謹呈の世 銀嶺の今   作:c.m.

16 / 24
 七夕茶会終了から前回までの日程。
 茶会終了(夕方)→お見合い妨害&拉致(当日夜)→飛行艇搭乗(当日深夜)
 天鏡島離島到着(2日目朝)→本島上陸(3日目朝)→入浴からの修羅場(3日目夜)
 強行軍ってレベルじゃねえ。


Attack 16 なんとこれはエマージェンシー

 時間を僅かに戻す。

 見合いの儀が失敗し、ばかりか英里華と息子まで消えたという、最悪と称すべき報告が征麻呂へ届いたのは、彼らが飛行艇に乗り込んだ直後の事。

 本来であれば問題が露見次第、子飼いの人間から寄越される一報が遅れた事も含め、これが偶然だと考えるほど、この男は無能ではなかった。

 

“女神の存在そのものは、万里華は綾之峰の姫が分かれるまで知らなかった筈だ。大刀自が気づいたか?”

 

 可能性はそれが最も高いが、だとすれば息子同様征麻呂自身も拉致されるか、直接消しに来ても良い。無論、唯で殺されてやるほど征麻呂とて甘くはないが、やはり動かせる規模は逆立ちした所で大刀自には劣る。

 

“息子が首尾よくやれば、悩まず済んだのだがな”

 

 責任転嫁も甚だしいが、善悪によって己を顧みる事をしていたなら、この男とて今この場で思案に耽る事はなかっただろう。

 今の状況は、単に征麻呂自身が己の目的に他者を巻き込み、利用する事を躊躇わなかったが為の自業自得に過ぎない。

 

“……こんな気分では酔えん”

 

 物によっては億単位の値で取引される美酒(ロマネ・コンティ)も、心地次第では安酒と同じだ。裡に猛るものを鎮めたいなら欲を発散させればいいと判っているが、流石に日本で、それも帰国したばかりでは捌け口に出来る少女は見繕えなかった。

 

「おまけに、あの妻ときたら……」

 

 口に出す気はなかったが、思わず漏れてしまった。

 彼の妻は息子が消息不明となった事を知るや否や、綾之峰の権勢というお零れに与れぬ事を憤り、真っ先にぶつけてきた。

 度し難い女だとは思う物の、元より婚姻はおろか子を生したことさえ、全ては互いの利害が一致したからに過ぎない。

 世間から見れば若いとはいえ、見てくればかりで内面は目を覆いたくなるような女が妻となった理由はそこであるし、妻とてそれは同じだっただろう。

 息子の教育はほぼ家令任せであり、妻は別荘で優雅に好みの男を侍らせるか、或いは会社を玩具のように使って道楽の限りを尽くしている。

 親子としての繋がりで言うならば、まだ()()()に虐待を続けた征麻呂の方が上だと言えば異常性が判るだろう。

 

“まぁ、いい。遅かれ早かれ、綾之峰は潰すつもりだった”

 

 備え付けられた呼び出しボタンを押す。程なくして現れたのは、異様な気配を湛えた男だった。身の丈は一七〇程と月並みだが、恰幅の良さと座り切った瞳が、暴力で鳴らす者だという事を言外に強調している。

 

『用向きは?』

 

 などと、家令か部下のように口にする事はしない。黙して侍り、やれと言われた事を忠実に行う猟犬ぶりを見込んで側に置いたのだ。

 

「仔細は任せる。天鏡島から『鏡』を持ち出せ」

 

 一礼の後、退室しようとするが、その背に声を掛けて先程まで口にしていたワインのボトルを手渡す。

 

「今回は特に重要だ。早急に行え」

「……畏まりました」

 

 これまでの仕事で、そのように男が応えた試しはない。何故なら、征麻呂が念を押す事など一度としてなければ、餞別を寄越す真似もしなかった。

 征麻呂が小賢しくも、出費を惜しむ男だからではない。仕事に応じ、幾らであろうと糸目をつけず望む物を与えたし、商売道具は常に一級の物を揃えて来た。

 念など押さずとも、征麻呂は成功の見込みがあって初めて事に及ぶ、経営者としての才覚も十二分に持ち合わせている事も大きい。

 

