謹呈の世 銀嶺の今   作:c.m.

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前書きと注意事項

 本作品は『金の彼女 銀の彼女』の二次創作になります。
 物語の都合上、原作と設定等が乖離している部分があります。
 本作品は原作9巻発売以前に最終話まで執筆を終えている状態です。9巻以降の設定、及び登場人物が盛り込まれていない事を予めご留意ください。 

また、本作は以下の内容を含みます。
・オリジナル主人公による原作主人公転生物
・オリジナル設定多数
・世界観を含めた原作設定の変更点多数(共学制移行の時期、叫びの泉の場所etc,etc)
・原作キャラの設定変更、及び捏造
・政治思想的発言
・ミリタリ・歴史要素
これらが問題ない方は、本編をお楽しみ頂ければ幸いです。

【挿絵表示】



Attack 01 プロローグであります

 私立綾之峰(あやのみね)学園。

 平安、戦国より古くその名を残す日本国の象徴にして、議会開設以後、現代に到るまで当主が国家元首の地位に就く綾之峰家が、文明開化に先立ち私財を投じ創立した、日本国初の高等女学校である。

 本校は有爵者・実業家の子女が男児と同等、否、それ以上の教養を身に付け、国を代表する次世代の寵児を育成せんという理念を掲げた、当時としては非常に先進的な学び舎である。戦後も学園はその伝統を引き継ぎ、多くの富裕層が入校を希望する花園にして聖域であったが、二〇一四年現在、この伝統ある子女の聖域は方向転換を決定した。

 

 所謂、共学制の導入である。

 

 無論、反発は内外に広がり、連盟での抗議文から各所へのデモにまで発展。メディアも大きく報じたが、そこは綾之峰家先々代当主ならび当主代理双方の鶴の一声で収まり、これらの抗議を見越してか、導入に到って迅速な説明と配慮が為された。

 

 曰く、当学園が共学制に到るに当たり、編入される男子生徒は全て普通科のみとし、女子は在学生とを含め、特別科として分けるとした。

 学園が男子編入を決定したのは、あくまで富裕層という生まれからなる者のみを将来子女と引き合わせる事は、必ずしも後の世を育む子女の未来を明るくするものではないとし、庶子であれ確たる成績を修る者であれば、子女にとっても、また保護者一堂に於いても決して悪いものではないと言うのである。

 

 保護者らに関しては科を分けるに当たり、授業等での交流が最低限の物である事も加味し、多数が賛成に到るも、聡明な子女らは本件に苦い顔をしつつ、渋々ながらに首肯せざるを得なかった。

 大多数の女子にしてみれば、男そのものに対し、病的な忌避感や潔癖症があるという訳ではない。

 確かに中にはそういう手合いが居ないこともないが、彼女らは大人の裏と表を十分に読み取れるだけの才を有していたのが不幸であった。

 

 要は、男の選別なのだ。

 

 将来を担う若者として男を集めると言う事は、即ち世継ぎを含め、自分達の利となる俊英を庶子の中から発掘する事にある。綾之峰家当主は代々女性が継ぎ、その実権は平成の現代に到るまで続いているとはいえ、やはり大多数の富裕層は跡目とするなら男を選ぶ。

 蝶よ花よと育てられ、英才教育という名の品質保持に努められた子女たちは、結局のところ良家のブランド品として出荷させられるに過ぎない。

 例えそれが遅いか早いかの違いであっても、高校生活という羽を伸ばす最後の期間にまで家の思惑が絡むとなれば、辟易せざるを得なかった。

 

 加え、男もまたそれを見越しているのだから性質が悪い。

 庶子という身分から、手の届く位置に良家の子女が居るという厚遇。高嶺の花を手にせんと群がった彼らの目には、あわよくばという欲に眩んでいるのが見て取れた事も、子女が忌避感を募らせるのに大いに影響を及ぼした。

 学園に到っては俊英という原石の集め方さえ露骨であり、各校の優秀な男子を選別し、早期に推薦文を学院側から送りつけたほどであった。

 

 結果。学園・保護者側は、蓋を開ければ都合のいい見合い場が指して芳しい結果に至らなかった事は、僅かながらにも子女の無聊を慰めはしたものの、立場から現実を見ない訳にも行かなかった。

