ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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マニューバ

 オスカーは朝の五時からひたすら談話室で待っていた。エストにそもそも何を謝ればいいのか分からないオスカーは現実逃避に延々と変身術のレポートを書いていた。

 変身した際にどうして人は自分の意識を保っていられないのかというレポートだったが、オスカー自身の考察と、クラーナに貸してもらったノートに書いてある考察を下地にして、エストが授業中にブツブツ言っていた内容に繋がるように、考えに考えて一つずつ論理と証拠で文章をつなげていた。

 

 オスカーはこの方法を三年生くらいから取っていたが、マクゴナガル先生のレポート評価で最高の評価を貰わなかったことは無かった。もちろん、エストのレポートを除いて最高ということだったが。

 

 六時くらいになればスリザリンの学生がちらほら談話室に表れて、寮の入り口である秘密の扉から外へと出て行った。オスカーは忍びの地図を自分だけに見える位置に動かした。朝五時どころか、四時台に自分の家で起きた時から忍びの地図を開いていたが、エストの名前は寮の部屋から動いてはいなかった。

 もし動きだしたら動きだしたでオスカーはどうしたらいいのか分からなかった。レポートの方はオスカーが驚くくらいの出来になっていた。マクゴナガル先生に提出する前にクラーナにオスカーは少し見せたくなった。

 

 変身術のレポートが終わってしまい、落ち着かなくなったオスカーは今度は薬草学の宿題、月見草と月齢の関係についての宿題を始めた。薬草学に関してはトンクスに聞いた方がクラーナより頭の柔らかい答えがもらえるとオスカーは知っていた。

 あっちこっちに考えが飛んでいきそうなトンクスのノートと自分で取ったノートを見比べて、エストが先に使った月見草に関する図書館の本を開き、付箋のついた部分を読みながらオスカーは宿題を仕上げた。

 

 スプラウト先生が要求していたのは羊皮紙四枚分だったが、オスカーは四枚分でとりあえずスプラウト先生が求めていそうなところまで仕上げて、残り二枚分、月見草に関する本の下敷きにされていた、七年生の一部が受けるらしい錬金術の教科書に書いてある理論を使って宿題を完成させた。

 

 七時前になってオスカーはまた忍びの地図を見たがやっぱりエストの名前は動いていなかった。途中で寝がえりでもしているのか、微妙に動くことはあったが、名前が部屋の中を動きまわったり、外に出ることは無かった。

 オスカー自身で見返してみても、かなりの出来だと思えるレポート、宿題、忍びの地図を並べながら、まさに昨日エストに言われたことを自分がやっているとしか思えなかった。

 談話室でじっとエストの名前を眺めているのはオスカー自身だったし、これではストーカーとあまりやっていることが変わらなかった。

 

「オスカー先輩のレポートって読みやすいですよね。先輩が監督生になったのはそういう理由?」

「エストの相手をできるのが俺だけだからってトンクスは言ってたな」

 

 忍びの地図をさらに見えない場所に動かしながら、オスカーはジェマと喋ったのが久しぶりだと感じた。ホグワーツに戻ってから疲れることばかりでもう二ヶ月くらいいる感覚だったのだ。

 

「どうやったら監督生になれますか?」

「なりたいと思ってなったわけじゃないから分からないな。とりあえずいい成績をとった方がいいんじゃないか?」

「オスカー先輩は一年生の相談とかに乗ったりしてますか? 昔からそういう事をしてたり?」

「たいしてやってないな。レアかジェマくらいしか下級生とちゃんと喋ったことは無い。一年生も俺に相談するよりエストの方に話かけるみたいだからな」

 

 スリザリンの一年生の何人かがエストに喋りかけて、ちょっとしたことを聞いているとオスカーは知っていた。オスカーからすれば割と頑張って入学時の説明をしたのに、今のところ相談件数はゼロだった。

 

「一年生から見ると、オスカー先輩は身長が結構あるのと、いつもエスト先輩か他の先輩と一緒にいるか、そうやって一人でレポートをしてるから話しかけにくいと思いますけど」

「話しかけやすいとかあるのか?」

「ほら、リー先輩とかは体が大きいですけど、なんかあんまり人を寄せ付けないオーラとかは出してない。でも、オスカー先輩はもうなんか寄ってくるなみたいな雰囲気を出してますね。スネイプ先生みたいな感じの」

「嘘だろ…… スネイプ先生って……」

 

 オスカーは目の前が真っ暗になりそうだった。スネイプ先生と同じ雰囲気を出している? そんなことになれば誰からも話かけられないのは明白だった。そしてオスカーが不思議なのはジェマとこうしてかなり近づいて喋っても、昨日のクラーナみたいにはなりそうにないという事だった。

 

「話しかけにくいのは……」

「オスカー、おはよう」

「おはようございます。エスト先輩。じゃあ私は授業に行きます」

 

 ジェマは風のように去っていった。残されたオスカーはエストにおはようを返せなかった。オスカーはあんまりいつものエストではないと思った。少なくともエストは談話室に起きてくる段階で髪の毛や服なんかをちゃんとしていないからだ。いつもは。

 

「エスト…… 昨日……」

「それはもういいかも、だから朝ごはんに行こう? それと流石に朝の四時からいるのは風邪をひくからダメかも」

 

 少なくとも、昨日エストを突っぱねたことくらいは謝らないといけないのに、オスカーは昨日と打って変わって機嫌の良いエストに腕をとられて引っ張られるとどうしようも無くなった。

 

「変身術のレポートくらいはカバンにいれさせてくれ」

「だめ、おなかすいたから」

 

 オスカーは呼び寄せ呪文でレポートを引き寄せてなんとかカバンに入れた。昨日の夜の風呂場から今日のレポートを書いている間中、ずっとエストに何を言えばいいか考えていたはずなのに、今日、エストの機嫌が良く、廊下を二人で歩いて彼女の髪の香りがするだけでオスカーは色々どうでも良くなってきた。

 

 

 

 

 

 

 変身術の授業、この授業はホグワーツの授業の中でも魔法薬学と同じくらい疲れる授業だったが、オスカーはかなりこの授業が好きだった。

 

「ではネズミの入っていたかごを回収します。きちんと消失できているならばネズミのかごには何も入っていないはずです。ミス・マーク、その尻尾をポケットに隠してはいけません」

 

 みんなの机からマクゴナガル先生がかごを呼び寄せ呪文で回収する。オスカーとエストの机からはネズミのかごともう一つ、大きなかごが中に何も入っていない状態でマクゴナガル先生の所へ回収された。

 

「いいですか。よくお聞きなさい。この消失呪文はふくろう試験では一番難しい課題の一つですが、間違いなく誰もができる呪文です。ミスター・リー、ええそんな顔をしてはいけません。あなたのおじ様ですらできるようになったのです」

 

 マクゴナガル先生が喋っている横でエストはずっと内職をしていた。何やらエストの考えているWWWの注文票はどんどん商品の種類が増えていた。なのにエストは何の苦労もなくネズミを消失させ、ついでにアナグマも消失させて見せた。

 オスカーが困るのはオスカーの方は結構集中しないとアナグマを消すのが難しかったのに、機嫌がいいのか耳元でぼそぼそエストが喋ることだった。

 

「ね、クラーナって先生になったらマクゴナガル先生みたいな喋り方しそうだよね? ほら、ふくろう試験では細心の集中力が求められます、油断大敵!! とかいいそうじゃない?」

「まあ簡単に想像できるな。マクゴナガル先生も結構世話焼きらしいからな、違うのはクィディッチが好きかそうじゃないかくらいだろ」

 

 マクゴナガル先生がオスカーとエストの方を向いた。オスカーは流石にエストが堂々と内職をしすぎたのと、ずっとエストがオスカーに喋りかけてきたせいで堪忍袋の緒が切れたのかと思った。

 

「注目なさい。いいですか、ふくろう試験ではアナグマの消失かリクガメを大皿に変身させる課題を出題する可能性が高いでしょう。ドロホフ、ここにあるアナグマをもう一度消失させてください」

 

 先生が杖を振ってさっきオスカーが消失させたアナグマを出現させた。オスカーはあまり人前で魔法を使って目立つのが好きではなかったが、最近、マクゴナガル先生やフリットウィック先生はエストではあんまりみんなの参考にならないので、オスカーにやって見るように言うことが多くなっていた。

 

「このアナグマだけでいいですか?」

「ええ、ふくろう試験ではおおよそ15分の制限時間内にやらねばなりません」

 

 エストが近くにいないのでオスカーはだいぶ集中できていた。おりの中のアナグマがオスカーの方をつぶらな瞳でみていた。オスカーは全く意に返さずにアナグマの解剖図を思い浮かべた。どこから消失させればいいのか…… まずは毛を皮を肉を骨をそれに…… 重要なのは全部含めてアナグマだという事だ。オスカーが杖を振るとアナグマは姿を消した。

 

「ドロホフ、見事です。スリザリンに十点」

 

 マクゴナガル先生はオスカーにそういったあと、アナグマの横にあった空の檻に杖を振った。それぞれ蛇、小鳥、猫が檻の中に現れた。

 

「いいですか、ここにある動物がそれぞれどう違うか分かりますか? ミスター・リー?」

「かわいいか、そうじゃないか?」

「いいえ違います。ミス・プルウェット、忙しいようですが答えることができますか?」

「爬虫類、鳥類、哺乳類です。それぞれ体の構造の複雑さが大きく違います。変身術ではより原始的な生物の方が、魔法使いが構造の理解やイメージをしやすく、魔法の効果が表れやすくなります。生物自体の大きさが大きく違う場合や、魔法力や高度な知能を持っている場合を除けばですが」

「スリザリンに十点、ミスター・ドロホフ、それぞれミス・プルウェットが言った順番に消失呪文をかけてもらえますか? それに加えて、今度は無言呪文ではなくきちんと

呪文を唱えて、教科書通りの杖の振り方でみんなに見えるように魔法をかけなさい」

 

