謹呈の世 銀嶺の今   作:c.m.

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Attack 15 男を信用? ナイスジョークであります

 語る事は、一先ず終えた。

 芹沢も銀香も、息一つ呑む間もなくよく聞き入ったと歌凛子は感心した反面、やはり受けた衝撃は、石像の如く身を固めても仕方のない物だったのだろう。

 安田登郎の、否、黒瀬直真正継という人間の生きた異なる歴史は、綾之峰の名の下に生きる両名にとって、余りに酷だったのかもしれぬと労りの声を掛けようとし……

 

「「まさか、あいつも両刀の変態だったなんて……」」

「そこか!?」

 

 もっとあるだろう! 日本国の隠された歴史とか、祖国を御救い下さった陛下の存在とか! 南方諸島に散った後、戦後最後の軍神として祀られた黒瀬中将が安田登郎だった事とか他にも色々!

 

「いや、そっちは何かもう追い付かない感じで……取り敢えず、安田を真っ先にぶん殴ろうかなって」

「ええ……何であんな性癖の男に焦がれてしまったのか……目を覆いたく」

 

 もう百年の恋も冷めるとかそんな感じで肩を落としていたが、それならそれで歌凛子も構わない。一生手放す気はないので、むしろ存分に振って貰いたいものである。

 

「でもなー……惚れた弱みって、こういうのを言うんだろうな」

「奥方への謝り方を聞く限り、流石に懲りているでしょうし、若気の至りと諦めるべきなのでしょうね」

 

 ち。と内心歌凛子は舌打ちした。何なら分家の息子が腰砕けになるまでがっつり喰った事も暴露してやろうかと思ったが、この二名に振られた場合、最悪父親がそちらに取られかねない為、口を噤まざるを得なかった。

 歌凜子の目から見ても及第である二人になら、まだ父親を託すのは許容できるが、流石に男には渡したくない。

 

「でも、あれだ。征綺華とは念の為に引き剥がしとこう」

「前科が前科ですから、当然ですね」

「散々な言い様じゃの……まぁ、父様に限らず男なんぞ信用できる生き物ではないが」

 

 歌凜子が言うのも何だが、父親に関しては特にその傾向が強い。

 遊び歩いたりしなければ酒乱の気が有る訳でも無く、平時であれば一途に妻子を想い、仕事に励む実直な男だったのは確かだ。

 が。一度据え膳を置けば、自分から手を出す訳でないからと開き直って綺麗さっぱり、しかも他人の見えない所で食い尽くしてしまう。

 その癖、根が真面目なだけにバレた時は誠心誠意謝るのだから始末が悪い。

 

「婚姻するなり、将来の相手を見定めれば、後は真面目に生きてくれるのが救いなのじゃがなぁ……」

「その言い方だと……それまでは結構」

 

 据え膳されたら平らげるな、とアッサリ銀香の危惧が正しい事を暴露した。

 

「巫女大将辺りが過去の事を水に流して、責任を取る必要はないからと粉などかけた日には、即座に手を付けるぞ」

 

 何なら賭けても良いと歌凜子が平たい胸を張るが、全く褒められた物ではない。はっきり言って最低なダメ男である。

 

「あの野郎、普段は枯れたジジイみたいな態度してやがる癖に。いや、本当に中身ジジイだった訳だけども」

「……いえ。ちょっと待って下さい」

 

 その理屈であれば、手を出させてから責任を取れと迫れば、簡単に攻略できるのでは?

 

「いや。其方らは本気で告白したから、どちらか決めるまでは絶対手を出さんと思うぞ? 父様はそういうとこ真面目じゃし」

 

 面倒臭ぇ……!? と二人仲良く絶叫した。

 

 

     ◇

 

 

「何やら、知らぬ所で株を下げられている気が……」

 

 巫女らと取り決め、ゆったりと空いた時間に征綺華と共に湯に浸かる安田であったが、嫌に背筋がむず痒い。

 

「結構今更じゃない? それ」

 

 実にあっけらかんと返されたが、安田の人生を鑑みれば否定できる立場ではあるまい。平時こそ真面目な堅物として見られている分、一度地に落ちればそれまでである。

 

「僕からしても、お姫様のついでに攫った奴と一夜を共にするって、結構アレだと思うし」

 

