謹呈の世 銀嶺の今   作:c.m.

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Attack 17 ロリコンがラスボスでありますか!?

 綾之峰家、奥屋敷。

 天鏡島が襲撃を受けるより七時間前、そこに傲岸さが伺える靴音と共に敷居を跨いだ男に、誰しもが眼を背けるか、或いは柳眉を逆立てたい思いを抑えながら応対する。

 

「これは征麻呂様。本日は何用でございましょうか?」

「先の見合いの儀にて、息子が攫われた事は承知しているだろう。これでも人の親として心を痛めているのだが、それでも此度の事件から、綾之峰の未来を憂う大刀自様のご心労を和らげればと参った次第だ」

 

 白々しい事を、と給仕は内心吐き捨てる。男子こそ綾之峰を継承すべきと公の場で宣った男が、厚顔無恥も甚だしく先々代当主の拝謁を願い出るなどと許されようか。

 

「失礼ながら、大刀自様はご多忙の身。何より、当主代理より先の見合いの儀には疑念の声が上がっております」

 

 例え御目通りが叶ったとして、何も利する所は無い。むしろ首を絞めるだけだからさっさと失せろと言外に告げたつもりだったが、どうやらこの男は言葉の裏さえ聞く耳も持たなかったらしい。

 

「故にこそだ。従兄弟が何を吹き込んだかは知らぬが、息子の名誉の為にもあらぬ誤解は解かねばならん。何より───」

 

 ───給仕如きが指図する気か、と露骨なまでに言の葉に恫喝を含ませた。

 

「っ……覚悟の上です」

「流石は奥屋敷の給仕、躾が行き届いている」

 

 だが邪魔だと。悠然と、まるでこの屋敷の主であるかのように征麻呂は踏み込んだ。

 

「お待ちください」

 

 ぴたりと、正面より現れた初老の給仕に足を止める。

 

「日の浅い給仕が失礼を致しました。大刀自様へ取り次がせて頂きますので、しばし御寛ぎを」

「結構。整い次第知らせろ。ただし、俺とて暇ではない。次の日が昇るまでには呼べ」

 

 おそらくは何時間とて待たせるであろう事は承知していた。

 それこそ征麻呂自身、最も嫌がる時間に呼び出されるであろう事も。

 

 

     ◆

 

 

 そして、草木も眠る丑三つ時。予想より一時間ほど早かったなと思案に耽りながら、征麻呂は侍従らに着付けをさせられていた。

 名目上は正装にて面会を所望されたという事だが、警戒の色が濃い所からして、大刀自を害する類の物を帯びていると思っていたのだろう。

 下着を最後の一枚まで剥ぎ取られ、髪さえ櫛を入れるという徹底ぶりだが、これ自体は予想の範疇に収まっている。

 X線や金属探知機のスキャンも考えていただけに、少々拍子抜けと言わざるを得なかった。

 

“とはいえ、ここまで手が込めば当然か”

 

 緞子の向こう、辛うじて大刀自の影が見えた物の、その背後にある気配を征麻呂は読み取った。

 

“加え、側面の壁にも六名。材質からしてすぐに崩せる”

 

 ああ。全く持って完璧だ。そして、何処までも予想通りで味気ない。 

 

「……さて、征麻呂。此度の見合いの儀にて、当主代理より二、三、愉快でない内容を耳に挟んだ」

 

 言い逃れはあるか? と言の葉に険を混じらせて問う。瞬間、先程までの不遜さとは打って変わり、大刀自から炯々たる眼光を浴びた途端には全身に汗を滲ませ、その表情を狼狽から引き攣らせていた。

 あれほど息巻いておきながら、いざ格上を相手にした途端身を怯ませる様は、仮に給仕が居ればいい気味だと腹を抱えて笑ったに違いない。

 