 今でこそ猟犬たる男を始め、各国からこれはという選りすぐりが大多数を占める民間軍事会社(PMC)とて、征麻呂が買収するまでは数多い零細企業の一つだったに過ぎない。

 電子会社の社長だという明らかに畑違いの征麻呂から、男の会社が専属警備役という大義名分得てからというもの、不名誉除隊で軍籍を剥奪された烏合の衆は劇的な変貌を遂げた。

 それこそ、収入を度外視してまで入れ込むほどであったが、善意からではないのは最古参たるこの男も承知している。

 既に周知されている性的暴行を行う上でこうした組織を手元に置けば、やり易いというのもそうであるし、何にも増して暴力というものの必要性と利便性を、征麻呂は熟知しきっていた。

 電子会社社長という、表向きの顔こそ征麻呂の隠れ蓑ではないかと思わせるほどで、直属の子飼いである本社(せんぞくけいび)から派生した子会社は、今や世界中にオフィスを構え、そのシェアは裏帳簿(よごれしごと)も含めれば最大手(G4S)さえ凌ぐだろう。

 

“その社長が、念を押すとなれば……”

 

 失敗は許さないというだけではない。征麻呂自身の首もかかっていると見るべきだが、猟犬たる男も飼い主から逃げようという考えはない。

 この手の仕事上、国境違反等の犯罪に手を染めるのは珍しくもないが、専属警備の社長として勤める傍ら、男が表向き職務を別とする子会社にも頻繁に顔を出して仕事を請け負っていたのは、感を鈍らせない以上に趣味の度合いが大きかった。

 政府側の顧問として教練を行う傍ら、難民キャンプの焼ける臭いを嗅ぎながらの葉巻(モンテクリスト)は実に芳醇であったし、壁際に立たせた敵の命乞いを聞きながら短機関銃で一掃するのは心が躍った。

 女を抱く時は、顔や身体以上に苦痛の叫びが裡を満たして止まない。

 征麻呂の庇護下にあってこそ、際限なく猖獗(しようけつ)を究める事が出来たのだ。再び惨めな零細企業を立ち上げ、糊口を凌ぐ気は毛頭なかった。

 湯水の如き快楽に別れを告げるぐらいなら、いっそやれるだけやって、あわよくば今以上の物を得たいと思うのは強欲の性だろう。

 

“早急にとは言われたが、日本というのが問題だな”

 

 本社は表も裏も人員以外は純然たる警備会社として機能しているし、何よりアメリカに張り付いたままだ。

 子会社を含め、状況に応じた適正な人間のリスト化と必要装備は確保しているが、当日すぐ大規模行動を行うのは不可能だ。

 

「私だ。韓国に招集しろ。用意出来る限りで良い」

 

 備え付けの受話器を取り、指示を出す。まずは沖縄へ米軍の伝手を辿って輸送。そこから装備を整えるとして……

 

“本島への上陸は最短で三日か”

 

 仔細は任せると言われたが、プランを提示しない訳にはいかない。作戦行動中に邪魔者が入らないようにするには、飼い主(ゆきまろ)の力は必要不可欠なのだ。

 手早く書類を作成すべく、男はデスクに着いた。

 

 

     ◇

 

 

 草木も眠る丑三つ時から一時間後。午前三時という奇襲の教本たる時刻に、それは起きた。

 

“よりによって、父様の居るこの日か……!”

