謹呈の世 銀嶺の今   作:c.m.

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Attack 13 嫁いびりは酷いのであります

「巫女大将殿……」

「よくも歌凜子様を悲しませてくれたな」

 

 奥の間を出ると同時、開口一番憎々しげに詰め寄られたが、安田とて節を曲げる気はない。親は子の幸せを願うものであって、子の未来を閉ざすものではないのだ。

 

「子が親を想ってはいかんのか?」

「嬉しくは思います。ですが、思うに留まって貰わねば」

 

 子の幸せにならぬ姿など、親にとって不幸以外の何物でもない。目に入れても痛くないほど愛おしいからこそ、苦しむ姿は耐え難いのだ。

 恋を知り、愛を育み、生まれて良かったと笑いながら息を引き取る人生こそを、誰より望んでこその親なのだから。

 

「言っても無駄か……まぁいい、引いてやる。が、その辛気臭い面のまま島で過ごされては敵わんのでな」

 

 着いてこいと、強引に安田の腕を取った。

 

 

     ◇

 

 

 その場を表すならば、巫女らの修練場というより、格技場と称する方が相応しいだろう。壁には幾多もの武具がかけられ、丁寧に磨き上げられた床には、幾重にも刻まれた疵が見えた。

 

「貴様は知っているだろうが、我ら巫女の力は泉の女神より賜った物でな。祈祷や星読みなどという物は、まぁ外聞を誤魔化す飾りだよ」

 

 尤も、だからと言って綾之峰の為に未来視による報告のみ行い、惰眠を貪る訳にも行かない。曲がりなりにも巫女として綾之峰の庇護下にある以上、相応の挺身が要求される。

 

「とはいえ。それが役立った事など、一度として無かっただろうがな」

 

 未来を視るという事は、外敵の芽を未然に摘み取れるか、或いは先手を常に打ち続けられるという事であるし、何にも増して貴重な巫女を、むざむざ使い捨てるほど綾之峰も馬鹿ではない。

 

「時間だけは有る我らだ。より素養のある者と代替わりするのが大凡半世紀。長い者は百年ほどにもなる」

 

 その間、唯々研鑽を重ね続けた。使いもしない芸を磨き、育ちもしない全盛期の肉体に、ひたすら戦の技術を仕込み続けたのだと。

 

「貴様と初めて会った時は、巫女として日が浅かったが───」

 

 ───こと武芸に関しては、今は私が上だと笑った。

 

 

     ◇

 

 

「うーむ。良い機会なのでマイシスター共々稽古をつけて貰うつもりだったのですが、やはり本島の巫女は違うでありますな」

 

 ぶっちゃけ、化け物でありますとジーヤは両手を軽く上げるが、彼女とて息一つ切らしてない上、無手に限っての事である。得物を持てば話は変わるし、正面切っての尋常の立会いでなければ幾らでも勝ちを拾える事は、巫女らも十二分に弁えていた。

 

「こ、の……無駄にデカい乳揺らしてる癖に、何で元気なんだ……」

「マイシスターと違って、ジーヤも巫女さん方も動きに無駄が無いのでありますよ」

 

 翻弄され続ける側と動かぬ側。消耗が激しいのがどちらかなど論ずるに足りず、故に芹沢だけが息を切らす形となった。

 

「芹沢ー! 疲れたら休んで良いと思うぞー?」

「いいえ! 銀香様と英里華様の前で無様は晒せません!」

「おお! 安田少年にも劣らぬガッツに、ジーヤは目を輝かせながらマイシスターを千尋の谷に突き落とすのでありますよ! 具体的には夕餉までの残り三時間、ぶっ通しで乱取りであります! ジーヤと巫女さん方で回しに回すで有ります!」

 

「ジーヤ殿。申し訳ないが小休止だ」

 

 その声に、ジーヤはおや? と目の色を変えた。

 巫女大将。紛れも無い本島最高の実力者が、木刀片手に進み出て来たのだ。

 

「手心を加えず居られる相手は、ジーヤも大歓迎でありますが」

「ナイフを仕舞え。ジーヤ殿が相手では本身を抜かざるを得ん」

 