「こ、此度の件は全て、従兄弟(まりか)が息子を入婿にしたくないが為に大刀自様を誑かせた過ぎません!」

「女神の神託をどう説明する? あれは狂言だと当主代理は宣ったが、だとすれば女神を知らぬ筈の外部か、分家の何某かが存在を察知した上で手を回した事になるな」

 

 それも。ただ一人が得をする様に。

 

「なぁ、征麻呂よ。当主代理の言が正しいとして、どのような策を練ったと思う?」

「私如きには、見当が……おそらく、文献を漁った上で手を回したかと。ですが、誓って! 誓って私めはそのような企ては致しておりませぬ! 女神とやらを知ったのも、息子を次期当主のお相手とするとの報を受け取ってからです!」

 

 語るに落ちるとはこの事か。汗を滴らせ、泡を食いながら言い繕う全てが、己がそうしたと自供しているも同然で、余りに滑稽だった。

 

「もう良い。下がれ」

「しかし、大刀自様……」

「聞こえなんだか? 下がれと言った筈だ」

「お、お待ちください! 何卒、何卒発言の機会を……っ」

 

 くどい、と一喝し、緞子の奥から二名ほどの巫女が寄る。彼女らの眼は座り、体幹の揺れも無い。どう足掻いた所で、素人同然の足取りであった征麻呂とは雲泥の差である。何より袖に忍ばせた銃がその後の征麻呂の未来を決めるだろう。

 態と袖をちらつかせたのは、或いは巫女の慈悲だったのかもしれない。黙って立ち去れば、いま命を失う事はないぞと。言葉にこそしないまでも、綾之峰の血筋たる男への最低限の義理として腕を掴み───

 

「─── 一番、愚かな手に出たな」

「……!?」

 

 ぐりん、と差し込んだ腕から二名の巫女が宙を舞い、あろう事か袖の拳銃さえ各々から魔法か手品師の様に奪っていた。

 

「では、御機嫌よう」

 

 まずは大刀自の背後に侍る残り二名の巫女を両手の拳銃で射殺。

 次いで態勢を立て直さんとした巫女も頭部に二発ずつ撃ち込んだ上で緞子へと潜り込んで壁越しからの一斉射を回避し、大刀自の頭部に拳銃を突きつけた。

 

「……まさか、」

「まさかと思うが、俺を馬鹿な小悪党だと思っていたのか?」

 

 

     ◇

 

 

「ここなら安全でありますし、水と食料も数ヶ月は保つ筈であります」

 

 シェルターに着いた後、落ち着かせるようにゆっくりと語りつつ、ジーヤは備え付けられた緊急用の通信機器を取る。

 

「ジーヤ・マクミランであります。正体不明の賊が天鏡島に。ええ、確かに英里華様も。処罰は覚悟の上で有りますが、こちらの責を問える程猶予はありません」

 

 いいから早く援軍を送れと急き立てる。万里華には既に連絡を入れているし、歌凜子とて真っ先に同じ事をしただろうが、我が身可愛さに連絡を怠る愚は出来ない。

 賊の規模や装備など、伝えられるだけ伝えた後に切る。

 

「征綺華少年、何処に行く気でありますか?」

「判ってるだろ……こんな事するのは、あの父親だよ」

 

 タイミングからしてもそれは確実だろう。問題は露見したのが余りに早く、かつ出来過ぎている事だが、そこはジーヤらの見通しが甘かったに過ぎない。

 

「行った所で、連中が止まるとは思えないで有りますがね」

 

 親子の情で息子を救出に来るほど、征麻呂が殊勝な人間でない事はジーヤとて知っている。何より、連中の狙いは『鏡』だと歌凜子が口にした以上、それは事実の筈だ。あの巫女姫が如何に甘くとも、苦楽を共にした巫女と分家の息子を天秤にかけはしないだろう。

 

「……やらないよりマシさ。何より、綾之峰に捕まるのも似たようなものだろ?」

「そっちに関しては万里華様が口添えするので、身の危険は絶対に無いであります」

 