 オスカーは何かマクゴナガル先生とエストの劇を後ろで支える大道具係の気分になってきた。とは言うものの、エストの言った通り、順番が後ろになるほど、体の構造が複雑になるほど消失呪文が難しかったのは本当だった。ただ、オスカーはさっき無言呪文で哺乳類を消したばかりだった。

 

「エバネスコ 消えよ」

「エバネスコ 消えよ」

「エバネスコ 消えよ」

 

 面倒になったので、オスカーは連続で呪文をかけて蛇、小鳥、猫を消した。ちょっとだけクラスメイトから拍手が挙がって、オスカーは少し恥ずかしくなった。

 

「ドロホフ、よくできました。スリザリンにもう十点、では本日の授業は終了です。ネズミを消失できなかったものは宿題として来週までに消失呪文の練習をすること、および全員、脊椎動物の体の構造について理解するため、アナグマのスケッチを行い提出しなさい」

 

 マクゴナガル先生の宣言と同時に変身術の教室はため息に包まれた。オスカーの目の前にあるおりの中には結構な数のネズミの足や尻尾が踊っていたし、中にはそのままのネズミや半分になったネズミがいた。

 

「ミス・プルウェット、少々ドロホフを借ります。十分もすれば返しますからそんな顔はおよしなさい。それにあまり堂々と内職するのもおよしなさい」

「はい、マクゴナガル先生。オスカー外で待ってるね」

「分かった」

 

 自分にアナグマを消させたのは明らかに自分を残すためだったのだろうとオスカーは思った。マクゴナガル先生が柔らかい顔をしているのをオスカーはほとんど見たことが無かったので、今日もやっぱり固い顔をしているマクゴナガル先生を見ると、オスカーでも少しは緊張した。

 呪文で消失した猫を出現させて、その毛並みを撫でながらマクゴナガル先生はオスカーに喋った。

 

「ドロホフ、昨日のことです」

「昨日…… 闇の魔術に対する防衛術の事ですか?」

「いいえ、違います。医務室の一件です」

 

 オスカーは途端に頭が痛くなってきた気がした。マクゴナガル先生の相変わらず厳しそうな顔を見るとオスカーは一年生のころのクラーナの顔を思い出しそうだった。

 

「ドロホフ、いいですか、私が教えてきた学生の世代でも、今の世代が一番生徒数が少なく、それに魔法界の大人の数も少ないでしょう」

「そう…… ですね」

「それに…… そうですね、お世辞を言っても仕方がないでしょう。あなたの寮監であるスネイプ先生はまだお若いですし、私の知る限り、あまり人の相談に乗るのが得意ではありません。加えて、あなたとはずいぶん違った学生生活を送っていたと記憶しています」

 

 オスカーにはちょっとマクゴナガル先生が何を言いたいのか分からなくなってきた。この先生がどういう人間なのか、オスカーにはそれほど理解できていなかった。

 マクゴナガル先生は相変わらず眉がキリッとしていたし、顔はくそ真面目なままだった。スネイプ先生について言っていることについて、オスカーは笑えばいいのか分からなかった。

 

「ドロホフ、私は二年生に校長先生のお部屋であなたや、ミス・ムーディ、ミス・マッキノンのお話を聞いた時から、あの時の校長先生と同じように、あなたの勇気を評価しています。もちろん、変身術の授業でも評価していますよ。私はこれまで見てきたほとんどのグリフィンドール生よりもあなたを評価しています」

「ありがとうございます」

 

 いまいち、やっぱりオスカーには疑問点しか浮かばなかった。確かにマクゴナガル先生は魔法がうまくできたり、レポートがいいものならばちゃんと褒めたり評価してくれる先生だが、あんまり表立って生徒をこうして褒めることなどオスカーの記憶にはなかったのだ。

 それに医務室で、ちょっと考えるだけで恥ずかしくなる…… ことについて喋る前に褒めるのは意味が分からなかったのだ。

 

「ですから、あなたはきちんと向き合うべきでしょう。忍耐強く、きちんと考えて、勇気をもって向き合わないといけませんよ。いいですか、ドロホフ。少なくとも授業中のあなたを見る限り、慎重で身の丈に合わない事をしないのは分かりますが、決める時は決める勇気があるのですから、いざという時は一気に勝負をしかけるものです」

「は、はい……」

 

 この先生はやっぱりオスカーには良く分からなかった。昔は年をとったクラーナみたいな先生なのかと思っていた時もあったが、今回の話でオスカーはさらによく分からなくなった。

 

「人生では、頭で考えるよりも、心や感情で決めねばならない時がありますよ。よいですか、ミス・ムーディにも言いましたが、私はいつでも生徒の相談に乗ります。あなたは前に変幻自在呪文の事を相談しに来たでしょう。あの後私が見た、あなたたちが持っているカードは素晴らしいものでした。変身術について聞きに来るように、他の事も私や他の先生に相談すればよいでしょう。もちろん、何を聞きたいのかで相談相手は選ぶべきですが」

「ありがとうございます。でも、どうしてカードの事をマクゴナガル先生がご存知なのですか?」

 

 オスカーがそういって首を傾けると、マクゴナガル先生がめったに見せない笑顔を見せた。こんな笑顔はクィディッチでグリフィンドールが勝った時くらいしかオスカーは見たことが無かった。

 

「ミス・トンクスが教員用のバスルームの石鹸をすべてカエル石鹸にしようとしていた時に、ポケットの中身をすべて出させました。ゾンコのガラクタの中にカードも一緒に入っていました。ええ、ミス・トンクスは私に嬉しそうに説明してくれましたし、彼女の言うように、私も素晴らしい魔法の使い方だったと思っていますよ。私の時間をあなたに使ったかいがあったと思いました。あんまり出来が良いので、取り上げてしまおうかと思ったくらいです」

「そうなんですか……」

 

 確かに、あのカードについて一番喜んでいたのはトンクスだったし、他のメンバーはマクゴナガル先生にそんな事を喋る状況にはなら無さそうだった。

 

「ではもうお行きなさい。ただし、最後に言っておきますが、私の寮の生徒に半端な事をすれば許しません。それと、あなたとミス・プルウェットは宿題は無しでよろしい」

「分かり…… ました」

 

 オスカーはいまいちマクゴナガル先生が何を言いたいのか分からなかった。だいたい、マクゴナガル先生が個人を呼び出してこんな事を言うのはめったにないはずだった。オスカーはそんなに自分が困っている様に見えるのだろうかと考えた。

 

「オスカー、マクゴナガル先生とは何の話だったの?」

「うーん…… 多分、困ってたら相談に乗りますよみたいな感じだったと思うけど」

「オスカーは困ってるの?」

「いや…… 困ってるかどうかだと、正直去年の方が困ってたかな」

 

 本当に助けが欲しいという意味では、オスカーは去年の方が困っていた。心理的にも肉体的にも去年の方がきつかったはずだった。

 

「なんでオスカーなんだろ? だって、オスカーは別に勉強で困ってるとかじゃないでしょ?」

「ダンブルドア先生も俺とかエストにわざわざ言いに来たし、去年のキメラとか、三年生の最後とか、いろいろドンパチやりすぎたから、試験のある五年生だし落ち着けとかそういうのなのかもな」

「それでもオスカーにだけ言うのはおかしいよね? 他のメンバーにも言わないとおかしくない?」

「そんなに考えなくてもいいと思うけどな」

 

 眉間にしわを寄せて考えるエストを見ながら、オスカーは今年のエストが先生や年上の大人の行動に神経質になっているのではないかと思った。

 オスカーにはやっぱり、エストが何を心配して、何が見えているのかが分からなかった。

 

 エストには未来に違うものが見えているかもしれなかったが、オスカーがぼんやり未来について考えて見えるのは、ふくろう試験があって、その先にぼんやり自分が何の仕事をするのかが決まるのだろうとかそういう事なのだ。

 あとは、せいぜい近い人との関係がどうなるかとかそのくらいのことだった。

 

「あ、やっと来ましたね」

「何? スリザリンはマクゴナガル先生に居残りさせられてたとかそんなの?」

「オスカーがマクゴナガル先生に捕まってたから…… あれ? チャーリーは?」

「チャーリーはなんかちょっと用があるとか言って、ジェイとどっかに消えて行きましたよ」

 

 空き教室に入るといつものメンバーが大体そろっていた。オスカーはチャーリーはまた卵でも見に行ったのだろうかと思った。

 

「あの、先輩方は監督生のコンパートメントで喋ったんだと思いますけど。ボクは何も聞いてなくて……」

「そうよね。まあどうせまたドラゴンの鱗でも探しに行ってるチャーリーは置いといて、エストもう一回説明しなさいよ」

「別にいいけど……」

 

 エストは巾着袋の中からずいぶん大きなナップサックを取り出して、空き教室の机の上にひっくり返した。色とりどりのお菓子や、帽子、ナイフ、マグルの雑貨店に並んでいそうなものが散らばった。

 

「これが気絶キャンディでこっちが鼻血ズルズルヌガーでしょ? カナリア・クリームに首無し帽子なの。これでフレッドとジョージが作りたいって言ってたやつは大体使えるようになったと思うの。まだあんまりサンプルがいないからちょっと危険かもしれないけど」

「これはお菓子ですか?」

「そうだけど…… うーんと、じゃあ最初から説明するね」

 

 らちが明かないと思ったのか、エストは杖でさっきばらまいたお菓子を机の端に寄せて、もう一回杖を振り、例の注文票を取り出した。相当な数が巾着袋から飛び出てきた。多分、みんなの変身術のレポートの厚さを合わせた分より厚かった。

 

「まず、これをばらまきます。これはお店に置いてあるチラシみたいになってて、原本を書き換えるとそれに合わせて、全部変わります。次にこれの欲しいのに名前を書いて、ふくろうでお金を送ると、注文できます。他にもこのチラシには原本に合わせて、書きたい事を書けます。売り物はいまばらまいたものです」

「毎日届けなくてもいい日刊預言者新聞みたいな?」

「そんな感じなの。で、これをやるにはいろいろいるかなって、まず一緒にやってくれる人でしょ? 次に売るモノとか作る場所でしょ? それで最後にお金かなって」

 

