謹呈の世 銀嶺の今   作:c.m.

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Attack 12 すれ違いなのであります……

「思えば、懐かしいと感じてしまう程、月日は早いものだな」

 

 歌凜子に手を引かれて向かう間際、真新しい墓石が安田の視界を横切った。

 もう、あそこに妻は居ない。前世の愛しい人は今、別の人生を歩んでいる。

 

「はい。歌凜子も、そう感じます」

 

 懐かしく、寂しく。けれどそれだけではない思い出を噛み締めて、より強く手を握る。

 そして、その手が離れた時、安田は目的の場所に着いた事を悟った。

 

「父様。これより先、歌凜子は父様に無礼な態度を……」

「言うな。私も、歌凜子の立場を知っているつもりだ」

 

 だから、何を言われたとしても気になどしないと、そう娘の頭を撫でた。

 

 

     ◇

 

 

「遅くなってしもうたが、悪く思うてくれるな。そこな小僧が海に浮いておったのでな、連れて来たのじゃ」

「歌凜子様。息災で何よりです」

 

 うむ、と礼を尽くす英里華に、先程まで父に見せた愛らしい姿は欠片も見せず、傲岸不遜な面持ちで応えた歌凜子が上座へと腰を下ろした。

 女神を祀る巫女の一族として始まり、今も当主が巫女を務める綾之峰家であるが、次期当主たる英里華も、そのしきたりに倣い幼少の頃より本島で修行していた経験を持つ。

 歌凜子に対しこのような態度を取るのも、次期当主を見守る巫女姫と言うだけでなく、所謂師弟としての間柄がそうさせていた。

 

「しかし、よもや泉の女神に身を分けさせるとはのう。ちと英里華姫の教育が厳しすぎたか」

 

 それはもう、と出かかった言葉を英里華は飲み込む。泣き言など洩らそうものなら、修行が足りぬとここぞとばかり虐めるに違いない。

 

「さて。銀の髪の姫。名を問うても?」

「銀香です……」

 

 ほうほうと頷く歌凜子に対し、銀香でさえ小動物の如く身を縮める。

 

「侍従と教育係も息災で何よりじゃ。時に……」

 

 まるで値踏みでもするかのように、歌凜子の視線が安田へと向いた。言うまでも無く、下座の中で一番低い位置にある。

 

「随分と分家の息子と仲が良いではないか」

 

 征綺華の事を言っているのだろう。確かに綾之峰の人間である以上、ジーヤや芹沢より上座に居るべき人間が、安田を見るなり席を動いたとあっては思うところがあるのも分かるが……。

 

「両刀か」

 

 ピシィッ!! と、一気に空気が凍りついた。

 嘘でないだけに性質が悪いというのも有るが、よもや実の娘に堂々と性癖を暴露されようとは安田とて思わなかった。

 

“やはり、歌凜子も怒るか……”

 

 当然と言えば当然である。家庭を持つ前とはいえ、母に先んじて男にまで手を出していたなどと到底許容できる筈も無い。絶縁状を叩きつけられても文句は決して言えぬ上、性懲りも無く今生でも似たような真似をしたとあっては、言いたくもなる。

 

「「安田!?」」

 

 ウソだろお前と言わんばかりに銀香と芹沢が振り向いたが、安田としてはバレた以上腹を括るしかない。いっそ殺せとも思わなくも無かったが。

 取り敢えず、膳と共に出された茶をずず、と啜る。

 

「いや何か言えよ! てか否定しろ!!」

「そうだ安田! 幾ら何でも男に取られるなどというのは認められん!!」

 

 銀香然り芹沢然り、激昂も主張も当然なのだが、事実は事実である。

 性癖ばかりはどうしようもない。手遅れだから性癖なのだとダメ男らしく開き直ろうかと思ったが、それもあんまりかと呑み込んだ。

 

「征綺華さんは、女性としての心を持っています。それを否定するのは、流石に憚られます」

「いや、確かにそうなのだがな……」

 

 芹沢とて征綺華の事は訊いているし、そちらに関してはある程度理解もある。だが、だからと言って取られても良いかと言えば別なのだ。

 

「いや待てよ。それならそれで問題だろ」

 

