謹呈の世 銀嶺の今   作:c.m.

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 ジーヤルート? プロット段階からないです。



Attack 04 真ヒロイン、ジーヤ推参であります!

『頼みがある』

 

 携帯からの第一声を受け取った安田は、やはりこうなったかと胸中で嘆息した。

 

「まず何から?」

『良いのか?』

 

 頼んだ側とはいえ報酬も何も問わず、しかも一二もなく承諾されては、芹沢にしても当惑するしかない。これが世の男共なら獣欲を滾らせたか、はたまたコネや現金と言った部分で動くだろうとは予想出来るのだが。

 

「二言は御座いません。ご要件をお聞かせ願えますか」

『貴様の家を使わせてくれ』

 

“は?”

 

『聞こえているか? 貴様の、』

「通話は問題なく。ですが、その……失礼ながら、正気で?」

 

 芹沢の言葉が意図するところを読めない訳ではない。だが、余りに短慮だ。

 

“いや、短慮は私か”

 

 家を使わせろというのであって、一つ屋根の下で共に住まわせろという訳ではあるまい。おそらくは安田登郎の家庭環境を調べた上で、こちらに仮宿を与えてもぬけの殻となった家に一時避難の形を取るとも考えられる。

 

『私とて、男の家に転がり込むという破廉恥は承知の上だ。だが、お嬢様の為。何卒部屋を一つ、出来れば二つ開けて貰えないだろうか?』

「……私に、我が家を出ろとは仰らないので?」

『それも考えたが、他人の口に戸は立てられん。貴様が留守の間、空家に十代の少女が住み着いたと囁かれては困るのだ。綾之峰の力を表立って使えん以上、警察を呼ばれれば詰む』

 

 言われればその通りである。家の力が使えぬ以上ホテル暮らしは目立ち過ぎるし、芹沢を含めた侍従の家もマークされているだろう。

 

『生活費等は私の給与から出す。迷惑をかけるが、節度は守る』

「……私は男ですが」

『姉が付く。貴様は文武両道のようだが、あの姉には勝てん。如何に劣情を抱こうと、その齢で死を選ぶほど愚かではあるまい?』

 

 余程姉に信頼を寄せてのことか。確かに安田登郎が入手し得る経歴の通りであれば、それで問題はないのだろうが……。

 

“とはいえ、反故にも出来んしな”

 

 二言はないと口にしたのもあるが、片割れとはいえ()()()を路頭に迷わせるのも、綾之峰の手に委ねるのも気が引けた。

 

「生活費はこちらで用意します。返済も無用です」

『貴様は学生だろう? アルバイトの経験も見受けられんが?』

「女子一人も食わせられない程、甲斐性なしではありません」

『……無理が来たら言え。それから、姉も職務があるのでな。数日に一度は私もそちらに泊まる』

 

 そちらの方が問題ではなかろうかと思いながら、通話を切る。

 

“歌凛子からの金が、ここに来て役立つとはな”

 

 出来れば次に会うとき突き返したかったがと思いながら、安田は引出しの奥に仕舞い込んだままの諭吉を取り出すのだった。

 

 

     ◇

 

 

「よ! 話は聞いてると思うけど、ジーヤ共々世話になるぞー」

 

 爺や? と傍に控えるミディアムヘアの女性に視線を向ける。どう見てもうら若く豊満な、そして息を呑む美女であった。

 

「この度ご助力頂き、感謝に絶えません。綾之峰家、英里華様付き教育係兼専属執事を勤めてさせて頂いております、ジーヤ・芹沢・マクミランであります」

 

 ジーヤと聞き違えてしまったのだろう。知己の間柄なだけに、この間違いは頂けない。

 

「これはご丁寧に。大したもてなしは出来ませんが、家長不在故、私が代理としてお二方を歓待致します」

「うわー……安田って素で堅っ苦しいのな」

 

 

     ◇

 

 

「私はリビングを生活拠点としますので、私の部屋は綾之峰さんがご利用下さい。ミス・マクミランは、姉の部屋を使って頂けますか?」

「問題ないであります。して、安田少年は大丈夫なのでありますか?」

 

 問題ないと告げる。元より部屋には本以外娯楽になり得るものはないし、勉学は筆記用具と参考書等で事足りる。

 