 レアは自分のあごに手を当てて、机の上に置かれている、原本とそれの写しになるものを触ったり、交互に見たりした。そのあと、なにやらクラーナと喋っているエストとオスカーの方を交互に見た。

 

「それで…… 結局これをばらまくんですか? 通販で?」

「そう。それでね、効きすぎて危なかったりしたら言ってほしいからそういうのを書き込めるようにしようと思うの。あと段々効き目を強めていけば危なくないかなって」

「これを食べると気絶できるんだ…… 材料とかはどうするんですか?」

 

 エストがレアに聞かれて羊皮紙の束を取り出した。一見、古代ルーン文字にもラテン語にも似た文字だったが、意味は全く読み取れなかった。しかし、エストが杖を振ると意味のある文字と数字に変わった。

 

「ここに必要な材料は全部書いといたから、えっとグリフィンドールのジェイ? に頼めばいいんだよね?」

「結構危ない材料もないですかこれ? 取引禁止品も混ざってますよね?」

「魔法薬の授業の時にちょっとだけ多めに借りたり、薬草学の時にちょっと多めに摘んだりしたの。でもそうだよね、ホグワーツだと取引禁止品も手に入るけど……」

「まあジェイなら大体手に入れてくると思いますけどね。前はハグリッドに頼まれて、マンティコアの幼体をホグワーツに持ち込もうとしてましたし」

 

 オスカーはよくよく考えると、自分たちのメンバーで規則破りを本格的に行うというのは先生方から見るととんでも無いことになるのではないかと思い始めていた。しかし、オスカーはエストの機嫌を損ねたく無かったし、なによりこのメンバーで一つの事をやって見たかった。

 

「それより仕入れるのなら元手がいるんじゃないでしょうか? そういう取引禁止品って結構な値段がしますよね? 前に魔法薬の勉強をしようとして、魔法薬の材料の価格を見たらびっくりするような額だったんですけど」

「それは大丈夫なんじゃないの? まあ私とかチャーリーはあんまりお金を持ってないけど、オスカーはお坊ちゃまだし、エストはお嬢様なんじゃないの?」

 

 エストが自分のポシェットをガサガサやった後、かなりうんうん言いながら重そうな巾着を取り出した。テーブルに置くと金属同士がぶつかる音がした。

 

「ここにだいたい三千ガリオンあるから、それでなんとかならないかな?」

「いま何ガリオンっていいましたか?」

「三千ガリオン」

 

 みんなしばらく無言になった。エスト以外の四人はじっとエストが置いた瞬間にジャリン!! という音が鳴った巾着袋を見ていた。オスカーはチャーリーがここにいなくてよかったと思った。多分、もしかするとチャーリーは卒倒してしまうかもしれないからだ。

 

「これだけあったら何ができるのかしら? 私ちょっとよく分からなくなってきたわ」

「何をやったらこのお金がでてくるんですか?」

「え? 去年のトーナメントで最初に百ガリオンくらいみんなに賭けてたんだよ? それが三十倍くらいになったからこうなったの」

 

 チャーリーのニンバスが何本買えてしまうのか、オスカーは計算しないことにしたが巾着の中で金貨が唸っているというのはみんなにこれまでにない衝撃を与えたようだった。

 

「分かりました。エストが本気でやろうとしてるってことを私は今分かりました。お金ってすごいですね」

「だから最初から本気でやるって言ってるの。こういう商売って色んな機械とか魔法道具と一緒で大きな仕組みだから、その仕組みが回るところまで一気にやらないとダメだと思うの。私はあんまりモノを売るとかしたことないからあってるか分からないけど」

「OK…… 分かった。分かったわよ。エストが本気だってことは」

「小さい家なら買えるんじゃ……」

 

 トンクスが少し引いているのもいつもの事を考えると面白い状況だった。むしろこういう事をやりたいのはどちらかと言うとトンクスの側のはずだったからだ。

 

「こ、こんなに使わないと思いますけど…… あ、場所、場所が必要だと思います。ほら作る場所が必要かなって」

「そうなの。さっきも言ったけど、その話を今日やろうと思ってたの。エスト一人かオスカーと一緒くらいなら談話室で何かしてても別に何も言われ無いけど、さすがにみんなでいろいろ作ったりしてると何か言われるかなって。それにその部屋からバンバンふくろうが飛んで行ったらばれちゃうでしょ?」

「必要の部屋はダメなわけ?」

 

 トンクスがそう返すとエストはかぶりを振った。

 

「それだと誰かが使っている時は使えなくなっちゃうの。それに私はあの部屋をそういう使い方をしたくないって思ってるんだけど。あの部屋って誰かが本当に困っている時に使われる部屋だと思ってるの。それにエス…… 私たちはあの部屋の力を使わなくても他の方法で実現するくらいできるかなって」

「なんかいいですねそういうの。昔はレイブンクローのお世話になっていましたけど、今は私たちだけでできるってことでしょう?」

「へえ、エストいいこと言うじゃないの。オスカーあんた今日はずっとだんまりだけどどうなのよ?」

「いいんじゃないか」

「ボクもいいと思います。ただ見つからなくて、大きな場所を探さないとダメですけど」

 

 三年間の時のエストは必要の部屋を使いたがっていたのに、今となってはエストにとって、頼ってはいけないものになっているのがオスカーからすれば新鮮だった。ただ、あんまり自分たちだけでやることにこだわるのは良くない気もオスカーはしていた。

 

「なんかないかな? 最悪、叫びの館でもいいかなって思ってるんだけど。ただあそこだとダンブルドア先生はすぐに気づいちゃいそうでしょ? あとホッグズ・ヘッドもアバーフォースさんはダンブルドア先生のことあんまり好きじゃないけど、多分伝えるんじゃないかなって」

「うーん。そんな場所ホグワーツにあるのかしら? ダンブルドア先生とか先生方の目から逃れることができて、結構大きな場所よね?」

「忍びの地図を見て考えればいいじゃないですか」

 

 オスカーは待っていましたとばかりに忍びの地図を広げた。フレッドとジョージ考案のいたずらグッズの中で広げると忍びの地図はまさにあるべき場所に戻ったとでも言いたげだとオスカーには感じられた。ただ、みんなが忍びの地図を覗き込んだせいで顔の距離が近くなったのがオスカーにはいただけ無かった。

 

「知られてない場所よね? 隠し通路じゃないの? ほら、隻眼の魔女の像の下はハニーデュークスにつながっててフィルチも知らないわ」

「あとは叫びの館につながっているあれと、五階の大鏡の後ろですよね」

「五階の大鏡の後ろは結構大きいですよね。オスカー先輩」

「オスカーとレアが去年ずっといた場所でしょ?」

「え…… ああ、まあそうだけど……」

 

 よくよく考えれば、チャーリーとオスカーが卵の隠し場所としてあの場所を選んだのは知っている人が少なくて、大きなスペースをとれるからだった。そしてそれはそのままエストの計画にも一致する場所なのだ。オスカーは完全にそれを忘れていた。

 

「なんか歯切れ悪いわね。なんかあるわけ?」

「いや、チャーリーとジェイとこの話をしてて、どこからエストの言うような材料をホグワーツに持ち込めばいいか考えてて、この場所の話が出たんだよ。それでちょっと前に見に行ったら……」

「行ったらどうしたんですか?」

「崩れてたんだ。まあ崩れてないんならあそこが一番楽だろうけど」

 

 オスカーはこの四人に嘘をつくのがかなり苦しかった。ましてやジェイの名前まで出してしまったので、クラーナがジェイに聞いた日にはすぐにばれそうな嘘だった。

 

「え? 崩れちゃったんですか? オスカー先輩」

「見た感じそうだったな。それに元から崩れそうだったろ?」

「そうですけど…… 今から見に行っていいですか?」

「いや、崩れてるって……」

「あの、先輩方は忍びの地図で他の場所を見つけてもらえますか?」

「いいですけど…… オスカーが崩れてるって言ってるんですから別に行かなくて……」

「じゃあちょっと行ってきます」

 

 レアがオスカーの腕をとってかなり強引に部屋から連れ出した。オスカーはできるだけ優しくレアの手を腕から外した。

 

「どうしたんだ」

「その…… ちょっとショックだっただけなんだけど…… あそこは居心地の良い場所だったから」

「見ても崩れてるから……」

 

 オスカーはかなり罪悪感に苛まれていた。こんな形でレアや他のみんなに嘘をつくことになると思っていなかったのだ。レアは去年の間にあの場所がずいぶんお気に入りになっていたようだった。

 

「オスカーと去年補強みたいなことをしたと思ったんだけど……」

「あれだけじゃ足りなかったんだろうな。俺たちが練習している間に落ちてこなくてラッキーだったかもしれない」

「それは……」

 

 五階に向かって階段を登りながら、オスカーはやっぱりチャーリーとの秘密をばらしてしまって、エストの計画に使った方がいいのではないかと思い始めていた。

 しかし、オスカーにはやっぱり男友達と気軽に喋れる時間と空間が必要だった。 

 

「ほんとに崩れてる……」

「だろ? それに呪文とかかけたらもっと崩れるかもしれないだろ」

「そうかもしれない…… エスト先輩ならどうにかなるかもしれないけど」

「それをするより、他の場所を探した方が速いとは思うんだが。マートルが住んでる女子トイレを改造するとかな」

「それだと一生ボクたちの誰かがマートルに付きまとわれそう」

 

 オスカーはなんでこんなみんなと何かやるだけで罪悪感に苛まれないといけないのか分からなかった。三年生までなら多分、ドラゴンの卵もエストの計画も、クラーナの動物もどきの話も、全部一緒にやれたはずなのだ。

 

「オスカー、自分の目で見て分かった。わざわざ連れてきてごめんなさい」

「いや、いいけど。けどやっぱりなんか違和感あるな。俺といるときだけ、そんな口調になると」

「え…… いや、ボク…… 最近はレイブンクローの友達といるときもこんな感じだけど……」

「じゃあ、エストやクラーナがいるときだけ違うのか?」

「まあ…… そう…… かな?」

 

