謹呈の世 銀嶺の今   作:c.m.

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Attack 07 七夕茶会 後編であります

 

「……伺いましょう」

 

 去って行った芹沢を見送った後、こちらに、と和装の美女が典雅な動作で登郎を案内する。茶庵は会場より五分ほど歩いた竹林の中、人目を憚るかのように建てられており、周囲に人影は見えなかった。

 

「ようこそお出で下さいました」

 

 凛とした音。一度でありながら、以後、人生において忘れ得ぬだろう玲瓏な響きに、安田は深く礼を取った。

 

「そう畏まらず。此度の正客としての務め、実に見事でした。その上で、あと一つ願いを聞き入れて頂けませんか?」

「私に出来ることであれば」

「茶を、点てて頂きたいのです」

 

 経験はお有りなのでしょう? と。問う目にはやはり、人を試す心根が伺えた。

 

「甚だ未熟でありますが」

 

 迷う振りを、考えなかった訳ではない。しかし、既に英里華を気遣って正客を滞りなく務めた身である以上、今更である。何より、相手が己を見定めんとするならば、その真意を問いたいと思う気持ちもあった。

 

“銀香さんの身を案じ、大刀自の決定に堂々と背いた程の御方が、私を見定めんとしている”

 

 ジーヤ同様、銀香の身を案じてのものだとは思う。しかし、仮にそれだけならば、より近い位置に居られるジーヤに任せれば片は付く。

 

「思慮深く、相手を見定めるのは貴方も同じ」

「…………」

「茶釜は沸いています。粉は既に棗に入っていますが、他はご自分で選びなさい」

 

 伊達に権謀術数渦巻く世界を渡り歩いて来た訳ではないという事か。安田とて、黒瀬であった頃より駐在武官として、そして参謀畑の人間として多くの人間を読み取って来たが、敢えて口にされるとは思わなかった。

 

“今は茶に集中しろと言う事か”

 

 確かに、亭主として客を饗すには不届きであった。それが半ば強制されたものであったとしても、客に諭されては世話はない。

 

「失礼を致しました」

 

 心より、饗させて頂こう。

 

 

     ◇

 

 

 静かに。茜の光が茶庵に入り、竹林の揺れる音が耳に届く。

 安田の動きは緩慢であるが、それは意図してのものであり、一挙一挙に無駄はない。ばかりか、その身から醸し出される風格は、万里華をして目を奪われかけたほどだ。

 

“作法を見るに裏千家……しかし”

 

 その中で、万里華が感じ入った物がある。

 

“綾之峰の紋を、敢えて隠すか”

 

 綾之峰の家紋と、彩られた華が入った棗の蓋。その境に蟻腰の茶杓を置き、華のみを客に見せていた。

 自らの側に綾之峰の紋を置き、巫女姫の予言通り、次期当主の側に侍らんと卑しき思いを抱いていると邪推する事もできる。

 しかし、それは違う。安田は予め大刀自自らが描かれた大仰な軸を外し、壁にかかる竹の花入れから、目立たぬ物を抜いて篭に詰めた後、床の間に置いた。

 

“一時とはいえ、綾之峰である事を、私に忘れよと言うのですね”

 

 ここには一人の亭主が居り、一人の客が居るに過ぎぬ。絢爛たる華の輝きは目の眩む美であろうが、篭の花ように小さなものにこそ、人は頬を緩ませ力を抜く。

 

「お点前、頂戴致します」

 

 菓子は用意がない。茶のみを手に取って頂くが、茶の泡の量と、クリームのようなきめ細かさに息を漏らす。

 泡を満たさず、月を描く表千家のそれは茶の味が際立つが、裏千家のそれは泡が空気を含む分甘味を感じる。だが、それにも増して薄い。

 

“濃茶で重くなった胃には、嬉しいものね”

 

 茶会に限らず、綾之峰の行事一切を取り仕切る万里華である。当然、今日という日まで味を聞くため英里華に幾度も指導しており、慣れたものとはいえ、胃にかかる負担は大きい。

 

“加えて、この木碗”

 

 数多く名物が揃う中、敢えて最も軽く持ち易い茶碗を選び点てたのは、茶会を終えて人心地ついた身を気遣って───

 

「───大変、美味しゅう御座いました」

 

 心配りの数々に、万里華は深く頭を下げた。

 

 

     ◇

 

 

「数々の非礼、ご容赦を。綾之峰財閥当主代理としてでなく、綾之峰万里華としてお詫び致します」

 