 どのみち、婚儀は結ばれる。ならばせめて、野心家といえども後の生活に細やかな彩を添えられる程度の男を見繕わねばという、良家特有の諦観が共学制となった年の子女たちの心に据えられ、男に点数をつけて遊ぶという、後ろ暗いものが子女らの間で流行って行った。

 

 

     ◇

 

 

 さて。学園そのものと、そこに鬱積した空気を語るに到り、過分に文を注いだ訳であるが、ここに来てようやくと言うべき、物語を動かす契機となる人物を紹介する。

 名を綾之峰英里華(えりか)。姓から察せられる通り綾之峰家の子女であり、先々代当主である曾祖母より直々に次期当主とすると仰せつかった、日本国の最も高貴な華である。

 気品溢れる多くの子女らにあって尚、その存在感は絶大であり、その玉体を目にせんと男らは心根に盛りの付いた獣を飼わせながら。子女らは崇敬を抱いて仰ぎ見ていたが、当人に関して言えば、その心は深く沈んでいた。

 多くの子女らと同様、英里華もやがては嫁ぐことになる。家柄を除き唯一違いを挙げるならば、彼女は他の子女らと違い、曲り間違っても庶子と添い遂げるという事はないという事で、それは他の子女より一層深く英里華の心を暗くする一因となっていた。

 

“どうせ摘まれるなら、劇的な出会いの一つでもしてみたいものね”

 

 溜息さえも吐かぬまま、内心一人ごちる。

 そのような事、所詮妄言を通り越した夢にすぎぬとは理解している。

『親衛隊』などと学院生徒から持て囃される年の同じか、或いは近い在校生の侍従らは英里華に近づこうとする(おとこ)など見逃す筈も無し、何より綾之峰の次期当主に斯様な事を行えば、不敬罪さえ適用されかねない。

 綾之峰とは象徴で有ると同時、この国にとって、否、世界全体の王族と見比べても、最も権力を握っている存在だ。

 英里華自身、その恩恵に与る身としての立場は理解している。理解しているが故にこそ、歯がゆくて仕方がないのだ。

 

「英里華様、何やら物憂げなご様子ですが」

「大丈夫です」

 

 侍従の中でも特に綾之峰家より信が置かれ、常日頃より供をする同学年生に軽く流す。

 周囲の子女からは親衛隊の隊長などと持て囃されているそうだが、その通称も、日頃の過剰とも取れる献身を見れば実に的を射ている。

 当人は到って真面目であり、職務に忠実であり、何より英里華を慕ってはいるのだが、やはり詰まる息は如何ともし難く、さりとて除け者にするには心が近過ぎて出来なかった。

 

「ただ」

 

 ふと。思わず口にしてしまった。

 相手も驚いたのだろう。微かにずれかかった眼鏡を直し、左様ですか、と下がろうとした足を止めて居住まいを正す。何でもないと言ってしまうには、英里華の口は遅かった。

 話題を探すにした所で、習い事と学業以外では特に見つからない。

 

「成績の点で、少々」

「特別科において、英里華様の右に出るものはまず居られないかと」

 

 それは他の子女が気遣いから手を抜いているという訳ではなく、あくまで英里華自身が才に驕らず己を磨いた結果に過ぎないが、特別科において、という部分に英里華の琴線が触れる。

 与えられた範囲で頂きに立てれば良いと思ってはいたものの、よもや上が身近に居るとは思わなかった。

 

「普通科ですね。推薦で引き抜かれた方ですか?」

「はい。安田(やすだ)登郎(のぼろう)と。科が異なりますので、五教科のみを比べての事ですが」

 

 成績そのものには興味など無かったが、名と顔は知っている。

 というより、生徒・教諭を含め、彼女が名と顔を知らぬ人物はこの学園に存在しない。

 

「どのような殿方なのです?」

「……英里華様がご興味を抱ける相手ではないかと。その、同級生の間でも、あれは古風で時代錯誤な男子として見られていますので」

 

“そこそこの良家から来たのかしら”

 

 思い立ったが、それはないだろうと判断する。当学園に集められた男子は、あくまで庶子に限定されている。枠から零れた元名士も居るには居るだろうが、それなら侍従の間で話題に出る筈だ。

 

「ですが、そうした部分を好ましく思う子女は幾人か居るようです。何しろ、この学園に募った男とくれば、誰も彼もが内に獣を飼っていますので、物珍しさがあるのでしょう」

 