 父親の方は知らないで有りますが、と付け加えるが、そちらに関しては別に庇おうとは思わない。どのような男であれ父は父だ、などという安い美辞麗句で誤魔化せる程、征麻呂の所業は生易しい物ではない。

 

「でも!」

 

 それでも、残ってしまった人間がいる。こんな、どうしようもない状況で、女の子の為に残ってしまった大馬鹿野郎が。

 

「……全く。ホントにモテモテでありますな、あの馬鹿少年」

 

 肩を竦めつつ、奥から装備一式を取って装着していく。だが、その前に言うべき事がある。

 

「何してやがりますかマイシスター。貴女はお嬢様達の護衛として居残りであります」

 

 己同様、装備に身を固めようとする芹沢に釘を刺す。

 

「行かせては、くれないのだな」

「侍従のお役目を放棄するなど、以ての外でありますからな。ジーヤはちょっと外の様子を見て、念入りに安全確認するだけであります」

 

 だから周囲を落ち着かせる為にココアでも配ってろ、と食器の収められた棚を示す。

 

「……すまない。正直に言うと、助けてくれると思ってなかった。安田を見捨てると言った時、私は心の中で口汚く罵ったんだ。薄情な姉だとな……」

 

 姉の方が正しいのだとしても、やはりこればかりは駄目だったと。どうしても、止められない自分の代わりに止めて欲しかったと吐露する妹に、ジーヤは笑う。

 

「安田少年にも繰り返し言ったでありますが、こういう時は言うべき言葉を選ぶべきであります」

 

 安田のように間違えるなよ、と念押す。しばしの逡巡の後、口を開いた。

 

「うん。ありがとう───、お姉ちゃん」

「ワンスモア」

「さっさと行け、バカ姉」

 

“言ってみるものでありますなぁ”

 

 照れ臭そうにする妹を見て、ジーヤは口端が上がるのを抑えきれなかった。

 

 

     ◇

 

 

“思ったよりやる”

 

 携えた鉄拵えの鞘で肋を突き、骨が肺に刺さって倒れた男の頸椎を踏んで砕く。

 安易に抜いて斬らない。敵の数が未知数である以上、弾であれ刀身であれ節約するのが巫女大将のスタンスだ。

 

“だが、風向きも変わったな”

 

 歌凜子の指示に淀みがないのは訓練時から変わらないが、声に何処か活力というか、これで良いのかという迷いが消えていた。

 

“察するに黒瀬が傍に居るのだろうが、ここから優勢になるかは別だな”

 

 本島に詰めている巫女は総勢三百。海上警邏に割いたのが内三十であり、現時点での死亡及び幾許も無い重症を合せ、五十近く逝ったか。

 如何に練度が高くとも数で押されてはどうにもならぬし、その練度とて純粋な兵士として見れば相手もさる者だ。

 

“やはり『眼』が勝敗の鍵か”

 

『鏡』に関しては視えぬが、それ以外の──例えば己の危機──であれば使用は問題ない。斥候を用いずとも己がどのように通ったかを視、その上で介入すれば少なくとも奇襲を受ける心配はないのだ。

 

「巫女大将、敵は持ち駒を注ぎ込んだようです」

「ストライカーは動くな? 後詰が散兵戦に移る前に叩け」

 

 

     ◇

 

 

“自走砲まで出したか”

 

 投入した兵力の一角を崩された事に舌を巻く。いよいよ本格的な戦争らしくなってきたものだ。

 

「生き残りから順次、中央の建造物を目指せ。目的は飽くまで『鏡』だ。迂回出来るなら越した事はない」

 

 さて、と無線を部下に渡し、肩を回す。出せるだけの指示は出した。そろそろ己も楽しんで良い頃合いだ。 

 

“叔父は南方諸島でクロセとかいう猿に斬り殺されたそうだが、学のない一兵卒に将の剣は過ぎた栄誉だろう”