 主にホテルで相部屋だったり、覗きだったり結構やりたい放題だったぞコイツと、銀香が指差す。確かにその通りであり、女として扱うならその通りにすべきだと安田からずるずると引き剥がす。

 

「認めてやるにしても、取り敢えずお前は女連中と相部屋な」

「え~? でも僕、巫女姫様の言う通り両刀だから、女の子でも行けちゃうよ?」

「「お前の事かよ!?」」

 

 騙されたー!? と叫ぶが、安田だけは心の中で征綺華のさりげないフォローと、首の皮一枚が繋がった事に感謝した。

 

「ち」

 

 そして、そんな状況に盛大に舌打ちしたのは歌凜子である。周囲にしてみれば、他愛のない悪戯がバレたと思うだろう。

 が、安田からしてみれば、娘の容赦ない叱責に震える心地だった。いやまぁ、原因は全てこの男にあるのだが。

 

 

     ◇

 

 

 それからのらりくらりと、しかし危うい所で芹沢や銀香らの追撃を交わし、通された部屋で息を着いたのもつかの間。

 

「歌凜子様が御待ちだ」

 

 とっとと動けと巫女大将から蹴りを入れられ、奥の間へと通され現在に至る。

 

「その……すまなかった」

 

 このような父親では、幻滅されても仕方ないと承知しているが、それでも娘に嫌われたくないという父心が頭を下げさせる。

 家庭を持ちながら夜遊びを止められない、ダメ親父以下の姿がそこにあった。

 

「いえ。母様から生前、もしふしだらなら容赦なくする様、言い付けられておりまして……その、まさか父様が本当に()の子とそのような事をするとは夢にも……」

「全面的に私が悪かった……!!」

 

 殺せ、いっそ殺してくれとばかりに全力で娘に謝り倒す。娘にそういった力が備わっていることを知りながら、その場の流れでやる事をやってしまったダメ男を叩き切ってくれと、額を畳に擦り付けた。

 だが、二度としないと誓えない所がダメ男である。征綺華から先程の借りを返せと言われれば断れないのも有るが。

 

「あ、頭をお上げ下さい! 父様のそのような姿は見たくありません!」

「本当に、済まなかった……」

 

 二十は年を取ったかのように、げっそりとした面持ちで項垂れる。

 娘に性癖を晒された挙句、諭されるなどというのは本当にダメ過ぎて哀れにも見えるが、結局全て身から出た錆でしかない辺り、救いがなかった。

 

「……では、何用だろうか?」

 

 巫女大将が辛辣なのは最早どうしようもないと割り切っているが、滞在にあたって何かあるのだろうか?

 

「その、父様と話がしたいと思いまして」

 

 行けませんか? と上目遣いになる娘に、だらしなく頬を緩ませた安田。

 完全に娘に甘いダメ親父であるが、こればかりは父親の性である。娘に愛情以上に辛く当たる父親という物を、伝え聞いては居ても想像できない類であった。

 

「いや、私も歌凜子とは、傍に居たいと思っていた」

「まぁ!」

 

 声を弾ませながら、パァ、と日向のように明るい表情で席を勧める歌凜子に、されるがまま腰を下ろす。見れば、卓には徳利と共に猪口が二つほど置かれていた。

 

「……そうか。もう大人なのだな」

「はい。父様より、ずっと」

 

 それが寂しくも有り、同時に嬉しくも有るのだろう。互い、肉体的な年齢はさておき、精神的には老躯と言って差し支えない身だ。

 娘と談話を交わす時ぐらいは良いだろうと、平時であればこうした事には厳格な安田も気を緩めた。

 

「どうぞ」

 

 と。傾く徳利から透き通った御神酒を注いで貰い、満たされた後に安田も歌凜子の手を止めさせて注いでやる。

 

「父様に、そのような……」

「良いのだ。凛にも同じように言われたがな」

 

 懐かしいものだと一口煽る。前世から酒は進んでは飲まなかったが、今は思いの外美味く感じた。

 

「島での生活は、辛くないか?」

「日々の勤めは然程。父様にも、『視れ』ば会えますから」

 

 便利なものだと思う反面、決して寂しくなかったという事も無いだろう。姿は見えても声は返らず、ただ息災なのだという事が分かるだけ。手を触れ合い、心を分かち合う事ばかりは、島に居る限り叶わない。

 