 とはいえ、去年までのレアならあんな空気で強引にオスカーを連れ出すなどしなかったはずなので、口調の変化くらいかわいいものかもしれなかった。

 レアの身長はどんどん伸びて、今では同級生の男子の平均くらいはありそうだったし、髪の毛もだんだん伸びて、明らかに入学時のレアとは別人だった。

 

「オスカー、オスカーはエスト先輩の計画に反対?」

「いや、別にやればいいと思ってる。まあクラーナにはなんかくぎを刺されたけどな」

「クラーナ先輩がくぎ?」

「エストが暴走しないように見張れだって、その後はトンクスにどっちかと言うと俺の方が暴走しがちみたいな感じで言われたけどな」

「プッ…… あ、ごめんなさい。そのちょっと面白かったから」

 

 目の前でオスカーのいわれように対して笑うなど、多分、これもこれまでのレアでは考えられなかった。

 

「レアはどうなんだ?」

「ボクは結構賛成です。まず面白いし、新しいもの作るのも好きだし、何より、エスト先輩のあの変幻自在呪文を使った通販? みたいな発想が面白いから。もちろん、変幻自在呪文をあんな自由自在に使えるのはエスト先輩くらいだけど、あんな風な使い方を思いつくのがすごいと思う」

 

 やっぱり、レイブンクロー生とエストは波長が合うのかもしれないとオスカーは思った。純粋に知的な好奇心でレアはモノを言っているらしかったし、これまでオスカーはあんまりレアのそういう部分に触れてはこなかった。

 

「そうか…… まあ確かに面白いのかもな」

「あと…… エスト先輩は頭がいい。それに行動力も凄い。先学期の今日でこんなの作って、計画を移しちゃうくらいだから。ボクが言っていること分かりますか?」

「いや、あんまり分かってない」

「エスト先輩がこんな事してるのは、多分、オスカーのせいだから。オスカーが去年、いきなりカードを赤くさせて、ボクらを校長室に集めたから、エスト先輩は夏休みの間に準備して、計画を立てて、こんなことしようとしてる」

「どういう意味だ?」

 

 オスカーは思わずレアの黄色の眼を見つめた。レアは全く動じることなくオスカーを見返した。少なくともレアはオスカーに嘘をつきそうに無かった。

 

「チャーリー先輩は分からないけど。クラーナ先輩とトンクス先輩は分かっていると思う。だから二人はオスカーにそんなこと言ったんだ。二人はボクよりエスト先輩といた時間が長いし、エスト先輩の事を分かってる。それにオスカーとエスト先輩の関係の事もボクより分かってる。だから…… オスカーは分からない?」

 

 レアはクラーナやトンクスよりずっと、落ち着いている時は論理を固めてはっきりモノを言うタイプだった。今もそうなのだろう。そして去年の変わりようで、レアはオスカーに対して、本当にはっきりモノを言うようになっていた。

 それにクラーナや夏休みにトンクスが言っていたことを含めて、オスカーにはレアの言っていることが納得できそうでもあった。

 

「ボクはさっきの話しか聞いてないから断言はできないけど、十中八九は先生方が何かやっても、生徒に発言権が残るようにエスト先輩は動いてる。それもエスト先輩がコントロール可能な形で動けるように。それも直接的じゃなくて、間接的に誰が首謀者なのか分からない形で。正直、あの通販の紙みたいのを含めて、相当考えられてる。ちょっとした思い付きじゃなくて、本気で考えられている。オスカー先輩、エスト先輩が本気で考えるなんてそうそう無いってオスカーは一番知ってるんじゃ?」

「分かってるよ。そうだな、相当考えられてる」

「ほんとは相当なんてモノじゃないと思うけど…… あ、オスカー、ボクが言ってることは…… その…… 断定みたいな口調で喋ってるけど…… あくまで……」

「あくまで予想ってことだろ? なんかお姫様モードと通常モードを行ったり来たりすると調子が狂うな……」

「いや…… だからそんなモード無いから……」

 

 階段を下りて、みんながいる部屋に戻りながら、オスカーはこういうトーンで話していれば昨日みたいなことにならないと理解した。何かちょっとシリアスな雰囲気で論理だった会話が重要なのかとオスカーは思い始めた。

 

「それで…… だから、エスト先輩がそんな事するのは、百パーセント、オスカーが原因だから」

「さっきは十中八九なのに、それは百パーセントなのか」

「だってボクがもしそんな事できる発想とか魔法の知識とかお金があるんだったら、間違いなくそうだし……」

 

 まったく恥ずかしげも無くそんなことをレアが言うので、オスカーはあまりレアの方を見られなくなった。

 

「分かった。エストが何かやるのは俺にとにかく原因があるんだな」

「そうです。それで…… オスカー、オスカーはホグズミードにみんなで行く…… んですか?」

「なんで敬語が入るんだよ」

「いや…… もう、その、先輩方と何か予定を入れてるのかと思って…… ボクは先輩方と違って、授業ではオスカーと話せないから……」

「いや何も…… いや、なんかエストと賭けをして、エストとどっか行くことになってる気がする」

「一日全部?」

「それはエストに聞いてくれ。多分、みんなで三本の箒にはさすがに行くだろうから、全部ってわけじゃないと思うけど」

 

 もうオスカーは結構限界に近かった。クラーナは近づいてくるし、エストは機嫌が最悪になったと思えば良くなっているし、レアはレアで一回の会話の中で強気なのか弱気なのか分からない。オスカーには女の子が分からなかった。

 

「なら、なら、秘密の通路でホグズミードとかは……」

「分かった。日時を決めてくれ、ふくろうでも俺が一人の時でもいいから、伝えてくれ」

「ほんとに?」

「ほんとにだ。というか、まさかこの話するために連れ出したんじゃないよな……」

 

 オスカーがそう言うとレアは静かになった。そのまま、オスカーはなんとかみんながいる教室まで戻った。このままではオスカーはホグワーツにいても、ホグズミードで休暇を取っても、心が休まりそうに無かった。

 

「ほら早くおねんねして下さい。ママが揺らしているので、安心して寝てください。あなたのママが傍にいますよ。クラーナはここにいますから、ゆっくりおねんねして下さい……」

「今度は何してるんだ。クラーナの声で良く寝付ける魔法の道具とかそんなのか?」

「お、オスカー? 違いますよ。誤解も甚だしい……」

「そうよ。クラーナの催眠枕、一つ百ガリオンよ。三つくらい買うでしょ?」

「いや、買わない」

 

 もう本当にオスカーは毎日毎日、疲労困憊になりそうだった。オスカーには帰ってきたらクラーナがママになりきっている状況など理解する領域が頭に残っていなかった。

 

「動物の子供に聞かせようと思って、ここにいた三人に喋って貰ってたんだ。クラーナだけなんか自分の名前を入れてたけど」

「なんで?」

「いや、だって、お母さんってそういう事をするんじゃないんですか? 人間の子供だったら、一番最初に名前を言ってもらいたいでしょう?」

「まあ、確かに」

「ほら、オスカーも納得してますよ」

「じゃあオスカーにも言ってあげればいいじゃない。オスカーちゃん、クラーナママですよって」

「どう考えてもそんな話にはならないでしょう」

 

 チャーリーが言っていた、ドラゴンの子供もそういう声を聴くと安心するので、マジックアイテムでなんとかしようとかそういう系統の話らしかった。もちろん、ドラゴンは話すことはできないので、せいぜい、何か覚えても、クラーナという名前に反応するくらいのことだろう。

 

「トンクスママはうるさいの、あ、ドーラママだったの」

「そうですよ。オスカーにもドーラママの音痴な子守歌を聞かせてあげたらどうですか?」

「はあ? あんたたち妖女シスターズの子守歌知らないのね。勉強ばかりしてるから世間に置いて行かれるのよ」

「チャーリー、もうそれは終わったのか?」

「うん。クラーナのも録れたし、大丈夫だと思うよ」

 

 オスカーはとっととチャーリーのドラゴンの卵は孵って欲しかった。このままではオスカーはずっと嘘をつくことになるし、レアやエスト辺りにばれる日には相当なことになりそうだったからだ。

 

「あ、レアが帰ってきたし、クラーナ、あの話しなさいよ」

「そうですね。レア、ウィンガーを私に紹介してくれませんか?」

「クラーナ先輩がタルボット先輩……??」

 

 レアがオスカーとクラーナの方を交互に見た後にトンクスの方を見た。レアは何か混乱しているようにオスカーには見えた。

 

「え? え?」

「ちょっとちゃんとクラーナは説明した方がいいわよ」

「いや、普通にあんまり喋ったことが無いから紹介って言うか、会う約束を取り付けて欲しいって言ってるだけじゃないんですか? 何をそんな混乱するようなことがあるんですか?」

 

 今度はクラーナの方が混乱していた。オスカーはレアとクラーナが二人そろってこういう状態になるのは珍しいと感じていた。この二人はどっちかと言えば事実を積み上げて判断するタイプの人間だと思っていたからだ。

 

「普通に動物もどきの話をしたいってだけだろ?」

「動物もどきの話ですか? タルボット先輩に?」

「そうですよ。ウィンガーの両親は二人そろって動物もどきだったはずです。魔法省の登録簿にも書いてありますし」

 

 まだレアの目はオスカーとクラーナの方を交互に見ていた。オスカーからすれば何をそんなに混乱しているのか分からなかった。話をする相手のタルボットもオスカーからすればそんなにおかしな人間とは思えなかったからだ。

 

「というかレアってタルボットと喋ったことあるわけ? あいつオスカーと同じくらい他の学生と喋らないじゃない? それにエストと同じくらいクセがある感じだし」

「何それ。トンクスにクセがあるとか言われたくないかも」

「同じレイブンクローですし、タルボット先輩のお母さんとボクのお父さんは同僚だったからその事を喋ったことがありますよ。初めて喋ったのは二年生になってからでしたけど」

 

