ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

92 / 95
カモミール・フレッシュ

「これ今日中に帰れますかね? マダム・ポンフリーはめちゃくちゃ怒ってましたよね?」

「俺の見た中では一番怒ってたな」

 

 ホグワーツの中では珍しくエストでは無くてクラーナと顔を合わせてご飯を食べていたが、オスカーは上の空だった。医務室の机で大広間と同じものであろう夕食を口に運んでいると、扉の外側からマダム・ポンフリーが怒鳴っている声が聞こえる。相手は恐らくアンブリッジ、クレスウェル、キングズリー、ドーリッシュだった。オスカーにはそれもあまり耳に入っていなかった。

 

「ジョンを吹っ飛ばしたのって手でフリペンドしたんですか?」

「フリペンドって言うか、フリペンドに近いと思うけど、レアが練習してた時にやたらモノを吹っ飛ばしてたからそれをまねした感じだ」

「手は大丈夫だったんですか?」

「なんか小指が折れてたらしい。あの時は気づかなかったしマダム・ポンフリーが一振りで治した」

 

 杖腕でない方でドーリッシュを吹き飛ばした際にどうもオスカーの指は折れていたらしかった。オスカーはそれに全く気付いていなかったのだ。オスカーはあの時は集中していて、杖もいつかのように体の一部のみたいだったのに、どうして気づけなかったのかが分からなかった。

 

「ドーリッシュさんは大丈夫だったんだろうか」

「闇祓いなんですから大丈夫でしょう。学生のパンチやキックで重傷な闇祓いなんてクビですよクビ」

 

 クラーナと喋っているようで、オスカーは全然会話できていないことが分かっていた。去年は頭に引っ張られて仕方なかったのに、今年は体に引っ張られているとしか思えなかった。みんなと前みたいに喋ることが出来なかったし、今度はキングズリーに徹底的に勝ちに行こうとしていたのだ。

 

「オスカーが使ったみたいな魔法の使い方は 、小さい頃に一回姉さんに見せて貰ったんですよ。魔法省の練習場みたいなとこで、ジョンとガヴェインさんをボコボコにしてました」

「闇祓い二人を一人で相手なんてできるのか?」

「オスカーは今日自分が何してたのか分かってないんですか?」

「あの二人は本気じゃなかっただろ」

「まあそれはそうかもしれないですけど……」

 

 二人は本気でオスカーを押さえつけようとか、殺してやろうとかは思っていなかったはずだとオスカーは考えていた。そもそも、本気で勝とうと考えるのなら、オスカーでは無くて負傷していたクラーナの方を攻撃すればよかったはずなのだ。

 それよりも、オスカーからすればキングズリーに自分が何をしようと考えていたのかの方が重要だった。キングズリーを失神させるだけならもっと早くできたはずだったのだ。

 

「でもオスカーらしいですよね。マスクが取れた途端に攻撃できなくなるなんて」

「それで負けてたら世話がないけどな」

 

 クラーナはそんな風に受け取ってくれていたが、オスカーからすればもっと問題なのは相手がキングズリーでないのなら自分は何をしようとしていたかだった。

 明らかにオスカーはただ決闘に勝つことを目的にしていなかった。それなら武装解除をする必要は無かった。ルシウス・マルフォイの時の様に何かを伝えることが目的では無く、ただ自分のためにそれをやりたかったのではないのかと考えていた。

 

「オスカー、怒ってたんですか? あの時?」

「分からないけどそうかもな。あの後のエストほどじゃないけど」

 

 初めはクラーナの言う通りにただ怒っていたのもしれなかったが、途中から目的がすり替わっている気がオスカーはしていた。オスカーは自分があらゆる意味で目のまえの闇祓いに膝を突かせたかったのだろうと思った。相手を失神させるのでは無くて、相手に自分の勝ちを認めさせたかったに違い無かったのだ。その結果、クラーナはオスカーの身代わりに失神していたのだ。

 

「最後に武装解除しようとしてたでしょう? なんかグリフィンドールみたいなことしますよね」

「グリフィンドールみたいって何なんだ」

「トンクスのひいひいひいひいおじいさんなら無意味な虚栄心とか言うでしょうけど、そういうのですよ。スリザリンならもっと合理的にやるんじゃないですか?」

 

 ひいがちょっと多いとオスカーは思った。そしてどうして負けてしまって、ケガまでした決闘の後なのにクラーナが少しでは無くてかなり嬉しそうなのかオスカーには理解できなかった。オスカーは夕食を食べ終わってそのまま逃げるように後ろのベッドに寝転んだ。クラーナがついてくるようにオスカーが寝ているベッドに座った。オスカーが考え付くのはベッドが固いのかクラーナが軽いのか、エストとトンクスよりベッドが沈み込まないと言う事くらいだった。

 

「グリフィンドールは目立ちたがり屋なんです。トンクスとはちょっと種類が違いますけど」

「トンクスのはカッコつけるとかそういうのじゃないからな」

「でしょう? スリザリン生とかレイブンクロー生は目立ったりカッコつけたりするのはくだらないって言いますけど、結構そういうのも重要なんですよ」

 

 決闘が始まる前よりずっと笑顔で上機嫌なクラーナの話をオスカーは聞いていた。オスカーには何がクラーナの機嫌を損ねて、何が機嫌を良くしているのかやっぱり分からなかった。クラーナの話を聞いて思い出すのは一年生のころのクラーナだった。確かにあの頃のクラーナなら目立ちたがり屋だと言っても差し支えなかった。どんどんクラーナは座ってる位置をオスカーの頭がある方に詰めてきた。

 

「こう。スネイプ先生みたいにマントを翻した後に自分の名前を名乗るんだろ?」

「そういう事ばっかり言うのはやめてください。でも、私がホグワーツの入学時にああいう感じじゃなかったらオスカーとも喋らなかったかもしれないでしょう?」

「お前が死喰い人の息子だろって、一人で正面から言ってきたのはクラーナだけかもな」

「だから…… 私がそれを言いに行かなかったらオスカーはホグワーツ特急でエストとしか喋らなかっ……」

「俺がどこかのコンパートメントにいるって知ってて探しに来たのはクラーナだけだな」

「そう…… そうでしょう?」

 

 エストはオスカーが入学することを杖の話があったから知っていて、偶然空いているコンパートメントにオスカーがいたらしかったが、ホグワーツ特急が動き出した後に理由はどうあれオスカー…… では無く、アントニン・ドロホフの息子を探しに来たのはクラーナだけに違い無かった。オスカーにはどうしてそれでクラーナが得意げになるのかはさっぱり分からなかった。

 

「今なら姉さんの頭が…… トンクス並みの脳みそだったかもしれないって分かりますけど、一年生の時はこう…… 学年で一番目立って、私より強いやつに会いに行く…… みたいな方がいいと思ってたんですよ。それしか知らなかったですから」

「それでエストに会ったわけか」

「そうですね。オスカーやエストやトンクスやドラゴン好き好きマンにはそれで会いましたね」

 

 オスカーはクラーナの姉が同学年で無くて良かったと思った。フレッドとジョージみたいにクラーナとクラーナの姉が双子で同学年だったら、オスカーは体がいくつあっても足らない気がしたのだ。

 それにオスカーは一年生に違うコンパートメントで、エスト以外の誰かと座っていても、多分クラーナとは出会ったのだろうと思った。もちろんエストがいないホグワーツなどオスカーには考えられなかったし、その時にクラーナとどういう距離感なのかもオスカーには考え付かなかった。

 

「調子に乗ってる同級生とか上級生と決闘して強くなったとか言ってたんですよ。ジョンとかクレスウェル先生とか、ジェームズ・ポッター…… リリー・エバンズ、ハリー・ポッターの父親と母親で姉さんの一個上の主席ですね。シリウス・ブラック、トンクスのいとこで死喰い人ですね。パトリシア・レークピック、何かトンクスのお母さんくらいの年で有名な呪い破りらしいです。とにかくそういう目立ってる学生に決闘を挑めば強くなれるとか言ってました」

「あれなのか。なんかムーディの血には戦わないと死ぬ魔法生物の血とか入ってるのか?」

「入ってたかもしれないですね。ちなみにダンブルドア先生以外で一番強いのはフリットウィック先生らしいです。マクゴナガル先生より強いらしいですよ」

 

 決闘クラブの時にフリットウィック先生が決闘チャンピオンだと言っていたのは、姉から話を聞いていたのだろうと、オスカーは三年越しでやっと分かった。

 しかし、先生にも決闘を仕掛ける学生など存在するのかとオスカーは思った。オスカーにはマクゴナガル先生やフリットウィック先生に決闘を挑むことなど考えもつかなかったからだ。

 