 綾之峰の名で頭は下げられぬ。試したは飽くまで一個人であり、謝罪もまた同様という事だろう。とはいえ、そこに不満はない。立場が逆であれば、安田とて同じことをした筈だ。

 正客としたのは教養を。亭主としたのは人となりを見る為。与えられた課題は、万里華をして及第点を十二分に超える。否、超え過ぎた。

 

「……茶というものは、余人が思う以上に、人というものが見えるものでございます」

 

 空となった木碗を手慰み、万里華は零す。言葉で多く語らぬ事も、茶を通せば見えるものだと語る万里華は、だからこそ解せぬと呟いた。

 

「登郎さん。貴方の茶には人としての礼も、気遣いもありました。口に出さぬ、優しさの溢れる時間でした」

 

 それは、久しく感じられなかった事。こうしたひとときは、安田の母である峰子と過ごす間にしか得られないものだと思っていた。だからこそ、万里華はそこに違和感を覚えた。

 

「この茶は、決して独学で身につくものではありません。いえ、正客としての問答にして、付け焼刃でない事は承知していました」

 

 であれば、誰が? 令嬢を育む、綾之峰学園で共に学んだ峰子であれば、基礎程度は教えられるだろう。だが、万里華の知る峰子はそうした子女の教養に興味を示さず、男児が行う武辺に重きを置いた。

 女子らしい行儀作法など、煩わしいと言って憚らなかった筈である。

 

「貴方が文武両道である事は得心が行きます。ですが、この茶は教えを請い初めて身につくもの」

 

 それも、近しい者が指導して身に付く類……例えば、母が幼い子に礼節を教授するような。

 

「気を悪くする事を承知で、はっきりお聞きします。貴方の母は、本当に峰子なのですか?」

「……血の繋がりを、お疑いで?」

 

 いいえ、とにべもなく返される。万里華とて、そこはしっかりと調べている。安田登郎は、疑いようもなく安田峰子の息子であり、そこに疑念の余地はない。

 

「……泉の女神。そこに鍵があると私は見ました。女神の存在は、綾之峰の直系以外知り得ぬ秘中の秘。代理当主たる私とて、英里華さんが分たれた姿を目にするまで、星読みの巫女らと同じく、所詮はお家の箔を増す為の迷信と軽んじておりました」

 

 だというのに、安田はそこに坐す女神を知っていた。学園の人間でなくば決して近づけず、近づいたとて、存在を知り得ぬ女神の事を。

 

「私が疑っているのは、血ではなく魂です」

 

 万里華が女神の存在を知り、思い至ったのは二つ。一つは安田登郎に知らぬ誰か……例えば、非業の死を遂げた者が第二の生を願い、記憶をそのままに安田登郎を演じている事。

 そしてそれは、当たらずとも遠からずと言えるものであった。

 

「貴方は既に一度人生を謳歌しており、母もまた別に居た。そう考えれば、全てに辻褄が合います」

 

 では、もう一つは何か。

 

「登郎さんが、安田登郎という人生を終えているという事です」

 

 曰く、これは二周目。既に一度全てを経験しており、起こり得る自体を察しているからこそ、聡明であれるという仮説。

 

「忘れたくないと、願ったそうですね」

 

 真実に至る鍵の一つはそこ。安田登郎が希ったものが何か知る由はないが、少なくともそう判断するだけの理由にはなる。だが、後者は前者と比べ正解からも、真実からも遠い。それは、万里華とて自覚しているのだろう。

 

「辻褄が合うと先に申した通り、私は前者に重きを置いております。貴方は、私の立ち振る舞いを見て、初めて私を万里華と認識しましたからね」

 

 ヴィクトリア朝の時代、ベイカー街の下宿を居とした創作探偵のようだ。

 訪れた依頼人の情報を、その足音や服の痕跡、視線を始めとした肉の動きから察してしまう稀代の天才。複数の情報を繋げながら、到達し得る正解に瞬時に行き着くというその人物に、思わず安田は重ねてしまった。

 

「願いについては、お話し下さらないと思います。ですから、これだけはお聞かせ下さい」

 

 気まぐれでも、好奇心からでもない。綾之峰の人間としてでなく、安田峰子の友として知りたいのだと。

 

「私は、峰子の親友です。だからこそ、峰子が苦しむところを見たくないのです」

 

 口外などしない。危害など決して加えない。だから、真実を話して欲しいのだ。

 

「峰子は、登郎さんの事を愛しておいでです。だからこそ、登郎さんが胸の裡を開けられぬ事に苦しんでいました」

 

 子供らしい我が儘も無く。常に家族を気遣って。何時だとて、自分を中心にはしなかった。それを本来誇るべき母は、母だからこそ息子の裡を知らぬ事に苦心した。

 

「自慢だと。誇らしいと笑顔で語れど、電話からの声はいつも寂しそうでしたよ」

「私は……」

 

 安田登郎は、安田峰子の息子だと、胸を張って言えて来ただろうか?