 レアの父親と同僚と言うことは、タルボットの母親は癒者だったと言うことなのだろう。オスカーは魔法界はやっぱり狭い社会だと思った。誰かの知り合いは誰かの知り合いなのだ。

 

「まあとにかくお願いしますよ。そんなに難しいですか?」

「難しいって言うか…… 多分、タルボット先輩はクラーナ先輩なら会ってくれると思いますけど、なんて言うか…… あの、ボクも一緒に話を聞いてもいいですか?」

「レアがですか? ついてきてくれるんならありがたいですけど」

 

 オスカーはいまいちレアが何を懸念しているのか分からなかった。こういうことはエストに聞いてもあんまり分かりそうになかったので、オスカーはトンクスに話かけることにした。トンクスしか聞こえない小さな声で話かけると、オスカーはエストから視線を感じた気がした。

 

「トンクス、レアはなんでちょっと困ってる感じなんだ? クラーナとタルボットを会わせればいいだけだろ?」

「えー…… 私にそういう事を聞くわけ? あー、そうね、私はむしろクラーナがタルボットに会いたいのじゃなくて、タルボットの方がクラーナに会ってみたいんだと思ってたわね」

「タルボットが?」

 

 ちょっと前の授業で同じ班になったときはタルボットはそんな素振りを見せてはいなかったとオスカーは思った。いまいちどうして喋りたいのかもオスカーにはよく分からなかった。

 

「分からないんだったら、じゃあちょっとあいつらが会う時間だけ覚えておきましょうよ」

「あいつらってクラーナ達とタルボットがか?」

「そうよ」

「ねえ、オスカーとトンクスは何こそこそ喋ってるの?」

「何? 私がオスカーと喋っちゃダメなわけ? エストレヤママはオスカーお坊ちゃまに対して過保護すぎるわ」

「確かにそうだね」

「チャーリーは黙ってて」

 

 オスカーはもう、気にすることが多すぎるし、エスト、クラーナ、トンクス、レアの行動が全く分からなくなっていて、学期の初めなのに、もう、頭がどんどん爆発しそうになっていた。

 むしろこういう事を考えないように、早くふくろう試験の勉強をオスカーはしたくなっていた。

 

「オスカー、私もう行くけど、終わったら来てね」

「分かった。分かったから」

「あら、オスカーを予約済みってわけね」

「そう。トンクス対策なの」

「私は対策いらないわよ」

「必要なの」

 

 もうオスカーは最近、誰と誰が喋ってもこんな感じでどうしようも無かった。その後、女子三人になってもあんまりに騒がしかったし、チャーリーは隙あらばドラゴンの卵の話に持っていこうとするし、オスカーはみんなを全くコントロールできなかった。

 なので、なんとかふくろう試験の勉強をしようとしたりしたが無駄だったので。

 エストの計画の日程を立てて、ここまでに場所を決めて、ここまでに材料を手に入れて、学校に運び込むルートを作って、ここまでに売り始めるとかいう計画をまずはクラーナとレアに振って考えて貰い、これが障害になりそうだという箇所だったり、エストが作るのに悩んでいるとか言ってた商品だとかの話をトンクスとチャーリーに考えて貰ったりした。

 オスカーは監督生だったが、このメンバーの監督ができるほどの力量は無かったし、だいたいそれを任せられるのだったら、せめてもう少しいい待遇を与えて欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 クィディッチの競技場は夜になっても魔法で灯りがついている。スリザリンのクィディッチチームは魔法で照らされるグラウンドの上をエストの指示通りに練習をしているらしかった。

 次の試合の相手がハッフルパフなので、相手のシーカーやチェイサーに見立てた動きを自分のチームにさせて、それをビーター二人でどう潰すかの動きの練習をしている。

 

 オスカーはあんまりにエストを待っている間暇だったので、万眼鏡でエストやチームの動きを見ていると何かちょっとおかしいと思い始めた。

 普通、クィディッチ選手は高速で動いているし、風と反対の向きではお互いにとても声が聞こえない距離がひらいてしまう。なのに、チェイサー三人にビーター二人はエストが何か言うとその通りに動いていた。

 オスカーはちょっとおかしいと思って、エストの方に万眼鏡をしばらく向けていると向こうに気づかれたらしく、オスカーはエストにウィンクされた。

 

 エストが何か喋ってグラウンドの方に降りていくと、他のチームメイトもそれに従って降りてきた。お互いに肩をたたき合ったり、何か喋りながらロッカールームがある方へと降りてくるのだ。

 観客席に座っていたオスカーも降りようとしたが、エストがジェスチャーで座っていろとやってきたので、オスカーは座ったままでいた。

 

 チームメイトと一緒にロッカールームに消えてしまったエストを見て、オスカーは箒に乗るのだから、エストが降りてきたらそのまま乗せさせられるとちょっと身構えていたのだが、そうでないと分かり体から力が抜けた。

 オスカーはしばらくベンチに寝転がり、手持ち無沙汰になって忍びの地図を開いた。よくいるメンバーの名前を探すと、チャーリーは案の定、鏡の裏にいるらしかった。クラーナとトンクスの名前は二人そろって図書館にあった。オスカーは結局、なんだかんだ言ってあの二人は仲がいいのだろうと思わざるを得なかった。

 少し笑いそうになりながら忍びの地図を見ていると、不意に風が吹いて、オスカーがよく知っている香りがした。

 

「なんかオスカーはご機嫌だね?」

「着替えて来たのか?」

「そうだよ。だってちょっと寒いかもしれないし」

 

 クィディッチのユニフォームではなくて、オスカーと同じようなスリザリンのローブ姿のエストが隣にいた。ロッカールームでシャワーを浴びてきたのか、まだ少し髪が濡れている様に見えた。もちろん、ウェーブがかっていて、ワタリガラスの毛並みのように黒いエストの髪の毛はもともと濡れているように見えるのだ。ただ今はそれ以上に水で濡れているらしかった。

 

「箒に乗るって言っても、俺は箒を持ってないし、それに乗れないぞ。一年の飛行訓練の時も俺とクラーナはほとんどビリみたいな感じだったからな」

「それは私も知ってるの。隠れ穴で遊ぶとオスカーとクラーナがハンデみたいになってたもんね」

 

 エストの横で浮かんでいる箒を見ながら、一年生のころに本当にゆっくり上がったり、下がったり、前に進んだりしか出来なかった授業を思い出した。

 授業の内容ができなくて恥ずかしくなった経験など、オスカーからすれば飛行訓練くらいだった。ただ、その時はクラーナが盛大にマクゴナガル先生の部屋に突っ込んだせいで、オスカーの箒に対する不器用さはあんまり注目されなかった。

 

「でも今日は大丈夫かも。オスカーは後ろに乗るだけでいいし」

「後ろって、エストの後ろに? 大丈夫なのかそれ?」

「私の操縦が不安ってこと?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 

 ゆっくり飛ぶこと自体はオスカー自身、クラーナほど恐怖感が有るわけでは無かったが、高速で飛ぶとなるとオスカーも少しは緊張したし、なにより、昨日の今日でエストの後ろにくっついて飛ぶというのは、オスカーにとっては頭のいい行動とは思えなかったのだ。

 

「箒をもう一本もってきてゆっくり飛ぶとかじゃダメなのか?」

「そんなにノロノロ飛びたくないな」

「分かった」

 

 少なくとも今日のエストにオスカーは逆らうわけにいかなかった。もちろん、いつも逆らえていないかもしれなかったが。

 スタンドの一番下、よく寮ごとに分かれてみんなが立って応援しているスペースにエストが箒を乗れるように浮かべた。オスカーはチャーリーとエストに箒の解説を千回くらいしてもらっている気分だったので、大体のスペックくらい空で言えることができた。

 

「実はね。箒って二人用のアクセサリーとかも売ってるんだよ?」

「なんか聞いたことあるな。後ろで足をおけるようにしたりするやつだろ?」

「あれ? そんな話したっけ?」

「チャーリーとトンクスがそんな話してたよ。多分、二人がキメラを探して飛び回ってた時に、ハッフルパフのスタンプが女の子と一緒にそれをつけて飛んでたから、トンクスがディメンターの恰好をして、箒を透明にした上で追いかけたとかなんとか……」

「ハッフルパフのシーカーが湖の大イカに助けられたのってそういうことだったの?」

 

 オスカーはなんとか会話を伸ばして、エストと一緒に飛ぶ時間を少なくしたかったが、無駄な努力に終わるだろうことを自分で理解していた。

 

「そうなんじゃないか? チャーリーも箒ごと透明になって、気温を下げる呪文を二人の後ろ側からかけてたらしいからな」

「あの二人、あんまり一緒にするとダメかもしれないの」

 

 いま聞くとかなり面白そうないたずらに聞こえるのだが、当時のオスカーは他の事で頭がいっぱいで二人のいたずらにもあまり笑うことができなかったし、そのあと、二人は思いっきりクラーナにビンタをくらったので仲間内でもほとんどこの話はしていないはずだった。

 ふいにエストが杖を振って、オスカーの体に少し冷気のような感覚が流れた。エストの姿も箒も自分の姿もオスカーには見えなくなった。

 

「でもね、オスカーも目くらまし術をかけて空を飛んだことないでしょ? 普通に箒で飛ぶのとは全然違う感じなんだよ?」

「先生に見つからないようにじゃなくてか?」

「それも結構あるかも」

 

 相変わらず、エストのかける呪文や呪いは完璧だった。普通、うまい魔法使いや魔女がかけても目くらまし術には多少違和感が生じるのだが、エストがかけると光の屈折だとかそういうところまで違和感が無くなるのだ。つまり、今の二人は完璧に透明に見えた。

 

「じゃあほらオスカー、早く後ろに乗って?」

「いや、見えないだろ」

「ほらこっち」

 

 見えないエストに手を掴まれて、オスカーは何か棒きれのようなモノの上に座った。箒はオスカーとエストが乗ると少し沈み込んだが、しばらくすると元の高さに戻った。

 シャワーを浴びたばかりのせいなのか、風の通りのいい競技場なのに、柑橘系の香りでオスカーは包まれていた。そしてどこを掴めばいいのか分からなかったオスカーは見えないエストの両肩を掴んだ。

