謹呈の世 銀嶺の今   作:c.m.

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Attack 18 ジーヤのSAN値がピンチであります!?

「突破された!?」

「案ずるな、歌凛子。内部に踏み込んだなら報告が来る」

 

 よもや、砲撃で一人余さず全滅したという訳もあるまい。それがないという事は、恐らく外からの砲撃か。奥の間を含め、社は見た目こそ白壁と木材だが、内側は強化コンクリートと鉄骨鉄筋という要塞同然の作りだ。

 無論、使用されたのが現代兵器である以上損害は免れないが、直ちに落城する訳ではない。少なくとも安田はそう踏んでいる。

 

「そうですね。被害を避ける為にも、突入は砲撃が一旦止んでからでしょうし」

 

 歌凛子の発言は現実的なものであり、鉄則鉄板を地で行っている。まさか味方の砲撃と同時に突っ切るなど、自殺願望でもある馬鹿でなければ実行すまいと息を吐き。

 

『歌凛子様、賊はラインを突破して社に侵入! ご指示を!』

 

 その予想が裏切られた事を、瞠目せずには居られなかった。

 

「な、」

「息を止めるな。社に侵入したというが、鉄条網は敷かなかったのか?」

「は、はい。いいえ、父様。確かに鉄条網も塹壕も……ですが、父様達が来ると聞いたため、一部は開けておく必要が……」

 

 つまりは、そこを狙われたということか。流石に責めるのは酷というものだろう。安田たちが着いて一夜を迎えた日の内に事が起こったのだ。元に戻すにしても、不完全だったのは無理からぬ事である。

 

「一旦落ち着いて聞け。これは何も未知の戦術という訳ではない。

『這う射撃』と言って、フランス軍総司令、ロベール・ジョルジュ・ニヴェルが『勝利の秘密を知っている』と豪語し編み出したものだ」

 

 寧ろ、安田にしてみれば黒瀬として戦場に生きた時代に使われた物。第二次どころか、第一次世界大戦すら存在しない今の世であろうと、ニヴェル当人が存在する以上、何処ぞの戦場で使われたのだろう。

 歩兵の前進に合わせ、砲撃を延伸させるこの戦術は、理論上歩兵の被害を押さえた上で敵陣に切り込めるという画期的なものとして見られたが、タイミングを誤った歩兵は砲撃に巻き込まれ、却って犠牲を増やしてしまったという何とも間抜けで、しかし順当な結果をもたらした。

 第一次大戦後、黒瀬も敵味方両陣営の作戦を研究する傍らこの作戦を知ったが、当時としても、不謹慎ながら思わず苦笑してしまったのは今でも覚えている。

 砲の弾道も、歩兵の移動も、機械の如く寸分違わぬ事など有り得ないし、何より砲の爆発範囲が均一である筈もない。

 それを懇切丁寧に語って聞かせたのは、歌凜子が己の予想を超えられたという精神的動揺を覚えてしまわないようにするためだ。

 人は常に未知を恐れる。一度揺らげば迷いは続き、己の正しさを疑い続ける一方、敵を打ち倒せぬ怪物として捉えてしまう。

 それを支える為にこそ、安田は帥として敵を冷静に見続け伝えた。恐るべき怪物の影を追わず、飽くまで唯の人間として相対する。

 

「賊とて被害は出ただろう。こちらに人的被害の報告がない以上、室内戦に専念すべきだ」

 

 

     ◇

 

 

“良い、実に良い大将だ。カエル野郎(フランスじん)の戦術は冗談半分のつもりだったが、建造物に潜った後も敵の動きの迅速さときたら……”

 

 読み切っている。理解しきっている。氷のように冷たく、大樹のように動じぬ将だ。

 こちらの被害が多い事も、手早く片付ければ『外』に専念出来ることも判断した上で、より多くの兵力で対処してきている。

 

“だが”

 

 壁際からのクレイモアで挽肉になった分隊員を見殺しにしつつ、奥から奇襲をかけた巫女二名を拳銃で撃ち殺す。

 奇襲は効かず、故に損耗は免れないが、純然たる兵としての実力は、猟犬を超える者は見当たらない。

 