 

「歌凜子様!!」

「わかっておる! 巫女大将、英里華姫らを奥の間へ! 残りは日頃の訓練通り動かせろ!」

 

 

     ◇

 

 

 臭うと。そう真っ先に感じたのは、ジーヤと安田だった。

 

「おや? 安田少年。こんな時間に何用でありますか?」

「ミス・マクミランこそ、夜風に当たりたいという面持ちではありませんが」

 

 言ってみれば、ただの勘という域を出ない。が、日露戦争で砲弾を叩き込まれかけた時と同じ臭いを、安田は確かに感じてしまうのだ。そしてその予感は、悪い意味で的中した。

 微かに届きかけたヘリの音が炸裂音に掻き消され、次いで矢継ぎ早に巫女らの声が響いて来る。

 

「こちらに居られましたか」

 

 手間が省けたと駆けつけた巫女大将は胸を撫で下ろすが、その姿に二人は目を剥く。平時の巫女服はなりを潜め、ウール地の戦闘服と分厚い防弾ジャケットに身を包んだ巫女大将は、即座に二の句を告げた。

 

「すぐ英里華姫らを奥の間に。黒……安田殿もです」

 

 思わず前世の性で呼びかけたものを取り消し、言い終わる前に寝所へと歩を進めていた。

 

「安田少年は、すぐに行くであります。皆はジーヤが」

「お任せします」

 

 自分も共にとは言わない。巫女大将が既に向かっている以上、現状を把握すべきだという現実的選択が、安田の行動を決めた。

 

 

     ◇

 

 

「歌凛子。賊でも踏み入ったか?」

「はい。歩哨からの情報では、小型の上陸用舟艇が七。ヘリと中型船舶は水際で食い止めましたが、少なく見積もっても六十余名は本島に潜り込んだと見て間違いありません」

 

 他が到着するより早く奥の間で問う安田に、歌凛子は広げられた本島の全図を指で示す。副官の姿すらなく、無線機のみでやりとりを行っているらしい。

 

「被害は?」

「海上の警邏は全滅。沿岸部の歩哨は死亡六、重傷三。この社に到着するには、最短で十五分程」

「狙いについて知りたい。それから、連中は『未来視』への対策があったのか?」

「狙いは間違いなく本殿の『鏡』でしょう。こと、それに関する限り我らの眼は役に立ちませんから」

 

 未来視が使えるなら、そもそも奇襲など成立する筈もない。『鏡』とやらも含めた細かい事情を問いたいが、今すべきは賊の排除と安全の確保だ。 

 

「『鏡』を持って逃げる事は?」

「大き過ぎます。『鏡』そのものは綾之峰の当主と巫女姫以外、見る事は叶わぬ為、相手も同じように思っているでしょうが……」

 

 事実を知れば、皆殺しにしてから輸送を考える筈だと歌凛子は歯噛みした。

 巫女も歌凛子も逃げ出す気はない以上、逃亡による安全の確保はジーヤに任せるべきだろう。ならば。

 

「殲滅戦だな。歌凛子、使える物は……」

「安田少年、ちゃんと待ってたでありますか!?」

 

 英里華らと共に踏み入ったジーヤは、胸を撫で下ろしつつ安堵した。

 彼の性格上、事態が分かれば勇ましく打って出ると思ったからだろう。事実、その考えは間違っていない。

 

「これから行く所でした。ミス・マクミランは巫女姫様らを、」

「馬鹿を言うものではないであります! 幾らミセス峰子の息子と言っても、アクション映画とは違うのでありますよ!」

 

 ジーヤとて、相手が武装しただけの素人であれば安田を戦力に加えても良かった。

 だが、あれは違う。正規の訓練を受けた精鋭である事は、ここに来る前に巫女大将から聞き及んだ限りで、充分に理解出来てしまった。

 

「動きから察するに、あれは大半が海兵隊上がり。加え、外部からの応援に時間がかかるこちらと違って、相手が持ち駒を投入する可能性は装備の質からも充分想像出来るであります」

 

 一般に戦力の逐次投入は愚策と言われるが、これが威力偵察でない保証は何処にもない。現時点でも侵入を許している以上、長くは保たないと判断すべきだ。

 

「歌凜子様。申し訳ないでありますが、安田少年や英里華様達を死なせる訳には行かないであります」

 

 だから、と。その先が予想できた為に、安田は頭を振った。

 