 それはこの隊長にして一定の評価を得ているという事ではあるが、逆に言えば英里華の好みには合わないだろうとも告げていた。

 何分、他の侍従と比しても付き合いの長い身だ。幼少のみぎりより、私生活まで行動を共にし友誼を得ているこの親衛隊長にしてみれば、自ずと好みという物も察してはいた。

 口にこそ一度もしていないが、英里華の好みを挙げるならば、それはどのような相手にも物怖じせず、艱難辛苦を突き進める行動力を持った、良く言えば熱血漢、悪く言えば軽率な蛮勇を持った男だろう。

 今の生活を煩わしいと思っていることなど、他ならぬこの隊長が一番理解している。理解していながら、生まれという鎖で英里華も隊長自身も縛らねばならないのだから、世という物は儘ならない。

 

「そうですか。芹沢(せりざわ)、ありがとうございます」

「過分なお言葉です」

 

 既に興味は無くしたのだろう。生徒会室の扉を閉めると同時、奥から漏れた落胆の溜息を、芹沢と呼ばれた隊長は聴かぬことにした。

 

 

     ◇

 

 

 さて。当人の与り知らぬところで話題に挙がった、もう一人の人物を語るとする。

 名を安田登郎。当学園が共学制に移行するに当たり、推薦文を賜るに至った、選ばれた俊英の中でも五指に入る傑物である。

 が。当人に関してはそれを誇る事もなく、ましてや多くの男子が焦がれる、子女らとの交流を望む事もしなかった。

 彼が綾之峰学園への入校を決意したのは、真っ当な手段では二度と立ち入る事の出来ないであろう、一角。

 声が届かぬのを良い事に、学園の子女らが日々の鬱積を吐き出す目的で立ち入る『叫びの泉』と称される場に訪れる事にあった。

 

「私を、覚えておいででしょうか?」

 

 誰もいないその場。誰も来ないそこで、安田は明確に何者かが存在しているかのように問いかける。他に古風と言われる通り、年若い喉から出てきたのは、老躯そのものの口調であった。

 

「とはいえ、この顔と声では判らぬでしょう」

 

 息を、深く吸う。それは他の誰にも語らなかった、この風変りな少年の最大の秘密であり、おそらくこれからも、誰一人として語る事のない秘め事だった。

 

黒瀬(くろせ)……あの日、ここで忘れたくないと希った男です」

 

 何も返らない。風と共に泉に、細やかな波が出来ただけだ。

 

「貴女は仰られましたな『その存在を、これまでの信仰と歴史の全てを捧げる事でこの日ノ本を救う奇跡を授けましょう』と」

 

 一語一句、最早遙か昔の言葉を違う事なく口にして。

 

「恨み言は申しません。仮に貴女が歴史を曲げねば、陛下がご聖断を下さねば、日本国には想像を絶する血が流れた事でしょう」

 

 ただ、悔しいと。ここであってここでない国を思い、想い、かつて仰ぎ見た最も尊き御方に忠と心血を注いでいながら、結局は全てをただ一人の、仰ぎ見るべき御方に押し付けてしまった自分たちが、不甲斐なかったと思わずにいられないのだ。

 

「貴女はお見せましたな。居並ぶ私達に、起こり得る全ての結末を」

 

 広島と長崎に投下された原子爆弾も、灰燼と化した帝都も。斃れて行く同胞も。

 勝ちに浮かれ、驕り、いずれ混迷し奈落へと突き進んだであろう自分たちに。

 

「未練がましいと、それを承知の上で問います。何故、私に今生の世をお与え下さったのですか?」

 

 やはり、返らない。しかし、返らずとも察してはいるのだ。

 忘れないと。そう女々しく、誰より深く縋り付いた結果なのだと。

 例え輪廻転生を繰り返そうとも……。

 

「……憶え続けろと、言う事なのでしょうな」

 

 不甲斐無いが為に、全てを背負わせてしまったという罪を。

 永遠に記憶に刻み続けるという罰を。

 全てが忘れ去られた、この現世の中で。

 

「老人の未練に、御付き合い頂き感謝に堪えません。願わくば、千代八千代に神州を見守り下さいませ」

 

 拝礼を終え、静かにその場を去る。その背を泉から見届けた者が居ると知りながら、彼は一度として振り返らなかった。

 

 

 




注:原作の綾之峰学園はこんな鬱々としていません。
  清く正しい王道ラブコメの舞台で、普通科にも女子生徒はいます。
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