「最後はダンブルドア先生に決闘を挑みそうな勢いだな」

「したらしいですよ。その結果ガーゴイル像の横で三日間校長室の門番を代わりにやらされたらしいです。五人に分身して不意打ちしても多分勝てないって言ってました」

「分身できるのか」

「そんな呪文無いでしょう。逆転時計で五人に増えるとかしないと無理な話です」

 

 ダンブルドア先生に挑む命知らずな学生など存在することがオスカーには驚愕だった。オスカーが七年生になったところでダンブルドア先生に勝てるビジョンなど浮かばなかったし、闇祓い局全員を連れてきて初めて勝負になるのではないかと考えていた。そして、さっきまで考えていたはずのキングズリーに自分が何をしようとしていたかと言うことより、今度は座るどころかクラーナが靴を脱いでベッドに上がってヘッドボードに寄りかかっているのが問題だった。とにかくオスカーが今気になるのはクラーナとの物理的な距離だった。

 

「まあ姉さんみたいな目立ちかたとか、トンクスみたいな規則破りでの目立ち方は問題ですけど、目立つことは結構いい事なんですよ。だって、色んな人に目をかけて貰ったりとかは目立たないとできないじゃないですか」

「目立ちすぎもちょっと嫌だけどな」

「そうですか? でも、オスカーも一年生の最初のころみたいな目立ち方じゃないでしょう? 今は別の意味で目立つんじゃないですか?」

「目立つって誰に目立つんだ?」

 

 正直なところ、オスカーは早く外で怒鳴り合っている大人たちに入ってきて貰いたかった。結構オスカーは参っていたからだ。コントロールできているようで、全くコントロール不能だった決闘にも、これまでの様に喋れないクラーナとの会話にも参ってしまっていた。

 もう横目で見ればクラーナのローブの小さい繊維まで見えるくらい近かったのだ。新学期なのでほつれやシミも無くピカピカのローブだった。

 

「色んな人でしょう? だって、一年生の時はそれこそさっきオスカーが言ってた、死喰い人の息子だとしかみんな知らなかったですけど。今は私やエストじゃなくても、授業とか劇とか決闘トーナメントでのオスカーを知っているでしょう?」

「外から見てるだけだろ。そう言うのは」

「でもそういうのも結構重要なんですよ。チャーリーだって外から見たらグリフィンドールのクィディッチキャプテンでホグワーツで一番クィディッチが上手くて、監督生じゃないですか」

 

 この話は前にもした気がオスカーはした。しかし、オスカーはあまり外からどう見られるかを考えたことが無かった。それこそチャーリーもそのタイプだろうと思っていた。チャーリーがそういう肩書を持っているのは、そう言われるのを望んで得たわけでなくて、ただクィディッチが好きだった結果としてそうなったのではないかと思うのだ。クラーナには他の人から見たら距離が近いことくらいオスカーは分かって欲しかった。

 

「こうやってオスカーは私と良く喋ってますから、他の人より私の事を知ってますけど。でも、外から見えるのは、私が赤のネクタイを着つけてて、ちょっと長い杖を持ってて、少し身長が低いってことじゃないですか。あとは監督生とか喋り方とかそういうのしか分からないわけですよ」

「身長はちょっとじゃなくなってきたと思う」

「それはオスカーの身長が伸びてるだけでしょう」

 

 相変わらず怒鳴り合いが聞こえていて、そこにマクゴナガル先生とスネイプ先生の声が入って来たようだったが、マダム・ポンフリーは本気で怒っているらしく、まだ魔法省から来ている四人を怒鳴りつけていた。信じられないとか、ホグワーツの教諭と闇祓いの名折れとか滅茶苦茶に言っていた。

 オスカーの方はクラーナとの会話のせいでクラーナの方を見ざるを得なかった。身長は最初会った時より伸びているはずだったが、オスカーの方がはるかに伸びていたのでむしろ小さく見えた。オスカーの傍の四人の中では一番クセの無いダークグレーの髪だとか、表情がわかり易い黒い瞳やキリッとした眉だとか、実は笑うとえくぼが見えるので余計子供っぽく見えるだとか、多分、声に出さないだけで色んな事をオスカーは知っていたが、やっぱり口には出せる気がしなかった。

 

「あの。なんでチラチラ見るんですか?」

「身長が伸びたのか考えてた」

「嘘でしょう」

「ほんとだ。見た感じ一年生から羊皮紙五巻分くらいは伸びてる」

「どうせ厚み換算なんでしょう? なんかオスカーやっぱり変ですよね? だいたいそうやってからかったり、面白くない冗談を言う時は内心と違う事を言ってるでしょう?」

 

 オスカーはとっととキングズリーやドーリッシュに医務室に入ってきて貰いたかった。早く医務室から出たくて仕方なかったのだ。だいたいトンクスといい、ベッドの上やそばで喋っているとろくな目に合わない事をオスカーは経験的に知っていた。

 

「どうしてわざわざキングズリーの仮面を吹っ飛ばして、武装解除しようとしたんですか? オスカーらしくなかったですよ。武装解除はオスカーらしいですけど、仮面を吹っ飛ばすのはオスカーらしく無かったです」

「俺にも分からないからな。クラーナにも分からないだろ」

「勝ちにこだわったんじゃないんですか?」

「勝ちに? そうかもな。クラーナの前だから完璧に闇祓いに勝ちたかったかも……」

「本当ですか?」

 

 半分冗談に言っている途中でオスカーは恥ずかしくなってきたが、ベッドの上でクラーナに詰め寄られてオスカーはいつかのエストのようにゴロゴロ転がってベッドの端まで逃げた。

 

「なんで逃げるんです?」

「最近みんなやたら近づいてくるからだろ」

「そうですか? そんなにみんな変わらないと思いますけど…… でも、私の前だから勝ちたかったなんてどうせ嘘でしょう? だって、クレスウェル先生の時は自分の班の事はほっといてずっと向こうばかり見てたじゃないですか」

 

 膝を抱えてそんな事を言われても、クラーナの方ばかり見ていればいいとでも言うのだろうかとしかオスカーは思えなかった。そしてそれは今のオスカーにはほぼ不可能だった。

 

「だからエストとトンクスが喧嘩するんじゃないかって考えてたんだよ。俺もクラーナも向こうにはいなかったから、止める人もいないだろ」

「私より二人が危なっかしいから向こうばかり見ていたんですか?」

「だからそうだって、一年生とか二年生のころなら多分、最初にレアと会ったときみたいな感じで、タルボットとクラーナは喧嘩してただろ? でも今はそうじゃないから、向こうを見てたんだよ。なんか最近エストはピリピリしてて、ダンブルドア先生にさえ何か怒ってたからな。トンクスもなんか最近怒り方とか反応が違う気がするし」

 

 相変わらずクラーナの表情はわかり易かった。オスカーが寝転がって半目で彼女の眉と目を見ているだけでも、さっきまで不満そうだったのが、なぜか嬉しそうに変わるのが分かるのだ。オスカーにはなぜ嬉しそうなのかは分からなかったが。

 

「割とオスカーは周りの事を見てるんですね。感心しました」

「何言ってるんだ」

「けど、オスカーはあぶなっかしい方がいいんですか?」

「だから何言ってるんだ。フリットウィック先生に決闘を挑んでも俺は止めないからな」

 

 あぶなっかしい方がいいかと聞かれれば、オスカーは心配な人がいればその人の事を考えるかもしれなかったので、もしかすればその通りかもしれなかった。というか、最近誰かと話す事が人間関係の事ばかりで、オスカーはちょっとうんざりしそうでもあった。ドラゴンの卵だとか、マクゴナガル先生の宿題が多いだとかそういう話をしていた方がよほど気が休まるとオスカーは思っていた。

 

「じゃあ、そうですね、ほら医務室にくると二年生の時の事を思い出しませんか? あの時に比べれば闇祓い二人なんて大したこと無かったでしょう?」

「あの時に比べればな。ドーリッシュさんとかキングズリーと決闘もしたくないけどな」

「あんまり身内とそういう事するのは良いことじゃないですね。でも、ほとんど勝ちそうだったでしょう? 闇祓い二人に勝てそうって結構凄いことじゃないですか? キングズリーは結構凄腕の闇祓いらしいですし」

 

 オスカーはやっぱりクラーナは褒めて欲しいのだろうかと思った。監督生のバッジが届いた時もそうだったが、誰かに褒めて欲しいのではないのだろうかと思うのだ。多分、最近クラーナを褒めたのは魔法薬学でのアンブリッジくらいなのだ。

 

「分かった。クラーナは凄い」

「何ですかそれ。ホグワーツに入る前の子供でもそんな適当な褒め方をされたら怒りますよ」

 

 やっぱりオスカーにはクラーナがどうして欲しいのか分からなかったし、距離が近いのが辛かったし、何をオスカーと喋りたいのか分からなかった。

 