 節操無しだのダメ男だの言わぬだけ優しいものだが、結論から言ってしまえば安田がぐうの音も出ないほどアレな男である事に変わりはない。

 

「ま。登郎が悪く言われたって、僕の評価は変わらないから安心して良いよ」

 

 そう言ってくれるなら、少しは気が休まるという物か。或いは、この程度の言葉で己の恥を流せてしまえるぐらい面の皮が厚い事を自覚すべきか。

 

「それよりさ。君、僕に助けて貰った事、忘れてないよね?」

 

 にんまりとした表情で征綺華が寄る。大浴場と呼ぶに相応しい、十分な広さの湯船にも関わらず、肌が触れかねないほど距離を縮めた。

 

「……何をお望みで?」

「ん~? 行けないなぁ。そうやって他人がしてくれるのを待ってるようじゃ」

 

 世の女と比べても、十二分に美しい白純(しらずみ)の肌に水が滴る。例え男と分かっていても、余人がその艶姿を見れば唾を飲み込んだに違いない。

 

「ちゃあんと。僕の訊きたい事に応えて」

 

 ゆっくりと、首に腕を回しながら耳元で囁き。

 

「───登郎は、あの二人のどっちが好きなの?」

 

 

     ◇

 

 

「ところで、男の入浴時間は決めたようじゃが、分家の息子はどちらに入るのかの?」

「「あ」」

 

 二人の少女は、脱兎の如く駆け出した。

 

 

     ◇

 

 

「───登郎は、あの二人のどっちが好きなの?」

 

 思わぬ問いかけに、言葉が詰まる。それは、自分にとっても相手にとっても大事な事で。

 本当なら、ちゃんと考えなくてはならない筈なのに。

 

「決めてなかったんだ」

「……考えないように、していたのかも知れません」

「嘘だね」

 

 それだけはないし、有り得ない。安田はずっと、離島での夜から二人を見ていた。

 自分の事。伝えなくてはいけない答えを、ずっと出せずにいた筈だ。

 

「登郎、何か隠してるでしょ?」

 

 それが何なのかは判らない。けれど、その何かが心にある物を押し込めている。

 

「言っちゃえよ。抱えた物は押し付けちゃえば良い。一緒に生きるなら、半分預かって貰えばいいんだ」

「簡単に、言うのですね」

 

 己の秘密も、過去も。一人で抱えるべきものを伝えて、そんな自分を愛せるのかと問えと? 苦楽を共にする相手だからという言い訳を使って、自分が楽になりたいが為だけに?

 

「言うさ。君を本気で好きなら受け入れてくれるし、君が本気で好きなら、絶対言える」

 

 ───そのどちらも無理なら、それは愛していないか愛が足りないのだと鼻で笑う。

 

「受け入れられない? こんなのは信じた貴方じゃない? は! 馬鹿馬鹿しい。心に描いた理想の相手が好きなら、ずっと一人で妄想してりゃ良いのさ」

 

 人間なんて、崇高でも完璧でも居られない。誰にだって秘密にしたい事はあるし、思い出したくない恥なんて山ほど抱えて生きて行く。

 

「そんな女なら、別に振られたって良いじゃないか。

 けど、受け入れてくれるなら───」

 

 ───君も、相手の半分を背負って生きろ。

 

「預けて貰った分は、別のものを背負えばいい。秘密とかそういうんじゃなくても、生きて行くなら色々ある」

 

 たとえばそれは、必ず守ると誓っても良い。

 たとえばそれは、一生愛すると誓っても良い。

 どんな形であろうと、相手に応えて貰った分は返して行けと訴えた。

 

「お強いのですね……貴方は」

「身体は男の子だからね。何より、君を負かせて見たかった」

 

 言われたからと、それですぐに気持ちが切り替わる訳もない。きっと、どちらかに思いを伝える日まで、安田登郎は悩み続けるだろう。

 けれど。いつか、その日に打ち明けたら─── 

 

「───貴方への感謝を、終生忘れず居ようと思います」

 

 良い返事だ。と征綺華は笑う。

 

「じゃあ本題だ。振り出しに戻るけど、君はどっちが───」

 

「「安田─────────ァァァァッ……………………!!!!」」

 

 スパァッン!! と豪快に引き戸を開きながらガサ入れの如く踏み込んだ二人の少女に、何事かと安田は目を丸くしたが、只ならぬ空気に声を掛ける事すら忘れて息を止めた。

 