 いいや、言えなかった。常に安田登郎は、己が黒瀬正継である事を自覚し続けた。自分が生まれ変わったのだと。この逞しい父と、優しい母から産まれたのだと、快活な姉がいる長男だと、そう思って生きて来れた日は一度として無かった。

 

 輪廻転生。

 

 それが全てだと、信じ込み続けてきた。忘れていないから、意識が残っているのだと思い続けた。けれど、本当にそれを信じて来れたか?

 本当の自分は亡霊で。安田登郎として生まれ、平穏に暮らす筈だった子を、乗っ取ってしまったのではないか?

 

「自覚は、あったのですね」

 

 細まる目。未だ真実には遠い女性が安田登郎を、いや、安田登郎だと信じたがっている男を、どのように捉えたかは判らない。

 

「しばし、席を外します。ところで、電話はお持ちですか?」

 

 ただ、察しただけだ。親友とその息子は相容れず、分かり合えないのではないのだと。

 親と子としての、市井の者であれば当然のように存在しない分け隔てを、作ってしまっているだけなのだと。

 

「はい」 

「なら、連絡ぐらい取れるでしょう」

 

 親と子ならば、それぐらいは出来る筈なのだから。

 

 

     ◇

 

 

 答えが定まったなら、表に出なさいと。茶庵を出た万里華を見送りながら、取り出した携帯を弄ぶ。

 履歴を見れば、芹沢との連絡ばかり。家族との通話履歴は、その全てが受信履歴にしかなかった。

 

“コスタリカとの時差は十五時間……向こうは、午前八時過ぎか”

 

 世界中を飛び回っている多忙な身だ。そんな中で、かけて良いのかと悩みながらも、気が付けばアドレス帳に登録していた母の携帯にかけていた。

 

『グッ、モ~ニン! ジスイズ ミネコ・ヤスダ スピーキン!』

「……コスタリカの公用語はスペイン語では?」

『ふ。高一の息子にスペイン語はきつかろうという母の気心が分からぬか』

 

 まだまだ青いのう、と。あちらでは朝にも関わらず、何とも元気の良いことである。周囲から漏れ聞こえる喧騒からして、おそらくはオフなのだろう。ガチャガチャというジョッキの音まで聞こえて来た。

 

「Por favor, ¡no bebas demasiado.(お願いですから、飲み過ぎないで下さいね)」

『Te lo prometo(約束するわ)……って、話せんのか息子』

 

 知らない間に、また新しい事を覚えたんだなと感心してくれたが、思えば一度として、この母の前で子供らしい事などした覚えはなかったな。

 

『それで? 居候してる女の子と喧嘩でもした?』

「……怒らないのですね」

 

 怒鳴ってくれた方が、嬉しかったのかもしれない。母と息子ならば、喧嘩ぐらいしてもいい筈だ。とはいえ、黒瀬であった時も家庭を持つかどうかで母に泣かれた事はあっても、自分から当たった事はなかった。

 前世を含めても、一度として誰かと心をぶつけ合うような、そんな時間など誰とも過ごさなかった筈だ。

 

『万里華から聞いてたしね~。でも、出来れば息子の口から聞きたかったよ。登郎は、一度だって我が儘を言わなかったしね』

 

 それを寂しいと、口にはしなくとも、伝わってきてしまう。酷いものだ。己は、安田登郎は親子としての、そんな日常さえ母に与えてやれなかった。その影で、この優しい母がどれだけ思い悩んでいるのか知っていながら、己の事ばかりを悩んでいたのだ。

 

「ごめんなさい、母さん」

 

 本当の息子なら、母の事を気遣えた筈なのに……。

 

『───』

 

 息を呑む音が、受話器越しに聞こえた。子供のような、拙い謝罪。けれど、それを。そこから先を、口にせずにはいられなかった。

 