 残念と戦闘ナイフを鞘に納め、巫女大将の陰に隠れていた男を見やる。

 

「安田少年が相手でありますか」

「母は古武道。父は空手を嗜むそうだ」

 

 尤も、安田個人はいずれも親の勧めで嗜んだに過ぎない。父の空手は幼少時に、防具を纏い兇器を握る相手には不利と断じたし、何より己に合わぬと早々に見切りをつけた。

 母の古武道は確かに学ぶところこそ多かったし、安田自身母の為と真剣に打ち込みはしたが、結局母の道場仲間の伝手を借り、前世に学んだ父と同門の剣と、士官学校時代に熱を入れた柔道に落ち着いてしまった。

 

「私自身は(これ)も含め、いずれも言葉通り嗜む程度ですが」

「構えろ」

 

 謙遜か否かは、見れば判るという事か。あれだけ熱が籠もるほど犇めき合っていた格技場の者らは、既に英里華ら同様壁際に下がっている所からしても、見物だと思っているに違いない。

 礼を取り、互い正眼に構えた。防具は互いになし。素面素籠手で木刀による地稽古。

 寸止めとの取り決めこそしているが、万一があれば大惨事になる事は確実である。

 

「せめて鉢金を巻かれては?」

 

 と。木刀を取る前に伺いはしたが、要らぬと一蹴されては致し方ないと安田も諦めた。

 

“傷を負わせず、終わらせれば良いが”

 

 難しいだろうなと、安田は巫女大将の構えから悟るのだった。

 

 

     ◇

 

 

 礼を取り、正眼に構える安田を視界に収めた直後、巫女大将のみならず、居並ぶ巫女らもまた、この若さでと息を漏らした。

 視線を読ませぬよう開かれた半眼。上体に揺れはなく、力みのない構えと根を張るかの如き重心が、安田の力量を物語る。

 

“柳生に似ているな”

 

 当たらずとも遠からず。確かに黒瀬の父は柳生の門下として教えを乞い、彼自身も父から直々に手解きを受けていた。

 正調の柳生でないのは、士官学校以降剣道の場でしか剣を執る機会が殆どなかった為だ。

 両手軍刀術制定は大正元年。第一次世界大戦を二年後に控えるこの頃、既に日露戦争で実績を収めた黒瀬正継は将校として多忙の日々を送っていたし、柳生厳長が近衛供奉将校団師範を勤める近衛師団に配属されてからも、やはり剣を執る機会には恵まれなかった。

 あくまで柳生は土台。上に積み上げたのは剣道である為、石垣から城まで古流で固められた巫女大将には、少々ちぐはぐに思えてしまう。

 

“だが、人を斬った事はある”

 

 そういう眼を、安田はしていた。しかし、安田にそれを問えば不快な顔をしただろう。

 確かに斬った事はある。が、それは『忘れていない』事を知った先々代当主が彼を死地に送り、最早自決か突貫かを最後の最期で選んだ先に得た奇跡に過ぎない。

 足駆けの途中斃れれば良いものを、腹から(わた)を零しながら卑しくも一矢報いたいという我が儘で食い下がり、死なせる事のなかった者を二人も殺めたのは、彼の生涯では誉れでなく恥とすべき汚点だった。

 

「打たんのか?」

 

 静止したままの安田に問う。同時、安田の剣が巫女大将の右籠手……否、右指を捉えていたが、果たしてそれをこの場の幾人が見て取れたか。

 水面を滑るかのような歩法で詰めた斬り間もさる事ながら、動けば必ず眼や肩に生じる『起こり』を見せぬ手管は、齢十六では到底為し得ぬ技芸である。

 

 斬られた。と、芹沢と若輩の巫女らはその瞬間、真剣であれば巫女大将の指が落ちただろうと幻視した。

 だが、それを否と見たのはジーヤ含む古参巫女であり、彼女らの読み通り、正確に刃筋を立てて打った安田の剣は、半身となって下がった巫女大将の剣に絡まり釣られ、返す刃を喉に放たれる。

 

“平突きか”

 

 これを動じず、打たれながらも目を開き続けるボクサーが斯く在るように、安田もまた確と目を開いて、横に躱さず下に潜った。

 仮に安田が半身を開いて紙一重で躱したならば、平突きはそのまま横に薙いで頸動脈を掻き斬ったに違いない。

 

涎賺(よだれすかし)!”