“尤も。質と勝ち負けは別だが”

 

 一本道の折れ曲がった通路を分隊員が先行した瞬間、夥しいまでの鉛を浴びて無様に踊る。それを見て、猟犬はルートが正しい事を確信した。

 

“ビンゴ”

 

 予め仕込んでおいた発信機のスイッチを入れ、残りの兵に教えてやる。

 通り道は一つのみ。ジグザグに折れ曲がった通路は常に巫女が待機し、その都度銃火を浴びせられるに違いない。

 

“到達に要する人数はジャスト。一人でも欠ければ終わる”

 

 つまりは賭け。損耗は強いられるが、何も『生きている』必要はない。

 

()()()なっても役には立つのでね”

 

 押されるスイッチ。地に倒れた一人目の分隊員が、巫女を道連れに爆発した。

 

 

     ◇

 

 

「狂っていますな……」

 

 異なる爆発音を聞いて駆け付けようとするも、間に合うかどうか。

 曲りくねった通路は破られた。賊にしてみれば一人道連れにできれば御の字だったのだろうが、結果としては通路の一部が崩れ、破片で二人目も重傷を負った。

 これまで使って来なかったのは、隠し玉として取っておいたに過ぎず、ほぼ全ての賊が内側に爆発物を仕込んでいたのだろう。

 

「異常に見えるかね? だが、それが我々の仕事なのだよ」

 

 殺すのは好きだし、殺されるのも楽しい。そういう気狂いを優先的に、世界中から集め続けたのだと、先を急ぐジーヤに敢えて猟犬は姿を晒す。

 

“親玉の登場でありますかッ!!”

 

 瞬間、ジーヤは銃の引き金を立て続けに引くも、猟犬は転がりつつ回避し、自らもまた銃火を交えた。

 

“くっ”

 

 他の賊とは明らかに違う。バラクラバを着用し、目元もドーランを塗っているため判別は難しいが、少なくともロートルであることは間違いない筈だというのに!?

 

「介護施設にでも入っているべきであります!」

「殺しは好きだが、飼い殺しは嫌いでね。楽しいなぁ。そうだろう? 殺しは楽しい」

 

 歌うように。囀るように。唯々子供が遊ぶように、玩具を振り回すように猟犬は銃を撃ち続ける。だが、対するジーヤは忌々しげに通路の先を見るしかない。

 

“このままでは、本殿が……!”

 

 脇を抜ける余裕はない。賊とて誰か一人くらい応援に駆けつけても良いだろうに、誰一人としてジーヤを殺そうとはせず、自ら進んで巫女を巻き添えに死にに行っていた。

 

「こ、の!!」

「どうした、生理が来てるのか?」

「余計なお世話でありますセクハラジジイ!!」

 

 殺してやると片方は目を、もう片方は口元を釣り上げる。

 拳銃の残弾が半数を切ると同時、互いナイフを抜いた。再装填などすれば、その瞬間にナイフで仕留められたに違いない。

 距離を詰め、互い肉薄しながらナイフを急所めがけて振るうが、やはり決めきれずにジーヤは歯噛みした。

 この瞬間にも、爆発音が絶え間なく響いていく。誰も彼もが、死ぬ事を楽しむように今も道連れにし続けているのだ。

 

「あの音が聞こえるか? コツェブー曰く、世界はオーケストラに他ならず、我々はその中の楽器だそうだが、彼らは極上の音色だろう?」

 

 お前も楽しめ。人の死ぬ音に酔い痴れろ。

 殺人こそ、殺し合いこそが、この世の何者にも勝る極上の快楽なのだから。

 

「ならば───貴様はどんな音を奏でる?」

 

 

     ◇

 

 

「ならば───貴様はどんな音を奏でる?」

「こ、ふぁ……?」

 

 背後から、頚椎を割って口内まで真っ直ぐ突き出る刀身を、猟犬は不思議そうに見据えて振り返ろうとするが、上手く行かない。

 腕は上がらず、足が崩れて地に落ちる。巻き添えにしてやろうにも、指一本動かない。

 

