり、君たちが攻撃側、我々が脅威だと思っている相手の考えを理解しないといけない。どうしてゴブリンは金銀財宝に執着する? 死喰い人はなぜ純血主義に執着する? マグルはなぜ魔法族を恐れる? 考えたことはあるかな?」
しかし、それはそれで恐ろしい事だった。死喰い人の考えを理解できると言いう事は、死喰い人になったのと同じではないだろうか? 考えを実行に移すか移さないかだけの違いなのだろうか? 理解できるが自分は違うと言うのなら、それは本当に理解していると言えるのだろうか?
「だから君たちは班になって別れて、攻撃側と防御側に別れて考えて貰う。色んなシチュエーションで、君たちは攻撃側と防御側に立たされる。そしてどう行動すればいいのかを考える。どちらの側も何か不安や期待を世間から感じ取っている。そしてその漠然とした感覚を君たちは考えにしないといけない。考えをした後に行動をして貰う。もちろん今回は考えまでだ。ああ、ミス・トンクス何かな?」
「それは私たちが要は、例のあの人になったと思って考えるって言ってるのよね? クレスウェル先生は? つまり、マグル生まれはおもちゃにして、吸魂鬼や巨人を世の中に放って、どうやったら魔法大臣やダンブルドア先生をやっつけれるか考えるってことよ…… ことですよね?」
「そうだ。もちろん、もっと状況は限定的にする。だが大枠はそうだ。ただ、勘違いしないで貰いたいのは、これはどちらかの考えに染まれと言っているのでは無いと言うことだ。君たちは中立に立って双方の考えを理解しないといけない。どうして死喰い人は亡者や服従の呪文を使ったのか、どうして魔法省はアズカバンの吸魂鬼と許されざる呪文を使ったのか、両方理由がある。そして両方間違いもある。それを理解して欲しい」
オスカーは自分にそんな事ができるのだろうかと思った。つまり、オスカーが父親やヴォルデモートの立場になって、如何にマグルを効率的に殺すか、如何に闇祓いと不死鳥の騎士団を壊滅に追い込むか考えるのだ。シリウス・ブラックの様なスパイを送り込む。服従の呪文で相手の家族を支配する。そういう事を考えないとダメなのだ。
「いいかな? ではもっと詳細な説明に入る。ただしその前に、みんな感情的に深入りしてはいけない。あくまでこういう考えや感情を持っていると予想できるとだけ考えることだ。人間は衝動的に動く。それが家族や自分の信念の事になればなおさらそうだ。私だって家族が危険にさらされれば衝動的に動くだろう。しかし、今回はダメだ。我々は人間であって、動物では無い。あくまで冷静に相手と自分を理解して、一番強い手を打つ練習をするんだ。そうすれば自分の情動や感情に従う以上の結果が得られ、より高度な闇の魔術に対する防衛術を行うことができるはずだ」
オスカーはもう半分クレスウェル先生の話を聞けていなかった。感情的に深入りしないことは自分には恐らくできないだろうと直感的にオスカーは理解していた。
周りのテーブルを見れば、不安そうな顔、何をクレスウェル先生が話しているか分からない顔、何か期待している顔、色んな顔があった。
ただ、少なくとも同じテーブルの他の四人はオスカーと同じくらい暗い顔に違い無かった。大広間は浮かんだろうそくとまだ沈んでいない日の光に照らされていたというのにだ。
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