「だいたいオスカーはちゃんと気を付けた方がいいですよ。あそこでキングズリーに負けてたらエストがキングズリーをぶっ飛ばしてましたよ。エストの杖の事は知ってるでしょう?」

「ああ…… そうか」

 

 エストがあんなに怒っていたのはそれのせいもあるかもしれなかった。オスカーが誰かに決闘で負ければ、エストの杖の所有権は負けた相手に移るのだ。

 

「だから私に感謝した方がいいですよ。クリスマスにキングズリーとエストの仲がギスギスしたかもしれなかったですからね。二年生の時みたいに私に感謝してください」

 

 それにオスカーはどうしてキングズリーにあの時呪文を撃てなかったのかやっと分かった。多分、抱き着かれてかばわれたせいに違い無かった。そして、もしキングズリーで無い相手に呪文を撃たれて、自分が同じようにかばわれたのなら、自分はどういう行動をとったのか? 確実にもっと自分をコントロールできない状態になったとオスカーは思った。

 なぜか口角を上げて、得意げな顔で腕を組んでいるクラーナを見て、オスカーは二年生の時みたいに感謝して欲しいと言っているクラーナが本当にその意味が分かっているのか怪しいと考えた。

 

「ほんとに二年生の時みたいに感謝すればいいのか?」

「グリフィンドール様、マーリン様、ダンブルドア先生、クラーナ様みたいな感じで感謝した方がいいですよ。私の予想ならほんとにエストはキングズリーに呪文を撃っていたと思いますから」

 

 目をつぶって腕を組んでいるクラーナを見ながら、オスカーは本当に自分をコントロールできるのか試すことのできるチャンスかもしれないと思った。二年生の時と同じことができるのなら、自分をコントロールできるのではないかと思ったのだ。そもそもオスカーはどうして最近自分ばかり辛いのか意味が分からなかった。

 ベッドに座っているクラーナの真正面まで来て、オスカーはそもそも二年生の時と別の意味で自分をコントロールできなくなっている気がしていた。

 オスカーの魔法力も体の力も二年生の時とは比べものにならないくらい強くなっていた。意思や心や考え方もずっと強くなっているはずだった。

 

「クラーナ、俺は多分怒ってたよ。目の前で火が出てきて誰かが倒れてるのはダメだ。クラーナは知ってると思うけど」

「オスカー? え……」

 

 色んな事を感じることが出来るようになるほど、色んな刺激がオスカーを圧倒していた。魔法省や死喰い人になりきって考えるのも、炎や爆風の後でクラーナが倒れているのも、服が焼ける匂いがしたのも、天文台の塔で下を見ることよりもオスカーの恐怖を煽って、スリルを感じさせたに違い無かった。それに単純にオスカーは夏休み前から上目遣いがダメだった。お互いにベッドに座っていてもクラーナとオスカーではずいぶん高さに差があった。

 

「ちか…… 近く無いですか?」

「二年生の時みたいにしろってクラーナが言ったんだろ」

 

 その後に自分より実戦経験のある大人に自分が優っているという感覚は間違い無くオスカーに満足感や優越感を与えたに違い無かった。近しい人を傷つける恐怖も自分のせいで誰かが倒れる恐怖も明確に倍増されていた。

 

「に、二年生の時って……」

「抱き着いて身代わりになるのは絶対にやめてくれ。頼むから」

 

 そして今は二年生の時とはクラーナを見る目も香る匂いも期待する感触も全てが違っていた。スリルや優越感や安心感で揺さぶられて、少しの刺激でオスカーは圧倒されそうだった。あの時は感謝で突き動かされていたオスカーの体は、二年前よりずっと小さく見えるクラーナの何かに刺激されて突き動かされていた。

 

「オスカー…… せ、先生方が入ってきましたって……」

「あの時はありがとうって……」

 

 オスカーが近づけば、オスカーの期待通りにクラーナの髪からはミントの香りがした。多分、二年生の時とは違って、オスカーが手を回せば肩を丸ごと抱いても手に余りが出ると予想できた。きっと簡単に抱き上げることができるのだ。ほとんどクラーナが何を言っているかオスカーには聞こえていなかった。体重が二人分一つの場所にかかってベッドが沈みこんだ。

 

「神聖な医務室で何をやっているんですか!!」

「何やってるの」

 

 後ろからマダム・ポンフリーとエストの声が聞こえて、オスカーは文字通りにベッドの横で飛び上がった。後ろを見るとマダム・ポンフリーとエストに加えて、先生方と闇祓いがカーテンを開けてこっちを見ていた。

 

「なに…… 何もや、や、や、やってないですよ」

「いいですか。オスカー・ドロホフ、クラーナ・ムーディ、医務室はそのような事をする場所ではありません!! 間違っても!! 私の目が光っている間は!! 医務室はそのような場所にはなりません!!」

 

 これは本当に怒らせたとオスカーはエストの方を見て思った。多分、雪の日にクィディッチでエストが落ちた次の日と同じくらいエストが怒っていた。マダム・ポンフリーが雷を落としているのにそれが気にならないくらい怒っているように見えたのだ。

 

「あなた達は監督生で高い倫理観を必要とされているのに!! いったい、全体、医務室で何をしようとしていたんですか!!」

「何も、何もやってないです。ただオスカーと喋ってただけで」

「ミス・ムーディ、あなたとミスター・ドロホフの顔の間に羊皮紙一枚でも挟まる隙間がありましたか!?」

「あ、ありましたよ。そんなに近づいてないです」

「いいえ、この目で見ました。永久粘着呪文でも唱えたような距離でした。いいですか。これからどんなケガや病気をしようとあなた達二人は絶対に医務室でお見舞いでしょうが何でしょうが近づいてはいけません!!」

「なんですかそれ。本当に何もやってないですよ!! オスカー何とか言ってください!! ま、マクゴナガル先生……」

 

 オスカーはもう何が何なのか分からなかったし、誰かとこういう感じになるといつもこうして大騒ぎになると思っていた。それにこんな空気の時にキングズリーがいるのはオスカーからすると初めてだった。

 

「寮に戻ります」

「ミスター・ドロホフ。聞いていますか? 医務室で破廉恥なマネは許しません。スネイプ先生、マクゴナガル先生、監督生に選んだのならきちんと指導してください」

 

 こんなにホグワーツで大人の信用を失ったと思ったのはオスカーには初めての経験だった。もちろんフィルチを除けばだったが。スネイプはトンクスの惚れ薬の事件で見せた様な表情でオスカーの方を見ていた。片やマクゴナガルの方は口に手をあててオスカーの見たことの無い表情をしていた。オスカーはまるで小さい頃、ペンスや母親にやってはいけないと言われたことをやってしまい、その現場を見つかった気分だった。

 

「は、破廉恥なマネって、そんなことしてないですよ!! マクゴナガル先生、本当なんです。私もオスカーも医務室でマダム・ポンフリーが言うような事をしていません」

「医務室以外ならするのですか」

「しないって言ってるじゃないですか!!」

「ミス・ムーディ、日ごろのあなたの行動に免じて減点はしませんが仲が良すぎるのも問題ですね」

「げ、減点!? 何もしてないのに減点されるかもしれなかったんですか?」

「ミス・ムーディ、静かにしたまえ。魔法省の役人も来られているのだ」

 

 かなり苛立った声でスネイプが言うと、クラーナはキングズリーやドーリッシュの方を見て少し赤くなった。オスカーは色々情けない気分だったし、昼過ぎからずっと色んな刺激で参ってしまいそうだったのに、さっきクラーナに近づきすぎたり、それをエストやキングズリーに見られたのが決定打になって、完全に疲れてしまっていた。行き場のないぐちゃぐちゃな衝動や感情でオスカーの中は一杯だった。

 

「オスカー、クラーナ、ミス・アンブリッジと…… こちらはジョン・ドーリッシュだ」

「以前にお会いしているので分かります」

「そうか…… では魔法省の三人を代表して二人に謝ろう。少しごたごたしているようだが、君たちが少しばかり強すぎたせいで力が入りすぎてしまった。今後はこんな状況にならないようにすると約束する」

「むしろ良かったですよね? オスカー?」

「貴重な経験になったと思います」

 

 相変わらず、大人たちの中でもキングズリーの声には特徴があった。さっきまでのマダム・ポンフリーとのごたごたを完全に声質だけでキングズリーは沈めてしまった様だった。オスカーはそんな事よりも早くここからいなくなりたかった。

 

「いえ、このような事は二度と起こらない様に徹底しますわ。ミスター・ドロホフとミス・ムーディの仲が縮まったのなら少し微笑ましいことではありますけど」

「この学校で魔法省の役人はもちろん、どんな組織の人間でも生徒を傷つけることをダンブルドア校長先生は許されません。もちろん私もです。アンブリッジ先生、マクゴナガル先生、スネイプ先生、あなた方もホグワーツの教諭なら同じでしょう?」