「何時まで居られるかは判らんが、出来る限り、歌凜子の傍に居てやれればと思う」

「嬉しい」

 

 掴まれた手。八年越しの再会と、これから先に続く日々に夢想しながら、歌凛子は強く手を握る。けれど、どうしてだろう。再会を、これからの日々を心から喜びながらも、歌凛子の顔には翳りが見えた。

 

「父様は、母様を今も愛しておいでで?」

「……愛するなと言われてもな。既に安田として好意も寄せられてはいる手前、割り切らねばと思ってはいるのだが」

 

 ピクッ、と歌凜子の顔が引き攣ったのを見て取る。流石に、娘の前で亡くなった妻に代わり、新たに嫁をと考えているというのは、良い話題ではなかった。

 

「済まないな……今日は謝ってばかりだが」

「いいえ。言い出したのは、歌凜子ですから」

 

 とはいえ、心苦しい事に変わりないのだろう。僅かに力を込めて握られた手に、安田とて思わぬ所が無い訳ではないのだ。

 

「銀香姫と侍従に、愛されておいでなのですね」

「二方とも、私には過ぎた女性だ」

「父様は、立派な御方です!」

 

 言い切る娘に嬉しく思う反面、やはり己というものを知っているだけに、安田は苦笑を浮かべるしかなかった。それは何も、つい先程まで立て続けに晒した醜態の事ばかりではない。

 

「……だがな。黒瀬正継は忘れてしまうのだぞ?」

「承知していたのですね」

 

 ああ、と頷く。大切にしたいと、手放したくないと思いながら、安田登郎として得た全てを零してしまう。安田登郎として得た記憶。手にした幸福は、決して次に持ち越せない。

 黒瀬正継が願ったのは、忘れたくない過去とは消え去った歴史(かこ)であり、黒瀬正継として得たものだけ。

 安田登郎として得たものを失いたくないと願わなかった以上、今生で得た全ては来世で消える。それこそが、女神の課した真の対価なのだろう。

 

「妻との再会も。歌凛子との二度目の出会いも。そして───あの二人に想われたのだということさえ、きっと私は忘れてしまう」

 

 今生の母は優しく愛おしかった。新たな家族は温かかった。老いた妻は、若りし頃と変わらず美しく愛しかった。娘は清く優しい子に育ってくれた。

 出会ってきた全ての者が、善なる人間だけだった訳ではない。けれど、今生で得た十六の歳月からなる思い出は、その全てが輝ける宝石そのものだった。

 

「女神に、再び願う事も考えた」

 

 だが、それは叶わない。叶う筈もない事は、誰よりも安田が深く分かっている。

 愛した記憶を残したいなら、違う愛を手放さなくてはならないと。

 では、輝く宝石(おもいで)の対価はなんだ? 違う愛とはなんなのか? それを、口にはせずに、今も安田は見ている。

 

「……尤も、それをする気はない」

 

 歌凛子こそ、この最愛の娘こそその対価。彼女が娘なのだという記憶。彼女という存在を心から消し去り、無かったものとして二度と触れ得ぬようにしなければ、決して対価には成り得ない。

 手放したくないものの対価は、同じ大きさか、それ以上の愛を以てしか精算される事はないから。

 

「歌凛子は、構いません。父様が歌凛子を忘れても、歌凛子が父様を───」

「馬鹿を言うな」

 

 止めてくれと。そんな顔をするなと娘を抱きしめる。己の都合で、己の満足の為に、どうして娘を傷つけられる。そんな事をする親は、親などと称する資格はない。単に産み落としたというだけの、血の繋がりさえ投げ捨てた他人だ。

 

「良いのだ……父は、お前が生きているという事さえ覚えていれば」

 

 安田登郎が得た全てを手放して───救われた全てが消えるのだとしても。

 

「お前の幸福こそ、父の全てだ」

「では……」

 

 ずっと。黙っているのか? 自分を想ってくれている少女に。愛してくれた多くに、安田登郎が何者かを、そこにある本当の真実を伝えないまま?