 

 流石に今のご時世、刀剣で死ぬ事はないだろうが、どうせ死ぬなら楽しめる死に方をしてみたいものである。

 

 

     ◇

 

 

“ヒット”

 

 心中で呟きながら、スターライトスコープをジーヤは覗き込む。

 観測手が居ない為、命中率は八割と言った所だが、それでも賊の動きを止める上で狙撃というのは心理的に大きな要因になる。

 誂え向きな林といい、建造物からの位置取りといい、防衛側には打ってつけと言える立地に、ジーヤは楽なものだと口元を吊り上げた。

 

“尤も、ここまで踏み込まれている事を考えれば、楽観視できる状況ではないで有りますが”

 

 随分と長い安全確認になりそうだと、不用意に頭を晒した賊のヘルメットに第二弾を叩き込む。頭部そのものが無事だったとしても、弾の衝撃は脛骨を強引に持って行くのだ。

 

「しかし、随分ワラワラと。どんだけ居るのでありますかなぁ」

 

 ふと、口にして気付く。幾ら何でも、この一帯に集まり過ぎではないか?

 

 

     ◇

 

 

“やはり威力偵察だったか”

 

 無線での連絡を盗み聞きつつ、次の動きを考える。予想外だったのは敵の行動に迷いがなかった事と、ここまで派手な戦闘を行いながら海自等の組織が近づかない所か。

 後者に関しては、根回しをされている可能性は無論あるだろうが。

 

「応援は連絡済みですが、賊の装備が良すぎますね。最寄りの者が駆けつけるにも、()()の準備を終えて来るには、早くとも一時間」

 

 神妙に頷きこそしたが、安田には少々見通しが甘く見えた。平時こそ不遜に振る舞ってはいても、父にしたように助力に頼りたがるのは悪い癖だ。

 

“外側の対策として船舶が本島を囲んでいるとするなら、もう一時間は見るべきだな。加え、機雷など撒かれた日には……いや、機雷に関しては流石に無理か。如何に質が高くとも、水雷艇まで用意しているとは考え難い”

 

 最悪に備えてこそという思いで思考をめぐらしたが、態々伝えて動揺させる事も無い。内部の賊を一掃するという方針が変わらない以上、そちらに意識を集中させるべきだ。

 

「外部に気を揉まず、すべき事を積極に努めろ。他は何かあるか?」

「ジーヤ殿が応援に来たようです。現在はこの地点で狙撃を行い、敵行動を遅滞させています」

 

 良い位置取りだと含み笑う。無暗に苦しめるのは信条には反するが、賊に対してまで軍人としての誠意を持ち合わせてやる義理はない。

 

 

     ◇

 

 

 マスクを装着して場所を移せ、と防護服に身を固めた巫女から手旗によるモールス信号を受け取ったジーヤは、やっぱりかと嘆息した。

 

“こういう時日本では何というのでありましたか? スタコラサッサ?”

 

 古い、と妹が訊けば駄目だししそうな発言を心中でしつつ、銃を担いで即座に離脱する。とはいえ、狙撃手の原則として場所を変えつつ行動しているので、指して難題でもない。

 何より、味方は安全圏に逃れた事を確認してから行動してくれている為、マスクの着用は保険程度の物でしかないし、仮に危険であったとしても解毒剤と防護服は支給されている為、すぐにでも着用可能だ。

 

「うわ。思いっきり化学兵器を使用してるでありますな……」

 

 農薬散布用のヘリを改造してまき散らしているのは、確実に致死性のものだろう。装着の遅れた賊がバタバタと斃れて行く様は爽快な反面、決断できる人間の神経を疑う。

 

“いやまぁ、非正規の人間は国際法の対象にはならないのでありますが”

 

 拷問されようが何をしようが知った事ではない。が、それは立場的にジーヤ達も同じである。彼女らとて、国の庇護下にある正規軍人という訳ではないのだ。

 

“敵が同じ手を使わない保証も無いですからなぁ”

 

 核の撃ち合いにも似た大惨事に発展しては堪らないが、それを今考えても仕方ない。

 この地が地獄と化す前に、賊を残さず本物の地獄に叩き込むべく、銃を構えた。

 

 

     ◇

 

 

“……まさか敵に使われるとはな”

 

 これは良い。ここまでやる相手は本当に絶えて久しかった。なんて素晴らしい地獄を用意してくれるんだ! 