「そうでありますか。ではお嬢様、先ずはシャワーでも浴びられては? ジーヤはその間、安田少年と荷下ろしをしておきますので」

「お、悪いな。じゃあ遠慮なくって言いたいけど、風呂ってどっちだ?」

「廊下を出て奥に。シャンプーとリンスは、」

「ちゃんと準備しているであります。お嬢様、こちらを」

 

 ありがと~と手を振って脱衣場に向かう銀髪の英里華を見送り、ジーヤ共々一息入れる。

 

「お久しぶりです。ミス」

「安田少年も大きくなったでありますなー。ミセス峰子(みねこ)は息災でありますか?」

「私よりミス・マクミランの方がお詳しいのでは? 海外視察中の母から、よく連絡を取り合っていると伝え聞いておりますが」

「実にその通り。ミセス峰子には、既にお嬢様の叔母に当たる万里華(まりか)様が連絡しておりますので、特に工作の必要はないであります」

 

“根回しもせず家に押しかけるほど馬鹿ではないか”

 

「となれば、叔母君は味方と考えて宜しいのですね?」

「というより、直系は大刀自様以外ほぼ味方であります。分家筋と遠戚の人間は、伏せられた情報を拾いつつ出方を伺っているようですが」

 

 派閥争いの真っ最中かと息を零す。名家という物の思考回路は、千年経とうと変わらぬ物であるらしい。

 

「聞くまでもない事とは承知していますが、大刀自殿の御裁決は……」

「『一生地下牢に幽閉』とのことです。ジーヤとしてもドン引きでありますよ、アレは。精々影武者辺りに仕立てるかと思っていたでありますが」

「巫女姫様は『視えて』いた筈。そちらから交渉を仕掛けなかったので?」

「おそらく、伝えられた上で幽閉を決断した筈であります。綾之峰家の、それも星読みの巫女姫たる歌凛子様の連絡が取れなくなっては、綾之峰家の将来に影を落とすことは確実でありますから」

 

 それもそうかと安田は肩を竦めたが、だからこそ分からない。

 

“歌凛子は良い子だ。曲がり間違っても他人の人生を摘み取るような予言はしない。隠し立てるにしても上手くするだろう……なら、何故幽閉を?”

 

「まさか、ここに来させる事を見越して……?」

「……有り得ますな。綾之峰の追手にしては、妙にガッツが足りなかったでありますから」

 

 だが、この予想には一つ問題がある。

 

「腑に落ちません。一介の学徒の家に、何故片割れ(よび)とはいえ綾之峰の姫を?」

「そっち方面を考えたら、ジーヤはスポッと何もかも腑に落ちた感じであります」

 

 

     ◇

 

 

「あのシュワシュワ弾けるお風呂……気持ちよかったぁ」

 

 恐らくは入浴剤をふんだんに使ったのだろう。シルクの寝巻きに身を包み、ソファで優雅に寝そべる銀髪の英里華に、それは良かったと包丁を振るいながら安田は笑う。

 

「ところで綾之峰さん。ミス・マクミランからは、今後お二人に分かれた綾之峰さんを判別する為、貴女を『銀香(ぎんか)』と称するよう連絡を受けたと伺ったのですが、私はこれまで通りで宜しいですか?」

「あー……、うん。そうだな、紛らわしいし。名前呼びは……、けどなぁ」

「お嬢様。一宿一飯の恩義に報いる上でも、名前で呼ばせては?」

「分かった……銀香で良い」

 

 やったでありますな、少年! とグっと親指を立てるジーヤだったが、近づけさせないために居るのではないのかと安田は苦笑せざるを得ない。

 

「……私を警戒なさらないので?」

「むしろ全力で乗って欲しいであります。多分、大刀自様もそれを狙ったであります」

 

 は? と思わず安田は包丁で指を切りかけたが、問を投げるより先にジーヤは疑問に応える。

 

「さっきマイシスターに確認を取ったであります。安田少年は英里華様、引いては銀香様の将来のお相手なのだと、こっそり歌凜子様が視てお伝えしたのでしょう。泉の方で大声を上げていたのを、安田少年も聞いたのでは?」

「……あれですか」

 

 話と違う。黴臭い骨董品など散々な言われようであったし、私の王子だのと言われもした。だが、所詮それは歌凛子の可愛い悪戯に過ぎないだろうと高を括っていたのだ。

 