 

「いや……黒瀬正継である事は、いずれ話す」

 

 それを隠すと言うんだと、思わず歌凛子は父を睨んでしまう。

 きっと、この父は安田登郎として愛してくれた人を愛し続けるだろう。幸せを与え続けるんだろう。

 でも、その影できっと父は苦しみ続ける。未来永劫、手に入れた幸福を零しながら、こうして娘と、過去に妻と再会したことさえ忘れて、何もしてやれなかったと勘違いしたまま……。

 

「なら、歌凛子は生き続けます。ずっとこの島で、父様を待ち続けます」

 

 そうすれば、父は勘違いをせずに済む。記憶に残っていなくとも、安田登郎であった事を覚えていなくても、綾之峰歌凜子が生き残り続ける限り、この父は必ず新しい人生を、その都度救われて生きて行ける。

 

「それでは、お前の幸せは何処に行く?」

 

 恋をせず、愛を育まず、父以外の男を知らぬまま、ただ遠い島で待ち続けるのか?

 一度死ねば、すぐに生まれ変われる保証などない。現に、安田とて何十年も待たせてしまった。その孤独、その空虚さを、黒瀬が生まれ変わる度、娘に味わわせろと?

 

「父様、歌凛子の幸せは───」

「歌凛子」

 

 優しく。抱きしめた身体を離しながら、父は囁く。

 

「お前の幸せは、お前だけのものだ。決して、父の満足を幸福と偽ってはいけないよ」

 

 良いね? と諭すように。けれど、もうこれ以上口にする事を拒むように立ち上がる。

 

「お前は、お前の人生を歩みなさい」

 

 ───それがきっと、正しい事なんだから。

 

 

     ◇

 

 

「正しいこと……?」

 

 嗚呼、あの父は一体何を言っているのか。親が苦しむ姿を見て、何も思わぬ子が子なものか。

 

「父様は、馬鹿です」

 

 親の心を子は知らず、けれど親もまた子というものが分かっていない。

 誰も居なくなった一室で、歌凛子は残った酒を飲み干した。

 

 きっと。これはすれ違いなんだろう。お互いがお互いを、想ってしまったが故の齟齬なのだろう。

 救いたいと願った娘と。救われなくとも良いと言ってくれた父。

 どちらもきっと正しくて、それが胸を突くように痛かった。

 

「───どうして、子が親を救いたいと想う事を否定なさるのですか?」

 

 対する答えは、聞かずとも判る。

 自分より、お前の方が大切だと───そんな風に、父はきっと笑うのだろう。

 

 それは自分も同じだと言えないまま、歌凛子は俯く事しか出来なかったのだ。

 

 

 




【おまけ。酷すぎてボツになったネタ】

「何時まで居られるかは判らんが、出来る限り、歌凜子の傍に居てやれればと思う」
「本当ですか……?」

 知らず、掴まれた裾。八年も前より待ち望んだその時が来たのだと、歌凜子は感涙に目元を濡らす。

「ああ、本当だとも。お前がどんな我が儘を言おうと、父はお前を嫌いはしないよ」
「嬉しいです! 歌凜子は幸せです! だから───」

 ───しばし、お休み下さいと。

 言葉が耳に届くより先に、安田は猪口をひっくり返した。

「歌、凜子……?」
「我が儘を言っても、嫌わず居て下さるのですよね?」

 艶めかしい音が、耳に届く。幼く、無邪気に話しかける思い出の中に居た娘では、決して出せない声が。

「歌凜子は、いつも父様を『視て』おりました。母様の記憶の中の凛々しい父様を、歌凜子を腕に抱く優しい父様を、生まれ変わりながら変らず逞しい父様を」

 こうしてずっと、触れたかったのだと馬乗りに跨る。

「父様。母様が今の世の父様を選んだのは、その種が最も私を強くさせたから」

 巫女姫として、次代の巫女姫により強い力を託させたのが切っ掛けだと言う。

「歌凜子も、それに倣い相応しい相手を占わねばなりませんでした」

 それが、どうしても嫌で仕方がなかった。母はその相手ならば幸せになれるという事を知っていたし、現にそうなった。だが、歌凜子もそうなれるという保証はなかった。

「だけど、歌凜子は幸せ者です。一番のお相手が、父様だと知ったのですから」

 この世で誰より愛しくて堪らない父が、その相手なのだと知っていたなら───

「───絶対に。綾之峰の姫に相応しいなどと伝えなかったのに」
「あの、占いは……」
「出任せではありませんよ? 現に父様は姫を助け、その心を射止めたのでしょう? とはいえ『視た』のは『綾之峰の姫君を、その縛鎖より解き放つ』という点のみでしたが」

 いずれにしても、失敗だったと歌凜子は語る。

「父様。歌凜子は父様と同じく、業深い女なのです」

 娘でありながら、父を愛さずにいられない。そんな子なのだと語るが、確かに可笑しいとは思っていた。年頃の娘ならば父を嫌うというのは知っていたし、何より歌凜子は前世を併せても安田以上に生きている。そんな娘が、ああまで父を慕い甘えるだろうか?