“嗚呼、こういう……これが、刀か”

 

 痛みはなく、ただ熱い。燃えるような感覚が、首から上にだけ広がっていく。

 

「こ、れは、良ひ、い、た、み……だ……ジッ!?」

 

 引き抜かれた刀身に舌を巻き込んだか。蛇のように分かれた舌を突き出しながら、猟犬は息絶えた。

 

「巫女大将……」

「急ぐぞ、ジーヤ殿」

 

 ただ駆け抜ける。どうか間に合ってくれと、祈るような面持ちで。

 

 

     ◆

 

 

「終わったな」

 

 ピキリ、と。大刀自の胸から亀裂の走る音を、確かに征麻呂は耳にした。

 

 

     ◇

 

 

 ジーヤと巫女大将。両者が駆けつけるのと、本殿に最後の賊が辿り着いたのは同時だった。

 諦めろ。動くな。そうした言葉に意味はない。ただ、己もまた転がる巫女や分隊員のように、死ぬ前に為すべき事を為すのだと銃を『鏡』へと向け───

 

 

     ◆

 

 

「あ、あ。嗚呼……アアアアアッ、アァッァァアアアァッァアッァァァァァ!!?」 

 

 胸を中心に広がる亀裂。そこから溢れる『何か』を抑えるように大刀自は両手で塞ぎ屈もうとするが、征麻呂は髪を掴んで盾にし続ける。

 

「苦しいか? 苦しいだろう」

 

 良い、実に良い。この姿が、その声が聞きたかった。

 

「きさまぁ───────────────────────ッ!!」

 

 唱和する巫女の怒号。しかし、それさえ意に介さぬまま征麻呂は指を鳴らす。

 

「時間をかけすぎたな」

 

 揺れ、崩れる。これが地震など自然現象の類ではなく、人為的なものなのだと真っ先に気づいたのは、他ならぬ大刀自だった。

 

「征、麻呂……女神と取引したな……」

 

 学園の泉は、都市全体に根を張る水脈の一部が地に溢れていただけに過ぎない。

 その源流こそがこの奥屋敷の建つ綾之峰山の地下であり、女神の命の源泉にして生命線となったのは、今の世において()()()()()女神が己が版図を広げた為だ。

 

「確かに爆薬は運び込んでいたがな。これは女神の意志だ」

 

 誰だとて、死にたくはないのだろう。例えそれが、二千年以上の時を生きるモノであっても。

 

「余興だ、話してやろう。かつて、日本国の歴史を歪める為に女神が提示した対価。

 綾之峰の世に歴史が変わったとき、最も得をしたのは何者か?」

 

 原子爆弾も大空襲も経験しなかった国家? 国民? いいや違う。女神自身が語った事を、今も征麻呂は覚えている。

 

「何故、陛下を誘導してまで願いを叶えさせたか。何故あの時でなければならなかったか?

 答えはな───戦火による空襲で、泉が消える筈だったからだ」

 

 払われた対価の結果、最も多く恩恵を得たのは女神自身。

 単純に命を拾っただけではない。綾之峰に国を治めさせる事で、泉一帯の土地を神聖視させ信仰を集め、力を増した女神は版図を広げた。

 今となっては、陛下の捧げた全てが歴史を切り替えるために使われたかどうかさえ怪しいものだ。何せ『鏡』などという物を作り出せる力があるのなら、その力で固まった運命に綻びを与えるだけでも、祖国そのものを救う事は出来た筈だ。

 

「おそらく、空襲などなくとも泉は枯れただろう。だが、今の世では決してそうはならない」

 

 己の永遠を望む事。死という恐怖を永遠に消失させることこそ、女神の望みだと征麻呂は語る。

 

「星読みの巫女も含め、万事が上手く行き続ける限り女神は安泰だっただろうが……」

 

 破滅に転がった途端これだ。既に女神は綾之峰山の地下水を地上にまで噴出させ、奥屋敷を飲み込もうとしている。

 

「時を置かず、綾之峰が得、その分け前を得た国もまた等しく厄災が降り注ぐ」

 