「ミセス・ポピー、もちろん分かっておりますわ。ダンブルドア先生やこのホグワーツの先生がどれだけホグワーツの生徒を愛されているか」

「今後の授業で証明していただきたいですね」

 

 キングズリーがマダム・ポンフリーに謝っているのも、クラーナと一緒にいるところを見られたのも、オスカーには何か居心地が悪かった。早くオスカーはこの空間からいなくなりたかった。エストはずっと静かだったがどう見ても怒っていた。オスカーはみんなの相手をする活力がもう自分に残っていない事を知っていた。

 やっとマダム・ポンフリーがアンブリッジとスネイプとどこかに行って、オスカーは医務室から出られると思ったが、マクゴナガル先生がクラーナのところに、エストとキングズリーがオスカーの方にやってきた。

 

「オスカー、こんなタイミングで申し訳ないが、クリスマスにシャックルボルトの家に来て貰いたい」

「キングズリーの家に?」

「そうだ。今はあまり一族はいないが、大きな古い家で君のお母さんがいた家でもある」

「それはクリスマスの間ずっと?」

「いや、一日だけにした方がいいと私は考えている。君は休暇は忙しい男だとペンスから聞いている」

「わかりました」

「では今日は本当にすまなかった。私はお邪魔だろうからまたそのうち授業で会おう」

「はい」

 

 キングズリーの家に行く? 母親が多分生まれ育った家に? オスカーはほとんど母親から母親の家の話を聞いたことが無かった。それに母親の墓はシャックルボルトの家にあるはずだった。オスカーは一度もそこに行ったことが無かった。さっきから体に渦巻いている感情や衝動でオスカーはただでさえ落ち着かなかったのに、母親の墓の事を考えるとさらに頭が滅茶苦茶にかき混ぜられたようだった。

 キングズリーがそのままマクゴナガル先生とクラーナの方に行くと、オスカーはエストと向かい合わざるを得なかった。

 

「オスカー、明日箒に一緒に乗って」

「箒?」

「そう。明日、スリザリンのクィディッチ練習が終わった後、競技場に来てくれる?」

「いいけど。俺は箒に上手く乗れないぞ。トンクスの整理整頓より下手だ」

「いいの。ねえ、もう晩御飯は食べた?」

「もう食べたけど……」

 

 オスカーは絶対にエストが怒っているという確信があった。なのにエストが淡々と喋るので、むしろオスカーは少し怖くなってきた。今のオスカーにはエストの内心を推し量る余裕が全く無かった。怒っているエストもさっきのキングズリーの話もどう処理したらいいのか全く思いつかなかった。

 

「エスト…… 私…… まだ晩御飯食べてないんだけど、大広間に一緒に行ってくれない? まだご飯が残ってるかも」

「エスト、ごめん、ちょっと一人にさせてくれ。ペンス。スリザリン寮のエストの部屋に何かご飯を持って行ってくれ」

「かしこまりました」

 

 どこからともかくペンスの声が聞こえた。オスカーの返答を聞くともっとエストが怒っている様にオスカーには見えた。一瞬、エストのまぶたが動いた様に見えたし、手にも力が入って少し震えた様に見えたからだ。それに紅い瞳の奥で怒りとか不安が燃えているのがオスカーには分かった。ただ、オスカーにはもうエストの相手をする余裕が全く無かった。今日、二人きりでエストと談話室や大広間で喋った日には自分が何をするか、何を言うかコントロールできる気がまるでしなかったのだ。

 

「エスト、明日は箒に乗るし、例のモノを作る場所探しとかをしよう。ただ、頼むから今日はちょっと一人にさせてくれ。談話室で待ってくれなくてもいいから先に寝といてくれ。お願いだから」

「クラーナとどこか行くの?」

「誰とも会わないって!! ほんとに一人にさせてくれ。ほら何だったら例の地図も渡すから」

 

 オスカーがポケットから忍び地図を取り出してエストに押し付けようとすると、エストはオスカーがこれまで見たことが無いくらい怒っている様に見えた。思いっきり見開いたエストの紅い目で見られるとオスカーは何も言えなくなってしまいそうだった。開心術で読まなくても信頼やプライドを傷つけられたという感情を目から叩きつけられている気がオスカーはしたのだ。オスカーはエストのプライドがエスト以外のスリザリン生全員を纏めたものより大きいことを忘れていた。

 

「何それ。もう一回言える? そんなにエストがオスカーを信用してないってオスカーは思ってるの? これで今晩ずっと談話室とか寮でオスカーの名前を追いかけてろって言うの?」

「そういう事じゃない。ほんとに頼むからちょっと一人にしてくれ。今はほんとにエストの事さえ考える余裕が無いんだよ。本当にそんなつもりで言ったんじゃない」

「だってそれ以外にどうとればいいの?」

 

 もっと怒らせたとオスカーは思った。オスカーが隣にいるときはエストはそんなに人に怒ることが少なかったし、怒っている時でもそれをオスカーに向けることはまれだった。オスカー自身もエストに対しては同じ感じだったはずではあったが。

 

「本当に今日は色々限界なんだ。いつもみたいにエストとご飯を絶対食べれないし、談話室で座りながら喋ったら、俺も自分が何を言うか分からないんだって。さっきのだっていつもなら絶対言わない。とにかく謝るから、今日は一人にさせてくれ。ほんとに誰にも会わないから。エストにもクラーナにも今日はとにかく何を言うか分からないし、もう何するか分からないんだって」

 

 オスカーがいつも出さないような大声でそう言って、唇を噛みながら下を向くとエストのトーンが変わった。

 

「オスカー…… ほんとに大丈夫?」

「大丈夫じゃないって言ってるだろ。ごめん、マダム・ポンフリーが来たら俺は寮に帰ったって言っといてくれ」

「え、オスカー?」

 

 そう言うなりオスカーは自分に目くらまし呪文をかけて医務室から抜け出した。マクゴナガル先生はクラーナにくどくど何か言っているようで、『私なら一気に決める』とか『女は度胸』みたいな威勢のいい言葉が聞こえていた。オスカーはエストにかなり悪い事をしている気がしたが、もう、誰かを気遣う余裕がオスカーには無かった。できるだけ静かな場所でリラックスするべきだとオスカーは思っていた。もしかすれば、憂いの篩をほっぽり出したときと同じくらいオスカーは混乱していた。

 医務室を飛び出して廊下を曲がったところでさっき聞いたばかりの声をオスカーは聞いた。

 

「あそこまで似ていると考えていなかった。戦闘指導のパフォーマンスに影響が出たのは私の落ち度です。申し訳無い」

「あれで変身までしたら完璧にイライザだったと? ジョン、どんなに似ていても彼女は妹だ。それに私の方も動揺していなかったとは言いづらい」

「ホグワーツで決闘していたころにそっくりだった。キングズリー、次からは完璧にこなす」

「君が生徒の戦闘指導をこなせないとは誰も思っていない。ジョン、これは我々闇祓いの本来業務ではない、それに聖マンゴの護衛もそうだ。いくつか代わって貰えばいい。君の本来業務は魔法大臣の護衛官だ」

「どれも私に与えられた仕事だ。全て完璧にこなします」

 

 オスカーはまるで頭を抱えて悩みそうな表情をしているキングズリーを初めて見た。ドーリッシュの方は最初見た時と同じような真面目くさった顔をしていた。

 あまり聞きすぎてはいけないと思い。オスカーは足早にそこから立ち去った。しかし、もう夜だと言うのに、いろんなところに生徒やゴーストや肖像画の姿があって、オスカーは一人になれる場所を見つけることがなかなかできなかった。

 しばらく城の中を歩いた後で、オスカーはさっき言われていた監督生云々の話を思い出した。それに監督生には特別に入れる場所があるはずだった。

 

 城の中をオスカーは半ば走っていた。頭の中はぐちゃぐちゃで、疲れているのか、欲求不満で何かをしたいのか分かっていなかった。なので休める場所に走るというのはオスカーの頭の中の状況と似ていた。

 途中でミセス・ノリスらしき猫を蹴り飛ばしそうになったが、オスカーはなんとかジャンプで飛び越えてボケのボリス像の傍まできた。左右違う手袋をしている間抜けな魔法使いの像だ。

 体を動かしていると何も考えなくて済む気がして、オスカーは少し楽な気分になった。像の傍にある扉に監督生のみが教えて貰った合言葉を喋る。

 

「カモミール・フレッシュ」

 