「私は残ります。巫女姫様を置いては行けません」

「……良いのでありますか?」

 

 薄情だが、ジーヤにしてみれば争ってでも安田を助けてやろうと思わない。

 綾之峰に仕える身として、英里華らを守る為に安田が邪魔となってしまうなら、これまでの恩を踏み躙ってでも安田を見殺しにするだろう。

 不穏な空気から察してか、英里華は前に出て懇願する。

 

「歌凜子様、どうか一緒に。確かに『鏡』は綾之峰唯一無二の秘宝。ですが、次期当主たる私を守る為だったと言えば面目は立ちます」

「気持ちは嬉しいがな、英里華姫。我にも我の役割がある。それを果たさず逃げるぐらいなら、この場で喉を突いて死ぬよ。

 あれが奪われれば、日ノ本は終ったも同然じゃからのう」

 

 懐刀を机に置いて示された意。英里華はそれを、老いた価値観からなる覚悟としか受け入れられず首を振ったが、巌のような意志は動かせない。

 今は口にこそしないが、日本が終わるという歌凜子の言葉は比喩でないのだ。

 

「安田少年。もう一度だけ訊くであります。他人の命でなく、綾之峰の道具の為に死ぬ女と心中する気でありますか?」

 

 幼い頃、面識があったのかもしれない。ひょっとしたら、ジーヤが知らないだけで深い絆があるのかもしれない。だが、それでも死ぬ事を覚悟した人間の為に、他人でしかない安田が命を賭ける必要はない筈だと諭す。 

 

「ミス・マクミランの立場と、仰りたい事は理解しています。その上で、皆をお願いします」

 

 対する答えは、やはり変わらない。目の前で、日は浅くとも接した人間が命を落とす事に耐えられないのは判る。十代の少年なら、それも仕方ないのかもしれない。

 けれど、それは余りに無意味で愚かだ。何が出来るでもない子供が、力不足を弁えずに勇気と無謀をはき違えているだけだ。

 

「……銀香様、マイシスター。なんでこの馬鹿少年を止めないのでありますか?」

 

 普段の彼女らであれば、真っ先に安田を叩き、否定し、連れ出す為にジーヤに肩入れしただろう。なのに、この二人は押し黙ったまま、悲痛な面持ちで安田を見るばかりだ。

 

「……無理だ。安田は、歌凛子様が居る限り、絶対残る」

「マイシスターらしくもない。普段なら、安田少年と歌凛子様を()()()でも引っ張って行こうとするでしょうに」

 

 ジーヤとて、妹が巫女姫だけを諦めるなら納得できたかもしれない。綾之峰に仕える者として、己が役割に殉じる事を否定出来なかったのだと。だが、何故安田まで諦める?

 

「お嬢様の───、為でありますか?」

「……そうだ」

 

 嘘だと、ジーヤにもはっきり分かった。だが、それはきっと口にしてくれない。

 この妹は、秘密を隠す安田と同じ顔をしていたから。

 

「銀香お嬢様……命を無為に擲つ事を、安田少年に怒った貴女も?」

 

 同じ気持ちなのか? 大切で、大好きで、一生を共にしたいと願った男の子が、死んでしまうかもしれないのに。

 

「……こればっかりは、怒るに怒れねえよ。ホントなら、私だって残りたいけど」

 

 銀香とて、自分が足手纏いになる事ぐらい嫌でも判っていた。何よりジーヤが絶対に認めてくれない事も。

 

「安田……貴様が残るというのなら、私は何も言わない。銀香様も同じ気持ちだ。

 だが、無理なら逃げろ。貴様なら、巫女姫様を連れて逃げるぐらい訳ない筈だ」

「……聞いたのですね。歌凛子から」

 

 このお喋りめ、と安田が歌凛子を見据えた途端、彼女はびくりと身を縮込ませてしまった。暴力に怯えるというより、子が温厚な父に怒られ、嫌われる事を恐れるような表情で。

 

「まさか、歌凛子様のそんな姿を見るとは……」

 