「……もう。折角いま大事な話をしてたのに」

 

 空気読みなよ、と征綺華は口を尖らせながら湯船に沈み、ぶくぶくと泡など作っていた。

 

「うっさい! いま重要なのは安田の貞操なんだよ! お前手出して無いだろうな!?」

「いえ、むしろ安田が手を出す可能性を危惧すべきです! この男ならやりかねません!」

 

 一体どうしてこうなったのか。築き上げた信用が与り知らぬところで一気に瓦解したが、そもそもにして信用が崩れれば脆い事を承知して悪用したのは安田である。

 何より、やった事が事だけに、遅かれ早かれ露見はしただろうと早々に諦めた。こういう所も性質が悪い。

 

「え? え……?」

 

 だが、征綺華にしてみれば今の状況は異常に尽きるだろう。フォローは出来ていたし、安田の方からそれらしい素振りを見せた事はなかった筈だ。間違っても安田自身が口外する筈も無し、何処から情報が漏れたのか。

 ……というより、こういう場面に狼狽えるべきなのは逆ではなかろうか? 何諦めた顔して腹括ってんだと恨めし気にダメ男を睨む。

 

「おい征綺華。ちょっと聞くけど、安田にヤラシイ事とかされてないよな?」

「銀香様。少々ストレート過ぎです。せめて誘導尋問をですね……」

 

 成程。発言を聞く限り、一線を越えた事までは分かっていないのだろう。そうなら、炊き付ける意味でも色々出来る。

 

「ふぅん。そのヤラしい事ってのはさ───」

 

 ───こういう事かな? と安田の背後に回って耳朶を噛んだ。

 

「ふぎゃぁぁぁっぁっ…………!!!!?」

「……、っ…………!!!? ……!!?」

 

 奇天烈な声を放つ銀香と、魚のようにパクパクと口を開きながら、瞳を大きく見開く芹沢は、共に頬を紅潮させながら指差した。

 

「お、お、おま、え」

「随分と可愛い反応するなぁ。僕が色々した時と全然違うじゃないか」

 

 今の方が可愛いよ。と銀香に笑いながらも、過激なスキンシップを止めようとしなかったが、流石に芹沢はブチ切れた。

 

「やすだ…………っ!!!!」

 

 バカーンッ! と湯桶でぶん殴った豪快な音が浴場に響き渡る。余りにベタ過ぎて安全圏に退避した征綺華は笑いを噛み殺していたが、何にも増して当人がされるが儘だった事に芹沢は一層切れた。

 

「貴様っ、貴様という奴はホンっ当にダメ男だったんだな! そうやってされるが儘なら自分で手を出す訳じゃないから役得なだけだし、怒られたら謝ろうというのだろうッ!!」

「え……っ、」

 

 途端、押し黙っていた安田が初めて頬を引き攣らせた。心なし視線が泳いでいるのが銀香にも分かる。

 

「うわ……マジで図星かよ」

 

 サイッテーだなおい、と冷め冷めとした視線に晒され、穴があったら入りたくなる思いで一層深く湯船に沈む。出来れば溺れ死にたいなどと考えていたら、その通りにしてくれるわと言わんばかりに銀香が踵を落とした。

 

「湯の中だろうが耳の穴かっぽじって良く聞け安田。懲りもせずにフラフラしてる奴を許してくれる都合の良い女なんて世の中多くいる訳ないんだよっ! 他人に甘えず誠意を持てよ自分の行動に!!」

 

 きつい様で正論しかなかった。むしろ散々謝り倒してる人生の癖に、今の今まで同じ失態を繰り返し続けてきた馬鹿には、薬をつけるより反省を覚えさせるべきだろう。

 特に、安田のようにその場の雰囲気とかで結構人生エンジョイしちゃうダメ男には。

 

「あははは!」

 

 そんな中、一人腹を抱えて笑う小悪魔(ゆきか)に、二人はギロリと睨みを利かせた。

 

「そもそも、何故当然のように貴様が入っている!?」

 

 中身(こころ)は女の筈だろうが! と火を噴く勢いで吠え立てる。

 

「だってぇ、一緒に入ろうって冗談のつもりで言ったらOKしてくれちゃったんだもーん」

「「安田ァアアアアァァァアァァァァッァァァァァッァァァア………………!!!!」」

 