 

“嗚呼全く、ヘリを落とされたのは痛かった”

 

 化学兵器の類は空中散布の為に、全て積み込んでいた。後詰のヘリも優先的に落とされた以上、海の底から拾い上げる訳にも行かぬし、仮に出来たとしてもタイムアップだ。

 何より、連中は準備が良い。自分がする事を相手がしないと考えるような素人なら、威力偵察の時点で片が付いている。

 現状、中央建造物に辿り着いているのはゼロ。ワンサイドゲームの様相を呈しつつあるのは猟犬としても()()()()()が、やはりプロとして頂けない。

 

「入手が不可能なら壊せとの仰せだ。射程内に入った時点で携帯型地対空ミサイル(スティンガー)をあるだけ撃ち込め」

 

 命じた直後、九死に一生を得た隊員は命じられるが儘に行動する。

 車載型の多連装ロケットを使えれば楽だったが、敵もそれは一番に警戒していたらしく、残された手段はこれしかなかった。

 ただ壊し、ただ崩す。直接的な殺傷や有効な破壊という訳でなく、牙城に傷を与える事で揺らぎが出来れば良いという思いがあったし、何より派手な花火は囮に使える。

 現に、ここまで潜り込んできた隊員は居場所を晒した為に狙撃手や敵分隊の餌食になっているが、構いはしない。

 

 ───そう、構わない。死のうが生きようが、目的を果たした側が勝者なのだから。

 

 

     ◆

 

 

「……殺した所で、次期当主の座には遠いが?」

「言葉を選ぶべきだな、大刀自。俺の未来と己の数秒後。どちらの心配をするのが建設的かな」

「正面の巫女が見えんのか? 一寸先の身を案ずるべきは同じであろう」

 

 確かにその通り。無数の銃口がただ一人に対し、殺意と共に向けられる現状は、王手をかけた征麻呂自身も、一時の勝利の後に敗北する未来を描いている。

 

「成程、現実的に見ればそれが道理だろう。だが───」

 

 ずるりと、背後に回っていた征麻呂が、後頭部に銃を突きつけたまま大刀自の頭巾を取る。

 流れるような銀の髪が零れ、十代半ばといううら若い美貌を、巫女らは正面から見据えて息を呑む。

 

「───不老不死。泉の女神に願ったか?」

「それを当てにしたなら外れだ。巫女もそうだが、これは不老であって不死ではない」

 

 本当にそうならば、銃の脅しになど屈しはしないし、護衛をつける意味も無い。とはいえ、それも征麻呂にしてみれば予想通りだ。

 

「知っているとも。そもそも、俺に『死ねなくなる』などという願望はない」

「ならば……」

 

 何だというのか。一体何故、このような暴挙に及んだのだ?

 

「綾之峰の秘宝たる『鏡』。あれは何だ?」

「唯の宝だ。売り捌くとして、金銭など貴様とて湯水のごと、」

「違うな。あれは泉の女神から賜ったものだ」

「……」

 

 どの文献にも記載はない。仮にあったとしても、大刀自自ら残らず燃やし尽くした筈の秘事を、何故この男は知り得たのか?