 思わず英里華が洩らす。それに関してはジーヤとしても同じ思いだが、これ以上は時間の無駄だ。

 

「勝手に話を進めるでありますが……飛行艇は確実に潰されている筈ですし、ボートも使えた所で、網にかかる可能性は捨てきれないであります」

 

 つまり、と念を押しながら、ジーヤはこれからの事を説明する。

 

「現状、本島脱出は現実的ではありません。なので、一旦地下シェルターに移って貰うであります」

「なら、歌凛子様達もそこに移れば……」

「無理じゃよ、英里華姫。元々は、其方ら綾之峰を匿う為のものじゃからな。備え付けの通信機以外で外界からの連絡が取れん以上、あそこで指揮は執れん」

 

 どう足掻いた所で、ここでお別れだ。だから、さっさと行ってしまえと追い払うように歌凜子は手を振った。

 

「達者でな、皆の衆。何、雑兵程度パパっと蹴散らしてやるわ」

 

 強がりだと、そんな事は誰にでも判っている。それでも、この女性は決して無様を晒す真似はしなかった。

 

「安田少年───」

 

 去り際、ジーヤは彼に顔を向けさせて。

 

「この、頑固者がッ!」

 

 思い切り、頬骨が砕けかねぬ程の力で殴った。

 

「今のは、妹を泣かせた分であります」

「私は……」

 

 泣いてなどいないと。嗚呼確かに、芹沢は泣いていない。妹は強いから、人前でなど、決して泣きはしないから。

 

「まだ銀香様の分は殴ってないで有ります」

 

 だから、もう一度殴りに来させろ。 

 たとえ死体だろうと顔が残っていれば殴るが、出来れば苦しむ面を拝ませろと笑う。

 

「もし生きてたら、泣いたり笑ったり出来なくなるまで扱いて、ついでに顔が面白い形になるまで殴って、病院行になったら介抱してやるであります」

「ご期待に添えるよう、努力致します」

「遠慮します、って言う場面で有りますよ。そこは」

 

 では。と教育係らしい典雅な動作で一礼し、頬に軽く唇を当ててやる。

 

「こ、このバカ姉!? 何を……何をしている!?」

「大人のお姉さんからの、ちょっとした餞別であります。生きてたら大人なキスをして上げても良いですよ?」

「……遠慮させて頂きます」

「おいこら少年、そこは努力しますって言う場面でありますよ」

 

 それから、と二人の少女に目をやる。

 

「一分ぐらいなら待ってやっても良いで有りますから、一回ずつしてはどうでありますか?」

「悪いが、時間切れじゃよ。若いのは次に持ち越しじゃ」

 

 ジーヤはまだピチピチでありますが!! と歌凜子に力強く訴えるが、取りつくシマも無く腕を振られる。

 

「分かった分かったよ。じゃあの、ジーヤ。それから、そこの二人は恨めしげに見てくれるな」

 

 時間がないのは本当だ。こうしている間にも、賊は距離を狭めている筈なのだから。

 

「この小僧は死なせんよ───言いたい事は、次の機会に言わせてやる」

 

 

     ◇

 

 

「話の続きが出来るな。歌凜子、使える物はここにあるか?」

 

 去るべき者らが去った後、無線機からの情報を頼りに地図に賊のルートを書き込んでいく。

 

「はい……ですが、父様。ここに残って頂けませんか?」

 

 ぴたり、とコンパスを持つ手が止まる。確かに黒瀬として将であった経験は幾度もある。だが、今の彼は自軍の兵力も装備も練度も知らない。まして、現代戦という物に関しては各国の教本や戦史による独学の、それも机上の論理でしか得ていないのだ。