 自分で言った『カモミール』の言葉だけで特定の誰かの顔が出てきて、オスカーはもう自分の頭がおかしくなっているとしか思えなかった。

 浴室の中に滑り込んでオスカーは扉を閉めた。石鹸の香りでオスカーの鼻は一杯になり、さっきのカモミールの連想がやっと止んだ。

 浴槽はドロホフ邸にあるものよりも素晴らしいものだった。天井には金のシャンデリアがあって大量の蝋燭でゆらゆらと光っていたし、部屋全てが真っ白な大理石でできていた。部屋の隅に衣類置きらしきくぼみがあり、その半分くらいにふかふかのピンクのタオルが置かれている。

 

「お湯は入ってないのか」

 

 独り言を言いながら、オスカーは浴槽の傍に並んでいる金色の蛇口を見た。全部で百口くらい並んでいて、それぞれ違う色の宝石がはまっている。オスカーは蛇口を二つ思いっきり捻った。明るい緑の泡と赤い泡がお湯と一緒に出てきて、あっという間に浴槽を埋め尽くした。泡の質にも違いがあるらしく、緑の泡は一つ一つが大きく、赤の泡は一つ一つが小さくてきめ細かかった。両方の泡が浴槽をちょうど半々に埋めていた。

 ローブや下着をパッと脱いで、オスカーはそのまま浴槽に飛び込んだ。飛び込んだ波紋で緑と赤が混ざって透明になり、石鹸から香る匂いも混ざってオスカーにもよく嗅ぎ取れなかった。それよりも自分の体温よりも少し温かいお湯に包まれるとやっとオスカーは落ち着いて考えることができる気がしてきた。

 

「あったかい」

 

 しばらく鼻だけ出すくらいお湯に浸かって、オスカーはゆっくり今日の事を考えることにした。ぐっちゃぐっちゃになった頭の中をゆっくりお湯の温かさで固めていくような作業だった。ブツブツ水中で独り言を言いながら、閉心術を使う時のように自分の感情や考えに名前の付いたラベルをつけようとしていた。

 

「チャーリーといたとこまでは問題無かった」

 

 オスカーはそう自分で言いながら、本当にそうかは怪しい気がしていた。チャーリーと気楽に少しおバカなことをやるのは楽しいが、チャーリー以外のみんなや先生方、チャーリーの両親やキングズリーの信頼を少し裏切っている気もしていたはずなのだ。しかし、オスカーは四人がいない場所での時間も必要だと間違いなく感じていた。

 

「授業……」

 

 先生のしていた授業をオスカーは真剣に思い出した。何を考えていたのか、オスカーはここでやっとクラーナがタルボットに少し怒っていたのは自分のためなのだろうと考えた。さっきそれを言えなかったのがどうしてなのかはオスカーには分からなかった。多分、さっきのベッドでもオスカーは分かっていたはずだった。

 

「向こう側ばっかり見てた?」

 

 クラーナはそう言っていたが、それでどうしてクラーナの機嫌があそこまで悪くなるのかは分からなかった。自分のために怒ってくれたにせよそこまで怒る理由は無さそうだったし、そもそもクラーナもクラーナで心配性な人間なので、近い六人の誰かをオスカーが心配したからといって、オスカーに対して機嫌が悪くなる理由が分からなかったのだ。

 

「チャーリーのせいで気にしすぎた」

 

 オスカーは間違いなくチャーリーと夏休みに喋った内容を気にしていた。エストとトンクスの様子がちょっと違うのもそうだったが、それ以上にチャーリーの話が大きいとオスカーは思っていた。それにオスカーはトンクスにはああいう授業のような考え方をするのはあまり向いていないと思っていた。真剣に考えすぎるのだ。

 そしてエストからすればあの授業は明らかに辛いものに違い無かった。魔法界全体でもあの授業がエストと同じくらい辛い境遇など、レアやハリー・ポッターくらいしかいなさそうなのだ。にもかかわらずオスカーはエストを怒らせた上にそのまま一人で寝ろと言って飛び出して来てしまった。

 オスカーは思いっきり自分の唇を噛んだ。血が口の中に広がった。またぐちゃぐちゃで熱くなりそうな頭の中が少し落ち着いた気がした。

 

「熱い」

 

 急にさっきまで心地よかったはずのお湯がオスカーには熱く感じられた。口の中はまだ血の味がしていたが、落ち着いてさっきのエストの事を考えると今度は頭がそれしか考えることができなくなって、落ち着いて考えたはずなのに頭がどんどん凝り固まってしまう気がオスカーはしたのだ。

 浴槽から勢いよく上がって、水のままシャワーを浴びたが、オスカーは今すぐスリザリンの談話室まで走っていってエストに謝りたくなった。頭に冷水をかけても今度は行き詰まった頭が中々柔らかくはならなかった。

 

「多分ずっと外で待ってた」

 

 ご飯を食べていないとエストは言っていたので、マダム・ポンフリーが二人を治療して、そのあとクラーナとオスカーが晩御飯を食べて喋っている間、ずっとエストは医務室の外で待っていたに違いなかった。

 やっぱり今すぐ服を着て、スリザリンの談話室で喋るべきかとオスカーは思ったが、談話室にいるとも限らなかったし、寮に戻って居なかったならどうやってエストを呼び出せばいいのか分からなかった。

 そもそもオスカーは自分が何を言って、何をエストにするのか自分でも全く分からなかった。クラーナ相手でもそうだったのに、今の状態で気が張っているであろうエストと喋った日には自分がどうなるのかオスカーには分からなかった。

 

「オスカーがここにいるなんて珍しいな」

 

 冷水をずっと頭から浴びて体がすっかり冷めたオスカーが後ろを見ると、赤毛でそばかすがあって、魔法使いとしてはかなり筋肉質ないつもの魔法使いがいた。

 

「この風呂って監督生、首席、キャプテン専用らしいけど、全部の寮から結構距離があるから冬はあんまり使えないらしいんだよね。ビルはグリフィンドール塔に帰るまでに湯冷めして風邪ひいたって言ってたよ」

「確かに今、俺は寒いな」

「え? ああ、それ水を浴びてるんだ? でもちょっと湯船に入るのは待ってほしい」

 

 チャーリーはそう言うと蛇口を十口くらい開いて、何やら杖で泡を操っていた。オスカーは何をしているのかと思って、湯船の近くまで行ってみてみるとチャーリーは色とりどりの泡で湯船に絵を描いているらしかった。

 

「ほら、ここのところずっとハンガリー・ホーンテイルに挑戦してるんだけど、中々しっぽのとげとげがうまくいかないんだよね。この灰色の泡は泡の一つ一つが大きくて、小さいのを描くのが難しいんだ」

 

 オスカーは風呂の中で数十分も落ち着くために考えて、そのあと数十分は冷水を浴びてでも頭を冷やそうとしていた自分が馬鹿に思えてきた。口の中の鉄の味がひどく気持ち悪かった。

 

「下を灰色の泡にして、上に違う色の細かい泡を載せて、輪郭を描けばいいんじゃないか」

「え? たしかに、オスカー天才だね。エストといつも一緒にいるだけのことはあるよ。ああ、冷水を浴びたから頭が冴えてるんだね」

 

 チャーリーはオスカーのアドバイスを聞くと俄然やる気を出して、灰色の泡の上に紫の小さな泡を載せて、ハンガリー・ホーンテイルという尻尾にとげとげのあるドラゴンをもっと詳細に作り始めた。多分、監督生のバスルームで泡を使ったドラゴンを描いているのはホグワーツの長い歴史の中でチャーリー・ウィーズリーが史上初めてに違い無かった。

 バスルームで素っ裸に杖を持って熱心に泡のドラゴンを作っているチャーリーを見て、オスカーはいったい自分は何なんだろうと考えた。ほかの同級生の男子はみんなチャーリーみたいなのだろうかと考えたのだ。

 

「できた。ほら結構似てるだろ?」

「俺はハンガリー・ホーンテイルの姿なんて分からないんだが」

「え? まあそうか、ほらとげがオスより大きいからこれはメスなんだよ。オスの何倍も凶暴で体も大きいんだ」

 

 泡で鱗を再現しているのは見事だったが、オスカーはそれより、このチャーリーとかいう男が果たしてさっきの自分と同じような気分になったことがあるのか怪しいと思い始めていた。ドラゴンさえ与えておけばチャーリーは上機嫌になるのではないかと思ったのだ。

 

「オスカーはもう出る?」

「いや流石に寒いからもう一回入ろうと思うけど」

「じゃあちょっと湯船で話そう。スリザリンの新しいクィディッチのチームが誰になったのかよかったら教えてほしいし」

「こんな綺麗に作ったのに入っていいのか?」

「お風呂は入らないと意味ないよ」

 

 チャーリーは全く迷いなく風呂に入った。オスカーはやっぱりチャーリーも理解できなかった。もうエストやクラーナやトンクスといい、オスカーは周りの人間がどんどん分からなくなってしまった気がした。

 