「いや、待て……流石にそれは待て!?」

 如何に男にも躊躇いなく手を出す屑親父のダメ男と言えど、溺愛する娘に食われるのは望んでいない。屑は屑でも、家庭の中では良き夫、良き父で有りたかったのだ。

「待ちましょう。歌凜子は、我慢できる良い子です。一秒? 十秒?」

 それは待つとは言わない!! と全力で身を捩ったつもりだが、僅かに腕が動いたのみだった。

「巫女大将───!!? 今こそお前の出番だ! 私を半殺しどころか、簀巻きにして沈める絶好の機会だぞ───!!」
「駄目ですよ、父様。あんな大した事のなかった、乳だけ無駄にデカい女に助けを乞うては」

 当人が訊けば、巫女姫だろうと全力で蹴りを入れかねない発言だが、乳に関しては肉体年齢が止まった時期に寄る所が大きいだけだろうと思う。少なくとも凛は巫女大将と比べても差のない乳だった。どっちも揉んだ事があるから知っている。

「あらあら、歌凜子の身体は父様と同い年なのですよ? 子供のように見られたくありません」

 若干恨みがましく首を締め上げながら、訂正しろと目で訴える。本島での食生活が母譲りの身体になる事を阻害したのかもしれない。思えば、確かに膳は美味だったが肉は少なかった。

「か、歌凜子は……充分、母譲りの美人に……ぐえ!?」
「まあ、御上手!」

 締め上げられたアヒルは、きっとこんな声を上げるのだろう。頸動脈でなく気道が閉まっているだけに、落ちてこれから起こるであろう痴態を見ずにいるという事さえ出来なかった。何より、目元が怒った時の母譲りなのが怖い。とにかく怖い。

「な、なあ。歌凜子? 父と添い寝がしたいとか、そういう口に出せない愛らしい理由で一服盛ったのだろう? これは悪戯なのだろ?」

 というか、お願いだからそうであってくれー!! と全力で叫びたかった。
 しかし、歌凜子は笑いながら頭を振る。

「既に分家の息子と一夜を共にしておきながら、娘と褥に入るのを躊躇わずとも」

 確かにどちらも社会的にアレであるが、安田にとっては男より娘の方が不味い。何が不味いって父としての尊厳が不味い。
 征麻呂に対して憤ったり、征綺華を慰めたりした諸々が全部台無しになるのが不味い!
 屑なのは性癖である以上致し方ないとしても、娘に手を出す外道になるのだけは不味い!

「私はだな、歌凜子を愛して……」
「相思相愛ですね!」
「娘として、だ」

 流石にもう叫ぶ気力もないのか、息が荒い。荒いのは馬乗りのまま衣擦れの音を立てる娘の身体を見たせいではない。決してだ。

「でも、父様も私が嫁に行くのは嫌だったのでは?」
「……そこは否定できないが」

 少なくとも、己より出来ぬ男に嫁がせる気は絶対になかっただろう。帝大出か、そうでなくとも同じ恩賜組や陸大でこれはという男の中から、性格の良い者を選りすぐったに違いない。
 それでも居なければ海さんにだって頭を下げる。娘の幸福はあらゆる問題を優先させるのが親バカなのだ。

「それは、偏に歌凜子の幸せをだな……」
「歌凜子は今、幸せですよ───だから、受け入れて下さい」

 若しくは、大人しく諦めろと、ムードも何もあった物ではない言葉のまま、安田登郎は正真正銘の屑の仲間入りを果たす事になるのだった。


没ネタを見た友人の反応

キリ○タンな友人「近親相○とか最低だと思います」
作者「お、そうだな」(ソドムとゴモラ読みつつ)


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