 それが地震か、津波か、或いは世界が書き変わる以前の、核によって吹き飛ばされる筈だった歴史の二の舞となるかは定かではない。だが、それならばこの地そのものを巨大な泉にする事で、生存の可能性を広げているのだろう。

 

「まぁ、それはどうでも良い」

 

 女神が死のうが生き残ろうが、征麻呂自身には関係ない。たとえ女神が詐欺師であったとしても、全てが終わってしまった以上、取り返しは付かないのだ。

 

 さて、と銃を構えていながら、案山子も同然に立ったまま手を出せぬ巫女らに問う。

 

「選択肢を与えてやる。俺ごと大刀自を殺し、厄災が広がるのを早めるか───」

 

 ───今、溢れる泉に入り、女神と取引を行うか。

 

「やってみる価値は、あると思うが?」

「……!」

 

 確かにその通り。ここで手を拱くぐらいなら、我が身を引き換にしてでも……

 

「よ、せ……」

 

 だが、その自暴自棄に、大刀自は待ったをかけた。それは無駄だと、そんな事をしても意味はないのだと。

 

「お前たちの……命では、対価にならない。ここを離れろ……一人でも多くの国民(くにたみ)を救え」

「っ……」

 

 奥歯を噛み締め、後ろ髪を引かれながらも巫女らは奥の間を後にする。

 慌ただしい音が遠ざかるのを確認し、征麻呂は大刀自の髪を手放して床に転がす。

 

「偽善者が」

 

 元より、貴様が欲をかかねば済んだものを。

 

「何が国民(くにたみ)だ。何が救えだ」

 

 我が身の栄達しか頭になかった女が、よくもこの国の王であるかの如く宣えたものだ。

 

「儂は……期せずとも、陛下から国、」

「痴れ者が……ッ」

 

 臓腑が破裂しかねないほどの勢いで、大刀自の腹部を蹴り上げる。鞠のように体が跳ねて転がるが、怒りは収まらず立て続けに爪先で蹴り続けた。

 

「貴様如きが陛下を騙るな……! 盗人に大御心の何が判る……ッ!?」 

 

 栄光も、存在も、歴史も、国民(くにたみ)の為に全てを躊躇なく擲ったこの国で最も貴き方を、欲深い女に騙られて堪るか!!

 

「二度と汚れた口で陛下を騙るなッ!! 次に口にすれば厄災が降り注ぐ前に私兵をこの国に放ち、貴様の一族を真っ先に殺し尽くしてやる……ッ」

 

 息を切らし、頭に血を上らせながらも、やがて息を整えてゆったりとした口調で語りかける。

 

「だが……今はまだ止めておいてやろう。貴様も殺しはしない……その苦しみが終わるまで、一族には手を出さないでおいてやる」

 

 だから───精々長く耐えて見せろ。

 

 

     ◇

 

 

「あ、嗚呼……」

 

 賊は殺した。狙い過たずジーヤの弾丸は頭部に命中したものの、既に引き金にかかっていた指は死して兇弾を散らし、僅かながらの弾丸が『鏡』に亀裂を入れると同時、覆いを地に落として全容を顕にさせた。

 

「巫女大将殿……()()は、何でありますか……?」

 

 天井に届くほどの威容もさる事ながら、ジーヤはその『鏡』を見た瞬間、込み上がる嘔吐感を抑えられなかった。

 ドロドロと。まるで融け滴る蝋のような歪な枠。それに嵌め込まれた本体たる鏡は人を映さず、黒々と湛えられた瘴気が、黒煙のように亀裂から漏れ出ている。

 

「逃げろ……逃げるんだ、ジーヤ殿ッ! 英里華様達を連れて、早く国外へ!!」

「落ち着くであります! 一体何なのでありますか!? あれは綾之峰の宝なのでは無かったのでありますか!?」

 

 強引に腕を引かれ、本殿から連れ出されるジーヤは、内心助かったとさえ思った。

 もし、巫女大将が腕を引いてくれなければ、ただ呆然と止まり、足を竦ませ続けたに違いなかったから。

 