 僅かに止まった手を動かし、己がこの場で出来る仕事を続けながら一考する。

 まず疑うべきは歌凜子の能力だが、無線からのやりとりからして、現代戦に関しては己以上に造詣が深い。おそらくだが、島に専門の将校を派遣し指南を受けたのだろう。

 次いで使用兵力の士気と練度。士気は間違いなく高い。これも無線での隊長らの受け答えや、背後の音声からでも充分理解出来たし、練度も同様だ。

 きちんと位置・損耗等の情報を伝え、次を考えた上で動けている。前線指揮官が無能でない証左だ。

 ここまで考えた限り、こと能力に関して問題はない。副官として侍るより、一兵卒だろうと数を増やすべきではと思ったが……

 

“邪魔だと言外に告げている可能性あるな”

 

 隊の指揮下に練度が未知数の人間を入れる事もそうであるし、遊撃に使うにも流れを予期しない方向に生みかねない事を考えれば、そこは否定できない。

 闇雲に動いて掻き回される事が如何に迷惑かは、安田自身、身を以て経験済みだった。

 

「相分かった」

 

 よもや娘に諭されるとはな、と意固地に残った己の愚鈍さに悔みかけたが、そうでなかったと気付いたのは、女だてらに優秀な娘の、安堵の表情を見てしまったためだ。

 

“馬鹿か、私は”

 

 古い空気に当てられた為に、あろう事か娘を娘として見なかった。ただ能力のみで判じ、その内を覗く事を怠った。

 

「落ち着け。歌凜子は間違っていない」

 

 お前がしている事は正しい。だから悩むなと、震える指先を取ってやる。如何に己より長く生き、学ぼうとも心根まで一端の将に成り切れる筈も無い。元より歌凜子は繊細で、つい何か悩む度に立ち止まる癖のある娘だったのだ。

 

「父はお前の傍に居る。違えば叱ってやるから案ずるな」

「はい!」

 

 勢い良く頷いて無線機を取る。歌凜子が求めていたのは、動じない帥だったのだ。

 児玉源太郎と大山巌。或いはルーデンドルフとヒンデンブルグか。いずれにしても、安田に求められるのは泰然として留まる事だ。

 

“出来れば、幾人か副官も欲しい所だがな”

 

 そこは自分がすべきだろうと、手持無沙汰にならぬ事を内心喜びつつ作業に移った。

 

 

     ◇

 

 

「状況は?」

「上陸した七分隊の内A・B・Dが全滅。残り四の内、E・G分隊は分隊長(SL)射撃班長(FTL)一名が損耗。C・F分隊と合流し、行動中です」

 

 結構。と敵に与えた被害を考慮せず、後詰を投じるべく指示を出す。

 

“若い女がここまで動けるとはな”

 

 猟犬として征麻呂から指示を受けた男は、本島で交戦しているのが年長でも二十代前半。最年少に到っては十代半ばを過ぎた辺りだという報告に、初めは耳を疑った。

 日本人の歳は西洋人には読み辛いとしても、少年兵部隊同然の相手にここまで削られるとは思っていなかった。

 

“ベトナムでは侮った馬鹿が鉛で頭を刳り貫かれたが、あれとは違う”

 

 相手の士気は高く、行動も迅速だ。若手の中で選りすぐりを島に置いており、司令官が老練な本職だとしても、やはり感受性の高い若手の、それも女となれば引き際を見誤るか、手元を狂わせる。

 本来なら、そうした人間の暴走を止める為に古参の人間を分隊長に置くものだが、どの分隊も一様に若く、しかも常にこちらの動きを読み切っている。

 

“未来が視えると言われても、信じてしまいそうなほどだ……社長(ゆきまろ)の言葉に嘘は無かった訳だ”

 

 言われた時は度の過ぎた警告か、入念に片付けろという激励とばかり思っていたが、これで敵の脅威ははっきりした。

 

「スカートを覗く紳士の時間は終わりだ。強姦魔らしく股を裂け」

 

 女共を叫ばせろと、猟犬は牙を覗かせて笑った。

 

 

 

 




 現実のPMCは今だと現金輸送とか要人警護ばっかりでダーティなお仕事は減ってるらしいですが、フィクションなので大目に見て頂けると幸いです。
(ブラックホークとかヤベーとこもありますが)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。