「だけど、困っていたんだ。銀香さんも、芹沢さんも、助けが必要だった。だから……いいや、違う。本当は怖かった。母さんに、怒られるのが」

 

 きっと、それが全て。己の秘密も含めて、きっと、拒絶されたくなかったのだ。

 声を上げ、もう知らないと。お前など息子ではないと。そう見捨てられてしまうのが、この世界で、本当の意味で孤独になってしまうことが……。

 

『プリーズ、ワンスモア』

「……は?」

『もう一度、敬語抜きで母さんて呼んでみ?』

「母、さん?」

 

 口にすれば、これほど恥ずかしいものもない。母上なり、母様なり、ご母堂なり、過去に幾度か口にはしたが、意図して多く使おうとはしなかった。どころか、母を母と呼んだ事さえ、多くなかった。

 

“本当に、大馬鹿者だ……”

 

『───良いよ、許したげる』

 

 異国の地の母は、どんな顔をしているのだろう? ひょっとして、泣かせてしまってはいないだろうか? だけど、もしそうだとしても、それから目を逸らしたくなかった。

 言葉を、聞いていたかった。

 

『けど、やっぱり登郎は父さんと母さんの子だな』

 

 やがて、ゆっくりと。泣き笑うような声で、母はそう言ってくれた。

 

『登郎は知らないだろうけど。私、昔はお嬢様でさ。家出した事があるんだ』

 

 知っている。その後、匿ってくれた父と大恋愛を経て結婚したと、ジーヤは聞いてもいないのに喋っていた。

 

『父さんがね、その時私を匿ってくれたんだよ。困ってるんだろ? 助けてやるってさ』

 

 ゆっくりと。思い出という宝箱の中身を見せびらかすように語る母に、大きく頷きながら耳を傾ける。

 

『でもさ。父さんて、他の女の子が困ってたら、同じように我武者羅に助けちゃうんだよ。全く、罪作りな奴さ。その癖、登郎と違ってスケベ野郎でさ~。ま、年頃の男って奴は基本、どいつもこいつも似た様な物なんだろうけど……』

 

 でも、間違った事だけはしなかったと。まるで、自分のように誇らしげに語る。

 

『今、登郎が何を悩んでるのか。ずっと何を悩んできたのかは判らないけど、話したくなかったら、話してくれなくても良いんだ。誰だって、秘密の一つぐらいは持ってる。だけど───これだけは絶対に約束して』

 

 これから先───絶対に、やらずに後悔するような真似だけはするな。

 

『悩むのは構わない。これまでの事で、過ぎた事を悔やみ続けるのも仕方ない。けどな、登郎。お前はまだ若いんだ。悩んだまんま立ち止まるな。足が動くなら走り通せ。私も父さんも、何時だって力になってやる』

「母さん、私は……」

『胸を張れ。やりたい事や、言いたい事を我慢するな───お前は、どんな険しい山だって登れる男で在って欲しいんだよ』

 

 その名前に込めた期待を裏切るなよと。背を叩くように声をかけて来てくれた。

 

「ありがとう───母さんの息子で、本当に良かったと思うよ」

『嬉しいよ。私も、登郎が優しい子で良かった。帰ったら、手料理食べさせてくれる?』

「勿論───」

 

 ───その為に、料理を覚えたのだから。

 

 笑顔で、静かに通話を切る。その顔には、先程までの迷いはなかった。

 

 

     ◇

 

 

「答えは、出ましたか?」

「はい」

 

 振り返る万里華は、顔を見た時から答えを知っている。だけど、それでも問うのは、この少年の声を聞きたかったから。

 

「───私は、安田登郎です。どのような過去があろうと、何を願ったとしても、これを決して否定させません」

 

 黒瀬である事を、決別すると言えれば良かったのかもしれない。安田登郎として、それ以外の何者でもないと応えるべきだったのかもしれない。

 

“だけど、それだけは出来ない”

 

 彼を、黒瀬正継を必要としている人が居る。彼にとって、誰より愛しいと思える子が、この国に確かに居るから。

 

“母さん。その子の前だけは、黒瀬である事を許して欲しい”

 

 異国の地の母に心の中で詫びながら、それでも目を逸らさず、決意も変わらず安田は告げた。これこそを、唯一無二の答えにしたい。

 

「……結局、何も明かしてはくれないという事ですか」

 

 それを、咎めようとは思わない。

 真実を知りたかったのは、この答えを聞きたかったから。彼が誰の息子で、母をどう思っていたかを知りたかったからだ。

 