 

「オスカー、そんな風にくっついてたらオスカーはどっかいっちゃうよ?」

「いや、じゃあどこ…… ちょ、お、おい」

 

 オスカーが質問しているのに、エストはいきなり箒を動かした。見えないエストの肩と足で挟んでいる箒しかオスカーには支えになるものが無いのに、一瞬でクィディッチ競技場のスタンドや照明より高く上がって、百八十度向きを変え、ホグワーツ城の方へ突っ込んでいった。

 

「エスト!!」

「何?」

「いや、ヤバイ、これ死ぬ、死ぬって!!」

「いっつもオスカーはみんなの前からいなくなってこれよりもっと危ないことしてるでしょ?」

「してない!! 絶対してないから!!」

 

 オスカーが経験したことのない速度で二人は天文台の塔へ突っ込んで行った。エストが前にいるので風はそれほど感じなかったが、風切り音とオスカーとエストのローブのはためく音がオスカーを襲っていたし、なにより、天文台の塔がオスカーの目の前に迫っていた。エストが透明になっているので、オスカーにもそれがそのまま見えた。

 

「おい、ぶつかる!! ぶつかるって!!」

「なんで? 箒は上に飛べるんだよ?」

「え?」

 

 もうオスカーは形振りかまわず、肩を持つのをやめて、エストに後ろから思いっきり抱き着いた。なぜなら、エストが天文台の塔が建っているのと同じ方向に箒の向きを変えたからだ。つまり、箒はロケットのように上を向いていた。向きを変えた瞬間にオスカーは慣性に引っ張られてエストに覆い被さるようになり、その後、重力がオスカーを地面へと引きずり降ろそうとしたので抱き着くのは仕方がなかった。

 

「ヤバイ!! ヤバイ!! ほんとに落ちるって!!」

「だから落ちてないでしょ? ちゃんとつかまってれば落ちないの」

 

 二人分の重力が二人を地面に引きずり降ろそうとしているはずだったが、エストの魔法力で箒はそんなもの感じないように上昇した。オスカーが考える間もなく、天文台の塔の一番上より高い場所で二人は浮かんでいた。

 

「ね? 落ちなかったでしょ?」

「いや…… エスト…… だから…… 飛んだり…… スピード…… 出す前に……」

 

 オスカーはホグワーツ城が一望できる素晴らしい眺めなのにそんなものを見向きする体力も無く、エストに抱き着いてハアハア言いながら喋っていた。そして残念ながら大抵の場合、エストはオスカーの言うことを興奮している時は聞いてくれなかった。

 

「じゃあ落ちてみる?」

「いや…… やめ…… 死ぬ、死ぬ、死ぬって!!」

 

 今度は本物の重力に加えて、さっき昇っていたのと同じ速度で地面が近づいた。エストは絶対に地面にぶつかる前に箒の向きを変える、それが分かっていても間違いなくこの勢いで石畳に叩きつけられれば死ぬという実感がオスカーを襲っていた。

 

「ぶつかる!! ぶつかるから!!」

「オスカー、ちゃんと箒で曲がる時は重心を合わしてね」

「は? おい、おい、おい!! なんでこんな低いところ飛ぶんだよ!!」

「あんまり大きい声だしてると、さすがに目くらまし術をかけててもばれちゃうかも」

 

 気づけばいつもオスカー達が歩いているホグワーツ城の石畳のほんの少し上を二人は飛んでいた。オスカーの足がエストより少し長いせいで、オスカーの靴は石畳に時々当たっていた。いつもくぐるアーチや花壇や植え込みの間を箒は落ちる時そのままの速度で走り抜けていく。時々アーチや枝がオスカーの体や頭をかすめていた。

 

「オスカー、箒で左とか右に重心をずらす時は体をそっちによせるのと、目でそっちを見ればいいんだよ?」

「じゃあ!! エストはまっすぐ前だけ見てくれよ!! 一生のお願いだから!!」

 

 そういいながらも箒の舵を握っているエストにオスカーが逆らえるはずもなく、それに途中で降りれば間違いなく、オスカーは自分がただの肉塊みたいになってしまうのは想像できたので、エストが曲がりたい方向に体と視線を無理やり向けるしか無かった。

 

「エストもホグワーツ城の中は飛んだことが無かったから飛んでみたかったの」

「俺は飛んでみたくないって!!」

 

 一切速度を落とさないまま、オスカーとエストの箒は薬草園やみんながゴブストーンをしたりする噴水のある広場を過ぎ去り、大広間へとつながる扉のほうへ飛んで行った。右や左にエストが箒を向けるたびに、体にかかる慣性を感じながらオスカーは必死にエストに抱きついて同じ向きに体と重心を移動させた。

 エストがレアがしていたように手でドアを開けるような仕草をすると、フィルチが毎晩頑張って閉めている大扉の鍵がガチャリと開いて、扉自体も大きな音を立てながら開き始めた。本当ならアロホモラが効かないようになっているカギだとオスカーには気づけたはずだったが、オスカーにそんな余裕は無かった。

 なぜならエストはほんの少しの隙間しか空いていない扉に飛び込もうとしていたからだ。

 

「絶対無理だろ!! あんなに俺もエストも細くないって!!」

「オスカー、それちょっと失礼かも」

「いや、無理、無理だから!! クラーナでも通れないって!!」

「オスカー、そんなにエストとクラーナで細さが違うと思ってるの?」

「だから無理だって!! ヤバイ!! ヤバイ!! 絶対無理だ!!」

 

 本当に人ひとりくらいしか入れない場所に二人の箒は入り込んだ。扉はなぜかその後ガチャリと閉まった。そして箒は相変わらずのスピードでホグワーツ城の中を進んでいた。城の中は城の外より気温が低く、多分、エストとチャーリーが言っていた最高速度の百マイルくらいで飛べばそれがさらによく分かった。

 

「ほら通れたでしょ?」

「通れたじゃないって!! 前、前を見てくれよ!! エスト絶対今俺の方を見てただろ!!」

「ちょっと仕掛け階段に当たりそうになっただけでしょ?」

「だけでしょじゃない!! エストじゃなきゃ、仕掛け階段が避けずに死んでた!!」

「おかしなオスカー。仕掛け階段が特定の人間を避けるわけないの」

「絶対避けた!! 勘弁してくれ!! また上がるのかよ!!」

 

 肖像画が一杯掛けられている大階段を二人はまた垂直に箒で上がっていた。途中でミセス・ノリスの姿を見たり、肖像画が二人の起こした突風をいぶかしんでいたりしたが、あまりの速度に目撃者も何が何か分かっていないようだった。

 

「エスト!! エスト!! お願いだからせめてホグワーツ城の外にでよう!!」

「えー、ほら鎧さんとか石像さんもこっちに手を振ってるよ?」

「そんなのどうでもいいから!! 早く外に出てくれ!!」

「あ、ニックと太った修道士だね」

 

 大階段を駆け上がり、到達した六階の廊下をさらに速度を上げて二人は爆走し、何やら話し込んでいたグリフィンドールとハッフルパフの寮霊の体を突き抜けた。箒に乗ってから一番ひんやりとした感覚にオスカーは包まれたが、ゴーストの二人は二人に跳ね飛ばされたようにどこかに吹っ飛んでいった。

 

「ゴーストが吹っ飛んで行ったぞ!! 人間だったらどうなるんだよ!!」

「あれ? フィルチじゃない?」

「え?」

 

 フィルチが何か本を読みながら廊下を歩いている、どうせ誰か生徒への罰則用の紙か何かだとしかオスカーには思えなかったが、そんなことはオスカーにはどうでもよかった。今はエストが速度をどうするのか、どっちを向いているのかが重要だった。

 

「こうやってね。スニッチをとる時は手を放さないといけないの」

「手は放しちゃダメだって!!」

 

 エストは箒から手を放して上体を起こしているに違い無かった。オスカーはエストに抱き着いて全体重を預けているので、見えなくてもエストが何をして、どんな体勢なのか分かったのだ。

 フィルチの傍を通り過ぎた瞬間、エストが手でフィルチの読んでいたものをひったくった。

 しかし、その間、エストは箒の操縦などしていなかったので、ホグワーツ城の壁が目の前に迫っていた。

 

「だから、城の中はダメだって!!」

「じゃあちゃんと掴まっててね?」

「人生で一番誰かに掴まってるに決まってるだろ!!」

 

 今度は箒を回転させながら、廊下の上の方にある飾り窓に箒は突っ込んだ。正面からぶつかれば間違いなく通れない窓だったが、体を回転させて、最後にまるで空中でドリフトでもして、搭乗者の反対側、箒の下部分や二人の足だけが先に窓に当たるように窓に突っ込んだのだ。そうすれば二人の高さは関係なく、箒とオスカー、エストの横幅の面積だけで通ることができたのだ。

 強烈な慣性で吹っ飛ばされそうになりながら、なんとかオスカーはエストにしがみついて落ちなかった。

 やっと箒が止まったのでオスカーが周りを見れば、外の風を感じることができ、それにさっき割ったガラスはエストの魔法で元通りになっていった。

 

「ね? ほら大丈夫でしょ? これ持ってて、外だからもっとスピード出さないと」

「おいエスト、待てって、本当に……」

 

 フィルチからまるでスニッチをとるかのようにひったくった本をオスカーに渡して、今度はまるで速度を出す前振りのようにエストは前傾姿勢になった。オスカーは慌てて本をローブに突っ込んで、エストに同じ体勢でしがみついた。

 もうオスカーは何も言うのをやめた。喋ってもオスカーには箒は止めようが無かったし、できるだけエストの体勢に合わせて、同じものを見ることが一番命を守る行動だったからだ。

 黒と緑の矢になって二人はホグワーツ城を上に下に右に左に斜めに走り抜けた。レイブンクローの塔をまるで螺旋階段に合わせるように外側をぐるぐる回って昇ったり、黒い湖に箒の風圧で絵を描くように飛んだりした。

 