 

     ◇

 

 

「……、ッ……ッ!!!!」

 

 言葉に出来ず、歌凛子は何度も机に拳を叩きつける。どうして、こんな事が起きてしまったのかと。何故止められなかったのだと悔いるように。

 

「落ち着け、落ち着くんだ歌凛子!!」

 

 強引に腕を掴み、安田は娘を取り押さえる。息を荒げ、焦点が合わず泳ぐ眼が安田と重なった時、震えながら安田を抱きしめた。

 

「逃げて、逃げてください、父様……何処か遠くへ、この国から早く」

「まだ賊が残っている。指揮を続けるんだ」

 

「いや、そちらは既に片付いている」

 

 海自を含めた応援も到着しているよ、と巫女大将はジーヤの腕を掴んだまま、息を荒げながら伝えてきた。

 

「確かですか? 伏兵も居ないと?」

「居たところで無駄だ。『鏡』が既に罅割れた以上、遅かれ早かれ日本国は地獄と化す」

 

 この島とて『鏡』がある以上真っ先に飲み込まれるだろうと語る巫女大将の背後には、生き残った巫女らに連れられた銀香らの姿があった。

 

「どういう事だよ……そもそも、『鏡』って何なんだよ」

「銀香様。貴女も覆いの上からでしか、『鏡』をご覧になった事はありませんでしたな」

 

 尤も、あんなものを見た日には発狂しかねないのは、ジーヤの反応を見れば分かるため、当然といえば当然だが。

 

「あれは……宝物などではない。いや、確かに泉の女神から先々代当主が賜った以上、紛れもない神器なのだろうが」

 

 歯切れ悪く、動揺を隠しきれないまま巫女大将は震える歌凛子に代わって説明を始めた。

 曰く、綾之峰の庇護下にある星読みの巫女は、星占いを行っているのではなく、泉の女神の力を得て未来を見据え、綾之峰が干渉する事を生業としていたこと。

 女神の願いは常に対価を要し、正と負の天秤を保たねばならないが、大刀自は女神に賜った『鏡』に負の力を封じる事で、『未来視』の力を際限なく使っていたこと。

 

「お待ち下さい。貴女方の眼は、陛下が玉体と歴史を捧げた対価ではないのですか?」

 

 未来を見通し、歴史に干渉することで起こり得たであろう悲劇を回避する事。それこそが、今の世を形作ったのではないのか?

 

「……確かに、父様の仰る通りです。我らの力は、起こり得る筈だった歴史の悲劇を回避する為の物。だからこそ『第二次世界大戦』という危機が過ぎ去った時点で、潰える筈だったものなのです」

 

 ゆっくりと。胸に顔を埋めたままだった歌凛子が離れ、訥々と語る。

 如何に日本国全ての臣民の祈りと、最も貴き御方の存在と歴史をかけたとしても、それは飽くまで固定化された歴史を介入可能なものとし、悲劇を回避する為のものだったに過ぎない。

 大刀自は綾之峰の繁栄の為、未来視の力を後の世にまで利用すべく、女神に『鏡』を賜った。それは本来、綾之峰が介入しなければ恩恵を得られた筈だった敗者の未来を蓄積するものであると共に、いずれは払わなくてはならない『負債』を溜め込むものだった。

 

「だからこそ、我らは『鏡』に関する未来だけは視えなかったのです……いずれ払わねばならぬ物だからこそ、壊れぬようにする事は出来ないから」

 

 そうでなければ、やりようは幾らでもあった。土に埋めるなり、コンクリートに固めるなり、或いは地下に巨大な金庫を造るなりだ。

 だが、それは決して出来ない。鏡は常にその場に留まり、誰かの手が触れられるようにしなければならなかった。

 

「なら、どうやって『負債』を返すつもりだった?」

 

 未来を書き換え、歴史を意のままにする力。そんなものを、一体どうすれば返済できる?

 

「それこそが、大刀自様の対価……我らと同じ不老の身にありながら、常に幸福を享受出来ぬ綾之峰の姫の運命です」

 

 

 

 




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