 

 剣を担ぎ、懐に潜り込んで神経と血脈の溜まり場である腋下を斬る柳生の妙技を、巫女大将が知らぬ筈も無い。正調の剣士たれば、この瞬間勝ちを譲らねばならぬ事を、巫女大将は弁えていた。が、弁えられるほど巫女大将は潔い女ではない。

 

「このッ……!!」

 

 強引に繰り出された足蹴が、安田の股下を捉えんとする。

 だが、巫女大将がそうであるように、安田もまた正調の剣士でなく、軍人として勝ちを狙いたいという欲と、女には負けたくないのだというプライドから剣を手放した。

 

「武のみであれば、確かに私が劣ったでしょうが」

 

 勝利を欲する意地汚さは、安田が上であったらしい。

 繰り出された足を素手で掴み、残る軸足を払うと、そのまま足首を捻って俯せに返し、背を踏みつけて無力化した。

 

「続けられますか?」

「いや。負けだ……だからとっとと足を離せ」

「……失礼を致しました」

 

 捲り上がった袴の内を見ないようにしながら、安田は手早く足を離す。

 

「うわ。巫女さんってホントに穿いてないんだ」

「貴様は少し黙っていろ」

 

 空気を読まず漏らした征綺華に、芹沢がツッコんだ。

 

 

     ◇

 

 

 ジーヤ殿以外では初黒星だと漏らした巫女大将だが、安田とて本気でない事ぐらい判る。 仮に巫女大将が本当になり振り構わず出れば、それこそ安田を『視』通す事で全ての出方を予見し得た筈なのだ。

 フォローがてらにその事を話すも、巫女大将は武という己の土俵で眼を使って負かすというのは論外らしい。

 

「だが、勝ち逃げされるのも気に食わん」

 

 負けず嫌いなのは結構だが、安田としても()()()()()()にはあれが精一杯である。

 何しろ、彼自身は決して武で身を立てようとは思っていなかったし、衆目を集めたかった訳でも無い。

 黒瀬として生きた当時は、文武両道が国是の如く尊ばれていた為と家柄故に努力していたに過ぎず、個として武芸を磨くより、将校としての質を高める事に重きを置いていた。

 不断の努力が実を結び、古流の門下や講道館仕込みの柔道家とも互角に立ち回れた事に喜びを感じない訳ではなかったが、宝蔵院で免許皆伝にまで到った、山縣有朋元帥ほど直向きであったかと問われれば否だろう。

 

 余談が過ぎたが、何が言いたいかというと、現条件下での先の結果は安田にとって大金星であり、そのような結果が後に続く筈も無いという事だ。

 見せられる小技にも限りがあるし、動きも眼が慣れれば追い着けぬほどではない。

 序盤は拮抗。後に優勢から常勝まで巫女大将が漕ぎ着けるのには、指して時間はかからなかった。 

 

「体力は巫女大将が、力は安田少年が上。動きの精彩も概ね互角。しかし手札の数が、その後の明暗を分けたでありますな」

 

 とはジーヤの弁であり、安田にとっても否定し得ぬ事実であった。

 

「気を落とす事はないで有りますよ。ああ見えて、巫女大将はジーヤより年上で有りますから」

「へー。若そうだけど、実はオバ、」

 

 と。軽率にも口にしかかった征綺華の髪を掠めながら木刀が飛んだのは余談である。

 

「歳は関係ありません。私が未熟であったのです」

 

 そもそも、齢云々を言うなら安田も反則なのだ。前世を含めれば二十そこいら程度の差でしかないにも関わらず、女人に打ち負かされたとあっては安田とて面白くなかった。

 

「明日以降、私も稽古に参加しても?」

「安田少年は二重の意味で歓迎されると思うであります。本島に殿方が参られるのは非常に珍しいで有りますから」

 

 七ツ口男をおいしそうに見る……などと大奥で詠まれた事があるというのは安田も耳にした事があるが、この島もそのようなものなのだろうか?