 

「そう、何処にも記述がない。本来宝物として箔をつけるべき文献が、綾之峰の血筋たる俺の目にすら届かず失われている。その時点で曰く付きと見て然るべきだろう」

 

 加え、押し黙った事も悪手だ。あれでは肯定しているに等しい。己の憶測が正しかった事に満足しつつ、征麻呂は一層饒舌になる。

 

「では『鏡』とは何なのか? それを語る前に、巫女共、貴様らはどうして俺が『こうする』事が視えなかったと思う?」

 

 未来視を持っていながら、見通せなかった今。巫女らはそれが『鏡』を付け狙ったが為と考えていたが、そうではない。

 

「大刀自自身の運命も視えんのだろう? いや、こう言い換えた方が適切か」

 

 ───『鏡』と大刀自は繋がっている。

 

「……何処まで、いや。どうやって知った?」

「俺が餓鬼を買っていたのは、唯の幼児性愛だとでも思っていたのだろう?」

 

 ああ、確かに抱きはした。無残に扱った事とて、両の指どころでは足りぬ程だが、それはフェイクだ。

 

「泉の女神は対価と引き換えに願いを叶える。餓鬼に命じるのは簡単だった」

 

 視力や聴力。当人らにとって掛け替えのない物だったとしても、貧しい人間というものは金銭如何で幾らでも切り売りする。征麻呂程の財を持つものであれば、操るなど造作もなかった事だろう。

 ……とはいえ、必要以上に叶えて貰っては困るのも事実。情報の流出を防ぐ面も兼ねて、終わった後は速やかに処理したが。

 

「あの、女神……っ、何を考えている!?」

 

『鏡』が砕ければ、この国がどうなるか。あの女神とて、生き残れる保証はない筈だというのに!?

 

「神は公平でなくてはならない。たとえ神自身の意に反するとしても、差し出された以上は公正であるべきだろう? とはいえ、女神もルールの範囲内で情報を出し渋ったのは事実だ。そう責めてやるな」

 

 だからこそ、征麻呂は断片的な情報を自ら組み立てるしかなかったし、息子を使って安全な方法で綾之峰を飲み込む事を第一に動いていた。

 ここに来たのは、飽くまで第二プランだったに過ぎない。

 

「第一、あの『鏡』とて、女神にとって博打に過ぎる代物だ。出来る事なら渡したくなどなかったろうさ」

 

 ……ああ、確かにその通り。綾之峰が安泰である限り国家永遠を保証する神器は、それを失うと同時に全てが無に帰す諸刃の剣。

 願い欲した大刀自自身、それを誰より弁えていた。

 

「話を変えよう。そもそも『未来視』とはどういう物だ?」

 

 泉の女神の存在を知り、そこから賜ったとして、疑問が一つだけ残る。

 ───その『眼』の対価は何だったのか。

 

「未来を見通し、介入し、常に勝者で在り続ける。そんなもの、この世の何を引き換えに払えば得られる? 答えは簡単だ。『払っていない』」

 

 そして、それこそ征麻呂が凶行を達成できた理由でもある。

 

「巫女共が視えずとも当然だ。あれは誰かの手によって『壊される』事を前提としている。それを以て、『前借り』した全てが降りかかる」

 

 古来、鏡とは冥界を繋ぐ門だと言われた。綾之峰の秘宝の正体とは、本来勝者に成り得たであろう誰か。有り得たであろう勝者の未来を閉ざし、吸い、封じるための呪物。それが砕かれれば最後、決壊したダムのように濁流が流れて行くだろう。

 

「それを知って、こんな真似をしたというのか!?」

 

 この国を、綾之峰を、全てが滅ぶと知りながら何故……、

 

「何故……? 何故、何故だと?」

 

 くつくつと、けたけたと。征麻呂は愉快気に、何処までも残酷に笑い続ける。

 

「───陛下の統べぬ日本など、最早日本ではないだろう」

「貴様、貴様は……まさか」

「そうだとも。そうなのだよ、大刀自。俺は───」

 

 ───忘れはしないと、そう願ったのだ。

 

 

 




 征麻呂さんが小物だと思った人、挙手。
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