「長く引き止めてしまいましたね。今日はもう、お帰りなさい」

「万里華様、貴女に心より感謝を。安田登郎は、この御恩を忘れません」

 

 

     ◇

 

 

「……恩を忘れない、か」

 

 ならば、その恩とやらに報いて貰うとしよう。

 

「もしもし。私よ」

『万里華ね。多分、そんな気はしてた』

 

 ありがとね、と告げる相手の表情は、見なくても解る。峰子に子が生まれたのを伝えられた時と同じ、本当に喜んでいる声だ。

 

「貴方の子、本当に良く出来た子だったわ」

『万里華が褒めるなんて、私も鼻が高いわ~。けど、それだけじゃないんでしょ?』

「ええ。実は、貴女の息子に無理をかけるかも知れないの」

『何ぃ? ひょっとして、再婚相手に欲しいとか?』

 

 万里華だったら構わないわよ~と、冗談なのか本気なのか分からない声で問うが、婚約云々はあながち的外れではない。

 

「貴女の息子、ひょっとしたら本土から逃げて貰わなくちゃならなくなるわ」

『……は?』

 

 ガタ、と。電話を落とした雑音が響く。しかしそれを意に介さず、拾ったタイミングを見計らって手早く告げる。

 

「貴女の家に泊めてるお姫様の片割れ、今度お見合いがあるのよ」

 

 それを、お前の息子に壊して貰うと。まるで誘拐犯が脅迫するかのような口調で伝えた。

 

『……息子は、登郎は知ってるの?』

「いいえ。恩を返すと言ってくれただけ」

 

 なら、あの子は必ず報いるだろう。自分の言葉に誰より責任を持つ、あの息子なら。

 

『恨むわよ、万里華。登郎が死んだら、絶対に許さない』

「そうね。だから、私も努力するわ」

『……一つ、聞かせて。万里華は、お姫様が可哀想だから助けたいの? それとも』

 

 果たせなかった、自分の復讐のために動きたいのか?

 

「両方よ」

 

 綾之峰に踊らされた己と、踊らされる事になるお姫様への、壮大なリベンジ。

 

『学生の頃を思い出すわね。万里華も私も、会った事もない男に嫁げってさ』

 

 相手はお互い、父と同じ程の男だったか。

 

「結果を言えば、貴女は家出先の男にキズモノにされたことにして難を逃れたけど……私は、そうも行かなかったわね」

 

 今の立場も含め、儘ならない事は、人生の中で本当に多い。綾之峰を壊したいと、それこそ口癖のように言っていた筈なのに。

 

「登郎さんの事は、ごめんなさい。けど、当主代行として後継を産めなかった私に、あの子達は守れない───それが出来る力はないから」

『いいわ。けど、登郎にはちゃんと説明なさい。隠しながらじゃ、成功するものも失敗するわよ』

「そうね。妹から預けられた大切な娘だもの」

 

 何を引換にしても、守りたいと思うのが親心というものだ。けれど、それだけではない。

 

「だから、貴女の息子に託したいのよ」

 

 巫女の占いも、隠された秘密も関係ない。彼は峰子の息子であり、純粋に他人を想える人間だと知ったから。

 

「英里華の事、お願いするわ」

『……手伝わせるのは、壊すとこまでにして』

 

 想いを親の都合で捻じ曲げたら、それこそ本末転倒だ。

 

「ふふっ、そうね。その通り」

『万里華、今笑った……?』

「これでも、笑うのは好きなのよ?」

 

 親友だというのに、知らない事も多いものだと思う。けど、だからこそ話し合うことが大切なのだと解る。

 

「英里華の気持ちは、ちゃんと尊重するわ。登郎さんの事は、私が個人的に認めただけ」

『万里華の眼鏡に適う男って、そんなに多くないと思うんだけどなぁ』

 

 そんな息子を誇るべきか。それとも優秀であったが為に目をつけられた不幸を嘆くべきか。どちらにしたところで、平穏無事とは決して行くまい。あれは自分を磨く事には熱心だが、隠すという事をしない。人目を憚るような生き方は、出来ない人間だ。

 

「また連絡するわ。帰ったら、一緒にお茶でもしましょう」

『そうね。楽しみにしとく。でも、当日は駄目よ?』

 

 帰ったら、息子が待っているんだから。

 

 

 




 この主人公、いっつも試されてんな(信用ゼロ)
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