 化けの皮というかメッキというか、諸々が完膚なきまでに剥がれ切ったダメ男を徹底的に叩いて叩いて叩き叩きのめす。

 このまま行ったら浴場が赤くなるんじゃなかろうかと思ったが、もう二人は完全に頭に血が上り切っていた。流石にこのままでは暴行から殺人事件にまでシフトするのが秒読みになりかねない。

 

「はいストップ。言いたい事は多いと思うけど、一応登郎からも弁護の機会を与えて上げたら?」

 

 今更何言ってんだコイツ? と二人は征綺華に振り向く。どうでも良いけど肌白いな。タオルで隠してると本当に女に見える。

 

「でもこいつ、絶対自己弁護とかしないぞ?」

 

 言い訳をしないというのは美徳だが、嘘と腹芸が下手な分、それを逃げの手口に使ってきた前科があるだけに了承しかねた。が、征綺華は得意げに腕を組む。

 

「弁護ってのは弁護人がやるもんでしょ。だから、僕が弁護したげるのさ」

「おいこら、うちの安田を甘やかすな。何時まで経ってもダメ男のままだぞ良いのか」

「いや、うちのって……」

 

 何かもう芹沢が恋人候補から母親みたいになっているが、言わないで置くのが吉だろう。ただ、母への過剰とも言える思慮を見るに安田は若干マザコンの気があるので、そういうのは逆に来るポイントなのかもしれない。

 性癖に関しては本当に度し難いダメ男である。

 

「そもそもさぁ、登郎が二人をそういう眼で見たのって、二人が離島で告白したのが原因なんだよね? ならさ───」

 

 ───君達、本当に好きな相手として見られてるの?

 

「な、何を……」

「だって、そうじゃん。一方的に好きだって言って、何かもうどっちかが選ばれて当然みたいな感じだけど、登郎にも違う選択肢があったって良いんじゃない?」

「そんな事は、初めに言っている!」

 

 誰を好きになるのかは自由だと。ただ、その時はちゃんと誠意をもって伝えて欲しいと。

 

「でも、答えは聞いてないんでしょ? もう心に決めた相手が居て、それなのにフラフラしてるって言うなら、そりゃ分るよ?」

 

 僕だって同じことされたら絶対怒るね。とさり気なく二人に対してもフォローを入れながら言葉を続ける。いや、続けるつもりだったが正しいだろう。

 でも、けれど、と。二人にも言いたい事はある。

 

「それなら、尚更だろ。他を選ぶって言うのは、そもそも私ら以外を考えてるってことで、そうじゃないなら……」

 

 こんな浮気のようなこと自体不誠実だと銀香は盛らし、芹沢もまた同調する。自分たち以外を考えているなら、せめて口にぐらいするべきだ。少なくとも告白を蔑にするのは違うだろうと。

 

「確かに、お二人の仰る通り、」

「はい登郎は黙ろうね~。被告人は黙って弁護人に任せなよ。

 で? なんだっけ。うんうん、確かにその通りだ。目移りするならさっさと決めるべきだし、そうじゃなくても誘惑に弱いよね~。

 でもほら、登郎も男の子だし、相手の好意って断り辛かったりするじゃない? 告白されたから応えるまで待ってって言われたとしても、相手からすりゃ知ったこっちゃないんだよ。僕以外の子でも、まだチャンスはあるって思うんじゃない?」

 

 長々と語りはしたが、何が言いたいのかというと。 

 

「君らさ。こんな変人には自分達ぐらいしか居ないとか自惚れてるだろ? 口調は古いし遊びも知らない、融通の効き辛い変な男だって」

 

 それは、そうだろう。はっきり言って、安田登郎は学園でも浮いていた。常に礼節を守って接しながら、何処か周囲から離れた雰囲気を持っていたから。

 

「それ。本当に株を下げるほどの物? 文武両道で真面目で、顔だって別に悪くないんだよ?」

 

 言われるまでも無い。学園では五教科に限定すれば英里華を越えていたし、茶道の心得だってあった。

 料理も出来て気も利けば、いざという時にはどんなに困難でも、たとえ綾之峰が敵に回るとしても厭わず駆けつけてくれた。良い所など、銀香や芹沢の方がずっとよく判っている。