 

「一応僕も男だけどねー」

「征綺華少年も参加したいのでありますか?」

「え~? やだよ、爪割れちゃいそうだし。汗で肌が蒸れちゃう」

 

 実に年頃らしい意見である。身体的構造が男である事を除けば、と付くが。

 

「……そもそも。なんで貴様はここに居るのだ?」

「だって暇だったんだもん」

 

 これもまた、実に現代っ子らしい発言であった為に、聞いた芹沢は深く息を吐くのであった。

 

「とにかく、安田は女ばかりだといって目尻を下げんようにな」

「それだけ聞くと、旦那さんを信用しない奥さんみたいだよね」

「……うるさい」

 

 先程と違い、声に覇気がなかったのを征綺華は笑った。

 

 

     ◇

 

 

 逢魔時を過ぎるまで鍛錬を続けた後に夕餉を摂り、残すは入浴と就寝となった間際。

 銀香、芹沢両名は巫女姫たる歌凜子に呼ばれ、奥の間へと通されていた。

 

「……何の用だと思う?」

「英里華様でない事からして、家がらみでない事は間違いないかと」

 

 鬼の居ぬ間に小声でやりとりを交わすが、この組み合わせというのが少々気掛かりである。具体的には、話題に挙がって欲しくない人物(おとこ)を出される可能性があった。

 

「『視た』通りの時間に来ておるようじゃの」

 

 感心感心と老婆のように頷くが、それを肯定しようものなら雷が落ちること請け合いである為、両者とも粛々と押し黙っていた。

 しかし、空気が重い。声ばかりは明るい歌凛子だが、その機嫌が何時にも増して悪い事を二人は目聡く感じ取る。

 

「銀香姫とバヤリー嬢。其方らを呼びつけた理由は判るかえ?」

 

 判らぬと言えば察しが悪いと罵られ、判ると言えば、仮に正解であろうが無かろうが色恋に絆されおってお叱りを受けるに違いない。しかし、言わねば進まず一層機嫌を悪くするに違いないと、口を開いたのは芹沢からだ。

 

「おそらく、本島に参った部外者の事ではと」

「うむ。しかし銀香姫、侍従が盾となってくれるのを良い事に押し黙るのは感心せんの」

 

 そう来たか、と銀香のみならず裏目に出てしまった結果に芹沢も内心舌打つ。

 一体何が気に食わないのか。巫女大将を下がらせた歌凜子は豪快に胡坐など掻いていただけに、今日は厄日かと二人は我が身の不運を嘆いた。

 

「それで、安田がどうかしたのですか?」

 

 英里華とは違い、ややぎこちない敬語で問う銀香に、歌凜子は一層深く渋面を作った。

 

「……もしや、安田が何か粗相を?」

 

 有り得ると芹沢は思い口を開く。巫女大将がやけに辛辣であるのも、おそらくはそうした理由かと思ったが……。

 

「馬鹿な事を申すな。あれは出来る事なら、終生この島に繋いでおきたいぐらいじゃ」

 

 それはそれで多大に問題であると思う。具体的には貞操的な意味で。

 

「あれ? でも、巫女大将には凄く嫌われてたような」

「あれは致し方あるまい。巫女大将の怒りは尤もなのでな、我も厳しくは言えんのじゃ」

 

 出来ればその辺り深く聞きたい所ではあったが、それは本題ではないので今は置いておけと脇に退けられる。

 

「まぁ、呼び付けたのは確かにあの者の事よ。銀香姫は、昔占ってやった事を覚えておるかの?」

「ええ、まぁ……正直、騙されたと思いましたけど」

「何を言う。あれ以上の男子を見繕えなどと、無茶も良い所じゃぞ?」

「いや、確かに歌凜子様ぐらい保守的な人なら受けるんでしょうけど、どう見ても王子様って感じじゃ……」

「知らん。我が占ったのは『綾之峰の姫君を、その縛鎖より解き放つ』という事だけじゃ。

 理想の男児とは付け加えたし、綾之峰の学園に通えば会えるとも伝えたが、其方と英里華姫が妄想して止まぬような、窮地に参る白馬の王子などとは一言も言っておらん」

 