「ちょ、ちょっと待て、マテって!? つまりあれか!? あのロリババア、私にだけ特別に教えるとかって言っておきながら、うちのババアにチクったのか!?」

「そう考えるのが妥当であります。第一、急に共学制にしたり推薦状が安田少年の家に送られてきたり、余りに都合が良すぎであります。

 お嬢様はご存知ないでしょうが、安田少年の母君は綾之峰学園のOGにして万里華様の同級生でありますから、そもそも庶子限定の推薦状が届く事自体可笑しいのであります。

 まぁ、ミセス峰子は家出中に知り合った市井の殿御と大恋愛を経て結婚されたので、既に庶子と言えばそうなのでありますが」

 

 マジかよ……と絶句する銀香。そして取り残された安田は、一人揚げ物などを作りつつ話を伺っていた。

 

「……正式な後継は、金髪の方の英里華にするって言ってた筈だぜ?」

「二人に増えたのでありますから、どちらであっても問題ない筈であります。素行に問題のある銀香様を庶子の安田少年とくっつけて、英里華様は他所の皇太子なり何なりと婚儀を結べば一石二鳥という事かと」

「結局道具扱いか糞ババァ……っ!!」

 

 ダン、と勢いよくテーブルが叩かれる。同時、釣り上がった瞳で銀香は安田を指さした。

 

「大体、お前ぜんっぜん好みじゃねえじゃん!? 枯れてんじゃん爺さんじゃん! 料理は美味そうだけど、私は別にそんなん求めてない!」

 

 詐欺だー! と頭を抱えながら絶叫しソファを転がる。その様子を見つつ、ジーヤも銀香の発言には肯定した。

 

「確かに、どっからどう見ても英里華様と銀香様の好みからは外れであります。むしろマイシスターとくっつくのが一番ベストでありますよ、安田少年の堅物ぶりは」

「そーだよ、安田! お前芹沢とくっつけよ! あいつがあんなに男と話してんの見たことないぞ!」

 

“……何故私は与り知らぬ処で身の振りを強制されねばならないのだろうか”

 

 世の令嬢とはこのような身の上なのだろうなぁと同情しつつ、皿に料理を盛り付けていった。とはいえ、安田にも自由恋愛の経験などないのだが。

 

 

     ◇

 

 

「料理が上手いのは良いんだけどなー……」

「はい。安田少年の食事は美味。しかもジーヤを気遣って英国料理で持て成して頂けるとは」

「出来得る限りの歓待を行ったに過ぎません」

 

 一般に英国料理は不味いと言われるが、それはあくまで店によって当たり外れがあるのと、大英帝国時代の食品偽造から来る不信感が大きい。

 確かにケチャップ換わりにペンキを混ぜていたと聞けば、中国の段ボール肉まんもかくやという忌避感を抱くだろうが、それは昔のこと。現代においてはそのような真似が横行する筈もなし、きちんと調理し日本人好みの味付けをすれば美味いのだ。

 無論、うなぎゼリーなどという金を貰っても食したくない冒涜的な一品があるのも事実だが。

 

「けどよー……なんかこう、年頃の男としてだな。グイグイ行くとか、そういうの無いのかよ」

「そうであります安田少年。これ以上お嬢様の口から言わせるのですか?」

「そういう意味で言ったんじゃないからな!?」

 

 実質出会って数刻の少女と、しかも保護者のような立ち位置のジーヤの前で何をしろというのかと安田は理解に苦しむ。

 

「……改めてお伺いしたいのですが、私は銀香さんと恋仲になると、確かに占われたので?」

「確かに安田からしたら非常識すぎるわな。けど、綾之峰が元々巫女の一族だってことぐらいは知ってるだろ? その中でも、特に力が強いのが星読みの巫女って言うグループに加わるんだ。お前の事はさ、その中でも歴代最高の巫女姫が占ったんだよ」

 

 たかが占い。そう口にするのは容易いが、巫女の力は綾之峰を支える根幹。未来視さえ可能とする巫女達が健在である限り、綾之峰の繁栄は未来永劫約束されたも同じなのだ。

 

「……と言っても。実際に女神を見た安田には、驚くことじゃないのかもな」

 

 どころか、その巫女姫とただならぬ関係でもあるのだが、敢えて口にはしない。

 

「それで? そろそろ話してくれても良いんじゃないか? お前、あの女神と顔見知りなんだろ?」

 

 そうなのでありますか? とジーヤも興味を示す。

 

「はい。私も、あの女神に願いを叶えて頂きました」

 

 やっぱりか。と銀香は得心する。

 

「それで? 何を願ったんだよ」

 

 まさか銀香のように人生を変わって貰いたいと思った訳ではあるまい。とすれば。

 