 

「つまり、こう言いたいんだ。『後から来た奴が出しゃばるな』」

 

 図々しいし、随分酷い扱いじゃないか。

 

「僕なら、そんな風に扱わないな。駄目な所ぐらいは、まぁ……酷いと怒るけど多少は大目に見るし。それに、一番大事な相手には尽くしてくれるだろ?」

 

 だったら、と安田の顔に手を当てて強引に振り向かせる。

 

「僕にしちゃえよ。僕なら、この二人みたいに乱暴しないよ? 男だからって君は差別しないし、満更でもないだろ?」

 

 ゆっくりと、腕を絡めながら、わなわなと震わせる二人に挑発するように言う。

 

「ねぇ登郎? もういっそはっきり言っちゃえよ───」

 

 ───正直、お前らなんて迷惑だって。

 

「そん、」

「そんな事は、有りませんよ」

 

 そんな筈はないと、そう苦し紛れに言いかけた二人を遮るように、安田は吐露する。

 

「正直に申し上げます。私は、自分が幸せ者だと思いました。お二人が、そのように想って下さることが、私の身の丈には合わぬほどの幸福だとも」

「なのに、ふらふらしてたんだ?」

 

 パァン! と、乾いた音が響く。頬に紅葉の如く赤い痕をつけた後、征綺華はフン、と鼻を鳴らした。

 

「それなら僕と遊んでないで、さっさと選んでやれ───じゃないと、泣かせる子が増えるだろ」

 

 はいと、頷く声が聞こえたかどうか。足早に去るその背を、誰も追う事は出来なかった。

 

 

     ◇

 

 

 呆然と、立ち去って行った征綺華の背中が見えなくなってから、安田は後頭部をグシグシと掻いた。

 

“役を、押し付けてしまったな……”

 

 不甲斐無く、情けない。きっと、本当に一生かけても返せないだけの恩を、今日の内に受け取ってしまった。

 

「お詫びの言葉など、意味を為さないかもしれませんが」

 

 もう二度と、浮ついた思いで過ごしはしないと安田は固く誓って頭を下げた。

 

「一生、守るんだな?」

「はい」

「来世でも、守るんだな?」

「……心に刻みます」

 

 なら、良い。もうしないというのなら、はっきりとそれを口にしたなら、安田は金輪際する事はないだろう。そういう男である事ぐらい、二人は誰より判っている。

 全く。どうして前世の妻は始めからこうしてくれなかったのかと二人は首を傾げたが……家庭を持ってからは良き夫であり父だったし、安田として生まれ変わってからも、妻と死別するまでは操を立てていた。

 次の相手を持つだろうと弁えていながら気を回さなかったのは、同じように苦労をしろという、前妻としての意地悪も入っていたのかもしれない。

 ……振り回される方としては、堪ったものではないが。

 

「所で……そろそろ上がっても宜しいでしょうか?」

 

 ここが浴場だという事を失念したまま居座る少女らに、安田は立ち上がって良いかと問う。幸い湯気は多いが、幾ら何でも至近距離で立ち上がれば見えるだろう。

 

「良い訳あ……いや、まぁ、のぼせてもいけないし……」

「芹沢ぁ!!?」

 

 思わぬところで年頃らしい一面を見せた侍従を、銀香は瞠目しつつ全力で止めた。

 改めて思えば、歌凛子との会話中、既成事実を安田の攻略法に入れてたりと、実はアグレッシブな女の子だったらしい。

 

 

     ◇

 

 

「貸し、これで二個目だけど返して貰えるかは微妙だなぁ……」

 

 浴場を出た後、身体を拭いながら征綺華は零す。

 

“奥屋敷から連れ出して貰った分で、チャラって事にしたげても良いんだけど”

 

 やはり、どうしても逃がした魚が大きく思えて仕方ない。

 きっと、あれだけの大魚は二度と釣り上げられないだろう。

 

「いや、釣られたのは僕か」

 

 言ってて虚しいが、失恋も恋の内だろう。元々、相手の心の中に自分が居ない事ぐらい弁えていた。それでも───

 

「───もう少しぐらい、続けていたかったんだけどなぁ」

 

 

 




 両刀でマザコンの浮気性とかいうダメ男の見本市な主人公(なお能力は反比例)
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