 ここでそれバラすんじゃねえ……!! と長年抱えていたヒロイン願望を暴露された事に羞恥の入り混じった苛立ちを込み上げたが、芹沢にしてみれば隠していた積もりだったのかと僅かに目を瞬かせた。

 不敬は承知であるし、主が居る手前間違っても口にはしないが、シェイクスピア吟じたり、夜な夜な窓を開けて星に向かって手を組んでるようなメルヘン全開の痛い女が、今更何を言っているのかという感じである。

 

「なんじゃ? 不服なら捨て置いて他を当たれば良かろう。何なら占ってやっても、」

「い、嫌だ……!」

 

 思わず叫んでしまったが、こればかりは仕方ないと芹沢も思う。そう簡単に手放せるようなら、彼女とて恋敵としては見なかった筈だ。

 

「……そんなに良いか。あの者が」

 

 しかし、銀香の心からの叫びを聞いても歌凜子は渋面を深く刻んだままであり、これには芹沢も眉を顰めた。確かに歌凜子は厳しいが、同時に優しさも持ち合わせている事は、幼少の頃よりここに通っていた彼女も知っていたからだ。

 

「歌凜子様は、銀香様の幸せを願われないので?」

「バヤリー嬢はそれで良いのか?」

 

 不覚にも、言葉が詰まった。綾之峰銀香の幸せを願っているかと問われれば、確かに願っている。だが、即答するにも、胸に抱えた想いが大きすぎた。

 

「良いって、気を遣わなくてさ」

 

 何も思わなかった筈がない。ただ自分の幸せだけを求めていたら、きっと芹沢はあんな事をしなかっただろう事ぐらい、銀香にも分かる。

 報われるのも、願いが叶うのも一人だけ。きっと、どちらの想いが届いたとて、これまでのような関係を続けられないのだとしても。

 

「歌凜子様。私達は───、後悔だけはしない」

 

 それだけは、どんな未来になったとしても確かだと、銀香は胸を張って答えた。

 

 

     ◇

 

 

「そうか……ああ全く、これでは我が悪者のようではないか」

 

 いや、どっからどう見ても終始悪者だったじゃないかと二人は顔を見合わせかけたが、歌凜子が眦を吊り上げた為に目を逸らした。

 

「まぁ、許せ。正直に言うとだな、これは嫉妬という奴じゃ」

「え……? 歌凜子様、今お幾つでしたっけ?」

 

 歳の差考えろよどんだけ若いツバメ食いたいんだババアという言葉を、寸での所で飲み込むが、ダンッ! と歌凜子は勢いよく立ち上がる。

 

「女子同士とはいえ、齢を問うでないわ……ッ」

 

 陰でロリババアと幾度となく囁かれていたが、流石に当人も気にしていたらしい。次第、落ち着いたように置かれた茶をずず、と啜る。

 

「何か、飲み方が安田と似ているような……」

「ん? ああ、もう良い。どうせ其方らには話すつもりじゃったからの」

 

 何を? と怪訝な表情で言葉を待ち。

 

「あれは我の父様じゃ」

「「は……?」」

 

 思わず。敬語さえ忘れて首を捻った。

 

「おい……これってあれじゃねえの? いい年こいた大人が、店でパパとかママとか言って、甘えたがるのが居るって週刊誌とかドラマで目にするアレ」

「見た目が幼い分マイルドになっていますが、最低でも十数歳は離れているだけに、犯罪臭が漂いますね」

「陰口なら聞こえぬように言え……!! 正真正銘の実父じゃ!!」

 

 いやいや有り得ないだろと二人は首を振る。万里華が学生であった頃から既に懇意にしていた星読みの巫女姫だ。十六の安田が親になるには明らかに無理がある。

 