「安田少年は出来すぎる節があったであります。何でありますか? 万能型の人間になる代わりに男の欲望が根こそぎ奪われたとか?」

 

 それありそうだなぁと銀香は頷く。そうであるならば、巫女姫の予言と食い違う部分も納得出来るからだ。だが、生憎ながら彼の願いはそういった類のものではない。

 

「私が願ったのは、忘れたくないという事です」

「……物覚えを良くして貰ったでありますか?」

 

 そうではないとジーヤの予想を否定する。安田登郎が、否、黒瀬(くろせ)直真(なおさだ)正継(まさつぐ)が願ったことは一つ。

 

「思い出を、残しておきたかったのです」

 

 その結果が、これだ。死して屍を晒し、輪廻転生を経てなお、彼は忘れはしなかった。

 本来塵と消えて流れる記憶は、安田登郎として新生する筈であった肉に宿り、今の彼は人格をそのままに第二の生を謳歌している。とはいえ、そこまで深い事情を伝える義理はない。

 

「ロマンチズムに溢れていますなー」

「その結果がこの性格ってのも、割に合わないけどなー。忘れない分、歳を食うのが早かったって事か」

 

 そんなところですと誤魔化すように笑う。

 

「でもさ。思い出って残るもんなんじゃないか?」

「いいえ。人は忘れるものです」

 

 安田は知っている。自分達を生かしてくれたという事実を。未来を与えてくれた大恩を、誰一人として覚えて頂けぬまま、それでも良いと言ってくれた方がこの国に居られた事を。 

 どころか、ほんの数年の思い出さえ、人は忘れてしまう。

 

「現に、銀香さんも忘れておいでなのですから」

「え? 私?」

 

 そう。安田登郎は、綾之峰英里華が一人であった頃に会っている。それは確かに大切な思い出で、その頃自分達は名乗らずとも一時を共に過ごしたにも関わらず、彼女も、そしてジーヤの妹も覚えていなかった。

 ほんの八年。けれど、その時間でさえ思い出は掌から砂のように溢れて落ちる。

 

「だから、はじめましてとは言わなかったでしょう?」

「待った。ジーヤ……、それ本当か?」

「はい。ですから、ジーヤもお初にお目にかかりますとは申し上げませんでしたでしょう?」

「加え、私もミス・マクミランには自己紹介は致しませんでした」

「……何時会ったんだ?」

「機会があれば、いずれ。今日はもう遅いですし、お休みになられた方が宜しいかと」

 

 無理に問い質したところで、話す気はないのだろう。或いは、自分で思い出せという事か。

 

「分かったよ……」

 

 渋々ながらも引き下がる。結局、銀香はあまり眠れなかった。

 

 

     ◇

 

 

「本当に、人とは忘れ易いものでありますな」

 

 ジーヤは思う。銀香も、そして妹も。あれほど大切だと思っていた筈の思い出は、彼女らの内には既にないのだ。

 

「とはいえ、一日かぎりの逢瀬です。何より、私達はお互いに自己紹介をしませんでした」

「そういうものでありますかねぇ」

 

 幼かった頃とは言え、目鼻顔立ちを見れば、一目で分かりそうなものだというのに。

 

「安田少年は、あの日のことを覚えておきたかったので?」

 

 もしそうなら、これほど美しい話もないだろう。初めての出会い、そして恋。妹が語って聞かせてきたあの思い出の一幕が、今のこの少年を作ったのなら、それはそれで喜ばしい。

 

「……さて、ね」

 

 誤魔化すように、パタンと参考書を閉じる。それは、これ以上は聞いて欲しくないという意思表示だったのかもしれない。

 

「ミス・マクミランも、お休み下さい。追手の心配は、本当になさそうですので」

「……そうでありますな。今日は引き下がるとしましょう」

 

 軽やかに。しかし後ろ髪を引かれるように、ジーヤは安田の部屋の向かいである、姉の部屋に入っていった。 

 

 

     ◇

 

 

“……そう。人は忘れ続ける”

 

 それに耐えられなかったからこそ、安田登郎は在り続けるのだろう。

 未練を抱え、今日も、そして明日も……きっと、安田登郎で無くなった後も。

 

 未来永劫、永遠に。

 

 

 




 英国料理は美味しいんです信じて下さい! 手長エビのフライとか最高ですぜ!
 ただしうなぎゼリー、テメーは駄目だ。

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