「今日はちょっと残念だったよね。ほとんどオスカーが勝ったと思ったのに。ジェイがオスカーとクラーナに胴元のくせに掛けてたから結構損してたよ」

「まあエストが中断させたし」

「それだよね。あそこまでエストが怒るのは結構珍しいよ。でも、オスカーはキングズリーのマスクが取れなければ勝ててたと思うけどな」

 

 湯船に入ると泡でほとんどお互いの顔が見えない中、オスカーはチャーリーの話を聞いて、キングズリーの顔が見えて決闘を中断したのはよかったのかもしれないと思い始めた。あのまま勝ってしまったら、それこそオスカーは自分をコントロールできなくなったのではないかと考えたのだ。

 

「キングズリーの顔が見えて反応が遅れたのは確かだけど……」

「決闘もスポーツなんだし、やっぱり勝った方が気持ちいいよ。僕があとちょっとでスニッチが取れたのに、違う理由で没収試合になったら多分一日荒れてるよ。横やりで勝利を逃すのは一番辛いよね。逃がしたグリンデローは大きいって言うし」

「決闘がスポーツ? それに横やりで荒れるって?」

 

 オスカーには決闘がスポーツという感覚が余りわからなかった。オスカーにとって決闘とはだいたい命か自分の命より大事なものをかけて戦うことを指していたからだ。それに勝利の直前で寸止めされて、どうしてムカついたり、気分が荒れてしまうのかもオスカーには分からないのだ。

 

「決闘もスポーツだと僕は思うよ。だって、スポーツって要は戦いとかの真似事だよね? ドラゴンや動物がメスとか自分の縄張りとかをかけて戦う代わりに、人間はクィディッチとかチェスとかで自分が傷つかないように戦うんだよ。決闘も少しくらいけがはするけど、許されざる呪文を使わなければそんなに危険ではないだろ?」

「まあそうなのか」

「決闘クラブだって、公式にはないけど、ホグワーツにはいくつもあるしね。それにオスカーはあとちょっとで勝負ごとに負けたらムカつかないのか?」

「あんまり俺はそういうことしないからな」

 

 人と争うようなことをオスカーはあまり好んでやるタイプでは無かった。成績でも誰かに勝とうとして勉強しているわけではなく、単純にホグワーツで勉強して新しいことを理解したり、新しいことができるようになるのが楽しかったし、周りの人間の知識欲が旺盛なのもあった。ほかのスポーツ等もオスカーはそれほどのめり込んでやることも無かったのだ。

 

「へえ、僕は結構クィディッチで負けると頭にくるんだ。今はそんなモノとか人に当たらないけど、僕がスニッチを取っても負ける様な状態だとやっぱりムカつくし、相手がスニッチを取ってこっちのチームが勝ったらもう最悪だよね」

「チャーリーがそうなってるの見たことないけどな」

「いつも試合の後はグリフィンドールのみんなと一緒にいるから。それにオスカーはあんまり競技場の更衣室に入ったことないと思うけど、負けた後はみんな荒れてるよ。怒って天井とか床を呪文で壊すやつもいるからね」

 

 エストもそうなのだろうかとオスカーは思った。確かに試合の後はいつもよりずっと遅くまでオスカーと談話室で喋っていたり、食べる量がやたら増えたりすることをオスカーは知っていたが、基本的にエストはクィディッチの勝ち負けでオスカーに毒を吐いたりはしなかった。それよりいつもセーブしているであろう飛び飛びで色んな場所に興味が飛んでいく話を延々とオスカーにするのだ。

 

「昔、ビリウスおじさんが生きてた頃に呪文でスニッチもどきを作ってくれて、エストと一緒に遊んでたけど、二人で相手の箒にしがみついてでも勝とうとしたから、結構やったやらないで喧嘩になったよ。大人がくるとエストは黙っちゃうからあんまりママや叔父さんは知らなかっただろうけど」

「今喧嘩したらシャレにならないな」

「まあね。でも僕は試合とか勝負で負けてムカつくのは当然だと思うんだよね。それにそれを外に出して冷静になれるならいいと思うんだ。プロのクィディッチプレイヤーもモノに当たったり、声に出したりして、気分を切り替えたり、冷静になったりするから。まあチームメイトに悪影響がなければだけど」

 

 外に出すことで自分をコントロールしているのかとオスカーは思った。それはオスカーがこれまで考えたり学んだりしていた閉心術とは少し違う技術のように思えた。人や物に当たることは良くないが、それをしないで内にため込んで爆発して取り返しのつかないことになるよりよっぽど良いのかもしれなかった。

 チャーリーと話すと泡で顔が見えないのもあったが、さっきよりよっぽど頭が静かになっていくとオスカーは思った。一人で考えているとさっきのクラーナやエストの顔の姿が頭に出てくるが、こうして喋ってその内容に集中していればそれも抑えられた。

 

「自分をコントロールする技術だってことか?」

「そうだろうね。人間は動物だから、同じ人間に…… 決闘とかはより直接的だからクィディッチより近いと思うけど、同じ種族に勝つっていうのは快感になるようにできてるはずなんだよ。だって、そうなら群れの中でより多くのエサを手に入れることができるし、より多くの異性とつがう事が出来て自分の血を残せる可能性が上がる。だから勝負に勝つのは快感だし、負けてイラつくのは当然で、それを辛うじてコントロールできるのが人間で、その効果を少し上げる術って感じかな」

 

 相変わらず、動物の話になるとチャーリーの話は理路整然としていて、説明する気がある時のエストを彷彿とさせた。こういう時のチャーリーを見るとオスカーはチャーリーとエストの血が近いことを実感するのだ。

 それにこれはオスカーにとってヒントになりそうな話だった。

 

「それがさっき言ってたモノに当たるとかそういう話なのか?」

「そうだよ。それにモノを壊したり、同種に暴言を言って解消されるのは動物の中では凄いことなんだよ。普通の動物なら同種を殺しちゃうなんてよくある話だよ。ドラゴンじゃなくても、雄鶏や狼でも同種を虐めて理由もなく殺しちゃうからね。それに理由があればなおさらだよ。自分の縄張りを荒らされた。捕食行動を横取りされた。求愛行動の途中で邪魔されたとかね。人間も一緒だよ」

 

 泡でチャーリーの姿は赤毛くらいしか見えなかったが、やっぱりこういう時はまるで別人のようだとオスカーは思った。さっきの全裸で楽しそうにドラゴンの泡のアートを作っていた筋肉質な人物と同一人物だと思えないのだ。そしてまさにチャーリーの言っていることはオスカーに該当しているとオスカーは考えたのだ。文字通り、オスカーは動物のように体に引っ張られていると実感していた。

 

「じゃあどうやって人間はコントロールするんだ?」

「人間だからいろいろじゃないかな? 例えば一杯食べるとか、赤ん坊みたいに安心する人に抱き着くとか、好きな音楽を聴く、思いっきり体を動かす、機嫌が悪いことを忘れるくらい没頭することをする。好きだったり尊敬したりしてる人に直接褒めてもらう、自分を理解してくれる人と話すとか、後ろの方が動物よりじゃなくて、前の方が動物よりかな? でも僕は考えるだけじゃなくて、聞く見る嗅ぐ触るみたいな五感と一緒じゃないとそういうストレスは無くならないと思うよ。だって僕らは結局動物だから」

 

 オスカーは今言ったそれを自分は少しでも実行できているだろうかと思った。そもそも自分が何をストレスと思っているのかも分からなかったし、自分がストレス解消に何をしているのかも分からなかった。こうして風呂にはいるのだって、今日やっと見つけた方法の一つのはずなのだ。

 

「チャーリーはなんかあるのか? そういうの」

「やっぱり箒に乗ることとか、最近だと例の…… あれの話を考えることかな」

「そうか、周りのみんなはどうしてるんだろうな」

 

 チャーリーのストレス解消法はオスカーには全く向いてい無さそうだった。するとチャーリーは湯船の傍に置いていた杖を振って、何やら棒人形のような人型を作り出した。緑色の泡でできた棒人形はオスカーがどこかで見たことがあるような動きをした。ときどき何かに首を傾げたり、まるで本を読みながら前を見ていないように視線を下げて歩いているように見える。

 

「ほら、こうやると動きだけでも誰か分かるよね。動物もそれぞれ動きに癖があるけど、人間はもっとあるよ。考え方の癖もそうだけど、動きや行動の癖もね。追い詰められた時もそうだよ。エストだと一杯食べたり、一人でずっと本を読んでブツブツ言ったりとか、箒で見えなくなるまで飛んで行ったりとかかな? 少なくとも小さい頃はそんな感じだったよ」

「俺にもそんなのがあるのか?」

「オスカーにもあるんじゃないのかな? オスカーがそういう状況になってるのを僕はあんまり見たことが無いから、エストとかクラーナとか…… ああ、ペンスに聞いてみたらいいんじゃないかな? ペンスならオスカーのこと大体知ってるだろうし」