「こやつら、ここぞとばかりに言いたい放題言いおってからに!!」

「だって」

「ねぇ?」

 

 からかいたいというのも有ったが、流石にこんな事を大真面目に言われては戸惑いの方が先に来る。無論、言われた通り日頃の鬱憤を晴らしたかったのも否定できないが。

 

「……荒唐無稽は承知の上じゃが、泉の女神絡みとなれば別じゃろ?」

 

 確かに肉体が二つに分かたれた銀香自身、言えた事ではないのは事実だが。

 

「じゃあ何か? 安田はタイムスリップでもしたか、前世の記憶でもあるってのか?」

「正解は後者じゃ。其方らとて、心当たりが無い訳でもなかろ?」

 

 確かに、銀香は知っていた。安田登郎は忘れない事を女神に願ったのだと、他ならぬ彼自身の口から聞いていたから。

 

「確かに、安田は一介の学徒にしては出来過ぎる嫌いがありましたが……」

 

 認めたくない、というのが芹沢の本音だろう。歌凜子の言葉が真実ならば、数十年も歳が離れているというのもあるが、それ以上に娘の居る既婚者でもあるのだ。

 

「その件に関して案ずる事はない。父様は既に、今の世で新たな人生を歩むと亡くなった母様と誓うておるでの───まぁ、諦めてくれるなら我も嬉しいが」

「それだよ。歌凜子様が娘なら、何で安田の恋路を……ああ、別に可笑しくはないのか」

 

 要するに、父親が好きで堪らなかった娘の元に、父親が再婚相手に自分より年下の女を連れてくるようなものだと考えれば、歌凜子が不機嫌になるのは何となく銀香にも判る。

 

「でも。だったら何で私の相手として占ったんだよ?」

「……一つは、諦めかの。占い自体に嘘偽りは無い。だからこそ我も断腸の思いで、綾之峰の姫ならば父様に相応しかろうと、そう言い聞かせた」

 

“父親への愛が重すぎる……”

 

 初恋の相手がお父さんで止まったまま、拗らせ切ったファザコンの娘というのはこんな感じなのだろう。

 親離れ出来ない娘と、親馬鹿な父が見事なまでにダメな方向に進んだ結果がこれだ。

 当の父親は娘に対して思春期に嫌われるという経験を経ず、昔のままの愛娘でいてくれる事に何の危機感も抱けないまま可愛がっている事が、一層拗らせる要因となっている事に気付けていないのが哀れですらある。

 

「ですが、それなら何故私まで御呼びに? 歌凜子様の占いでは英里華様……というより、銀香様がお相手だったのでしょう?」

「今の世の未来は、決して確定されたものではない。だからこそ、ここには幾人もの巫女が詰め、絶えず新しい未来を『視て』おる。バヤリー嬢。幼い頃父様に初恋をしても、再会した後では恋心など抱く筈のなかった其方が良い例じゃ」

 

 誰かが未来を知り介入すれば、そこから変化が起こる。だからこそ、星読みの巫女は一度だけでお役御免にはならぬし、定まらぬからこそ介入した先で勝者となれる。

 

「大まかには理解出来ました。しかし、今の世とは?」

 

 初恋云々は少々照れ臭かったが、過去と同じ気持ちを抱いた今、そこは重要ではない。芹沢が口にした問いこそが、星読みの巫女姫が自分らを呼んだ核心なのだと感じ取った。

 

「……今も、結末は定まらぬ。それが良い事か悪い事かは判りかねるが」

 

 芹沢と銀香。二人のどちらが安田と結ばれるか。それは、歴代で最も強大な力を持つ歌凜子にさえ見通せぬ未来だ。

 

「其方らには、等しく父様の夫となる道はある。

 故に、問おう───これより先、語る真実を受け入れる覚悟はあるか?」

 

 この問いに意味がない事を、歌凛子は二人の眼差しを見て笑った。

 

 

 

 




 原作の巫女はちゃんと(ちゃんと?)褌着用しています(図解有)
 なお、単に巫女大将がそういう趣味だった可能性も微レ存。
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