 障害物だらけの空中をまるでエストは先が分かっているかのように飛んでいく、風見鶏や煙突のそば、渡り廊下の中まで、オスカーは何とかエストの動きに合わせようとしたが、どうやって抱き着いている彼女があっという間に通り過ぎる世界を見ているのか分からなかった。

 それに吹っ飛ばされそうなオスカーは、箒に吹き飛ばされるのではなくて、エストの方がどこかに行ってしまいそうだと感じていた。あくまで飛んでいるのは箒なのにだ。

 

「ほらあそこ、絶対レアの部屋なの」

「え?」

「だからあのレイブンクロー寮の窓が開いてるところ。あの部屋の窓はいっつも開いてるからレアの部屋なの」

「なんで分かるんだ?」

「え? だってレアは絶対部屋に入ると窓をあけるでしょ? ホグワーツでもオスカーのお家でもそうだもん」

 

 やっとゆっくり飛び始めたエストがそんな事を言ったので、オスカーは文字通りのエスト越しにレイブンクロー寮を見た。たしかに一つ部屋の窓が開いている場所があって、まだ灯りがついている。

 

「ね? ほら、あの金髪は絶対レアでしょ?」

「確かにそうだな」

 

 オスカーは速度が落ち着いてもエストから用心深く離れなかった。もう近づくと自分がどうなるかだとか、やっぱり速度が落ち着くとエストの髪の毛の香りが気になるとか言っている場合では無かったからだ。

 

「で、あっちはマクゴナガル先生の部屋なの」

「ああ、クラーナが突っ込んだから覚えてるよ」

「プルウェット、ドロホフ、飛ぶならもっと遠くで飛びなさい。それにドロホフ、昼間喋ったことは聞いていたのですか?」

 

 エストとオスカーがマクゴナガル先生の部屋の傍で喋ると、マクゴナガル先生の声が返ってきたので、エストは慌てて箒の高度を上げた。

 

「おい、どこまで上がるんだ?」

「オスカーはすっごい高くまで上がったことある?」

「いや、無いけど……」

「じゃあ、一緒に行こう?」

 

 箒の向きは変えないまま、どんどん高度が上がっていて、ホグズミードの町やハグリッドの小屋がまるでミニチュアのような高さになっていた。なのにエストはまた箒の向きを完全に上に向けて箒を走らせた。

 どんどん高度が上がっていって、オスカーも寒くなってきた。できるだけ下を見ないようにしていたが、オスカーは誘惑に負けて下を見た。あんなに大きいはずのホグワーツ城と黒い湖が今度はミニチュアのようになっていて、他の建造物は点にしか見えなかった。

 

「エスト、どこまで行くんだ」

「寒いのを耐えれるところまで?」

「エストの方が寒いだろ」

「うん。だからそろそろ限界かなって」

 

 雲はほとんど無かった。オスカーはエストが箒をもとの姿勢に戻したところで、他の魔法使いでもこんな風景をわざわざ見に来ることがあるのだろうかと思った。

 

「ね? ここまでくるとちょっと地球が丸いってわかるかも」

「確かになんか丸く見えるな」

「ほんとは錯覚らしいけど…… ほら、夜だとあんまり空と海の境目が分からないの」

 

 箒の上で体の向きをオスカーの方へ向けてから、エストが喋った。オスカーはエストに抱き着けなくなったので、箒をこれ以上無く真剣に握った。そして顔を上げるとエストの言う通り、三百六十度、どこを見回しても視界を遮るものが何もなく、はるか先のはずの海さえここまで上がるとオスカーにも見ることができた。そして見渡すことができることで、世界が丸く見えたのだ。

 

「ね? 世界が丸いっていうけど、あんまり丸いのを見たことがある人っていないでしょ?」

「そうだな、こんな寒いところに来て見に来るやつはあんまりいないから」

「そうだよね。寒いし高いもんね。でも、やっぱり聞くだけじゃ分からないし、読むだけじゃ分からないよね」

 

 高くて寒い場所まで上がらないと見えない場所があっても、やっぱり多くの人は、それが自分にとって価値があると分からないと見には来ないのでは無いだろうか。現にオスカーもエストと一緒でなければこんなところに来るはずが無かった。

 

「それに箒ならこうやって一気に来れるけど、山とかをマグルが登ったりするときは、一段ずつ自分の足で昇らないといけないもんね」

「まあそうだな。ひとつ前の高さまで行かないと、次の高さに普通いけないからな」

「オスカー、結構平気なの? ここ」

「高すぎてもうどうでも良くなってきた。天文台の塔でも、ここでも、落ちたら死ぬのは一緒だからな」

「ふーん…… オスカー、どっちが上で、どっちが下かって目が見えないと分らないよね?」

「え? いや、まあ落ちるから下がどっちかくらいわかるんじゃないか」

 

 そういうとエストは杖を取り出した。そしてオスカーのローブに入っている杖も呼び寄せ呪文で取り出して、箒から手を放そうとしないオスカーにむりやり渡した。オスカーが杖を持つと、エストが杖を振って二人の目くらまし術が解けた。

 オスカーはこんなに高い場所にいると言うのに、さっきまで思いっきり抱き着いていたのに、あんまり近くにいるエストの顔がダメだった。

 

「オスカー、一緒に呪文を唱えて」

「分かったけど、何の呪文……」

「目を見れば分かるでしょ?」

 

 確かにエストの紅い眼を見れば次に何の呪文を唱えようとしているのか、オスカーには分かっていた。果たして、開心術で見たのか、それとも自然に分かったのか、オスカーには分からなかった。

 

「「ネビュラス 雲よ」」

 

 同時に唱えると、杖から出たはずの雲が広がって、少なくともホグワーツ城を何個分も見えなくするくらい、広がっていった。オスカーとエストの下にできたので、それの横の大きさしか分からず、厚さはさっぱり分からなかった。

 エストが箒を動かして、雲の中へ突っ込んだ。さっきエストが言っていた通り、上も下も分からなかった。箒で下に動いたという事が分からなければ、見た目だけではどこが上でどこが下なのか分からない。

 

「オスカー、ねえ、どっちが上か下かわかる?」

「まだわかる」

「ほんと?」

 

 そう言うなり、エストが箒を一瞬で消した。多分、オスカーとエストの体が真っ逆さまに落ちていった。いや、落ちているはずだった。どこまで落ちても雲の中なのだ。いったいどれくらいの高さにいてどこまで落ちているのか、オスカーには分からなかった。そして、いつの間にか二人とも頭が下に来ていて、本当に天地がどちらか分からなかった。

 

「ねえ、まだわかる?」

「落ちてるだろ。だって箒が無い」

「ほんとに? だって箒はここにあるよ?」

 

 今度は箒がエストとオスカーの股の間に現れた。オスカーにはその箒がいきなり現れたのか、それとも見えなくなっていただけなのか分からなかった。

 

「じゃあ分からない?」

「確かに? でも、周りが見えないところまで来たら、落ちても昇っても一緒だよね?」

「そんなとこまで来ないから分からないな」

「ほんと? 新しいことをやる時はみんなそんな感じだと思うけど? あ、そろそろ抜けるね」

 

 雲を抜けて、下にホグワーツ城が見えた。雲の上で見た時よりもずいぶん大きく見える。オスカーとエストはやっぱり落ちていたらしかった。

 

「雲を作るのは良かったけど、くぐるのはダメだったかも」

「寒いな。濡れたし」

 

 自分の力では無く、恐らくエストの魔法で二人は元の姿勢で箒に乗っていた。またエストが前を向いていたので、オスカーにはエストの背中しか見えなかった。

 もうオスカーは何のためらいもなく、後ろから抱き着いていた。そうしないと寮に戻れる気がしなかったし、もしかしたら、エストがどこかに飛んで行ってしまいそうな気もしたかもしれなかった。

 ゆっくり、箒はホグワーツ城に降りていって、さっきまで点にしか見えなかった校庭の端にある小屋の近くへ降り立った。

 

「ハグリッドの小屋?」

「だって寒いでしょ? ハグリッドの小屋は暖かいもん」

「まだ起きてるのか?」

「多分? ハグリッドはあんまり寝なくて大丈夫そうじゃない? タフだし」

 

 ハグリッドの小屋の灯りはついていて、煙突からポフポフと白い煙が上がっていた。それに二人が扉の前まで来ると、足音とハアハアという犬の息遣いが聞こえた。

 

「もうオスカーが来てるってばれてるんだね」

「なんで俺にばっかりかまうんだろうな」

「ハグリッド? いる?」

 

 エストが扉をトントンと叩くと、大きな物音がして、それから二頭の犬をなんとか扉の前からどかそうと頑張っているハグリッドの声が聞こえた。

 

「お前さんたちか…… うん、いつものメンバーは一緒じゃねえのか?」

「私とオスカーだけなの」

「ん、とにかく入れ。ファングとミディルがうるさくてかなわん」

 

 オスカーから見るとハグリッドの顔が少し赤く見えた。酒でも飲んでいるのかと思ったが、オスカーは二頭の犬にもみくちゃにされて、それどころではなくなってしまった。

 

「ハグリッド、お酒飲んでたの?」

「まあそうだ。ちょこっとロスメルタのところのオーク蜂蜜酒をな。ケトルバーン先生のヒッポグリフの授業もちーと落ち着いたところだ。だからちょうどいいと思ってな」

 

 もうエストは勝手に椅子に座ってハグリッドと喋っていた。オスカーの方はなんとか犬二頭を引き連れて、エストの隣に座ろうと努力するのがやっとだった。

 

「しかし、お前さんたち二人が夜にそうやって出歩いているのを見ると、そうだ、うん、アーサーとモリーが良く二人で歩いとったのを思い出すな。一回、当時の意地の悪い用務員に捕まって、アーサーはひどい目にあっとった」

「その話、モリーおばさんから何回も聞いたの。アーサーおじさんの肩にはまだお仕置きの痕が残ってるんだって」

「ファング、ミディル、ほらちょっと静かにしてくれ……」

 