 

 ペンス。オスカーは確かにペンスの事をなぜか忘れていた。オスカーが落ち着ける相手としてはペンスが一番に違いなかった。ホグワーツにいるせいでそれを忘れていたのだ。オスカーはもうペンスにドロホフ邸まで連れ帰って貰った方がいい気までしてきた。

 

「確かにそうだな」

「そうだよ。僕はオスカーの事を知るんならペンスに聞けばだいたい教えてもらえると思うけど、あんまりみんなやらないよね」

「俺の事をわざわざ聞く奴なんていないだろ」

「そうかな? ジェイなんかは賭けのためにオスカーのかぼちゃジュースに真実薬をちょっと垂らしてみたら大儲けできるって言ってたけど」

「俺を賭けに使ってどうするんだ。もう決闘トーナメントもないのに」

 

 オスカーは自分の内心など知りたい人がいるのかと考えた。そして、自分の内心など自分にすらわかりようがないのに、相手に知らせることなどもっと難しかった。

 

「あ、あとチャーリーはクィディッチの試合の時とかに、ちょっとくらいケガをしてても気づかない時ってあるか?」

「あるよ。それにトップのクィディッチ選手とかは、昔のルールが決められていなかった頃は、スニッチを取ってから斧で相手選手に自分の足が切り取られてたことに気づいたなんて話もあるくらいだよ」

「なんでクィディッチに斧が出てくるんだよ」

「その頃はルールにビーターのこん棒の代わりに斧を使っちゃいけないって書いてなかったんだ」

 

 オスカーは相変わらず、とにかくチャーリーはクィディッチかドラゴンに例えないと話ができないことを思い出した。こう考えるとエストは比喩や例えのレパートリーが異常に多い気さえしてくるのだ。

 

「あれってなんでだろうな。今日も俺の指が折れてたらしいんだが、マダム・ポンフリーに言われるまで気づかなかったし」

「集中してたからだと思うけどね」

「集中してたら体に何かあったらわかるだろ?」

「人間が本当に集中してるときは集中に関連すること以外は分からないと思うよ。ドラゴンが火を吐くときに、自分の爪や鱗に虫がついても気づかないだろうし、そういうことだよ」

 

 今度のチャーリーの例えはオスカーには実感しにくかった。決闘するときに自分の体の動きをオスカーは感じ取っているはずだったし、自分が考えるとおりに体をコントロールしているはずなのだ。なのに体に自分が感じることができない部分があることがオスカーにはわからなかった。

 

「オスカーがどんな状態を集中してるって言ってるのか分からないけど。僕が一番集中しているって感じるのは、自分の技術とか自身よりちょっと上の事をやろうとしているときなんだけど。オスカーは違うのかな?」

「自分の技術よりちょっと上?」

「そうだよ。僕なら箒の高速移動とかウロンスキー・フェイントくらいならもう目をつぶってでもできるだろうけど、そういうことをやってもプレッシャーはないよね? できて当然だから。オスカーが失神呪文にプレッシャーを感じないのと一緒だよ」

「そういうのよりもっと上の事に挑戦してるときってことか?」

 

 オスカーはさっきのキングズリーと決闘しているときはまさにそういう状況かもしれないと思った。失神呪文や盾の呪文単体にオスカーがプレッシャーを感じることは無かったが、熟練の闇祓いの打ち出す呪文を、相手より早く、相手より正確に受け流して撃ち込むというのは自分の技術より少し上の挑戦かもしれないのだ。

 

「そうだよ。ウロンスキー・フェイントなんてエストにやったらバレバレだから、どうやってそれを本物らしく演出して、エストをスニッチから離すってなると、僕もリラックスしながらなんてできないよ。でもできないレベルじゃない。それに失敗したらどうしようっていう心配で押しつぶされそうでも無い。優勝がかかってたらちょっと難しいけどね」

「そういう時に一番集中できてるのか?」

「うん。一番集中できている時は箒が体の一部みたいに感じるし、自分が何をやって、どういう結果が生まれて、スニッチやエストがどういう動きをするのか、自分がそれに何をすればいいのかわかる感じがするけどね。そういう時はそのこと以外何も考えれないよ。多分いつの間にかユニホームが破れてすっぽんぽんになっても気づかないと思う。だってそれがどうなったって短期的に集中していることに影響ないからね」

 

 やっと泡が消えてきて、チャーリーの顔が見えるようになったが相変わらず、少し笑っているような顔だった。オスカーにとって重要なのは本当にさっきの決闘と似たような状態にクィディッチをしている時にチャーリーはなっているということだった。

 

「集中していることに関係ないから気づかないのか」

「ワニとかもがぶってかみついたら絶対離さないし、そういう時に口が傷つこうが体が叩きつけられようが気にしないよね。人間もそういうことだと思うよ。単純に人間は動物より色んな機能がついているから、そういう状態に中々なりにくいみたいな? でも自分の出来ることより少し上だとそれになりやすいとか」

「分かった。チャーリーありがとう。今日のチャーリーの話は俺に分かりやすかった。風呂にきてよかった」

「そうなんだ。あ、あとそういう状態になるとストレス解消になるよね」

「ストレス解消に?」

「箒に乗るとそういう感じになりやすいから、僕は箒に乗るよ。そうすればそれ以外に何も考えなくなるからね」

 

 もしかすればチャーリーがドラゴンが好きなのは、ずっと自由に何も考えずに自分で飛びたいからなのかもしれなかった。オスカーは湯船から上がって、体を置かれていたバスタオルで拭いた。バスルームに入ってきた時と比べれば、ずいぶん頭も体も落ち着いているとオスカーは思った。

 

「じゃあオスカー、僕はこの後ちょっと卵の様子を見てくるよ」

「もしかして毎日見に行くつもりなのか?」

「まあね。ドラゴンも人間も親が近くにいるって感覚が大事だって本に書いてあったし、なんか呼びかけるのがいいらしいよ。ジェイに言って声を再生する魔法道具を用立ててもらうと思ってるし」

「チャーリーの声を吹き込むのか?」

「正直言うと、僕やオスカーのほとんど大人の男の声より、女性の声の方がドラゴンでも安心するんじゃないかって思ってるけど……」

「まあ頼むならばれないようにやってくれ」

 

 ドラゴンに人間の声の種別などできるのかオスカーには疑問だった。オスカーにはドラゴンの唸り声などメスでもオスでも区別できないからだ。

 オスカーはそういえば着替えも持ってくることを忘れたことに気づいた。このままだと着てきた下着をそのまま着なければいけなかった。

 

「ペンス。下着を持ってきてくれないか」

 

 バチッという音と一緒にペンスがバスルームに現れた。相変わらず、ドロホフ邸でいつもペンスが着ているスーツを屋敷しもべ用にあつらえた様な服はバスルームには似合わなかった。

 

「オスカー、多分、そうやってホグワーツでもペンスを呼び出すからみんなにオスカーお坊ちゃまって言われるんだと思うよ」

「オスカーお坊ちゃま。ご入浴後なのですか? 早くお洋服をおめしにならないと風邪をひいてしまいます。チャーリー様の分のお洋服も必要ですか?」

「ペンス、僕は着替えは持ってきてるよ。うちには屋敷しもべがいないからね」

 

 チャーリーが浴槽のふちに首だけのせてオスカーとペンスに言った。オスカーはそういわれても、ペンスはホグワーツだろうとどこだろうと来てくれるので、そんなに遠慮する意味も分からなかった。

 

「俺の分だけで大丈夫だ。ローブはあるし」

「このローブはいつ洗われたのですか? オスカーお坊ちゃま、一度お家でお着換えください」

「え? 分かった」

「じゃあねオスカー。またスリザリンのクィディッチチームの情報だけ教えて」

 

 バチッという音と一緒にオスカーは素っ裸でドロホフ邸の広間に移動していた。夏だが少し涼しく、居心地のいい空間だった。オスカーは誰もいないドロホフ邸の広間を久しぶりに見て、ホグワーツに入学する前を思い出した。

 

「オスカーお坊ちゃま。こちらにご用意しました。それに着替え終わったらココアがございます。冷たい方がよろしいですか? それとも……」

「冷たいのがいい」

「かしこまりました。ローブは洗濯してホグワーツのオスカーお坊ちゃまのお部屋に運んでおきます」

 

 オスカーはペンスに用意された服を着て、広間だったので靴も履いた。相変わらず、ドロホフ邸に何着もある寝間着だった。オスカーは子供のころから同じデザインの寝間着を着ていて、オスカーが大きくなるたびにサイズの違うものを渡されていた。果たしてこの寝間着が何着あるのか、オスカーには分からなかった。

 

「ありがとう。ペンス」

「もったいないお言葉です。オスカーお坊ちゃま」

 