 オスカーは二頭の腹をくすぐって、なんとか静かに…… ではなく、すでに濡れているローブをさらによだれまみれにするのを防いで、やっとハグリッドとエストの方を向いた。

 

「ねえ、ハグリッド、あの写真の人は誰?」

「ああ…… うん、お前さんたち二人には見せて無かったんか。どれ、俺の父ちゃんの写真だ。確かレアには見せたんだけんど……」

「ハグリッドのお父さん?」

「うん。俺がホグワーツに入って、二年生の時に死んじまった。まあ、俺は三年生の時にホグワーツを退学になっちまったから、それを見ないで済んだのは良かったのかもしれねえ」

 

 エストがハグリッドの小屋ではみなれない写真を指差して聞いた。いつもはしまってあるのか、埃をかぶっておらず、時間の経過のわりに綺麗な写真だった。ハグリッドにそっくりなくしゃっとした黒い眼の魔法使いが、多分、ホグワーツに入る前後くらいだろうハグリッドの肩に乗っていて、二人はこちらに笑いかけている。

 

「ハグリッドにそっくりだね? でも、死んじゃって良かったとかはないと思うな。お父さんが生きてたらハグリッドも違う事をしてたと思うし」

「そうかもしれねえ。うん、ありがとうな。ほんとは今日が親父の命日なんだけんど……」

「そうなの? ごめんなさい、いつもみたいにいきなりきちゃったから……」

「いや、一人で酒を飲んどるより、お前さんたち二人と話してた方が、親父も喜ぶ」

 

 ハグリッドの黒い眼はエストの紅い眼に囚われて、離れないようにオスカーには見えた。それにいつもよりずっと、オスカーにはハグリッドが饒舌に見えた。エストが杖を振って、ハグリッドの酒を一瞬で補充しているのがオスカーには見えた。

 

「そう? ハグリッドってお父さんに育てられたの?」

「そうだ。俺がもの心ついた時にはもう母ちゃんはいなかった。そんで、親父も俺が二年生の時に死んじまった。その後はずっとダンブルドア先生が面倒を見てくださった。あの人は人をお信じなさる。俺もその一人だ。森番の仕事をくださって、俺がずっとやりたかった先生の仕事の手伝いもさせてくださる」

「そうなんだ。じゃあ結構エス…… 私と似てるね?」

「お前さんと? とんでもねえ、お前さんはモリーと一緒でとんでもねえ家の生まれだし、魔法だってうまくできねえ俺と違って、その年でお前さんと同じくらいできる人間なんて一人くらいしか見たことがねえ」

「だって、エストはお父さんに育てられたし、ハグリッドもそうでしょ? だから一緒」

「まあ、うん、それはそうかもしれねえ」

「でしょ? あとエストもホグワーツの先生をやってみたいし、それも一緒だよね?」

「それは…… うん、ちーと俺にはやりたくてもできるんか分からんが……」

 

 エストはハグリッドの言葉を丁寧に引き出しているようだった。それもできるだけほつれないように。オスカーにはなぜか本当の年齢ならハグリッドの方がはるかに年上なのに、この会話だけ隣で見て聞いていると、エストの方がずっと年上な気がしてくるのだった。

 

「やりたいならやりたいってダンブルドア先生に言えばいいと思うな。言わなくてもダンブルドア先生は分かってると思うけど」

「俺はもうダンブルドアにホグワーツより大きいくらいに世話になっとる」

「ダンブルドア先生はそう思ってるのかな?」

「それは聞いてみねえとわかんねえ」

 

 やっぱりオスカーにはエストが分からなかった。今学期のエストの様子を見ていると、まるで大人や先生が信用できないような口ぶりや行動なのに、今のエストはハグリッドの事も、ダンブルドア先生の事も信用しているようにオスカーには見えたからだ。

 

「ねえ、オスカー、オスカーはハグリッドの事どう思ってるの?」

「え? まあそうだな、少なくとも、他の先生方よりは信用してるし、話しやすいと思ってるよ。レアとかクラーナとかチャーリー、トンクスもそうだろうし」

「そうでしょ? ダンブルドア先生もそうだけど、先生とかハグリッドの事を知ってる人はハグリッドの事を分かってるよね? あ、でもケトルバーン先生は腕がもう一本無くならないと先生をやめないかも」

「それはそうにちげえねえ」

 

 オスカーにはハグリッドはやりたいことがはっきりしていて少し羨ましかった。ただ、オスカーにはどうしてハグリッドがそんなに動物の事が好きなのかはあんまり理解できていなかった。チャーリーがドラゴンに入れ込むのと同じくらい理解不能だった。

 

「ハグリッドは良い人だよね? だって、ハグリッドは自分が嫌なことは周りの人にしないし、動物が生きたいように生きるのを、どうして魔法使いが止めるのか不思議に思ってるもん。周りの人間にもそんな感じだし、だからエストの周りの人がなんでハグリッドの事好きなのか分かるかも。ダンブルドア先生も同じ感じでハグリッドの事好きなんだと思うよ」

「お前さんの言ってることは、俺には難しすぎてわかんねえ。なあ、オスカー、お前さんには分かるのか?」

「まあ、俺の周りの人がだいたいハグリッドの事が好きなんだって言いたいんだと思う」

「ちょっとあっちで服乾かしてくるね」

 

 少し恥ずかしくなったのか何なのか、エストは自分のローブを暖炉で暖めにいってしまった。ハグリッドは少し酔っぱらった目でエストを追いかけて、その後、残って二頭の腹を撫で続けているオスカーの方を向いた。

 

「あの娘はちーと不思議な娘だ。お前さんは一番わかっとるだろうが」

「まあそうかな」

「あの娘の目にじっと見つめられて、ゆーっくり喋られると、ダンブルドアの目を見てるのと一緒でなんでも喋っちまう。ダンブルドアの目は青い炎が燃えてるみてえだが、あの娘の目はそれと反対だ。でも色は違うけんど、俺の事をそのまんま見とる。だから俺が嘘をついたって意味がねえ」

 

 果たしてハグリッドが言っているのが、開心術の事なのか、それともエストとダンブルドアで何か別に共通したものの見方みたいなものが存在するのか、オスカーには判断がつかなかった。

 

「ほんとは俺もお前さんの事を最初はどういうやつなのか分からんかった。まあファングに好かれとったし、クラーナともすぐに仲良くなっとったから悪い人間ではないっちゅうことは分かっとった。けんど、お前さんたち二人はスリザリンだったし、その、なんだ、俺もグリフィンドールだったから、最初はちょっと分からんかった。もちろん、後でお前さんの家の事を聞いて、お前さんがどれくらい努力してるか分かっとる。お前さんの周りはみんな分かっとる」

「ハグリッド、酔ってるのか? さすがにちょっと恥ずかしい」

 

 オスカーもあんまり直接的に褒められるのは得意では無かった。これではトンクスの事をオスカーは笑えなかった。

 

「そうか…… だけんど、お前さんたちはみんな努力しとる。俺はそれを知っとる。先生方もみんな知っとる。うん、みんなお前たちに期待しとる。それにあの娘は最初からずっと努力しとる。信じられんくらいだ。俺もお前さんとあの娘が一緒にいるのを知って、びっくりしとった。他の大人たちもみんなそうだ。けんど、そうだ。うん。あの娘が正しかった。お前さんは良いやつで、他の奴より魔法ができて、みんなと仲良くできとる。あの娘は最初からそれが分かっとった。だからお前さんが一番あの娘のことを分かんねえといけねえ」

「ハグリッド……」

「なんの話してるの?」

 

 コガネムシのような黒いハグリッドの目は、オスカーが知っている誰よりもフラットにモノや人を見ているのだと、オスカーには分かった気がした。もちろん、ハグリッドがもともとグリフィンドールなので、スリザリンは嫌いとかそう言うのがあるかもしれなかったが、それ以上に魔法界の常識というフィルターを通さずにハグリッドはモノを見ているのだ。

 オスカーがエストやトンクスはちょっと自分とはモノの見方が違うと感じるのと同じように、ハグリッドもそうに違い無かった。

 

「お前さんたちはえれえちゅう話だ。レアもクラーナもお前さんたち二人も…… 親がいなくても立派に育っちょる。クラーナもレアも俺がダイアゴン横丁につれってった時は誰も友達も知り合いもいねえ、頼れる大人もほとんどいねえ、ほんとは動物と一緒で子供は親を見て育つんだ。だからこんなに小せえお前さんたちがホグワーツでやっていけるか心配だった。俺もそうだったし、お前さんたちが卒業したら、今度はハリーも同じだ……」

「やっぱりハグリッドは良い人だよね?」

「まあそうじゃなかったらみんなこの小屋に来ないだろ。フィルチの部屋には誰も来ないのと一緒だ」

 

 酒を飲みながら感極まって泣いてるハグリッドを見ながら、オスカーはさっきハグリッドが言ったことを考えていた。オスカーがエストを一番理解しないといけないという事だ。

 

「去年のトーナメントを俺も見とった。お前さんたちが一番努力しとったから、最後に残ったんだ。うん、お前さんたちは俺とは違って、純血でちゃんと混ざりものの無い魔法使いと魔女にきまっちょる。だけんど、それがどうでもいいくらい努力しとる。俺にはそれが分かっとる」

「ハグリッド、もう分かってるよ。エスト、ハグリッドを泣かせすぎだろ」

「ハグリッド、大丈夫?」

「俺にはわかっちょる…… 俺には…… 俺はみちょる……」

 

 オスカーにはやっぱりどうしてこの小屋が暖かいのか分かっていた。クラーナやレアが動物だとかそういう理由がなくてもここに来る理由が分かっていた。多分、その二人や、今日ここが暖かいから来たと言っていたエストにも分かっていた。

 そして、多分、チャーリーやトンクスにも分かっているはずだった。

 

「ほら、あったかいでしょ?」

「知ってるよ」

 

 ぐうぐうお父さんの写真立てを持ちながら寝始めたハグリッドの姿を見ながら、オスカーにはやっぱりここが魔法の火が無くても暖かい理由が分かっていた。


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