 広間でペンスと二人きりなのはオスカーからすればずいぶん久しぶりかもしれなかった。まじまじとペンスを見ると、オスカーは何かペンスが小さくなっている気がした。暖炉の前でペンスに魔法界の話をして貰ったり、そういう時にペンスはもっと大きかったとオスカーは思ったのだ。

 

「ペンス。エストに晩飯は届けてくれたか?」

「はい。オスカーお坊ちゃま……」

 

 ペンスの顔がそう聞いた途端少し口をつぐんだようになったので、オスカーは反射的に喋った。

 

「ペンス。自分を傷つけることを禁じる」

「オスカーお坊ちゃま。ありがとうございます。ペンスめはオスカーお坊ちゃまをお叱りしなければなりません」

 

 ペンスがこんなことを言うのは久しぶりだった。こういうことをペンスが言うのは、母親や父親が言ったことをオスカーが守らなかった時くらいだったのだ。

 

「オスカーお坊ちゃま。お恥ずかしながら、ペンスめはまだ若輩のしもべ妖精になります。前のご主人様のお若い頃を存じ上げません。ペンスめは自分の子供を育てたことがございません。ペンスめはお若い魔法族の女性をお世話したことがございません。ペンスめはクラウチ家にお仕えしているウィンキーというしもべ妖精のように自分のご主人様をお叱りすることが出来ません」

「俺を叱る自信が無いって言ってるのか?」

 

 ペンスが言い訳を並べるのはオスカーにとって結構な驚きだった。それにペンスが若いしもべ妖精というのもオスカーには初めて知った概念だった。もちろん、しもべ妖精の若いがどれくらいの年を指すのかも分からなかった。

 

「お恥ずかしながらそうでございます。オスカーお坊ちゃまは大きくなられました。ペンスめはお坊ちゃまがここでご誕生された時から知っております。もうすぐ成人されてお坊ちゃまではなくなります。ペンスめはオスカーお坊ちゃまに何を言えば良いのか分からないのでございます」

 

 ペンスの腕や足がピクピクし始めたので、ペンスにとって自分を罰しないといけないくらいの話だとオスカーは理解した。

 

「ペンス。落ち着いて喋ってくれ、重ねて自分を罰することを禁じる。いちいち罰していたら話ができない」

「申し訳ございません。オスカーお坊ちゃま。ありがとうございます。オスカーお坊ちゃま、ペンスめはオスカーお坊ちゃまが女性にお優しいと知っております。魔法族の皆様も屋敷しもべですら、男女の仲はこじれやすいと知っております」

 

 どうもエストの事についてペンスは喋りたいらしかった。何か、オスカーにとってペンスはだいたい何でもできる存在だったのに、オスカーに言うことに困っているということが奇妙な感覚だった。

 

「エストに今日は悪いことをした。分かってるよ」

「はい。エストお嬢様はオスカーお坊ちゃまはお分かりになられているとおっしゃっていました。オスカーお坊ちゃま。ペンスめは魔法族のお若い女性をお世話したことはございません。お若い……」

「ペンス、俺に何か言うことを禁じられている事を守る事をやめろ」

 

 同じような事をペンスが繰り返そうとしていたので、オスカーははっとなってこう言った。おそらくペンスはオスカーの父親と母親や家族について喋る事を禁じられていると思っているはずなのだ。

 

「オスカーお坊ちゃま。オスカーお坊ちゃまのお母様は、女性が辛いときは男性は傍にいるだけで良いとおっしゃられました。ペンスめは魔法族の人間関係にご助言ができません。ペンスめができるのは、オスカーお坊ちゃまのご両親がオスカーお坊ちゃまにおっしゃられたことをそのまま述べることしかできません。ペンスめにはその意味が分からないのです。魔法族の親は魔法族にしかできないのです。ペンスめは……」

 

 そこまで言ってペンスが燭台に向かって走りだしたのでオスカーはペンスの手をつかんで止めた。クラーナも小さく感じたが、ペンスはもっと小さくオスカーは感じた。森の中で迷って半泣きでペンスを呼んだときはもっとペンスは大きかったはずだった。

 

「ペンス。やめろ」

「身分をわきまえない事をペンスめは喋りました。オスカーお坊ちゃま。ペンスめはエストお嬢様が何に悩まれているのか分かりません。エストお嬢様はオスカーお坊ちゃまのお母様と同じくらい品や育ちが良い方です。ですから、ペンスめはお母様がおっしゃっていたことをオスカーお坊ちゃまに申し上げました。ペンスめに分かるのはオスカーお坊ちゃまがなされたことで、エストお嬢様は、一時期のお母様と同じくらい傷つかれておられるようにペンスめには見えたと言うことです」

 

 ペンスがそう言うということはよっぽどだったとオスカーは思った。なぜならエストはそういう面をほとんどの人に見せようとしないはずだからだ。せいぜいウィーズリー家のみんなか、オスカーかクラーナくらいのはずだった。

 

「ペンスめは、オスカーお坊ちゃまが他のお宅のお坊ちゃまやお嬢様と喧嘩されれば、オスカーお坊ちゃまがもし悪いことをしたならばオスカーお坊ちゃまをお叱りしないといけません。エストお嬢様はご自分が悪いとおっしゃられていましたが、ペンスめにはそうは見えませんでした。ペンスめはドロホフ家にお仕えしているしもべですが、オスカーお坊ちゃまが成人するまではご助言を申し上げて、もし本当に悪いことをなされたならお叱りしないといけないのです。ですが、屋敷しもべには魔法族の大人の考えや行動を深くは理解できません。オスカーお坊ちゃまは立派に成長されてほとんど大人になられています……」

 

 オスカーはホグワーツに入ってからもう長い間、自分の事を思った年上の誰かに叱られるなどという経験はしていなかった。エストやクラーナ、トンクスやレアには同世代なのに叱られたことはあるかもしれなかった。オスカーは他人のために強く言うことがどれくらい難しいことなのか知っていた。

 そして自分の知らない事を言うというのはもっと難しいことだった。

 

「ペンス。分かった。ペンスの言いたいことは分かった。やりたいことも分かった。明日エストに謝る。それにその方法は自分で探すよ。どうせエストは人と違うし、俺も人と違う。だからそういう方法は自分で探す。前もクリスマスもそうだったからな」

「オスカーお坊ちゃま……」

「他のホグワーツ生にお坊ちゃま呼ばわりなのは、俺が他のホグワーツ生と違って屋敷しもべに育てられたからだ。だから人と違うし、謝り方もあんまり知らない」

「申し訳ございません。オスカーお坊ちゃま」

 

 オスカーはホグワーツに入ってからの生活が激動過ぎて忘れていたが、オスカーを育てたのはペンスだったし、オスカーが自分の良心や考え方を何を道しるべに作ったのかを考えれば、両親よりずっと長くいたペンスの方が影響は大きいはずだった。

 

「ペンスのせいじゃないし謝らなくてもいいだろ。それに他のホグワーツ生に負けてるわけじゃないからな。ずっと両親だけと一緒にいたやつより、俺の方が魔法ができる。決闘でも負けない。エストやクラーナは例外だけど」

 

 こうしてゆっくり広間の暖炉の横で喋っていると、オスカーは頭も体も落ち着いていく気がした。どこが落ち着く場所なのかくらいオスカーはここにいる間は知っていたはずだった。

 

「今日はこっちで寝る。それで起きたら明日は朝一の談話室でエストを捕まえて謝る。ペンスに叱られたし、謝らないとまた叱られるからな」

「オスカーお坊ちゃま。ペンスめは……」

「俺の部屋はシーツしいてあるよな?」

「オスカーお坊ちゃまの部屋は毎日シーツを替えております」

「じゃあ、もう一杯ココア」

「かしこまりました」

 

 どうしようもないときに何を頼って、どこに行けばいいのか、オスカーは思い出した。それに他人がそういう状態の時に自分がそうなってはいけないこともやっと分かった。

 ペンスや、他の人達、エストにクラーナにトンクスにレアにチャーリーに、他の近い大人ですら、ちょっと参ってしまうような状態になるはずだった。それもほんの少しの事で。

 だからそういう時にオスカーはできるだけ自分が何かできるようになるべきだと、ホグワーツに入ってからずっと、そして今、そう思っていた。




お久しぶりです。
業務と通勤時間に追われて、力尽きていました。
二時間の通勤時間を20分にしたので復活できる予定です。

誤字報告、ありがとうございます。
七月からの分からまとめて対応したいと思います。

感想、お気に入り、評価ありがとうございます。
感想も一言評価もすべて読ましていただいております。

TwitterのリプライやDM、質問箱も全部目を通しておりますが
ほとんど対応できておりません。申し訳ない。

段々、原作と同じく、登場人物も不安定になってきますが、
更新頻度は不安定にならないようにしていきたいと思います。
以上です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。